こちらの番組は、FM辞め朝の音楽番組キラキラミュージックボックス クラシック音楽の水曜日のアフタートークをポッドキャスト番組としてお送りいたします。
お相手はパーソナリティディレクターの松尾隆史とみとみとさんです。よろしくお願いします。
本編の振り返りぐらいからやろうと思うんですけど、喋ろうと思っていたことが半分も喋れなかったんですけど。
いつものことじゃあいつものことですが、無伴奏チェロ組曲っていう音楽をビオラで演奏しましたっていうやつを聞いていただきました。
で、無伴奏チェロ組曲っていう音楽、チェリストにとっては旧約聖書と呼ばれる。少しだけ本編の中でも話しましたけど。
チェリストにとって旧約聖書がバッハの無伴奏チェロであればということで新約聖書は何でしょうっていう話になるんですけど。
想像つかないだろうから答えますが、ベートーベンのチョロソナタっていう。あれ何曲あったっけ?5曲ぐらいあるんですね。
あれビオラでも弾けるのかな。弾こうと思ったら弾けるかもしれないからちょっと楽譜を探してみようかなと思いますけど。
この旧約聖書である今日聞いた第1番を聞いた無伴奏チェロ組曲第6番まであるんですけど。
5番とか6番とかがすごく弾きにくいというか。5番はスコラダトゥーラっていって長弦を変えてじゃないと演奏できないとか。
第6番はもともとは5弦のチェロのために書かれているのではないかとか。
そういったことがあって5番6番はすごく演奏し難なんですよね。
4番も確か難しい。3番ぐらいまでなら僕らもちょっと触るぐらいはできるのかなっていうような感じの曲だと思ってください。
この無伴奏チェロ組曲っていう6曲がほぼ170年間放置されていたっていう話をしたかったんですけどできなかったんですが。
スペインのチェリスト、この間土曜日にね。
FM辞めにはガマダスワイドという午後の番組がありまして。
土曜日にもガマダスワイドだけあるじゃないですか。キラキラミュージックボックス午前中の番組ないけど午後の番組だけおっさん2人でやってるやつあるじゃないですか。
あの時にね、スティーブ鬼ガマのコーナー。
屋面の仕事。
職人さんとか職人の方とか。
屋面で仕事をしている方をフィーチャーするっていうコーナーをスティーブがやってるじゃないですか。
あのコーナーに出られた方が、どなたが出られたかというと立花町にさ。
立花町のほら、セブンイレブンの角に黒木町から赤い橋渡っていくとセブンイレブンに行ってるじゃないですか。
あそこから矢芽市方面、矢芽市方面、旧矢芽市方面に右に曲がるとすぐ左側にアンティークのなんとかって書いてある。
出られてましたね。
出られてましたよね。
あの方が、たまたまかっていうような感じがしたので言ってるだけなんですけど、
あのアンティークショップを経営されてらっしゃる方が、経営されてらっしゃるの多分そうなんだろうと思うんですけど、
方がなんかチェロを弾く方らしくて。
そうでしたね。
思って思いながら聴いてました。
その方がリクエストの音楽として持ってこられたのが、確かご自身でディスクも持ってこられたんじゃないかなと思う。
この演奏がこういう風でっていうような話をされてたんで、
多分ディスクも持ってこられたのかなと思ったんですけど、その時ちょっと記憶に薄いんですがごめんなさい。
その方がリクエストで持ってこられたのが、カザルスっていう方が作曲した鳥の歌っていう音楽が聴きたいっていうか、
ラジオで流してくれということでリクエストいただいたんですけど、そのカザルスさんの話なんです。
それが僕が今から話そうとしている話の登場人物なんですが、スペインのチェリストなんですけどね。
パブロカザルスという方なんですが、1876年生まれだそうなんですけど、天才チェリストだと思ってください。
今に名前が残っている人です。
その無伴奏チロの再発見だけが偉かった人というわけではなくても、その後もチロの名手としても全く名高い方なんですけど、
そのカザルスさんが13歳の時、中学校ですよ。
向こうで中学校かどうか知りませんけど。
すでにチロの名手として、カフェで演奏されていたって書いてあったんですけど。
カフェでカザルスが演奏しているっていうのを聞いて、その噂を聞いて遠くからお客さんが来るぐらいは評判になるぐらい上手なチェリスト。
13歳の段階で素晴らしいチェリストだったということらしいんですけど。
その13歳がマドリードを歩いているときに楽器屋さんとも古本屋さんとも呼ばれるんですけど、
無伴奏チロ組曲の楽譜の埃かぶったっていうイメージなんですけど、そんな無伴奏チロ組曲の楽譜を見つけたらしいんですよ。
だからその頃はすでに出版はされてたんです。
ただ、バッハ自身も再発見されたみたいな時代で楽譜だけは出版されてたんだけど、
無伴奏チロの楽譜ってすごい練習曲っぽいんですよ。
プレリウドのタラリラララララだけでも同じようなことをずっとやっているような、ただ練習だけしているような雰囲気に見えるんですよね。
だから出版されていた楽譜、カザルスが見つけた楽譜も練習曲として使われていて、
ちゃんとした楽曲というか芸術作品として扱われていなかったって言うんですね。
カザルスはその練習曲っぽく扱われている楽譜を見て、これはもしかしたらすごい作品なんじゃないかなって言って、
ちゃんと弾いてみようって思ったのが偉かったという話なんですね。
カザルスが再発見したってよく言われるんですけど、
それが1890年ぐらいなのかな、1876年を前だから多分そんなもんです。
カザルスがすごいところは、もちろんその後音楽学校行ってスペインの王室からも可愛がられてみたいなことで順調に世界的なチリストになっていくんですけど、
その楽譜を練習しながら発表せずに十何年あるんですよ。
十何年ずっとそれ弾いてるんですよ。ひたすら研究し続けたって書いてある。
どの程度のことかカザルスしかわからないんですけど。
15年ぐらいだったんで1904年って書いてあったんですけど、第6番まで全部弾けるようになって、
演奏会で取り上げてセンセーショナルに発表すると。
カザルスのコンサートでバッハのすごい音楽をやり始めたっていう話になったそうなんですよね。
そのカザルスがその15年間によって作品として昇華していったっていう話なんですよ。
バッハが作曲された後ですよ、帰り見られなくなった楽譜があって、
一応バッハ作品として出版はされてたけど練習曲扱いで人気もなくてっていうような状態で
古本屋さんで埃をかぶっていたイメージっていうのをカザルスが拾い上げるまでが170年。
その後研究したりコンサートで取り上げられたりっていうのが15年って言ったじゃないですか。
だから185年でしょ。そこからさらに25年ぐらいかかるのかな。
初めてカザルスが全曲録音をやったのが60歳だそうです。
だからバッハが作曲した後210年経ってやっと日本人の我々に
ムバンソーチェロという名作が耳の中に入るようになったっていうような話がすごい話だと思うわけですね。
よく見つけ出してくれましたね。
いや本当ですね。よく見つけ出してくれましたね。
いやよく気づくもんだなと思いますね。
僕とか楽譜なんてね、名作だ名作じゃないとか全然これは弾ける弾けないぐらいしか
僕ら区別の付け方がわからないんで、そんなところに感じる匂いが違うっていうのは素晴らしいことだなと思ったりするような話でございましたね。
そんな感じでございまして、
今日僕はこのムバンソーチェロを一応なりにどのくらい練習したかな。
1ヶ月半ぐらい弾いてたでしょうか。
さっきの音源みたいに上手には弾けないんですけど。
それでも本編の中でも僕は不真面目な生徒だとは言いましたけど、
決まった先生はいるんですけど年に一編ぐらいしかレッスン行かないですし、
すごいダラダラ練習して、そろそろいいかなぐらいな感じでレッスンに行くぐらいで。
先生も多分僕が何の曲弾いてるか知らないはずで、そんな感じなんで。
全然劇的に僕が上手くなると自分でも思ってないんで、
極端に間違ってたら教えてくださいぐらいな感じのレッスンの受け方をするんですけど。
そんな感じでムバンソーチェロを今日見てもらおうと思ってるわけなんですけども、
もちろんビオラで弾いてくるんですけど。
ビオラでムバンソーチェロを弾くっていうのが、
どのように思われてるんだろうかみたいな。
ビオラのディスクもあるんですよ。
僕どっちかというとチェロのディスクも持ってますけど、
ビオラのディスクの方が多いぐらいは、
僕がビオラを弾くもんだからビオラのディスクをたくさん持ってるっていうことなんですけど。
今日のロックンロールっていうやつ1個聞いたじゃないですか。
須田幸子さんという方のディスクなんですけど。
ビオラは歌うっていうディスクを4つ出されてまして、
一番新しいやつなんじゃないかな今の段階では。
ビオラは歌う4っていうディスクに全部ムバンソーの曲で構成されていて、
バッハのムバンソーチェロ組曲をオマージュした作品として、
エフゲニーペトロフというロシアの作曲家でご紹介はしたんですけど、
僕もエフゲニーペトロフが誰なのか、
なんでそんな人の楽譜を須田さんが持ってるのかとか、
僕は全然知らないんですけど。
探すんですけども見つからないですし、売ってないですし。
そういうのってどうやって手に入れられるんだろうなと思ったりもするんですけどね。
あれもちょっと面白そうなディスクでしたんで、
興味がある方はぜひ探してみられるといいよなと思います。
そのペトロフのやつがね、現代の舞曲が並ぶんですよ。
プレリウドの後に2曲目がタンゴで、3曲目がサンバで、
4曲目ブルースで、5曲目がワルツの1と2、
バッハのメグレットみたいにワルツの1と2があって、
6曲目が今日お聞かせしたロックンロールみたいな構成になっていて、
大変興味深い面白い構成になってるんで、
面白いので聴いてみていただきたいなとは思うんですけどね。
どこの誰なのかは分からないエフゲニーペトロフという方の作品です。
ムバンソービオラ組曲徒長長BWV2005って、
BWVってバッハの作品番号なんですけど、
バッハの作品番号2000とかあるはずがない。
バッハの作品番号1200ぐらいまでしかないんじゃなかったかな。
なんかそんな感じの面白い作品を、
世界初録音って書いてあったんですけど、
普通だったら録音しないようなやつなんじゃなかったのかと思ったりはするんですが、
須田さんのユーモアーの人。
けど、弾くのはすごい難しそうな。
僕、須田さんがこれ生で演奏してるのも福岡に聞きに行ったんですけど、
すごい良いコンサートでしたよ。楽しかったですけどね。
で、あとイザイのバイオリンその他をビオラで弾いてるやつと、
ヒンデミッドのビオラその他って取り上げられてる。
大変面白いディスクなんで。
ビオラは歌う方っていうのを探してみられるといいんじゃないかなとは思いますね。
無伴奏チェロをビオラで弾くっていう話ですよね。
チェロで弾くのが、
あのサイズ感での響きじゃないとどうも物足りんと言われる方が多いんじゃなかろうかなって思って、
AIに昨日聞いてみたんですね。
やっぱりそういうレゾナンス的に、レゾナンスってなんて日本語で言うんだろう。
響きのキープの仕方的に、やっぱビオラは小さすぎてどうもっていうような感想を持ってる人はいるっぽいと、
AIが言っていたのと。
だからまあまあ確かに物足りないっちゃ物足りないのかなとは思うんですけど、
それでもね、ビオラっていうのは、
ビオラはもともと響かない楽器なんですよ。
ヴァイオリンってね、いろんなヴァイオリンってないっていう話聞いたことあります。
わからないですよね。
いろんなヴァイオリン、いろんなチェロってないんですよ。
ヴァイオリンはもう完成してるんです、サイズ。
あの大きさで、もう響く十分な大きさなんです。
チェロもあの大きさで十分響く大きさなんですよ。
それに対してビオラはいろんな大きさがあるんです。
昨日一昨日ぐらいそれこそツイッターで僕がいろいろ遊んでくれてるフォロワーの皆さん、
もちろんどこの誰やらわからないフォロワーの皆さんがいっぱいいらっしゃる中で、
ビオラのサイズについてちょっと話している方がいらっしゃる。
おそらく東京近辺の、関東近辺の作家さんで、
ヴァイオリンのたった1センチちょっとぐらいしか大きくないビオラっていうのを作られていて、
振れ込みで言えば、それでもちゃんとビオラの音がするんだよという、
だから小さいヴァイオリンを弾く人でもビオラが弾きやすいというか移行しやすいというか。
だから小さいビオラっていうのを作られている作家さんがいらっしゃって、
それに対して大きいビオラを作られる作家さんもいらっしゃるわけなんです。
僕のビオラが、僕2本ビオラを持ってるんですけど、
今使える状態なのが、メインで使ってるのが40.5センチ。
これ一番多分日本でもスタンダードな大きさだと思います。
40.5センチ、これ胴体の縦の高さを言うんですけど、
ほら、押さえるとこあんじゃん。
押さえるとこ握ってドンって立てて、肩が丸いところが下にあるじゃないですか。
F字孔っていうのがついて、Fの穴が開いてる、丸っこいのが2つ繋がったぐらいの部分の縦のサイズを、
普通は弦楽器というか、バイオリンビオラとかは言うんですけど、
あれが、僕の楽器は40.5センチのやつと、
41.5センチのやつを2つ持ってて、
41.5センチのやつをサブにしてるんですけど、
それに対して、でかいのがね、でかいのがねっていうか、
普通に手に入ってでかいのが42センチちょっとぐらいですかね。
42センチぐらいまでだと思います。
けども、極端にでかいやつは44とか。
大きくなればなるほど当然ですけど、弾きにくくなるし、
指も届きにくくなるし、腕も届きにくくなるという、
非常に大変な楽器なんですよ。
ビオラ弾きは早死にするとか言いますしね。
そうなんですか。なぜだろう。
ちょっといろいろと自然じゃない体勢を取ったりするんですかね。
左手が回っていって肩ギューってなりますしね。
ビオラ弾きは自然な体勢で演奏できないから早死にするとか言ったりしますよ。
早死にしないように練習しないでおこうかなと。
なるほど。大事かもしれませんね。
大事かもしれませんね。そんな感じなんですけどもね。
いやけど、ムバンスオチロちょっとビオラで弾くっていうの面白い感じなので、
ちょっと今日いろいろとダメ出ししてもらってこようと思っておりますというような感じの話でした。
今週は水戸さんは何か面白いことありましたか。
今週、いろいろあってあれなんですけど、
昨日、ガマダスに辞め中高を卒業して文化服装学院っていう、
日本でファッションといえばここからデザイナーもいっぱい排出してますよみたいな
ファッションの学校が東京にあるんですけど、そこをこの春卒業したばかりの、
ここが今週末。
金栗ミュウさんっていう方が、今週末に織田市辞めで、
卒業政策を展示会として発表するっていう場を予定されていて。
まだ学生さんを上がったばっかりだから。
そうですそうです。
5月からはイギリスのロンドンのテーラーのスーツのお店で、
ワークホリを2年間しまってらっしゃってっていう。
そうなんですそうなんですっていう。
昨日が急遽出てくれることになって来てくれたんですけれど。
聞き損なったわ。
そうなんですよ、来てくれて。
イギリスは私9ヶ月くらい、それこそ19から20歳くらいの時にいたので、
その時にたまたまファッションデザイナーやってる人とイギリス人の人とつながって、
日本のセレクトショップとかにも結構商品とか作品を置いてる方だったので。
イギリスで一緒にいた方っていうか。
そうなんですよ、知り合った人の一人が、お世話になってた家族のお父さんの弟だったんですよ。
じゃあ結構なファッション業界ではお名前のある方だったということなんですかね。
結構ではないですけど、デザイナーとしてちゃんと自分のブランドを持って、
日本の割と有名なセレクトショップとかにも自分の洋服を置いてもらってるみたいな人だったので。
それはやっぱり名前がそれなりに知れてる方じゃないとそうはならないでしょうか。
なので、30年くらい前にやったことが今つながって、
だから人と人をつなぎられるかもみたいな。
それがちょっと面白いなと思って、こんなところでこんな風につながってくることがあるんだなと思って。
じゃあミトさんが20歳くらいの頃にイギリスの方とはまだ連絡が取れたりもするわけですか。
お世話になってたお父さんとその息子とは今もつながっていて、
彼のお母さんとかとは5,6年前くらいにコロナになる前に子供たちを連れてイギリスに帰ったんですよね、愛に。
お世話になったおじいちゃんおばあちゃんがもう90代とかに入られたので、
お元気なうちにお礼を言いに行きたいなと思って。
それで愛に行ったのでつながってはいるんです。
ただその彼自身とは、日本にちょくちょくいらっしゃってたので、その時には結構交流があったんですけど。
ここ10数年はなくなってたんですけど、久々にご連絡を取ってみようと思って。
学生さんが上がって、織田寺で作品展をされて、イギリスに飛ばれる予定の誰さんだっけ。
金栗さん。
なので今週末、織田寺であるので。
ぜひぜひ。というのと、和田光平さんのピアノも行きましたよ。お会いしましたね。
もうちょっと子供に来てほしいですね。
もっとね、ピアノ習ってる子もいるだろうって思いながら。
いそうなもんですけどね。あんな素晴らしいピアノを。
僕はピアノの大きく耳があまりないですけど、それでも最高のピアニストだったと思いますし、最高の演奏会だったんですけど。
子供に聴いてほしかったなあ。もっとね。
小中高生。
宣伝したいなあと思いました。
思いました。
和田さんにもまた辞めに来てコンサートしてほしいし。
楽しかったもん。
楽しかったですね。
曲もやっぱりいい選曲でしたよね。
おなじみな曲がたまに出てきてね。
本当にバランスがとてもね。
こういうことを言うとよくないかなあ。
おなじみな曲が聞こえてくるとね、みんなねパンフレットをパラパラめくるのよ。
あれちょっと、あれなんとかならんかなあ。
クラシック音楽のコンサートのパンフレットっていうのは、演奏されているときに見るもんじゃないんですよ。
そうですね。せっかくフリートークもされてくださって、次の曲の紹介してくださってるから。
せめてそのときにね。
そのときに読んでほしい。
ピアノの生の音とかだったら、やっぱりどうしても紙の音とはいえ聞こえちゃうんで、聞こえると気になるし。
のでね、あれはご遠慮いただきたいなあと少し思いましたね。
あのときはね、あのコンサートでは。
その辺ももうちょっとなんかね、世の中が成熟していってくれるといいなあと少し思いました。
人によっては、演奏中にバッグのジッパーをジーって開けて、お茶取り出して、
お茶飲んじゃダメなんだけどなとか思いながら、けど音もするもんだからチラッと見たりもするし、
もうちょっとおとなしく聞きましょうよという感じがしてしまいましたが、
次のコンサートからもうちょっとなんかいい方法が。
ちょっと紙ぐらい配ってほしいですね。
ああいうのはパンフレットっていうのはこういうもんだよって。
でもあの演奏されているときはもうすべてのものは地べたに落とせの話しましたっけ僕。
しました。落とせと。
もうそれ以上落ちないところに落としとけと。
もう何回聞きましたか。
織茄のね、ほらアンケートを書く鉛筆案じゃん。
あの鉛筆がさパンフレットに引っ掛けると緩みんですよちょっと。
織茄のやつが。織茄のやつがとかどうか知んないですけど。
あの時に配られた鉛筆がねちょっと緩かったんですよ。
あれ何遍落ちてる音聞いたでしょう演奏中に。やめてほしいあれは。
聞きますね。
あれ織茄さんももうちょっとあのキュッと止まる鉛筆を用意していただくとか。
っていうかもう地べたに置いとけという話なんですけど。
パンフレットと。
あのアンケートも終わってから書きましょう。
途中で書き始めるおばちゃんいたんよ。
いっぱいいたんよ。
なるほど。
あれはぜひねちょっと考えていただきたいなと。
これを聞いていただいている皆さんぐらいは考えていただきたいなというところで。
なんかすいませんね。楽しい話じゃない状態で終わってしまいますが。
けど楽しいコンサートでしたんで。
ぜひねこれからも楽しんでいきたいと思っております。
という和田光平さんのコンサートの話でございました。
というわけで時間も来ちゃいましたのでこの辺にしましょうか。
というわけでまた来週あたりお会いしましょう。よろしくお願いいたします。