#452 見慣れた石が、街の見え方を変えた
2026-08-25 13:02

#452 見慣れた石が、街の見え方を変えた

「あなたの街を再発見する」講座をきっかけに、地元・守山を改めて観察中。


何度も見ていた石の道標から、宿場町と琵琶湖の港、人の流れがつながって見えてきました。



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サマリー

このエピソードでは、守山市に住む話し手が、オンライン講座「あなたの街を再発見する」の課題を通して、地元・守山の新たな魅力を発見する過程を描いています。特に、昼夜間人口比率の低さや、旧宿場町に残る石の道標から、かつての琵琶湖の港と人の流れに思いを馳せ、見慣れた風景の中に隠された歴史のレイヤーに気づく面白さを語っています。

自己紹介と講座の課題
オカピー人生後半戦、これからの働き方と生き方を一緒に考えていきましょう。
皆さんこんにちは、オカピーです。今日は8月25日、火曜日ですね。
今日は朝から半年間、結構長い時間をかけて、
企業さんのブランディング・マーケティングを伴走支援するプロジェクトで、
企業さんのところに訪問してきて、先ほど帰ってきて今、2Gログを作って、
一区切りを終えて、スマホに向かって喋っているところです。
8月25日、私が長い間勤めていた会社オムロンの給料日だったので、
今でもまた何か25って言うとソワソワしちゃいますよね。
25が給料日の方って聞いている方々でも結構多かったりするんですかね。
給料入りましたかね。ということで今日は仕事の話ではなくて、
昨夜、私は7月からあるオンラインの講座を受けて、
前にも話したかもしれませんけど、フライヤーブックキャンプっていうオンラインの講座で、
あなたの街を再発見するフィールドワークまで固定化した視点を壊すレイヤー思考、
やなせひろいちさんと講師の講座があって、
2日目、Day2がありました。
そこでDay2に向けた事前課題で、地元のチャーミングなところ、
チャーミングじゃないところ、あとはレイヤー思考っていう、
地元を考えるときに交通物流っていうのがすごい気になるよって話があって、
交通のいいところ、そうでもないところを決めて、
そこの写真に撮って、なぜそうなってるんだっていう背景を考えてみようっていう課題があって、
そのために、この何日か明け時間に地元の森山を歩いたり、写真を撮ったり、
ついでにネットでいろいろ調べたりしてたんですけど、
守山の昼夜間人口比率と街の現状
面白いですよね、具体的に調べ始めると。
私は2016年、2011年の4月からこの滋賀県森山市に住んでるんですけど、
16年住んでるのに、ちゃんと知らなかったなって気づくことがいっぱい出てくるんですよね。
昨日調べたことで、えーっと思ったことが2つあって、
まず森山市の昼と夜、中夜間人口比率ってですね、
昼間の人口を夜間人口で割った数字、これが100よりも多ければ昼間の方が人が多い、
外からどんどん働きに来るとか遊びに来るとかっていう人が多いと。
これが少なかったら、他の町に仕事とかに、学校とかに出ていく人が多いってことなんですね。
ちなみに森山市は2020年一番、国勢調査がされ、
5年に1回の国勢調査で、結果が発表されているのが最新の2020年なんですけど、
2020年の国勢調査の結果は89.99%で、昼間の人口が少ないんですよね。
ちなみに滋賀県の市町、いろんな市と町があるんですけど、
その中で一番低いと、もっと田舎の町とかもあったりするのがそこよりも低いんですよね。
これ、昼夜間人口比例って言ったら、これちょっとびっくりしました。
だから、森山に住んでいるけど、他の市や町に働きに行ったり学校に行ったりする人が多いということなんですよね。
私、このチャーミングじゃないところの例として、平日の森山行き前にランチをやっている店が少ないっていうのを挙げたんですけど、
本当に少ないんですよ。食べるところが限られているんですよね。
隣の草津市の駅前の駅はいっぱいあるんですけど、森山は本当に少なくて、なんでかなと思っていたんですけど、
人いっぱい住んでいるのにね。
これは、平日の昼間に町にいる人が少ないということと何か関係しているのかもしれないなと。
地元の人ですよね。ずっと森山から出ない人を対象にしているだけだと、森山駅の近くで店を出す必要もないわけで、
なんてことをちょっと思ったと。
石の道標から見えた歴史と人の流れ
そんなふうに考えると、今まで別々に見えていたものがつながってくるなという感覚が。
もう一個、同じようにつながった感覚があるなって思ったのがあって、
道標、道の標識と書いて道標、道しるべといったりしますよね。
森山には、隣の草津もなんですけど、街道沿い、東海道とか中津縁道、分かれ道とかに石でできた道標、道しるべがいくつもあるんですよね。
それは知っていて、例えば森山でいうと、森山塾、旧宿場町を歩いていると、石でできた道標、道しるべがある。
私も写真を撮ってGoogleマップに上げたりしていたんですけど、その前も何度も通って、多分何十回か通っているんですね。
でもそこに書かれていること、具体的に書かれていることは知っていた。
右に行くと中津縁道、左に行くと小野浜港、港なんですよね。
というのは知っていたんですけど、あまり深く考えてもいなかった。
だけど小野浜というのは琵琶湖岸にある地域で、港があったところなんですね、昔。
昔、明治の中期くらいまで、湖の上の海運、交通って非常に重要だったみたいで、物流とか、琵琶湖って非常に活躍していたらしいんですよね。
森山というのは、琵琶湖って南北に長くて、一箇所、東西、琵琶湖の反対側とこちら側、森山は東側にあるんですけど、
個性と湖南地域を結ぶ琵琶湖大橋にもかかっている。
なぜかというと、大岸と一番近い、琵琶湖で一番狭いところなんですね、森山市の湖岸がね。
そこに昔の港がありましたと、ここでふんと思ったんですよね。
投票道しるべがあるのが、旧森山塾の中心部、江戸時代の町の中心だったところなんですよね。
そこに琵琶湖岸からは、結構離れているわけですよ。宿場町なんで。
すぐそこですよ、湖岸まで。
はい、なので、例えば中津縁堂を進んでいくとか、京都に行くとかね、
街道を進んでいきたい人からすると、わざわざ港へ行く道はこちらですよっていう道しるべ、投票が立っているって、
そんなに意味がない気もするんですけど、だけどもわざわざ書かれていると。
港は左、左に行くと港だと。
これって何か意味があるはずですよね。湖岸までは、とりあえず歩いて行ったらどれくらいかかるのかな。
距離、たぶん車で行くと8キロとかかな。
歩くとどれくらい、1時間で4キロ歩いたとして2時間くらいかかる、まあまあ遠いわけですよね。
だけども、そういった投票道しるべがあると。
絶対これで何か意味があるはずで、
例えば江戸時代とかは交通とかで、港っていうのがすごい大事でね。
港に行って、そこから船に乗って、どこか別のところに行くっていう人たちが結構おられたのかなと。
そういう人が旧森山事故に宿泊されたりしたのかななんて思ったりしたわけですね。
少なくとも人の行き来があったんだろうな、人とかもののね。
現代の守山と過去の比較、街の再発見
ということです。今はね、さっき言ったように森山ってJR東海道線、ローカル目でいうと部屋子線っていうのがあって、
新快速っていう電車が止まって、電車乗って京都や大阪に簡単に出られるんですよね。非常に便利なんですよ。
どんどんどんどん平日の人が外に出て行って、夜は森山に住んで、ベッドダウン化してるから、
旧夜間人口の比率が100%切ってるというような街なんですけど、昔はね、ここに来て街道を歩いたり、船に乗ったりと、
そういう人の動きがあったのかななんてちょっと感じられて、面白いなと思ったということです。
これが本当に街を再発見するっていうことなのかなと。
新しい場所や新しい事実を見つけるだけじゃなくて、自分自身にとって何か新しい発見があると。
石の投票なんて、ずっとそこにあっても何十回見てるけども、意味を考えてみると違う姿が見えてきたと。
街の歴史や人の流れを考える入り口になったななんて思ったりもしました。
今後の探求とまとめ
ということでね、それだけで講座を受けてよかったななんてもうすでに思ってるんですけども、
講座は実はあと2回あるんですけどね。
これからね、もっとこの投票とか、この浜港とか、あとはね、森山塾街道とか、
あとは森山って源氏ボタルがいるんですね。
もう駅前、やはり森山駅前降りてちょっと歩くと、5月の終わりとかは、源氏ボタルが飛んでたりするという街だったりするので、
この辺をね、もう少し自分なりに掘ってみたいなっていうふうに思ったと。
そんなお話でした。はい、いかがでしたでしょうか。
今日も最後まで聞いていただいて本当にありがとうございました。
それではまた次回のオカピ人生後半戦でお会いしましょう。
さようなら。また明日も聞いてくださいね。
13:02

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