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第33回 スピノザ『エチカ』第一部定理十五についての雑感
2026-07-05 21:36

第33回 スピノザ『エチカ』第一部定理十五についての雑感

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00:00
はい、お疲れ様です。
本日は7月の4日土曜日。 夜の9時28分ですね。
1日お疲れ様でした。 今日はですね、私は
朝起きて、ニーナさんのYouTubeのメンバーシップに入りまして
無事入りまして、早速朝から
一番誠読回の動画
ボリューム1から順次見ていこうと思って、早速ボリューム1の誠読回の動画を始めてました。
そうですね、トップテーマっていう、なんかね、ちょっとそのドイツ語の文献が載っているサイトから題材で
それをね、ちょっとノートの方に移しとって
結構ね、やっぱり今まで読んできた長文よりも一番長いんじゃないかな、ちょっと長めの文章ですね。
ノートに移しとって、少し自分で文章の読解の方ですね、進めるところまで作業をしてました。
そうですね、やっぱり今まで読んできた長文の中ではやっぱり一番レベルが高そうな感じがしますね。
なんとなく文章を書き写しててもそんな感じがしましたね。
まず読解の方を進めていくんですけど、
結構やっぱりね、自分でまずは予習という形でノートを作るだけでも結構やっぱり時間がかかりそうですね。
でもやっぱりこの過程を飛ばしてしまうと意味がないと思うんで、地道に淡々とやっていきたいなと思います。
お昼前から今日は大学図書館の方に行って、久しぶりにスピノ大地下なので翻訳作業の方を進めてましたね。
夕方ぐらいまでやってました。
地下の方はあまり集中力をかきつつ、だらだらしつつやってしまうので、あまりすごく効率よく集中してやったっていう感じはないんですけど、
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だらだらやったっていう感じかな。
まあね、これはね、ちょっとね、そんな集中してやったらね、もっとすごい進めることができるんでしょうけど、
まあまあ、そんな感じかな、自分のやり方は。
そんなにね、気負ってガーッとやってもね、私的には多分疲れてしまって、
長続きしないので、まあまあ、だらだらでも続けてればいいかなという感覚にはなってきてるので、
まあまあ、普通にできた1日かなと思います。
そうやね、
まあね、自分はMacBookを大学図書館の方に持って行って、それでエチカの翻訳作業っていうのを進めていってるわけなんですね。
具体的なやり方を説明してもいいけど、ちょっと説明するのもめんどくさいんで、はしょりますが、
そうやね、要はObsidianっていうアプリやメモアプリを使って、そこにエチカの定理を1つずつノートを作ってまとめていってる。
翻訳と原文とかそれぞれそのノートに入れていってまとめていってるという作業をしているわけなんですが、
物書き堂の辞書を使ったり、Witakars Wordっていうラテン語の活用形の形から元の原形の動詞の形を解析してくれるようなアプリを見ながら作業を進めたりしているわけですね。
GPTも文章の訳とか解説の切材をちょっとしてもらうっていう意味で、それも使いながら作業を進めてるという感じにはなりますね。
定理15もね、第1部定理15もね、もうあと本当にもう少しというところまで来ました。
明日できたらもうちょっと進めて、あと1、2回頑張ってやれば定理15終わるかなというところまでやっと進んできてます。
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定理15はね、なんとなくまた全部、訳書があったらまとめてね、内容の方だけちょっと総ざらえという形で確認はしていこうかなと思ってるんですが、
ざっと見たところスピノザの認識論っていうのかな、延長ですよね、実際のこの現実に存在する延長物っていうんですか、スピノザ的に言うと延長物ですよね。
具体的なものとかね、私も含めて人間、人とかね、全てこの世の中に存在する物体的な延長物ですね。
そういったものに対してスピノザの考え方、そこが延長実態っていう、実態ですよね、スピノザが考える実態というものと、その現実に存在する延長物っていうものの関係性っていうものを
いろいろな例を挙げて説明しているような箇所に定理15っていうのはなっているのかなと思っています。
要はまとめて言ってしまうと、個々の物体ですよね、私とかあなたとか、コップとか、今ちょっと寝室にいるんでね、枕とかね、アイマスクとか、そういったもの、布団とかね。
個々のものっていうのはそれぞれ別個で、各自区別された形で単独で独立して存在しているような、自分たちは認識を持っているかもしれないけど、
スピノザ的な延長実態っていう考え方に則っていくと、そうではないんだよと。
それぞれが延長実態っていうものの表現なんだよと。表現、表現。
だから全てが別個になっていて、全てのものが各自のものが分離していて、区別のくつく単独なものなのではなくて、それぞれが一つの延長実態っていうものの表現として連続性の中で存在しているんだよっていうような考え方なのかなと。
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ざっくり理解してます。
スピノザはやっぱり一元論なんでね。一元論者。
一元論、やっぱりスピノザのエチカっていうのはまとめて一言で言ってしまうと、必然主義。
この世の中に存在しているものは全て必然であると。
自分の運命とか自分の現状、全てが必然的になるべくしてこうなってるんだっていう必然主義ですよね。
っていうものをとっていると。
神というものですね。スピノザの考える神というものは、キリスト教でいうところの神のような人格的な、人間みたいな形の人格心ではなくて、
それとはやはり目的、何か目的を持った神の最終的な意思が、神の意思でもって何かを目指しているというか思考しているっていうような神様ではなくて、
スピノザの神はそこに目的もなければ意思もないと。
ただ全能的な、無限で必然的な全てを包括する一つの神なんだと。
その中に全てが含まれていって、そこに何一つ例外はないんだというような思考ですよね。
まとめてしまえば、そういう形で5分もいらないぐらいで語れてしまうんだけど、そこをどんだけ自分の中に落とし込んで、
自分がそれを本当に自分の思考の中で信じることができるのかっていうのが、そのためのいろんな例を挙げて、
いろいろなパターン分けですね。パターン分けの中で具体的に、論理的に説得するような文章を書いているのが、
エチカっていう書物なんじゃないかなと私は思っているんです。
そうですね。だからさっき言ったスピノザの必然主義っていうもの、結論は簡単なことなんだけど、
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それだけパッと聞いたときに、やっぱりあまり説得力がないと。
いやいやと、人間自由意志ありますやんと、自分が次何をするかとか、自分の意志で決めてますやんと、やっぱり思いますよね。
だって人間の主観とか感覚的な意識っていうものがあって、それで自分の行動っていうものをコントロールしているんだっていうのが、やっぱり一般的な感覚ですよね。
それに対して、真っ向から反対のことを言っている。
自由意志がないんだと、全てが必然的に決まっていることで、人間に自由な意志で選び取れるものなんて一つもないんですよという考え方がスピノザだとしたら、
それはやっぱりただその結論だけ言われたところで、何の説得力もないわけで、
それを読む人に最終的に考え方を変えられるだけの説得的に論章しているという文章がエチカだと私は思ってますので、
そのように定理15とか細部を読んでいくと、やっぱり一つ一つ一つずつ読んでいくと説得的に確かにそうだなと思わされるところがあります。
延長物ですよね。一つずつの延長物というのは、それぞれが独立して分離しているように、存在しているように感じるけれども、実はそうじゃなくて、
一つの延長実体という、実体イコール神ですよね。実体からの表現としてそれぞれの延長物というのは存在していて、
全てがその延長実体の表現に過ぎないという言い方ですよね。
たとえは、確か上野治虫さんのたとえとかで言いますと、リンゴというものがあって、リンゴっていう概念があるわけですよね。
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実際に個々のリンゴっていうのが各延長物としてあるわけですよね。
個々のリンゴを見てみると、一つ一つ全然色も形だったり大きさだったり、何か形状が少しデコボコしていたり、少し傷がついていたりとか、
傷の場所とかも全然一つ一つ同じ、全く同じリンゴなんてこのように一つも存在しないと。
一つ一つの延長物をとってみると、全てが違うけれども、そのリンゴという概念の一つの表現として、
各延長物としての各実存的なリンゴというのが存在するんだ、みたいなたとえが上野治虫さんの本にあったような気がするんですが、
要はそういう感じの理解なのかなと私は思っています。
延長実態という概念的な全てをすべる無限な概念があって、
それの一つ一つの手触りとか大きさとか質感とかが違う、
ここの表現としての各自の延長物というのが今この世に存在している延長物としての我々とか、
延長物としての何か布団とか、書くものとかですよね。
そういうものが存在しているんじゃないかなとかいうふうに、
詳しくこの定理15とかを読んでいくと、なるほど、そういうことなんやと。
スピノザ的には延長実態というものがあって、そこには別に何か意思とか何か目的とかがあるわけじゃなくて、
因果関係の連鎖、関係性のネットワークというものだけがあって、
それがすべて必然的に複雑に絡まった雲の糸のように張り巡らされていて、
すべてが必然的に減少してこのような今の状態が形作られているんだというような世界観の説明として、
一つ延長物の説明が挙げられているんじゃないかなというような認識をざっくり持ってますね。
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最近定理15をずっと訳してるんで、そんな感じの解説の部分が多いので、
そういうイメージを持ちながら一つ一つの文章を読んでいっていますという感じですね。
このポッドキャストでスピノザの哲学についてこんなに喋ったのは初めてなんじゃないかなと思います。
もう18分半くらい喋ってますね。
そうですね。やっぱりスピノザの哲学ってすごく面白いですね。
その一元論なんですよね。
ヘイゲルの哲学は二元論っぽいんですよね。
対立軸っていうのを常に設定する、否定っていうのが一つのキーワードになっているので、
否定を例えば因と用とか有限と無限、あるとないとか全て対立軸で考える。
その対立軸の主をアウフヘイベンするってことでより一つ上の段階に行くみたいな形なんで、
結局でも一元論になるのか二元論なのかっていうのはごめんなさい。
まだヘイゲルについてはあまりよくわかってないけど、
自分の中でのざっくりなイメージとしては、
ヘイゲルは二元論っぽいイメージが自分の中であります。
常に矛盾っていうものを世の中に見ていく哲学だなという印象を受けてますね。
ヘイゲルに関してはね。
スピノダに関しては完全に一元論なんで、
その一元論っていうのはどこまで突き詰めて考えられるのかっていうのを
とことんまで論理的に極めたのがスピノダなんじゃないかなという、
ざっくりした今まで勉強してきた中での印象は持ってますね。
ちょっとね印象でぐらいでしかね、ちょっとまだ全然語ることはできないですね。
でもこうやってちょっとずつでも喋っていけば、
何年後かにはもうちょっとまともに解説的なことも喋れるようになるのかな。
その日が来るのをお楽しみに。
少しでもこういう喋るっていう自分の考えを、
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自分の思っていることを声に出して形にするということもですね、
続けていきたいなと思います。
はい、じゃあ今日はもう21分ぐらい喋ってますんで、
これぐらいにしておこうかなと思います。
明日もお休みなんで、また1日ダラダラと勉強していきたいかなと思います。
それではみなさんおやすみなさい。
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