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『差異と反復』ゼミ2回目の感想と次へ向けての予習
2026-09-16 13:40

『差異と反復』ゼミ2回目の感想と次へ向けての予習

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サマリー

ドゥルーズの『差異と反復』ゼミ第2回では、構造主義における「現実界、創造界、象徴界」の捉え方について、特に構造が現実やイメージから派生するのではなく、それらと相互に構成し合うという逆説的な関係性が論じられました。この構造と現実の関係性は、スピノザの必然性の概念とも関連付けられる可能性が示唆され、今後の学習への期待が高まっています。次回以降のゼミで、自身の理解がどのように深まるか、あるいは覆されるかという点も楽しみにしています。

ゼミ第2回の復習と主要な論点
はい、9月15日火曜日、夕方の5時11分です。
本日は、ドゥルーズのね、
差異と反復ゼミの復習と予習をしていました。
朝ね、第2回目のドゥルーズ差異と反復ゼミの録音と、録音がてら、もう一度最初から聞き直して、
もう一度ちょっと復習という形で、この前のゼミの内容を聞き直していました。
そうですね、やっぱりめちゃくちゃね、面白かったなぁ。
面白かったですね、と思いました。
何を構造主義として認めるかのテキストの第一の基準の終盤ぐらいまで、終盤?中盤ぐらいか、中盤ぐらいまで進んだところで終わりましたが、
録音の現実界、創造界、象徴界の話がドゥルーズ流にアレンジされて、録音から演用されていると。
録音とかね、あとは言語学、ソシュールとか、あとは人類学、レビストロースとかね、その辺りの議論が参照されていますと。
特に第一の基準に関しては、録音の現実界、創造界、さらにもう一つ深いものとしての象徴界という形で議論がなされていて、
でもそれは楽安の言う現実界、創造界、象徴界とは少しずれているんだよというような話でしたね。
中でもやはり一番重要なのは、要はその順番というのがね、卵が先か鶏が先かじゃないですけど、
単純に構造が先あって、それに対して現実とかね、というものが生まれてくるんだと。
現実界、創造界というのが構造というものから派生的に生まれてくるんだということではなくて、
構造というのはね、現実性とイメージに殉肉しながら、現実性とイメージを同時に構成するという。
要は現実性とイメージというものが構成されると同時に、その構造というものね、象徴界も形作られるんだと。
だから順番として構造界が構造が先にあって、その後で現実性とイメージが構成されるという順番ではないのだと。
ということですよね。
その辺りが、第2回目の肝になる部分だったんじゃないかなと思いました。
アルチュセールの議論が、今村一史という方のアルチュセール前哲学というところが惹かれて、
アルチュセールの議論も少し惹かれてましたね。
特に重要なところとしてチェックしているのは、実は構造は初事実に先なるものではなくて後なるものであると。
事実が知知であり構造が構である。
ところが結果としての構造が今度はそれを生産した知知なる初事実に訴求効果を及ぼして、
それらの事実を自分の結果、構造の結果、構造の要素に変換されるということですよね。
構造は初事実に先なるものではなくて後なるものである。
だから構造の方が後なんだと。
イメージとかね、現実性とかイメージとかよりも構造の方が後なんだと。
現実性とかイメージが知知であり構造がその子供であると。
ところが結果として構造が今度はそれを生産した知知なる初事実、現実性とかイメージに訴求効果を及ぼして、
それらの事実を自分の結果、構造の結果に変換させる。
だから同時に矢印の向きがイメージとか現実性というものから構造というものに対して矢印の向きが向かうと同時に逆向きにも訴求効果を及ぼして、
それらの事実、現実性とかイメージを構造というものの結果だと。
逆向きの矢印に変換させるんだというようなことですよね。
これが一番肝になる構造主義、現実界、創造界と象徴界の関係性という面で一番肝になる考え方なのかなというところを講義から受け取りました。
構造と現実の関係性に関する考察
私としては個人的に気になるのは、そのあたりの構造というものとやっぱりスピノザの言っている必然性、必然性との関係性。
もしかしたらスピノザが言うところの必然主義ですよね。
全ての物事が必然的に決まっているんだということに関しても、要はこのような理解でいいんじゃないのかなと思ったわけですよね。
それは因果関係として、どっちが先にあるから原因があって結果が生まれるんだというような一方通行の考え方ではなくて、
結果が生まれた時点で、その結果から原因に対して訴求効果を応用して、原因の確定をするための要素として結果が出てくると。
それらが相互要素。
相互的にそれぞれが働くきっかけ、関係性の中にあって必然的に物事というのが決まってきているんだという理解は、
もしかしたらこれはそのままスピノザの言う必然性にも当てはまってくるという理解でもいいんじゃないのかなとすら思いました。
今後の学習への期待と予習
でもこれは本当にスピノザの哲学だけやってたら、この発想には多分一人では絶対至らなかったので、
早速ドゥルーズを勉強して、ドゥルーズ今回ゼミ受けてみてよかったなと。
まだ2回だけですけど、毎回初回もやっぱり得るものがすごかったし、第2回目もすごく得るものがありましたね。
これはめちゃくちゃ楽しみ。毎回楽しみですね。
今後もどういう形でドゥルーズが自分の哲学というものをこの後構成してサイト反復に至っているのかというのがすごく自分の中でも勉強していくのが楽しみですね。
この流れにちゃんと乗っていけば、これドゥルーズサイト反復読めるようになるぞというある種の確信に近いものは最初2回だけでも自分の中で確信することができているので、
なんとかこれだけでも食らいついてやっていきたいね。頑張っていきたいと思います。
めちゃくちゃ面白いな。
これはドゥルーズが読めるようになるかもしれないとちょっと思えてきているので、めちゃくちゃに楽しみです。
今日は1日そういう感じでドゥルーズのサイト反復読みの復習と、また次の新しい部分の予習的には第3の基準というところを今日は予習しました。
本文にあったのは微文の数学的なところの理解というものが私は全然分かっていなかったので、そのあたりをちょっとGPTと相談しつつ、
自分の中でテキストとレジュメを元に予習したという感じで、かなり自分の中で納得感のある勉強ができたかなと思うので、
どうやろうな。実際このあたりまで来るのが、次回でここまで来るかどうかちょっと分からないので、次の次くらいかもしれないですけど、楽しみですね。
これが自分の理解した内容というのが、実際のゼミでどれくらいまた覆されるのかというか、新たな情報が付加されるのか。
それは要は言ってしまえば、AIで勉強するということと、専門家の研究者の方の講義を受けるということにどれだけ差分が出てくるのかというところを自分の中である種検証するということにもなるのか。
どれくらいの新たな情報が小林先生の方から提示されるのか、また参加者の方との議論の中で自分の中で理解を深めることができるのかというのが、すごく楽しみですね。
そんな感じで、今日は勉強してました。
こんなところで配信を終わろうと思います。
それではまた次回。
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