スピノザ『エチカ』再読と人生への応用
はい、8月の13日、木曜日。朝の9時49分ですね。
最近は、1日2日のことを言いますと、ちょっと語学はあまりモチベーションが上がらず、
スピノザのエチカを再度読み直しています。
本は実体、属性、様態など、存在論的な哲学の用語がたくさん出てきて、
スピノザの一番目的としているところは、正しく人が生きていく上で、
どのようにして生きていくべきなのか。倫理学、もちろんタイトルにもエチカ、倫理学ですから、
人がどのように生きていくべきなのか、どのように生きていくほうが、より人間にとって幸福なのか。
というようなところがスピノザの主目的という部分になってくるわけですから、
どうしても最初の存在論的な実体、様態、属性とかそのあたりのところに注目しがちなんですけれども、
やっぱり最終的にはスピノザが目指しているところは、実際自分がどう生きるか、この哲学を勉強して、
実際自分の人生にどう生かすか、それを人生を変えていくというところが、実は一番大事なところになってくるわけで、
いくらこういうすごい哲学を勉強したとしても、自分の人生が何も良い方向に変わっていかないのであれば何の意味もないじゃないかということですよね。
というところを改めて思いまして、自分の人生にどうやったらこのスピノザの哲学を生かすことができるのかということをちょっと考えたりしてました。
第五部定理10と感情の調整
やっぱりスピノザのエチカ第5部を読んで、特に前半、定理20までのところを読んでいくと、やっぱり理解する。
自分の置かれている状況だったり感情だったり物事、全体の因果関係というものを原因とか結果とか、そういった観点で物事の必然性というものを理解する。
理解することによって、理解するということが大事なんだというようなことが書いているわけですけれども、定理10ですよね。
定理10というのに私は今回注目してみまして、定理10というのを見てみると、ただその悪い感情、人間的に悪い感情に支配されてしまうとダメなんだと。
でも良い感情、喜び、自分の存在、利器能というのが増大するような、増えていくような喜びに満たされるような形で自分自身というものを調整していくことが大事なんだと。
そのためには生活心情というものを常に日常生活において、前もって何か実際に人に嫌なことを言われたりとか、体調不良だったりとか、そういった日常生活の困難なことに立ち向かうにあたって、
前もって生活心情というものを持っておくべきなんだというような内容が第5部定理10になっているのかなと思うんですけど、やっぱり自分は今回ちょっと注目しましたね。
「理解」の難しさと「生活信条」の実践
前回ブログにあげた記事では、理解するということをメインの主題としてあげて、理解することによって、そういった受動的な感情、要は悪い感情ですよね。
憎しみだったり悲しみだったりとか、妬みだったりとか、そういう悪い感情から理解することで解き放たれるんだと。
ただね、これはね、ちょっと自分の生活実感的に言うと、理解する、もちろん理解できれば、それは受動から能動に変わるんだと思うんですけど、それが難しいんだよと。
スピノザさん、それは言葉で言うのは簡単ですけど、実際理解するってめちゃくちゃ難しいことですよね。正しく物事を理解するって。
それができれば、世話はないですわということが言いたいわけで。
で、じゃあ実際どうするのかっていうのが、スピノザに、エチカに書かれてるのかなって思ったときに、書かれてましたね、ちゃんと。
第5部定理10ですね。ちゃんと生活心情というものを持って、自分の力能が増大していくような、自分の感情が喜びの感情で満たされるような生活心情というものを常に持っておくんだと。
それを常日頃から意識しておくことで、何かことが起こったときに、悲しみの悪い感情に支配されることが少なくなるんだっていうようなことを、実際スピノザはエチカの中で書いてるわけです。
それはね、やっぱり自分にとって一つ生活心情を持っておくってことはね、もちろん大事なこと。それはもちろんエチカの中でも言われてることなのでね。
じゃあ自分にとって何を生活心情にするのかということをちょっと考えたりしてました。
「人間的な当たり前の心」を生活信条に
自分の中のこれまでの人生でね、どうだろうと思ったときにやっぱり大事な言葉として、大木雅宏さんの前回のブログでも紹介した言葉ですね。
人間的な当たり前の心っていう部分にはなりますね。
人間的な当たり前の心っていうのは、何か苦しいこととか悲しいこととか辛いことがあったときに、その感情に従って悲しんだり苦しんだり落ち込んだりするっていうのは、
それはもうそのままね、実際の出来事に引き連られた、それこそ受動的な心ですよね。
それは動物にもできる動物的自然心っていうふうに大木さんは言うんですけど、そうではなくて、何か辛いこと苦しいこと悲しいことがあったときに、それでもね、ほがらかにしていると。
実際のこの出来事、辛い苦しい悲しいという感情が物事、何か出来事が起こったというときにも、それでもほがらかにしているんだと。
それがね、要は自分自身というものの力能を増大する、ほがらかにしているということ自身が自分自身の力能というものを増大するということに直接つながると思いますし、
それが喜びという、スピノガザーが定義する喜びということそのものなわけですから、そういうことを自分の生活心情にしてみようかなと今回思いましたね。
生活信条の実践と自己暗示
ここ数年、体調がすごく悪いことが増えている。これは絶対精神的なものっていうのが影響しているっていうのは間違いなさそうなんでね。
やっぱりそういう意味でね、否定的な感情、受動的な感情、人間的な妬みとか苦しみ、悲しみ、辛さ、そういった感情をそのまま自分の中で受動的に感じすぎてしまっているという部分を今回思い直しましたので、
この生活心情というものを一旦もう一回改めて自分の中でしっかり毎日自分の中に刻むというかね、そういうふうに生きるようにせねばならないなと思ったわけですね。
本当ここ数日ですね。心って本当に自分の体に直結してるなというのは本当にここ最近思うことではあるんでね。
そういう受動的な感情というものを少しでも能動的なね、自分の力能を増大させる方向に持っていくような準備、生活心情っていうものを常に自分の中に擦り込みというかな、自己暗示的に持っておくということは第5部定理10ですね。
スピノザのエチガンの中でも言われてるんだというのを今回改めて感じましたので、もう一つそういう記事を今用意してますので、それをまたブログの方で記事を上げていきたいなと思いましたという感じですね、最近はね。
哲学と実生活の統合
そういう感じもちょっとね、そういうちょっと振り返りというかな、自分の生活態度を改めましょうという機会も絶対いりますよね。
やっぱりね、何も、やっぱり哲学、自分が学んでる哲学を自分の実生活と切り離しすぎる部分がどうしてもあるので、自分の生活を良くしていくために学んでるんだということを今回改めて自分の中で再確認したかなというここ。
最近になりますね。
配信終了
はい、じゃあこれぐらいで配信終わろうと思います。