今回は以下の質問について話をしました。
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第54回目を聞いて、阿弥陀仏の救済と「宿善」の関係については、「宿善」は阿弥陀仏の調育(調熟)の光明(智慧)のはたらきであり、一人一人違う未熟の機を調育して、本願を素直に疑い無く聞ける身に育ててくださることが分かりました。
しかし、そうすると、やはり阿弥陀仏の調育の光明によって、私の機が熟して、本願を疑い無く聞けるようになるには、機が熟すまでの時間がかかるように思えてしまいます。
阿弥陀仏の本願は、「ただ今救う」本願ですが、「ただ今救う」と今聞けていないのは、まだ、私の機が熟していないからでしょうか?
また、阿弥陀仏の本願は、短命の者や無常迅速の機をお目当てにしていると聞いているのですが、もし機が熟さないと、信心獲得できないとしたら、臨終の者は、どうなってしまうのでしょうか?
口伝鈔に、以下の文言がありましたので、今回は、短命の根機(無常迅速の機)と阿弥陀仏の調育の光明の関係について、またネットラジオ版安心問答でお話しを聞かせて頂きたいです。
よろしくお願いします。
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話のなかで出たご文
○そのゆゑは如来の大悲、短命の根機を本としたまへり。もし多念をもつて本願とせば、いのち一刹那につづまる無常迅速の機、いかでか本願に乗ずべきや。されば真宗の肝要、一念往生をもつて淵源とす。
そのゆゑは願(第十八願)成就の文(大経・下)には、「聞其名号 信心歓喜 乃至一念 願生彼国 即得往生 住不退転」と説き(口伝鈔・浄土真宗聖典註釈版P911)
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