今回は、こちらについて話をしています。
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第51回目のお話しの中で、阿弥陀さまは本願を疑いなく聞き受けて、信心が定まった者を忘れずに必ず摂取して見捨てないというお話しがとても印象的でした。
その話を聞いて、私は念仏衆生摂取不捨というお言葉がすぐに頭に思い浮かびました。
以下は、AIで、念仏衆生摂取不捨の意味について調べた内容です。
AIの回答を、そのままコピーしたので、少し長文になりますが、一読していただき、このAIの回答に間違いがないか?もし間違っているとしたら、どこが間違っているか?を取り上げていただき、またお時間がある時に、ネットラジオ版安心問答で、「念仏衆生摂取不捨について」お話しをしていただけるとありがたいです。
ちなみに、私が主に知りたいのは、「念仏によって救われるのか?」「信心によって救われるのか?」についてです。(頂いた質問)
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資料として頂いたAIによる「念仏衆生摂取不捨」の文章です。
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(以下がAIの回答の全文です)
「念仏衆生摂取不捨(ねんぶつしゅじょうせっしゅふしゃ)」は、阿弥陀仏が「南無阿弥陀仏」と念仏を称える人々を光明で照らし、決して見捨てず、必ず極楽浄土へ救い取るという救済の約束を表す言葉です。『観無量寿経』に基づく浄土教の根幹となる教えで、現世での安心と死後の救済を意味します。
真宗の本棚 +4
意味と詳細
- 出典: 『仏説観無量寿経(観経)』の「光明遍照 十方世界 念仏衆生 摂取不捨」という一節。
- 摂取不捨(せっしゅふしゃ): 逃げ惑う者(衆生)を追いかけ、必ず捕らえて抱きしめ、二度と捨てないこと。
-- 念仏衆生(ねんぶつしゅじょう): 念仏を称えるすべての人。
-阿弥陀仏の救い: この世では光に照らされて守られ、死後は極楽浄土へ連れて行かれるという絶対の幸福。
--真宗の本棚+4
Usage Examples (使い方・関連語)
-摂取不捨の利益: 念仏を称える者が、阿弥陀仏にすがり、死後必ず浄土へ往生できるという幸せ。
-摂取の光明: 衆生を摂め取って捨てない、阿弥陀仏の智慧の光。
-光明遍照(こうみょうへんじょう): 阿弥陀仏の光がすべての世界をあまねく照らしていること。
-法然上人の教え: 摂取不捨を「月の光」にたとえ、公平に注がれる慈悲を信じて念仏を称えるよう説いた。
--浄土真宗本願寺派総合研究所 - +4
類語・関連表現
-他力本願: 自らの力ではなく、阿弥陀仏の力によって救われる。
-見捨てぬぞ・必ず救う: 摂取不捨を分かりやすく表現した言葉。
-おさめ取って捨てない: 摂取不捨の分かりやすい現代語訳。
- -浄土真宗本願寺派 +4
-この言葉は、法然や親鸞が、どのような罪深い者でも念仏によって救われる根拠とした、非常に重要な言葉です。
--浄土宗全書テキストデータベース +2
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話の中で出したご文
一々光明遍照十方世界 念仏衆生摂取不捨(一々の光明は、あまねく十方世界を照らし、念仏の衆生を摂取して捨てたまはず。)(観無量寿経・浄土真宗聖典註釈版P102)
(82)
十方微塵世界の
念仏の衆生をみそなはし
摂取してすてざれば
阿弥陀となづけたてまつる(浄土和讃・浄土真宗聖典註釈版P571)
摂めとる。ひとたびとりて永く捨てぬなり。摂はものの逃ぐるを追はへ取るなり。摂はをさめとる、取は迎へとる。(浄土真宗聖典註釈版P571)
またかの一々の光明、あまねく十方世界の念仏の衆生を照らして、摂取して捨てたまはず。
われまたかの摂取のなかにあれども、煩悩、眼を障へて、見たてまつることあたはずといへども、大悲倦むことなくして、つねにわが身を照らしたまふ。(往生要集・浄土真宗聖典七祖篇(註釈版)P956)
いかにいはんや十方群生海、この行信に帰命すれば摂取して捨てたまはず。ゆゑに阿弥陀仏と名づけたてまつると。(教行信証・行巻・浄土真宗聖典註釈版P186)
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