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こんにちは、NULL ROOM第19回です。
だいぶ間が空きましたね。
その間にあった出来事について、話していければなと思います。
つい先日、1週間は経ってるかな、ぐらい前に。
この父が亡くなりました。
いつかな、もう少し前から、
糖尿というほど糖尿した感じではないんですけど、ずっと自宅におりましたしね。
病状自体は、かなり分の悪い戦いをしており、
来る日が来たのかな、という感じではあったんですけどね。
手続き、亡くなった後にやらなければならない事を一通り片付きまして、
日常に戻ってきたわけなんですけど、
僕の家族、みんな特殊というか、面白い。
他じゃなかなかないんじゃないかな、というような関係性だったんですけど。
ずっとうちの家族の事を話す時に、割とよく使う言葉があって、
うちの家族っていうのが、みんな独立国家なんですよ。
一人ずつが。
それぞれが独立して動いていて、
家族という共同体というよりかは、一つずつが独立しているという感じなんですね。
で、僕視点になるんですね。
僕から見た時、僕の家族との関わり合いがどうだったかという話になるんですけど、
基本的に喋んないんですよね、うちの家族それぞれ。
姉は多分違うと思います。
僕から見たらって話ではあるんですけど、全然話さないんですよ。
例えばうちの父が子供の頃どうだったかとか、何考えてるとかっていうのはあんまり共有されないんですよ。
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そんなに家族旅行に毎年ゴールデンウィークは家族旅行に行きますとかでもなくて、
父はゴールデンウィークとか関係なしずっと仕事だったんで、
そもそもあんまりそういう思い出、
どっかに行ったよとか、一緒にこれやりましたみたいな思い出はそんなにないです。
ただの日常がそこにずっとあったっていうだけの感じなんですよね。
そんな中でもポツポツと父自体がどのような考えであるとか、
父親自身が子供の頃こんなことやってたっていうのは、
本当に片手で数えるくらい話を聞いたことがあって、
なぜ父がそんなに関わらなかったか、
僕からの視点でしか全てのものは見れないので、
僕に対して僕が感じていたことと父親が自身で思っていたことが一致したというかね、
つまり僕に対してあんまり関わってないというところに対してのアンサーじゃないですけど、
僕は一度見たことがあって、
何かっていうと僕が中学生かな、中学生もしくは高校生ぐらいの時に、
うちの母親がプッツン来て、家でないしは消えたというかことがあったんですね。
何日間だ、2日3日4日急にいなくなったんじゃないのかな。
その時に、母親の話は一旦置いておくんですけど、
その時に父親がなぜ母親が切れた原因に対して、
父親自身がどう考えるかについてをパソコンの方に書いてたことがあったんですよ。
もうそのファイルはなかったんですけどね、
葬儀の後にいろいろ遺産とか、遺産相続というほどうちにないんですけど、
そういうのを見てたんですけど、
その時に読んでて、
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父親というのが、もともと父親がかなり小さい頃に、
父方のおじいさん、父のお父さんにあたる方は亡くなっているんですよ。
家は貧しかったので、
自身もとりあえず新聞配達とか、いろんな仕事をしてなんとか食いつながないとというところで、
頑張ってたんですけど、
父親との思い出があまりないし、
そもそも父親がほぼいない状態で育ってきたので、
そもそも僕らに対してどう接するのがいいのかとか、
分かんないみたいなことを書いてたんですね。
この先も、俺は分からないみたいなことをファイルに書き残していたんですよ。
僕はその時までは、親は親だと思ってたんですよ。
この感覚どうなんだろう。
どうなんだろうね。成人したらみんなちょっとはそういうことを考えるんじゃないかな。
親って結局人間だよねっていう、自分と変わらない人間という1個体であるっていうのに、
いずれ気づくじゃないですか。
親が年老いていったりとかしたりとか、自身の考え方とかが固まっていくと、
この人はこういうふうに考えるんだなとかっていうのが何となく分かってきて、
親も人間なんだなって感じることがあると思うんですよ。
僕はその時に感じたんですね。
中学生か高校生くらいの時に、親も人間なんだなって。
その時に一瞬消えた母親も理由を聞いた時に、
やはりそうなんだな、人間なんだなっていうのをその時実感したんですね。
母親、父親がそれになるためになったというよりかは、
一つの人間がそれをこなしているだけで、母親という個体がそこにあるわけではない。
人間という個体があくまでそこにあって、役割をこなしているという状態なんですよ。
っていうのを感じたんですね。
父親は亡くなる直前まで全然元気ではないんですよ。
身体はやはり病に侵されていますから、身体は確かにきつくなっていたんだろうけど、
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だとしても僕が最後に面と向かって会った時は、
僕と一緒に工具の調整をやってたんですよ。
僕が持っている自転車用の工具がありまして、その工具の構成ですね。
ちゃんとゼロが出るというか、ゼロがゼロに合うというか、
物差しのゼロの目盛りをゼロに合わすみたいなそういう作業が必要なんですけど、
それを父親と二人でこうじゃねえなあ、じゃねえなあって言いながらやったっていうのがあって、
それぐらい直前まで元気だったんで、
弱り果てていくというよりかは全然元気な状態で、
ずっと個人、人間として生きていた人だったんですよね。
何を話そうとしたか忘れちゃったけど、そんな父親だったんですよ。
そういう人で、うちの家庭というか、僕から見る僕の家というのは、
独立した人間たちがわちゃわちゃしている家庭だったんですね。
父親自身もね、いや俺はもう無理だよって、そんなに長く生きれないし、
というかもう年越せねえしみたいなことを言ってたんで、
そっか、そういうことになるのかとは思ってたんですけどね。
そんなに喪失感があるというよりかは、
どちらかというと数少ない関わりの中で父親が残していった言葉というか行動というか
物だったりでもいいんですけど、大事にしないとなって思いました。
その工具を調整した日に、実際のところでいくと、
その工具の調整の日、なぜ僕実家にいたかというと、
そもそも父親がもうまずいぞという状態だったんですよ。
数値的にというかね、本当に次の抗がん剤の投与に耐えれないかもしれないね。
というか、そのする意味がもうないかもしれない。
今抗がん剤投与してがん細胞を叩くことが延命につながるかどうかで言うと、
もうつながらないそういうレベルだったんですよ。
体の調子も数字的には悪いしというのがあってね、
もうどうしようもないような状態だったんですよ。
とはいえ、自分でご飯作って食べて、歩いて家の補修をやったりするぐらい元気というか、
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形式上元気というか動けるという状態ではあったんですけど、
そんな感じではあったんですけどね。
ただ工具醸成した日に、工具以外のことももちろん喋ったりしたんですけど、
仕事で使っているシャーペンというか、建築現場とかで線引いたりするときに使う太いシャーペンみたいのがあるんですよ。
鉛筆の芯みたいな太さのシャーペンの芯を使うシャーペンみたいのがあるんですけど、
それを削ってもらったんですよ。
最初は芯がそういうのは買ってないなと言って、ラスト一本だってお父さんに話したら、
いっぱいあるからやるよと一箱くれて、たまたま父親が使っているメーカーとは別のメーカーだったんで、
父親がちょっと貸してみろと見てたんですよ。
そのときに、研いでやるよと言って、太いんで研がないと使えないんですよ。
シャーペンの芯が0.5mmとか0.7mmという単位じゃないぐらい太いんですよ。
鉛筆の芯だけ抜き出したような形状してて、だから先端尖らせないと全然描けないので、
研ぐ必要があるんですけど、父親がそのときそれを研いで渡してくれたんですよ。
父親が亡くなって、仕事をついこの間復帰したんですよ。
アルバイトなんですけどね。復帰して、それを使おうと思ったときに、
使ってちょっと描いた後に、先端を見たら、使った部分、刃がなくなっていくわけですね。
削って尖がってた部分がなくなっていくのを見て、
そのときに、父親が研いでくれることはもうないんだよなと思ったときに、
使うのが惜しいなって思ったんですね。
もちろん消耗品なんで、いつかはなくなっていくって。
まあね、っていうのは思ったんですけど。
次、昨日の話なんですけど、昨日もまたシャーペンを使う機会があって、
そっと研いでもらった方を反対にして、つまりこの研いでる方を使わないように、
反対にひっくり返して、後ろ側尖れてないから、自分で刀で研いで、
数少ない父親が残してくれたものとかを消費してしまうのがちょっと惜しいなっていうような感情が起こりました。
まあとはいえ、ゆっくりと父親が残してくれたものが少しずつ失われていって、
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最後は記憶の中だけに残るのかなと思って、
まあ悲しいというよりかは寂しいというよりかは惜しいなと思うようになりましたね。
最終的に僕はそうなったとして何も感じないと思ってたんですよ。
僕の友人というか同級生が自分の手で命を断ってしまって、
その時に葬儀に参列したんですけど、その時に涙が出てきたんですよ。
父親の時はそんなに涙は出なかったんですけど、その時涙が出て、
その人自体が亡くなってしまったことというよりかは、
おそらく僕はこんなに見送ってくれる人いないなって思ったんですよ。
その時に自分はなんてつまんない人間なんだろうなっていう自らの存在の微小さに気づいて、
30年命をつないできた僕自身の存在っていうのは、
別の人生を歩んできた人間と比べてそんなに小さいのかと影響を与えていないんだなっていうのに
気づいて、とても悲しい気持ちになったんですよ。
そのタイミングっていうのも、僕自身のタイミングとしてはとても考えさせられるタイミングだったんですね。
転職失敗して仕事を辞めることになって、
自分が考えて行動できる範囲で行動した結果、つまりうまくいかないっていうのは、
僕自身のキャパシティというか、人間としての行動の限界っていうのはこんなものなのかっていうので、
とても自分の無力さに気づかされて、
そうなのかと、自分の限界って所詮こんなものなのかなっていうのを感じていて、
まさにその友人が選んだ手段を考えていたんですね。
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それもあって、そっかと。
彼がそうなった時にはこうだったけど、果たして僕はどうなのかなって考えた時に、
自分はよりちっぽけであるんだろうというので、それをさらに実感させられて、
とても涙が溢れたわけですね。
そこから時間は経ちまして、父親が亡くなった時に、
父親としてはどうだったのかは分からないんですけど、
僕から見た父親はめっちゃかっこよかったなっていうのがあったなって思いました。
感情が悲しくなったというよりかはすごいなっていう、そういう感情が湧きました。
今喋りながら今日のタイトルどうしようかなって考えてますけどね。
着地点見つからないですね。
まあそんな感じで、うちの父親はどうなんでしょうね。
世間一般でいう父親としてはどうなんだろうかとは思うんですけど、
僕の中ではそうだよねっていう、世間がどうか知らないけど、
直接的な関わりがなかったというか、少なかったにせよ、
なとしても受け取るものは受け取ったよねっていうふうに感じました。
今後どうしようかなっていうのも考えてます。
実はうちの家族みんな僕以外だいたい健康じゃないんですよ。
前も話したかもしれないな。
僕だけ健康なんですよ今。
母親もそれこそノリノリでガンと戦ってますし、
おばあちゃんはちょっと最近、物忘れじゃないけど認知症入ってきてて結構仕上がり切ってきてるんで、
お姉ちゃんもお姉ちゃんでもともと持病があるからなかなかどうよってことがあって、
最悪死にはいたらないよね多分ね。
チャットは聞いてないんだけど、姉貴はいいと知って、
僕の手に届く範囲の家族みんな病気なんですよ。
僕だけ目が悪い以外は健康なんですね。
目が悪いっていうのはこの間健康診断を受けたときに、
僕の体が健康すぎて関われることは目が悪いだけだったんで、
僕が目が悪い以外は超健康ということで。
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今実家にバシバシ動ける人が僕しかいないんで、
来年僕は開業しようと思ってたんですよ。
父親も悪かったしってのがあって来年は実家に戻ろうって言ってたんだけど、
その父親が亡くなっちゃって、
父親は亡くなる直前までやたら元気で動けたので、
動けてたんですよ。
だから年末までいいかって言ってたらあっという間にだったんで、
どうしようかなっていうところです。
来年って言ってたのが今年中に今のアルバイトというか仕事辞めて、
戻ってやらないとっていうところまで来ました。
ね。
幸いこの父親の件で有給とかはほぼ使い切って、
最初悪くなってるから一旦帰ろうって言って有給消化で戻って、
その後葬儀とかでさらに、あれなんだなんて言うんだっけ、
親族が亡くなったからっていう方の有給も使い切ってるんですよ。
だから割とやめやすい句はなったよね。
なんでね、どうしようかなと思ってるところです。
まあそんなところでした。
ここまで聞いてくださってありがとうございます。
また近いうちに次期の録音もしてあげようかなと思います。
今日はありがとうございました。