うんうん、でも大事ですよね。ちょうどいいと思う。
ちょうどコミュニティのノータブルのコラム、昨日3月3日でひな祭りだったじゃないですか。
その時もお雛様って、私が小さい時って結婚が早くできるとか、
お雛様をちゃんと出して片付けないと結婚ができないとか、そういう迷信的なものも聞きながら育ってきて、
改めて考えると、結婚が女の子の幸せということを文化として擦り込まれてたなってことに気づいたことをコラムにしたんですよね。
この話題ってちょうど日本で言うと、3月3日のひな祭りと、3月8日の世界女性デーで、
結構ホットな女性について考えるタイミングなのかなって思ったりしましたね。
なるほどね。
早速この音源聞き始めたんですけど、一貫性20時間あるので、
長いよね。
なので、まずダイジェストとして最初のエピソード0の部分だけまだ聞いたばかりなんですけど、
その中で指摘があったのが、この男女の格差、
例えば賃金の格差だとか、報道時間における無賃金労働の時間の長さ、要するに家事、育児にどれだけ時間かかってるか、
そういったものについて、特に日本だとチェンダーギャップの指数が高いので、すごく開きがある。
これがどういう問題を表出させてるかっていうことと、それがなぜ生じているかという話について、
この調査結果を報告すると、あるいは説明すると、男性ほど、なるほどねみたいな反応しがちなんだけど、
そうなんだ。なんでだろう。
なんでだろうって話なんですよ。でも、分かってるはずがないんだっていうのが、この音源をシェアしてるコテンの人たちが言っていて、
なんでそうなっちゃうんだろうなっていうことについて僕はちょっと考えたんですけど。
なんで音源を聞いたときに、男性の方が女性よりも、なるほどっていうふに落ち方というか、構造を理解する感覚が深いってこと?
分かったかのような反応をするっていうこと。
私は2年半専業主婦をイギリスだったけども経験して、そのときに、もともと子供を産みたし日本の子育ての違い、イギリスでの子育てをすることの違い、
あるいは駐在妻の中に交わって、自分も駐在夫としていろいろ経験した中でいろいろ見聞きして、やっと当事者として知ったこととかがたくさんあるわけなんですけれども、
男性側において、男女の格差があるっていうことを知りませんでしたって無邪気に声を上げるわけにもいかない立場の人たくさんいると思うんですよ。
たとえば会社の偉い職種にいて、女性の部下が何人もいる人みたいな方が、たとえばこの音源を聞いて、こんなに女性が大変だとは初めて知りましたなんて言ったらさ。
そうだよね、知っとけって話ですよね、部下からしたらね。
今更何言ってんの?みたいな。
だし、知ってましたよっていうことも、知ってたらそうならんやろみたいな発言の積み重ねがもしかしたら無意識だからさ、あって、炎上の対象になる可能性もある。
だから上から目線で皆さんもこういうの聞いて勉強しなはれ、みたいに言うわけにもいかないっていうのはあると思うんですよね。
あとはパートナーがいるわけじゃないですか、多くの男性の、特に偉い人とかになってきたときに。
そうするとパートナー側から見たときに、あんたスタッフなことを言ってるけど、私はどんだけあなたの無理解に苦しめられたかみたいなものがないとも限らない。
なんならいっぱいあるんじゃないかと思うんですよ、僕も帰り見ていろいろあるので。
料理は大皿がいいなとか、大皿じゃない方がいいなって言ってみたいな。
小皿がいっぱいはいいな。
そう、小皿がいっぱいいいなとか言ってみたりとか、そんなことを女性が家事をやるという前提において、その上で負担がかかるように言ったと。
男性の最適解は多分、理解がある体で黙っておくようになっちゃうんですよね。
そうだよね、だって何を知らないっていうこともそうだし、知ってるっていうこともメリットがないっていうか。
その通りだと思う、メリットがあんまりないっていう。
なんかこう、ツイッターとかでさ、女性って大変なんだよとかって言ったときに、お前どこから目線で誰の立場で物言ってるのっていうのもわかんなくなっちゃうから、だから黙ってたほうがいいよねっていう感じ。
で、私はイギリスで主婦を経験したことを、それでわかったことあるよみたいなことをたまにつぶやいたりするんだけれども、なんかそればっかり言っててもなっていう気持ちもどうしてもあるし。
だし、男性の立場で海外仲材の女性にくっついて、そこら辺、中妻のコミュニティとかに縛られないで、いろいろこう自由に振る舞っていたし、特権的な立場では引き続きあった気がするんですよ。
男性という。
男性で仲材にくっついていってるってもの珍しいやつ。
だから純粋に理解はしてないっていう自己認知も必要だと思うし、あるいはお前がわかってると思うなよって思われてるかもしれないみたいなさ。
なんか常にそういう構造にさらされてるとなると、やっぱりこう、あんまりこう、ジェンダーギャップって男性側が上にいてっていう話だと思うんですけど、上側からこのギャップを縮めにいく動きって生まれにくいんだなって。
この音源を、まあ女の口だけど聞きながら思ったんですよ。
いやー、そうでしょうね。
だって、ジェンダーギャップにおいて、日本においては男性の方が女性より優位とされているわけじゃないですか。
で、優位とされてる側がわざわざ大変なことを取りに行くはずないですよね。
なんかもっと求められることが増えたりとか、それこそなんか知ってるって言っても知らないって言っても、いやお前今更かよとかどの立場だよって言われるってことは、
なんかそれをやろうって思う、ほんとなんかメリットがないし、なんかね、別にやんなくても今まで何十年、何百年、日本だったら何千年生きてきたんだからって思っちゃうよね。
そうなんだよね。
そう、だからこそ僕みたいのが、いちいち声を上げていくことが大事かなって思ったりするわけなんですよね。
でも、改めてこれすごい重要な問題だと思って、引き続き僕は男性だし、子供たちも2人とも息子なので、彼らがそういう、僕含め、僕自身がジェンダーギャップの認知の差というか、無理解に対して苦しむことは多分あんまりないんですよ。
男性だから。
そうね、立場的に。
なんだけど、僕のパートナーは奥さんは女性なので、彼女は今女性管理職として駐在を経験して帰ってきて、今まさにキャリアを日本で高めようと頑張っているわけだけれども、
それもやっぱり色んな偏見とか、そういうジェンダーギャップに今苦しんでいる最中なんだろうなって思うと、やっぱり絶対他人事じゃないんですよね、僕にとっては。
そうですよね、そうなんだよな、確かに。
妻の人権ってことですよね。
そう、自分の一番大切な人の人権がかかってるんですよ、このジェンダーギャップの話って。
そう考えると、当事者である男性めっちゃ多くないですかって思うので。
そうだよね、自分の人生の中に大切な女性とか、それは妻とか子供とかに限らず。
娘さんだったりね、そう、それに限らずですよ。
いますもんね、そうだよね、でもなんかね、これ大学院、私成人教育を学んできたんですけど、その中でもジェンダーギャップというか女性の社会進出における課題っていうところが一つテーマとしてあったときに、
もちろん男性の無理解っていうのもそうなんですけど、女性の女性の無理解っていうのも結構扱われることがあって、
これはなんか、年上女性からの若い女性の無理解とか、理解をしているかもしれないけど、なんだろうな、ちょっときつく当たってしまう感じっていうのがあるんですよね。
特に日本はそうですけど、私の母世代、私の母、前も話したけど、ずっと働くままで今も働いてるんですけど、
うちの母世代が多分30歳、30年前ですよね、働いていた環境と今比べたらもう格段に良くなってるんですよ、女性の働く環境としては。
でもジェンダーギャップはまだまだだけど、でも格段に良くなってる。
だけど、30歳年上の母世代とか20歳年上の世代の人たちから比べると、今の女性って働きやすいじゃない、私たちの時ってもっと大変で、もっと苦しくて、そもそも優先席なんてなくて、
お腹大きい時に、もう誰も譲ってくれないで1時間半電車に乗るなんて当たり前だったのよっていう、そういう時代なんですよね。
で、もちろんうちの母も育休なんて取らせないっていう感じの雰囲気だったって言われたし、あとはうちの父の、父方の家族から、毎月いくらあげたらあなたは仕事を辞めるのって言われたって言ってたんですよね。
そんな屈辱ないでしょ、今。だけど、それを乗り越えてきた母世代とか、もっと前とか、その前後の世代の人たちがいた時に、今の女性を見た時、甘えてるとか、もっとあんたできるでしょって思っちゃうんですよ。
それは自分が乗り越えてきて、自分が苦しい思いをして、頑張って歯食い縛ってきてここまでやってきたんだから、あんたたちもやりなさいよっていう気持ちになっちゃう。もちろんしょうがないことなんですけど、経験してきた女性だからこそ、そういう気持ちを持ってしまう。
そういう女性の方が、例えば管理職になったりとか、年齢的には上なので、上の立場になった時に、女性が女性に優しくできないっていうことも起こり得るんですよね。
だから、男性が無理解というか、理解しづらいっていうのももちろんそうなんですけど、それを経験してきて、苦しんできた女性、傷ついてきたからこそ、それを次の人たちもしなさいよって思ってしまう女性もいるっていうのが、構造の一つとしてあるんだろうなっていうのは、結構話題にはなりましたね。
なるほどね。敵は味方の中に、己の中にご存じいるみたいな感じか。
そうそうそうそう。
だから、男女のジェンダーギャップの話が、男女の対立であるって考えると、見落としがちな視点ってことだよね。
うんうんうん。そうそうそう。
なるほどな。確かにな。1年前ぐらいだけど、しょっちゅうそういう話はあるが、1年前くらいに、ベンチャー企業の経営者である女性がセクハラを受けたかどうかに関するアンケートの記事が日経のメディアで出たときに、それを引っ張り上げて、
いや、なんか女性の経営者甘えてるって、みたいな言説をして、それがなんか炎上で議論を巻き起こしたみたいな話があったんですよ。
で、そのときに、やっぱり出てくるんですよね。私はセクハラなんか、何のそので、耐え抜いて歯食い縛って今のポジションにつきました、みたいな人が出てくると、これみんな女性を守ってない。
今苦しんでる女性たちを守ってないんですね。
その人が当時苦しかったのを乗り越えて、今ここにいるみたいなことを言ってしまうと、今の女性を守れなくて、これはまた罪深いなと思って。
そうそう、同じ構造だと思う。
なんかそういうことってあるよなと聞きながら思ったのは、子育て情勢というか、政策、子育て支援みたいなものに対してさ、やっぱ子供が0歳から5、6歳ぐらいのときまではすごく関心があったけど、
下の子が小学校1年生になったら、あんまりその幼児に対する補助とか補助金とかに関して、その関心がないんですよね。
もうそうですよね。もう終わったことだからね。
ぜひ補助してやれと、日本のためにとは思うけど、もし自分が何か懐が痛む話だったら、たぶんそんなふうに寛大になるために、ちょっとウィルパワーを使わなきゃいけないかもしれないし、
なんなら関心ごとではなくなっちゃって、今度の選挙とかの争点にも自分の中ではあんまり優先度が下がってしまうっていうことがあって、
やっぱりのどもとすぎればっていう言葉がある通りさ、当事者じゃなくなってしまう。
本当にちっちゃい子供の育児3人、でも10年経ったら下の子は、上から数えると10年じゃ終わらないのか、でもまあまあ置いときまして、
なかなか当事者として問題として焦点を当て続けるのが難しいよねっていう話がいっぱいある。
難しい。変わり続けるし、大事にしなきゃいけない焦点がずれてくるじゃないですか。
小学校になったら小学校の時の大事なことがあって、中学高校大学でずっとずれてるから、ずっとその同じことに対して集中してっていうのは難しいですよね、当事者としてはね。
そうなんですよね。なんかあと最近目にして、これしんどいかもしれないって思ったのは、結構その年長者、僕の世代よりも少し上の世代で、
子宝に恵まれて、つれ子なのか、いろんな事情で、40すぎとか言っとこうか、そういう世代で子育てに初めて取り組んだ結果、こんなに楽しいことないみたいに。
で、まあ確かに大変だけど、ワンオペもまあできるねみたいな言説を目にした時に、20代でキャリアもまだ独り立ちしてなくて、
何とか歯を食いしばって日々生活してるところで、子供もいて、2オペなのかワンオペなのか、とにかくしゃがりき合ってるっていう話と、
もう何か一定のポジションを築いて、能力も証明されてて、資産もあるっていう状態でやる子育てって多分重みが違うから、そこはやっぱ割引かないでくれというか、
大変だけどできるはできるよねとか言わないでほしいって思ったんですよね。
まあそうね、まあなんか子育て、好きとか嫌いとか得意で不得意はあるけど、楽とかはちょっとね、人によって状況も違うし。
そうなんすよね。
持ってるアセットが違うから。
うん。そうなんすよね。
僕が目にしたポストの中にも、子供の性質、よく寝るよく寝ないとか、泣く泣かないとか、いろんなものによって変数があるから一概には言えないけれど、オペレーション自体は一人でも合わせるっていうことが書いてあって、
そういう発言ってそこの方が強調されてたし、僕もこの通りそこを強調して受け取っているので、全然予防性になってないんですよね、そういう話って。
だから、なんて言うんだろうな、着せずして子育ての話に移っていってしまったわけだけど。
まあね、結局さっきの話に戻りますけど、男女の格差が出てくるときって就職する以降ですよね、日本でっていうと就職以降で、
特に妊娠出産ってフェーズがあるかないかによって、それを感じる感じないと大きくて、やっぱり子育てって大きなファクターとしてあるから、
どうしてもこの話に行ってしまうっていうのはあるよね。
そうなんですよね、なんか最初に紹介した音源の中でも、やっぱり子育てに関する話の比重がめちゃくちゃ大きくなるっていう。
というのも、やっぱりその妊娠出産というイベントが、この社会規範とか性役割分担に対して与える影響が甚大なので、
これを男女の格差を是正していく動きの中心に、子育て支援がどうなるかとか、いう話はやっぱり密接に関わってくるんだそうですよ。
そうですよ、間違いない。
これもうちょっと話してもいいですか?
いいですよ、じゃあ後編に行きましょうか。
後編にしましょうか。
はい、じゃあ今週はここまでで、皆さんまた会いましょう。
はい、ありがとうございました。
ありがとうございました。