ショッカー怪人にも。
それには、ショッカーを滅ぼすしかないのである。
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サマリー
このエピソードでは、パーソナリティのかえさんが、自身の経験から、他者から「あなたのように強くなりたい」と言われた際に抱く複雑な感情について語ります。かえさんは、自身の強さや自己肯定感は多くの失敗や苦悩、傷つきを経て得られたものであり、その道のりは決して推奨できるものではないと考えています。そのため、他者にはより良い、より穏やかな方法で困難に立ち向かってほしいと願っています。特に若い世代に対しては、自身の「恨みパワー」のようなネガティブな感情に頼るのではなく、よりポジティブな力で進んでほしいと訴えています。 一方、muroさんは、社会変革を求める際に、恨みや辛みから出発することの正当性を認めつつも、特権的な立場にある人々が、要求に対して過度な完璧さを求め、論理的な整合性やキャリアの正当性ばかりを追求する傾向があると指摘します。そして、真に重要なのは言葉の表面的な論理ではなく、その言葉を発せざるを得なかった背景や問題意識であると強調します。また、仮面ライダーがショッカーに改造された人間であるという話に触れ、誰もが望まずとも改造されてしまう状況への悲しみと、それでも戦わなければならない現実について考察します。さらに、国会前デモへの批判や、作家への不適切な質問など、社会における様々な「切り取り方」や「悪意」について言及し、それらに対抗するための「いい返し」の難しさや重要性についても触れています。
「あなたのように」と言われることへの複雑な思い
のらじお。 こんにちは、のらじおのmuroです。 こんにちは、かえです。
はい。 はい。
えっと、結構、
あの、のらじお、長く続けてきて、 で、お店に来てくださる方もいらっしゃって、
で、この何年かですごいたくさんの人に、
お会いできたりとか、あとは、感想をいただいたりとかして、
あの、私が、
なんかその、ジェンダー的に、
こう、なんかこう、
傷ついたりっていうか、こう、何か受けた時に、理解したりしてる話が結構、反響いただいてる、
なーって感じなんですけど、で、それについて、
こう、私もそのようになりたいとか、
私の子供たちにもそういうふうになってほしいです、みたいな言われること結構あるんですけど、
これは私の個人的な感想、個人的な感覚ですけど、
え?って思っちゃうんですよね。
私はあんまり私みたいになってほしくない。
っていうのは、
なんだろう、
その、抗議できたほうがいいとか、できないほうがいいとか、
それはできたほうがいいんですけど、
私自身は、こうなるまでに、かなり失敗を積んで、こうなってるんで、
抗議できるようになる自信を持つとか、その自尊心を高く持つとか、すごい素晴らしいと思うんですけど、
それは私じゃないやり方でやってほしいですねって思っちゃうんですよね。
だから、もちろんそういうつもりで、皆さん、戦わなくちゃいけない時に戦えるようになるっていう意味で、
おっしゃってると思うんですけど、
だから、正確には私のようになりたいというわけじゃないと思うんですけど、
でも、あなたのようにって言われると、
いや、それやめたほうがいいって思ってしまうなっていうのがあります。
私的には、私は、こうなるまでにかなり苦悩して、
こうなるまでにの失敗とか、傷つきがあって、やっと恒例なので、
もっとうまいやり方があると思うんで、私みたいにはならないでくださいって。
もっとうまいやり方は?
もっとうまいというか、
それもあるかはわからないけど、
もっと要のやり方があると思うんですけど、私は陰のやり方が好きっていう感じが。
自分的にはあるんですよね。
はいはいはい。つまり、失礼なこと言われたらバシッてやり返すみたいなのは、陰のやり方であると。
いや、結果としては一緒かもしれないですけど、何かバシッてやり返すっていう結果があって、
それがたぶん私の、本来はこれが素晴らしいだろうなっていうのは、もう自分にすごく自信があって、知識もあって、
私のことをそのように傷つけるのはおかしいっていうのがあって、
できるって感じですけど、もう気づかれてる人いると思うんですけど、
そしてだいぶネクラなんですよね。
恨みパワーでここまで来てるんで。
恨みパワーで来てるんですよね。
はいはいはい。
それはあんまり人におすすめできるもんじゃないから、
できれば、良のパワーで行ってほしい、皆さんにはぜひとも生きてほしいので、
私のように、あなたのようにと言われると、それはやめたほうがいい。
これ陰のパワーだから。
そういう意味で言われてるんじゃなくて、戦わなくちゃいけないときに戦うという意味で言われてるのはわかるんだけど、
瞬間的に、私のようにはならないでくださいって思ったり言ったりしちゃうんですよね。
なるほどね。
そう。
このラジオ聞いてる人思ってるかな、かえちゃんネクラだなって。
ネクラって思ってないかな。
わかんない。
そろそろバレてるかなって。
なるほど。
社会変革における「恨み」と「完璧さ」の要求
まあ、わかんない。
かえちゃんがネクラであるのかどうかみたいなのもね、ちょっとまだ議論の余地があると思うしね。
あ、そうですか。
ネクラとは何かみたいな話があるからね。
そう、なんかね。
でもね、結構、私とか私より上世代のフェミニズム的な闘争してる人たちってのは、結構たぶん恨みパワーあると思うんですよね。
うん。
特に、だから若い人は、ぜひとも養母のパワーで行ってほしいので、
私とは違う道を行ってもらわないと、私たちが恨みパワーでやってきた、
なんだろう、屍を踏んで行ってくれみたいな、
うん。
同じことをやってもね、あんましないのでっていう感じで。
同じく、何か抗議したり、戦ったりするにしても、気仇の道を行ってほしいみたいな。
なるほどね。
だから、同じくらいの歳の人に言われたら、やれやれって思うんですけど、
同じような時代背景と、同じようなジェンダー感で育ってきたもの同士としては、
どんどんやってください。この恨みパワーを晴らしてください。みたいな気持ちになるんですけど、
かなり若い人とか、まだ子供の人たちとかだったら、
皆さんたちはもっと違う道があるはずですっていうふうに思う。
そうね。でもわかんないわ。若くても既に恨みというか、こう。
まあ、あるんならね。あるんならまあ、
しょうがない。
パワーに消化すればいいと思いますけど。
恨みがないのであれば、このやり方ではない、あなたのやり方を日向を歩いていてほしい。
そうそうそうそう。
そんなに詳しく全部を喋ってるわけじゃないから、
わからないとは思うんですけど、私のそのやつは。
でも言われると、それが頭をよぎるっていう感じ。
ああ、なるほどね。
なかなかね、そうね。
なんか、むず、なんていうのかな。
やっぱ、最近ちょっとしみじみ思うんだけど、こう、
今回の話とかはどっちかというとその、フェミニスティックな怒りみたいなのだけど、
まあそれ、おそらくそれに限らず、
うんうん。
何かのこう、社会変革を言う時に、
それが何かこう、恨み辛みから出てくるっていうのは、ある話だと思ってるんだよね。
うんうん。
で、僕はそれは当たり前だと思ってるんだけど、
でも同じ恨み辛みを共有していないような、
その、ある種特権的な人たちっていうのは、
社会に対する要求に対して、
ものすごく無理性を求めるなっていうのは思ったんだよね。
うんうん。
つまり、この論理的な可視がないとか、
その論者自身のキャリアとか、
立場にも可視がないみたいなのを非常に求める、
こう、だなと思っていて、
で、そのような完璧さでなければ、
私はあなたに賛同できない。
あなたの言っていることの正しさはわかるが、
あなたのこういうところに可視があるので、
私は賛同できないという立場になってしまうなと思っていて。
うんうんうんうん。
僕は個人的には、それはあんまり良くないんじゃないかなと思っており、
うん。
なんというか、
僕がやっぱ物事で着目すべきは、
言ったこととか書いてあることというより、
この言わんとしていることが大事だなと思っていて、
論理の可視は論理の可視としてあるのであるが、
そのなんていうかな、証明というか、
その向こう側になぜそれを言わなければならないのか、
という問題があるというところに着目しないと、
いつまでたっても何かをつかんだり何かが変わったり、
ということはない。
相手の言っていることをわかるということが永久に訪れない、
ということになるだろうなと思っているんだが、
うん。
この確論としてはね、
他方、結構多くの人がこのような態度であるなと思ったんだな、
その可視があることとか可視がある人が言うことは信じないと。
うんうん。
であるならば、まあかえちゃんの言うように、
新しい世代の洋の人、恨みを持っていない人が、
こうアポロニッシュなこととして、
新しい抵抗の形とか新しい対抗の形みたいなものを作らないと、
そういう人たちには届かないのだろうな、
なるほど。
とも思うし、
でも、そのようなアポロニッシュな抵抗みたいなものが現れても、
今度はその恨みの中から一生懸命戦ってきた人たち、
そういうアポロニッシュな人たちがそれを言えるような土壌を作ってきた人たちからすると、
この苦しみを共有していない人に何がわかるのかという話にもなろうし、
難しいね、と思った。
そうか。
だからどうということはないんだけど、
いろいろな人がおり、複雑な現象としてこの世界は立ち上がられているなって感じですけどね。
仮面ライダーとショッカー、そしてデモへの批判
なんかその、怒れるっていうかその、
拒否できるとか、
怒ったことに対して怒れるみたいなのがあって、
できたり、やったりするわけですけど、
だからといって、
何とも思ってないわけじゃないですよね。
やっぱり言われたら、嫌なこととかやられたら悲しいことがあって怒ってるけど、
もしかして、
またから見て、
抵抗できてる人は、
それを跳ねのけて、悲しみとか苦しみを跳ねのけているように見えるかもしれないとかも思う。
あんまりそんなことないから、
もう、まずはそのような目に、
会わないのが一番。
まあ、そんなんでも事故と一緒で、
会うときには会うから、そのときにその抵抗できてほしいっていうのはわかるんですけど、
私そうだなと思うんですけど、
っていう、なんか、なかなか微妙な説明できてるかな。
だから一番は、
そのようなことが起こらないでほしいし、
それに対抗できる能力みたいなものを、
その、
恨み発のやり方ではならないでほしいとか、
そのために積み重ねなくちゃいけない、
傷つきみたいなのにも会わないでほしいですねっていう感じ。
あなたの言葉に言われると複雑。
この辺がちょっと複雑なんですよね。
いや、できればこの世には、
私と同じ感じになる人減ってほしいんですが、みたいな感じ。
まあ、それにしても私以上にもっと、
いろんな苦しみがあった人はいるだろうから、
私なんか別に大したことないかもしれないですけど、
なんか、そうですねと言えない、そうですねって返事できない。
ありがとうございます、頑張ってくださいと言えないみたいな。
ああ、いや、できればこんなに恨みに終わらないでほしいねって。
なんか、正直なところ。
なるほどね。
そうね。
あれかな、こう、闘争の能力みたいなものが、
ある種の結果として得られたもので、
その過程で起きたことっていうのは、
本来起きるべきでなかったことなので、
だから、仮面ライダーになりたいみたいなことだよね。
ショッカーに改造されなきゃなれないんだが。
そうそうそうそう、そういう感じ。
誰もショッカーに改造されてほしくない。
そうそうそうそう、めっちゃそれ。
誰もショッカーに改造されないために、ショッカーと戦っているのに、
みんなが、仮面ライダーになりたいんですって言われると、
私たちもショッカー、戦いたいんですって言われると、
できれば戦わないで住んでほしいですっていう感じ。
なるほどね。
そっか。
そうだね。
誰もショッカーに改造されないでほしいもんね。
でもやっぱ結構みんなもう、改造されかけてるんじゃない?
あー、もうすでに?
もうすでに。
カフ調整というショッカーに。
そうそう、だから同年代だったら、なんか、ですよねっていう、
私たち改造されましたよね、やるしかないですよねって思うんだけど。
わかんないですね、知らないだけでも、まだまだ今の若い子も、
いろいろあるかもしれないけど。
まあね、いろんな人がいるでしょうね。
うん。
うん、確かに。
戦わなければいけない人も、ショッカーによって改造されている元人間の怪人だもんな。
うん?
今、カフ調整というショッカーによって、すでに改造されている、
仮面ライダーが戦ってる怪人ってみんな改造人間なわけじゃん。
仮面ライダーだけが脳がたまたま残っちゃったので。
あ、そういう話なんですか。
そうそうそうそう。仮面ライダーは洗脳の前に、
この、まあ手術の手順がおかしいと思うんだけど、
ショッカーマニュアル多分あの後書き換えたと思うんだけど、
洗脳してから改造すればいいのにね。
でも改造してから洗脳しようとして失敗して、
あ、自我が残ってるってこと?
うん、自我が残ってる。
あ、そういうことなんだ。
だから仮面ライダーが戦ってる怪人は、
みんな本郷たけしと同じようにさらわれて改造される。
あ、そうなんだ。知らなかった。
だから仮面ライダーは同族殺しをずっとしている悲しさも持っているわけです。
なるほど、そうなんだ。
仮面ライダーガチ勢に怒られるかもしれないけど。
僕の理解ではそう。
庵野秀明版仮面ライダーとかも考察によると、
途中仮面ライダーのコピー品みたいな怪人と戦うらしいんだけど、
それは8人くらいいるらしいんだよね。
で、それは映画の冒頭の方で子供が8人誘拐されていて、
まだ見つかってないみたいなのと繋がってるんじゃないかという考察があるらしくて、
その触覚に触られた子供が改造されたものと
仮面ライダーが戦わされてるみたいなのがあるらしくて、
ちょっとそれが正確な考察なのかもよく分からない。
それは判断できないんだけど僕には。
中途半端に改造されてるわけだね。
戦っている人たちも結局は同族なんだよね。
もともとはね。できれば誰も戦わなくていい。
世界になったらいいよね。
あれなんよね。
今日この収録日はさ、たぶんみんな国会の前に集まってデモしてる。
ちょっと僕用事があっていけなかったんだけど。
あれとかもデモに対するめちゃくちゃ批判的なことを言う人いるけど、
あれは何なのかな。
物事の演画関係の出発点みたいなのを相当恣意的に撮ってるなっていう感じ。
批判画ですか?
批判画。
あんなに人が集まったら邪魔であるっていうのは、
そりゃそうなんだっていう話じゃないですか。
誰が始めたのかこれをっていう話で、
片方が引っ叩いておいて、
殴られた人が殴り返したのだけを見て、
殴り返すなんてなんて暴力的なんだろうみたいな言うのって、
馬鹿みたいだと思うんだよね。
それを億面もなく言えてしまうっていうのは、
すごいなと思っていて。
やっぱルース・ベネディクトは間違ってたよ。
日本人は恥の文化とか言って。
恥を知ってたらとてもそんな振る舞いはできんだろうって思うけど、
誰も国会前だから起きたりしないし、
私が投票したのが悪いございましたって言って。
というのは難しいね。
ああいうのもアポロニッシュなものになっていけばいいのかもしれないけどね。
そうすればもっと多くの人がそういう。
まあ切り取り方とかね、
悪意を持って切り取ったり、
何か解釈を歪めたりしたらどうにでもなるからね。
全方向的にすごく正義、何ていうか、
良いものみたいにするみたいなのは不可能だと思うんですけど、
全ての悪意を張りのけるぐらいのみたいなのは。
「いい返し」の難しさと作家への不適切質問
まあいいんじゃないかいちゃんも。
道場とか開けば。
道場。
いい返し道場。
いい返し道場。
私が道を極められてないから道場とか開けない。
まだ道半ばだから。
まだ道半ばだから。
まず肩からとか言って。
確立できてないから。
確立できてない。
そうか。
何かこの間、たまたまXで見かけてみましたけど、
何か2021年のゆずきあさこさんの、
とりあえずお湯沸かせっていうネット連載のエッセイがあって、
それで、いつだったかの直木賞の受賞式で、
女性の作家さんに記者が、
旦那さんはあなたの料理で一番何が好きですかって突然聞いた、
本とか内容に全く関係ないのに、
っていうのを取り上げて、
それにゆずきさんはずっと怒り続けていると。
これに対する返し、その時はその作家さんは面食らってびっくりして、
なんかカレーですかねみたいな感じでその番が流れたけど、
じゃあ何て返すかっていうのを35個考えました。
っていうのがあって、ゆずきさんでも35個、
これですってバーンって1個じゃなくて、
35個考えるぐらいだから、
私もまだまだ頑張らないとと思いました。
はい。
なんかこの中で、たぶんベストはこれみたいなのがきてあったけど、
それはなんかすごく当たり前に、
男性の作家さんにも同じように聞きますかみたいなのだったと思うんですけど、
それ以外にもいっぱいパターンが35個あって、
35個ぐらい、てか無限にありますから、
確かに。
まだまだ道、
別に極めたいとか思って、
もう遭遇したくないですけどね、そういうこと言わなくちゃいけない場にできれば。
確かに。怒らせないでほしいよな。
そんな感じですかね。
はい。
それではまたお会いしましょう。ごきげんよう。
ごきげんよう。
31:09
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