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2026-02-27 37:14

2026/02/19 暮らしの羅針盤(野々村誠司)

 ゲスト:小宮山信吾さん(有限会社 天女山代表取締役)

00:07
FM八ヶ岳 デインライフ 暮らしの羅針盤の時間です。
今日は、天与さん代表の小宮山真子さんをお招きして、お話を伺います。
お相手は、利村誠司です。
まずは、自己紹介をお願いできますか。
私は、北斗の大泉で、有限会社天与さんという林業会社を営んでおります。
代表の小宮山と申します。よろしくお願いいたします。
昨年、大泉の歴史というか、南緑の歴史ですかね、そういうお話し会がありまして、
そこで小宮山さんが、昔はこういうことがあったんだよという話が、全く自分も知らなかったので、
ぜひ番組を通して、皆さんに聞いていただきたいなと思いますので、ちょっとお話ししていただけますかね。
私の祖父はですね、開拓というかですね、戦前から北斗の大泉の、特に大泉駅周辺でですね、暮らしてきたんですけれども、
ちょうどですね、戦争を挟んで、戦前、大泉駅前で畑作業をして、
戦中は中国の方にですね、戦争で行ってまして、
そうして、昭和22年に帰ってきたということなんですけれども、
実はですね、昭和22年に祖父が帰ってきた時には、戦前の様子とはガラリと変わっていまして、
辺りがですね、全て焼け野原になっていたと。
この焼け野原になぜなったのかっていうのは、まさしく最近の全国でも問題になっている山火事なんですよね。
この山火事の資料っていうのが、実はとあるメディアの方もいろいろ調査をされたりもしたんですけど、
やはり時代が時代ということで、なかなかですね、記録が残っていなかったということですので、
詳細がですね、実は人捨てにしか語られていない、そんな状況なんですよね。
私はですね、祖父に開拓の話とか、そういった山火事の話を含めて、
実は大学1年生、1回生の時にですね、私は地理学を専攻していたので、
そのあたりのお話を祖父に伺うことができたので、それでも20年くらい前の話ですし、
もう記録もですね、当時のものを残しておけばよかったんですが、今はちょっともうものもなくてですね、
その時のお話を記憶を頼りに今もお話しさせていただいて、
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ちょうど1年前にも開拓のお話の中でその話をさせていただいて。
その山火事はかなり大規模なものだというお話でしたけど。
そうですね、祖父曰くですね、出荷は長野県の富士見町で、
出荷原因はどうも炭焼きの釜から出荷してしまったということなんですね。
それがですね、冬の季節風に煽られて、ちょうど西寄りの風に煽られてしまってですね、
どんどんどんどん燃え広がって、ちょうど幅的にはですね、JR神戸線から八ヶ岳横断道までの幅で、
で、炎症の長さはですね、川又の東沢なので、ちょうど赤い橋とかですね、
あの辺りまで燃えて、そこの東沢に常に水が流れているので、
そこでようやく自然に沈下したというような話を伺っていますね。
そういう話を伺って、林業に始めようと思ったのは、どんなタイミングでなったんですかね。
それは私がです。
祖父がですね。
祖父が林業を始めたきっかけなんですけれども、
ちょうど昭和22年まさしく帰ってきた時にですね、周りがすべて焼け野原になっておりまして、
で、その時にはもうすでにですね、開拓の方々が入職されている状況だったんですけれども、
いかんせんですね、当時の大泉周辺、清里もそうだと思うんですけれども、
とても人が住めるような状況ではない、そのぐらい過酷な環境だったそうなんですね。
もう寒さは厳しく。
で、一番困ったのがやはり水だそうなんですね。
どうしても水、水利権っていうのは、今までの集落の方々の権利であったので、
開拓の方々、なかなか目の前に水があるのに使えないっていう問題も抱えてまして、
なので、非常に過酷すぎてですね、結構帰られてしまう。
逃げ出してしまうって言葉悪いのかもしれないですけど、
ような方々も多かったようです。
で、その現状と周りがやけの原になっているっていう状況を鑑みてですね、
うちの祖父は県の方に、当時周りがほとんど県有林、県の所有地でしたので、
県の方にですね、木をもう一回植えましょうよという働きかけを行ったようです。
で、その時に周りの入植者の方々も一緒に、その方々が植える、空いてる時間に植えて、
日銭を稼げるような、そういった仕組みで提案していたようなんですね。
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当時なんですけど、それが通ってですね、木を植え始めたのがうちの会社の起こりなんですけれども、
当時は一人の日当がですね、60円だったということ。
現在の平価値にするとどうなのかっていうと、当時祖父に聞いてもいくらかななんて言ってたんですけど、
当時は一粒100円ぐらいの世界で、土地もすごい安かったんですけども、
日当が60円ぐらいで、みんな一生懸命木を植えた。
当時1日あたり入植者の方が大体60人ぐらいは集まって、周りに木を植えてたというお話は伺っていますね。
木を植えるのも当時は車とかがないんで、皆さん担いで行かれたっていうようなことを話されてましたけど。
まさしくそうですね。朝大泉駅周辺に集まってですね、今日行く人といって集まって、
その人たちがみんなですね、苗袋って言うんですけど、リュックサックみたいなものに苗をその日植えるものを全部背負い込んで、
足りなければショイコに担いでですね、それで現場まで行って木を植えると。
植え終わったら帰ってくると、そういった感じのようでしたね。
今その植えた木が80年近く経ってくるんですかね。
そうですね。
今どんな感じに山はなっていますか。
もうですね、まさしく木は出荷時期を迎えておりまして、
先人たちの祖父含めてですね、入植者の方々が苦労して植えた木がようやく出荷できるような状況になっているということですね。
この辺赤松や唐松が多いんですけど、赤松や唐松を植えたんですかね、その当時は。
そうです。
今はその赤松、唐松がちょうど出荷時期になっていて。
今はあちこちでちょっと大規模かなという話が始まっていますけど、
どんな製品とかになっていくんですか。
今はですね、唐松は合版ですね。合版がメインになっておりまして、
特に唐松っていうのはやはり強度がかなり強いということで有名ですので、
今まで合版というと、例えばロシアの唐松、ロシア唐松ですね、ああいったものを使ってたんですが、
もうだいぶ以前からロシアの材も入ってこなくなってますので、今は国産にかなり合版会社さんも転換してですね、
各山梨だけでなく長野、あとは岩手、北海道ですね、地域の唐松っていうのはかなり合版に使われていると。
あとはですね、最近の潮流ではないんですけれども、やはり木造の大規模建築っていうのが、
特に都市部でも始まっておりまして、いわゆる木造のビルですね。
そういったものにはCLTと言われるですね、修正材みたいなものなんですけれども、板にしたものをどんどん圧着してですね、
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それで巨大な柱とか構造材を作って、それでビル建築っていうのがかなり始まってます。
そういったものにもやっぱり強度があるということで唐松はよく使われてますね。
一方で赤松なんですが、植えられた当時っていうのは赤松の方が価値がありまして、皆さん赤松好んで植えられたんですけれども、
現在はですね、赤松っていうのがちょっと使い道が難しくて、曲がりも多いっていうのもありますので、
いいところはですね、在来広報の建物の張り材に使ったり、太鼓張りですね、ああいったものに使ったりってあるんですけれども、
なかなか赤松の使用の用途っていうのが今ちょっと模索中という段階ですね。
以前は赤松はどんな価値があったんですか?
パルプなんですよね。当時パルプは紙の材料になりますけれども、
あれには赤松だろうということで、パルプ溶剤としてかなり植えられたっていう経緯はありますね。
初めて知りましたけど、赤松が紙になるんですね。
はい、そうですね。当時はですね、今もなるんですけれども、今はパルプ溶剤自体がそこまで価値がなくなっているということですね。
今は赤松生えていて、切っていてもなかなか出荷するところがない感じになっていますか?
そうですね。いわゆる製材でいうぶどまりじゃないんですけれども、私たちも木を切ったときにですね、
例えば空松であればかなりまっすぐなところが多いですから、そういった建築溶剤に回す割合っていうのは多いんですけれども、
一方で赤松についてはやはり曲がりの中からですね、まっすぐなところをなるべく取っていくので、
やはりかなりですね、曲がっているところはパルプであったり、今のこれも潮流でありますけれどもバイオマスの発電所にチップとして回したりですね、
そんな形で溶剤率っていうのは赤松の方はかなり下がってしまってますね。
で、伐採してまた植えられますよね。今何を植えている感じですか?
今はですね、また空松を植えているんですけれども、でもですね、やはりこれもまさしく令和の時代なので、
どこでもかしこでも空松を植えて、また建築溶剤育てて植えればいいのかっていうと、多分今もそういう時代ではないんですね。
やはり住宅の着工個数というのも減ってますし、今後の林業を考えた時にはですね、
やはり特にこの地域は観光という側面もありますので、
針葉樹だけではなく、紅葉樹を場所によってですね、ゾーニングで紅葉樹を、この辺は紅葉樹を植えた方が観光にいいだろうなというところは紅葉樹を植えさせていただいて、
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違う意味での付加価値をつけるという取り組みも今開始しているところですね。
では山々、いろんな木が育つような環境になってきているんですかね。
そうですね。
当時の祖父がやってた頃と大きな違いっていうのは、
当時はですね、よくこの地域ではこういうご意見を言われる方もいるんですね。
なんでから松を植えたんだと、紅葉樹を植えてくれればよかったのにっていうご意見を多々いただくんですけれども、
これはですね、当時はやむを得ない側面もあったんですね。
というのも、当時の苗木を作る技術っていう部分では、新葉樹の苗木しか生産することができなかったんですね。
紅葉樹の苗木っていうのを作ることができない、イコールこれは植えられないということで、やはり山を早く再生させようといった時には、
やむを得ず、から松、赤松っていうのを植えざるを得なかったっていう側面もあるんですね。
現在はいろんな樹種を生産してますので、苗木屋さんもですね。
なので、ここはじゃあこういう木を植えようといっても、それをすぐに林業変に対応できるような体制になっているので、林業も幅が広がっているということになりますね。
はい。じゃあここで一曲紹介していただいていいですか。
はい。サンボマスターさんのですね、できっこないをやらなくちゃという曲なんですけれども、
これはですね、私が今仕事でですね、特に会社を経営しているところで、やっぱり林業も新しいことをやっていかなきゃいけないと。
でも、私今までこういろんなことを否定してですね、林業だからこんなことできないとかいうのをやってきてたんですけども、
それでは林業変わらないなというところで、この曲でですね、勇気づけられて諦めないどんな時もっていうのをですね、
自分の心の中に秘めて、今はいろいろ仕事の方もさせていただいているんですけども、そんな曲になります。
今日は天野さん代表の小宮山慎吾さんをお招きしてお話を伺っております。
そろそろ花粉も飛び出しているんですけど、この辺は杉とかヒノキとかは少ないというかない感じなんですけどね。
どんな状況なんでしょうかね。
この地域はですね、以前から環境、気候的なところでですね、杉ヒノキを植えるというのは行っておりません。
木が育たないというのもありますので、行ってないんですけれども、
今も全国的な流れでですね、小花粉杉というものにかなり切り替えを進めてまして、
現在ですね、杉が育っているような地域では、ちょうど利用期になっているんで杉を伐採して杉を利用して、
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そこに新たに小花粉杉というものを植えてですね、
それでなるべく花粉症が起きないように、被害が出ないようにということで切り替えを進めている状態ですね。
林業自体もね、大分いろんな機会も出てきたので変わってきたと思うんですけど、今どんな感じになってきているんですか。
今はですね、林業もですね、やはり今までのやり方、本当に珍しい産業なんですけど、
戦後に林業って今のスタイルが確立されたんですね。
それ以前はっていうと、林業っていろんな地域があるんで、こうだとは言い切れないんですが、
基本的に林業の役割っていうのは燃料なんですね。
燃料です。里山もそうなんですけども、今まではずっとですね、石油とかを使う前は全部薪で生活してたので、
森林イコール燃料を取る場所ということで、ずっと育成されてきたんです。
それがですね、戦後に何が起こったのかっていうと、やはり燃料革命が起こりまして、石炭、石油、そういったものの利用に切り替わったんで、山はですね、もはや燃料を取るところではないと。
そのタイミングで高度経済成長期もありまして、一気にですね、建築用材の利用をしたいっていうのが、機運が高まりまして。
それで木を、針葉樹を植えて木を出荷していこうという流れになったんですね。
それが確立されたのが戦後だったんです。
そこからですね、なんと使う道具はチェーンソー、当時もチェーンソー使われてたんですけど、それがチェーンソー、機械は良くなってるんですが、使う道具は変わらないと。
やり方も何も変わらない。
そのままずっと50年以上、ここまでずっと産業続いてるんですけども、このままでいいのかっていう、私はすごいそこに疑問を感じまして。
やはりですね、どの産業を見ても新たに、どんどん技術も機械も進化している。
でも林業だけはスタイルを変えてない。
これではやっぱり産業衰退してしまうでしょうということで、最近はICTと呼ばれますインフォメーションアンドコミュニケーションテクノロジー、いわゆる情報通信技術っていうものを用いて林業を新たな段階へ成長させようという取り組みを現在行っております。
これなんですけれども、例えばいろんなやり方があるんですけども、森林の上をレーザーがついたドローンを飛ばして、これでレーザーを照射してですね、今森がどういう状態にあるのかっていうのを全部計測するシステムを使って森林資源を把握したりですね。
あとは先日導入された機械はハーベスターと呼ばれる、ラジオではちょっと説明が難しいのかもしれないですけども、たち木を切ってですね、適切な長さに玉切って枝払いもしてくれるっていう特殊な機械がある、収穫機なんですけどね、あるんですけれども、
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これにICT通信をくっつけて、本当に携帯のアンテナみたいなものがついていて通信が常にできるようなものにしてですね、これで例えば木を切って丸太にした丸太がですね、山のどこに今どのぐらいあるのかっていうのが現在も私のスマホでも確認できるぐらいどんどん飛び込んでくるんですね。
これを使うことで今までは木を切っていっぱい切っちゃったらどうしましょう、じゃああの市場に出荷しましょう、こっちにこっちの公務店さんに出荷しましょう、いっぱい切っちゃってどうしようっていうのをやってたのが今までの林業で、これは変わらないって言われてたんですけど、
これを私たちのシステムを入れることで、今山の中にこのぐらいの材があるから、じゃあこれを会社に流通させよう、こっちはこの会社に流通させようって、この革紙と言われる林業側で流通の仕組みを作ることができると、私は木材の省流が変えることができるって言ってるんですけども、そんな取り組みを現在開始しているところですね。
林業って言うとね、今現状ちょっとわからないんですけど、一時期衰退してきて、今どうなるのかなと思うんですけど、そういう技術を入れてこれからは伸びていくような感じになっています。
まさしく現在もより厳しい状態には置かれています。
幸いにもですね、全国各地いろいろ回らせていただいて、いろんなところの状況も見るんですけども、一応に私と同じ経営者の皆さんは苦しいって言いますね。
これも例えとしてはあれなのかもしれないんですけど、例えば農業で大根を育てている方が1立方ですね、1メーターかける1メーターの立方体、これを生産するとだいたい売り上げが6万円ぐらいになるだろうと言われているんですけども、林業はその量を生産していくらになるのかって言うと1万2、3千円なんですよ。
大根は1年でできます。でも林業、木は80年ぐらい育たないとその量できないんです。それでその価格差っていうのは、やはり産業全体非常に厳しい産業だなっていうのは感じています。なのでそこを改善するためにですね、いろんな取り組みをさせていただいているということですね。
でも絶対必要ですもんね、生きていくためにはね。
そうですね、そう思います。
さっきのお話もありましたけど、木にも寿命があるってことですか。それは物によって違うとは思うんですけど。
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木の寿命はですね、実はですね、まだ研究の登場にあります。
カラマツもですね、80年ぐらい以上は厳しいんじゃないかっていうのが、人の手で植えたものはですね。厳しいんじゃないかと言われてたんですけれども、それが最近のまた研究結果で、まだまだ120年ぐらいまでは全然平気ですよっていう資料も出てきたりしまして。
いかんせん先ほどもお話ししたようにやはり戦後に生まれたのが今の日本の林業なので、まだまだそういった知識、あとは研究分野のまだ途上にあるというところですね。
いつも山の中に入られていると思いますけど、最近山が年々あったかくなってくるってことじゃないですか。変わったなっていうのなんかありますかね。
ありますね。
例えばなんですけど、八ヶ崎県南六地域ではやはり魅力的な樹種として白樺があると思うんですけれども、昔はですね、白樺って一番裸地というか裸になったところに一番最初に生える木なんですよ。
白樺っていうのは。その白樺、寿命は短いんですけど50年ぐらいそれで生きて、それで森が形成されたらだんだんだんだん寿命がある木に切り替わって、例えば水奈良とかですね、そういったものに切り替わっていく。最初の段階がこの地域では白樺になるんですが、実はこの白樺が今全然生えてこないですね。
裸地になっても全然生えてこないっていうのが、これがですね、この一つの樹種だけ見てもこの地域の気候が大幅に変わってるなっていうのは痛感してますね。
昆虫とかも減ってるっていう人がいるんですけど、その辺も感じられますか。
間違いなくそうですね。特にこの地域では8年に一度の大変な事態が起こる、汽車安出ですよね。安出の発生っていうのは私は小さい頃すごい経験して大変な思いをしたんですが、今は全くないですしね。ものすごく環境は変わってますね。
鹿も増えてるんで、馬鹿に対する予防というかそういうのもやられてるんですよね。
今はですね、植えた苗木が全部食べられてしまうっていう事態がかなり多発してますので、例えば伐採したところに木を植えるところは周りをテニスコートじゃないんですけれども、全部フェンスで囲って鹿が入れなくしたりですね。
実は今までもいろんな薬品ですね、そういった重害対策の薬剤をいろいろ塗ったりもしてきたんですけれども、当然山の中で使うので有害なものは使えずですね、唐辛子成分のものとかそういったものを利用したんですが、
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なかなか薬剤ですとせいぜい3ヶ月くらいで匂いとかも取れてしまうので、また新たに塗るとかそういうのができないということで、今はそういった資材をですね、周りにフェンス張って張り巡らして対策をするっていうのが実際のところです。
ただこれがですね、ものすごい費用がかかるので、一番ですね、やはり迷惑がかかってしまうのは森林所有者の方ですね。この方にやはり今、鹿の害っていうのは森林所有者に多大な迷惑がかかってしまっている。
それに対してはまだまだ開発というか考えていく余地があるということですね。
ありますね。全国の有名な研究者の方々もですね、今そこを一生懸命どうするかっていうのを検証してるんですけれども、やはり解決策は未だ見出せてないですね。
一つ面白いお話なんですけど、実は鹿対策、鹿対策ってお話ありますけど、とある研究者の方は、鹿はですね、実は江戸地内の方がいっぱいいたんだなんていう言われる方もいるんです。
そういったお話を聞いた時に私もふと思い浮かぶのがですね、この地域もそうなんですけど、戦後あたりの、あとは戦中もそうなんですけど、昭和20年前後のこの地域のですね、山の写真を見れる方は見ていただきたいんですが、実はハゲ山だらけなんですね。
昔っていうのはかなりハゲ山というか草原があったんですね。
鹿ってやっぱり草地の生き物になるので、そういった草原があるからこそ、逆を返せば人間とその生活がうまく分けれたのかなっていうのもあると思うんです。
今はそういった草原も含めてすべて木を植えたので森になってしまって、なので草原の生き物である、しかもですね、党数は増えている。
さらに自分たちのそういった生活の、生活しやすい環境じゃないので畑とか農業被害とかも出てしまっている側面もあるんではないかなっていうのはすごい痛感するんですよね。
昔はちゃんと住み分けというか区別されている、そういう中間の場所が存在していたってことですか。
たぶん存在は間違いなくしていたと思いますね。
今人間もね、本当にどんどん標高高いところに家も建っていっているので、もともと住んでいる場所に入っていっているっていうのもあるんですけど。
それもありますね。
若手の成り手とかいうのは、いろんな人材が今減っていますけど、どんな感じなんですか。
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うちはですね、本当にありがたいことに、やはり地域性ですよね。
北都心は移住者の方が多いです。
移住される方って、やはりせっかく畑田舎に来たのであれば、普通に工場で勤務するとかではなく、山の中で、あとは農作物を作ったりして生活していきたいというのがどうも最初にイメージされるらしいんですね。
なので結構ですね、移住された、まさしく20代後半30代の方っていうのが、林業やりたいって言ってですね、かなり応募をしていただいているっていうのが今の状況です。
なので、現在弊社的にはですね、人材不足っていうのは特に今のところないですね。本当にありがたいお話ですね。
素晴らしい。
結構自分も大工なんで、冬は外で仕事したりすると林業の人たちが伐採やってるチェーンソーの音聞こえるんですけど、かなり厳しいんですか、寒さが。
寒いですよね、寒いです。でも昔に比べると着るものも暖かくなってきてますからね。
じゃあここでもう一曲紹介していただこうと思いますけど。
はい、テンフィートさんの第0巻という曲になります。
これはですね、私スラムダンクっていう当時は漫画大好きでして、そこからですね、近年またスラムダンクの映画が流れた時の曲になるんですけれども、
これもですね、私やっぱり仕事してる時とかちょっと落ち込んでる時にですね、この曲を聞くことによってすごい元気になるので、大好きな曲になります。
今日は天野さん代表の小宮山慎吾さんを招きしてお話を伺っております。
今まで木の話とか林業の話いっぱい聞いてきたんですけど、結構やっぱり時期というかね、大雪が降ったりすると倒木とかあって困ってる人とか、あの木倒れそうだなって思ってる人とかもいると思うんですけど、そういう細かい対応とかもされてるんですかね。
はい、もちろん行っております。やはり1月の3年休中もですね、大風が吹きまして、その時にもやっぱりそういった対応をすぐにさせていただきましたけれども、まさしく立木も含めてですね、木のことでお困りでしたら何でも対応できるような体制づくりしておりますので、何かお困りでありましたらどんどんお声掛けいただければと思います。
頼むしいいですよね。身近にいてくれるとね。
いえいえ、とんでもないです。
夏になると毎年ヤマゾンというイベントをやられてますけど、今年も。
はい、今年もですね、また8月11日山の日になるんですけれども、この日にですね、ヤマゾンフェスタというものをまた清里の森を会場に行わせていただきます。
その時、さっきラジオで説明しにくいといった伐採のお道具とかも来て、実際に見ることもできますよね。
30:07
はい、今回もそういった機会は持ち込んで展示する予定になってます。
はい、それはもともとやろうと思ったきっかけはどういうきっかけで始まったんですかね。
はい、まさしく林業を知ってもらいたいという思いが強くてですね。
私たち以外も多産業の多業種の方も一緒に運営させていただいてるんですけど、私は林業を知ってもらいたいという思いで今いろいろ協力させていただいてるんですけども、もう一つがですね、実は地域振興の意味も込めてるんです。
林業イコール産村、田舎の産業ですから、そこが活性化しないといつか働き手がいなくなると。林業できなくなるんですね。
これは大問題ということで、今のうちから地域をしっかりと盛り上げて、林業会社がですね、そんなこと言うのはおこがましいのかもしれないんですけども、林業会社だからこそ地域を一生懸命盛り上げることで活性化することで、
さらに働き手の方もいっぱい来てくれる。これが好循環になるのかなと思ってますので、そんな思いも込めてヤマゾンフェスタというのを開催させていただいてます。
今までで、もう今年で何回目になるんですかね。
はい、今年がですね、一応ですねコロナの休止期間もあったんですけれども、年数でいくとちょうど10周年になります。
回数で言うとですね、2回お休みしたら8回になると思うんですけども、一応10周年になります。
今までどんな方が来て、どんな感じだったとか、もしあれば。
そうですね、最初はですね、集客も500人程度で行わせていただいてたところなんですが、もう現在はですね、もう8月11日イコールヤマゾンだみたいな形でですね、すごい楽しみにしていただいている方もいまして、
おおむね1500人から2000人程度毎年お越しいただいているという状況です。
地元の方も多いんですけれども、やはり8月11日お盆休みをですね、こちら八ヶ岳南陸で過ごしたいという観光の方も結構いらしてくれているような状況ですね。
場所をちょっと紹介。ここも固定されてますよね。
はい、会場はですね、清里の森の駐車場になります。
そこで一日、音楽だったりも出店とか食べ物もありますので、十分遊べますね。
はい、そうですね。ぜひ楽しんでいただきたいですね。
これからの林業、小宮さんはどう考えていますかね。
そうですね、やはり大切な産業であるのは事実です。
これなくてはならない仕事だと私も思っています。
33:02
ただし、どの産業もそうなんですけど、なくなる可能性もやっぱり非常に考えてなきゃいけないというのもあると思うんですよね。
で、なくなったら困るので、じゃなくならないように。
例えば、先ほど地域振興という話をしましたけれども、私たちが今思い描いているのは、
もし地域でそうはいっても人がいなくなってしまったらという先を考えた時に、都市部でできる林業というのを考えています。
東京の都心で林業はできないんですけれども、東京の都心からリモートで機械を動かして産村、田舎で林業することは、今の時代でしたら本当にできるようになると思うんですね。
なので、そういった本当に最新の技術を駆使して林業が持続するように、継続するような形でまさしく持続可能性を追求しながら、今後も一生懸命取り組んでいきたいなというふうに思っております。
自分が植えた木を自分で収穫するわけじゃないですか。
そうなんです。
ちょっとイメージ的に難しいんですけど、どんな思いで植えていったり、どんな思いで収穫したりという。
今まさしく祖父の代の方々が植えた木を私たち収穫させていただいているんですね。
やっぱり皆さんが大切に植えてくれたからこそ、今私たちが収穫して利用できている。
なので今、うちの会社で植えている木はまた80年90年後に切ると思うんですね。
なので3世代4世代後の方々になると思うんですが、その方々にあいつらこんな植え方したから木がダメじゃないかなんて思われないように、やはり将来の方々に恥ずかしくないように。
そういった形でそういった思いでですね、うちのスタッフはみんな木を植えているということになりますね。
木の植え方によってもいろいろ種類があるとかあるんですか?
やはり最初の植える方、ここを丁寧にやらないと木が枯れてしまったり、あとは木の成長に影響が出る。
やはり木を植えるというのがスタート段階なので、ここかなり重要ですね。
最近ならがれも聞くようになったんですけど、今どんな状況?
はい、ならがれがですね、いよいよ残念ながらですね、特に北都市で言うと清里の向こうの横山というような柏山の方ですね、あちらの方のけんゆりの方にちょっと出始めています。
清里方面に若干出始めています。
なのでこれはもう多分防ぎようがないと思いますので、もう状況を推移を見守るしかないというのが今の状況ですね。
最後にラジオのお聞きの皆さんに何か伝えたいことがあればお願いします。
はい、林業という形で今日お話しさせていただきましたけれども、まさしく代々地主さんの方々を含めてですね、みんなが一生懸命受け継いできたからこそ今の森林があると。
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もう北都市にいれば身近に森林はありますけれども、この森林はそういった大切、木を大切にする、森を大切にする思いがあってここまでつながっているんだというのをしっかり把握した上で森に対してですね、いろいろ見守っていただきたいなというふうに思っております。
今日は天野さん代表の小見松慎吾さんをお招きしてお話を伺いました。ありがとうございました。
ありがとうございました。
お相手は野村誠二でした。
FM圧がたけ、デインライフ、暮らしの羅針盤をお送りいたしました。
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