手話との出会いと学びのきっかけ
FM八ヶ岳 デインライフ 暮らしの羅針盤の時間です。
今日は、手話仲間の松田さん、ババさんをお招きして、手話についてお話を伺います。
お相手は野々村誠司です。よろしくお願いします。
まずは、自己紹介をお願いします。
北都市高根町に住んで22年の松田恵美子と申します。よろしくお願いします。
自宅がコンプレドというパン屋をやっております。
大泉町のババ・ミチルと申します。よろしくお願いいたします。
松田さんとババさんとはいつも手話を一緒に学んでいるんですけど、
まず手話はどんなきっかけで知ったのかと、手話を学ぶきっかけをお願いします。
手話を知ったのは、たぶん30歳くらいに見たドラマだと思います。
でもその頃は全然興味がなくて、ふーんという感じでドラマを見ていました。
それから、北都市に参りまして、福祉関係の仕事について障害というものに報えようになって、
その頃、北都の広報誌を見て手話養成講座というのを知りまして、受講したのが手話と関わるきっかけとなりました。
私は手話の存在を知ったのは小学校の頃なんですけれども、
一旦高校で手話クラブに入ったんですが、ちょっと事情があって続けられず、
憧れがあったままずっと来て、北都市に参りまして、
友達の同僚の方がローの方で、その方と一緒にお茶をしたときに、
手話、そういえば私やりたかったんだということを思い出して、
その方から、松田さんと同じなんですが、
方針養成講座を教えていただいて、受講するのが勉強のきっかけになりました。
自分も手話を知ったのは、たぶんドラマだと思うんですけどね。
そこで手話を見てて、こういう世界があるのかと思ってて、
たまたまこの番組を始めるきっかけにもなったんですけど、
福島の原発事故のときに放射能が漏れたということで、
それについて皆さんで勉強しようということで、
子どもの未来を考える北都ということで、いろいろ講演会とか映画とか開催していく中で、
ローのお母さんが、子育て中のお母さんが参加してくれて、
あれ、こんな身近にローの人っていたんだっていうのを初めて気づいて、
そのときに何回か参加してくれるんですけど、
ありがとうも手話で表現できない、何も伝えられなくて、
何もコミュニケーションが取れなかったので、
何か手話を勉強しようと思ったときに、
皆さんと同じ社長の方で手話の養成講座というのがあったので、
そこで学ぶことになったんですけど、
実際、皆さんも手話を学んでいますけど、学んで感じたこととかはありますかね。
手話の言語としての側面と歴史
やっぱり手話を学び始めて、言語なんだなって頃々感じます。
手真似でもなくて、ジェスチャーでもなくて、
まず単語を覚えなきゃいけない、もう英語と一緒ですよね、表現ができない。
あと文法を学ばないと、やはり相手と意思の疎通が取れないみたいなことをこの頃感じます。
私も松田さんと同じで、日本語とは文法が違うというところが、
学び始めてからちょっと戸惑ったというか、
なかなかついていけない部分ではあったんですけれども、
でもそれによって、これは独立した言語なんだということを感じるようになりました。
あとは、やっぱり手話のことを知っていくうちに、
やっぱり過去につらい歴史があったりだとか、
そういう今までの手話の歴史も知ることができて、
長く手話に関わっていけ、何らかの形で関わっていけたらいいなと思うようになりました。
自分もそうなんですけど、手話を学んで、皆さんが言うように文法が違うので、
日本語でしゃべるように手話は表現しないんですよね。
だから頭が入れ替わってたりあるので、なかなかちょっと慣れるまでには難しいんですけど、
あとやっぱり英単語とか海外の言葉と同じで、
一つ一つをしっかり覚えていかないと、
間違って表現すると間違って相手に伝わってしまうので、
その辺はローの方は結構皆さん慣れているというか、
そこ違うよ、こういうふうに表現するんだよって教えてくれるので、
すごい助かるんですけど、
手話学習の継続とモチベーション
普段手話はどんな感じで勉強されてますかね。
やっぱり養成講座が終わった後に学ぶ場が少ないというのは感じていて、
やはり今、複数のサークルに参加したり、
聴覚者障害の協会などが主催するイベントに参加したり、
あとテレビ、Eテレをよく見るようになりました。
そこで手話ニュースを見たりとか、
手話ってやはり目で聞くものなので、
慣れないと、言語は何でもそうだと思うんですけれども、
本当に身に染みるまで慣れないと身につかないみたいなふうに思っているので、
なるべく手話に接する機会を自分で設けています。
私も外に出て行くのでは、サークルに参加したりですとか、
講演会に行ってみたりですとか、
そういうことをしながら、家ではなるべく動画を見たり、
やっぱり私もEテレをよく見ます。
自分はほとんど手話をサークルでしか使わない感じで、
なかなか時間が取れなくて、
普段なかなか勉強していないんですけど、
もう何年くらい経つんですかね、手話をやられて。
たぶんまだ3年目?
3年目でうまいですよね。
いやいやいや、私も同じく3年目です。
そうなんですね。
ちょっと恥ずかしいですね、自分がね。
自分は8年近くやってるんですけど、
途中あんまり真面目にやらなかったこともあるんで、
なかなかまだまだ老舗の方とうまく、
細かいニュアンスがなかなか伝えるのが難しくて、
ちょっと悩んでますけど、そういうのは何かありますか。
細かいニュアンス。
表情とか、体で表すとか、
気持ちで伝えようみたいな感じしかないかもしれないですね。
私も似たような単語でそれぞれニュアンスが違うのが、
まだうまくつかめていなくて、
それで老の方に汲み取っていただいている状態なので、
もっとその辺を勉強して、
細かいニュアンスが伝えられるようになっていったらいいなと思っております。
最近、ドラマとかで主話を題材にしたドラマがあるんで、
そのたんびに主話を学ぼうと思う人が増えたりはしてるんですけど、
なかなかその続けるっていうのが皆さんできないみたいで、
自分もそうですね、同期で卒業した中で、
残ってるのは半分いないかなっていうぐらいですかね。
そうですね。
その続けるモチベーションというか、
そういう持ってき方とか何かありますか。
モチベーション、やっぱり仲間がいるっていうのが一番大きいかなって思います。
あとはやっぱり一つ手段としては、
主話検定試験という、
合格するという目標を立ててやるっていうことが、
今の私が主話を続けるためにやっていることですかね。
私も仲間に恵まれまして、
一緒に頑張っていこうっていう仲間がいてくれるので、
頑張れるところもありますし、
例えばインスタグラムなんかでつながったろうの方もいらして、
いつかこの方と会ってしゃべりたいっていうのを目標に頑張ったりもしています。
ありがとうございます。
手話検定試験の詳細
ここで一曲紹介していただきたいですけど。
私はサザン・ウォールスターズをデビュー当時から応援しているので、
津波を皆さんと一緒に聞きたいと思います。
お願いいたします。
今日は、手話仲間の松田さん、マッポさんをお招きしてお話を伺っております。
先ほど手話検定試験のお話が出たので、
ちょっとその話をしていきたいと思いますけど、
どんな試験になるんですかね。
手話検定試験の内容ですよね。
まず単語の読み取りというのがあります。
単文から読み取ったり、
その手話単語を表現しているのを読み取ったり。
あと、級によっても違うんですけれども、
2級からは筆記の試験もあります。
最後にローの方との面接試験というのがあって、
終わりという感じなんですけれども、
だいたい時間的にどれくらいでしたっけ。
時間的にそれぞれ30分と面接が10分くらいでした。
そうですね。
去年、私は2級を受けたんですけれども、
2級から筆記が入りまして、
耳の仕組みであったりとか、
精度の問題であったりとか、
そういうことも含まれてきて、
3級までは本当に手話で表現すること、
単語を覚えることというのでやってきたんですけれども、
一歩深く勉強することになったんだなという実感を持ちました。
そうですね。
手話の検定試験というのは、
5級から1級までありまして、
5級、4級が手話の読み取りがメインなんですかね。
3級からが、2級からか。
筆記は2級からですね。
2級からは筆記が入ってきて、
ろう者の歴史というか手話の歴史というか、
どこで初めて手話が作られたとか、
日本でどこで初めて手話の学校ができたとか、
またその人は誰だったとか、
そういうことを年号とかで覚えたり、
あと耳の中の仕組みですかね。
聞こえないにもいろいろ種類があって、
本当に聞こえない人もいれば、
補聴器をつければある程度は聞こえるような、
そういうことも、
そういう音の高さによる何デシベルから、
いかはろう者になるんだよと、
そこで障害者手帳がもらえるとかね、
そういうことを試験に出てくるので、
級が上がっていくにしたがって、
徐々に難しくなってくるんですけど、
一番多分皆さん緊張するのは面接試験だと思うんですけど、
ろうの方と聞こえる手話の通訳師をやっている方がいて、
当日その面接会場に入った瞬間に、
テーマが机の上に置いてあって、
それについて1分間とか2分間とか、
自分で手話で表現して、
それが表現が正しいかとか、
間違ってないとか、
手話を使うのが滑らかにできているっていう、
そういう基準で合格者が決まるということで、
久々に本当にそういう緊張した中で、
なかなか普段の生活ではないんですけど、
ちょっと受けてみるのも、
手話を学んでいく上では必要になってくるのかなと思いますけど。
私はまだ2回しか3級、4級と、
一昨年と昨年と連続で受けているんですけれども、
去年ってフリンピックがあるという、
そういう影響もあって、
なんとなく受験者が増えているのかなとは思いました。
私は4級、3級、2級を受けまして、今までに。
4級はインターネット試験を受けて、
自宅でパソコンで受けたんですけれども、
やっぱりその時と会場で受ける面接とか、
そういう試験とかとまたちょっと雰囲気が違って、
それぞれ違った緊張感があったんですけれども、
やっぱり皆さん、何十人という方々が受験しにいらしていて、
ギリギリまで勉強なさっていたりとかする姿を見ていると、
なんかもっと頑張らなきゃなってちょっと焦ってしまったりとか、
面接の内容がその場に行かないとわからないので、
いろいろ準備して行かなきゃいけないのに、
頭が真っ白になったりとかして、緊張が高かったということが記憶に残っています。
ありがとうございます。
デフリンピック体験と情報格差
そうですね、本当に面接が一番緊張しますかね。
先ほど松田さんの方からデフリンピックの話が出たので、
オリンピックがあって、パラリンピックがあって、
デフリンピックもあるんですけど、
デフリンピックっていうのは耳の聞こえない人たちが、
国際的な大会で開くということで、
去年は初めて日本で東京で開催があったんですけど、
そこにも皆さんも参加したし、自分も参加したので、
ちょっとその様子とかをお話しいただけますか。
デフリンピックは本当にギリギリになって、
やはり行かないと、
なんかダメなんじゃないというか、
ダメなんじゃないっていうのもおかしいんですけれども、
やっぱり100回目の開催が日本の東京で行われるっていうところで、
初めてそれが行われるということで、
もう次の時は生きていないという、
自分の年齢からしてもそうなんですけど、
ここで行っておかないと、
損をするっていう表現もおかしいですけど、
やっぱし行っておこうという雰囲気だけでも味わっておこうということで、
実はババさんと一緒に駆け込みで、
閉会式の前の日に、
東京へ行ってきました。
何の競技を見られていますか。
バトミントンですね。
準々決勝を見て、
ですよね。
最後まで見ようかなとも思ったんですけど、
どんどん勝ち上がっていたので、見ようかなとも思ったんですけれども、
別の会場で、スクエアセンターというところで、
ローに関してのいろいろなイベントがあるというのを聞いていたので、
そこにも足を運びたくて、
試合はそこで途中だったんですけども、
準々決勝を見て、それで会場を移って、
スクエアセンターで今度いろいろなものに参加をしてきたというか、
スタンプラリーをやりたくて。
そうですね、増田さんと一緒に行ったんですけれども、
私も今回行かないと後悔すると思って、
ギリギリだったんですけども、決断して行ったんですが、
バトミントンの試合はちょっと素晴らしかったのですが、
ちょっと疑問に思ったことがあって、
審判の主審の方が声で、
今度はこっちがサーブだとかっていうのを声でやってらしたのが、
ちょっと意外だったというか、
もっとたくさん手話が使われているのかと思っていたので、
ちょっとびっくりしました。
フリンピックスクエアの方では、
いろんな国際手話を覚えるとか、
リレーのときにどうやってバトンを受けるか、
聞こえない人がどうやってバトンを受けるかとか、
そういう体験もさせていただけたので、すごくいい勉強になりました。
自分も最終日に、たまたま同じ日だったけど、
会場が違ったので会わなかったんですけど、
バスケットボールの決勝があったので、
日本とアメリカなんですけど、見に行こうと思って、
フリンピックの会場に入るのは無料なんですよね、どなたでも。
予選のときはほとんどそんなに人も入っていなかったので、
30分前に行けば多分入れるだろうと思って会場に行ったんですけど、
そしたらもう長打の列で、
試合中には入ることができなかったんですけど、
皆さん、出た人がいれば入れますということで、
皆さん並びながらね、
ちょっと5秒ぐらい遅れの動画が配信されているので、
それを並びながら皆さんと一緒に見てて、
たまたまその動画を4人で見たんですけど、
1人は地元の方で、
毎回フリンピックがあるということで近くだから、
毎日見に来てたんだけど、
今日も入れると思って来たら、やっぱり決勝はすごいね、入れないね。
もう1人の方はバスケットボール選手が同僚で、
耳の聞こえない人ですけど女子で、
その方の同僚なんで応援しに来たんだけど入れない。
試合が終わった後、会場からバーッと人が出たので入ることになって、
試合もその動画で見てて会場からの歓声が聞こえるんですけど、
本当、シーンとした空気の中ではなくて、
やっぱり応援する人は声を出しているし、
いろんな拍手したりとか、
普通と変わらないんだなっていうイメージを持ちましたけどね。
その辺は何か感じはありましたかね。
バットミントンの会場はそんなに賑わってない。
順々決勝、決勝ではなかったのでそうだったのかもしれませんけれども、
地元の幼稚園の子たちとか小学校の子たちとかが招待みたいなことをされて結構集まって、
応援はそれなりに形がありましたよね。
ありましたね。
私たちが教わったサインエールというものがあるんですけれども、
サインエールを使えると思ったらバットミントン特有の応援の仕方があって、
サインエールを使えなかったので。
じゃあここでもう一曲紹介していただこうと思いますけど。
愛は勝つで有名なカンさんなんですけれども、
他にもいい曲があるということを知っていただきたく、
ソングライターという曲をリクエストしました。よろしくお願いします。
ろう者との交流と手話の地域性
今日は手話仲間の松田さん、ババさんをお招きしてお話を伺っております。
手話を学んでいく上でね、老舎との交流が大切なんですけど、
交流していく上で何か気づいたこととか何かありますかね。
老舎の方というのは目で全てを把握しなければならないというか、
すごくよく人のことを見ているというか、そこは非常に感じました。
あと、ながらで会話ができない。必ずその人を見ていないと、
その人のことを思わせてしまうので、そこがすごくやっぱり、
通常耳が聞こえている人たちとの会話と違うところなのかなというふうに思いました。
老の方というのが、これは人それぞれだと思うんですけど、
みんな一生懸命のような、何でも一生懸命取り組んでいるような印象があって、
そこは自分ももうちょっといろいろ頑張らなきゃって思わせてくれたというのがあります。
私はやっぱり目を見て話すことがすごい大事だというのがとても強く印象にあって、
ちょっとその老の方がよそを向いてたりすると、話しかけるのに前に行って手を振ってみたりとか、
いろんなことをして振り向いてもらわないと会話が続けられないということとか、
日本語も方言が結構あると思うんですけれども、
手話も地域性がかなり強くあるなというのはすごく感じて、
教わった表現が通じないことが結構あったりもして、
そういう地域性の強さというか細かさというか、
そういうのにも慣れていかないといったら、もっといろんな方とお話しできるのかなというふうに感じます。
そうですね、言われたとおりに手話にも方言があって、
この地域では通じるけどこの地域では通じないとかね、
またどこどこはこういう表現をこういう手話でするんだよって聞いて、
結構へーって学びになったりもしますよね。
自分は老舗の方と接して、やっぱり皆さん言うように本当に目が良くて、
目で本当によく情報すべて目から取るということもあるので、
本当にメガネかけてる人少ないのかなという印象もありまして、
あとは、気づいてもらうには普通の人だったら声かければ大丈夫なんだけど、
老の方にお話ししようと思うとその人の前まで行って前で手を振ったりして、
気づいてもらって話しかけないと伝わらないとかがことがあるんですけど、
実際いろんな障害があるんですけどね、老の方の障害というか、
初めて生活とかも知ってなかなか大変だなと思うけど、
このラジオもね、自分たちは耳が聞こえるから聞けるんですけど、
ラジオというのは多分老の方にとっては全く接したことがないもので、
こういう機械からこういう音が出てるんだなということしか多分知らないと思うんですよね。
テレビとかだとね、文字放送とかが今出てますけど、
まだまだ文字放送も少なくて、老の方にとっては情報を得づらいとか、
あとは災害時ですよね、耳に聞こえる人は防災無線とかで、
今地震とか火事とかわかるんですけど、老の方にとってはそういう情報源がないので、
誰かが老の方にLINEしたりFAXを流したりして気づいてもらうしかないんで、
本当に皆さん、もし周りに老の方がいたら、災害時とかはちょっと声かけて心配してあげてほしいなと思いますけど、
あとなんか老で。
ただ耳が聞こえないって一見見た目ではわからない。
だから私、彼らも多分十字の赤いカードを持ってみたりとかなんですけど、
やっぱり入ってくる情報量って圧倒的に少ない。
例えば東京とか電車とかでも遅延の放送は声しかない。
なんで電車が来ないんだろうとかが、やっぱり老の人たちにはわからなかったり。
病院の受診のときも、大きな病院では番号で呼び出しがあるかと思うんですけれども、
なんとかさんなんとかさんっていう呼びかけであれば、彼らには聞こえないっていうところもあったり、
そういう配慮って徐々に進んでいけばいいなって思います。
やっぱしこれから災害の時には、私も手話を習っている端くれとして、避難所で何か役に立てることがあったらいいなと思いながら思ってますけれども、
東日本大震災では、障がい者の死亡率というのが住民全体に対する死亡率の2倍にも達した、
その逃げろという声が聞こえなくて、津波に飲まれてしまって亡くなった方も多いってやはり聞いています。
やっぱりそういうことがないようにというのは難しいかもしれないんですけれども、
そういうところにも配慮して、みんなが同じような環境で生活ができればいいなと思います。
手話学習の今後の目標とメッセージ
小島 あまり大きな話ではなかったかもしれないんですが、以前高速バスに乗って松本から新宿に向かってたんですが、
途中で雪で高速道路を降りなければならないという状況が起きまして、その時に一番後ろに座ってた方が老舗だったと後から気がついたんですけれども、
その時は私はまだ手話は勉強していなくて、一生懸命その方が何が起こったのかということを運転手さんに尋ねていた姿がずっと頭に残っていて、
あの時できなかったことが今なら少しはできるかもしれないという気持ちが少しあって、
そういうアクシデント的なことに対して対応できるぐらいの手話の力を持っていたいなと思うようになりました。
今後の目標もあるでしょうけど、どんなふうに手話をこれから学んでいきたいですか。
まずは地域の人たちに、老舗に関わらず障害を持っている人の何か手助けができるように、
手話についてはまた学びをどんどんしていきたいと思います。
私も手話には何らかの形で長く関わっていきたいと思っているんですけれども、
今は地域の老の方と話をしたり、得ることが難しいような情報をお伝えすることができればいいなと思います。
仕事は長者のご主人と老の奥様というご夫婦がいらして、
そのご夫婦の方から聞こえないということは情報が得られないということなので、
手話を長く続けて情報発信をしてほしいということを言われたので、
情報を発信していくという何かしらの形をとりたいなと思います。
自分も災害ボランティアで行くときに、特技の欄に一応大工と手話できますと書くんですけど、
そうすると手話できますというと、向こうの受け入れの方ですかね、そこから手話できるんですか、
いろいろ聞かれるんですけど、一度もまだ役に立ったことは、老舗と被災地で接したことはないんですけど、
そういうことも役に立つのかなと思って、これからも諦めずにコツコツ自分なりに勉強していこうと思います。
では最後にもう一曲お願いします。
最後にラジオを聞いている人に一言あればお願いします。
手話を学ぶと仲間も増えますし、自分が話せる言語も増えます。
皆さんもしこのラジオを聞いてくださって興味があったらば学びを始めてみませんか。
毎年社会福祉協議会でやっている手話方針養成講座というのがありまして、
4月に募集が始まるのかな、5月ぐらいから翌年の2月まであります。
私もそこに通ってゼロからだったんですけれども、ちょっとずつ学んで何とか少し会話ができるようになってきたので、
チャレンジしたい方がいらしたら、まず手話方針養成講座を受けてみられることをお勧めいたします。
手話サークルというのも、奥都市にもニラサキにもあるんですけど、
まずは本当、手話サークルに見学に来るのも大丈夫なんですけど、
その養成講座を受けてからの方が、より皆さん、なるべく言葉を発しないように手話で会話をするようにしてますので、
様子がわかると思いますので、まずはそこから始めてみていただきたいと思います。
最後になるんですけど、手話は聞こえる人にとっては、学ぶこともやめることもすぐできるんですけど、
でも聞こえない人にとっては、手話は命なんですよね。
そのこともちょっと心に留めて、手話を本当に学んでみようかなって思う人は始めていただきたいと思います。
また、手話の通訳師というのは本当に数少ないので、本当に若い方はそこを目指して活動していただければいいと思います。
エンディング
今日は手話仲間の松屋さん、ババさんを招きしてお話を伺いました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
FMやつがたけ デインライフ 暮らしの新版をお送りいたしました。