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「昼間のスターゲイザー」は読みやすい【1351】
2026-05-13 25:15

「昼間のスターゲイザー」は読みやすい【1351】

さらっと読めました。
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感想

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サマリー

今回の放送では、まずポッドキャストの配信プラットフォームをサブスタックに一本化する試みについて語られます。その後、鏡龍二氏と戸畑海斗氏の著書「昼間のスターゲイザー」を読んだ感想が語られ、特にその読みやすさから自身の成長を実感したことが述べられます。さらに、本書で扱われる占星術と心理学のテーマについて、メタファーの限界やコミュニケーションの本質に触れながら考察が深められます。最終的には、人間の心の複雑さと、それを理解しようとする試みの難しさについて、具体的なエピソードを交えながら語られます。

サブスタックへの移行とポッドキャスト戦略
おはようございます。のきばキャスト第1351回をお送りします。 5月13日水曜日7時8分です。
今日はちょっと早めに切り上げます。いつもこんなようなこと言ってますが、 でも今日はちょっと早めに切り上げればならないので、様々な事情がありまして早めに切り上げたいと思います。
本題に入りますと、最近サブスタックというのを一生懸命やってるわけですが、
要はサブスタックとyoutubeだけやっとくのが正しかったよねっていう気がしてると。 まあわかんないですけどね、全然違うのが出てきちゃったりするんで。
でもまあとりあえずそう思っていて、でもyoutubeはどんだけそれをやるのが正しくても、これなんですよね、どんだけそれをやるのが妥当であってもうまくやれないと。
で僕は一旦これを諦めることにしまして、まあ一旦諦めるだけで別に、半永久的にやらないと決意したとかではないんですが、とにかく一旦諦めることにしまして、
サブスタック1本しばらくやっていこうと。 まあこのポッドキャストもやりますし、というようなサブスタックのポッドキャストが
ライ使いにくく私には感じられる。何よりもあのねバックグラウンドミュージックつけてるじゃないですか、これには。
それがつけられないような日が、つけられるんだけどそれをやるのがすごい手間なんですよ。 スタンダフMその辺偉くてサクッとつけられるんですよね。これ結構デカいんですよ。
アイキャッチに近いものですよね。で、えっと、まあノートに書くってこともやめるわけじゃないし、X見るのもやめるわけじゃないから結局全部そのまんまなんですけど、
それらがサブスタックに1本に集約される状態を作って、あとはそれはメルマガでプッシュ通知きちゃうんで、多分煩しいと思うんですよね。
その私が記事書くたびにメルマガ飛ぶというのは。なので、えっと、まあその辺もちょっとおいよいよ考えようとは思ってるんですけど、
まあポストはするけど記事はあんまりいっぱいは書かないと。別に長さどっちでも同じ長さでポストにしたり、ポストと記事って私言ってますけど、多分これノーツと記事って言うべきなんですよね。
で、記事はメルマガに行っちゃうんですよ。ノーツっていうのはXのポストと同じで行かないんですよね。だからノーツにいっぱい書いて、
記事は時々書くみたいな形に私はしていこうかなと思って、皆さんのメル、あのメルボックスをやたらと私の記事で埋めたくはないので、そういうことですね。
で、えっと、
「昼間のスターゲイザー」との出会いと自己認識の変化
の中でですね、話すこと、今日はここからが本題と言っていいと思うんですけど、あの、鏡龍二さんと戸畑海斗さんの昼間のスターゲイザーという本を今読み始めておりまして、
これがですね、サラッと読めるんですよね。
めちゃくちゃサラッと読めるんですよ。
あ、これが私がサンチャレで鍛えられたっていうことなんだっていうことをめちゃくちゃ痛感した、痛感しております。
多分今、戸畑さんの本どれを読んでもサラッと読めるだろうなって感じがします。
これが起きたのが、多分3ヶ月チャレンジ12期を経たあたりからなんじゃないですかね。
やっぱ3年近く経ってのことなんじゃないかな。
3ヶ月チャレンジ始めた頃に戸畑さんの本読んでたときは、あの人の本が読みやすくて軽妙なんで、サラッと読めてたと思ってたんですよ、それまでも。
でも今朝読んでみて、ものすごくサラッと読めるということがわかりまして、これは僕が変わったんだなと思うしかない。
書き手がどれほど軽妙で対談風だとかどうだとかいう、つまりこっちの方が重いかこっちの方が軽いってことあってもですね、
専門書を書いてるわけでもない場合、その形状は大きな差はつけられないんですよ。
やっぱりあれはビジネス書ですからね。
その範疇としては。ビジネス書の形状は限界があるんですよ、どっちみち。
やたら重く書いちゃう方もいらっしゃいますけど、それは専門書に属する本をビジネス書にねじ込んでるに過ぎなくて、それはビジネス書の範疇としてはやっぱり微妙なんですよね。
アウドに近いと思うんでね。で、軽くすると言っても限界があって、軽ければ軽いほどいいというのはある程度不分立としてありますから。
だから軽く書くのが常識なんですが、その中でどのぐらい重く書けるかってことはあるけれど、形状には限界がありますので、そんなに波はあるはずないんですね、同一の著者であれば。
こんなに口の中で研げるようにサラッと読めるというのはやっぱり変わったんだ、自分がと。
知力がついたとこでは別にないと思うんですよ。そういう難しいなと思ったことは読んでてないですから、優しいだと思ったというのとは違うんですよね。
パッチが軽いなっていう。で、多分これは私は批判することには絶対ならないと思う。なぜなら、戸端さんは絶対軽い、なんていうのかな、一般書は軽く書くべきだって、彼はそのことに関しては私よりも先行ってる感じがしますから。
あの、私はもっと昔から書いてたんだから、もっとこれを身につけられって叱るべきだと思うんだけど、ついに身についてないわけですよ。
どっかやっぱり下手なんですよね。それができれば、もうちょっとなんとかなったんだろうなと思うんですけどね。
で、それはそれとしてですね、彼のその本の今回、全部読んだわけではないんですけど、でも一番前書きが重いぐらいなんじゃないかなと思うんですね。
まあそれも、あれはテクニックなのかやむを得ずなのかわかんない。普通に考えると前書きで重くするのは厳しいじゃないですか。
そこで読むのをやめられると最悪なんで。しかもあの本は対談本なんで、前書きで読むのをやめられたくはないと思うんですよね。
1著者として。2人著者がいるようなもんですから。のうちの1人が自分の責任で本買われなくなるっていうのは避けたくなるはずなんですよ。
だからもっとタッチが軽妙であっていいはずなんだが、あそこが一番、僕にはサラッとやっぱり、上質のバターのように口の中で溶けるように脳内で溶けていくんですけど、そのぐらい早いんですよね。
気発的な軽さがあって立派だなって思うんですけど、ただそれだけで終わってもいいぐらいなんですが。
占星術と心理学の交差点:メタファーの可能性と限界
その中で鏡竜二さんという方は先制術の方なんで、先制術と心理学っていう、ユングみたいなテーマですよね。ユングもうめちゃくちゃ出てきますけど。
これはどうして私はこうではないんだろうっていうのをやっぱり多少とも考えながら読むことになるわけですね。
サンチャレなんてサンチャレなんだから、別に星占いやったっていいじゃんってことにダメだとは言えないと思うんですよね。
その先進分析をやるのはダメだけど、先進分析的であればいいっていう僕のこの勝手な論法は、つまり何をやってもいいからなんだ。
それは逆に言うと、逆でもないんだけど、何をやっても信用はされないということでもあるわけですよ。
で、この何をやってもいいというのと何をやっても信用されないというのはほぼほぼ同じことだと思うんですが、
鏡竜司さんがやってらっしゃる星占いでサンカゲチャレンジやっても基本的にいいはずなわけですよね。
なんなら別にそれは液晶でもタロット占いでも、それこそ精神分析的でも、ビジネスコンサルね、あるいはタスクシュートでもいいわけですよ。
原理と言いますか、鏡竜司さんのこの対談本で僕がやっぱり抜群に面白いなと思ったのは、
心理学生鮮術みたいなのの対価がちゃんと海外にはいらっしゃるらしいんですよね。
生鮮術心理学だったかちょっと忘れましたけど、そうやっぱりあるよね、心理生鮮学かな、なんかそういうような本ですよ。
そしてそれはもう対価なわけですよ。
これはやっぱそうだよなって私は思うんですよね。
私がものすごく自流に乗って精神分析的ビジネスコンサルタント学とかを作っちゃうようなもんですよ。
作らないですけど、たぶん。
それは作れないってことももちろんあるんだけど、僕は作りたくないなっていうのは、なんかすごく理にかなっていて説得力があっても、
心理生鮮学っていうものに僕は多分興味を持ってない気がするんですね。
理由をまだ考えてるんですけど、それがサラッと読んでるもんだから全然考えずに読めちゃうんで、考えてないんですけど、
ただそうだな、やっぱり例えば本の中で出てくるコンプレックスって言葉が、私にはもう鏡さんも戸畑さんもどういうつもりで書いてるかが、やっぱりサラッとわかるようになったのが大きいんでしょうね。
コンプレックスっていうのが、戸畑さんはこれは書いてますけど、アドラーの影響なんですよね。
劣等感だけを意味するようになったんだけど、劣等感はコンプレックスの一部であって、要するに心理学で言うコンプレックスっていうのは、
多分ユングが特に強く最初に言い出したんじゃないかと思うんですけど、複雑な心理みたいなやつなんですよね。
それは傷つきってことを当然含むんですが、シネマコンプレックスみたいなもんですよ。
あれは別に劣等的な映画館っていう意味では全くないですよね。いっぱい映画館が集合体だぞっていう、
要するにコンパルシブみたいな、なんかよくわかんないけど、要するにそういうようなモールみたいなもんですよね、ある意味で。
心の中にモールがあるみたいな感じで、なんていうのかな、ここら辺がユングの世界ってバリエーションに富んでると言いますか。
対照関係論の対照だっていっぱい対照あるから似たようなもんだと思うんですけども、
複雑な絡み合いのことを言ってる、そういう意味では一番僕がコンプレックスに近いのは精神分析の世界では、特に対照関係論の世界では、
自己愛構造体ってやつじゃないかなっていう、自己愛構造体っていうのはどんな構造なんだっていうのが3ヶ月チャレンジでもちょっと議論になったりしたんですけど、
どんな構造とかはないよなっていう感じが、だってその構造を図式化できますけどきっと、
でもあんま図式化されてるのも見たことないし、その気持ちはわかる気がするんですよね。
なんかこう、組織図みたいなものが描きにくいんですよ。フロイト一生懸命描いてますけど、なんかこうね、やっぱ心というのはある意味好き勝手に動いちゃうところがあるんで、
そんなにシステムシステムしてないんですよね。パッと見のシステム図が描けるような感じにならないと思うんですね。
だから自己愛構造体ってのは僕は、そのユングの言うところのコンプレックスに相当する非常に具体的なパターンではないだろうかと思うんですけど、
あれに比べてPSポジションとかはポジションなんで、すごく違う気はするんですよね。ポジションはコンプレックスとは違いますね。
コンプレックスというのは何かの集合体であるというならば、ポジションに集合体とかはないじゃないですか。
例えばショートのポジションとか野球で言うとね、ライトのポジションとかっていうのは、ある種の空間領域みたいなものであって、
何かが集合してそこにライトの集まりみたいなものはないわけですよね。だからそういう集合体って言うと野球で言うと応援席みたいな感じになると思うんですけど、
やっぱり野球ってどこまで行ってもフィールドの話なんだよね。すごくフィールド感の強いスポーツだなと今思って思いました。
なんとか側とか三塁側とか一塁側とか外野席とか、すべて場所を言いますよね。野球って考えてみると。
そういうことを思うわけですね。思うというか別に何も思ってないんですけど。
「豚山さん」の絵本に見る心の鈍感さと不穏な現実
何を言いたいかというと、宣戦術というのが神々さんの冒頭のあたりでは心の中の内なる星っていう言い方をするらしいわけですね。
僕はそういう言い方を始めてしまうと、結局のところすべてがメタファー化していくわけだから。
だからそれこそが心理と宣戦術の親戚だっていう話になってるんでしょうけど、私はそこからが問題だなって思うんですよね。
どうして精神分析では結局結果としてなんですけど、結果としてすごく古い記憶を掘り起こしガチになるかというと、
私もだんだんやってて分かってきたんですけど、なるべくそうせずに済むぐらいならば、そうせずに済ませた方がお互いのためだろうぐらいに思うんだけど、
じゃあ一体それをしないんだったら何をするんだってことになっちゃうわけですよね。
結局心の中のバルネラビリティって戸端さんも書いてましたけど、傷つきやすさみたいなもの、あるいは傷を含んだ集合体コンプレックスみたいなものを、
じゃあその傷いつついたの、なぜついたのって話すぐなるじゃないですか。
で、そっから先にそれの傷ついた原因を星の動きに例えようが、長寿がとエストに例えようが、
親の侵入に例えようが、同じことになっていくよねっていうか、同じことには決してなりませんが、
でもそれは結局はメタファーの域を絶対出ませんよね。
よくなってメタファーですよね結局は。
親がって言ったって、親じゃないかも分からないわけですよね。
そんなことはもう究極、絶対に明らかにはできない以上、どっちでもいいとも言えますよね。
そこが無理なんですけど、どっちでも良くないと思ってるから世の中には、星で行く人とSで行く人と、
結局ね、分かれていくんですけど、それがあるいはサタンとかで行く人と宗教ですね、分かれていくわけですけど、
私は家が寺だったから、悪魔っていうか仏教では魔と言うんですが、
魔にそそのかされるみたいなことは真剣に述べられてるんだけど、
これは、なんていうのかな、
なぜそんなに簡単に信じるんだっていう人も当然いらっしゃるわけですけど、
逆、逆、まぁでも逆なんですよね。
なぜそんなに簡単に信じられるかではなくて、
なぜ疑っていられるかって問うべきなんですよ、私の感覚では。
この辺はもう世界、人生観みたいなもんなんだけど、
なぜ疑っていられるかというと、まだ気楽にしていられるからなんですよ。
この時僕がよく思い出すのがですね、かわいはやおさんが紹介していた絵本で、
豚山さんたら豚山さんだったかな、
子供向けの本のようなんだけど、私あれはすごく心理臨床の世界だって思うんですよね。
かわいはやおが紹介するだけはあると。
ただ私あれ子供に読ませるべき絵本だとは思わないんですけどね。
豚山さんたら豚山さんっていうのは要するにですね、
ほとんど魔物が肩をトントンと叩いて、豚山さん豚山さんって呼びかけるわけです。
豚山さんはぼんやりした人なんである意味、
くるっと振り向くともうすでに魔物はいないんで、
魔物はもうこのトントンとやってもこいつ反応ないからということで諦めるわけ。
要するに豚山さんは鈍いわけですよ。霊感みたいなものが全然ないタイプだと思ってください。
パワースポットとか言っても何も感じられないとか言い出す人ですよ。
要するに場の空気が読めないタイプですね。
豚山さんは要するにそれでくるっと振り向いた時にはもう誰もいないんだけど、
この絵本が全体的にめちゃくちゃ不穏なんですよ。
豚山さんは結局何度も呼び出されているのに何にも気づくことができずに蝶々を追いかける。
この蝶々は魂みたいなもんですよね。ユング派的に考えると。
多分こういう豚山さんにはなかなか蝶々も捕まらないでしょうね。
霊感に欠けている感じの人ですから。
でも世界は霊的なものに満ち溢れているわけですよ。
なんかヤバそうな魔物ばっかりなわけですよ。
なのに世界には何もいなくてのどかだっていう光景が豚山さんにはそれしか見えないと。
そういう話なんですね。
私はこれは絶対心理臨床の話だって思ってしまうんですよね。
不穏な空気は常にあるんですけれども、
これはもう参加者さんによらないんですけど、常にあるんですが、
我々は意外に気づかないんです。
ただ私はさすがに運営者なんで不穏だなぁとは思ってるんですよ。
だけど不穏じゃないのかもしれないんですよ。
本当にトントンと肩を叩かれたのかどうか。
後ろに振り向くと誰もいないんだから、本当に叩かれたかどうかわからないわけじゃないですか。
つまり何かが起きているのかもしれないけど、実は何も起きていなくて、
一生懸命かんぐってばっかりいるから何かが起きそうだ、何かが起きそうだって思ってるだけなのかもしれないわけですよ。
そんなことはわからないわけで。
で、わからないからサブトルとかいったっけな、何かそういう英語あるじゃないですか。
微妙な空気の微妙なみたいな、な天位をつかまなければいかんのだ、みたいなことを
藤原直樹さんが書いて、あれはラットマンか何かの章例かな。
それでそういうのを古い人は、古い人は訓練を受けてないかなって言いたいんですけど、
そういうサブトルなものをつかみ損ねるから、しょうがなくなんでしょうけどね。
やってきた狼男だかネズミ男だかがグロテスクな天位の夢を言い始めてしまって、
そのグロテスクな天位の夢がフロイトは気に入らないんだけど、
それはフロイトがそもそもそこまで無神経なことをやってるから、
そういうヤバい天位の話まで、要するにクライアントさんは怒ってると言えば怒ってるわけですよね。
怒ってるだけじゃなくて、どうしようもなくなってきてるんだけど、
そこまで圧が高まってきて初めにフロイトは気づくみたいな。
要するに豚山サンダーフェですよ。わかります?これ。
そういうことなんですよ、でも。
で、そういうのは僕はでも、フロイトはフロイトだから、
そんなに藤原さんから見れば能天気なのかもしれないけど、
私からすればフロイトですから、自分の方が気づかないだろ、そんなことって思うわけですよね。
で、気づけないわけじゃないですか。
だって天位なんていうのは結局、天位というのは極めて特別なコミュニケーションですから、
恋愛で言うとめちゃくちゃほのめかしてしか来ない、異様に、
なんていうのかな、そういうのが下手な男の子みたいなもんですよ。
私もそういうところあったわけですけど、
なんかこう、異虫の女の子がいると怪しくストーキングすることしかできないみたいな。
絶対相手からするとただの迷惑野郎になっちゃうから、
分からないわけじゃないですか、好きかどうかすら。
そういう痛ましい話は僕は山のように追っているんですけれども、
フロイト批判とコミュニケーションの難しさ
つまりこれは、だからこういうことに気づいてもらえないから、
勝手になんですけど、勝手に爆発して、変な手紙送っちゃったりするわけですよ。
なんか自分の恥を晒しているようで嫌なんですけどね。
でもこれがつまりラットマンだかに起きたことなわけですよね。
フロイトはそういうのを聞くためにそこにいるのに気づかないから、
そういうことを、例えば結局のところ食事に誘うとかいうわけのわからんことをして、
一生懸命伝えようとしているものを食欲によってごまかしてしまうから、
いよいよ分からにくくなっていくわけですね。
ということを藤山さんが批判しているわけですけど、
でもフロイトは私は大好きなんだみたいな、そういうことを書きたい。
それを書きたいだけの論文なんだろうかと思うんだけど、
でも非常に私はそれを何度も読むわけですよね。非常にいいなと思う。
これのすごく軽い版が僕は今回の昼間のスターゲイザーだと思うんですよね。
つまり、僕が思うにやっぱり天位ってすごいんですよ。
これはまあ偏見だと言われれば偏見です。
天位より先生の方が星占いの方がすごいんだって言う人からすればそうなんだと思います。
私は藤原さんが偉いところは、どっちだって同じなんだと言い切っちゃうところだと思うんですよね。ある意味。
私はそうは感じられない人間なんですよ。
しかもそれは私は、藤原さん正義なのにそれを言うんで。
私は非正義なのに正義の肩を持ちたがるわけですよね。
これ前もなんか昔山崎孝明さんと星占いの時、僕のポジションと僕のパーソナリティってそうだなっていう話をちょっとして
隣で山崎さんが若干苦笑いしていたような気が、彼も正義の人ですからね。
私は非正義のくせにやけに正義の肩を持ちたがるんだが、それを押し進めるとお前の立場がなくなるよっていう話なわけですよ。
なんですが、やっぱり僕は天位って偉いなってすごい思うんですよね。
天位というのはコミュニケーションなんですよ。
これに比べると、うちなる星という星の動きっていうのは非常にコミュニケートしづらいものになっていくようなと思うんですよね。
メタバーとして、やっぱり例えばその罪悪感っていった場合と、
わかんないですよ。全然わかんないですけど、
罪悪感といった場合と、禁制といった場合とでは、
全く同じような意味を仮に伝えているのだとしても、
後者の方が私には難しく感じられるんですよね。
前者だって簡単にわかるわけでは決してないんですよ。
その人がこれになぜ罪悪感を抱くんだろうっていう、
例えば藤山さんので、私は抜群にこれはすごいなと思ったのが、
写真盾の置き場所の話なんですけど、
クライアントの女性が来ているときに、
藤山さんは自分の娘の写真盾の位置をそういえば変えたと、
そのことが自分はすごく気になって、できれば元の位置に戻したいとどうやら思っているらしいけど、
なんでなのか全然わからないと。
自分は今著しく動揺していると。本当かどうかわからないですけどね。
こういうことが定義でわかるのかと、
私だったら絶対わかりそうな気がしないなと思ったんですよね。
何が言いたいかというと、この話は、
藤山直樹は結局のところ娘の父親であって、
早々にお父さんを亡くしたこのクライアントさんの心の奥底にしまっている、
父親を亡くした悲しみを無用に刺激してしまうということを、
無意識的に感知して動揺しているっていう、
それだけではないんですけど、それこそサブトルに複雑なわけですよね。
ものすごく微妙な空気の中で、
しかも非常に複雑な定義の中でこれを読み解いていくって話なんだけど、
こういうことをですね、さらに違うメタファーを用いたとき、
話が著しくややこしくなってしまうのではないかと。
結局のところ、だからこそ統計学になってしまいがちなんじゃないかと思うんですよね。
どうしても確率論とか統計学とかになりやすい気がするんですよ、私は、
この種の話を。どうしても。
それこそ占いであれ、心理カウンセリングであれ。
だって現にエニアグラムとかもそうだったけど、
そしてパーソナリティの型みたいな類型、9種類ぐらいある。
自己愛性とか縁起性とか脅迫性とか、あるいはスキゾイトとかね。
どうしてああなるのかというと、手鶴がないからだと思うんですよね。
なぜその人は罪悪感を抱くんでしょう。
いや、実は脅迫性できちんとしていないと嫌なんですっていうと、
なんかわかりやすい気がしちゃうんですよね。
きちんとしているべきだ、パーソナリティを持ってるから、
こんなにきちんとしているのに、いやいや私はまだ全然きちんとできていませんからって言って、
すぐ罪悪感を抱く。
こうやるとわかりやすいじゃないですか。
さっきの話の、その写真盾が今どうこうなったから父親の悲しみかっていう、
これすごく本人もわかっていないような、そして本当かどうかが絶対にわからないようなことを探るのが、
やく骨が折れる。
だからなんだろうなって思うんです。
結論と放送の終了
今日はこのくらいにすいません、させていただきますね。
時間がきちゃいました。
25:15

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