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創始者が発案したものを自分のものだと思いたがるのは当たり前【1350】
2026-05-11 46:08

創始者が発案したものを自分のものだと思いたがるのは当たり前【1350】

「だって俺が作ったんだから!」
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00:05
おはようございます。またタイトルを変えましてですね、のきばキャストでお送りさせていただきます1350回。本日は5月11日月曜日7時23分です。
いやいやいや、もうあのですね、これを聞いてくださっている方々は、毎回こいつ名前を変えたと思っておいていただければもうそれで十分でして、
特になんということはないんですが、私の方は結構思うところが、思うところもいろいろあるわけですがありまして、ようやく自分の体制と言いますか、
SNSの組み合わせが固まったかなと思っております。つくづくここにいたって思うのは、自分って先が全く見えない、一寸先は見えないんですって言ってはいますが、
これはただ自己弁護してるだけなんじゃないかと思えてくるぐらい、全く先が読めてないなと思いますね。
何の話をしているかというと、今日は半分はこの話で行くんですが、サブスタックというですね、世界ではそこそこ流行っているらしいSNSがあるらしい、あるらしいというかあるんですよ。
これをアカウントで情報発信というかしてたのは前々からなんですけど、これの一番特徴的なのはですね、ノートっていう日本のSNSがありますが、あれはすごく健全に、基本的には直接課金制に近い形だけでやってるのかなと思うんですね。
あれをするに、有料ブログ、メンバーシップというものを情報発信者が極力収益を直接、しかもかなりの効率で7割なんですね、確かぐらい取れるように。
陰霊が7割になるデジタルテキスト中心、今では音声も動画もあるんですけど、配信、そういう情報発信サービスを提供していると考えればいいと思うんですね。
サブスタッフはそれらをすべて持っていて、しかも発信者収益率が高いんですよ。最大と言っていい80何パーセントぐらいまでいけるのかなと、さらに加えて見るままが出せるんですよ。
つまり、記事をアップしたら同時にそれをメールアドレス向け配信できるんですね、登録している人には。これが発信者にとってどれほどいいことかというと、これ発信者をやって、しかも発信1本で食っていくっていうことにしてみるって初めて痛感する話なんですけどね。
03:00
プラットフォームって結局、それがなくなってしまったらフォロワーが何百万人いようとゼロになってしまうっていう恐ろしいものなんですね。Xでフォロワーが100万人いればXだけで食えますよ。Xにポストしておけば食えます。
っていう体制を作っちゃって、ある日突然Xやめますよってイーロン・マスクさんから引き継がれるでしょうけど、ってことになったらでも収益がたちまちゼロになりかねないっていうその問題が常にあるわけですね。
Xが突然なくなることはさすがにないにしても、なんかXのすごいバージョンを例えばトランプさんとかが作って、Xのユーザーがどんどん離れてそっち行っちゃいましたってことになったら大変なことになるわけ。しかもそんなことはインターネットでは日常感じぐらい起きるわけじゃないですか。
これがだからインフルエンサーの人たちが何か新しいサービスが始まるとすぐにそっちに行って今やもうXは古くなったぞみたいなことをちょっと今皮肉っぽく言ってますけどこれは皮肉ではなくて、そうして当然なんですよねあれはね。
フェイスブックからXへ、Xからノートへみたいな動きがどんどん動いていくのはそれは当たり前のことなんですよ。ボイシーやってみたりですね。で問題になってくるのはというか私のような立場の人間が考えるべきことは長く続くであろうSNSでどれほど自然に活動できるかというのを早い段階で見極めるべきなんだけど私はその目的が一向にできない人間で。
後から振り返ってみればですねサブスタックとyoutubeに全力を注いでおくべきだったわけですよ。で私は全くそっちに力を入れずに今日までやってきたから今時あの昔ながらのねあの馴染みの人たちがあの例えばサブスタックで登録者数は満タインいる中で僕はなんと26人昨日獲得してやったぜ感があるという。
1万体26ってなんかもうあのそれは登録者数の数をあのこういう1万体とかで言ってはいけないんですけどまぁでも運命の差があるわけですよ。
で彼らはもうこれで食えるしと思うしねわかんないですけど実態はねもう確実にその数字でこれから強烈にやっていくことができるわけですけど私はそれをこれから獲得していくっていう立場に立ってるわけですね。
ましてyoutubeはまだ未だに全然全くあのモチベーションも足りませんけどもちろん視聴者数も全然多くなってないですし要するに私は収益源をsns上に全く持ってないで同時にsns上に収益源がないということはあの広告能力インフルエンスも全くないわけですよ。
インフルエンスも収益力もない人間は今の時代例えばアナログで本出した時も間違いなく出版社さんはもちろん編集さん個々人のスタイルは別にあるんですけどインフルエンスがどのぐらいあるかつまり本出した後こいつは著者としてどれぐらいそれは非常に私は出版社の機能というものを著者に依存しすぎているんではないかと思うんですけどそういう個別の批判は置いといてですね。
06:18
結局のところ本書いてくださいという頼みがほぼ来なくなるわけですよインフルエンスがない著者というの一体お前どうやってこれからやっていくつもりやねんって感じなんですけどまあそれはあの私は全然そういう才能に恵まれていないので
もうひとつはこの3ヶ月チャレンジこれがようやくこれは僕はここまでできると思ってなかったのは偶発的にここまで育っていかないといけないと思っているわけですけど
私はこの連続なんですよ30代後半からこの連続でなぜかうまくいくことの繰り返しで本来はアウトな状態を何とか取り繕っておりますというのが現実なんですね
いかにこれが危ういことかという毎晩日合わせものなんですけど家計房とか見るたびになんか青くなるんですけどでも青くなりながらも20年間近くやってこれているというこの不思議な展開がですね本当にこう生活をつすましくしなきゃと思ってるんだけど結構贅沢なことをするという
もうなんかねあのその点においては単に運を手に任せてるだけですよね例えばJさんが優しいとかそういうもうそういうものに頼っていいのかということだけに対応何の制限性もないですよねだから私のこの戦略の背の字もないんですよ単に何かサイコロを転がし続けていて目の出た目の数に沿っていったら今のところは繋げておりますっていうのが本当に多分そのレベルですよね
私がやってることはスゴロクが優しく作られててよかったですねみたいなノリなんですねで3ヶ月チャレンジとJさんが優しいことによって生きている私なんですけれどもそのこの展開の中でですねサブスタックというものにXもやりますしノートも時々は書きますしポッドキャスターはこのように今後も継続していくんでこれを聞いたり読んだりされている皆さんには何の影響があるのでしょうか
Xの投稿が減るかもしれないけどもともと少ないじゃないですか僕のXはあの僕のような人間がクードには全く向いていない媒体なのであそこも何かこうそれこそなんて言うんですかねまあ大橋さん流に言うとツルハシなんですよね仕事の大橋泰三さんね流に言うとじゃないんですけどね要するにゴールドラッシュが起きた時はツルハシ売れって話ですねだからそこに行って今サブスタックでそれが起きてるわけですけれども
09:13
サブスタックの使い方とかサブスタックでフォロワー増やす方法とかを出すことによってフォロワーを増やすっていうことなんですねだけどそれだったらそれのフォロワーとしてついてきている人たちはみんなフォロワーを増やす方法を知りたかったのに自分たちがフォロワーになるばっかりで増やす方法はわかんないじゃんってことになるわけですけれどもその中でもつかんでいく人とそうでない人が分かれていくっていうこれが資本主義の原理なんでしょうけどそこにいる人たちの集合体というのは
つまりフォロワーを増やす方法を例えばサブスタックならサブスタックXならXへのフォロワーを増やす方法を情報交換しあうSNSってことにしかならないんで何かいまいち楽しくないんじゃないだろうかっていう問題は多分大した問題ではないんでしょうね
僕は大した問題なんじゃないかなと時々思うんですがこれは大した問題ではないんでしょう私はそういうところで増やす方法はなんとなく想像がつくんですけどそれはなんて言いますかいまいち得意ではないですねまずねあとやる気は全くないですねだから結局そこで僕が喋ってることはフロイトとフェレンティとか全然関係ないわけですよその場の雰囲気とあまりにもそぐわないことを喋ってるから
もちろん増えないわけですよねここまではある程度仕方がないこととして受け入れるんですがとはいえですね例えば登録者数が私のなじみの人たちが私と同じようにそんなにこういうことが得意でなさそうなのにそれでも何千というフォロワーさんをつかんでいる中で僕は26とかいう数字で頑張らなければいけないわけで26人の方には大変ありがたいと思うんですけど
だからこういう話面白がっていただくようにほか仕方がないんですけどねこういう場合だって私はこれらの方々に期待されていることは多分私によって食えるようになるとかじゃないと思うんですよだって私がサイコロ振りながら明日も食べられますようにって言って6が出ますようにって言ってるのと何にも変わらないレベルでやってる人間なんで私から出てくる情報は要するに6を出せる方法じゃないじゃないですか
6を出すために祈る方法みたいな感じなんでそれは聞いても無駄じゃないですかそれだったら何回も自分でサイコロ振ったほうがマシなんで
私が出せることって結局サブスタックでは得られないここにずっといてもある種のニュースは入ってこないんで入ってこないのか入ってくるのかわかんないんですけど他にもいっぱい人はいるわけだから
私はこう自分が面白いと思ったことを出しそれを面白いと思ってくださる方に読んでいただきあとはもうこの活動を続けていってほしいと思ったら私に恵んでくださいというこういう構図なわけですね
12:07
私はフリーランスはそれしかないと思うんでそれでいいと思うんですけれどもそういう特殊な方法を使うことはできないんですから
ごくありふれた方法ですよねこれは方法でも何でもない今の時代で素人臭く考えつくのはこれしかないというだけでありましてその素人臭いことを素人臭く考えてるに過ぎないわけですよ
でここから先なんですねとはいえこれは非常に定義的なものがここに醸し出されてくるまあ単純に言って古典的にフロイドの息子と父親の葛藤が始まるわけですね
インフルエンサーは父親ですよねしばしばね権威があるで私には何の権威もないので当然虚勢不安におののきながらまさに虚勢不安ですよねここでやってるのは
こういう話に興味を持っていただきながら現実に起きていることを見ていくということをしていただくより他ないわけですよ
多くの人にとって多くの人はフリーランスではないでしょうしフリーランスでも私みたいに立場があやふやじゃないだろうからこの話がどの程度参考になるか分かりませんが
でも多分多かれ少なかれ皆さんのやってることは実はこういう側面を含んでおりフロイドが発見した転移というものはですね
転移という概念はもっと応用範囲が非常に広いわけですねフロイドが最初に見たのは間違いなく父親なんですけれども
父親と子供の関係なんですけど当然これ母親との関係というものに広がっていくわけですね
しかも父親の父子の葛藤というものが母子の葛藤に広げられるかどうかという議論でまさに父子の葛藤があったというのが
僕はそういうふうに読むわけですけど藤山直樹さんという人がですね3冊目の本で確か3冊目の本で書いていることなんですよ
フェレンツィーとフロイドの関係ですねフェレンツィーという人はこの転移問題を母子関係に拡大していってもっと本格的に
フロイドにとることは既に十分本格的なんだけどフロイドはそう考えるわけですね
だからフロイドはすごい面白いことを僕からすると大変面白いことを書いてるんですよフェレンツィーは欲張りすぎだよねっていうことを書いてるんですよね
でも実際は私はフェレンツィーが結果として正しかったと思うんですよ
フェレンツィーが考えたその欲張りすぎというのを仕事として始めほぼ仕事として確立していくのがメラニー・クラインという人だと思うんですよね
母子関係に突っ込んでいき言葉が通じない要するに柔度のっていう
ただクラインの場合柔度というよりは本当に幼児を見たっていう彼女は要するに資格を持ってなかったんで
15:01
この辺に私は自分の希望を見出したわけですけど資格が欠片もないという
クラインよりは私の方が学歴があるぐらいクラインって学歴のない人でしかも精神分析で学歴を非常に重視する世界ですから
大学院卒業相当じゃないとダメっていう世界ですから
でこれ本当はヨーロッパの大学院ってことを意味してるんですっげえ無理があるんですよね
すごい難しいことだと思うんです
私はそうじゃなきゃいけないっていう風にフェレンツィーがそう考えた
訓練分析をめちゃくちゃ施さない人は分析科をやっちゃダメなんだと
あんにこれはフロイトを言ってるんですよね
フロイト訓練分析なんて受けたことないですから
だって彼は創始者ですからね
でもフロイトの気持ちというのも非常に私は十分の一ぐらいだと思うんですけど
わかる気がするんですよ
これはタスクシュートっていうものを私は通じて
特に創始者である大橋泉造さんですね
彼の立場っていうものを感じると考えた時に
フロイトっていうのはこれを拡大した
何種ですかね
ある種の寂しさと苦悩みたいなものが入り混じった人だったんだろうなと
だからフェレンツィーの要求は課題であるっていう言い方をしてるんですけど
それは要するにこの精神分析にあまりにも期待をかけすぎているんだっていう
要するにそれはボーダーラインがタブーであったと
今ではちょっと考えられないような話ですけれども
神経症じゃないと精神分析は立ち位置できないんだぐらい
そうは言ってないのかもしれないけど
それに昔のいう神経症の中には精神病が含まれているようなところがありますから
この辺の話はぐじゃぐじゃなんですけど
相当ぐじゃぐじゃだと思うんですけどね
でも要は言葉が通じなきゃダメだよねっていう話だし
フロイトが考えたのは三角関係じゃないとどうしようもないよねっていう
三角関係だってどうしようもないけど
三角関係がどうしようもないっていうのは
三角関係が良くないっていう意味じゃないですよ
三角関係だって精神分析で話題にするには大変ですがっていう意味ですが
でもさらに二者関係に踏み込んでいくってことになると
フロイトはそれは無理ですよっていうような感じのニュアンスが
晩年は特に色濃かったようで
ヘレンチーはそれに対して
これは有名な話だったと僕は思うんですけど
フロイトは治療的なニヒリズムに陥っているんだと
要するに立ち位置できないってことはニヒリズムってことですよね
悲観主義的だし霊性的すぎると
どうせ治んないんだよみたいなことを考えている
それじゃダメですよっていう感じなんでしょうね
ヘレンチーはそういう重い世界に入っていくわけですよね
それはビオンが完成させていく仕事だと思うんで
そんなに世代的に離れてないですよね
2,3世代ですよねせいぜい2,3世代だと思うんですよね
ビオンは完全にもうものすごく重症の人を精神分析で見ていくってことを
18:00
超本格的にやった第一人者だと思うんですけど
その世界にだからヘレンチーは可能性を見ていて
フロイトはその可能性は見られないと
ここでポイントになるのが多分僕は
特に陽性転移と陰性転移って話になってくるとは思うんですよ
確かにこれは私は精神分析じゃないし
そんな本格的なことはやれないと思ったらここなんですよね
ここでフロイトの言ってることというのは
精神分析については妥当じゃないかもしれないが
心理カウンセリングについてはある種妥当だろうと思うんですよね
というか現代の態度ってそういう風になってきちゃったじゃんっていう感じもするんですよ
結局陽性転移の上でいやわかんないですよこれは非常に微妙なんですよね
でも僕にもそう感じられる部分は多いなと思うんですよ
治療同盟ですよね陽性転移というか
いい関係の上でやっていきましょうよっていう感じがするんですよね
それに今の時代重度の人には薬理療法がつまり精神科に行けば
精神分析なんかしないわけじゃないですか
極端に言うとこれはその人その人の考え方なんですけど
お医者さんは心理カウンセリングをやってる場合じゃないという話もしょっちゅう聞きますよね
心理カウンセリングをお医者さんがやってたら
30分以上を一人の人に取られるから赤字になってしまうと
やればやるほど赤字は膨らむと
そしたらできないんじゃないですかとそれはそうですよね
だから転移もへったくれもないですよねそういうことになってくると
30分を切る時間で転移やってたら大変なことになっちゃうんで
転移解釈やってたらそういうことはあり得ないわけですよね
そうするといわゆる重度のオーダー水準よりも精神病に向かっていくっていうところでは
やっぱり投薬という方法がメインであって
心理臨床という方法はメインじゃなくなるわけだから
心理臨床では必然的にもっと言葉の通じる世界でやり取りをすると
言葉の通じる世界で叶うことならばやっぱりいい関係でやりたいじゃないですか
クライアントさんに水とかかけられたり殴られたりはしたくないわけじゃないですか
そこで東方カイトさんもそういうのを書いてますけれども
自分がスーパーバイズしている女性のカウンセラーさんに恋愛しちゃうわけですよねクライアントさんが
気持ちだけいただきたいとか言われるんですけど納得しないですよねそういうのには
私だったら絶対納得しないですもん
だって分析家じゃない心理カウンセラーの人に
こいつ彼女にしたいって思っちゃうわけでしょ
私のような人間はすぐそう思っちゃいましたからね大学時代だったら
千人単位でそういう対象がいたわけですからもちろんすぐ思う
21:03
しかもこういうのってのめり込むんですよどういう理由なのかさっぱりわかんないんだけど
もうこの人が運命の人みたいになっちゃうわけですよ
その人が必ず週に1回とか1時間も話してくれるのに
気持ちだけいただきたいとかふざけんなって感じになっちゃう
そうはなんないんですけどここ本当微妙なんですけどね
それはそう言われるって分かってはいるんですよ
それこそボーダー水準付近なのかもしれないが言葉は分かってるんで
現実検討もついてるんでだからそういうことを言うだろうなというのは
分かってはいるんですよ分かってないわけではないんですよ
運命の人とか言ってるけど運命の人じゃないことも知らないとは言えない
難しいここは実に難しいところがあります
私こういう経験をしたってわけじゃないですから
するであろうと言ってるだけなんで
で私は今転移という話をするにあたって
転移性恋愛の話をしているわけでは本当はないんです
転移というのはただ強力に働きがちであり
しかもあっさり働いてしまうというか
そんな状態を作り出して密室ですからね
密写ですからね
で長田カビさんもあれですね
寂しくてレズ風俗に行った長田カビさんも書いてましたけど
そんなのいいから抱きしめてくれっていう
カウンセリングに行ってですねそうですよねっていう
そういうことなんですよあれは私転移性恋愛じゃなくて
いわゆる寂しさの方だと思うんですけれども
やっぱりそういう風になりますよね
ここでどういう風にしていくつもりなのかによって
この状況は全然意味が違ってくると思うんですよ
そんなのいいから抱きしめてくれというのを
転移解釈していくっていうなら
それは精神分析に向かっていけるから
それはそれでコンテインしてると思うんですよね
それが転移だと言うか言わないかとか
捉えるかどうかっていうのはまた別として
そんなのいいから抱きしめてくれというのがまさに
ここの心理臨床なり心理カウンセリングで
やるべきことなんだって捉えるのか
それともここはあくまでもカウンセリングと
いい治療同盟に基づいて
認識を社会的
社会なんていうのかな
もうちょっといい言葉ないかな
私は必ずしも認知行動を言いたいわけではないんですよね
カウンセリングっていうのはいろいろあると思うんですね
もはや
だからそういうところで
その寂しさを持って
結局こういうこと言ってると力量の方に寄っちゃいますね
私の考え方だと
いろんな考え方があると思うんですけども
とにかくハグするわけにはいかないから
でもそこでの何かこう
24:01
言葉のやり取りで
そうすると違いがどこにあるのか
やっぱ分かんなくなっていくんですよね
私やっぱり自分の考え方しか持てないってことなんだな
これはっていう感じがします
気持ちだけいただきたいっていう
あの戸畑さんに書いてあったのは
本当なのかどうか知りませんけども
納得しないわけですが
でも相続けているわけですよ
この危険な状態
つまりだって襲われるかもしれないじゃないですか
最悪の場合
襲われれば破綻するんで治療そのものはですね
気持ちだけいただきたいって言いながら相続けるっていうのは
もうすでに私は
それが精神分析ではないのかもしれないけど
だから転移解釈になってるかなってないかっていう意味では
全然転移の解釈も転移そのものも
取り上がってない感じの話でしたから
ただ患者さんは殴りに来るんですね
で壁を殴ると
私はやっぱりこれが
それはちょっとアクティング員っぽさは出ちゃいますけど
でもやっぱりこれは私は治療だなって思うんですよね
私だったらですね
私がそれをやってるとか私は治療やってないから
あれですけど治療とはそういうもんだとは思うんですよ
転移とはそういうもんだともやっぱり思うんですよ
それは転移性恋愛なんでしょうけれども
だってね
ドラマとかでもやってるじゃないですか
女の人が男の人引っ張られたり
恋愛ってそういうことが起きるわけじゃないですか
結局のところ密室で
転移性恋愛だとしても
恋愛感情を持った男女がそこに1時間もいれば
しかも毎週毎週会えばそれはデートですし
その中で起きていることは
常に苦渋に満ちていたとしても
でもデートの度に喧嘩をするカップルなんて
ザラにいますからね
だからやっぱりそれはフロイトの言った通り
恋愛でないとそれを恋愛でないという権利は
誰にもないわけですよ
ただし治療という枠組みを壊したくないのであれば
特に臨床家の方がじゃないのかな
逆なのかもしれませんね
壊したくないのであれば両者とも
結局そこで恋愛をしてはいけないんですよね
何か非現実のものとして扱わなければいけないわけですよね
これもフロイトが書いた通りです
ただベレンチーはその裁判でになって
ということをフロイトはできてないよね
っていうようなことを案に
めちゃくちゃ怖い批判ですよね
案にしてるわけですよ
すいませんすいません
ゴミを捨ててきまして
8時になるとですね
ゴミ収集車が来ちゃうんで
一旦出さないと
8時になるのを待ってから
これをやったんではですね
手遅れになるので
これもまためんどくさいんだけど
じゃあ7時半とかに出しちゃえばいいじゃんって
思われそうなんですけど
7時半に出しちゃうと
カラスが来ちゃうから
なるべくギリギリに出せという
27:00
お達しがたどえてるために
このタイミングでやるしかないんですよね
っていうことで
今ちょっと中断しましたが
フェレンチーとフロイトの
一種の
議論ですよね
ある種の人たちをこういうのを
プロレスって言うらしいんですけど
ああいう人がいたから
精神分析ってここまで
大きくなったんでしょうね
フェレンチーって偉いなって思うんですよ
僕たまたまフェレンチーの
フロイトとのやり合ってるやつは
読んでるんですけど
短いんで特に
早期徹底
早期何とか徹底操
早期反復徹底操作だ
あれは
読んでるんですよ
でフェレンチーの臨床日記の方も
面白かったんで高かったけど
読んでるちょっと読む
全部は読んでないんだけど
読んでいて怖って思ったんですよね
怖い
やっぱり創始者に
立てついていくっていうのは
ある種の僕だからこういう
弱さが僕の中にそもそもある
虚勢不安が強い人間
お父さんに逆らうのが嫌っていうタイプ
なんですよね
だから私は多分大学院とか
なかなか出られないわけですよ
こういうの乗りこなせないんですよね
私は多分大学出られたから
全くダメだとは思わないんですけど
しかも私は指導教官との関係も
非常に密接だ
密接だってことはどんなに
いい関係でもやっぱり
こじれるってことは起こるわけで
そこを越えていけたわけだから
全くダメだとは思わないんだけど
こういうのに私は
いろんな人が書いてるし
いろんな人が面白くねえって言ってるし
細野さんっていう人も
カナエ団の中で定団の中で
藤川直樹さんには
殺意を毎回抱いてたって書いてたから
そういうもんなんだよなと
男同士の戦いってのは
どうしてもこういう
わりとあっさりこじれるよねという
何だっけ
明石水秀の前に荒木なんとかさん
っていう人がいたような
気がするんですけど
あの人信長と結局
裏切って殺されちゃいましたけど
ああいうことって起きますよね
なんか当人たちは
なんでここでやり合わなきゃ
なんないのかっていうぐらい
うまくいっていていいはずの
関係がこじれるという
息子と父親っていう
昔から父殺しテーマは
ドストエフスキーが
盛んに書きましたけど
ありますけどね
やっぱ嫌なんですよね
父親に
私はやっぱりタスクシュート協会
というものがここにあり
理事やっていて
つくづくこの問題ってあるなって
思わざるを得ないんですよ
もうめちゃくちゃ意識しますよね
これを意識することこそが
理事としては自分の仕事だくらいに
思うようになってるんですけど
本当これを乗りこなす時っていうのは
なんとも言えず
嫌な気持ちになるもんだと
思うんですよね
だからオリジナルというものに対しては
30:02
最大限配慮したいっていう風に
私やっぱ思うんですよ
どんなにフロイトの態度は
明らかになってないように
見えると思うし
人格できてねえって
後後世の人はそう
簡単に思うんですけど
絶対そうじゃないと思うんですよね
やっぱり
自分のものなんですよ
精神分析は
フロイトに言わせれば
俺のもんだと
俺がこうだと言ったらこうなんだよっていう風に
それにしては彼はよく頑張ったと思う
ユングとかひどいしねっていう感じが
僕なんかがすると
いかにもするんですよね
少なくともユングのものでないのは
間違いない気がするんで
なんとかフロイトは
やっぱり
あれを手離れよくしたかったんだけど
やっぱできないんですよね
そんなことは容易には
と思うんですよ
あれほどのものを作ったんだから
勝手に変えんなよって
思っちゃうわけですよ人間で
ヘレンティはそれを大幅に
改変しようとして
正しかったと思うんですけど
大幅に改変しようとしていたから
それはフロイトからすると
そんな密林に分け入っていって
ワニに食われるような真似に
自分を付き合わせないでほしい
みたいなところは
あったと思うんですよね
でもまあだから
フロイトはニヒリズムだ
っていうことになるし
フロイトからするとヘレンティは
楽観的すぎるってことになるわけですよね
そういうのも直せますっていうのは
治療的万能感だって言いたいわけですよね
直せないにしても
でも分析はできちゃうん
じゃないかなって思うんですよね
対照関係論と
アメリカの自我心理学のその後の展開を
見ると特にベトナム戦争
機関兵に対する
精神分析の
活躍感はやっぱり
すごいものがあると思うんで
そういうところに入っていくには
フロイトの言うところの
楽観的すぎる
というのは要求が
でかすぎるというのは
そうではないんだろうなと
でもそこに綱引きはある
だよなって感じはするんですよね
アンナフロイトとメラニ・クラインの論争も
近いものはあると思うんです
なので
ヘレンティは正しくて
分析家は少なくとも
患者さんよりは
訓練分析受けないと
ダメなんだよっていうね
そういう自分の極端に弱い
ところという私の場合で言うところの
父親に逆らいたくない
というこういうのに
徹底的にそれで嫌な思いをしないと
分析家はできないんだよ
というのは妥当だと思うんですよね
大体において
これは僕の
偏見だと言われるでしょうし
出すところに出せば炎上すると思うんですけど
大体心理カンセリング系の
資格において
出てくる方向って
やっぱり虚勢不安に対する
おののきが見える
ほぼ問題発言ですが
虚勢不安に対するおののきを感じるんですよ
33:01
大学院出なくたっていいじゃないですか
みたいな感じとか
そんな5年も6年も訓練分析できるはず
ないじゃないですかみたいな感じで
心理カンセリング
になるということの
ハードルを下げていく
これは現実的ですよ当然
だってそんなね
なるのに1000万もお金かけて
毎年の収益は150万ですじゃ
誰もやんなくなっちゃいますからね
実際そうなりかねないので
しかも
だから現実的にはそうなっていくし
現実主義なんですけれども
フロイトでさえも
訓練分析というのはある種の
イニシエーションなんだみたいなニュアンスが
あったんで
現実的にはそうなんだ
そうでないくなっていくと
フェレンチみたいにこだわりを持っていくと
たぶんなり手が減っていく
特に日本みたいな国では難しくなっていく
と思うんですよね
だからその
権威主義だみたいなことを言われちゃうわけですよ
精神分析っていうのは
ただそうは言っても
自分はつくづく
身に覚えがありますが
失敗の連続みたいに
感じられてくるわけですよね
このフェレンチの言うところの
心を使って情動を使って
相手の情動とも
こうなんて言うんだろう
工作によって
お互い揺れていくんだみたいな
これをやるとですね
行動化ばっかりだし
自分がやってることは
すぐ行動化しちゃうし
訓練受けてないからなのか
訓練受ければできるようになるのか
知りませんが
行動化の連発になっていって
全然ダメだなという感じになるんですよ
だから
だからなんですけど
私なんかはここで大事なのは
精神分析ではないと
このことを
自分と人に常に言っておかないと
なんて言うんだろう
破綻しかねないなって思うんですよね
これは治療ではないです
っていうのはもっとやっぱり
はっきり言いたいのは精神分析ではないです
あくまでも敵ですっていうですね
敵ならいいのかって話ももちろん
あるんですけど
でも敵ですっていう
フロイトも言ってますしね
転移と抵抗を扱うからには
精神分析と名乗る資格があるという
非常に
怪しい
いいとこどりなんですが
ただ
とはいえ
フェレンチーの言う通りで
いわゆるボーダー水準よりも
難しいところは
我々みんな持ってるんで
この脆弱性と訓練分析においても
向き合わなければダメだと
フェレンチーが言うならば
当然それは
正気か狂気かの問題ではないと
言ってるのと同じ
これはだから要するに
ビヨンの言う精神病部分と
非精神病部分は誰にでもあって
クラインの言うPSポジションと
Dポジションは我々が
ステップするポジションであって
36:00
決してそこを
直線的に
リニアに超えていく
というものではないんだっていう
ですね
これが私は
サンチャレ的には
基本なわけですね
精神病部分というものから
脱却するとか
無いものにするってことは
婚輪際起きないと思うんですよ
これは私は
左脳とそれ以外の脳
ぐらいに考えてるんですけど
左脳と右脳もそうだと思うんですけど
要するに右脳と左脳は
両方あるし両方使っちゃってるし
右脳使わなくなりますとか
偏頭体は使わなくなったんですとか
そんなこと起きないわけですよ
だからこれがある
あるということはそっちで考えなきゃ
ならないことが出てくる
でもそっちは考えるということを言語的にできないから
我々はそっちで考える
どうやればいいんだよく分かんなくなっちゃって
頭がいい人でも
頭がキレる人でも
いきなり考えられなくなるシーンはやってくるわけですよ
例えば
わけわかんないところの路地に入って
さっき起きたことなんだけど
一時不停止だったかな
って時に思わずいきなり
パトカーがパッと目に入るとですね
たったそれだけのことですよ
早朝に明るいし
人が誰かいたわけでもないし
呼び止められたわけですらなくても
ドキッとして一瞬
僕いわゆるサイドブレーキ
フットブレーキなんですけど
サイドブレーキを引いたんですよ
意味不明な行動じゃないですか
サイドブレーキを一時停止のところで
交差点で引くなんて
ただ動けなくなるだけです
こういうことをやっちゃうんですよね
考えられなくなるから
その時多分考えようとしてるのは
偏頭帯あたりなんですよね
偏頭帯じゃあ交差点は乗り切れないわけですよ
だからパトカーはベータ要素だった
ってことになるわけですよね
パトカーがベータ要素なんて
犯罪者みたいじゃないですか
なんでもないわけですから
やっぱりその辺に
それを対抗と呼ぶべきじゃないと
僕はなんかは思うわけですよね
こういうこと
それと並行した
自分の脆弱
本当はそれは脆弱さですらないのかもしれない
ただそれを
社会生活の中で
向き合う必要はあるでしょう
脆弱であってもなくてもですね
私はそれは父親との対峙において
パトカーはまさにそうですよね
長寿がポリスとの対峙において
出やすいんですね
そういうのに
向き合いましょうねっていう
向き合うんですけれども
ただ私は訓練分析は受けない
と思うんですね
だからそういうことからしても
精神分析はできない
だからこれは精神分析ではない
っていうのは
精神分析的なところでいう
失敗というものが
完全に失敗であっては困るわけですよ
私としては
これは失敗的だと
失敗臭いし
失敗感は別に精神分析に教えられなくても
39:00
するんだけど
これを行動化してるなって感じ
ってするんですけど
ある意味だからさっき言った
サブスタッフとかにガンガンのめり込んでるのも
どうせ行動化なんですけど
つまり現代ではそうは見出さないじゃないですか
ついに佐々木くんやる気になっていいね
みたいな感じになるじゃないですか
でもあれは僕からすると行動化であり
何ヶ月チャレンジにおけるさまざまな難しさを
安心よくそうやって
ごまかしてるんですよ
だけどこれをあまりに精神分析
として見てしまうと
これダメなことになっちまうんで
本当に要するにいわゆる
ウィニコットの言う
組織的対抗とか
秩序だった対抗はいいんですけど
対抗って彼は言っちゃってるけどね
そういうランダムで
無造作な行動化は
いかんわけですよ彼に言わせてもどうせ
そういうことにこだわってると
精神分析的には
サンクチャレって存在そのものが
アウトだから
だからこれは精神分析ではないっていう風に
私はちょっと脅迫的に
言いたくなるわけですよね
これを守るためには精神分析に
とことん抵触していくが
精神分析ではない
っていうこういう風に
言っておかないと
やれなくなる気がするんです
でそれはもちろん
訓練分析を受けたり
スーパーワイズつけたり
したいっていうのはどうせあるんですよ
そう思いますよねやっぱりね
ここまでやっちゃうと
でしかも
揺さぶられるっていう体験は
どっちにしたって起きるからで揺さぶられる
っていうのはさっきのその
交差点でサイドブレーキ
引くっていうようなことにつながりますから
あれは揺さぶられたからそういうこと
普段だったらしませんもんそんなこと
だから揺さぶられるからそういうことを
しちゃうわけですよねつまりそういう
ろくでもないことをするんだ自分は
っていうことを知っておかないと
その
3ヶ月チャレンジでやっぱり
ゆうださんに迷惑になると思うんですよ
そういうろくでもないことをするわけだから
その失敗的なことを
してはいけないわけではない
つまり交差点でポニスに遭遇したって
いいわけですよただそこで
動揺のあまり
明らかにダメなことをやっちゃうというのは
ダメなわけですよここのところが
すごく
作能だけでできていない人間に
とっては非常に
ややこしいことなのでは
ありますよねでもやっぱり
こうなんつーのかな
その
気持ちだけいただきたいと
言っていた女性が
でも
壁を殴ってくるクライアントさんを
前にしても会いに来るんだから
自分が最後までやろうと
するっていうそういうのが
やっぱりいいわけですよね
だって別に
戸畑さんは言ってましたからね
辞めたほうがもういいと思う
あなたには無理だと思う
スーパーバイザーって厳しいなって思うんですけど
でもやっぱりですね
そう言われたから
辞めますっていうのは極めて妥当じゃないですか
スーパーバイザーがそう言ってるんだから
でも辞めないっていう
42:01
そういう話
ですよねやっぱりね戸畑さんその辺
よく分かってらっしゃいますよね
人が読みたいものはどういうものか
っていうのがよく分かってますよね
だから売れるわけですよね
事実がどうだったかなんて分かんないですもんね
でもああいうのが
我々は読みたいわけじゃないですか
と僕少なくとも思うわけですよね
それは訓練中の話ですし
正規ですし
そういう意味では
やましさは全然ないんですけど
とはいえ
難しさは当然
そこにはあるわけですよね
やりようによっては
破綻しちゃうわけですよ
殴られなかったから良かったかもしれないけど
家具はしちゃうかもしれないじゃないですか
誰でしたっけ
クララ・トンプソンでしたっけ
クリスマスレター
っていう話があったと思うんですけど
フェレンチだかなそれこそ
患者さんにキスされたと
それを受け入れた
ということが到底あってはならんことだ
みたいなことを
フロイトが書いてたのかな
忘れましたけど
だってそういうことは起きるだろうな
ヨーロッパにおけるそれと
日本におけるそれは文化的な意味が
多分違うような気はするんだけど
やっぱりでもそれはダメだよね
っていうつまり
そもそも接触はいかんよなっていう
そういう話ですけれども
いつでも接触できる条件を整えておきながら
接触はダメだって言ったって
それこそだから
永田香美さんが
カウンセリングっていうものに
抱いた強い不満ですよね
そんな話をいくらされても無駄だ
っていう
そんなことはいいからハグしてくれって
そういう話
で結局
そういうものは手に入らないんだけど
手に入るものがあるっていうことを
言語的じゃなくてもいいのかもしれないけれども
でもやっぱり言語的に
どこかで
美音でさえ
絶対あれじゃ言葉なんか意味ないだろう
っていうところでも
言葉で何とかしてますもんね
穴だらけの靴下が合いません
って言ったら
それはあなたが千切り取ったペニスの
なんたらかんたらみたいな
このやり取りに何の意味があるんだろうな
って感じなんだけれども
意味はあるわけですよね
美音はそんなのばっかりですけど
それがつまりフロイトが言う
フェレンチは要求がでかすぎるって
言ったことだし
フェレンチとしてはそこまでいけるはずなんだ
っていう風に言ったことでもあるわけですよね
当然私は3ヶ月チャレンジ始めた時には
まさかそこまでは
考えなくていいだろうと
フェレンチのこの辺のことは
藤山直樹さんので再読してましたけれども
まあこういうのは
こういう話もあるよね的な話として
読んでたつもりだったんだけど
今はこれはとても
なぜなのかは
わからないけど自分にとって
一番重要なようなことが
この辺に書いてあるんだな
っていうのは
45:00
怖いよねっていう話に近いですね
でそれを
うんと否禁にするとでもですね
やっぱりタスクシュートを
勝手に変えられたくないじゃないですか
大橋哲夫さんの立場からすると
広めるための
教会ですって言ってるけど
全世界に広めることを果たして
最初から望んでたのかと
いや日本国内と
せいぜいアメリカ合衆国でいいんじゃないのみたいに
思ってたわからないですよ
何を考えてるかとかは知らないですけど
ただそうだとして
そう思ってたとして
いやそれは野心が足りないとか言うのは
勝手な話であって
いや本人にしてみれば
自分のものなんだからここなんですよね
フロイトの
ものじゃなくなっていくわけですよ
精神分析が
だってフェレンチーのような展開を言ったら
フェレンチーの方が誠実かもしれないし
正しいかもしれないけど
フェレンチーが言うことを受け入れるってことは
精神分析というものは
フロイトはよくわかってないってことを
受け入れるってことになるじゃないですか
これほど納得のいかない話も
ないわけじゃないですか
46:08

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