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おはようございます。 佐々木正悟の精神分析的ラジオをお送りします。
7月10日金曜日9時11分です。 いやー、まあ、なんて言えばいいのかよくわからないんですけれども、いろいろと季節も変わりましたよね。
そして、これもなんて言えばいいのかわかんないけど、暑くなりました。
多分、関東でもそろそろ梅雨明けだと思うんです。
ただですね、なんて言えばいいのかこれも、夏を2種類に分けるべきですよね。
耐えられる夏と耐えがたい夏みたいなね、そういう季節の違いを、春とはこれはとても思えないので、夏だと思うんだけど、
夏といっても朝晩は爽やかな夏みたいなのと、一方違うと死ぬ夏みたいなね、そういう風に分けないと、今まだこれは耐えがないわけじゃない気がしますね、やっぱりね。
そんなことをしゃべってないで本題に入りますけれども、ちょっとここのところ間が空いてしまったのですが、それは娘のどっちかというと都合で、私の都合ではないんですが。
そろそろね、進学がどうしたとかそういうことになってくるので、非常に不規則になりますよね、ああいう風になってくると。
特別講習だのなんだのとか急に休みになってみたりして、親から見るとってことであって、向こうには向こうのきっちりしたスケジュールあるんでしょうけど、ということで3ヶ月チャレンジ第14期も3ヶ月目に突入いたしまして、
7月ですからね、すでにそれも10日で3分の残り2度となって、枠としてはあと3枠は、2枠はいけると思うんで、ぜひまだ申し込み者いらっしゃいませんので、このまま継続というんでも全然いいと思っているんですけれども、
そんなはずなかろうみたいに最近思うんですよね。ちょっとね新しいコース作らなきゃいけないかなみたいに思ってるんですけど、基本的にはもう今のかと違う私は理想的だと思っているわけですよ。
ただ一方で、まあでも全然何一つ多分僕のやってることは世の中ではやっていることと見出されてもいないだろうと思うんで、これを何とか今後ですね、私はタスクシュート協会の理事でもあるし、
今Jマスダキさんがクラウドコードっていうものがあることもあると思うんですけど、ものすごいラッシュかけていらっしゃるんで、そのアップデートのね、こんなラッシュ見たことも聞いたこともないなっていうか、一方で毎時間アップデートされてないかこれっていうようなね、しかもバグフィックスとかじゃないですよ、バグフィックスはあるけど、それに加えて何かが追加されていて、
確かにこういう話あったよなっていうのがいちいち入ってきて、すごいわけですよ。まあもちろん理事だから使える機能みたいなのもあって、どれがそれでどれがそれじゃないか私はもう頭の中が混乱し始めてるんで、あれですよ僕のタスクシュートにすでにAIも搭載されてますからね、すごいなっていう。
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だからAIでも僕やっぱ使うんですよね。一つにはタスクシュートにもうほとんどのメモは集中投下されてるんですけど、AIにメモを投げておけばですね、あのメモをこういうふうに言い換えて出力するとかそういうこともですねできちゃうんで、本当にこう秘書みたいですよね、あそこまで行くと。
僕そういうものがすごい欲しい派じゃないんで別に。そんなにね、そこをいや素晴らしいです素晴らしいけど、すげえみんなに強調しようみたいにはならないんですけれども、でもまあ便利は便利で、今まで確定申告とかでえらい苦労してたのは何だったんだろうぐらいに、もうマネフォワードみたいなの、CSVですけど、CSVダウンロードしてこれの中から必要なやつを作っていっておけば、
いやもう何もしてないな俺は、このJM関係に関して言えばっていうぐらい、あのAIはすごいなっていう感じがしますね。
まあ私の仕事のメインでは全くないんでそこは、そんなにこれがあることによって飛躍的になりましたみたいなことは、1日5分の作業がなくなりましたぐらいな感じなので、まあ精神的なもんでしかないですけどね。
まあとにかく3ヶ月チャレンジは、えーと何と言えばいいのか、週刊課コースっていうのを用意しましたけど、私はこれはこれで良かったと思っていますけど、もう少しやっぱりメンタル仕事術コースみたいなものを用意して、それはやっぱり名前こそ同じだけど、この枠とは別だなみたいな感じで用意させてもらおうかなというふうに思ってはいますが、
何しろ夏が暑いですからね、忙しくもなる可能性が高いので、ちょっと今はまずは3ヶ月チャレンジ第15期の応募をかっちり固めてから、その後新しい話にしようと。
クラウドコードがね、この間にお祭りでまだ使えてるんですよ私、トークンすごくこう節約に節約を重ねていて、今が一番クラウドコードは使えるんだっていうことがよくわかったんで、チャッピーとなかなかどっちかを選べないっていうわけがわかってきたんですけど、でも下手をするとですよ、下手をするとこの2つだけで1万円突破するんです、サブスクが。
1万3000円とかになったらちょっとやってることに対する正当化は不可能だなっていう、何にも仕事してさせて、いやさせてなくはないですよ、例えばノートに書く記事の誤字脱出をして、でもこれはな、こんなんだったら別に無料のジェミニで全然いいわけで、やっぱ正当化はできない、月1万3000円の正当化は今の段階では一切できないですね。
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本を並行して2冊ずつずっと書いてるっていうならできます、でももうそういう時代じゃないですし、僕そのビジネス書をそもそも年に4冊も5冊も出すというのは多分今はもう流行らないと思うんですよ、やっぱりそういう時代ではないと思うんで、まあKDPでねずっと出すとかはあると思うんですけど、いい時代になりましたよね、表紙とかもちゃんとGPT作ってくれるしみたいな。
でもやっぱりそれもですね、何かこうそれをしたいかって言われると非常に疑わしいんですよね、それはEPUBも作ってくれるわけだからファイルもいいんですよね、やる分にはね、やる分にはとてもいいと思う。
ただやりたいかと言われると、そしてそれによってね、収益状況はそれはやった分だけはプラスになるでしょうけど、分かんないな、これは分かんない、どのぐらいになるのかが、やったことがないんで、ただまあ今までやった限りにおいては、まあそうですね、1回いいところで家族でお食事できるぐらいにはなるかみたいな、いやそれはちょっと良くないでしょうってさすがにね、しかも読んでくださる方もいらっしゃるわけだから、
やっぱりこう、もっと考えて作んないと、考えてないわけではなくて、実はすごい考えるんだけど、なんかちょっと違うような気がします。
世の中でそこまで求められてないものを作るっていうのも、いささかどうなんでしょうねっていうところがちょっとありまして、まあ今のところちょっと躊躇しています。
でもクラウドコードは本を書くのにはいちばんいいかもなっていう、なんかやっぱ得意不得意ってありますよね、高いからあれを本当に、あのちょっと東京駅でいいカフェ探してに使うのはもう、そんな贅沢はできないみたいな、それは本当にこう、なんていうんですか、昭和のおじさんの発想としては、
なんかスラッとした、スラッとしてるって、僕全然スラッとってじゃないんだけど、女性のなんか秘書の人にいいところのカフェ探しておいてくれたまえみたいな、どんな金持ちだよミサイルさん、僕はそういうことはむしろなんて、コスパっていうのはここではあってないと思うんですけど、いやコスパがおかしいみたいに、それは別にチャットGPTに無料のチャットGPTに聞くべきだみたいに思っちゃうんで、
だんならジェミニでもいいみたいな、なんかそっちの方がいいような気がしちゃうんですよ、なんていうんだろう、郵便局に行くのにジェット機使えますみたいな感じがするんですよ、そういうなんかこう、昭和の大富豪の人がなぜか存在している秘書みたいな、もはやなんかかえって愛人関係ですらないことにさらなる異常な贅沢ぶりを感じるんですよね、
お前はなんか金を使いどころがないんでしょうみたいに言いたくなるような、そういう世界になっちゃうんで、やっぱそれは、つまりクラウドコードにやらせることではない、まあ僕貧乏症なのかもしれないな、そういう秘書が月1万円で雇えるわけないですからね、
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まあだから月1万円ってそう考えると、重量課金なんでね、だからやっぱり僕貧乏症なんで、ほんとね、あれですよ、なんかこう、結構ちゃんとしたスライド作ってとかでも、もうスライド作ってもらうじゃないですか、この間あの週刊術コースのためのスライドって作ってもらって、即、あの、トークンの減りを確認しましたからね、僕そういう風になっちゃうんで、よくないなって思うんですよね、
さっき28%だったけど、あっという間に44%になったぞみたいな、このスライドの枚数だと16%が減るのかみたいな、トークンの枚数って、すごい不明瞭会計じゃないですか、私ああいうのは非常に好きになれないんですよね、なんかお寿司屋さんで寿司食ってる時の落ち着かなさを猛烈に連想するんで、僕あの、回転寿司ですら枚数常に気が付くと数えてる人間なんで、うちの娘とか一切数えないんで、いいなあと思うんですけど、私はダメなんですよね、
これは12枚目だとか、12×200円だからみたいな、別にそれがないとか足りないとかじゃないんですよ、ないんだけど数えてるんですよ、気が付くと、だからあのトークン制ってほんと落ち着かない、何にも相談しなくなりますもんね、やっぱり僕はね、ここは相談しないで節約だみたいになって、ここはオーパス4.8でいこうみたいな、それだったらチャットGBT使っても全然変わらないっていうか、その方が遥かにマシなんで、
だから僕J松崎さんがラッシュに絶対クラウドコード使ってるんだろうけど、もうとっくに使い切ったろうなって思って、怖いなあって思うんですよね、ラッシュかけたからってユーザーが思うように増えなかったら、トークンの代の方がまあまあ、だからこの辺が貧乏症なんだな、
はい、というわけですごいのはわかったんですけど、実は大してやってないんです、何にも、すごいのがわかっただけで、まだトークンが取っておかれているということからしても、十分コンコンと相談とかは一切できてないですね、相変わらずそっちはチャットGBTとか、最近はチャットGBTにもそこまで激しく相談みたいな感じじゃないんですよね、
どっちかっていうともう家族のこととか、家族って実家のことですね、実家のことが、実家のことででもやっぱりクラウドコードに聞いたら答えがすごい違うなっていうのは感じたんです、でもよく見るとチャットGBTと違わないんだけど、焦点の付け方が違うんですよね、こういうことなんですよ、
例えば妹のこととかでチャットGBTに相談すると全く納得だって感じがするんだけど、クラウドコードに相談すると、なるほどなって思うんですよ、でこのクラウドコードに相談してなるほどなと思った後でチャットGBTを読むと言ってることはあんま変わらないんだけど、チャットGBTは焦点付けが甘いなって感じがするんですよね、
何かこう羅列してしまっていて、言ってることは同じようなことなんだけど、強調点の強調が不足しているために、何かこうね、はっきりしたことがわかんないままになってたんだってことがはっきりわかるようになったんですよ、これはやっぱり視点というものの提供と情報提供との差だなと思いますね、
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本題に入りましょう、とにかく3チャレンの第15期応募受付中ですということです。できれば詳しくはホームページの方をご覧いただければと思います。
で、今日のその話なんですけども、長々と話すつもりもなく12分が経っているわけですが、えっとですね、いやさっきまで何か頭の中にあったような気がするんですよ。
中間領域の話とか変形性対象の話とか、ここのところしてきたと思うんだけれども、その中で大事な要素として、この話はしょっちゅうしてきた気もしますが、部分対象、特に内的部分対象とわざわざ言っている、クラインだと思うんですけどね、いいおっぱい悪いおっぱいの特に良い方ですよ。
で、変形性対象も結局部分対象に違いはないんだけど、おっぱいの大きさが顔の大きさ並みなので、良いおっぱいは母親の全体を示すと赤ちゃんは誤解する。これは完全に部分対象ですよね。
で、これは非常にわかりやすくて、めちゃくちゃわかりやすくて、要は母親の一番良いところを母親の全部だと思い込みたいわけですよ。
母親の一番良いところって要するに良いおっぱいですよ。赤ちゃんにとっては。良いおっぱいさえあれば良いわけで、良いおっぱいだけが母親であって欲しいぐらいな勢いなわけですね。
これって、それこそ性は関係ないな。私は性性だったけど、女性に夢見る時によくやっちゃいがちな、あんまり女性はほぼ絶対好まれないと思うんですけども、純粋無垢とかっていう表現を取るじゃないですか。
よく観音小説に出てきますよ。純粋無垢な少女がとかって書いてあるわけですよ。あれが内的部分対象の投影ですよね。
つまりその女の子の、その男の人が勝手に思い込んでるところの、純粋無垢な部分だけでできているというふうに思い込もうと頑張ってるわけですよね。
で、書いてる観音小説家は実際そんなことはどうでもいいわけで、あれはファンタジーだと思ってるのはもう間違いないわけですけれども、だってそんな人いないから。別にいなくてもいてもそんなことはいいわけ。
でもここで大事なのはファンタジーであるというのは内的部分対象であることがほとんどだと言っても言い過ぎではないかなと思うんですね。
なんか可憐なとか言うじゃないですか。可憐なところだけでできていてほしいわけですよね。だから可憐なという言い方をした時には内的部分対象の投影がそこで起きてるわけですよ。
その男の、まあ男だということに一応しておきます。私はロリコンみたいな話をすると基本男性がバッシングされがちなんだけど、いや群がってる女性いっぱいいますけどっていう、あっちの人たちはロリコンとは言わないかもしれないがなんて言うんでしょうねっていうのはよくよく思うんですよね。
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だって絶対ちっちゃな女の子のアイドルグループに手を振ってる女の人って3件どころではないですよ。結構いらっしゃいますよ。で可愛いっていうのはわからなくはないから私に、私そういう趣味ないんですけど可愛いっていうのはわからなくはないから何に手を振ってるのかはいろいろだと思うんですけれども、いずれにしてもそれが内的部分対象の投影だという、そんな言い方する人はいないでしょうけど確実だと思うんですよ。
で内的部分対象の投影だということを言ったら、もうそれは良いおっぱいをそこに見ていると言っても言い過ぎではないと思うんですよね。ちっちゃな女の子に良いおっぱいを見るっていうことをやってるということは、私はだからロリコンといえばおじさんみたいな感じだけど違うと思うんですよね。そのおじさんはその時には乳幼児に、少年に対抗して、要するに幼児ですよね。幼児に対抗している。
だからそこが特に批判されるのかもしれないけど、幼児期対抗を批判してもなっていう感じもするんですよ。だってそれはしょうがないじゃんという、特にクライマーはそうですよ。だって幼児期対抗した自分を卒業できないんで、これには異論がある人多いでしょう。今のような文脈だといやいや成人は卒業すべきだろうみたいに。
しかし私は変円形中心に人間がなる瞬間って多々あって、だってお店とかで異論激行してる人いっぱいいるし、してなくったって心の中では同じように激行してる人はもっといっぱいいるはずで、それらの人は誰一人として卒業してないのに、卒業してる人ってどういう人なんだよという、そこで静かにできるっていうのは大事なことかもしれませんが、
その時変円形中心に、あるいは扁桃体に大量の血流が、神経連達物質が非常に流れが変えているというのはほぼ確実に起きているはずのことで、起きなくなりゃいいってもんじゃないですし、で、いつも言う通り脳に司令塔はないんですから、扁桃体が一度主導権を握ってしまったら、どんな人でも同じなわけですよ。
ブッダとかは違うのかもしれないけど、普通の人はみんな同じなわけですよ。扁桃体が主導権握っているにも関わらず、そうでないと言い張ることはできないわけですね。いやいや、あの、左脳が俺の場合は常に主導権握ってるからって、その人は多分病気ですから、ある意味では。人間というのはそういうふうにはできてないんで、左脳が常に主導権握るとかってのはおかしいんで、そういうふうにはできてないわけですね。
その辺はポールギャリコの7つの人形の恋物語とかがあるんですけど、ああいう話によくよく描き出されていると思いますが、あれはよく出来すぎてますけどね、すごい良い話ですが、ポールギャリコですね。スノーグースとか描いてる人ですね。別に私はスノーグースより7つの人形の方が圧倒的に良いと思うんですけどね。なぜか日本ではスノーグースが有名な気がしますが。
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ただあれは対照関係論っていうふうに見出すと、かわいはやおさんはユング的に読まれてますから魂みたいな話になるんだけど、いやあれは魂なくても説明というか、結局説明ですよね。かわいはやおさんのそれって。一見そうでないように見えても説明は説明だと思うんだけど、解釈でもいいですけど。
そういうもんだと思いますが、それはまあどちらでもいいとしても、この対照関係論の中で内的部分対照、要するに私が0歳です。目の前に良いおっぱいがあります。この形の再来というものを、その思春期の男の子はみんな非常に望むよねっていう。
でもそれは全然ロリータとかわざわざ出してくる理由は何にもないよなっていう感じがするんですよ。いや0歳と良いおっぱいの関係というものの再現を性的関係に望んでいるに過ぎなくて、それは当然でしょうという感じが。
まさに永田カビさんがレズ風俗で書いたのと全く基本同じことですよね。要するにお母さんと性的関係に入りたいという話なんだけど、実はそうじゃないってことですよ。自分が乳幼児になっておっぱいさえ飲んでればいい時代に戻りたいと。つまりその人は疲れ果てているとも言えるでしょうし、非常に無力感に苛まれているとも言えると思うんですよ。
これ以上自分に何も望まないでくれって感じですよね。だから私はまさにそうだったから、それはそうだろうと思うわけですよね。それは良いおっぱいだけ飲んでいれば幸せだったあの時期に戻りたいよね。戻れるんだったら戻りたいですよね。それはねっていうことだと思うんですよね。
でそれが例えばそうはいってもいいおっぱいを飲んでるっていう状態は別に風俗とかいけばできるのかもしれないけどずっとそうやってられないじゃないですか。どんなにそれがいいつったって結局そこにはお金かかるしそのお金稼ぐ時間が必要だしってことになっていって世知辛い。そこでこの時の夢はより徹底的に夢見にならなければならないのでお酒飲むわけですよ。
そうすることによって現実検討力をむしろあえて弱めるわけですよね。現実検討の能力をむしろあえて弱めないと相手がやっぱり内的対象などでないということを我々は気づかないようにいかないのでつまり欲打つポジションとは人をして全体対象を見抜く能力を持ってしまう。持ってしまってはいいすぎ。持ってるということなんですよ。
PSポジションというのは人を内的対象として扱うポジションである。そういうことだと思うんですよね。これも何度も言いますがPSポジション抜きに我々は生きていくことは不可能なんですよ。なぜならそれは内的対象を良いものと悪いものに分けるポジションでもあるのでだからおっぱいとうんちは違うんですよ。
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こういう言い方は大変好まれないでしょうけどでも私はなぜこういう言い方なのかということなんですよ。なぜ聡明で知的で高学歴の女性となんか鼻ほじってる上司は違うのかっていう話をしちゃダメだと思うんですよ。それはだって対抗が抜けてるじゃないですか。幼児になったらそうは見えないでしょ。
おじさんとなんか背の高いお姉さんは似たり寄ったりじゃないですか幼児から見れば。幼児にとって重要なのはおっぱいとうんちなんですよ。っていう話だからこそこの言葉が出てきちゃうわけですよね。別の言葉でもいいんですよ。機関車トーマスと悪いマジンガーZみたいにでもいいんだけど別に。
わかりにくいじゃないですか結局そういうことを言ってると。ゼロサイズだからマジンガーZもわかんないんでね。だからやっぱり酒を飲むことによって明定してこの状態まで戻ってくれば内的対称と戯れてれば人生いいような気がしてくるわけですよ。そこまで行く必要があるんですよ。
大事なのはおっぱいじゃないってことなんですよね。そうじゃなくてこれでいいんだと感じられる状態が欲しいと。もう一つがだから最近話題にしたわけですけど3ヶ月したらいいんだ特に酒に酔うというのは脳を麻痺させるわけですね。そうすることによって現実検討の力を弱めるわけですがもう一つが場所をそもそも変えちゃうということですよね。
つまり秘密の隠れ家ですよ。秘密の隠れ家というのはどこから見て秘密なのかというと社会から見てですよ。だから私は居酒屋など喫茶などが秘密の居酒屋だというのは秘密の隠れ家だとかいうのはちゃんちゃらおかしいと思う。それは絶対に法務省に登記してるんでしょって言いたくなるわけですよ。だってそうじゃないと本当に秘密のだったらまずいじゃないですか。そういうのはだから裏社会的な世界だから裏社会って言うじゃないですか。
それは社会の裏にあるから裏社会なんだけどそんなところにノコノコ行けるはずないじゃないですか。私のような人間が。なんかすぐ身ぐるみ剥がされそうですよね。だから秘密の隠れ家とか言ってるのは秘密でもなんでもないわけですよ。みんなが知ってるわけですよ。タベログにも載ってる日決まってるわけですよね。しかも3.76とかになってくるとそれは知る人と知るじゃなくてみんな知ってんですよ。そんなところは。
金が高いから行かないってことはあるかもしれないし、変皮だから行かないってことはあるかもしれないけど知らないわけじゃないんですよね。知ってる人は大勢いるわけです。あなたの他にもというか私の他にもと言いますか。
秘密の隠れ家は居酒屋と酒を飲むことと違うのは、現実見当の能力を保持したまま、つまりあたかもそれは現実であるかのように見えておりながら、社会の中では認知されていないかのように見える。
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だから、津毛吉原さんの退屈な部屋というところでは、もともと女郎部屋と言われていて、要するに社会的にアウトローに近いところの存在の部屋を偽名で借りて、そんなことができるというのは確かに非常に反社会的だし、裏社会的。でもなんにもないわけですよ。
何にもないし、何にもしているように見えない。で、実際何もしてないんですけど、そこに行ってやることは、要するに環境としての母親にそのまま自分の、だから子宮回帰願望って言葉がありますけど、もうそれに限りなく近いですね。
それに、それは言い過ぎだと僕は思うんだけど、なぜならば、やっぱりどんな部屋にせよ子宮じゃないからね。何も提供してくれないしね、部屋は。部屋は非常にメンタルには多くのものを提供してくれるかもしれないけど、物理的に特に何かを提供してくれるわけじゃないのだから。
そこにいると落ち着くとか、安心できるとか、よく眠れるとか、大変良いことですが、だからそこにいれば人生満パンだっていうのは真実ではないんで。
で、杉さんはよく描けてるなと思うのは、その部屋でその主人公は要するに蒸発するわけですよね、言ってみればね、社会からは。蒸発するというのは昔、私が小学校時代に結構蒸発するお父さんみたいな流行ったんだけど、もうやんなっちゃうわけですよ。
つまり、いいおっぱいだけの世界に行きたくなると。
河合俳夫さんがですね、最近あの戸畑海人さんがミドルエイジビギンズってのを書きましたけど、河合俳夫さんがやっぱりあの中年の危機っていうタイトルだったかどうだか忘れたけど、本出して、でその中年の危機の中で私は一番こいつが危機的だなと思った人が、
特に何だと言うほどでもないのにも関わらず、もう私は君と離婚するとかって勝手に宣言して、新しい家ももう用意してあって、そこに一人で暮らすんだと。
でそこで私はトルストイを読みながら、えっとなんだっけな、サイコフスキーかなんか聞いて、ワインと音楽とトルストイで、もうそれで生き生を得るんだって言って宣言しちゃうという男が出てくる話なんですよ。
実にダメだなって思うんですよ。トルストイ言ってればいいと思ってるだろうお前って感じ。まあこれが今時のだと村上春樹なのかもしれないけど、まあどっちにしても全然ダメですけど。つまりこれが蒸発なんですよ。怖いなって感じがしますよね。このお父さんはまだしも奥さんにこれを言ってるんでだいぶマシな気がするんですよね。
だいぶマシな気がする。これを言わずにやっちゃうんですよ。もちろんトルストイじゃないけど、トルストイだろうとそんなところが山本修吾朗だと、そんなことはどうでもいいことなんですよ。そこは需要じゃないんですよ。需要なのはなんかナルシズムですよね、究極の。そういうふうに見えないでしょうけど、くたびれたおっさんがコツコツと何かを用意して、そこに消えていくわけですよ。
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社会から蒸発してしまうわけですね。何が不満なのとかって世の中の人は言うでしょうけど、何が不満とかじゃないですよ。もうそのくたびれ果てたわけですよ。何がくたびれるかってやっぱり全体対象として人を見えることですね。その中にはうんちといいおっぱいが両方詰まってるという、クラインがよく書くんですよね。
お母さんというものは恐ろしい存在で、おっぱいはあるわ、うんちは体内にあるわ、新しい弟は体内に生まれているわみたいな、体の中に何が詰まってるのかわけがわかんない。赤ちゃんですからね。そういう恐ろしい存在が自分と一体になってるんだと。そういうことが赤ん坊にとっては恐怖なんだって。
これはクラインもユニコットもビオンも大筋同じようなこと。私最初書いててなんだそのグロテスクな図はと思ったんだけど、そうだよなと思ったんですよね。つまりいいものも悪いものも一緒くたなわけじゃないですか。で、未統合だからただただそこに詰まってるわけですよね。だから怖いわけですよね。
でも我々にとって会社ってそれに近いところあるじゃないですか。私の言ってたですね、料金センターなんて怖い所長がいたわけですよ。センター所長ってのはね、めちゃくちゃ怖い男で、なんかもう怒鳴りまくってるわけです。すごい迫力あるんですよ。しかも怒鳴りまくってるって言ってもなんかヒステリカルにキレまくってるっていうよりは、なんかもうね、上司なんですけど全部ね。
課長とか副課長とか副部長とかの痛いところをビシビシつくんですよ。なんかもう本当に厳しいなーって感じがするんですよね。そしていい、その人よりは年上のおじさんとかのみんなもうめちゃくちゃシュンとなっていて、まあそういうフリをしてるだけなのかもしれないけど、派遣である我々が怒られることってほぼないんですけどね。まあとにかく厳しいわけですよね。
で、そのとはいえ、そこにはまあ、それこそもう昭和に限りなく近い光景ですから、あのー、親切なおばあちゃんとかね、そういう人もいて、つまりそういうことなんですよ。
そこにこう、ちゃーっと詰まってる。月に一度結構な金額のお金をくれる。で、なんならちょっと言うと、アプリ良かったですから、ドコモサービスですから、なんか富士通の最新のパソコンとかすぐ僕なんかが言うと買ってくれると。だから僕は結構楽しくやってたんだけど、そういうめちゃめちゃ怖い人とかめちゃめちゃ嫌な話とかもそこに詰まってるわけですよ。
未統合なわけですよね。もちろん会社だから、そこのところをしっかりとこう追っていけば、なんかこうその人とその人は仲が良くて、こういう関係にあってみたいなのを、まあいろいろな話が飛び交ってるわけですけれども、全体的に地味無量感しかないわけですよね。
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これって赤ちゃんから見たところのお母さんの体内そっくりですよね。
栄養もくれる、いいものもくれる、変なものも入ってる、恐ろしいものも入っている、汚いものも入ってる、なんでもかんでもそこにあるわけですよね。
なんでそんなものが存在できるのかと。
自分のこと棚にあげてるっていうか赤ちゃん自分のこと気づいてないんで。
つまり内的部分対象がこう継ぎはぎみたいになってる相手っていうのは、まさに自分がPSポジションで、自分ってものの存在に全く気づいてないんですよね。
だからナルシシズムの世界でもあるわけですよね。
これを一時ナルシシズムとフロイトは読んだし、読んだんだと思うし、クラインはそんなものは認められないみたいな考え。
あくまでも全部部分対象として見るんだ、部分対象として見る。
ある意味幻覚ですよね。課長は課長、部長は部長みたいな。
でもそうは見えないなって感じがしますね。
特に私は新人で右も左も全くわからんで会社に行ったときなんかには、なんだこのさっぱりわからない人間がいっぱいウゴウゴしているこの世界っていう感じしかしませんでしたね。
だから対象化されてないですよね。
だからやっぱり私にものを直接教えてくれるおじいちゃんとかが最初の対象になっていくみたいなことが起きますよね。
この人を会社の中でまず見つけて、とにかくこの人の話を聞くっていうことによって自らの安全を図るみたいな。
マゴマゴしてるとなんかわけわかんない人に小突き回されるんで嫌じゃないですか。
だからそれマゴマゴしないためにもやっぱりこう手ずるを鳴る人を探すわけですよ。
それ対象ですよね完全に。
で、この内的対象というものはその自分の心の中にあるものなんですけど、まあそうは思ってない。
おっぱいは明らかに外在してるんで。
おっぱいだけがやってくれればいいのにと思ってるんだけどそうはいかないんで。
なんかおぞましいものが世の中にはあって。
で、それらは未統合のままそこら辺を浮遊してるわけで。
非常にこうなんていうのかな。
魅惑的でもあるがおぞましくもあるみたいなそういう感じでお母さんを見ているというか世界を見ているっていう。
その状態からそんなことではないんだよなと。
要するに純真無垢とかじゃないんだよなと。
なんかいろいろ計算をしているし、何なら自分のことATM扱いもしているし、
なんか何考えてるのかわかんないけど、っていうかいろんなこと考えてるんだろうけど、
要するに自分の奥さんなり自分の息子なりというのは全体対象なのであって。
いいおっぱいと悪いおっぱいがくっついているというわけではなくて、
ただただそこにただあるだけじゃなくて、
どちらも同じものの一部分だっていう見方ができちゃうんじゃないですか。
ここに傷つくんですよ私たちは結局。
ナルシシズムの傷つきってやつでここには傷つくわけですよね。
しょうがないんだけど傷はつくと。
傷つきまくるから社会というところにいると傷つきまくるから裏社会に行きたいということになるわけですよね。
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蒸発してしまいたいと。
カワイハヤワさんのさっきの話だとトルストイとワインとチャイコフスキーの世界に逃げていこうとするんだけど、
その時に改めてそういう中間領域に生きる自分っていうものを考えてから、
世の中でもう一回いろんなことが起きてみると、
いや自分そっちに行くのまずいなっていうのかそっちに行くっていうのはすごいこう、
なんて言えばいいんだろうな。
そのような存在に本当になることはできないんだって感じがやっぱり。
そこがその小説の読ませどころなんですよね。
だから本当に旅したく終えてさあ出ていきますっていう時になって奥さんが、
要するにもう一回考え直してみてくれないっていうんですね。
そしてなんかその男の人がうんって2回言っておしまいっていう。
僕はいい小説だなと思うんですけどね。
それはもうちょっと若い頃に読んでいたんですけどたまたま。
それでカワイハヤワさんがミドルエイジクライシスというところでこれを取り上げていて、
さもその通りですねっていう。
あれをだいぶロマンティックにするとヘルマンヘッセの小説みたいになっていくんだけど、
非常に日本的なくたびれた感じにする方が僕は出来としてはいいんじゃないかなという感じがしましたね。
でやっぱりつまりそういう何もかもわかった上で内的部分対象の自分の好みのもの、
つまりトルストイとワインとチャイコフ好きですけど趣味はいいですけど、
それが馬券と焼酎より趣味はいいかもしれないけど同じですよ別に。
何にも変わらないと僕は思うんですよね。
それが自分の財布に合っていて趣味がいいから美術館巡りをする中年男性になろうと、
教廷に向かう中年男性になろうと、僕は何ら変わらないなって感じが。
何ら変わらないは言い過ぎかもしれないけど、でももう本当にそこは微々たるさだなと思うんですよね。
育ちが良ければ校舎になるし前田舎になるし、そうじゃなければそうじゃないところになるかもしれないけど、
やってることは対抗であることに何ら違いはないと思うんですよね。
決して良い大人のやることではない、これは赤井駿も書いてたけどおよそ良い大人のやることではないみたいな。
でもなりますよ絶対。秘密基地っていうようなところに逃げ隠れしたくなるというのはそれはなりますよね。
脳には半分はそういう部分があって、
そういう年齢の脳があって我々はそこを卒業することはないのだから、
つまり自分がそういう幼少期の脳と50歳の脳と、
要するに奥さんがなんで奥さんが最後にもう一回ちょっと考え直してみないというのかと。
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これ勇気ある発言ですよね。いやいやって言って無視されていかれるとダメージでかいですからね。
しかし、奥さんは絶対それなりのことはやったはずなんですよね。
浮気ではないのかもしれないけれども、それなりに中年男性を大いに傷つけるようなことは絶対やっているはずなんですよね。
やってるんだけど、でもそれはお互い様じゃないですか。多分そうだと思うんですよね。
お互い様なんだと思うし、大事なのはだからお互い様だからではなくて、
最終的には相手はいいおっぱいだけでできているはずがないということで、それは人間じゃないですよね。
だからトルストイとジャイフォフスキーとワインになっちゃうけど、全部物じゃないですか。
昭和なんでレコードと小説とワインなんですけど、全部物じゃないですか。
つまり内的部分対象の投影に耐えられるのは物だけであって、人間は無理なんですよ。
まさにそのことをその人自身が証明しているわけじゃないですか。
つまり自分は全体対象なわけですよね。
つまり幼少期の自分もそこにいるし、中年男性の自分もそこにいて、どっちかにはなれない存在なんですよ。
どっちかだけになろうとするから秘密の隠れ家に、秘密の隠れ家って非常に子供っぽいですからね。
秘密の隠れ家に行きたくなるんだけれども、そういう美術館巡りだけして生きていきたくなるんだけれども、
そういう存在になるっていうことは部分対象になっちゃうんだけど、部分対象になるってことはおっぱいだけでできているお母さんになるってことで不可能じゃないですか。
つまり部分対象になるということは生き物ではなくなるということで、生き物というものは全体対象であって、
全体対象ということはそこにミルクとウンチは両方入ってなきゃいけないということで、
ただそれは、ただくっついてりゃいいってもんではないわけですよね。
そこに何か統合されて組織だったものとしてなきゃいけないということになって、
自分がそうだってことに最後は気がつかないわけにいかないよねと、だからウンって言うっていうことになるんだろうと、そういう話なんですよね。
で、それは全く中年の危機なんですよ。
中年というものが危機を迎えるのはやっぱりこの統合しきれない。
少年というのはつまり部分対象の和でいいわけですよ。
良いものと悪いものがこの世にあって、俺は良いものをどんどんかき集めて良いもので生きていくんだみたいになってるのが少年じゃないですか。
中年というのはどう考えてもそうはなってないということを嫌でも大でも思い知っていくんだけど、
でも嫌だってなった時に、これは理屈の上ではそうだと絶対にそうなんだけども、
良いものと悪いものは同じところから来るんだけど、レクター博士に言わせるとチーフスと白松は同じところから来るんだけど、
でも嫌だってなると危機を迎えるわけですよ、途端に。
それがミドルクライシスなんですよ。
まだ私トガタさんの方は読んでないですけど、そういうことが入っているはずなんですよね。
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臨床科学学院だから余計そうだと思うんだけどね。
という話を久しぶりに思い出した時に、私たちは部分対象、変形性対象も部分対象ですけど、
つまり良いものだけで作られているものを探し求めすぎるというか、
それを探し求めているうちに、ナルシシズムと死の世界です。
ナルシシズムというのはナルシスティックな人っていう意味では全く、
結局そういう人はナルシスティックに見えるかもしれないが、
ナルシスティックな人というよりは良いものだけに囲まれて生きていけるはずだと、
例えばだからプレゼンの練習をしすぎるっていうことが起こるわけですよね。
白種だけに囲まれて生きていけるはずだと。
そこで心の中でケッと思われている人が一人でもいるのには耐えられないっていうのは、
つまり部分対象と人をしているわけじゃないですか。
私いつもそのことを考えるたびに、
北朝鮮の将軍様のあの人は一体どう見えてるんだろうな、この光景がと。
絶対粛清とかするってことは、
白種を心の底からしている人だけでここが構成されているとは思って、
あの光景大変私だからシュールに見えるわけですね。
だってあれ多分ですけれども、
大勢が転覆したことが一度もないし、
もしかすると永遠に転覆しない大勢なのかもしれないけど、
ルーバニアで以前チャウシェスクっていうだったよね。
王朝とまで言われたけど、
みんなあの北朝鮮とそっくりのように、
みんなニコニコして国家元首をたたえてたにもかかわらず、
もう彼が死刑になった瞬間にみんなで足蹴りする勢いだったじゃないですか。
心の中でどう思ってたかっていう話ですよね。
なんかこう、
真の始皇帝の観岸の長行の最後を非常に連想させられるんだけど、
結局それって、
まあその内的部分対象を、
人を内的部分対象にしてしまうことに、
いかにどんなに無理があるかっていうことだとは思うんですよね。
まあそりゃそうだろうなと思うんだけど、
だってやってることがえぐいからね。
私たちは誰も自分が決して、
いいおっぱいだけでできている存在である人がある人ではないという、
ある人であるならば、
出て行って隠れ家に対抗せなくても済むわけですよ、結局。
自分がいい存在でしかないんだったら、
常にリクエストに心の底から答えられるということ以外、
何も望まない存在だったら、
そんなことはないじゃないですか。
だから自分は全体対象なんですよね。
相手も全体対象なんですよね。
もちろんそうなんですよ。
ただそれが嫌だってなる瞬間は、
まあきっと来るんですよね。
中年に寄らずとも、
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高年になろうと老年になろうと、
やっぱ来るってことは来るんだろうと。
そういう話でもあるんだろうなと思います。
ありがとうございます。