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改めて3ヶ月セッションへのお誘い(今日からやれます
2026-09-03 37:48

改めて3ヶ月セッションへのお誘い(今日からやれます

精神分析は、たとえ断片的にでも知っていて損のない知識です。
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おはようございます。佐々木正悟の自由連想をお送りします。 9月3日木曜日7時45分です。
はい、えーとですね、相変わらずあの 精神無敵は楽しいを
読んでいるわけですけれども あの
だんだんだんだん いやこれ当たり前じゃない?これはって思うように、これもちょっと前からそういえばすごく思うようになって
きたことなんですが 精神分析的な発想を
特にこう心理連想に持ち込むって当たり前じゃないかっていう感じがしてきたん ですね
なんかこうそこをかなりの部分あえて判断して初めて なんか行動良好、行動良好ってだってある意味すごい
認知行動良好が今では主流ですけど、そこから認知取ったやつが行動良好で それは認知行動良好の前身にあったものなんですが
あれすごいじゃないですか 心理連想やってるのに心は扱わないみたいなまあそれは好きな革命なんですけど
あの 行動を変えることによって
心の病はないことになっていくみたいなのって そういう別に思想を持ってるってわけでもないのかもしれないけどすごい発想ですよね
あれこそ全くラディカルなんだと思うんですよ あれに比べれば結局精神分析でやってることって
あれこそまさに 心理カウンセリングってもんだろうって思いますけどね
まあそうでないことになっているっていうのは まあいろいろなうよ曲折がありましてそうなったわけですけど
そのほうがよっぽど あの
ねじれてるんじゃないか何かっていう感じがね しますその究極形態がまあ今私の肉身がまさにそのど真ん中にいる
心理連想抜き心理連想みたいなやつですよ 心理連想抜きの心理良好みたいなやつです
あれはもうどう考えとって奇妙だろうと思うんですよねやっぱりね 投薬はある相談員もいる支援者もいる
しかし心理師はいないっていうね なぜなら精神病だからだ理由になってないと思うんですけどね私はね
でもまあそれが現実なんですからねやっぱり現実っていうのは あの
非常に驚くべきことになり得るものだっていう まあその誰もそんなことでその当事者驚いてないわけですけど
そういうもんだよ当然だよだってここに公認死にし呼びたかったらお金払いを別に ってことでそのお金ないんでしょっていう話なんですけれども実際その通りだし
あとまあもう一つは当人にそのモチベーションないよねそれは全くその通りで もうここ何年にもわたって説得していますけど全くか
03:03
あの聞き入れられる気配の家の子もないんでしょうがないんですけど しょうがないましょうがないな
はいというわけでどういうわけってってことでもないんですけど あのねこれは pr であり cm でありっていうことになっちゃうんですけどやっぱり皆様に
もうだんだんだんだん大変だなぁと思ってきておりましてまあノートとかで頑張って いこうと思うんですけども
皆様に ぜひ3チャレを3チャレじゃない3ヶ月セッションをね
セッションなんですよこれはね体験してほしいと思いますね あのグループレクチャーという名称で精神分析の話も週に1回土曜日
12時から約1時間やっております それは別に参加いただかなくても3ヶ月セッションに入っていただければ毎週毎週
google ミートの録画したやつを私のまあレクチャーですけど アーカイブで見られるということにしておりますのでとにかくですねまあ確かに
7万5000円プラス税だから8万2500円というのは安いとは思いませんが これを
この時代に手に入れておくというのはもう仙林に触れるって感じでもいいと思うんですね あの
別にいいんですよ価値観という意味では中立なんだから だからあれそういうことを知ったからと言って別に認知行動で行くでもあの
なんだろうな行動主義で行くでも あの全然いいと思うんですよでもあの発想ないと
例えば無意識っていうのは何のこと言ってるんだか 私はあの発想に触れるまで結局よく全くよくわかんない
まあだったと思うんですね真相真理とかね あの
なんか急にファンタジーみたいな話が出てくるだけで終わってしまう なんかよくわからない話で終わってしまう
でもそこにはっきりしたものがある 母親と自分の関係
予防と自分の関係 そしてその記憶に
強いインフルエンスを受けているという自覚なく動いていく自分の動きっていう その辺のことが
わかるようになると行動というものに対する 自分の考え方がガラッと変わっていくんですよ
行動一つ一つとって特に自分のややこしい行動 例えば
夜出る直前になったらコーヒー飲むとかねそういう どってことはないけどややこしいじゃないですか一旦それやっちゃうと一歩も進むといや明日
早いんだけど3時間寝つけませんでしたみたいな辛いようってことになったりする でしょう
でもそれはコーヒーが好きすぎるんだもいいんですけど まあそれがだから行動主義的な発想っていうのかな
コーヒーの香りが報酬になっています まあそれはそうですよ
06:01
そうに決まってるんだけどでももうちょっと違うこともあるんですよ でその人ならではのことその他の人にだってコーヒーの匂いに決まってるし
夜だってコーヒー飲みたくなることは誰だって極めて多くの人があるでしょうし えっといまいちよくわかんないことをとっちゃうなんてことは人間にはいくらでもあるんです
けれどもでもその人ならではのなぜその時間に翌日厳しいことになるのがわかっていて 頭でわかってるってやつですけどわかっていて
コーヒー飲んでしまうのかというのだって 真相意識ということや真相真理ということや母子関係ということや父親の不在みたいな話を
その人の生育歴の中で探っていくと出てくるんですよ ほとんどの場合割とさらっとなんでこんなものがなんか
マルヒの秘術みたいにほとんど錬金術みたいな 精神分析がそういうイメージの中であの
秘匿されているかのように別に隠している人がいるわけじゃないんだけど 秘匿されているかのようになっているのかと
私はもうこれを知って以来ですねいやこれも本当に何が何でも えっと少なくとも私の本を読んでくれたりすべての人に伝えたいっていうだけでも
もうあまりにも望みすぎなんですけどね 私の本読んでくださった人が世の中に10万人ぐらいいらっしゃると思うんでそれらの人
すべての人に精神分析の触りでいいから伝える 不可能なんですけど不可能ではあるのですがね
今の感覚ですとでもこれをお伝えしなければ すれば
だいぶ違うんで一番僕として確実にそれができるのが3ヶ月セッション なんですよ
まあいつからでも今入れるようにしましたそれもあんまり十分伝えてないんですけれども いつからでも入れます
でもちろん木ごとに入ることもできます どっちでもいいから全く基本同じものを提供できますから
そういう体制を整えつつありますんでつつあるというか整えましたから あの
体験してみていただくと体験してみていただくしかないことってある
可能な限り言葉で伝えたいし伝えてるつもりなんですけど まあでもこれはね本当にね対価中の対価一番対価だと僕は思う
松木邦博さんも言葉で完全に伝えきれてるわけではないので 公平に見てもそうだと思う
まあ私は相当引き目に見てそうだから多分そうだと思うんですよ 日本で理解するのは非常に難しいんですよ何でかというと言語以前の体験のことを言ってる
かんですよ バブーの世界なんですよ
バブーって出てきたんですよね今回あの精神分析は楽しいの中で バブーが出てきちゃうわけですよ
成人の男性同士が言うんですよバブーバブーって これは全く母子関係の再演をしているわけじゃないですか
そうやって楽しむことがあるそれはもちろん全然いいですよ よしよしじゃないんですよ人間はそういうものを離脱したり卒業して生きてるわけじゃないって
09:05
いうことが つまり
そのバブーな感覚で会社に行ってるんだよってことなんですよ でまぁ私なんかの場合は会社には行ってないけどやっぱこのバブーな感覚が私に
トラブルをもたらしちゃうんですよ もちろん気はつけてますよでも
無意識っていうのは気のつけようがないから無意識なんですよね 思わないところで思わないことが
口走られているというか私の口なんだけど口走られていて あっと思った時にはもう
引き死に走るより他どうにもならなくなっているってことは起きてるんですよ なんかね下手をすると精神分析の考え方って言い訳が欲しいんだけど
事後性だから事後にならないと気づきませんよってやつだからでもあれは本当 なんですよ
本人はみんな分別がある今日はこの話を少ししたいんですけど分別があるんですよ あるんだけどそうなんですよないからそうなるわけじゃないんです
私だって分別は別にあるんですよ分けては分ける 日本語って不思議なんでね生産は産み産むでしょ
分別は分かれて分かれ分けて分かれるでしょ なんか意味ないんですけど分別はあるんですよ
だって私はやっぱりそのそうだなぁ トイレでもの食べませんもこれが分別があるということなんですよ
分別はあるんだけど分別な行動取るんですよ 急に気がついたらその時にハッと思った時には戻っちゃってるんですよ
これを事後性と言うんですよドキッとしますよね そりゃ気がついたらあのご飯をトイレの中で食べてたみたいな話なんですよ
たとえですけどねあくまでもそういうことをしたことがあるじゃないんだけどそれより 怖いことやってるんですけどそういうことなんですよだからめちゃくちゃ
高所恐怖症でもバンジージャンプしたら気が狂いそうだって いう女の人がバンジージャンプが趣味ですって男に告白しているみたいな話なんですよ
これはこれもあくまでも比喩ですけどね でこういうことがどうして起きるのかの説明をするときにいや恋愛感情だからとか
じゃないんだそれはあるはずなんですよね 恋愛感情だからそういうことはいいことじゃないかみたいなそれはそれでそういう言い方
できると思う だけどそうでないことがあるんでその人ならではのことがありましてその人ならではの
真相真理っていうものがあって本人はそれを気づくことも制御することもかなり難しい そこで
そういうものに気づいたり制御してくれ制御してくれないが足も知れないが少なくとも気づいて くれる人が
密室の中に現れると精神分析家っていう人間だったりすると 今回ですねあの精神分析は楽しい中でこれはすごい良い構成だなぁと思ったのがまず精神
分析的心理療法のケースっていうのが前半の方にあって後半の方に精神分析 そのもののケースいわゆる週4回以上
12:05
8を並べてるんですよ さーっと通しで読んでみたんですよさーっと通し
変わんないじゃんって思うんですよね私ねいや変わるんでしょ やってる人としてはでも報告の中にその違いが顕著に浮き上がってるかっていうと疑問だなって
思うんですよね いや変わらないんじゃないかこれはっていうだったら週1でいいじゃんではないんですよここが
難しいんだけど 週4だからこれで済んでるのかもしれないなっていうのは多分にあるんですよでも
やはり基本的には同じことをやっているような感じがしますよね その
精神分析的1回か2回日本ではもう今やこれだって多いし特に週2回って多いと思うん だけど
週2回というのは私は心理カウンセリングの主流であるべきだと今では思うんですよね 週2回は週1回とはやむを得ないケースがいっぱいあると思うので
もちろん週1回でも全然アリだと思うしで実際同じようなこと同じ 同じことですよね起きてるなとただ
なんていうんだろうある意味週1回の方がシビアだとまぁこれを言ったのは藤山直樹さん なんですけど僕そういう観点なかったんだけど
最初はなかったんですよね最初っていうのはつまり3年ぐらい前にはなかったんです観点なんです けど
いや週1回の方がシビアかもっていうのは ただ週4回は実際は大変ですからねやる人間としてはねお金もかかるし
時間も非常にたくさん必要だし その通う方にしてみればですよ
1回は楽そうなんだけど1回は楽じゃないなこれはっていうのはやっぱりね 思うんですよねその
結局
つーのかこれは バブーは無分別なわけですよね分別をなくしたいわけですよ
で あの
ベルサイユのバラってあるじゃないですか あれで繰り返しによく出てくるセリュー恋愛系のしかも深刻なまあだから池田リヨコさんとか
あのいわゆる校 あの少女ロマン漫画みたいなやつには強烈にあるあの苦しむ恋愛
かつ深刻な話だってフランス革命で最後主人公に近い人はギロチンですからね しかも恋愛
どっぷりの話もそこに加わってますから常に言ってるセリフに一層狂えたらどんなに楽かっていう セリフがね
子供の時にもちろん読んだんでさっぱり理解できなくて 何を言わんとしているのかなぁこれはって今僕は結局その
こういうの本を7歳とかに読んでるからそういう全く理解できないっていう世界になっ ちゃうんですよね
一層狂えたらってどういうことのだから鈴木大雪っていうあれは善の対価の人だけど 分別の分別分別の分別って言い方があるけど
無っていうのはまあビオンはやたら言うわけですけどね 王でもいいんですけど無っていうのは
15:00
何もないなのかもしれないけどそれあって難しいんじゃないですか無に変えるみたいな わかんないじゃないですか概念でしかでも分別がないだったらこれだから
ps から d に入るときにまず我々は1回目指しているわけですよね 善と悪だとか好き嫌いだみたいなところから
いや好きな人この人には好きなところもあるけど嫌なところもあるよねっていうのが 分別はつけたまま
その人の中に一体のものを見るわけじゃないですか これをもっと多分突き詰めていくと
もともと分別ってなかったよねって話になっていくとこのなかったのないが無なんだろう なっていう風に最近少なくもまずそっから行こうかなっていう感じをしてきたんですよ
だから ps を解消するっていうのは土台無理なんで わけちゃうんで私たちは分かれているんだけれどもそのまま一つのものでもあったし
元々分かれているわけじゃないよねと認識の中では分けているけど 認識の中では分けないわけにいかないからしょうがないけど
それはもともとないものなんだよないものでもあるって言ったらこう複雑なんですけど これを
トラウマの世界で扱おうとすると非常に難しくなるんですよ実際には もともとないものだとか
分別をなくすということが 非常に危険な推移に入ってくるんで
だから この話が逆に
いう意味になってくるんだという意義になってくるんだと思うんですよね でこの例えば私の例で言うとそうですねアトピーでもアトピーじゃなくても同じなんだよ
分別ってものはっていう話をしてもそうは思えないわけですよ 私は肌のことで40年ぐらい苦しんでるんでいやいやアトピーとアトピーじゃない状態全然違う
でしょってことになるわけですよ自然とこれがトラウマの トラウマにおける無分別の難しさなんですよ
トラウマってのはむしろ分別をはっきりさせたくなる そっちの方向に自分がグッと引き寄せられる体験なんだと思う
地震とってもそうじゃないですか地震に遭遇することは二度と遭遇したくない 電車に乗るのも恐ろしくなりましたっていう時に
そういうことになるわけですよ でも日本に住むってことは地震がある時とない時とどちらも受け入れるしかないよねっていう
のはそうなんですけれども実際みんな受け入れてるんですけどでもそうは言えないよね っていうのがトラウマって話と関係があるんでトラウマっていうのは分別に
絵の強いこだわりを促すんですよね 外傷体験は
だから ps ポジションと d っていうのはすごく意味があるんだと思うんですよ ps から d に行きましょうって言って行くんだったらカウンセリング
多分全く不要になっちゃうと思うんですよ そんなの ai に言わせれば一番いいってことになるんで言われればそうできるぐらい
ならば 当然そうはできないので
18:04
だからトイレで物食べてたら変なんで この当然そうはいかないので高所恐怖症の人がバンジージャンプするのがおかしいんで
という話を踏まえてなお 無っていうものをだから無分別ですね
の無っていうものを どうしてそんなに難しいことが可能になるのかという
だから鈴木大雪とか 得ような話になっていく面があるわけですねそういう話にしないのが静新聞誌
ですけどそういう世界に近づいているのがビヨンって人の 新聞誌の中ではビヨンって人が一番そこに
今言った有名な人なんですよ他にも絶対いると思うんだけどね それであのだから3ヶ月セッションでこの辺の話まで行くのかどうか
でもやっぱ ok みたいな話 ko から ok みたいな話は あの
しますからねなんだかんだするようになってきたんで こう治療
の観点からはいかないけれどもやっぱり ビジネスの世界でも起こるんですよねそういう無分別行動みたいにとっちゃ
そして大変な時代を引き起こす自分にとってはですよ なんでこんなことしちゃったんだろうっていうことを後から考えるいやどう考えても
あの時の俺どうかしてただろうっていうこの問題なのはどう考えてもの考えが できなくなるから無分別なんですよ
で後になってからどう考えてもっていうのはそれは考えられるようになった時にそう考える わけですよ
なら考えられる考えられない分別がついている人間が分別がついている人間のまま 分別なことをやってその時は思考が停止している
でこういう事態を 何を引き起こすのかというとある意味ではやっぱり
そのどんな人でも持っている外省体験があって それはもう外省体験ですと自分が認識できるほどではない出来事のように
社会的には捉えられているから自分でもそう思っちゃってるのかもしれないがやっぱり それは外省体験であって
だから例えば私の外省体験の一つとしてそれは贅沢だって言われると思うんですけど 私の外省体験重要な外省体験はですね
著者になってからなんですけど本が売れないっていう体験なんですよ この体験が私に様々なトラブルを
およぼしているということが3ヶ月セクションを通じてもそうだし 3ヶ月セクション中にも起こってるし
私は本は売れないという体験をしすぎてしまって 本って売れないよねって思い込んじゃってるわけですよ
本が売れるっていうイメージを持つことが難しくなってるんですよすでに 完全に僕にとってはトラウマなんですよね
21:00
50も出してうち少なくとも40回も売ろうとしてるわけですから毎回毎回全力で
なんていうのかなぁ まあ何でもいいわけですけど全力で勝とうと頑張ってる野球チームが
毎試合毎試合負けてたらある種トラウマになるじゃないですか いや手抜いていて負けてもいいやと思ってやってるなら別ですけど
もうこれこそ勝つんだみたいな死んでも勝つんだみたいになってでもボロ負けしました みたいなこれを10回も20回をやってると
なんかちょっと東京大学を思い出して六大学でちょっと申し訳なくなったんですけど 200パイでしたっけ
なんかそういう世界 辛いですよそれはだからまあ本出せてないじゃんと言われそうなんだけど
やつ今度こそ10番やりましょうねみたいなあの有名人と行ってサイン会してみたいな全部やり ました
また増えてないですみたいこれを何回もやっちゃうと なんかもうですね
いやもう売れないでしょみたいな 売れてる人いるのかもしれないけどあれは何かおかしいでしょみたいなそういう風に感じちゃう
わけですよね 本
本だって僕本のコーナー行ってまずその子と思います この本どうなってんだろうみたいな
いわゆる心配をするわけですよ他人のしかもジャンルも関係ない本についてまで だからトラウマってどこにでもあるし
でそれはトラウマだと少しも認識されてないトラウマもあるしあるわけですよ でそこのところに入ってくると思わぬ行動自分が取り始める
報道家ですねだから全く考えるっていうことが幼稚になってって もうバブーで考えちゃってるからでも
本売れないんだからなんかこうやったことないですけど ちょっともうプラカード持って裸で踊ってこようかなみたいなそういうことになっちゃう
わけですよ これは例え話ですけどだってありとあらゆることを考え尽くしても無駄だったから
思考停止されるしかありなわけなんですよね だから無分別ですよね
あのだって裸踊りをしたから本売れるとかないし 分別のある人間はそんなことしないじゃないですか
だから分別というものがあることが 邪魔になってくる
私はそれがある意味タナトスっていうのに近づいていくのかなって思うんですよね
死の衝動みたいな だって
まさに松木さんが松木邦博さんがですね私
出席したオンラインセミナーでおっしゃってたんですけど
つくつく死ぬってことは無駄だなって思うんですよねって言って
それはまあそうだろうなって思ったんだけど でも分かってないんだろうなとやっぱは自分思ったんですよ
私の母がまさにそうなんですよね分かってないんですよね
死の方が死んでもいいようにお金を貯めていてるんだから
24:00
死ぬまで待ってよみたいな
だからいいんだよ別に今金が欲しいっていう話じゃなくて
いろいろ手続きを今のうちに継続しないとっていうと
なんか怒り出すわけですよ
だからここら辺に母はすでに無分別になってるわけなんですけど
妊娠症が入ってるってことがあって
だけど母は死んだ後も生きてる気でいるわけですよ
しかもどっかから私を見守ってるぐらいの感覚でいるから
ああいうセリフが出てくる
死んだ後どうなるかっていうことは
全く認識できないんだということが認識できないんですよね
だから死ぬと全く無分別になってしまうということを
多分少なくとも死んで分別つけるってことはありえないことだから
死んだら無分別になるわけですけど
この分別をつけてるで戻るわけですけどさっきのベルバラですね
いっそ狂えたらっていう分別がなくなれば
分別をつけてるからこんな辛い思いをするんだと
例えば貴族と庶民は結婚できないって分別ですよね
恋愛の中でそういう話あったから
そういう分別をなくしちゃえば
どんなに楽になれるだろうっていうことを言ってる
というのは7歳児じゃちょっとわからなかったわけですね
私としてはね
女の子ならわかるのかもしれないけど
なかなか私にはわからん話だったわけですよ
そういえば思い出したんですけど先日ですね
ある人とそういう昭和後期の
中期に出てたと思うんですけど
くたびれたサラリーマン向けの劇画漫画みたいなものを
書いてる人って一群の人いるじゃないですか
ジョージアキアマとかゴルゴ書いた人とか
斎藤先生です斎藤孝岡
とにかくそういう人たちがいますけど
ああいう漫画がうちにはポロポロってあったんですよね
私はそれを読んではめちゃくちゃ鬱っぽい気分になったわけですよ
そういうのはよくわかっていたんだけど
重すぎるんですよ7歳児とかには
うちの親とかはそれこそ無分別な人間なんで
父親とかはなんか置いとくわけですよジョージアキアマの
なんか濡れ場はありでもなんかくたびれた
あのねはぐれ雲って柔らかいタッチで
柔らかい話でふわっと読んでいくと結構落ち込むんですよ
濡れ場で落ち込むんじゃなくて濡れ場はすごい流すような
子供が読んでも興奮できないレベルでしかないんだけど
あれなんかね何種のかな
何でも肯定しているようで実は非常に悲観的な話だなと
私ジョージアキアマさんの他の作品読んでみて
グロくて絶望的な気分になったんですけど
なんでこの人はぐれ雲を書くようになったんだろうと思ったんですけど
わかる気がするんですよね
3丁目の夕日書いてる人もそうですよね
あの人のグロいSFみたいなのを父が好きで結構勝手は
私はそれを読んで結構絶望してたんですよ
27:01
なんだかわけがわかんないんだけど
すごい気持ち悪くなってくるっていう作品だったんですよね
あれも無分裂の世界なんだけど
よく描けてると思います
よく描けてると思うけど
7、8歳の健康な男の子が読む本では絶対ないんですよね
本当になんか食欲なくなるぐらいな勢いで
出てくる夢も全部悪夢みたいな
思うに父は結構いろんな意味でダメなんですよね
教育的配慮からうちにはテレビがなかったんだけど
そういう漫画はゴロゴロあるわけですよ
全然わかってないわけですよね
なんであそこまでわかってないのかが
面白いくらいわかってないんです
今思うと今父を見ているとですね
本当にこの人は問題のある人なんだなということを
つくづく思うんですけど
あまりにも僧侶という職業とバッチした人間であるために
周りの人には非常にこう
いい坊さんだいい坊さんだっていう風にしか言われないもんだから
こうわからないんですよねなかなか
あれがどういう問題を引き起こしていたのかという
最近だってようやくこれも自己勢ですよね完全に
後からわかるみたいな
全然父親の問題について
僕は考えたことがなかったんですよね
真面目に真剣に
母親の問題についてすげえ考えてたんだけど
父親はもう本当にこう
単なる理想化された
だから私は父のことなんて見てもいなかった
父も私のことなんてあんまり見てもいなかったんだけど
お互い様なんですけど
非常にこう
絵に描いたような人でしかなかったわけですよ
二次元的なんですよね
薄っぺらいわけですよ存在として
本人が薄い人ではないんですよ
非常に濃い人なんだけど
関わってないから
非常に薄い関わり方しか結局してないんだなと
思えばあの人が一体全体
何を望み何を考えてたのか
私そのことの片鱗に触れたのが
大学卒業の下日その日なんですよ
独教大学の外国語学部英語学科っていうところを卒業した
その日にお前英語科
医者になってほしかったのになって
卒業した日にそれを言って何になるんだよっていう
入る前に言わなきゃダメでしょそんなの
英語がそんなに残念で
どう考えたって英語科でて医者になれるはずないじゃないですか
絶対不可能になったタイミングで
卒業した日ですからね
あれを私は分かってなかったんですよね
あの日に少しギョッとして腹が立たなかったんですよね
腹が立つような人じゃない
あの人に腹立てる人もいっぱいいるし
まさに私の兄弟がめちゃくちゃあの人に腹立ててるわけですけど
あれがどうこしちゃってる
だから私あれどう考えても
確かに精神病水準だと言われるやそうなんだけど
30:00
僕にはやっぱり非常に重くなってる神経症って感じが
しなくはないんですよね
しょうがないんですけどね
どう今更そんな話をいくらしたところでね
だからやっぱり
事後性なんですよね
後から考えられるようになってくる
後にしても程がありますよね
私がそれ最初の父の原点ギョッとしたのが
22じゃないですか
今53ですもん30年前
なんか父はそんなこと言ったことなんてもちろん
あの1日前のことだって
私の子供の誕生日だって忘れちゃうような人間だから
そんなこと覚えてるわけないんだけど
私30年経って覚えてるわけですね
嫌だったっていうわけじゃないんですよ
ただ意味の全くない言葉だとは思いましたね
なんかこうあまりにも意味がなさすぎて
ある種の虚脱感が発生するそういう感じでも
まさにそれは父らしいんですよね考えてみると
あの人の言動ってある種の虚脱感を発生させるんですよ
例えばなんですけれども
父の話になっちゃってるな
例えばなんですけど私が
最近ですと
父はこの話はこの番組のどっかでした気がするんですが
偉い人に呼ばれてですね
でも行く義務はないんですけど
行きたくないんですよね父はね
少年なんで
行きたくないんだっていう感じで
体の調子を悪くするわけですよ身体化ですね
だけどそれはただの身体化だから
CTスキャンとかガンガン取ってもらうんだけど
何も出てこないんですよ
80にしては胃は綺麗ですねとかって言われて
はぁーってなってるわけですよ父はね
あんな真っ白い液体バリウムね
飲んでまで調べたのに何も出てきやしない
やぶ医者だみたいな
だから日本の医療はダメで
また左翼みたいなことを言い出すわけですよね
これもやっぱり共産党が弱いからこういうことになってとか
荒のことばかりずーっとくしばしっていて
意味が全くないわけですよね
そういう話をしていても
あなた偉いさんのところに行きたくないんだよねってことで
それどう考えてもメンタルの問題だから
精神科行こうって言うんですけど
父はいや俺はなんで頭正常なぞって言うわけですよね
そういう話は関係なくてということで
まぁある種の虚脱感を持って精神科に連れて行ったわけですよ
まぁもう行きたくなくてしょうがないから
あと私のことに関してだんだん言い投げになってきたから行って
で先生がずーっと話を聞いて
うつ病って書いてくれたんですよ
いやうつではねえだろと思ったんだけど
もう別にいいんですよね
80だしね
うつ病って書いてくれたわけですよね
そして親父がいや俺全然うつじゃないしって言ってるんだけど
ホクホクなんですよ
もうニコニコニコニコ状態で
そのうつ病の診断書を早速お偉いさんのところに送って
いやもううつ病で体も動かないので行けませんみたいな
嘘800を並べ立てているわけですよ
いやもうあのお礼は私は言うんだけど
33:03
いやもうなんか妻になんていうのかな
これをこうやって息子がいろいろ手筈を整えてやったから
行かなくて済むようになったっていう思考はポンと飛ぶんですよね
そしていやもともとお礼は全然いなかったしとか平気で言うわけですよ
強い虚脱感が生まれるわけですよここに
こういう感じなんですよね
いや嘘はないんですよ別に
行く気なかったんでしょうね最初からね
でもなんかだったらこの苦労はなんだったわけって
何の人間だと思っちゃうじゃないですか
あの人は何かどっか
なんて言えばいいのかな
独自の悟りを開いているから
これで何も問題ない
問題はないんですよね別に
息子が父親のために骨を負ってそういうことにしてくれた
いやそれはありがとうありがとうみたいなんだけど
でもなくても俺は行かなかったんだとは言わないんだけど
言わんばかりのことを言っても
相手がどう思うかとかは
全く想像できない人なんですね
非常にあれが暴産という職業だけやっている限りにおいては
非常にある独特の世俗離れしたところが
みんなを非常に評価させるわけですけれども
ただの肉親のじいさんになってしまうと
こんな解消のない人間もいないよなと
これだから母はああなったんだろうなという感じが
今ならするわけなんですね
やっぱり無分別ですよねこれはね
でも父は分別がついてないわけじゃないし
最近も後期高齢者だから
もうあれも免許返納してほしいんだけど
免許センターに行って
いやこの年にしては運転上手ですよとか言われて
ホクホクなんですけど
アホかって感じなんですけど
この年にしては運転上手だっていうじいさんは
極力これもね
安易なことは言えないよね
難しいですよね
だって他の方々もいらっしゃるし
なかなか手放せないっていう事業
そんなこと言ったら
なかなか誰もが手放せないんですけれども
母も足腰も弱ってるし
耳聞こえないし認知症だしで
買い物行けないんで
父がいろいろでっかい荷物
車で行くしかないわけですよね
バスで行けって言われるかもしれないけど
バスで行くのは骨ですもんね
なんていう話をしているつもりは
なかったんですけれども
まあまあそんな感じでですね
私としては3ヶ月セッションで
3ヶ月セッションしていただけばですね
こういう両親に育てられた私が
虚脱感というものをどういう風に
これまで扱ってきたかみたいな
体験をもとに
この体験の話をするっていうのではないんだけど
体験をもとにやっぱりこう
なんでここから
例えば父に対する憎しみを募らせた
36:02
私の兄弟が
妄想分裂っていう問題を発展させるかみたいなことを
一定のモデルで
完璧なモデルじゃないけど
一定のモデルで示すっていうようなことが
できているわけですよ
これをそこまで行かないにしても
やっぱり妄想分裂ポジションの中で
会社に行かなければならなくなる
その時に例えば
企業が完璧にブラックに見える
いやブラックなのかもしれないですよ
そこが難しいんですけど
でもそういう時に上司と相対している時
何を選択するっていうことは
どんな意味を持つのかみたいなことを
検討できるっていうことは
やっぱり大事だなと思うんですよね
これはもうごく一般的な話として
電車で快速に乗るのか
各駅停車に乗るのがいいのか
ポストでそういう話出てましたね
新聞関係者に両方の本で
ウサギさんはいつも快速急行に乗ってるんだけど
各駅停車で行かないと
途中降りられなくなった時大変だもんねっていう
これがその人の人生を
かたどってるわけですよね
こういう些細なところで
すでにすごい苦しいじゃないですか
だって電車の中でもう倒れるしかない
みたいになった時に
あと20分は止まりませんって電車つらいでしょ
結構それはそれで
もうそれだけで辛いと思うんですよ
こういう辛さって
私たちの日常には
あふれていると思いますんで
そしてそれは認知行動で
説明はつくんですよもちろんね
なんだけど
認知行動じゃない部分があるんですよ
説明するためのモデルがあるんですよ
世の中には
それを知っておいて別に損にはならないと思うんですよ
37:48

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