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おはようございます。ライフハック時代の精神分析、第1342回をお送りします。
4月15日、水曜日、7時55分です。
いやー、辛い。この新学期というやつが始まると、たちまちこう、月下、水と五時台。
めちゃくちゃ疲れますね。
起きるというだけならば、起きるんですよ。最近私も年を取ってきたこともあるし、起きるんだけど、
起きて、お弁当を作り、学校に車で送るとなってきますと、やっぱりもう、ぼんやりはまずいじゃないですか。
結構この時間は、自転車とかも殺伐とした運転をしてるし、
やっぱりこう、ただ起きるのとはちょっと違うんですよね、こうなってくると。
だから、疲れるなっていう感じがしますね。
慣れれば、割とそこそこ慣れちゃうんですけどね。
あとまあ、娘もね、年を追うごとに当たり前のようにおふかしするんで、
向こうは若いからいいのかもしれないが、
こっちは12時くらいまでに、結局もう全体的に、別に付き合って起きてるわけではないんですが、
全体的に食事の時間から何から遅くなっていきますよね。予備校とか行っちゃうし、
ああ、そういう時代になってるんだなという、自分がなんかこのポッドキャストでも喋っていた一番最早期の時代、
高校2、3年の頃ですから、そこに娘の年齢が来ちゃってるわけですよね。
いやもう、こっから先は、分析的人生が始まるよねっていうか、そんな人生しないかもしれませんけれどもね。
もう本当に私とは、私の知らないことを大量に知るようになってきてからはもう、
私とは異なる人生、物事と異なる人生なんですけど、
まあそういうもんだなっていうのも同時に思います。
まあいいことなんですけどね。
えーと、今ちょっと第14期に向けて、第14期そのものというよりは周辺作業を色々と改訂をかけております。
本も出しましたしね。
とにかく、いろんなことをやっていないと大変なことになるわけ。
大変なことというか、金銭的危機にすぐ私は陥っちゃうので、
もう2ヶ月ともたないんでね、本当にぼんやりしてると。
あの手っこの手をまた張るんだったかし、打っていこうと。
これが今の日本でも本格的な夏が来ちゃうと、
もうなんかこう、常に中小との戦いで新しい企画とか考えてる場合じゃなくなったりもするんでですね、
考えてるんですけどどうせ、大変困ったことになりますんで、
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まあ今も十分困ってるんですが、何に困ってるかというとやっぱ金なんだよね、結局ね私は。
金のことで困るんだという、金のことだけではないが、
しかし金のことでは困ってない日はないな、みたいなノリがありますんで、
14期の分析じゃなくて、3ヶ月チャレンジもですね、
あと2名様わく、本当あとなんか20名様わくとか言いたいんだけど、
まあ限界がありますからどっちみち、そもそも時間的限界がありますからね、これはね。
私は午前中は基本的にやらないことにしておりますんで、
もう少し夜はね、やってもいいかなとは思っているんですけれどもね、
その辺も含めていろいろと改定を考えていると。
で、そういう話も本題にしようかなと思ってますが、
その前に14期はお試しができますんで、
まだまだお試し4回解消しきれないじゃんとか思われるかもしれませんが、
それは14期の中に詰め込んでいただいても構わないんですよ。
週に2回体験していただくのは非常に良いことなんで、
今後ここをどうやってPRしていこうかな、多分誰もそんなこと思ってないですからね。
いや週1回でしょ、当たり前でしょって皆さん思ってらっしゃると思うし、
最近は各月だ、月1だというのが心理臨床の正規でも、
ごく当然のように言われてきているみたいなんで、
もはやこれもまた精神分析の考え方とあまりにもかけ離れてきたなと、
その辺を私は言っていきたいわけですが、
週2って冗談じゃないよっていうか正規じゃないよっていうことになっちゃうと思うんですが、
週2というのは非常に大事な、
この間喋りましたけどね、一泊旅行と日帰り旅行は違うんですよ。
週1回も月1回もこの連続日程がないというのは全部日帰り旅行ですから、
やっぱ日帰り旅行と一泊旅行は違うんですよ。
1週1週2週4だなって思うんですけど、
とはいえ週4は本当に全く誰も全然考えられないっていうことだと思いますので、
そこら辺も合わせて言っていこうと思っています。
昨日たまたまグループセッションで山崎孝明さんのお名前が3ヶ月チャレンジで、
こんなところで出ているとは本人夢にも思ってないでしょうっていう感じもするんですが、
でも実際に来て、
要するに久しぶりにああいうのをやろうかなと思っているんですけれども、
その山崎さんの本を読み返してみてそうだったって思ったのが、
力動派は大きな敗北を期したっていう言葉が、
彼の第一作の本の中に登場するんですね。
私はそうなのかと思ったんだけど、
昨日のお話でもそうですけど、
私たちはもう力動的なものの見方を取らないとなってから、
久しいなっていう感じがします。
昨日話した内容はですね、
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罪悪感は人と人を繋いでもいるよねっていう話なんだけど、
要は力動的なものの見方って、というか力動、精神力動ってやつ、
無意識に暗躍しているというか、
暗躍という言葉にすでに色が付いちゃってるんですが、
無意識に蠢いているこの力によって、
あんまり良いイメージないね。
確かに我々は困るんだけど、
困るからこそこれに関する分析という、
心理療法が発展してきたわけですけど、
同時に我々は力動に大いに助けられてもいますと、
その助けられ方が非常に古色僧然としてかつ生臭いので、
皆さん嫌うので、ここを脱色したり消毒したりしてるわけですけど、
それをやってるから我々は、
生きづらいっていう変な事態に突入しているんではないか、
っていうのが私の言ってることなんだと思うんです。
つまり、力動はすごく我々の助けにもなるんですよと。
どうしても精神分析の世界では、精神力動の世界では、
それ自体がすでに心理療法ですから、精神療法ですから、
力動が悪さをしているところにばかり着目するので、
ああ、力動悪いよねってことになりやすいんですよ。
確かにそういう面はあるんですよ。
現代社会では特にそう見えやすい。
でもそもそも精力って力動で非常に重要じゃないですか。
そして明らかに精力って、現代社会では問題を起こしやすく、
嫌われやすいものになってる。
昨日もそういう話をしましたけれども、
でもですね、やっぱこれがないと我々子孫すぐ耐えるじゃないですか。
それでもいいんだっていう反出世主義みたいなものもありますが、
やっぱり私それはラディカルすぎると思うんですよ。
生物なんだから、そんな食べるのは良くないです、
やるのも良くないです、寝るのも良くないですでは、
全然何も生物はやれないわけですよね。
そんなことを言い出すのは人間ぐらいなもんですから、
この世には数多の生物がいますが、
そういう何か仏教的なものと、
現代的クリーンアップみたいなものをですね、
くっつけ合わせた独特のマインドフルネス感みたいなものは、
私が一番対極だと思うんですね。
この一番対極にあるものに対して別に噛みつく気はもうないです。
無駄だから。太陽対地球ぐらいに無駄で、
しかも向こうは遠く離れているので、
多分こっちを一個だにしないですよ、当分は。
だから私はここで好きかって言っているアレなんですけれども、
でもこんな私のでさえですね、
私はライフハック界でそこそこ知られちゃったんで、
無用にモニタリングされている部分はあるんでしょうけどね、
私がこういうところで言っているのも、
現代社会からすると実に非常識なわけですよ。
この非常識さはどこから来るかというと、
やっぱりイドというもの、つまりSですね、
に対してSをもっと見ましょうと言うから、
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そんな見たくもないものを無理やり見させられるという
怒りも勝手ですね。
もともと私がビジネスショーをいっぱい出しているというだけでも
面白くないという方の気持ちを
勢い魚でするということはあるんでしょう。
これ自体が力動的だなと思うんですけどね。
力動的というのはやっぱり
物事は前向きで素直に何でも表出できるならば、
それでこと足りるわけですよ。
昨日言った通り、そんなにこの人とみんなが話したいと思っていない
90近いおばあさん。
これは学校のモラルみたいなところでは、
そういうおばあさんとこそみんな仲良くしなさい、地域の社会でって言うんだけど、
それを仮にやったとしても、
わざとらしくなっちゃうんですよ、どうしたって。
そのおばあさん自身が全ての人と仲良くしたいとは
少しも思っていなかったりするわけですよ。
何なら自分の夫とだって仲良くしたいとは思っていなかったりするわけですよ。
しかし特定の人とは話したいんだけど、
その特定の人が必ずしも暇では、
物の見方にもよるんだけど忙しいんですよ。
1日中家の掃除をしたりしなきゃならない。
それはどうしてかというと、ご主人がそういうことを
あの奥様に求めるからなんですね。
若い高齢の方と本当に高齢の方と、
今は特にこの街ではですね、
その2局は結構重要な問題なんですよ。
つまり60代と80代ですね。
60代の人たちは自分もはや高齢だとはほぼ思ってませんから。
80代の人は間違いなくそう思ってますから。
配偶者も居る居ないも大きく割合が違いますしね。
とにかくこの80代後半のおばあさんが
60代前半のおばあさんとできれば半日ぐらい話してたいわけですよ。
でもそんなことには付き合ってくれないわけですよ。
はっきり言って。
だから網がカラスの餌食になると、
可燃ごみがカラスの餌食になると、
実は待ってましたとばかり登場するという話を
昨日したわけですが、ここにはもっと他のこともあるわけです。
一社心理では全くないってことなんですよ。
地域の心理がここに丸ごと凝縮されているんですよ。
だからこの地域の心理というものが
二人の行動に現れるというのは
非常に先進力動的なものなんですね。
そこにはもちろん罪悪感がめちゃくちゃあるわけですよ。
あの人を分かりにカラスのごみの始末をさせて
本当に申し訳ないって思っている人はこの地域にはいっぱいいるわけですよ。
でも自分はしないと。
そこで殺送としていくことができるじゃないですか。
他の人はしないんだから。
さっさと駆けつけていって
そのおばあさんと心ゆくまでは話せないかもしれないが
少なくとも一定の満足を得られると。
これを罪悪感というものを我々が持たないとですね
みんなが率先してごみを片付けちゃうから
この機会は奪われるんですよ。
こういうことが精神力動の世界では起きてるんですよ、現実に。
それはそういう物の見方って何なんていうのは分かるんです。
12:00
そうは言っても。
どこをどうとっても何の証拠もないじゃないですか。
せいぜい2人は話しているというのが
唯一の楽しそうに話していると。
私はたまたま若くない方のおばあさんに
実はあの時間が楽しいんだというのを聞いているから
たまたま私は知っていますが
それはごくたまたまであって
みんなはみんなそんなことを知っているわけじゃないんですよ。
だけど罪悪感がありながらあの汚いごみには手を出したくないという
この気持ちが大事なんですよ。
この気持ちがあの2人の友情を若干支えているはずなんですよね。
だってなければそうはならないですね。
というようなことがあるから
ことは簡単ではないと思うんですよね。
というかこういうふうにして初めて成り立つものもあるんだってことを
不死直しがちなんですよ。
なぜならこれは決して気持ちのいい感情だけでは
出来上がるものではないからですね。
ところが我々は気持ちのいい感情だけを持ちたいんです。
ここら辺からが主題なんですけれども
それが起こるとどういうことが起きるのかと言いますと
例えば私の話をいくら聞いたとしても
こういう生臭い話の中から生臭くいいところを
全部取り除いてしまうと
話の合理性だけは残すことができるんですね。
フレームワークって言ったらいいのかな。
すでにこの言葉が何かを脱色している感じがするんですけど
フレームワークだけが残るっていう状態を
好むわけです。当然気分が良くないから。
そうすると何が残るかというと
生きづらさってやつが残るんですよ。
例えば自分は何がやりたいのか分かりません。
それは私からすれば当たり前なんですよ。
何がやりたいか分からないから書き出してみましょうっていうのは
私からするとそれはないでしょうって感じがするわけですね。
だって書き出したところで出てくるはずないんですよ。
本当にやりたいものは脱色されたんだから。
本当にやりたいものが生臭いからって言って片付けて
綺麗にしました。何もなくなってしまって困りましたから
ここに何があるかを書き出しましょうっていうのは
おかしいじゃないですか。私から見ると
そういうことを皆様は
皆様なんて誰なのかは知らないんですけど
多くの方が一生懸命やっていらっしゃるわけですね。
そっちの方が儲かるから儲けたい人は
そこにわざわざリキドーがどうしたとか
いう話をせずに一生懸命それを
やるっていう方向に向かっているわけですけど
私はごめんだと思っているということです。
空っぽの部屋にあるものを
リストアップしてみたところで何か出てこない。
片付けてしまったあの汚いものの中にあるはずのものが
ないことになっちゃってるから
そういうものは汚くはないんだけどね。
Sは汚く見えるんですが汚いわけではないんです。
精神リキドーは私たちを
さっきも言ったようにSは
私たちにとって欠かせないものがそこに入ってるんで
これを見ないことにするとか
捨ててしまうということをしておきながら
15:01
でも私たちは
幸せに過ごせるはずだよねっていうのは
私は土台難しいと思うんですよ。
そこはクリーンになって
なんとなく気持ちがすっきりして
気分がいいかもしれないんだけれども
決してそこで生きることは
幸せとか生きやすいってこととはならないと思うんですよね。
だから生物から三大欲求を
取り除くことはできないまでも
激減させた上での生き方をある意味してますから
そういう生き方には難しいだろうと
というようなことをミスター・チルドレンっていう
僕はよく知らない昔カラオケで歌った記憶がある人たちが
微妙に歌ってる歌がSっていうやつなのかな
Sだったかアルバムの名前がSなのか
いずれにしてもSっていうのがありますね
Sはもちろんありますよ。フロイトの言葉ですからね。
で、Sはいいとして
尊方カイトさんも
これについて書いてるんですよね
この辺がやっぱ
啓蒙活動というものだなって思うんですよ
尊方カイトさんはスッキリとモヤモヤっていう
どっかで書いてます
何でも見つかる夜に
心だけが見つからないでしたっけ
すでにそういう趣旨ですよね
心はどこへ消えたみたいなのもそういう趣旨ですよね
私の感じではやっぱりあれはSはどこへやったなんですよね
心というのの大半はSなんですよ
そういうふうに少なくとも大半でなくても
重大な部分がSなんですよ
Sを落としてしまったらもう心はないんですよ
だから心はどこに消えたなんですよ
ものすごく雑に言うとね
しかもそこにあるモヤモヤというやつがつまりSなの
Sはめちゃくちゃモヤモヤしてるんですよ
言語化できないしさっきも言ったように生むさいし
みんなの嫌われ者だしいいこと起こさない感じ
暗躍してる感じなんですよ
だけどこれを取り除くとスッキリするわけですね
スッキリすると心が痩せるって彼は書いてたはずです
あの本の中でこれはそういうことを書いてるんですよ
普通にだけどそんなことを書いても
Sがどうしたとか私が今喋ってるようなことをバリバリ書いても
あんなには絶対売れないから本は
だから彼は上手にモヤモヤとスッキリっていう風に書いて
やっぱり結構儲かってるわけですよ
生臭く言うとね儲かってるわけですよ
そしてそれを見てそうかそうやらないとダメだよなと
私は思いながらもんもんとしてお金ないなみたいになってるわけですよ
そういうもんなんですよ
で例えばね
昨日のような話の一環として
例えば私の奥さんは前に
以前もうちょっと前今も変わらないんだけど
めちゃくちゃ理不尽に私にやつ当たりをしてきたと
私は思ってるわけですね
これを私は分かっていたはずなのに
分かっていたはずなのにも関わらずですね
18:04
精神力道的なもののみ方を
さっき言ったようなナーマンサイの嫌だとか
クリーンに行きたいんだっていうことで切り離してしまったから
分からなくなってたんですね
なんでこんなに理不尽に怒られなければならないんだろう
だけが残ってしまったんですよ
この人との結婚生活は厳しい
なぜなら何で怒られるのか分からない理由でばっかり自分は怒られている
当たり前なんですよ
私が何で怒られるのか分からない理由で怒られまくってたのは
だって私はヒーローだったからですね
ヒーローとはどういうことかというと
うちの奥さんは家から脱出したかったわけです
脱出してたんですけどね
なぜ脱出することになったかというと
うちの奥さんは罪悪感を無理やり押し込まれていたから
こういう家はザラにあります
田舎だったし東北の北ですからね
目に見える形でそうなんですよね
男尊女卑まっしぐらだし
だってお母様は中学卒業ですから
この中学卒業して頭が回るお母さんが
家のことばっかりやって当然だと思ってるわけですよ
しかも自分は中学卒業しただけだし
夫のためにひたすら家事をやるんだと
それやりすぎて最後の最後まで
有名な病気
自分病院行かないんで男尊女卑ですから
女性ですよ男尊女卑が文化でもあるけども
自分の中に完璧に内在化されてるんで
それが嫌だとも理不尽だともさほどは思ってないんですよ
でもゴッドは何もしないわけですよ
何もしなくていいと思ってるんで
ご主人はめっちゃエバってるとか俺やっとけとか言ってるわけじゃないんですよ
何もしないんですよ本当にそれでいいと思ってるから
家もその街の人たちの大半もその人も
みんながそう思ってるから
だから何もしないんですよ悪意があるわけじゃないんです
本当に何もしないしできないんですね
だからめちゃくちゃ寒い中で漬物とかを外で漬けているうちに
頭の中の血管がプチってなってお亡くなりになったんですよ
こういうことそれ自体に対して
めちゃくちゃうちの奥さんは怒ってるわけですよ
だから外に出なきゃと思って外に出て
埼玉県に来て僕と知り合って
来てからだいぶ後に僕と知り合ってるわけですけど
私が結婚してるから私はヒーローなわけですよ
救い出してるから
問題なのはヒーロー物語というのはここで終わる
ここで終わればハッピーエンドなんですよ
当時はハッピーだったからね
でも人生はここじゃ終わらないんですよ
ではそのヒーローはその後どういう目にあるか
もちろん犠牲者になるしかないんですよ
このカラクリが理不尽でしょそれはっていうのが
ライフハックの人たちの言い分なんですよ
精神分析ではそれは全然理不尽じゃない当たり前じゃんっていうことになるわけ
この観点を僕らは持てないんですよ
そんなのは嫌だって終わっちゃうんですよ
確かに嫌ですけどね
21:01
このヒーローはその後犠牲者にならなければならないという物語を
あっさりと認められるのが
精神分析のいいところなんですよ
なぜそもそもお前らはくっつくことができたんだと
力道のおかげではないですか
その力道に罪悪感がなかったと本当に言えるのか
全然言えないですよね
明らかに罪悪感がありましたよね
罪悪感というものの存在を認めてますよね
だって親がそこにいろと私の手伝いをしろと
親の決めた男と結婚しろと
そういう文化があったわけですよ
なぜならそれは
罪悪というのは変ですけど無能力
結局ある種の罪悪
お前はアジレマトイで大したこともできない人間なんだから
私の言う通りにすればいいんだと育てられたお母さんが
実際にそうしているからこそあの家は持ってたわけですよね
原因の一欠だ
だって血圧が200くらいあったんで
それは測りさえしないんで
ビクティブですから測りさえしない
私にはそういう価値はないんだ
大丈夫なんだ私はそういう価値はないけど
ここで立場を固めて弟は何もしないんですからね
手物も付けて冬の支度も全部して
そういうことを私は全部できる
大したことはできないが私はしかしこれが全部できる
ここには万能感がある非常に分かりやすいから
非常にあれは正常なんですよ
みんなが正常だと思っていることを正常にやっている
正常なお家だったから
弟お兄さんはお医者さんですからね
非常に上手くやってるわけです
お母さんはもちろんお兄さん大好きなんですよ
お兄さん本当素晴らしいそれに比べて
妹は本当どうしようもないっていうのが
うちの奥さんなんですよその立場にいるわけ
あまりにもそれをやられるのが腹に据えかねるから
さっさと遠くに遠くにですよ秋田から
だから今大変苦労されているわけですよね
何か家とお父ちゃんにあるとビューンって
新幹線で行かなきゃならないから
とても大変なわけですよ
でもこれを作り出したのは
お母様だとも言えるし本人だとも言えるわけです
とにかく引っ越してきた先がせめて仙台にしておけばって
本気もしょっちゅう言うんだけど
だから俺は東京サイクだのそのまんまなんですよ
非常に単純な世界なんですよね
東京で知り合ったのが私だから
私東京人ではないですけど埼玉県人ですけど
そういう人間なもんですから
そこまではいい
話がそこで終われば万々歳なんですけど
そこから始まる世界が結婚生活ですからね
誰が犠牲者に今度なるんだって話になるわけじゃないですか
散々犠牲になってきたその怒りは
ふつふつとした怒りが
消えてなくなったわけじゃないんですよ
ただ家から出ただけなんだから
親子関係が断絶したわけでもないですしね
その怒りは当然あったわけです
24:04
お母様が生きていた頃は
うるさいこと言ってくるしほぼ無視されていたけど
でも微妙に私の目から見ると
非常に不思議な話でお母さんの言うことを聞くんだよね
非常にあれは不思議でした
これもまた立洞なんですよ
当時はただ不思議で勝ってるだけなんですよ
なんでこんな600キロも離れていて
電話越しにちょっと言われたぐらいで
結局あんなに悪口言ってるお母さんの言うこと聞いちゃうんだっていう感じ
何を聞くか
例えばカーテンを障子に変えるとか
犯人は気づいてないですよ
カーテンさあみたいなことを何とか言われると
めちゃくちゃ怒っていて
私の勝手だとか何とか言ってるんだけど
気がつくと障子にするとかいう話が始まるんですよね
そして私はそれを手伝うことになるわけですよ
ビクティブですから私は
ヒーローはビクティブになるしかないんですよ
他にできることないじゃないですか
あなたは私を救い出す役目ですよねっていうことですよね
救い出すんだから私がやらなきゃならないことは
全部あなたもやらなきゃならないですよねってことですよね
それが救うってことですよね
あなたは私を愛してるんでしょうっていう話ですよね
つまりヒーローとはビクティブなんですよ
だってビクティブと一緒になったんだから
それが愛情によって結びつけられたんだから
ビクティブはビクティブじゃないですか
そして私は男性だから
これもまた非常に当然の成り行きなんですけれども
ヘテロセクシャルでしたからねうちの妻は
そうすると男性なんだからその男性は当然
悪の権限でもあるわけですよ
だから私は私を罰さなければならないわけですよね
昔そもそも何もできないお父様が
そんなことはないんだけど
何もできないお父様がいるから
いるからではないんですけれども
そのお父さんのために生きるということが
罪滅ぼしだったわけですから
当然それは怒りの対象でもあるわけで
でも妻の母はお母さんは決して
夫に怒りを向けたくなかったんでしょっちゅうはっきり言って
喧嘩してましたけど喧嘩っていうか一方的に怒ってましたけど
でも全然あれで言ってない今日なんですよ
だからこそこの罰はやり場のない怒りは
この夫のためにつけ物を寒い冬に
マイナス5度とかですから
中でつけなきゃならないというこの苦しみは
全部娘のせいになってしまうわけですね
だってお兄ちゃんはお医者さんで
そんなつけ物とかつけなくてよくて
本当に偉いお医者さんで私の誇りなわけですから
私の義母からすればですね
当然その怒りは本当にお前が何もできないから
私はこんなつけ物をつけてひどい目にやってるんだ
ってことにされてしまうわけですよ
うちの奥さん健全だったんで
そのまんまいいダクダクとはやらなかったわけですよ
だからやらないからますます攻撃対象になるわけですよね
方法の手で脱出してっていうのか
ちょっと微妙なんだけどね
大学に受かることによって抜けたから
やっぱりその辺はうまいんですけどね
27:01
うちの妹にはそれができてない
だから非常に苦しんでるわけですね
ただうちの妹はこんなに分かりやすい形で
うちの母からパージされてたとも言えないので
いよいよ難しくなってるんですよね
分かりにくいんですよ
うちの一家の現象というのは
私だってそんなにうちの母によって立てられたわけでも
将後は私の誇りだとか一言もそんなこと言われたことないし
違うんですよねニュアンスが違う
私は妻の一家を見て
ある種長なんてものはここまでしてもらえるのかと思って
非常に感銘を受けたものなんですよ
俺長なんだけど扱いはうちの奥さんと何ら変わってないなと
うちではね
このうちの義母の持っている
何も私はできない人間だという罪悪感が
そっくりそのままうちの奥さんに引き継がれるということが
例えばですね
どういう形で現れるかというと
いろんな形ほぼ常に現れるんだけど
例えば私が胃腸の調子がこの季節どうも荒れになると
ビオヘルミン飲むじゃないですか
そうすると劣化のごとく怒られるわけですね
私の作ってる料理があなたのお腹を壊したというのか
ってことになるわけですよビクティムなんでね
つまり私は大したものが作れない
ろくでもないものを作ると散々言われてきた
うちの奥さんの感覚からすると
それだけで既にそれ自体ベータ要素のような
ベータ要素ではないが
未消化に近いアルファ要素なので
いつも怒りの元になるわけですよね
もやもやなわけですよSなわけです
その力がこのSが私と
彼女を結びつけたものですから
そこには性欲も混在してますもちろんね
私はろくでもない人間だが
男性と結びつきたいという気持ちは当然あるでしょう
だから私はこういう不幸な人間なんだから
誰か救い出してくれないかなと
私は入ってるわけですから
そのコンテクストに私は乗ったわけで
もちろんそれは私の性欲が関係してます
これがSの世界です
わかりやすい世界というかわかりきった世界です
だからあなたは私をもっと優しくしてくれるわよね
という中には私はもっと酷い目にあったというのがある
その私はもっと酷い目にあったのはなぜかというと
私は価値のない人間だから
それに対していやいやあなたは価値があるよというのが
私の立場じゃないですかそう言ったかどうかは別として
こういう物語に乗っかっている以上
あなたは私に価値があると言ったというのは
反面をとるとあなただって私のことを価値がないと
思ってるでしょうに常になるわけですよ
この観点こそが私は精神分析的だと思うわけです
間違いなく
これを取らないと何が起きるかというと
美容ヘルミンを飲むのは自由でしょう
30:00
という話にしかならないじゃないですか
まさか美容ヘルミンを飲むということが
妻の誇りを傷つけ誇りではないんだな
これは妻の劣等感を刺激するだね
いやいやあれ前日に外食して実際そうなんだけど
池袋のよくわからない中華フードコートで
ジェイ松崎さんを囲む会とかショーしたところで
バリバリ食べたから
なんでそういうものを食べるのってことになるわけですよね
それは私のご飯おいしくないからでしょうとか
なんとかそういうことになるわけですよね
いやでもジェイさんと仕事をしている私としては
ジェイさんとやっていかないと
うちにお金ないし
だから私がお金を使いすぎるって言いたいんでしょう
ってことになるわけですよ
非常に難しいわけですね
劣等感というものは
これを理不尽だと感じるというのは
この観点がないからだ
謝ればいいんですよ
うちの奥さんの場合は
謝りたくないっていう気持ちがここで起きるとすると
それはやっぱり私は万能感というものだと思うんですね
人生というものはもっと
私に向いたものであるべきだと
うちの奥さんの世界というものはあるわけです
源泉と秋田にそういう家があった
これは私の人生とは直接関係ないわけですね
つまり世の中は私の安いように
私がスムーズに生きるように
そのために設計はされてないわけだから
私とは何の関係もなく
そういう状況はもちろん起きていたわけです
そういう罪悪感が植え付けられる家はあったわけです
あるべきでないかもしれないが
私の結婚生活にとっては
妻をそもそも優しく育てておいてくれれば
ってことになるんだけど
そうはなってないわけですよ最初から
だからこれは謝っておけばいいわけですよ
幸いこれは謝ったぐらいでは済まないというケースも
もっとあるはずなんですが
うちの場合幸い謝っとけば済むケースなんですよ
そこまでうちの妻は
母との義母との関係で
虐待的だったわけじゃないし
そこまで難しいわけじゃないんですよ
だから謝っとけば
勝手にビオフェルミン飲めばいいさっていうレベルに
落とすことができるわけですね
結局それはわかってるわけですよ
頭ではね頭ではってのは
左脳ではっていうべきなのかもしれない
つまりSの世界ではわからないことなんです
これはわからなくはないんだけれども
Sの世界では
それでは済まされないことでもあるんですが
結局のところ脳はつながってますからね
左脳と脳はつながってるんで
脳両を切るとかいう手術を
うちの奥さんが受けたわけでも
私が受けたわけでもないので
これは理不尽なのは
左の脳から見た世界としては理不尽であって
ライフハックから見ればそれは理不尽なんですよ
ビオフェルミン飲んどいて
お腹の調子を整えれば済む話だから
済む話だから
だけど済まない世界があるわけなんですね
これはいくらそれを見たからといって
33:02
理不尽感がなくなるわけではそもそもないです
異なる文脈異なる価値観
異なる方向性で成り立っている脳なんだから
この2つの脳が完全に和解するとか
言ったほどが起こるはずはないんですよ
だって左脳だけだったら
セックスなんてほとんどしませんよ
人間なんて
それじゃ困るわけじゃないですか
左脳だけで生きていたら
多分哺乳類はほぼ壊滅すると思うんですよ
それじゃ困るじゃないですか
だからいくらそれが
だからこれがどうしてそこまで
左脳は嫌いなのかってのは僕は
やっぱりこれはだからね
虚勢不安なんだと思うんですよね
ここまで男性がセックスというものを
忌避している
もっと綺麗であるべきだという
訳のわからない願望に取り憑かれているのは
多分私は虚勢不安だと思うんですよね
やっぱりお父さんに脅されているのが
怖いっていうのがあって
性欲がないものであってくれたら
どんなにいいだろうっていう
変な欲望に苛まれているとしか思えないんですよね
私にはそうじゃないと
こうならないだろうって感じがするんですよ
日本の特有の現象であるのかもしれないが
まずは家から性欲の部分だけを追い出して
特定のホテルを作り出すなんて
大変奇妙な光景ですよね
でもこれ誰もそんなに不思議だと思ってないじゃないですか
これなくなったらさぞ困るだろうって
みんな思ってますよね
つまり家で我が子がセックスするのを
見たくないってことなんだけど
そんな動物はとても不思議ですよね
でも不思議じゃないのかもしれませんね
これは今の非常に大雑把かつ
雑ばくとした話なんですけれども
でもこの雑ばくとした話の中には
私たちが多分非常に耐え難いと思っている
苦味の要素がなぜか大量に入っていて
そしてますます日々苦く苦くなっているという
だからですね
これは男性の
だから藤山直樹さんが
ポルノは非常に男向きに用意されている
っていうふうに書いてましたけど
私は当然藤山さんは意識して
あそこに入れてなかっただけなんですが
そして非常に非性欲的なものに
というか非生物的なものになっていると思うんですね
VRで非常に強い臨場感を出しながら
あの世界にいる限り
リアルな人間と接しずに済みますし
そこには臭いはないですし
実際には液体というものも
全然関与せずに済みますし
もちろん雑菌だのウイルスだのと
全く無縁の完全に消毒された
セックスというものを楽しめるというほど
実は人はセックスが嫌いだって
僕は思うんですよね
でこういうことがあるから
つまりヒーローは
ビクティブにならなければならないとか
そういうことがあるから
多くの人は何と理不尽なことなんだろう
ということになってしまって
言葉がこいつには通じないんだ
っていう話になってしまって
そういうことでは全くない
36:00
という観点がないんですよ
そもそも
ないからこの罪悪感が人を
罪悪感と性欲の混濁が
このモヤモヤした人間の
非常に理不尽で
納得感の薄い
そして子供っぽい
いろんな差別感のある世界というものを
受け入れられないんですよね
でもそうすると
結びつかないじゃんって思うんですよ
他に結びつくことはできますよ
他にもっとこう
男女が自然と仲良く
全然差別感もなく
手をつないでひたすら微笑ましく
いいことばっかりクリーンに
ひたすらクリーンに
仲良くして
仲良くしたままの感情だけで
家から出たいとかではなく
いつでも家に迎えれるし
みんなニコニコしている世界で
セックスする
できるとは思いますよ
理論上は
ただ私にはリアリティが感じられないんです
そのようなものを見たことがない
そんな家は一回も見たことがない
常にどこかに罪悪感があり
常に何かする恋愛とは逃避の一種であるし
常に親との相互であるし
ビクティムがそこかしこに
どこかにいるとかではなくて
ほとんど常にビクティムだらけであるというのが
現実に見えるんです
でも私はそれは
これはまた非常に雑ばくとした
重だっぱで真っ黒な意見だけど
当然じゃないかって思うんですよ
なぜならその先日の中華料理で
食べた時も思ったんですよ
だってここに豚の足があるじゃないですか
小豚の小豚か知らんけど
小羊とかだってあるじゃないですか
首とかなんなら落ちてるじゃないですか
魚の
我々はそういう風なことを
してきてるじゃないですか
そんなにクリーンに生きてない
ないと思うんですね
血まみれじゃんみたいな
食卓とかいうものは
どうしてここで
だって魚の血とか
いつも食べてるじゃないですか
どうしてここで
そんなに人間が
全く罪がない
ナイーブな存在として生きていけるって
そう思うためには我々は
ものすごく対抗しないと
ダメだって思うんですよ
本当に子供にならないと
子供だったらいいですよね
それでいけると思うんです
羊さんかわいそうって言いながら
ごめんねって言いながら
美味しく食べる
こういう純粋さというのか
そういう風に生きていって
いいと思うんですよ
別に
ただこれは
だから生臭いのであって
そのギャグじゃないと
私は思うんですよねやっぱりね
その液体もなければ
匂いもないセックスみたいなものは
特に何かを生み出さないじゃないですか
スッキリはしますよ
でも特に何にも
生み出さないじゃないですか
それがいいっていうことになってくると
しかし多分生きやすくはないだろう
って思うんですよね
自分が何したいんだか分かんないっていうのは
当たり前のことではないかと思うんですよ
39:01
だってそこに動物はいない
死体はないっていう食卓は
サラダしかないじゃん
それだったら
サラダとオートミールだけじゃん
っていうことになるじゃないですか
何か味気ないじゃないですか
そして脱食された性的なものと
サラダだけの生活をすると
そこは何となく確かに
今の時代というのは
なぜかこれを
良しとするところがありますよね
クリーンなものですよね
それは非常にクリーンなものです
もしかすると独身で
性的なものはひたすらVRにお任せして
ひたすらサラダを食べるというのが
未来の人間のあるべき姿なのかもしれないなと
思うことは思うんですよ
人口ぐっと減るでしょうしね
そうなっていけば
ただ何かそういうふうに
今の世の中見てると
なる感じはしないなと
人口ってのは100億あたりを
ピークに下がっていくらしいんですし
当然そうなるとは思うんですよね
このまんまやっていて
持つとは思えないので
確かにそう考えてみると
結婚しなければいけない人なんて
半数もいなくはないですし
ヨーロッパの離婚率っていうのは
日本にも増して高いですし
そうだろうなって
いろいろ思うわけなんだけれども
だからそこでは
Sがつまり悪者なんですよね
Sが邪魔者なんですよね
Sいらないんですよ
極力減らしておきたいと
ただし我々は
駆動力の厳選がつまり
車で言えばガソリンとエンジンが
Sみたいな話ですから
少なくとも起爆しているのは
明らかにSがそれですからね
この物の見方も古典的かつ
古臭いですけれども
でも真面目なくそれに近い事態は
起きているはずで
これなしに生きようとすると
つまり燃料切れが常に心配な
車に乗って生きるようなもので
走りにくい
だからそれが生きにくい
生きることなんだと思います