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78|【相撲】にじみ出た母校、郷土愛 鹿児島・種子島出身の元大関・若嶋津さん死去
2026-04-22 10:57

78|【相撲】にじみ出た母校、郷土愛 鹿児島・種子島出身の元大関・若嶋津さん死去

記者生活の大半をスポーツの現場で過ごしてきた大窪正一記者が、アスリートの素顔やスポーツの可能性についてお話しする「西日本新聞スポーツ余聞」。3月に69歳で亡くなった元大関・若嶋津の日高六男さんを偲びます。鹿児島・種子島出身、「南海の黒ひょう」の愛称で親しまれたスピード感あふれる速攻相撲。188センチながら125キロと軽量のハンディを抱え、北の湖や千代の富士が君臨した1980年代の土俵で高い人気を誇りました。大窪記者は2005年、母校・樟南高相撲部の稽古取材で初対面。奥様の元歌手・高田みづえさんとちゃんこを囲んだ思い出や、取材で触れた郷土愛あふれる素顔を語ります。
◆出演:大窪正一(スポーツ記者/宗像支局長)、中富一史(販売部)、横山智徳(MC/メディア戦略部)、音声編集:中富一史、映像編集:井上知哉(ビジネスマーケティング部)

◆収録日:2026年3月19日

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#西日本新聞スポーツ余聞 #若嶋津 #大相撲 #鹿児島 #西日本新聞mePodcast

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サマリー

元大関・若嶋津(日高六男)さんが肺炎のため69歳で亡くなったことを悼み、スポーツ記者の大窪さんが思い出を語る。鹿児島・種子島出身で「南海の黒ひょう」と呼ばれた若嶋津さんの、軽量ながらもスピード感あふれる相撲や、母校の高校相撲部への優しさ、そして奥様である高田みづえさんとのちゃんこを囲んだ温かいエピソードを紹介し、その人柄を偲んでいる。

元大関・若嶋津さんを偲んで
西日本新聞ポッドキャスト
西日本新聞スポーツ余聞
この番組は、記者生活の大半をスポーツの現場で過ごしてきた大久保さんが、
アスリートの素顔やスポーツの可能性についてお話しします。
こんにちは。福岡のニュースアプリ、西日本新聞MEの横山智則です。
西日本新聞社の大久保翔一です。
同じく、西日本新聞社の中富一文です。
今日はですね、YouTubeをご覧の方ならないですけど、少し古い写真で、
昭和59年11月のおそらくこれは九州場所、福岡での取り組みの時の元大関。
これは大関の頃の写真だそうですけども、若嶋津さん。
3月に亡くなられたと。
今日ちょっとその若嶋津さんを振り返るお話をと思っております。
若嶋津さんの経歴と相撲スタイル
すごい本当、映像リリーシーにしまった体ですけどもですね。
今日お話ししたかったのは、若嶋津さんは今年3月の肺炎の方で69歳で亡くなられたという形なんですが、
日高六夫さんというお名前ですね。日高って結構鹿児島に多い生なんですけどですね。
というように鹿児島のご出身で、種ヶ島ご出身です。
種ヶ島から高校は現在の湘南高校、高校野球が強い高校ですけども、鹿児島商工ですね。
の相撲部で鍛えて、昔土俵の鬼と呼ばれたですね、元横綱初代若野花が率いていました双子山部屋に入門して歩んでいった方なんですけども、
私自身がちょっと新聞記者をしている間に実際に若嶋津さんに取材をすることもありましたし、そういう思い出も含めてちょっとお話しできればなと思っております。
野球だけじゃないのは僕らも分かっています。ありとあらゆる質問の話が今回初めてかもしれない。
そうですね。実は質問は東京運動部の時に、両国の国技館ですね。
あそこに西日本新聞社というのは記者クラブを構えしていて、そこに記者クラブのシートも用意されている。
なので九州ゆかりの力士を取材することで、実際に相撲を取材しているんです。
そうなんです。
そういう場所だけじゃなくて、いわゆる東京での。
そうです。
初場所とかですね。いわゆる東京では現在3場所あるんですかね。
名古屋と九州と大阪の春場所以外は東京で。その3場所も取材当時していたもので。
特に九州出身者の力士の方に取材ってことですね。
そうです。九州ゆかりの関係者で幕打ちとか活躍した選手、力士を取材するということをやっていたもので。
当然ながら鹿児島のご出身だった若島さんと、当然現役時代を取材したのではなくて、松金親方というふうに親方になられた頃に取材をさせていただいてたんですけども。
この方の経歴自体をざっと説明しますけども。
先ほど言った入門して初土俵を1975年に踏まれて、どちらかといった映像を見られている方はわかるように、
あんこ型というすごいどっしりした体というか引き締まった体なんで、その取り口もスピード感あふれる相撲を取られてて、
朝黒井、あと鹿児島という南国ということで南海の黒標という愛称で親しまれた力士でいらっしゃいます。
1982年に九州場所後に大関に昇進なさって、ナンバー2ですよね。横綱の次大関です。そこまで昇進されて優勝自体も2回なさっていらっしゃいます。
でも先ほどから言っているように身長は188センチ長身なんですけど体重は力士としては軽めの重くて125キロなんですよね。
どうしても軽量の範囲でがこう。
相撲って無差別や、体重関係ないから。
そうなんですよ。
難しいですよね。
記者と若嶋津さんの出会いと思い出
横綱までは届かなかったですけどというところで引退なさって、先ほど言った松金というのを年寄り、松金を就命なさって松金部屋というのを起こしてた頃、
ちょっと私は取材をさせていただいたことがあるんですけど。
この部屋にはですね、例えばもう引退してますけど元小結びで福岡県出身の消防座っていう力士を育てたりなさってますね。
福岡関連で言えば。
なんですけど、若島津さん自身に私自身がすごく思い出に残ってるのは2005年なのでもう21年前になりますね。
21年前にですね、千葉でインターハイ、全国高校総体。千葉でインターハイが開催されたときに、若島津さんの母校である湘南高校の相撲部が出場したんですよ。
出場するってことで千葉なので松金部屋という部屋は千葉県船橋市に起こしてました。
なのでその部屋で湘南高校の相撲部を稽古させていいよっていうことで、そこで稽古させるのを僕取材に行ったんです。
そこで僕初めてお会いしたんですけども、皆さん大相撲の力士とか親方のイメージってどうですか。ちょっと大きくて威圧感があるような感じが。
怖いって言ったら失礼だけど。
怖いって言ったら失礼ですね。
なんですけどこうすごく笑みを浮かべてですね、すごい優しげな、すごい優しく受け入れてくださった印象がすごく強くてですね。
で稽古が終わった後にはちゃんこを子供たちに食べさせてあげてるんですけど、君も入ったらいいよって。
一緒にちゃんこを食べさせていただいて、奥様がですね、元歌手の高田瑞恵さんなんです。
多分年配の方だとよく知ってらっしゃるかと思います。その奥様も一緒になってちゃんこ鍋をついたというのがすごく印象に残ってるんですね。
すごく厳しい相撲の世界、当然ももちろん厳しさを持ち合わせてるからこそ大関までなられたんですけど、そこにすごく優しさがすごく感じられるというか母校愛も強いわけですよね。
自分の卒業した高校の相撲部、自分も鍛えられたそこの恩返しっていうのもあって、全然ウェルカムで受け入れている姿勢だとか。
すごく人を受け入れられる、優しい土壌を持った器を持っていらっしゃる方だなという印象がすごく強いんです。
それがより強まったのが、これは21年前のお話なんですけど、2012、2013年頃ですから、もう今から12、13年前ですけど、その頃僕東京の運動部という部署にいて、そこでも相撲、先ほど言ったように取材してたんですけども。
その時に両国国技館で松金親方と若島さんをお会いすることがあったんですけど、覚えてくださっていて。
嬉しいですね、すごい。
すごく嬉しくてですね、それでもう会うたびに、鹿児島の話だとか九州の話だとか気軽にお話ししてくださっていて、すごく大相撲の力士のイメージが変わったというか、別に悪いイメージを持ってるわけじゃないんですけど、
厳しい戦い勝負の世界に生きている厳しさの方がどっちかと言ったら僕はイメージに強かったんですけど、松金さんと接することによって包み込むような優しさというか、そういうのをすごく感じさせてくださる方で、
部屋に行くたびあったかい気持ちにさせていただいた。先ほど言った小峰山が福岡の出身なので、たびたび部屋にも行ったりして取材してたんですけど、そういう時にもすごくそういう乳話な笑みをすごく覚えている方なんでですね。
69歳ってまだ若いですよね。すごく寂しいなと思いまして、ぜひ皆さんの記憶に留めてほしいと思いまして、今回こういったお話をさせていただいたところなんです。
若嶋津さんへの思いと番組紹介
ありがとうございます。中注さん、今日はいかがでしたか。
北九州で仕事してたときに、相撲部屋とお付き合いすることってありました?
ありました。
結構そういうのでお付き合いしてたんですけど、イメージも含めて厳しいとか、どちらかというと歌舞伎みたいな、独特の文化みたいなところもあって、なかなか近寄りがたいところもイメージとしてもあるんですけど、
こういった優しい方、若島さんのような方もいらっしゃるし、非常に親近感が湧くし、イメージも変わってくるんで、非常に惜しい存在でしたね。
いやー、そうなんですね。
ありがとうございました。ここまで聞いていただきありがとうございます。大久保さんのスポーツ余分は、西日本新聞とスマホアプリ西日本新聞MEで好評連載中です。ぜひご購読をお願いいたします。本日はありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
そう、福岡の味方西日本新聞ME、今すぐダウンロード。西日本新聞。
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