よろしくお願いします。
岩谷さんは、今ここにいる4人の中でも、 そして東京報道部の中でも長い4年間の勤務を終えて、
東京を離れるということでございますが、
岩谷さんの私と永田町のテーマはいかがでしょうか。
いろいろ考えたんですが、
辞め時、死に時々に見る政治家の美学とまでは言えないですけど、
本質みたいなところですね。
というのをすごい感じた4年間でした。
私最初来た時は、コロナ禍で岸田政権で黄金の3年間ですと言われてた時代だった。
言われてましたね。
そこから先週の番組ですかね。
そうですね。前回。
前回のお話でもあった裏金問題があって、
旧統一協会問題もありましたね。
それと、ちょっと時期はずれるかもしれないですけども、
統一協会問題に絡んだり、不規則発言ですかね。
大臣が辞め、秘書官も辞め、岸田さんの息子の翔太郎さんも辞め。
どんどん人がいなくなっていってでしたね。
岸田さん自身も次は総裁選に出ませんという時があった。
石場政権になり、石場さんも1年で辞め。
今、高市さんを辞めていく人をどんどん見ていく取材だったなと思います。
最初に言った辞め方、辞め時とか、
そういう退き方に見る部分なんですけど、
これまで辞めていく人たちをずっと取材していく中で、
石場さんは、この番組でも話してるような気もするんですけど、
記事でも書いてますけど、当時最後まで諦めずに。
何とか延命の道を探るというのを。
粘り越しでしたね。
正直言うと、ちょっと見苦しい具合がある。
まさに引き際の話ですね。
解散権をあそこまで否定していたのに、衆院の解散権すら本気で検討した。
今、また無役になられて話を聞きに行くと、
当時総理の時の、「よかった、石場さん。どこ行ったの?」みたいな
歯切れの悪い石場さんから、今また再び
党内野党と言われてた頃の石場さんに戻りつつ。
確かに歯切れ良さが戻ってきてますね。
私、石場政権をずっと取材してたのもあって、
いろいろ周辺の人との話を聞くと、やっぱり総理になりたかったという思いは、
5回出てる。
総裁選へのチャレンジがとにかく多い。
総裁になりたい、総理大臣になりたいという思いがかなり強かった人。
そこの座にしがみつきたかったんだなって。
普段話してると、そういう座にしがみつくとかっていうのを
なかなかしない人?
精神的にキレイな人って言ったらあれなんだけど。
なのかなって最初は思ってたんですけど、
いざなってみるとそうなるんだなっていうのを正直思いました。
逆に岸田さんは、意外とキレイさっぱり辞めると決断はされてる。
そうですね。驚きが広がりましたもんね。突如表明したとき。
突然すぎてちょっとびっくりした。
8月14日でしたよね。私、お盆期間中に辞めると急に突然発表されて。
ちょうど2年前ですね。
この人の辞任、総裁選に出ませんっていう決断は、
最初驚きましたけど取材してみると、
自分が引いた後の影響力を考えてたというフィクス派感。
元総理としてですね。
岸田さん有名な話ですけど、
総理になって何がやりたいんですかって子供に聞かれたときにですね。
人事だと答えた人間なので。
まあそれぐらい。
それ子供わからないでしょって。
大きな見学をごめんなさい。総理になりたかったみたいな。
まさにフィクサーをその後ね。
しりぞいたとしてもフィクサーの狙うと。
その後の石場政権を作るときにも岸田さんは動かれてますし。
政治家像みたいなのがそれぞれ岸田、石場ってあったなっていうのが一つ思います。
辞めた瞬間の取材してるときだと思いました。
辞めるまでの過程、支持率がバーンって高くて下がってっていうのを見てると。
どんなに高い支持率でも1個なんかあったらもちろん下がるじゃないですか5%10%って。
その下がった支持率ってまた上がることってまあないんだなって正直思いましたね。
これまで取材してて下がった支持率が上がったタイミングってG7の広島サミットのときに一瞬上がったんですよ。
岸田政権が下がり続けて、ウクライナのゼレンスキー大統領が広島に来られて。
お!って上がって、岸田翔太郎息子の翔太郎さん問題でまた下がる。
校庭で写真撮ってたっていう。
スキャンダルが発覚してまた下がる。
というのを見て、当時岸田政権で厳税しろ厳税しろって議論になってたんですね。
今も消費税厳税の話とかありますけど。
岸田さんは厳税できるんだっていうのを示したくて、取得税厳税っていうのをワンショットで1ヶ月間だけやりますっていうのをやりましたけど。
全く支持率上がらず厳税したのに。
分かりにくかったっていう感じなんですよね。
当時僕現場で取材してて、厳税すればみんな厳税してほしいんだろって。
してやろうじゃねえか厳税って。やった結果上がらないこと政権見てて。
支持率っておもろいなあって正直思ったんです。
で、今また消費税厳税の話やってますけど。
果たしてこれで支持率が上がるのか上がらないのかも含めてですね。
多分上がらないんだろうなあと思いながら正直見てはいて。
民意の難しさっていうところも含めておもしろいというか奥深いなあと思ったところでした。
すいませんちょっと長くなった。
いやいやいやありがとうございます。
石川さんも辞める直前にちょっと上がりましたよ。
そうそうそうそう。
辞めるなでも。
確かにね。
同情表揺というかですね。
少し上がったね。
上がりましたね。
確かにね。
それで本人も自信をつけたところがあったんですよね。
つけてましたね。
だったからですからね。
最後らへんの石川さんほんとちょっと辞める。
読売新聞毎日新聞の報道が出た。
出ましたね。
それからの最後の2ヶ月間ぐらいでしたからね。1ヶ月か2ヶ月間ぐらいは。
ちょっとなんかこう僕も直接お話聞いたりとかもしてましたけど
言動がすごい不安定というか。
揺れる。
すごい揺れてたな。
揺れる石川首相ですね。
心中がすごい揺れてたなあっていうのを感じましたね。
なるほど。
石川さん粘ってまで何をそこまでしたか。
あれはそう。
関税がまだ終わってないっていう話が。
それは確かにそうでしたね。
関税が終わってないとか色々ありましたけど
一つはもっと広い意味で言うと
何で自分が辞めなきゃいけないのかっていう
素朴な疑問があってましたね。
これ岸田さんにもちょっと数字のところはあるんですけど
この4年間取材してて思ったのが
安倍さんの要は
言葉選びが難しいんですけど
安倍さんの影響余波っていうのが
未だにずっと続いているのが
日本の政治だなと思っているんです。
統一協会も旧統一協会の問題もそうですし
裏金の問題もそうですし
岸田さんの時は国相を開いて
それでまた下がったりっていうのもありました。
石川さんになって
裏金問題の公認非公認とかも含めて
引きずって今
安倍派が裏金問題で否定されてきた
安倍派が表舞台に戻りつつある
高市政権
ずっと安倍さんの影響というか
余波というか
後始末って言い方はあれなんですけど
安倍政権の負の側面の影響が
ずっと続いているなというのは
この4年間見てて思いました。
それはちょっとかわいそうだな
っていう人も結構いる
岸田さんに対しても石川さんに対しても
本人たちが何かしたわけじゃなくて
たまたまその時そうになって
やらなきゃいけない処理というか
後始末がですね
やらされた結果どんどん支持率が
下がっていくっていう
確かにかわいそうだったし
もっとやりたいことあっただろうな
っていうのは岸田さんも石川さんも
見ては思いますね
っていうところでございます