庭のガーデニング、このコーナーでは私に庭の好きなものを話すコーナーです。
ちょうど1週間前の日曜日は、我々は宇宙人というアニメーション映画を見に行ってました。
この我々は宇宙人という映画なんですけど、ほぼ事前情報なしで、ポスターの雰囲気だけ見て見に行ったんですよ。
すごいあの、ほがらかな、にこやかなポスターで、小学校時代の思い出って感じないやろうなぁと思って、
本当にあらすじとかもちゃんと読まず、PG12がついてるなんでやろって思いながら見に行って、
私はいつもあの映画を見終わった後、ずっと映画のことについて、うわーって感情がなるから、それを抑えるためにみたいな意味もあるし、
なんかそのこと、映画のことずっと考えてる時間が好きだなーっていう思いもあるから、
見たその日のうちに感想をかき殴るタイプなんですけど、この映画に関してはすごくって本当にかき乱されてしまって、
割とあの、いろんな映画ですぐ泣いたり、感情乗っかっちゃったりするタイプだから、どこまでっていう感じもよくわかんないし、
どっちがどうかわかんないんだけど、でもいつもの私だったらすぐに感想を書く自分が、
あ、この映画のことを今日1日中考えてたらちょっとやられる、あの、持たない、立てないと思って、っていう映画だったんですよ。
で、今もいつもならフィルマークスになんやかんやポチポチ書いてるはずだけど、
今回はまだ何も書いてない、手帳にもすごかった、苦しいってしか書いてないみたいな状態なんですけど、
とにかく映画体験としてすごかったんですよ。
なので、自分とも本当に重なりすぎて、この映画のことを思い出すのは正直パンドラの箱を開けるのと一緒ぐらいな感じがあるんですけど、
でも言わないのももったいないなっていう映画で、なんか私と同じ年代の人は是非見に行ってほしいなとすごく思ってる映画なので、
ちょっと喋っていこうと思ってます。大丈夫かな?
その、私と同じ年代の人はといったのは、明確にターゲティングというか、時代背景が2000年代、一桁2004年の頃に小学生時代を過ごしていた人たちには、
明らかに見覚えしかない風景がアニメーションになってるんですよ。
でもなんかターゲットって言ったのも、なんかなんとなくこの映画が出る前くらいに、Xでコラショの目覚まし時計がちょっとバズったんですよね。
あれなんかわざとだったんちゃうかっていうくらいで、
この映画でもチャレンジ1年生真剣ゼミの、4月の頃にもらえるコラショのおはよう朝だよ、一緒に今日も一日頑張ろうっていう目覚まし時計の描写がはっきりコラショとして正式に出てくるし、
まあ任天堂DSかな。私の世代は多分3DSだったからちょっと、ちょっとはずれてるんですけど、まあほぼ一緒だし、途中で出てくる書道の先生が江戸晴海だったんですよ、声が。
これはめちゃくちゃ我々世代というか、エンタの神様があって、前世紀でみんな家庭ではテレビを見ていたような時代の人に刺さる人を使ってて、で大人になった頃の声には令和ロマンの松井けむりとかが出てるっていうのが、
まあ完全に私たちのことを指しに来ているっていう感じ。なんか純粋に時代背景っていうレベル感ではなく、なんかもう明確にそんな感じだった。
なんか舞台はとかじゃなくて、今を生きている20代中盤から30代前半くらいの人たちをもう明確に指しに来ている映画でしたね。
そんなのも知らなかったから正直ポスターだけで、あとなんか松井けむりが出るのだけはちょっと知ってて、それだけで見に行って、なんか感想を言おうとすると多分自分とすぐ重ねちゃうところもあるんですけど、
まあでも重すぎるかって言われたら、その最後の方は美しい終わり方ではあったなと思ってて、なんか自分は映画見ると割とすぐ泣くし、変なとこで泣くタイプの人間ではあるんですけど、
ちょっと我々は宇宙人に関してはあまりにもいっぱいいっぱいそのずさずさって刺されすぎて、いっぱいいっぱいなりすぎてしんどい描写も多いなっていう感じで、泣く場面がほぼないまんま来てたんですけど、
最後のその印象的なセリフを聞いて、そこまでなんか溜まっていたものが全部出てくるみたいに涙が止まらなくなったんですよ。それは映画として、なんか自分と重ねてそうなったわけじゃなくて、映画として綺麗すぎて本当にこれ立てないやつだって思ったんですよ。
でもこれこの映画は多分、法営権とかの都合で東方シネマズでしかやってないのがすごいもったいないんだと思ってるんですけど、私も東方シネマズの2条っていうところで日曜の昼頃に終わる、だからまあ爽やかになる予定だったんですよね。
立ってないなーってなりながら、その日は公開初集の日曜だったこともあって、我々は宇宙人のシアター内はもうほぼ満席だったから、ちょっと本当に立てないと思って結構周りをギョロギョロ見渡してたんですよ。
で、右隣の人は多分私より一回り上くらいのご夫婦かなーっていう感じの人で、左隣が私と多分、多分というか確実に同年代くらいの男性だったんですよ。
その方は多分一人で見に来てて、そっちのその右隣の方はケロッとしててスッと立ち上がって帰っていけてたんですけど、やっぱり左隣の男性もなんか多分ですけど結構泣いてはって、いやーそうよねーと思いながら、
本当はその場でめっちゃ話しかけたかったぐらいのレベルのやつ。もうなんか心が持たないから、そうなんかこれをこのまま持って帰ってしまったらもうなんか私多分玄関でくたばるなーみたいな感じやったし、どうしようとか思いながらまあまあ声もかけずに結局は出て、
その日結構な雨だったんですよ。まあそれが劇中ともちょっと重なりながら、あーちょっとどうしようみたいな、なんか食欲もない、せっかく日曜の昼下がりで、まあ京都の東方シネマズはビビ二条っていう大きい商業施設の中に入っているから、食べるところはいっぱいあったし、あのあたりもまあいい感じのカフェもあったりするしなーって思って、
いながらどうしようどうしよう本当に気持ちの置きどころがないみたいな状態だから、雨の中そのビビの周りをなんか2週ぐらい歩いて、ご飯お腹空かないしなーどうしようみたいなんとか、なんか病院かな?の周りもぐるぐる歩いて、
なんか訳のわからない行動をとり、結局帰りました。何も食べず。そんな感じで感想としては、本当に刺された、泣いたって感じなんですけど、でもまあもっと具体的に言うとなったら、自分と重ねないといけないのよ。
でも自分と重ねるのもすごく義務としてあるような気もしてて、まだ心が落ち着いてないのですよ、これを見てから。だからちょっと話していこうかなと思ってます。
ちょっと今更あらすじを読みますね。なんか忘れてたわけじゃないですが、とにかくすごいまだ刺されたままだということを伝えたくて長々喋ってしまいました。
はいあらすじ。ピーピロリロリ地球での極秘任務完了。宇宙へ帰還します。平成のある田舎町。打ち気で普通であることに悩む少年翼は、
小学校3年生の春。クラスの人気者で特別な存在の星城太郎と出会い親友になる。
2人だけの遊び、意味のない会話。夕暮れの帰り道。世界は確かに彼らのものだった。しかしある日を境に、
城太郎はクラスの中で浮いた存在となり、噂や視線が彼を囲んでいく。やがて起こる、取り返しのつかない事件。
もしもさ、俺が宇宙人になったらどうする?これは2人の青春物語なのか?それとも消したい記憶なのか?
30年にわたる友情を描いた限りなく青い旅立ちの物語。というのがあらすじです。
まあちゃんとあらすじ読めば平成の田舎町って書いてあったなって今改めて思いました。
あと、平成の田舎町っていうのも、
行太郎の方の苗字がホシって言うんですけど、ホシは私の地元福島県に結構多い苗字なんですよ。
だから私的には違和感はないけど、なんかよくあるなと思ったからもしかして舞台地元かなと思いつつ、
でもこのホシっていう苗字がまあ一個キーになる。
まあ行太郎が宇宙人なんじゃないかっていう根も葉もない噂が流れたりした時にそのホシっていうのもちょっと違和感になってくるような感じだから、
まあ自分の地元ではないだろうとは思ったけど、
アニメ的にその川とか車の通る下のトンネルとかさ、なんかすごい過疎まで行かないけど、
車で10分くらいしたらドライブスルーできるマクドナルドがあるような街並み。
なんか本当そんな感じで、やっぱりアニメーションすごいってなってたし、
そのアニメーションである意味っていうのもすごく感じて、
でも翼と行太郎の声が声代わりキー以降は有名な俳優さんで、翼の方がワンドリュウタで、行太郎の方が岡山天音なんですよ。
だからまあ実写でも差異のない多分役者さんだろうと思うから、
実写でもきっと行けたんだけど、そのなんていうんだろうな、精神がグワーってなってる感じとか、
思春期に変わるとか、親の恐怖感とか、そういうのがアニメーションだからより際立ってたんだなっていうすごいアニメ。
アニメとして意義のあるアニメだと思っててすごかった。
この映画は翼主人公かなっていう感じでは進んでいくんですけど、
その行太郎宇宙人説が分かってからタイトルが我々は宇宙人って出るんですよ。
そのかっこよさもすごかったりはしたんですけど、まあそれがあって翼編が終わって行太郎視点が始まるんですよね。
私はどっちに一体自分を重ねたのかって言ったらどっちにも重ねたんですよ。
最初は行太郎に重ねたんですけど、
いろいろ考えるうちに翼にも重なる部分を感じた感じ。
そのとある日を境にとかでもうなんか行太郎と翼がまあ喧嘩をしてしまってから仲直りもうまくいかないし、
その行太郎に宇宙人説があるしみたいなのが浮上して、
あとこの小学生の時期あるあるというかな感じで、
母親がママ友会で聞いた会話で、
行太郎君って人は変な子だっていうのを翼に言って、
あんまり一緒につるまない方がいいわよあんたって母親が言うとか、
まあそういうのがあったから翼は一方的にもう縁を切るじゃないけど、
まあ小学校時代縁を切るなんてことはできないから無視するから始まるし、
その根も葉もない噂とかいろんなものがぐるぐるして、
その母親そういうことを言う母親、
あの理不尽さっていうのも一緒に描かれてるから母親からのストレスとかもあって、
まあ行太郎に対して完全に周囲の視線と同じ目線でいじめのような感じになってくるんですよ徐々に、
だから本当になんかうわこいつってなるんだけど、
でもやっぱり節々にその母親の、何だろう言葉にできないけどあったよなあれっていう、
理不尽でいつ来るかわかんないいかづちとか、
本当にあんなことつるまない方がいいわよとか、
なんか勉強できるようになるまであのほぼ軟禁状態みたいな感じとか、
まあまあまあまあまあなんだろうストレス感じざるを得ない部分もあるわなっていうところの感情引入もあった徐々に出てきた。
でももういじめっぽい方に走ってるのはさすがに飲めないけど、その背景を思うと逆になんか自分はなんでギリギリ暴力的にはならなかったのは多分男じゃないからだなとかいろいろ思って、
結局翼は小学校時代にその京太郎とつるまない方がいいとか、その理不尽な母親の怒り、まあ理不尽、理にはかなってるけどやりすぎな怒りとかのストレスがすごすぎて、
たぶん中学校からドギュン、DQNってやつ、田舎のヤンキーみたいなタチの悪い感じの集団とつるむんですけど、そこの集団の中心かって言われたらそうでもないんですよね。
京太郎のことをいじめてはいたがいじめの主犯覚かって言われたらなんかそういうわけでもなくて、やっぱ一方的な無視とか、陰湿な感じ、だからなんか教科書通りのいじめじゃないから、いじめの中心になってってみたいな感じで、ドギュンになった時もドギュンの中心に行くんじゃなくて、
ドギュンの中でもギリギリドギュンなだけな感じなのが翼だったんですよ。髪とかヘアセットとか整えてもみたいな、そのそのなんか見た目、顔の描写とかも結構グロいのよ、あの思春期に芽生え始める美意識みたいなのが翼に出てヘアセットとかやるんだけど、
ドギュンの中でギリギリ九大天ぐらいのそのヘアセットとか見た目とか、本当にアニメでこんななんかなるんだっていうグロい感じのそのなんだろう感じだったのがもうちょっとちょっとしんどかったな。
まあだから悪いところもすごいあるんだけど、でも翼のそのギリギリ九大天っていうところがそこが自分的には重ねたところで、まあドギュンのところではもちろんもちろんっていうのも変だけどないんですけど、
最初の方にもちょっと言ったけど、コラショの目覚まし時計が結構キーだなと思ってて、それはターゲティング的にもっていうわけじゃなくて、翼のクラスでの浮き方っていうのがあると思ってて、
小学校3年生から始まるんだよね物語が、なのにチャレンジ1年生のフロックの目覚まし時計を使っているのとか、クラスの中に馴染めてはいない、いじめられてはない、浮いてはないけど馴染めてはいないっていうのとかがすごいうまくて、
そうだからコラショの目覚まし時計を小3になっても使っているっていうところ、浮いてはないけどギリギリ浮きそうな感じみたいなのに、すごく私は自分の小学校時代を重ねていました。
まあ私今もですけど、結構だらしない方ではあって、小学校とかって結構それに差が出たりもするところでもあるけど、みんな子供だからあんまり気づかずやってられるみたいなところがあるじゃないですか。
まあなんかそういうので言うと小学校1年生の入学式の時に私ランドセルの蓋が閉まらなくって挨拶した時に全部出しちゃったらしいんですよ。
これ母親から聞いた話で自分は何にも覚えてないんですけど、でも自分が覚えてるのは小学校1年生に上がってすぐに、なんか知らないけど全校生の好きなものランキングみたいなアンケートを6年生が多分取ってたんですよ。
学校調査みたいなので、その学年別でこういろんなものが貼り出されたりしていく中、多分好きな○○みたいな好きなアニメなのか好きなテレビなのかそういう項目で、私は小1でプリキュアって書いたんですよ。
それがね一人だけだったんですよね。で、こういう場面でプリキュアって書くなんてって笑われたのをなんとなく覚えてて、でもそれはまあ無機名だったから自分に直接言われたわけじゃないんだけど、
こんなの書く人いるんだっていうのがあったことを未だに覚えてるな。でもさ、今になったら全然なんかアニメがもっとライトな感じになってきてるから大人でもプリキュア見てる人とかいるし、
今あれですよね、その下着屋さんで2人はプリキュアのコラボとかもあるし、なんか結構みんな見てたと思うんだけどなーって思いながらその大人になった今だからわかるけど、社会的な場所ではそういう子供っぽいものを書いてはいけないんだっていうね。
そこで小一でなんとなくそんな難しい言葉じゃなくて、あ、笑われるんだって思うっていう。だからなんか自分って九大点ギリギリなんだみたいな感じが本当にすごく翼と重なった。
なんかその翼も親に怒られて忘れ物しないようにしなさいとかすごい怒られ、に怒られ、まぁでも中学校でグレったりしたけど、でもそれでギリギリ社会的なルートには行ったっていうその九大点、九大ってこの言葉嫌だね。
でもこの映画を見るとうんそうだなって思うんだけど、九大、九大点っていうものが社会的にあるとしたら九大点ギリギリみたいな地位とかに結局その小三でコラシャの目覚まし時計使ってたけど、なんとかそこからは外れないように。
そういうのってどこかでされるわけじゃないですか。みんなとか普通とかの側に行かなければならないような瞬間が小学校それこそ3年ぐらいから分岐し始めるような感じあるよなって確かになって思ってて。
なんかだからその感覚をすごい感じ取りましたね。
まあだから翼の方はさすがに見てる瞬間ははなんでっていう気持ちになることが多かったけど、自分が見終わって刺された苦しいってなった部分のところを掘り下げるとしたら、
どちらかといえば行太郎側よりは多分翼側の苦しさで苦しいってなったなっていうのが見終わってから思ったことです。
行太郎パートの方ですね。行太郎はさっきのあらすじにも書かれてた通りみんなからの人気者で特別な存在。
その特別にね、コーテーションがついてるのがまあ苦しいんですけど、結構声がわり前は本当に明るいくて見てても苦しくなかったんですよ。
その翼みたいに親にすごい動揺されるとかそれによるストレスを受けてるぐるぐるぐるみたいな描写はない。
おばあちゃん子だったのかな。それと妹ちゃんがいてみたいな家族構成だったのが行太郎の方で、
この行太郎宇宙人説とかがあるんだけど、それはそれを流される前まではみんな行太郎のことなんとなく好きだったんです。
足も速いし、いろんなこと知ってるしみたいな感じでだったんですけど、翼はコラショーの目覚まし時計を小3になっても使ってる翼はなんとなくみんな側にすり寄ることができたけど、
行太郎はそのままだったんですね。コラショーの目覚まし時計は出てこないけど、そのらしさを持ったまま育ってたんですよ。
だからそのクラスメイトとかが群れをなし始める時期、確かに小3小4とかからだった気がするな、みたいな時にその群れ側の人間が撒いた根も葉もない宇宙人説、まだ子供っぽいけどね宇宙人説って、
を巻かれても、まあ本人はまだそれに気づかず宇宙人みたいな言動するんですよ、そのあらすじの任務完了みたいなことを言ってみたりするんですよ。
まあ母親からめちゃくちゃ注意を受けている翼は行太郎のことが怖く見えだしたりもするし、でもまあ行太郎は行太郎で本当に知性学とか宇宙とかがただただ好きだからそれになりきってる。
だからまあ戦隊ヒーローが好きとほぼ一緒のはずなんだけど、そっちじゃなくてまあ宇宙とかそっちだったっていうだけで。
でそうだ翼はポケモンのシール、あのパンについてるなんかちょっとすかすえるようなシール、なんかザラザラで。
のなんかポケモンの中そういうキャラクターがいて、だからやっぱ翼はゲームとかするからさ、どちらかと言えばやっぱ群れ寄りなんだけどさ。
でそのポケモンの名前を知らないけど宇宙人ぽいからっていう理由で行太郎が欲しいって言ってみたりするシーンとかもあって。
だから群れ側じゃないのをしばらく貫けてて、でなんかそれで気の合う女の子小夏ちゃんっていう子もいて、
で行太郎が翼と喧嘩した時にどうしたらいいかなって小夏ちゃんに相談して、それで頑張って仲直りしようと試みたんだけどそれが通じなくてっていうことがあってもまだなんか小夏ちゃんとは話が通じてたから元気で入れてたんですよ。
なんですけど何で、何でたんだろうね。
その翼もさ、まあ行太郎と仲良かったわけだしさ、そういうの言いたくないけどそっち側だった男子たちがちょっと好きになるような女の子というのは残念ながら被ってしまうものであって。
あれは分かってたのか分かってなかったのか、その行太郎が小夏ちゃんに対して恋愛感情があることを翼が知ってたのか知らないのかは知らない状態だなと私は読んでる。
ただただ行太郎に対する怒りとかなんか憧れそのままで入れることへの憧れみたいな気持ちで事件を起こして全部行太郎のせいになったことがある。
であれは俺じゃないってなり始めてからさすがにさすがの行太郎でもそのまま入れた行太郎でもちょっと暗くなり始めるんですよね。
で翼がドキュンになってた頃行太郎はドキュンとかクラスメイトとかにいじめられる存在じゃなくて無視されるというか存在ごとないみたいに扱われる状態の思春期時代を過ごすんですね。
でもそれでも翼はなんとなくヒリヒリするからちょっと投げ飛ばしてみたりみたいなこともあったんですけどなんかドキュンとかいじめする側の人のターゲットになることはなかったけどなんとなく一人だったんだよね。
でもなんか同じ一人の友達とかもいてそれが大人になった時にいい感じになるんだけどでもやっぱり行太郎は一人だって感じるしうまく生きかけてた小夏ちゃんへの恋愛感情っていうのも捨てきれないまま一人だってなったまま大人になっていってしまうんですよ。
もうほぼいじめっていうか全部行太郎のせいにされたみたいな壮絶なことがあったんだけどなんか意外に生きれちゃうよねっていうのもこの作品のところだなと思いながら。
大人になった行太郎は翼はギリギリ大きなレールにギリギリ乗れてスーツを着るような社会人になれたんだけど。
でも行太郎の方はって言ったら小学校時代の宇宙人の噂を流される手前か流され始めた頃くらいのギリギリの小夏ちゃんとも両思いだったかもしれないっていう気持ちが一番大きくていい青春を送れそうだったあの瞬間。
でもそれ以降は本当に翼が全部奪っていったから本当に全部そこで時が止まるんですよ。
行太郎はそう小学校時代のその一番の絶頂期小夏ちゃんともいい感じだったを翼のせいだってなったままそれだけで生きてきて意外とそれでも大人にはなれる。
で意外とそれでも東京には出てこれるっていうそこもちょっと大きいテーマでもあるのかなって思いながらまあとにかく東京に出てまあ翼も多分東京でスーツ着て働いてんだけど行太郎は職場にのバイトしてワンルームに住んでる感じ。
でまあもちろんスーツでもなくパーカー1枚でなんとなくだけど翼が多分一番精神的に辛かったというかおかしかった。
次はドキュン時代の中途半端ななんかボブみたいな髪型とまあ城太郎のその大人になった姿のそのなんか手入れのされてない髪型ってなんか皮肉にもちょっと似てたりとかそこもすごいなんだろうそこの
思春期での闇はギリギリその大衆の大きいレールに乗れるギリギリの男だけど大人になってからも小学校時代を抱えてしまうとそれで止まってるよう笑わしてるあの髪型。
それもしんのがって私はでも行太郎の小学校時代で止まってる感じにも正直共感というか今もそうだな自分で思うところが本当にあってでも私は行太郎みたいに相棒の翼に裏切られたみたいな感じで
一人の人のせいとかでもないからその何か過虐的になったりとかなんかすごいあいつのせいでみたいなのはなかったが故に暴力的にはなってないような気もするんだけどでもその小学校時代をずっと追い求めてる感じはすごい一緒。
中高時代の記憶は消そうとしてるしみたいなのは本当に一緒。
でもなんか給代店みたいなところで言ったらギリギリ翼みたいなところもあっていやそれないかもしれないけどなんか小学校時代を追い求めてちゃダメだなって思ったことがあって。
で中高も別に思い出したくはないなフラッシュばっかりするけどみたいになるから小学校時代の子も連絡ほぼ取ってないし地元の子は地元の子として全部連絡先消そうって言ってそのなんか小学校時代のことを思い出しちゃうから
中高の子だけ消すのも大人になりきれてなさすぎるだろうみたいななんか社会的なそういうのを持って中高のやつをほとんど消したくなった時に小学校のも消しちゃったんですよね。
だからなんかそこで言うとギリギリなんかその小学校時代だけを執着している感は無理やり立とうとして立ったなっていう私の感じもあって。
だからなんかすごいよくわかるそのなんか思春期にうまく社会に言語できないどの社会でもいいんだけどどきゅんでもいいけどどのコミュニティでもいいけどとみんな差別意識とか群れ意識がなかった時代が一番になるあの感じを一番思い出してしまうなっていうのはすごい共感したし。
でもなんかそこで止まってるのはダメだって私は思えたからギリギリギリギリだけど。
ギョー太郎にとっては本当になぁみたいなのはあって。
でもそれが翼に対して大人になった翼に対して吐き出せるところがあって。
まあよくはないけど吐き出せることができてよかったねってよかったねって思うエンディングだったからなんか泣いてしまったんですよ。
なんかでも私の場合は小学校時代の人中高もですけど地元の人っていう括りで全部全部捨てた一方的に立ってそれで無理やりその思い出だけ抱えてちゃいけないなみたいなだから大人になるってこういうことなんじゃないかなみたいなそういう感じで私は捨てたから対話みたいなのできないまま年だけ重ねた。
小学校12歳で卒業してから12年経って24歳になった。
途中で誰とも話せないみたいな状態を自分で作ってそれでまあ新規一点だみたいに思ったことで無理やり大人になったと思ってる。
でも行太郎と翼はあんなことがあってもまあそれは行太郎のすごい強い執着が生んだことで逆に良かったことなのかもしれないけどでも翼に対してやり返そうって思ったから会いに行って。
でまあ結果的に2人とも喋ることができて真実をちょっと知ることもできてそれで行太郎は今まで翼のせいで俺は青春を奪われた。
ずっとうまく生きてこれないこんな大人になったんだ翼のせいだってなってたのを翼とあんな形とは言い話せたことで行太郎はその俺にも若干火はあったんだっていうことも多分知ったと思うんですよね。
だからまあなんだろうな全部が許し許された感じではないけど話してちゃんと過去に囚われる囚われすぎるそこから出る負のエネルギーみたいなのはちょっとは解消されたから一番最後の綺麗なラストになったんですよ。
でそれを思うと私はその一方的に連絡先を消してしまったまあLINEだけど消してしまったことでなんだろうやっぱちゃんと前に進めてない感もあるんじゃないかなってすごい今ぐるぐるしてるんですよね。
なんか無理やりやってしまったからとか嫌になってしまったからとか全部今ちょっと話せたらもしかしたらまた違う解釈ができて中学校の頃のことか高校の頃のことかもなんとなく笑い話にできるところもあったりするんじゃないかなとかいろいろ思うんだけど。
でもあのやってからわかることだけどブロックLINEをブロックして消してしまうと自分からは戻せない。だから先に会わなきゃいけないっていうすごい逆に難しい状況に陥っていることはもう自分で知ってたからもう自分はもう切ってしまったんだからどうしようもないって思ったんですよ。
思ったしそうやって生きるしかないとも思ったんだけどでももしかしたら喋ったらっていう思いもまあ見終わってしばらくしてさすがに起きるかってなってきた時には言ってでも連絡ってどうやってするんだろうなでもしかしたらって思って大学時代からあの頃は日記つけてなかったけどそれで持ってきてた手帳
にメモの切れ端が入ってて主な人の連絡先リスト書いてて年賀状とか送れたら送るねーみたいなこと言ってたけどもずっとやってない中高でもやってなくなったからないけどさなんか
切っちゃった人の電話番号あるし学校の先生嫌いだったあの高校の担任2人の名前を書いて電話番号書いた紙を私は大事に持って京都に来たんだなって思ったらやっぱりちゃんと喋りたいなって思ったんだけど
でもなんかまだ自分が完全に回復してるわけでもないしそんなか映画で言ったら行太郎みたいに覚悟が決まったわけじゃないからやっぱできないなーって思ったままいる
だから健全に大人になれてる行太郎もギリギリ9代転になって社会の大きいレールに乗れてる翼も私よりすごいなって思ってでもそれでちゃんと最後のラストシーンのあのじゃあねーって
ちゃんと喋ったから過去と決別できてちゃんと大人になれたんだなっていうのがなんかすごい私はまだ過去に囚われてるんだこんな行太郎と翼よりもまだいるんだ過去にちゃんと向き合わなきゃいけないことはあるのは分かってるんだけど難しいなとか
いろいろ思ってなんかそのなんか社会的な波の9代転みたいなところとか行太郎のそのお前のせいでってなる前まではうまくやれてた自分らしさみたいなのとか
すごい尊いものも見たし私はまだあの2人より成長できてないんだと思ったし思ったからすごい泣いたあのじゃあねーで今もちょっと苦しいですそんな映画でした
だから絶対もうなんか20代中盤から30代前半の人は江戸晴海って聞いて何かをわかる人真似した経験があるような人には是非なんか見に行ってほしいなって
なんかしんどくなるかもしれないけどそれを受け止めてどんな感じに思ったんだろうみんなっていうのがすごい知りたい映画でした
そろそろ終えようとしているところです今回は我々は宇宙人の話でとんでもなく長くなってしまいました
なんかとにかく同年代の人は見に行って感想を聞かせてほしいし是非会って同年代の人と喋りたいなーってすごい思う映画でした