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2026-03-07 10:07

荒川知水資料館

Holylandのマイクをジャケットの中に着けて歩きながらの収録。河川敷の風切り音がうまく消せました。あと秩父は埼玉県だった。

カバー画像が100年近く前の古い水門(重文)でこちらが新しい水門

サマリー

ninjinkunさんは、Googleマップで見つけた荒川知水資料館を訪れました。荒川が明治時代の洪水対策として作られた日本最長の人工河川であること、そしてパナマ運河建設にも関わった青山明という優れた技術者が水門設計に携わったことなどを学びました。また、治水事業がもたらした都市化と地盤沈下、現在の洪水リスクといった多角的な側面が展示されており、都市形成における治水の重要性を再認識する機会となりました。

荒川知水資料館への訪問と概要
こんにちは、ninjinkunです。 今は東京の荒川の近くを歩いているんですけど、今日は荒川資料館、荒川知水資料館に行ってきました。
何で行ったかというと、たまたまGoogleマップで見ていて、最近多分美術館に行っているので、Googleマップがそういういろんな博物館とかをサジェストしてくるようになっていて、そこにたまたま見ていたら現れて、何だろうと思って気になってやってきました。
ここは無料で、荒川の今までの知水に関することが知れる資料館になっていて、私は赤羽岩淵駅という東京と埼玉の境にある端っこの駅に、地下鉄駅にやってきまして、そこから歩いてきました。
荒川の歴史と治水事業の背景
なかなか面白かったですね。私はそもそも荒川が人工の川だということを知らなくて、これって学校で習うんですかね。東京の中学生とか習いそうですけど、私は習った記憶がなく、
その明治時代に大きな洪水があって、その後で荒川知水事情というのを行って、もともとは墨田川に流れ込んでいた水を分離してずらんと東京湾の方に流す別系統の川を作ったのが荒川ということらしいです。
さらにその前は、今の利根川の方に水が流れていて、それを江戸時代に今の墨田川の方に上流の方で付け替えるということを工事が行われたんですけど、それが今の墨田川で、そこからさらに分離して、放水用の川を作ったというのが荒川ということらしいです。
この荒川の事業が結構凄まじくて、日本で一番長い河川の工事だったらしいですね。
次が淀川の事業らしいです。淀川も人工の川なんですかね。私はこれもわからなくて、おそらく淀川にもこれは資料館があるのではと思って、また行ってみようと思います。
治水事業を指揮した青山明と水門の技術
この工事を指揮した人の情報とかそういうのもこの資料館では扱っていて、これは私も全然知らなかったんですけど、青山明という人が建設の責任者だったらしいです。
この人はすごくて、パナマ運河の建設に日本人で唯一参加し、東京の帝国大学の道区を出てから単身で渡米してパナマ運河の建設に参加するという、かなりすごいチャレンジャーというか、そういう経歴を持っている人で、
そこで得た知識を使って、この淀川の建設事業にも関わったということで、すごいですね。
いろいろ指揮を行った中でも、水門、荒川にはちょうどこの資料館の前に水門があって、増水時にはこの水門を閉めると墨田川に水が行かなくなって墨田川が増水せずに済むという、
普段は水を流していて、墨田川にも水を取り込んでいるんですけど、そこを調整するための水門を作っているんですけど、この水門の設計で有名らしくて、この水門は今、重要文化財になったらしいです。
これを当時、まだ日本で実験段階であった鉄筋コンクリートの構造を水中に埋めることで安定させるということを設計を行って、おかげで途中で観光大震災が現場中に来るんですけど、その中でもこの水門は完全にビクともしなかったという話があると、それぐらい優れた技術者だったらしいです。
あと、この人はキリスト教者の内村勘蔵、この前秋子さんの講演に来ても名前が出ていたんですけど、内村勘蔵の文化財の弟子になっていて、弱々強く思想を受けているということで、
とにかく次世代に何か少しでも改善して残したいという気持ちを持っていて、そういうことを残していたり、荒川の建設の時の石碑にも自分の名前を入れずに、この建設に関わった我々の記念みたいなもの。
あと、人も亡くなっているので、その犠牲をちゃんとここに記録するということを、自分のあまり了解を誇ることなく、わりと裏方に徹していたけど、知る人は知っているという感じの人だったらしいですね。
荒川がもたらした影響と現在の課題
こういう人の存在が知れたのが面白かったし、あと荒川の水景というか、いろいろな流れが知れて、山の方からやってきて、最終的には東京まで来るんですけど、埼玉、秩父の方からやってきて、秩父は栃木か、秩父から来て埼玉に来て、
それで最後は東京に来ると。その間に結構いろいろ貯水池とか水を逃がす仕組みがあって、そこで洪水児は水を吸収していますとか、そういういろいろな仕組みが語られていて、面白かったですね。
その荒川の工事をして、治水が行われた結果、もともとは人が住んでいなかったエリアにどんどん人が住むようになって、今の北千住とか、ああいう辺りとか、後は江東区かな、住みたがわと荒川に囲まれた辺りの人口がどんどん増えて、都市化が進んだおかげで、また工業化が進んで、その領域で地下水がどんどん汲み上げられて、
地盤の進化が起こって、それによってさらにまた洪水リスクが上がるという、結構皮肉な結果も生んでいるらしく、今は堤防を高くしていろいろな対策をしていますという、本当に人間の営みというしかないですけど、そういういろいろな循環が起こっているということも展示されておりました。
実際、海抜みたいなものを図示した、そういう3Dのマップが置かれていたんですけど、表ですよね、本当に荒川の周りとか東京の東側は非常に低い、海抜以下の部分も結構あるみたいな、そういうエリアで、
自分だったらこういうところに住みたいかな、…とちょっとなってしまうという、それも水のおかげで進めるようになったというのはそうなんですけど、今でもリスクはあるよというのがそこに展示されていて、
それがシミュレーションで水が実際堤防を撤回させるとこうなりますという、ある種の警告というか、気を抜くなよという、そういうハザードマップ的な展示もあったりして、勉強による感じでした。
治水から広がる興味と今後の展望
地水とか、私はもともと鉄道とか路線とか好きなんですけど、そこから発展して、人間がどうやって地とか流通とか生活を作っていったかという、そういうシステムを考えていくのが好きだなと最近気づいて、
地水なんかもまさにこの都市というものを作る上での一大事業、そうでなかったらめちゃくちゃコストがかからない場所で、それを知っていくのは、やっぱりこの都市というものを別の角度から見る面白い視点だなと思うので、これからもこういう角度の展示とか資料とかも見ていきたいなと思いました。
まとめと周辺の見どころ
それでは荒川地水資料館に行ってきた話でした。
ここの近くに、すぐ横に旧水門と、さらに今から10世紀前かな、20世紀に作られた新しい、旧水門の20世紀か、もうちょっと後で作られた新しい、さらに高い水門というのを見るように進んで、この中美しい眺めです。
それではありがとうございました。
10:07

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