1-4:対話の、拡散から収束へ
2025-08-19 26:10

1-4:対話の、拡散から収束へ

対話を通じて自らの価値観と思考をアップデートする試み。

ちょっと気になるテーマについて、いつもより少しだけ深く考えてみる。徒然なるままに。

それが誰かの意識を刺激し、新しい何かが生まれてくれれば幸い。


▼話したこと

・自然物との対話

・意味と解釈の問題

・アウトプットの質

・リアルが持つ情報量

・コロナが変えたもの

・まとめ


やっていきます!

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:01
1000人ってなんなんすか?なんなんすかっていうか、その、高崎さんがなろうとしていたというか、その1000人像はどんな感じなんすか?
1000人は、余裕があるんですよ。 精神的な。なんか、
自然物に近いっすね。 自然物に、いわゆる自然と対話するって言いますけど、別に自然はこちらのことを何もお盆ばからないし、
前回言ってたストレートなんていう概念であるわけじゃないですか。じゃないですよね。 ただそこにあるだけ。
ただ活動しているだけの存在に、なぜか我々は対話している気に勝手になってるじゃないですか。
まあそうですね、意味合いを与えているだけですよね。 そうそうそう、意味合いを与えているだけなんですよ。
解釈をしているって感じですよね。だからね、本当に。 その、解釈、勝手な解釈の連続じゃないですか。
言動詞のコミュニケーションって。 そうですね。 だって別にこっちが何か意図してなくても、勝手に何かそういう意図があったんでしょっていうふうに勘違いされて、荒ぬ方向に進むこととかよくありますからね。
大体そうじゃないですか。 何の悪意もなく言ったことが、なんかすげー傷つけることとかあるじゃないですか。
ありますあります。 すごい気をつけたいですけどそれは、そういうことあっては欲しくはないので。
そう、僕結構プレゼン好きなんですよ。で、結構準備して資料作って臨むんですけど。
で、そこは当然その帰ってくる質問とか、突っ込まれどころみたいなものもあらかじめ想定して望むわけですけど、その予想が100%当たることなんてほぼないですからね。
まあそうですよね。逆にそんなこと聞いてくるの?とか逆にそこ気になるの?みたいなことありますよね。 そう、めちゃくちゃその連続ですね。
なんで我々はヒエリ団体さんを相手にしていて、彼らの、なんていうんですかね、彼らが社会に提供している価値っていうのは何か大化をもらえるようなものではないじゃないですか。
奉仕活動、奉仕活動とはちょっと微妙に意味合いが違うかもしれないんですけど、それをやっている中の人が思っていることと、社会が彼らに対して思っていることってすごく乖離してることが多くて。
これこれこんな困っている存在がいて、こういうことをそれを解決するためにこういう活動しているんだって訴えるんですけど、それはおそらく理解されないだろうなっていうことが多いんですよ。
03:01
これは別にヒエリ団体に関わらず、いろんなところで起こっている問題だなと思ってて、個人間同士のコミュニケーションもそうですけど、こう思ってたんだけどそれは多分伝わってないぞっていうことは往々にしてあるわけで、そうしたときに結構我々がとっている手法としては本当に2時間から3時間ぐらい時間とってもらってインタビューするんですよ。
なるほど。 もう率直な疑問質問をバンバン投げかけて、それにもうほぼインタビューみたいな形式は取るんですけど、フリートークみたいな状態を作ってガシガシ喋ってもらう。
そうするとその対話の中で気づくんですよね。ニラママで当然がむしゃらに活動してきたけど、そこにまだ眠っていた価値とかメッセージとか獲物がどんどん出てきてくるんですよ。
それをじゃあ形にしましょうねっていうことを言うことがよくあります。 なるほど。それこそ対話もそうですけど、今の話聞いて思ったら現代人って限らなくてもいいのかな。
なんかインプットはすげー多いんですけど、上質なアウトプットって少なくねってすげー思ったりはします。アウトプットをしてないわけじゃないと思うんですよ。別にどうでもいいアウトプットだったらさっき言ったXとかに吐き捨てるようにしたりもできるし、別にそれこそLINEとかが普及したから、友達とのメッセージだって簡単にやりとりできるし、電話もこうやって携帯電話とか。
今使ってるZoomだったりとかみたいなものもあるから、いつでもどこにいても繋がろうと思えば繋がれていくらでもこうアウトプットをできるわけじゃないですか。相手を選ばず、選んだとしても選ばずだったとしてもっていうとこですけど、っていうのができるはずなのに、多分アウトプットの分量っていうのは一昔前というか昔に比べればずいぶん増えているはずであろうという前提に立つので、
本来であればアウトプットがより得意になるというか、アウトプットしてる層量が多いから、昔の人に比べてアウトプットの質は良くなっているであろう、上手になっているであろうというような仮説は立つものの、しかし実際どうなんだろうかっていうふうに思うことって多々あって、
だから意図してそういう上質なアウトプットを引き出すようなことをしてあげないと意外とその人たちが持っている根っこの部分が見えてこねえみたいなのって感じるなっていうふうに思うんですよね。
06:00
そうですね、アウトプットはしてるし、確かに上手になってるかどうかわかんないですけど、ただやっぱり一方通行なアウトプットの量の方が増えているのかもしれないですね。
なるほどね、そうかそうか、確かにね。
そこにはあなたの発言を聞いていて、その発言によって感情が動かされる人がいるんだっていう想像がなかなかできなくなってる。
なるほどな、確かに。
で、コロナも結構大きいなと思ってて。
その心は。
結局緊急事態宣言で確実にその人と人との接触が制限されたじゃないですか。
これは研究段階ですけど、やっぱりその時に生まれてきた子供とか、小中学生、大学生もそうだと思うんですけど授業がなくなっちゃった。
ああね、まるまる4年間ね、学校行かなかったみたいな人いましたからね。
で、その影響が出てくる、明らかになるのってもう十数年後とか、もっと先にしかわからないから。
だからそれも、今もね、基本直接人と会う機会も減ってきてると思うんですよ。
まあ確かにね。
やっぱりズームオンラインがあるから、しかも画面越しでしか会話できないし、もはやそれはテックが進化していくと本当に今自分が喋ってる相手は人間かどうかわからないみたいな未来も。
ありますね。ありますね、確かに。
そう。
多分ね、それで言ったら本当だからビジネスシーンにおいては出張ってめっちゃ減ったと思いますよ、きっと。
ああそうですね。
だってズームで話せちゃうじゃんってことに気づいちゃったもん、みんな。
そうなんですよ。効率はめちゃくちゃ上がってるんですけどね。
うん、そうそう。
それこそフルスの話ですけど、だからコロナの緊急事態宣言が明けた時に、東海道新幹線が会いに行こうってCMを作ってて僕はびっくりしますよ。
会うっていうことが価値になるんだっていうのをあのCMを見て僕は衝撃だったんですよ。
当たり前のことだったのにねっていう。
確かに。確かに確かに。
あれはね結構僕の中では衝撃的で、昔のあのなんちゃらエクスプレス的なものと並ぶぐらいの衝撃でしたね。
そうですよね。だから初めましてで相手の会社まで訪問してたのもなくなって、だからそうしてた時のこともあんまり思い出せないんですけど、
09:09
結構ね時間、スケジュール組むのにもここ移動時間だからとか、そういうのなくなりましたよね。
そうなんですよ。だからもう詰め込み詰め込みで、ミーティング全部オンラインで入ってるみたいなことありますからね今ね全然。
そうっすよね。訳わかんなくなりますよ、あれ。なりません?
本当に1時間おきとかに話してると、でも慣れたな、慣れましたね。
うん、慣れた。人間ってやっぱ慣れるんですよ。怖いっていうかあれですけど、不思議なもんで。
なんか拘束に処理しすぎてるんですよ。タスクをこなしすぎてると思って。
この人誰だっけなって思いながら喋ってたり、たまにするのよくないなと思って。名前とか忘れちゃいますね。
いや僕もそれはねある。本当に最近人の名前覚わらんくなった。
それはあれですか?年齢のせいですか?
でもねやっぱそのオンラインでしか会ってない人って名前覚わんないんですよ。
覚えられないですよね。名刺交換ないですもんね。
そうそう、名刺交換をするっていうこともそうなんですけど、やっぱりリアルであった方が、例えば名刺交換するときって基本立ってるじゃないですか、お互いに。
だから背丈がどんなものなのかとか、が体がどのくらいがっちりしてるとか、こういう服着てるとか、持ってるバッグがどんなだったとか、
やっぱ情報量が多いんですよ。オンラインのこういう画面越しに比べて。結局オンラインだと座ってるから、座ってるしカメラとの距離とかもあるから、
その人が実際自分と相対したときにどんな人かってわかんないじゃないですか。結局その情報量の多さだと思うんですよね。覚えれるか覚えられないかって。
結局二次元だし、この画面上だと。
三次元だったりすると、さっきの次の話じゃないですけど、熱い日に初めて会ったなとか、そういうところも含めて記憶の定着がやっぱりリアルであった方が絶対多いですよね。
多いですね。なんか匂いとかでありますよね。
あるある。このおっさん臭かったなとかね。
いやーその名刺交換が僕あんまり好きじゃないですけど、でもあれが持っていた意味って結構あったなって思いますね。
本当に本当にそうだと思いますよ。
確かにな。
これはあの子供がいるので、お母さんと一緒っていう番組があって一緒に見てたんですよ。
ちょうどでもコロナの時で彼ら、もう彼らっつってもお兄さんお姉さんたちが出演してる。
12:10
でもあの番組ってそのスタジオにゲストじゃないですけど、お子様たちが参加して一緒に踊ったり歌ったりする。
ありますね。収録の時に行けるやつですね。
でもその時にお兄さんお姉さんになっていたキャストの方々はこの機会がなかったんですよね。
あーなるほどね。
でその緩和されて初めてのそのオフラインのイベント、あれもフェスなんで。
お母さんと一緒のものすごい盛り上がるんですよ。
でなんかあの着ぐるみを着た生物が踊ってるじゃん。
あれで僕も感動しちゃって。
でお兄さんお姉さんもボロボロ泣いてるんですよ。
あれだってあれですよね、収録以外でもNHKホールとかでイベントみたいなのあったりしますよね。
あーそっちね、親子コンサート的なやつね。
親子コンサート、一大フェスなんで。日本の三大フェスの一つだと僕は思ってるんですけど。
大げさだな。
いやもう多分エネルギーですよね、生での人間のエネルギーを。
熱量がね確かに。
熱量があってめちゃくちゃお兄さんお姉さん号泣でやりながら歌って踊りながら。
そっちも来ちゃって。
パパ側も。
うわ良かったと思って。
なるほどね。
確かにそうだな。
あの頃フェスもできなかったっすもんね。
そうなかったですね、全然。
全部なくなりましたもんね。
コンサートっていうかそのライブ自体はやるんだけどセット組んで、
それをオンラインで見る権利だけ発売して、
家で見てるみたいな、何しとるんだろう俺みたいな。
DVDかみたいな。
謎なイベント結構ありましたよね。
ストリーミングだけで現地ではやってますみたいな。
いけないけどっていう。
オリンピックもそうだったじゃないですかそういえば。
スタッフの人だけでしたもんね、いたのね。無観客で全部やったから。
いやあれは対話だと思うんですよ。
自分がどうあるべきかというとに対する。
でも温かさとか豊かさがあって、それに勝るものはないなと思いますね。
握手とか。
まあ確かにな、握手大事だよな。
握手って本当でも対話だと思うな、そう言われると。
15:02
まあ日本、ハグの文化がないですからね。
そうですね。
なんかでもやっぱ分かりますよね、性格とかまで結構。
分かりますね。
なんか繊細に握り返してくるタイプの人なのか、ラッとくるタイプの人なのかで。
そう。
でまあその同じ人でも、なんか今日ちょっと力が弱かったなとか、勢いあんまなかったなとかのも感じ取れるし、結構そういうのは確かにあるかもしれないですね。
あのハグは、ハグすると20%だったかな、ストレスが下がるんですよ。
あ、そうなんだ。
で、確かに鼓動とかも合うんですよね、脈だったかな、心臓の。あれも動機し始めるっていう。
すごい。
動物的な、だからテキストだけでやり取りしていた相手と電話したりすると、いきなりDR感が戻ってきて、結構喰らうことがありますよね。
逆なんだ。逆もしっかりだったねってことか。
まあ確かにね。
なんかそのリアルさに圧倒されることってないですか。
いや僕はどっちかっていうとリアルが標準だからテキストとかでやり取りしてると物足らないタイプなんですよ。
あーそっちか。
うん。だから結構ね電話しちゃいたいタイプなんです。たぶんホリエモンに嫌われるタイプですね。
電話ね。
僕はね電話とか大好きです。できれば会いたいし。
あ、そうなんですね。
そっちのタイプですね。逆にこう、あれなんですよ、高崎さんはね、だから情報とかに対してのアンテナが敏感なタイプだと思うんですよ。
いろいろ拾えるんだと思うんですよ。ちょっとの周波数っていうかちょっとの波でも深く拾えるタイプだと思うんですけど、僕はそこのアンテナがね、
雑、雑っていうか性能が良くないんで、なるべく多めに情報量もらわないとダメなタイプなんですよ、きっと。
あーそれね、言われるんですよ。
おー。
それ言われるし、
そうそう、なんであのポップキャストやりませんかって言い回ってた時にも、そういう話になって、
で、ちょっとまあね、だんだん終わりの時間も近づいてきたんで収束させたいなと思いつつ、
はいはい。
あのちょっと話しますけど、
はいはい。
なんか、いやこれも本当に最近気づいたことで、
うん。
僕旅行とか、旅行自体は好きなんですけど、でも苦手なんですよね、っていうことに気づいたんですよ。
ほう、旅行が苦手とは。
はい、これあの、僕じゃなくて別の方が言ってたことなんですけど、その方は旅行するとすごく疲弊すると。
18:04
ほう。
で、なんでかっていうと、情報量が多すぎるんですよね。
あー、非日常な情報量っていうかその、刺激が多すぎるっていうこと。
刺激が多すぎ、入ってくる情報が多すぎて、
オーバーフロー起こすんですよ。
処理しきれんってことですね。
処理しきれんですよ。
なるほどなるほど。
すごい疲れるなと思って。
へー。
だからそのリアルに圧倒されるっていうのも、
うん。
電話の声とかでも、その人の存在感、
情報が詰まりすぎてて、びっくりしちゃうんですよね。
なるほどね。
で、一番苦手なのが、苦手なのかなのはっていうか、日常的によくあるシーンで、
喫茶店とかで打ち合わせしたりするじゃないですか。
はいはいはい、ありますね。
喫茶店が苦手っていうことに気づきました。
それは人が、人というか周りにこういろんなやり取りとかが溢れているからってこと?
そう。いろんな会話が聞こえるじゃないですか。
うんうんうん。
なんで目の前の人の会話に集中できないんですよ。
うーん。
周りの音が入りすぎちゃって。
なるほどね。
すごい疲れます。
すごいね逆にそこまで拾えるって。
うん。なんか注意3万なんですよ、たぶん。
あれでしょ、マイクで言うと僕みたいなタイプは多分嗜好性で、ここしか無理みたいな感じなんだけど、
高崎さんのやつだからでしょ、360度マイクみたいな感じなんでしょ。
広範囲に拾えるっていう。
で、聞こえるってことは考えちゃうんで。
集中できなくなっちゃうんですよね。
なるほどね。
それは非常に面白い。
てか逆にこれも思うんですけど、僕みたいなタイプは、
こういうこと言ったらあれですけど、コロナになって隔絶されて結構のびのびやれたんですよ。
逆に生きやすいみたいな。
生きやすい。
たぶんこういうタイプ結構いると思います。
でもいるかもね。
少ないですけど。
たぶんそれってそっちの方が本来あるべき姿って言うとちょっと大げさかもしれないですけど、
なんかね、別に僕は自分を肯定しようとしてるわけではなくて、
そうなんじゃないかなっていうふうにこれ思ってるっていうただの仮説なんですけど、
情報量っていうのがこう圧倒的に今もう爆発的に増えてるわけじゃないですか。
ってなると自分のアンテナが、昔はいいんですよ情報量が少なかったら敏感な方が良かった。
けど今の世の中的な場合、かえってその高崎さんみたいに拾いすぎてしまうと、
敏感なアンテナを持っていると疲労がゆえに疲れるっていうことが起こるから、
防衛本能としてアンテナを逆に鈍化させてるんじゃないかなって気がするんですよ。
21:04
あえて入ってこないようにしてる。
これは対価なのかどうなのかわかんないですけど、
状況に対応してあえてそういうふうに性能を落としてるみたいな、
リミッターかけてるみたいな。
それを別に意図的にやってるわけではないですよね。
僕は別に意図的にはやってないです。
ただそういうふうに大多数の人たちはなってるんじゃねえかなっていう気がしてます。
じゃないと死んじゃうから。
辛いことってよく忘れるって言うじゃないですか。
嬉しいことは覚えてるけど、でもそれも防衛本能だって言うじゃないですか。
辛いことずっとばっかり覚えてたら死んじゃうからっていう。
それと同じなんじゃねえかなって思うんですよね。
でも辛いことの方が覚えてますよ。
本当ですか?
たぶんね、逆なんじゃないかな。
逆なのかな?
たぶん苦しいこととか辛いことの方が覚えてると思います、人は。
それはでもあれか。だからそういうことがあると辛い思いをするっていうのを今しめとして覚えてるってことか。
そうですね。
同じようなケースを繰り返さないために。
そうですね。
そういう考え方もあるか。
あるかな。
そろそろあれなんで、締めに入りたいと思うんですけど。
何かありますか?感想など。
いやでも何だろう。
でも対話っていうところのテーマを、
今日高崎さんがうまく収束させようという風にしてくれてますけど、
そこに持ってこられた記事の冒頭の部分の、
自分がどうあるべきかっていう言葉には結構驚いたなっていう感じです。
何かべき論なんだっていう風にちょっと思ったんですよね。対話っていうの。
あるべきっていうことに対して、どうあるべきかっていうことに対してのリアクションが欲しいっていうのが対話なんだとすると、
僕が思い描いてたというか、僕のイメージしてる対話っていうものとはちょっと違ったなっていう感覚。
ただ、まあでもそれはどうなんだろうな。真実なのかもしれないなという風に思うところもあり。
ただ何かべきっていうところが若干言葉としては引っかかったかなって。どうありたいかとか。
今この時点において自分がどういうものなのかとか、どういう状態なのかとか。
できっていうところよりももうちょっと広い意味合いというか状態を指すものに対してのリアクションということであれば、
なんか風に落ちるなみたいな感覚はちょっと持ったっていう感じですかね。
でも多分そういう理解でいいんだと思いますよ。やっぱり人間って社会的な生き物じゃないですか。
孤独死とかが言われているような背景がある中で、やっぱり自分のアイデンティティを見つけていくのが、
24:02
いわば人生みたいなものだと思うので、自分は今どこにいてどういう存在で何をしたいのか。
本当は何に傷ついてて何が楽しくて誰と一緒にいたいのかっていうことを、
その問い、本質的な自分とは何かへの問いを考えるためにおそらく対話をするんじゃないかなと思います。
というまとめでいいですかね。
いいまとめじゃないですかね。結局だから対話って自分なんですねっていう。
そうですね。
自分との対話みたいな話と、対話っていう言葉と自分との対話っていう言葉はほぼ同義語であるというような意味合いなのかな。
確かに確かに。だからそうするとやっぱり良き対話の相手がいるとすごくいいですよね。
そうですね。自分に対しての自分の輪郭っていうものをちゃんと際立つとかっていうことになるってことですよね。
確かにそうだな。最初に戻るとそのストレートをバシッと予想可能な範囲の中でしか返ってこない存在も、もしかしたら時には必要かもしれないし、
もっと予想外のそれこそ自然のような相手と何か組み交わしたいみたいな、日常にはそういう不確定要素も欲しいし、
でもそれがあまりにも権力構造の中にありすぎて発言が制限されているようなやつはちょっと窮屈だし、良き対話の相手がいればいいんじゃなかろうかと。
そうですね。 そんな気がしました。
はい。
じゃあ一旦これで切りたいと思います。
はーい。 はーい。ありがとうございました。
ありがとうございました。
26:10

コメント

スクロール