合理性がクソなのは幸せになる力を奪うから。深夜のドライブ配信
2026-05-10 46:35

合理性がクソなのは幸せになる力を奪うから。深夜のドライブ配信

燃費の悪い車に乗ってる車好きの人は楽しそうに見える。燃費以外の価値基準を持ってるから。誰がどう見ても良いとされる基準には気をつけようね、というお話。

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#ライフコーチ #燃費 #ヴェルファイア #コーチング #おはなし屋なおと

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サマリー

この配信では、合理性という考え方が、私たちの幸せになる力を奪ってしまうというテーマについて語られています。燃費の悪い車に乗っている車好きの人が楽しそうに見えるのは、燃費以外の価値基準を持っているからだと指摘します。現代社会では、燃費が良い車や売上が高いといった、誰が見ても良いとされる合理的な基準に囚われがちですが、それは必ずしも幸せに繋がらないと著者は主張します。 車を例に、燃費計の普及によって燃費が良いことが絶対的な価値基準のように扱われるようになった現状に疑問を呈します。車好きにとって、車を買う行為そのものが楽しく、そのプロセスに価値を見出しているにも関わらず、合理性という単一の基準で判断してしまうと、その楽しみや幸せを見失ってしまうと語ります。これはコーチングの世界にも通じる話で、コーチングを受けること自体が目的となり、本来の目的である幸せになることを見失ってしまう危険性を指摘しています。 最終的に、人生において合理性だけを追求するのではなく、非合理的な選択や、一見無駄に見えることの中にこそ、人生を豊かにする楽しみや幸せが見出されると結論づけています。燃費の悪い車に乗ることで得られる非合理的な楽しみや、子育てにおける大変さの中に幸せを見出す経験などを例に挙げ、人生を多角的な視点で捉えることの重要性を説いています。

合理性への疑問と車の所有問題
最近、合理性ってクソだよなっていうことを考えていて、僕今ですね、夜のドライブしている最中なんですが、
最近ね、車を手放すか手放さないか問題みたいなところで、ラジオであったりノートであったりで、僕が苦悩していることは発信しているので、ひょっとしたら見てくれている方は知っているかもしれませんが、
なんかね、この車を手放すか手放さないか問題に真剣に向き合うことで、ちょっと自分の考えというか、あまりに子供が生まれてから合理性というものに取り憑かれてしまっているのではないかということを考えていまして、
ひょっとしたらね、この話を聞いてくれているリスナーさんの中にも、基本的に自分は合理的に物を考える方だというふうに思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、僕もそうなんですよ。
なるべく合理的にこういう仕事をしているので、支出は少なく、同じ満足感を得られるのであれば、よりお金のかからない方へということを考えていてですね。
そういうことを考えている人間なので、僕は車を2台所持しているんですが、日頃使わない方の今乗っているこのベルファイヤという車がですね、まあ合理的ではない非合理的なお金の出て行き方をするんですね。
まあというのも、このことの発端はですね、今月5月なので、重量税のですね、納付証が家に届くんですけれども、その金額が58,000円と。
この58,000円というのは車を支持しているだけで毎年かかってくる金額なんですね。それで、この車は廃棄量が3,500ccと、日頃車を乗らない人はピンとこないかもしれないんですが、
軽自動車が660ccなので、軽自動車の約6倍のエンジンを、6倍弱のエンジンを積んでいるということでですね、重量税も高い、自動車税も高いと。
で、車検の時の重量税ももちろん高ければ、エンジンがですね、でかいと、その分燃費も悪くなりますので、体重60キロの男性より体重100キロの男性の方が、10分散歩した時の消費カロリーっていうのは大きい、決まってますよね。
でかい体を動かすんだから、その分エネルギーが必要と。それ以上に食うから、その男性は100キロで荒れ続けるんですが。
まあ、ということを考えるとですね、このベルファイアという車を所持していることって、とても合理的ではないんですよ。
だから、いざね、合理的じゃないことはわかってるけど、欲しいから買ったんだっていうことで、車を買いましたが、
まあ、その請求書が届くたびにですね、ちょっと、うーんって、あーんってなるんですよ。で、今月頭に、あーんってなりまして、そのあーんをですね、なんとか払拭しようということで、いろんなね、車の乗り換え先なんかを検討していく最中に、今日のテーマですよ。
合理性ってクソだなっていうことを考えるようになって、今日一番言いたいのはですね、車乗ってると、皆さん燃費って気にされると思うんですよ。燃費ってクソだなと思って。燃費クソなんだよな。
まあ、というのも、この車ですね、燃費が、まあ、今ちょっとロングドライブしてるので、まあガソリンメーターでリッター7.5キロ。えー、これ排浴ですね。なのでまあ、レギュラーガソリン換算で言うと、まあリッター6ぐらいかな、うん、ぐらいの数値です。で、これを一人で、今何の目的もなく車を走らせてるわけですね。気体吸収しないよう。バカやん。
なんか合理性っていう意味で考えたら、いやそもそもこんなでけえ車なんかいらないのに、このでけえいらねえ車で排浴を垂れ下がりしながら、子供が寝た後のこの夜の一般道をですね、何の目的もなくただブラブラ走ってるっていう、まあこれはもうアホの極みなんですよね。合理性というものが正しいのであればな。
燃費という価値基準の誕生とその影響
いやクソだな。クソだなと思ってて、ちょっと言葉聞かなくて申し訳ないんですが。いやというのもですね、この燃費が高いというのは非常に合理的なことではありまして、それは1キロ走るのにね、使うガソリンの量は少ないにしたことないんだけど、ただ燃費を気にするという考え方が、なんかそもそもどうなのかなって思うわけですよ。
何をいきなり言い出すんだと思う人もいるかもしれないですけど、燃費って皆さんいつから気にしてました?ほとんどの人が、車乗る人は燃費気にすると思うんですよね。ただ、なんかゆくゆく考えてみるとですね、僕は社会人になって1年目の時に初めて買った車が、ニッサンのティーダっていうコンパクトカーだったんですけど、自分のティーダの燃費なんて気にしたことなんか1回もなかったわけですよ。
そこから東京出るからって車手放して、東京でイントルーダーっていう400ccのアメリカンバイクを買ったんですね。その時も燃費なんて全く気にしてなかったんですよ。ガソリンはなくなったら入れに行くもの。
ガソリン代はそれなりにかかるけど、それなりにかかるからなんですか?っていう感じだったんですけど、急にですね、CX-5を買ったぐらいからかな。燃費が気になり始めて。最初は燃費というものが気になり始めたのはなぜかというと、新しい車にはですね、今はもうどの車も当たり前についているものだけど、燃費系というものがあります。
ボタン操作一つで、今僕の目の前のウェルファイルのですね、メーターがあるわけです。スピードメーターがあるわけですけど、そのスピードメーターと回転数の表示の間にディスプレイがあって、そこにリセット間平均燃費っていうものが書かれてるんですね。
これが7.6キロマイリットルというものが書かれていて、その下にトリップA244.1っていう数字が今出てるんですが、これつまり燃費というものをお知らせしてくれる機能があるから、僕たちは燃費が気になってるんですね。
それはもちろん燃費はいいに越したことはないです。この数字が高ければ高いほど、1リッターあたりの走行距離が伸びるわけですから。ただ、燃費を突き詰めていくんだったら、ドライブってできなくないですか?
だって1リットルあたりより長い距離を乗れた方が同じ距離を走るんだったらお得だよねっていうのが燃費の概念じゃないですか。低燃費って言われる車は1リットルあたりたくさんの距離を走るんですよね。
でもそれって走る距離が同じだったら、少ないガソリンで走った方がいいよね。まあまあまあ、そりゃあそうやな。ただ、じゃあドライブの場合どうなるんですか?いや無駄ですよ。
今僕は北九州市内に無駄に廃屋を撒き散らしながら走ってますよ。楽しいですよ、めちゃくちゃ。で、燃費って何?っていう話なんですよ。
今僕が日ごろ街乗りする状態よりも、最近世代のドライブに出てるんで、このリセット管平均燃費っていうのは高く出てます。素晴らしいことですね。で、この数字を見ると、なぜか気持ちよくなってしまうんです。
いや、リッド7.5走るんだったら別にこんぐらいの車のデカさだったら悪くないよなぁとか思い始めるんですね。冷静に考えてください。そんなこと、燃費計というものが誕生するまでは誰も思ってなかったんじゃないの。
俺はティーダ乗ってる時、「あ、やった!燃費上がった!」って思ったことなかった。全くなかった。し、初めての車だったから、自分のガソリンを入れに行く頻度が高いとか安いとか、そんなこと頻度は多い少ないかとか、自分の車がガソリンを多く食ってるか食ってないかなんて全く気にならなかったんです。
なぜなら、ティーダに乗ることが楽しかったし、ティーダに乗れることが嬉しかったから。
車ってのはやっぱり高い買い物ですよね。この車も現金活で買いましたけど、結構な値段がしました。間違いなく僕の人生の中では一番高い乗り物ですね。
2番目に高い乗り物を2台買ってもこの乗り物には届きません。
なんでそんなものを買ったんですか?欲しかったからです。欲しかった。本当に欲しかった。喉から手が出るぐらい欲しかった。
そしてそれを買えたという喜びがものすごくありました。
そして僕は今、燃費計を見て、届く自動車税の納付書を見て、いやー、この車を持ってるのは合理的じゃないなーって思ってるわけなんですけど、合理的って何ですか?っていう話なんですよ。
でね、俺ちょっと話飛ぶかもしれないですけど、運転しながら考えてて、燃費が良い車は良い車だ。それって誰が聞いてもそうじゃないですか。
それはそうだよね。燃費は良いに越したことだよね。ただ燃費が悪い車に乗ってる奴の方が幸せそうじゃないですか。楽しそうじゃないですか。
誰がどう見ても、車興味ない人が聞いたら、なんでそんな燃費悪い車乗ってるの?っていう話になるわけじゃないですか。
それこそね、この話聞いてる人が女性で、旦那さんとかが車好きで、めちゃくちゃガソリン食う車乗ってるみたいな話になってる人も何人かいると思うんですよ。
こんだけリスナーがいれば、全く理解できない。だけど、冷静に考えたら、燃費良い車に乗ってる人間って、燃費が良いこと以外の車に対する評価基準を持ってないだけなんじゃないの?っていう風に言えるんじゃねえかなと思ったんですよね。
僕は今、燃費が悪い車に乗ってることを必死に正当化しようとしてるんですよ。分かってるよ、そんなことは。大前提です、それはね。
ってなった時に、燃費という一つの基準を与えられた。しかもこれは、もうここ10年の話ですから。この10年、燃費系というものが車に搭載されて、もっと言うと、車にディスプレイが表示されるようになったんですよ、ナビ以外の。
メーターの周りにディスプレイがないと、基本的に燃費って出ないですから。ディスプレイが表示されるようになって、ディスプレイに1リッター当たり何キロ走ったかというのが出るようになったことで、燃費が良いという指針を誰かに与えられてるわけですよ。車メーカーとかかな。
そうなった時に、燃費が良い車は良くて、燃費が悪い車は悪いっていう価値基準がそこに生まれるわけじゃないですか。だから一種の合理性という名の、なんて言ったらいいのかな?暴力?暴力なのかな?っていうものがそこに持ち込まれるわけなんですね。これ大事なポイントが誰かに持ち込まれた価値観ってことなんですよ。
企業における売上主義と手段の目的化
これね、俺企業のコーチなんでちょっと企業の話します。ここから。企業の世界の売上市場主義も多分そこなんじゃねえかなと思っていて、売上ってあればあるに越したことないじゃないですか。売上って困ることって基本的になくない?だし、売上は全てを癒すということが企業の世界にはありますけれども、売上はあった方がいいじゃん。
ただですよ、売上がないと幸せを感じられないのであれば、寄与する必要ってあるんでしょうか?僕は思うんですね。
売上というのは一つ合理的な指針ではあるんですが、売上というものに自分の評価基準を全て持ち込んでしまうと、それはそれで不幸なことなんじゃないんですか?って僕は思います。
せっかく今、家の近くまで来たのに、僕はこのラジオをもうちょっと撮りたくて、またさらに家から離れていく道を走ってますからね。この非合理の塊ですよ。
でも、この非合理の塊がないとこの熱量のラジオ放送で撮れてないんですね。ちょっと話しとれましたね。戻そうか。
確かに、起業して売上が安定的に上がっていればいいよね。それは仕事っていう大きい概念を捉えてもそうだよね。仕事で給料が高ければ、報酬が高ければ、それに越したことないじゃん。
それは確かに魅力の一つじゃん。燃費と同じ。燃費って確かに魅力の一つですよ。車の。ただ、燃費が良ければ良い。燃費が悪ければ悪いっていう価値観って、僕はそれを幸せになれると思わないんだよな。
だから、こういうことも考えたんですよ。起業というか、ビジネス界隈というか、よく僕らの世界では手段の目的かっていう言葉を使ったりするんですよね。
それは起業で言うと、起業をすることで幸せになりたいから起業するのであって、起業は手段であると。目的は幸せになることであるから、その起業して売上を出すとか、他の起業家との競争に勝つとか、そういうことを考えて本来の目的である幸せになることというのを忘れてしまっては本末転倒なのかな。
起業は手段でしょ?目的じゃないでしょ?みたいな文脈で話をすることが多いんですが、この僕、ベルファイア手放すか問題について向き合うにあたって、これもなんか違うんじゃねえか?って思ったんですよ。
車が好きな奴の車を買う理由って何だと思いますか?車を買う目的って何だと思いますか?この流れだったら幸せになることだと思いますか?
僕の感覚的に違うんですよ。車を買う奴の目的はですね、車を買うことなんですよ。なぜなら車を買うことそのものが楽しくて仕方がないんですね。
グーネット、カーセンサー、ひたすら中古車を調べてですね、新しい新車情報が出るものだったら、もう四六時中仕事中だろうが何だろうがGoogleクロームに張り付いてですね、ひたすら情報を見に行ってですね、もう街を走ればあの車はあれの何台目だとか、あれは30ベルファイアだ、あれは40のアルファードだとか言いながらひたすらですね、車に関する知識を集めていくわけですよ。
何のために何のそんな知識っていうことを何千何万と集めればですね、人と自分の選択肢として今俺はこのタイミングでこの車を買うべきだというのが出てくるんですね。これがね、楽しくて仕方ないのよ。
考えたんですよね。昨日おとといからノート書いて、いやもう合理性はクソみたいな生きに立った記事を書いたんですけれども、そこで俺は言ったわけですよ。そのカーセンサーを見てね、一日無駄にしてしまったと。
いや、そしてその自分が今欲しいと思える車って結局今の俺が乗ってる車と同じぐらいのグレードの車だから、いくら加速王気味のね、10万キロとか走ってる車を安く買ったところで結局燃費とか変わらんのやから、自動車税とかそんな変わらんのやから、時間無駄にしたわみたいなことを書いたんですけど、それも違えなと思って。
違うんですよ。僕は多分車を買いたいんですよ。なぜなら車を買うことは楽しいからですね。でも楽しむために車を買うのって言われたら違うんですよ。この車を買うという行為と楽しいという行為はもう切っても切れないものなんですね。
車を買うという行為は新しい乗り物に出会う行為なので、もう自分の生活がガラッと変わるわけですよ。それを想像しながら車の情報を調べることって死ぬほど楽しいんですね。好きなやつにとっては。でも楽しむために車を買うんでしょ。そしたら今の車でもいいんじゃない?って。違うんだよ。バカかよ。バカかよ。違うんだよ。
コーチングの本質と幸せの捉え方
何のために車を買うの?車を買うために決まってるんだろうがっていう話なんじゃないかな。これコーチングも同じなんじゃない?って思うんですね。コーチングを受ければどうなれるんですか?コーチングを受ける目的って何ですか?コーチングを受けたらどうなれるか教えてあげましょう。コーチング10年やってますからね。
コーチングを受けた自分になれます。それ以上でもいいかでもない。コーチングを受けた自分に価値があると思っているやつはコーチングに金を払うんですよ。俺もそうです。俺はコーチングで金を稼ぎ続けているが、コーチングで金を払い続けている人間ではあります。そこに価値があると思っているからですね。コーチングとは何かという定義は一旦置いといて。
コーチングを受けた自分になりたいです。コーチングを受け続けている自分になりたいんです。なぜなら自分が提供している人間だから、自分はコーチングを受けた方がいいですよ。対話をずっと続けた方がいいですよ。習慣的にやった方がいいですよって言いながら、自分はやってないじゃんって筋通んないから。だから筋通すために毎月金払ってるんですね。
そういう人間の真相真理みたいなものをちゃんと考えないと、コーチングで仕事を作り続けるって無理だなって思うわけなんですよ。結局、コーチングを受けたらどうなりますかって言ってる間は、手段の目的がダメみたいな。受け売りに流されてるだけなんじゃないかって思ったりもしましたね。
コーチングを受けた自分になりたい奴がコーチングを受ければいいだけの話で、じゃあコーチングを受けた自分ってどんなもんなんですかって、それ自分で調べて探していくしかない。自分で体験して見つけていくしかないんですよ。
それまで答えを売り手、コーチに求める人間って、それ燃費でしか車の良さを測れない奴と一緒なんですよ。燃費でしか車の良さを測れない奴は本当の意味で車を楽しむことなんかできないんです。だって燃費以外の価値観がないんだから。燃費が悪い車には乗れないんですよ。
でも燃費が悪い車に乗ってる人間っていうのは燃費以外の価値基準で自分の車を見てるわけです。繋がってきた。そういうことなんですよ。だから自分の価値を自分で決められる?
もう一個あったな。コーチングを受けたら幸せになれるかどうかみたいなことも考えたんですけど、コーチングを受けたら幸せになれると思いますか?僕は思わないんですよ。なぜならコーチは基本的にクライアントに介入しないので、コーチがクライアントを幸せにすることってできないんですね。
コーチングを受けたからといって俺は急に売上が伸びたりとか、自分のビジネスが結果加速することはあるんですけど、直接的な要因としてコーチングを受けたことでビジネスが一気に加速してその加速がずっと続きましたみたいな。知らんのよな。そういうやつあったことないんだよな。10年やってて。みんな言うんだけどね。コーチングを受けてこうやって加速しました。
それ瞬間最大風速切り取ってるだけじゃねえかっていうね。坂道下ってる間でトリップメーターをリセットしてそこだけで燃費を計測すればですね、うちのNBOXリッター30キロぐらい出るんですけど、普通にずっと走らせてたらやっぱりリッター16キロぐらいなんですね。それは瞬間最大風速切り取ったらそうやろっていう話なんですよ。
それと一緒でコーチングを受けても、コーチングを受けた自分になるだけであって、だからコーチングを受けることでクライアントが直接幸せになることはないんですよ。ただコーチングっていうのは基本的に燃費の悪い車に乗る楽しさを一緒に見つけることと同義なんです。これ自信あるわこのロジック。
例えばその人が今自分は不幸だって思ってるとしたら、それってでもそういう風に捉えたら不幸かもしれないですけど、こういう風に捉えたら悪くないんじゃないですかね。確かに悪くないかもしれない。
ってことはこれもめちゃめちゃ嫌だと思ってたけど、実際これってああいうメリットもあるんじゃないか。確かにみたいな話をずっとしていくんですね。だから幸せをこじつける能力がめちゃくちゃ伸びるんですよ。
それって僕が今ベルファイアに対してやってることと一緒なんです。燃費高い、税金高い、維持費バカ高い、使いこなせてる気しない。ただその車に本能では乗りたいと思ってしまっているので、いかにこの車が楽しいか、いかにこの車が自分に幸せを与えてくれるかということを今僕は一生懸命探してるんですよ。
同じなのね、コーチングとね。だからコーチング受けても今の自分は幸せじゃないんだ、今の自分はダメなんだって思いたい力が強い人ってなかなか変わんないです。だってそこをいじる仕事だから。こういう風になれたら幸せだと思うんです。じゃあそれ叶えてくださいじゃないんですよ、コーチングのアプローチって。
そういう風になったら幸せだと思うんですね。本当に?本当にそうなのかな?あなたが言ってる不幸って本当に不幸なのかな?っていうのがコーチングなんです。厳密に言うと知らんけど、俺はコーチングのちゃんとした学びとかやってないから。厳密に言うと知らんけど、ただ僕はそういうものだと思ってるんですね。
売り上げが出ませんって悩んでるクライアントに、売り上げれないってことは自由な時間がいっぱいあるってことなんじゃないかなっていうのがコーチングの仕事です。
そう考えた時にですね、そもそも幸せっていうのは、よくコーチングの世界で幸せはDoではなくBeだ、することではなくあることだ。
俺それ半分しっくりこないんだよな。幸せって、今この瞬間幸せと思えていなくたって、それこそ今あなたがパンと自分の過去を振り返った時に、その時はしんどかったけど、あれはあれで幸せだったよなって思えたら、それは幸せだったんじゃないですか。
幸せって書き換えることができるんですね。その書き換える作業っていうのは、結構頭柔らかくないとできないわけです。
例えば今僕、子育てしてて楽しくねえなと思うことがめっちゃ多いんですよ。
子供の相手って疲れるじゃん、シンプルに。うち子供さんにいるんで、常に誰か泣いてるんですね。基本赤子が泣いてるんだけど。
今、次女も長女もですね、3人になると物理的に親の数が足りないので、子供の数が3人になるとね。
親の注目争奪戦みたいになってるんで、常に誰かが敗者なんですよ。3人いるんで、親2人しかいないんで。
でなったら、もう必死なんですね。だから誰か負けて泣いてるんですよ。いっつも。
次女が、抱っこ、抱っこ、抱っこ、抱っこって言うから、はいはいって抱っこしたら、赤子、赤子、赤子って長女が来て。
で、その長女を抱っこしてる間に次女が、ああ、今、うわあ、みたいな。
で、それと知らぬ存在の向こうで赤子が、ああ、腹減ったーって泣いてるみたいな。
常にそんな状況で。僕、基本自由が好きなんて。自由になりたくて起業した口だから。
子供可愛がるの好きなんですけど、子供のタイミングで可愛がらせられるのめっちゃ嫌なんですね。めちゃくちゃ嫌。
だから、基本常にストレス溜まってる状況なんですよ。
だけど、これってめちゃくちゃ幸せなことじゃないですか。
やっぱ子供と遊んでる時に、ああ、常に誰かが泣いてる、うぜえーとか思ってるんですよ、正直。
正直思ってる人がうるせえ、マジで。黙れ、黙れお前らちょっとって思います。
ただ、落ち着いて子供が寝た後、子供の寝顔とか見てる時に、今しかねえしな、とか。
ま、これ60歳とかなったら、もうこの思い出こずりながら死んでいくんだろうな、とかね。
今が大変だけど、今が一番幸せなんだろうなって。
これってこじつけてるの分かりますよ。だってその時幸せって感じてないもん。
あの、いっぱいいっぱい過ぎて。だし、子育てってやっぱ進むごとにどんどん金もかかるし、非合理の塊なんですよ。
だけど、人という生き物は子育ての思い出を墓場に持っていく習性が多分あるんですね。
みんな言うじゃん、そうやって結局子供との思い出が一番大事って。
でもやっぱ子供との思い出より、仕事を優先しちゃうっていう人もたくさんいて、それで後悔してる人もたくさんいるんだけど、
後悔する人の数ってたぶん減らないんですね。
楽しくないもん、やってる最中は。
ただ、振り返った時に、あれが幸せだったんだなって思うんだと思う。
だって、マラソンとかでもそうじゃないですか。ランナー遣いって言ったりもするけど、走ってる最中ってしんどいと思うんですよ。苦しいと思うんですよ。
そのしんどい苦しいを、なんとか騙し騙ししながら42.195キロ走るのがフルマラソンっていうスポーツだと思うんですけど。
いや、基本的にやってる最中は楽しくないでしょ。
ただ、やっぱり走り終わった後の爽快感が全てを肯定してくれたりだとか、その爽快感を一度味わっちゃうと、走ってる最中にここで足止めちゃったら楽だけど、
ここ走り切ったら本当にいい気分で、今日はビール飲めるなみたいなことを考えたりするから、トータル楽しいなんですよ。
このトータル楽しいが幸せだと思っていて。
だからちょっとコーチングの話に戻るけど、今自分が幸せじゃないって言ってる人って、過去の自分が苦しい思いをしてきたからじゃなくて、今幸せだって言い張るだけの言い張り力がないだけ。
その言い張り力をつけるっていうのが僕はコーチングだと思うんですね。
だからコーチングを受けたら幸せになれますかって、だから半分イエスなんですよ。
だからあなたが今までの過去を、あれはあれで楽しかったって言える力がつくので、そういう意味では幸せにはなるんですけど、
でもコーチがそれを幸せにしてくれるとか、コーチがあなたの人生に対して何かプラスの影響を与えてくれるとか、そういうわけではないんですよ。
回り回ってトータルプラスの影響はありますよ。
高校9時が甲子園に行きたいからって言って、凄腕の外部コーチを学校のおかれで何とか呼んだんだけど、結局甲子園には行きませんでした。
ただ甲子園に向けて一生懸命努力して頑張って、行けるんじゃないかと思いながら、でも行けないかもしれないという不安と戦いながら、
自分の青春の貴重な2年間とか3年間をそこに全力投球できたということが楽しかったですって。
甲子園にはいけなかったけれど幸せでしたっていう感じ。
それに近いのかもしれないって考えた時にね、コーチングっていうのはそういうものなんですよ。
それが楽しかったんだ、それが幸せだったんだって気づけるもの。
だから売上がどうとか、ビジネスの収益がどうとか関係ないのよ。
子育てやマラソンに見る非合理的な楽しみ
売上がないならないで、ない時にしか学べないことがあって、あるならあるで、それは楽しいよ。
売上があったら誰がどう見ても楽しいよ。
ただ売上がなくても他人が見たら楽しくなさそうかもしれないけど、自分にとっては意味ある時間だったなっていうのがあるわけですよね。
だから何が言いたいかというと、一つの指針で自分の人生決めんなってことなんですよ。
だから僕は年費、維持コスト、その誰がどう見ても分かるような指針で自分の車を見てるわけなんですね。
見てたわけなんですね。
どう考えても今売ったほうがいいよね、そんなんだったらね。
だけど本気でここと向き合う中で、なんでこの車を買ったのかなと考えたら、欲しかったんだめちゃくちゃ。
これに乗りたかったし、これに乗れる自分でありたかった。
そうなった時に、自分がその一つのね、ランニングコストっていう年費、
誰がどう見ても分かるような指標で自分の人生を判断しようとしている傾向があるから、そういう風に思うんだろうなって。
だから合理性ってクソだよなって。合理性って誰がどう見てもそうした方がいいよねっていうものなんですが、
誰がどう見てもそうした方がいいよねっていうものにしか従ってない人は果たして幸せと言えるのだろうかと。
年費悪い車に乗れてるやつの方が俺は幸せだと思う。
なぜなら年費以外にそいつは幸せな基準を持っているってことだから。
それこそね、僕はライフコーチやってますけど、再現性のある売り上げ、再現性のあるビジネスノウハウを使って
クライアントの95%に結果を出させるコーチがいたとして、そいつのコーチングセッション買うのって簡単じゃん。
だって費用対効果で一目見たら分かるよね。リターン出るよねって。
じゃあ投資だねっていう、この投資の考え方、先行投資の考え方でお金使うのってそんなに難しくないんですよ。
だけどこいつに金払ってもどうなるか分からん。
けど自分の本能が言っとる。こいつと喋りたい。こいつと喋っても絶対人生良くなる。
ただ良くなったものが数字で判断できるかどうかは分からん。それは正直。
できるかもしれんしできんかもしれん。もちろんできるということに賭けて金は払う。
ただそれが返ってくる保証は全くない。
それでも自分はそいつのコーチングを受けたい。
俺がコーチだったら絶対こっちで選ばれた方がいいと思うけどなぁ。
だからあなたはこうなれますよっていうことに自分はすごく抵抗があるんだなっていうことは思いました。
だってそういう選ばれ方したいもん。その目的とさ、手段と目的の話だけど。
起業する目的って何ですかって言われたら
俺起業することだもんな。
起業の目的と理想の追求
起業をすることで俺が起業して得たいものってほぼほぼ全て手に入ったんですよ。
会社に所属しなくていい。自由でいい。
毎月金が欲しいからという理由で毎月勤めるという行為をやりたくない。
別に収入年一回でもいい。生きていける金が十分そこにあるのであれば。
いや労働したくないなって思ったからなので。
実際それはもうかなり高いレベルでこの十年間叶え続けることができてるわけですよね。
だから僕の起業の目的って起業することなんですよ。
業を起こすことなのね。売り上げ出すためじゃないの。
お金が欲しい。いやもちろん欲しい。もちろん欲しい。
けど、じゃあお金稼げなかったらやる意味ないか。いやそんなことないし。
じゃあお金稼げればいいのかってなったら俺は多分ライフコーチはやってないですよね。
なんかね、まずお金稼いでからだろっていう価値観って幸せになるまで何行程か踏むんですよイメージ。
例えばビジネスして、大変なこといっぱいあるけどお金稼いで、その稼いだお金で有意地的に暮らす。
確かにそれは素晴らしいことだと思うし、多くの人がそれを狙ってやってるんだろうけど。
いやただシンプルに自分がこうやって稼ぎたいなとか、こういう自分でありたいな、こういうふうに仕事がしたいなっていうことをやれば、
まず稼ぐという行為で既に幸せになれるわけなんですね。
だから理想の売れ方を追求すれば、理想の売れ方ができた時点で自分の理想が叶ってるんでもう幸せなんですよ。
理想とは違う方法で金を稼ぐと、稼いだ金で理想を追求するわけじゃないですか。
いやいやそもそも理想を追求して金を稼げば良くないっていう話で、理想を追求するでしょ。
その理想をいいねって、そういう人が欲しかったです。
それ自分価値あると思いますってお金払ってくれる人がいるでしょってなったら、
僕これ何十回何百回と経験してるのかわからないですけど、死ぬほど嬉しいんですよ。
死ぬほど嬉しいのにお金入ってくるんで、あれ余ったってなるんですよ。
余るんだよ。だってそのお金使って自己実現しなくていいんだもん。
絶対そっちの方が良くない。絶対いいのよ。
だから裏を返せば、この売れ方したくないなっていう売れ方して金を稼ぐと肯定が増えるのよ。
だってそのお金で幸せにならなきゃいけないんだから、
そのお金なくなったらどう?自分の理想の売れ方じゃないのに、
それで一生懸命やって、そもそも売れなかったら2度損じゃん。
2度美味しいなら2度まずいじゃん、それ。
だから理想とか関係なく、売れて金が稼げればいいんだよって人ももちろんいると思うし、
大半の人がそうだと思うんだけど、俺はそうは思わないかな。
自分がこういう売れ方したいんだ、こういう人と仕事したいんだよなっていうことを最優先にすれば、
仕事することが目的になるわけですよね。
人はそれを手段の目的かと言うんですけど、俺は手段の目的か上等じゃねえかと思うわけですよ。
なぜか、幸せになるためにビジネスをした人は、ビジネスをした後に幸せにならないといけないわけですよね。
だってビジネスしてて幸せになれる、なれない、いろいろあるんだから。
ただビジネスがしたくてビジネスをした人って、ビジネスした時点で幸せになってるじゃないですか。
いいじゃん、それで。別に稼げる稼げない関係ないんだから。幸せじゃん、よかったね。
で、稼げたら稼げたら余るじゃん。じゃあもっと幸せになれるねっていう。
そういう感じな気がするんだよな。だからね、手段の目的かと言うといいんじゃない。
ドラクエと車購入に見る「手段の目的化」
車買うのに幸せになるためじゃん。生活を便利にするためじゃん。
いや違うんだよ。車買うのは車買うためなんだよ。
ドラクエ、ドラクエ、そうそう、このドラクエの話も考えたら。
ドラクエするのは何のためですか?楽しむためじゃないですか?
いや違う。ドラクエするのは何のためか教えてやるよ、ヘビーユーザーの俺が。
ドラクエするためだよ。楽しくねえドラクエあるもん。
俺ドラクエ4あんま好きじゃないんですよ。あれすごい賛否分かれるんですけど。
ドラクエ6大好きなんですよ。ドラクエ6あんま評判良くないのよ。
だけど俺はドラクエ4も6もやってますからね、ちゃんとね。
でもドラクエする時ってレベル上がるのが楽しいとか色々あるけど。
いや違う。ドラクエをやってるということに対して自分が楽しいと感じているわけよ。
でもクソなドラクエあるからね。最高のドラクエでもクソなシーンってあるからね。
ここいらんやろみたいなシーンって結構あって。
じゃあそれってその瞬間楽しくないんだからやる意味ないんですかって言われたら、いや違うじゃないですか。
そういうサブストーリーとか正直これ打足だなみたいな部分もさ。
ドラクエをやりたいんだからそれはそれでいいと思うんですよね。
だからドラクエをやる目的は何ですか?幸せになるためでしょう?
いや何言ってんだ。ドラクエやる目的はドラクエやるためだろっていう。
シンプルにそこの手段の目的化みたいなものがあまりに的を得たシンプルな表現だったから
手段の目的化という言葉が生まれたことで手段が目的化するのは良くないという価値観に染まっているわけですよ。
いや俺はそうは思わない。手段が目的化することで幸せになることも往々にしてあるんじゃないかと思いましたね。
言葉遊びであるそんなのって思ったりはします。
車買って保存してるやついっぱいあるんですよ。車って買う時に販売店の利益もありますし
売る時は売る時です。売客に関しても車を買う人たちは、買う業者とかはコストがあるわけですよ。
失敗で捕まされたりするかもしれないので。だからなるべく安く買おうとしますよね。
安く買って高く売るっていうのが車屋さんの商売なわけで
そんなことを車検が来るために繰り返していたら、どれだけ上手に売り返したとて
売り返しない方が良かったよねっていう結論になるんですよ。合理的に考えると。
合理性を求めて結局何回も売り返するということで車屋さんに利益は確実に積み重なっていきますから
絶対非合理的なんですよね。なんでそんなことするんですか?
車買いたいからだよ。車買うのが面白いからだよ。
あるいは車を買って、あの車は良くなかったとか、あの車買うんじゃなかったなとか
あれ手放すんじゃなかったなとかいうこともいろんなことを込み、織り混ぜて
車を買うのが好きなんですよ。そういう人たちはね。
そう考えた時に自分はどうなのかなって。
非合理的な選択が人生を豊かにする
だから楽しいのよ。車買おうかな、手放そうかなって思いながら色々調べるの楽しいのよ。
結果今僕はこの車は売らないという結論になってます。
でも今でも毎日結構な時間かけて調べてるから
ひょっとしたら2ヶ月後には違う車乗ってる可能性はありますね。全然ある。
全然あるんだけど、その工程が俺はすげー楽しいと思うから
だからそれも含めて燃費悪い車を所有して
もうだってこれ手放すことに合理性があるからね、完全に
だから手放すことに合理性があるような車を持ってないと
やっぱこういう楽しみ方ってできないわけですよ。めっちゃ楽しいよ今。
毎日俺オデッセイに乗ったらいいんじゃないかとか
いやプリウスオルファーが合理的なんじゃないかとか考えながらですね
全然仕事手につかない。
すごい楽しい時間を過ごすことができているので
そういう意味で非合理的な車に乗ってるメリットですね。
定期的に手放したくなるっていう。
俺去年の今頃も同じこと考えて
車屋さん査定出しに回ってましたからね。
結局手放せないっていう感じではあるんですけど
そういうことを考えた時にですね
こういうのを含めて燃費悪い車を乗るの最高だなみたいな
だって燃費めちゃくちゃ良くて
中古車でめちゃくちゃお買い得な値段で買えるような車を
いっぺん買っちゃったらですね
合理性という抜群の価値基準がそこに生まれてしまうわけじゃないですか
そこに生まれてしまったらもう非合理的な車なんて買えないですよ。
買えない買えない買えない。絶対買えない。
だからもうどんだけ車を調べて
非合理的な車を見ていると合理的な車が魅力的に見えてくるので
車の合理性って別に直接見なくてもいくらでもわかるんですよ。
関西産グーネットを調べていればですね
どんな車かどういう状態か値段はいくらか
そういう車の燃費がどうか調べたら出てくるので
いくらでも簡単にわかっちゃうんですよ。楽しいんですよ。
どこをどう見ても自分が乗っている車より合理的な車しかないので
魅力的な車がいっぱいあるんですね。
ただ知識を調べるのもめっちゃ楽しいんですよ。
ただ一度本当にそういう合理的な車に乗っちゃえば
次車を見る時というのはもう完全に非合理的な
車に乗りたくなっちゃっている時ですから
なおさら難しくなるよね。
だいたい金出してもっと金がかかる車に乗ろうとしているんだから
難しくなるよね。だからね。
人生って非合理的なことをしている時しか
楽しくないんじゃないかなっていう風に
今日の結論としては落としたいですね。
今11時20分ですよ。
この放送42分撮ってるんだからバカだろ。
バカだろうと思うけど喋っててめっちゃ楽しかったですね。
これもまたひとつ非合理的な車に乗っているから
楽しくなるっていうことなんじゃないかなとか
だからやっぱり人生含めてさ
非合理的なことをしないとダメだよ。
合理性ばっかり考えていたら
その人生は楽しくないと思う。
だから燃費の良い車に乗っても燃費が良いこと以外に
楽しいことって多分ないんだろうなって思ったんですね。
燃費悪い車に乗っている人楽しそうだもん。
コーチングと幸せの経済的合理性
めっちゃ燃費悪くないですか?
そうなんだよ。千円札ばら撒きながら走っているようなもんなんだよ。
楽しそうじゃん、そういう人。
コーチングとかもそうじゃないですか。
コーチングって人がやっているので高いし
俺も鉄さんの金額が鉄さんの金額で
費用対効果としてはすごい高いなと思ってますよ。
ただ毎月の固定費としては
燃費がどうこう言っている人間が
毎月固定で何万円もお金を払っていくっていうのは
合理性を考えたら心中穏やかではないですよ。
ただ、でもなぁ、俺コーチング受けている人間で
痛いしなぁみたいなことを考えたら
俺この人以上のコーチ見たことないしなぁみたいなことを考えたら
そのシェアラン金額も楽しくなるわけですね。
俺はそういう風に変わりたいと思うんですね。
経済的合理性とかで考えるんだったらさ
だから筋通すって意味でも
じゃあ自分はコーチング売るから
コーチング受けてないと筋通んないんだよね。
だから自分はコーチをなるべく安く
コーチングを受けているということだけを得られるように
なるべく初心者の値段が安いコーチを探して
そいつがベテランになって単価上げてくるって言ったら切り替えるみたいな
ことをやってるコーチだせぇ。
今、例えばで喋ってみたけど
例えばで喋るのもイラつくぐらいだせぇ。
そういうコーチからいくら筋通っても
コーチング受けえんだろうっていう
そういう話で
やっぱりコーチングって幸せを扱う分野だから
幸せを扱う分野にいる奴が幸せじゃないと意味ないし
幸せを扱う分野にいる奴が
自分の幸せを合理性で測ってる?
合理性って誰でも分かるよ。
誰でも分かる指標を使ってんの?
自分は服が好きで好きで仕方がないです。
自分は服に命かけてます。
で、僕のナンバーワンのお気に入りはこちら
ユニクロのエアリズムコットンT
ユニクロのエアリズムコットンTってなるんですよ。
ユニクロのエアリズムコットンTの完成度とコスパ考えたら絶対世界一ですよ。
あれがだって一番お金かかってんもん。
だけど、そのユニクロのエアリズムコットンTをナンバーワンTシャツに上げるあなたが
洋服しるほど好きっていうのは説得力がないですっていう話になるので
違うよね。
できるだけ高くてボロそうなTシャツを出してほしいところだよね。
そのTシャツがなんで素晴らしいのかっていうことをその人の言葉で聞きたくない?
そういう世界観で生きていくべきだよなと思いました。
本当の話だけでかまいません。
非合理的な選択の価値とリスナーへの問いかけ
この話に共感した人は必ずリアクションをするようにお願いします。
何たってこの夜の放送を46分も聞くようなあなたも頭のままのネジの外れた人間ですからね。
46分の放送を聞くんだったら俺よりも金かかったYouTubeの動画なんか再生してた方が良かったんじゃないですか?
でも最後まで聞いちゃったんですよね。
なんでですか?ぜひあなたの言葉で教えてください。
それではお家に帰ってきたので夜のドライブ終わりたいと思います。
大名車尚人でした。声も枯れてきました。おやすみなさい。
46:35

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