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おはようございます。おはなし屋なおとです。 今日は、人は不自然なほどに過去の成功体験をなぞるというテーマでお話をしていきます。
この話はですね、ライフコーチとしてクライアントに向き合う時に よく起こる事象を紐解く鍵になるというか、クライアントだけじゃなくて自分の人生と向き合う時もそうなんだけど、
人ってね、合理的にできてないのよ。 できてないから、なんかね、この人なんか合理的に考えたら絶対こうするべきじゃないのに、
なんか知らんけどこうしてるよねとか、それは自分もそうですね。 自分も本当はこうするべきなのに、それがなかなかできない。
別にそんなにうまくいかない方法に固執することないのに、 自分のやりたいことをうまくいかせる方法はもっといっぱいあるはずなのに、
その選択肢を取らずにうまくいかないことをやり続けるみたいな感じかな。 ちょっと抽象的で申し訳ないんだけど。
そういう話が起きた時に、人って過去の成功体験を自然なまでになぞるんだよなということが頭にあるとですね、
一見意味不明な現象も理解できるよねと、そういうことを伝えたいです。
というのもですね、これは僕の事例を使って話すのが一番わかりやすいと思うんですが、
僕、退屈を感じるとですね、退屈や行き詰まり感を感じると、すごく状況したくなるんですよ。
いますか?この放送を聞いている人の中で、
あーなんか調子悪いなーとか、あーもっとこうなったらいいのになーって思うと、
あーなんか状況してーなーって思う人います?
たぶんね、ほとんどいないと思うんですよ。いないと思う。
で、別に自分が今悩んでいることとか苦しんでいることとかが状況で解決するわけじゃないんですよ。
わけじゃないんだけど、なんか僕の頭の中に常にですね、何か変えたいなって思った時に、
状況っていう選択肢がポンって浮かんでくるんですね。
意味わかんないじゃないですか、ほとんどの人からしたら。
でもこれが何でかっていうと、僕が過去状況してめちゃくちゃ人生変わったっていう成功体験があるから、
無意識がそれをなぞろうとしちゃうっていう現象だと僕は思ってるんですよ。
つまり、僕はですね、23歳の頃に企業スポーツ選手だったんですけど、
そこから引退をして、人生のアイデンティティー、大きなアイデンティティーであったスポーツを手放して、
でもうお前の人生終わったねと各方面から言われている中で、単身東京に乗り込み、
そこから5ヶ月くらいで、個人事業で100万円稼ぐことに成功して、
その後、そのお金持って外戦帰国福岡に、プラス外戦帰国して、
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その幼馴染みを1ヶ月間くどいて、そのまままた東京に連れて行くと。
そこでアパートを借りて生活を始めるみたいなことをしてるんですね。
今もう一回やれって言われても、ちょっとあれもう一回やるのは厳しいよねみたいな、
自分からしたらよく成功率30%のミッションを堂々ど真ん中でやり遂げたみたいな、そんな感覚かな。
だからこのエピソードって僕の中で人生のトップ3に入るぐらいでかい成功体験なわけなんですよね。
だってその後またコーチング企業で、あとはYouTubeとかで話してる通り、
45万円の契約をバンバン取りつつ、チームメンバー広げつつ、みたいなことをしてたので、
本当に人生、今33年生きてきましたけど、この33年間で一番楽しかった時期と言っても過言ではないんじゃないかなと思うんですね。
別に守るものもないし、今感じてるような達成感はないけど、本当楽しかったなって、
好き放題やってた、自由だったなって思うんですけど、
誰しも人生で、あの時噛みかかってたな、噛み方吹いてたな、何にも心配なかったな、みたいな時期ってあると思うんですよ。
その時のことを脳みそというのは強烈に覚えていて、自分が調子が悪くなった時にそのパターンを引き出そうとするという動きがあるんだよっていうね。
それが今日の話なんです。
今日の話を頭に入れておくと、さっきも言いましたけど、非合理的に見える一件ね、他人の行動が実はどこかにその人の中で過去の成功体験をなぞっているみたいな合理性があるんじゃないかっていう風に考えるとですね、
やっぱりコーチングする中でもクライアントへの理解とか深まるし、何より自分自身への理解が深まるんじゃないかなと思うんですよね。
これ僕の知ってるケースじゃないんですけど、僕の周りの人のケースじゃないんですけど、この成功体験を不自然になぞるっていうエピソードに対してものすごい面白い話があるんですけど、認知症のおばあちゃんの話です。
で、あるグループホームでですね、老人ホームやったかな?ちょっと違い分かんないけど。で、認知症のおばあちゃんが、徘徊が止まらないと。
あ、違う。老人ホームじゃない。老人ホームじゃない。老人ホームじゃない。それは自宅で、在宅で介護されている人の徘徊が止まらないということを専門家の人に相談されたときに、その徘徊について聞くと、その徘徊は1日おきに、
1日おきじゃないや。毎週決まった曜日に起きる。決まった時間に起きる。そして決まった時間で終わる。だから1時間程度で帰ってくるみたいな感じ。
だから家族からしたら、どこで何があるか分かんないから本当に心配なんだけど、なんかその周期性があることに気づいたんですね。
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で、その周期に対して心当たりあることないかっていうことをどんどん探っていくと、それっておばあちゃんが若い頃ですね。若彼氏頃、その話を専門家に相談した人が子供だったとき。
娘さんだったんですけど、娘さんが子供だったときの幼稚園のバスの送り迎えの時間と呼びどんぴしゃだったらしいんですよ。つまりそのおばあちゃんにとって人生で一番楽しかった充実感があったと言える時間が、その幼稚園の娘さんを世話しているときだったっていう。
だから自分のおばあちゃんの体、脳が弱ってきてしまって、人生終盤になってもうそのうまく機能しないってなったときに、脳は強烈なSOSを感じ取るわけですよね、自分からね。
そうなったときに、別にそのSOSと直接紐づいているわけでは全くないはずの、過去の娘の幼稚園の送迎時間っていうものが脳にフラッシュバックして、それが認知症のおばあちゃんの脳を動かして体を動かしているっていうことがわかったんですよ。
それがわかって、その専門家の方がすごいのは、おばあちゃんにどんだけ拝回やめろって言っても拝回やめなかったのを、幼稚園の児童便りみたいなものを作って、夏休みに入りましたので送迎はお休みですっていう偽のプリントを作ったんですよ。
そのプリントを渡して、そのおばあちゃんに、おばあちゃん、もう送迎ないんだよって言ったら、ああそうか、わかったわかったって言って、その日からぴったり拝回終わったらしい。
これわかりますかね。
だから過去の成功体験を不自然になぞってしまっていたおばあちゃんの、その不自然になぞってしまっているという行動をおばあちゃん自身も止められなかった。
それを、その偽物の児童便りを作って渡すことで、拝回をピタッと止めたって、これ思い出しました。
世界は雑用でできているのを、本の話だ。
あの本で、そのおばあちゃんは娘に対して、いまだにですよ、その娘様も50歳くらいなんですけど、娘に対していまだにその娘の世話をするという雑用を行ってたんだ、みたいな。
だから愛を娘に奉仕しようとしていたんだ、みたいな話だったんですけど。
僕はそのエピソードを聞いて、人間ってまじ非合理だなっていう風に思ったんですよね。
それが僕の状況話と繋がってるっていう感じなんですけど。
だからね、どう考えても、その悩み、これ僕の話ですよ。
状況しても解決せんやろっていうことに対しても、あー状況して、って思うんですよ。
それこそ、妻とめちゃくちゃ喧嘩して、まじこいつ非合理的すぎるんだろう、みたいな。
もうちょっと合理的で考えよう、みたいなことをブツブツ怒ってるときって、なんか知らんけど状況したくなるんです。
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状況関係ないじゃん、別に。
奥さんと喧嘩してブンブン文句言ってるときに、状況関係ないけど状況したくなるんです。
これが不思議なんですよね。本当に不思議だと思う。
だから僕が何が言いたいかって、あなたもひょっとしたらそういうパターンに気づかぬうちに陥ってしまってるんじゃないかと。
何かしたいなと思っていること、してしまっていることに過去の強烈な成功体験が紐づいていませんかっていうことなんですね。
だから僕はね、状況に対しての成功体験がありすぎるので、何しても状況したくなる。
本当にそう。子育て大変状況して、また野方のアパートから一からやり直したって。
別に野方のアパートで一からやり直したって、次はうまくいかないかもしれないし。
ぶっちゃけ今振り返ったら、あの時うまくいったら7割ぐらい運だから。
もう一回言っても多分合うはならないのよ。合うはならないけど、やっぱりあの強烈な成功体験。
あの古いアパートにさ、白い壁紙と真っ白の壁紙とさ、白いクッションフロアを敷いてあってさ、扉とかも塗ってあるわけ。
築40年ぐらいなのに、すごい新しく見えるんだよね。
でもドアの形とかまんまる、古いアパートのまんまるだし、ドアも閉めたらバターンって言うし、そういうアパートだったんだけど、川だけはすごい綺麗なのよ。
なんかね、あのアパートに戻りたいな。
でも別にあのアパートにいた時に、お金があったわけじゃないし、トラブルもいっぱいあったし、うまくいかないこともいっぱいあったはずなんだけれども、
あの時は多分その家庭とか、どうなんだろうな、自分のことを本当に愛してくれる人とか、一緒にいてくれる人が欲しくて欲しくて仕方なかったみたいな、
記憶があったりなかったりするから、わかんないけど、あの時はあの時で不足感があったはずなんだけど、脳っていうのはそういう細かいことを処理せずに、すごく抽象的にものを捉えるわけですね。
だからこの抽象的なものの捉え方をしてるから、うまくいかない、うまくいかせたい、成功体験を持ってこよう、これだ、みたいな神経回路で自分の行動を選択しているんですね。
つまり、人は合理的ではないという。そんな改造度あららな行動をしてたら、それうまくいくわけないやんっていう感じじゃない?話してて、僕は思うけどね。
だけど、なんか人って気づかないうちにその非合理的なパターンに陥ってるからですね。やっぱそれを気づく、自分でまずそれを抜け出すとか改善するじゃなくて、それに気づくことが大事だし、それに気づいた経験がないと、ライフコーチとして、コーチングの場で人にそうなんじゃないですかっていうフィードバックを出すのは難しいし、
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フィードバックを出したとて、それをクライアント気づくことっていうのはやっぱりもっと難しいです。過去の成功体験をなぞろうとするときってうまくいってないときなんで、うまくいってないときって物理的にキャパがちっちゃくなってるので、そのちっちゃくなったキャパで今までとは違う事例に可能性を見出すってね、めっちゃ難しいんですよ。
これ僕もすごい思います。だから子供が3人増えて家のタスクが増えて、でもそのビジネスの必要性が上がってってなってるときに、より少ないタスクでより多くのことをこなさなきゃ、より少ないリソースでより多くのタスクをこなさなきゃいけなくなったとき、やっぱもうパンクしてるから、多分よく考えたら新しい方法とかいくらでもあるんだけれども、思いつかない。そんなの。
思いつかない。新しい方法が全く。だから新しい方法を生み出すにも体力が必要であるし、新しいフィードバックを受け入れるにも時間が必要であるから、まあそうね、ライフコーチってそういう意味で難しいよねって思うし、やっぱ自分の体験が伴っていないとそれは難しいよねと。
ということで、今日はちょっと病院に着いたので、そろそろ行ってきます。ということで皆さんね、自分の中で、なんでこんなこと思っちゃうんだろうとか、なんでこういう風に考えちゃうんだろうっていうことがね、ひょっとしたらあるかもしれないですね。それはあなたにとって大事なことかもしれないし、クライアントに対してサービス提供するときもすごく必要なことかもしれませんよということで、今日の放送終わります。以上です。