00:01
みなさん、こんにちは。今日も明日も授業道ス黒瀬直美です。この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についてゆるっと配信しています。
今日は448回、板書は思考の地図、生徒の意見を位置付ける教師の身体性というタイトルでお届けしたいと思います。
今日は、繰り返し繰り返し述べてきた板書についてですね、またまたちょっと新しい方向性で考えてみたので、配信してみたいと思います。
私は今、高校1年生の現代の国語で、「本当の自分幻想」という評論文を教えています。というか、教えてきました。
この教材、とっても良かったなと思うのは、私は高等学校から入ってきた生徒。うち中高一貫校だから、中学校からの進学組と高等学校から入ってきた新入生と2つのタイプの生徒を教えているんですけれども、
公立の中学校から入ってきた生徒たちのクラスを一クラス教えています。この教材ぴったりで、やっぱり中学校での自分と、それから高等学校での自分、それから部活動での自分と、教室での自分と、それから家庭での自分という、
そういうふうな自分というものが色々と変化する、ちょうどそういう良い時期にこういう題材で授業できるということは、本当に生徒が自分の在り方というものを考え直すとても良い教材だったなと思っていて、生徒の方も結構前のめりで学習しているわけですけれども、
やっぱりこう生徒に発問してその考えをどんどん引き出していくと、やっぱり自分自身を捉え直す良い教材であるだけに、生徒自身もしっかり考えるから良い答えが返ってくるわけですよね。
そういった場合、自分が予想を超えるようなこともあって、これ授業の醍醐味なんですけれども、そういったところでその生徒の答えに合わせて黒板を書く、黒板に位置づけるということの醍醐味を今経験しております。
というか経験しました。ということで、再び版書についてもう一回掘り起こしてみたいと思います。まず版書の力というものは、やっぱり生徒が発した意見というものを教員がその場で絶妙な位置に書き留めることができるという、これが魅力だと思うんですよね。
そうすることで生徒は自分の意見が授業の中に位置づけられたというふうに実感し、クラスの志向の一部になったという、そういう深い自己肯定感といいますか、承認感というのが生まれて、非常に授業にどんどん引き込まれていくきっかけになると思うんですよ。
03:04
これは、例えばデジタルで作ったスライドというものを最初から順番に作られたものを見せるだけではなかなか生み出せないような、異種特殊魔法のような状態になると思うんですよね。
それから、やっぱり生徒の意見を上手にマッピングというか構造化していく。そのことによって自分たちは今思考のどの段階にいるのかというのが視覚的に理解できて、やっぱり生徒の思考力を向上させていくという一助になっていると思うんですよ。
で、授業の最初から終わりまで思考がどうやって深まっていったのかというプロセスが一つの画面に残り続けるので、いつも生徒は現在、過去、未来を往復しながら思考することになると思います。
最初に出た意見が実はここにつながっていたんだというような伏線回収みたいなこともできたりして、やっぱり思考構造化できる、思考総合化できるというのが版書のいいところだと思うんですよね。
特に私が最近思うのは、私がチョークを持って書いているスタイルで、やっぱり字を書くイメージとか、それから文字の大きさ、色使い、そして書いている間の沈黙というものも生徒の思考を整理するための貴重な余白と言いますか、間になっていると思うんですよね。
何でかというと、人間って書くっていうことって日常でずっとやってきたことじゃないですか。その書くっていうことに伴った自然な時間の流れとか、余白とか、そういったものがとても人間っていうものに、生徒っていうものに馴染むと思うんですよね。
デジタルは効率的で便利だけれども、スピーディーだから、どっちかというと断片化しやすくて、あまりにも早くて頭に残りにくいというようなところもあるんじゃないかなって、デジタルを結構使っている私でさえ思います。
だけども反対に、版書にはデメリットもあって、黒板を消してしまったらもうゼロになっちゃう。それから議論が予想外の方向にどんどんどんどん発展していった場合、もう1回書いた大きな構造を作り変えるっていうことはちょっと難しくなってしまいます。
そして、意見がたくさん出たり、もうスペースに限りがあるものだから、物理的限界にぶち当たりやすいっていうデメリットもあるし、それから最近特に感じるんですけど、黒板の文字をノートに写せないっていう支援を要する生徒がいるっていうことですね。
06:00
この生徒はデジタルの方が実は取り組みやすかったりなんかもします。
逆にもっと深掘って言うならばデジタルのメリットもすごくあって、やっぱりテキストボックスとか文字をコピペがすぐできる。移動させたり、それから矢印を引いたり、拡大縮小したりっていうのは結構できますよね。
それから生徒の意見をその場でグルーピングするとか思考ツールでまとめるっていった場合はデジタルがとても便利です。
そして授業が終わった後でも字が残り続けるので、そういった保存っていうところでも非常にメリットがあると思います。
何よりも効率化できるので、その分しっかり考える時間に当てられるっていうことがメリットだと思います。
だけれども逆にデメリットもあって、画面が切り替わったりスクロールしたりすると前に書いていたことが参照しにくくなるので、現在、過去、未来っていうものを常に横看しながら考えるっていう思考ではなくて、断片化しやすいっていうそういうデメリットがあると思うんですよね。
だから全体を俯瞰して考えるっていう、そういう深い文脈を捉えるっていうことが大切な、そういう長い文章では思考が途切れがちになるっていうことはちょっと考えないといけないと思いますね。
あとは教員があらかじめ作っていったスライドを使ってしまうと、用意された回答へ生徒を導くようなやり方になってしまうので、生徒の想定外の意見をすくい上げるような、そういった余白みたいなものが失われるっていう、そういうデメリットがあると思うんですよね。
だから私は毎度毎度、いつも繰り返し言ってるんだけれども、やっぱり生徒の発言から授業を立ち上げていく、そのためには、黒板をメインキャンバスにするっていうことはある程度必要なんじゃないかなと思っています。
もちろんデジタルでも消したり書いたりはできるわけなんですけれども、でもやっぱり黒板というものは質感があると言いますか、黒板っていうそういうバーンとした面でチョークっていう文字が後に残りながら、
そして手触りですね、擦れながら書いていくっていう音とか摩擦感というかね、そういう質的なものが立ち上がっていくので、身体性に馴染んでいて、とっても自然なことなんじゃないかなって思うのは、私が前世紀の人なんだからでしょうかね。
まあ自分はやっぱり黒板をメインキャンバスにしつつ、その都度その都度上手にデジタルをミックスして、いいところで最適なところで、この指導にはこういうことをさせたいからそのためにこれを使うんだっていうように両方使える、そういった授業者でありたいなっていうふうに思っています。
09:22
何よりもやっぱり生徒の生きている言葉を生かすっていうところ、これができれば黒板でもデジタルでもいいんじゃないかなと思うんだけども、私はやっぱり黒板の手触り感とか書いているときの身体性とか、黒板を書いている最中の間とかが結構生徒の思考力っていうものをデジタルでも伸ばすことができるけれども、
アナログでも生徒の思考力とかそういったものを伸ばすことができるので、まあ多様な方法に精通する方が授業者としてはその都度その都度様々な手法が使えて有利なんじゃないかなっていうふうに考えています。
それでは今日は繰り返し繰り返し、今まで述べてきた黒板の役割についてまたまた整理して述べてみました。
概要欄にメールフォームのアドレスを貼り付けておきましたので、皆さんもしよろしければお気軽にいろんな感想や意見をメールフォームで送ってください。お待ちしております。
それでは今日の配信はここまでです。聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。