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こんにちは。横浜で15年以上、犬の保育園N1クラブを運営している、なおちゃん先生と申します。
さて、今日は冒頭の挨拶は全部すっ飛ばしてしまいたいと思います。
なぜかというと、今日はですね、なんと私は犬の保育園の先生、ドッグトレーナーね、
23年という犬まみれの人間なんですけれども、
今日、お話するのは犬ではなくてですね、猫ちゃんのお話だからです。
私のお友達のですね、ラベの一瞬のときめき、いちご一重のラベちゃんがですね、
似てないっていうクレームはね、この際受け付けませんよ、皆さん。
なのでね、ラベちゃんが企画に乗って配信をされていた、
ハッシュタグ私の猫暮らしという、なおさんという方が、提唱を始められました。
そのね、私の猫暮らしという企画に乗っ取って、少しね、私も犬の人というふうにね、
思われていると思うんですけれども、実は実は私は犬の人でもあるんですけど、猫も大好きなので、
これを機会にね、私と猫ちゃんの思い出をお話ししてみて、
このハッシュタグ私の猫暮らしというものに参加をさせていただこうと思いました。
ということで、今日はワンちゃんのね、何かためになるようなお話を聞きたいよという方は、
ちょっとね、スルーをしていただければいいかなと思うんですけれども、
それと同時にですね、ちょっとこのお話というのは、私の中では苦い経験になるんですよね。
苦い経験になりますし、またですね、私は、何て言うんですかね、
すごく端的に言うと、権威とか、何て言うのかな、権力とかっていうものがちょっとね、
何て言うのかな、苦手なんですよ。何て言うんですか、まあ分かると思うんですけど、
権威性を何て言うのかな、すごく示してマウントを取ってくるような人っていうのが苦手なんですよね。
だから何だって話なんですけども、どうして私がそういう人が苦手なのかっていうこと、
その原体験が実はここにあったんだということがですね、40年近く経ってですね、分かったので、
それも含めてね、お話をしていこうかなと思います。
そしてね、昨日は人生後天セラピストのマリアさんと人とブータンのね、
人と動物の関係についてお話をさせていただいたんですけれども、
ブータンではね、人と動物の命が信仰に、という思想に支えられた上で、
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平等に扱われているということなんですよね。
その話にもう少し通じるところがあるなぁと思うんですけれども、
もし興味のある方は最後まで聞いていただけたら嬉しいです。
もし興味のない方はスルーしていただいて、
また明日からはワンちゃんの配信に戻りますので、そちらを楽しみにしていただければいいかなと思います。
私はね、小さい頃から動物がとても好きでした。
それは犬に関わらずいろんな動物が好きだったんですよね。
犬は飼いたかったんですけれども、
おばあちゃんのうちにね、大きなラフコリーというかなり大型のワンちゃんを飼ってまして、
その子のことが私はとても好きで、自分でも犬を飼いたいなと思っていたんだけれども、
小さい頃はペット負荷のマンションに住んでいたこともあって、飼うことができませんでした。
ペット負荷のマンションに引っ越しをしたのが小学校2年生の時でした。
このマンションの近くはですね、野良猫がいっぱいいたんですよね。
当時はまだ地域猫という考え方はなかったんじゃないかなというふうに思うんですけれども、
野良猫ちゃんがいてですね、子猫もたくさん春、秋になると生まれるわけなんですよ。
私はね、猫を見かけると学校の行き帰りの途中でも、
友達に先に学校行っててっていう感じとか、先に帰っててって言ってね、
ひたすら猫を追いかけたりとか、どうやったらあの子がこっちに懐いてくれるかなとか、
一回家に急いで帰って、父のお酒のあてである魚肉ソーセージを持ってね、
その場に駆けつけたりとかしていました。
とにかく小さい頃からおそらく動物と仲良くなりたいっていう気持ちがね、
人一倍、人間と仲良くなるように動物と仲良くなりたいっていう気持ちが強い、
ちょっと変わった子だったんじゃないかなと思います。
そしてね、子猫はやっぱり人に懐きやすいですから、
子猫を何匹か拾って帰っていくこともありました。
警戒心がないこともそう、少ないこともそうなんですけれども、
大概は本当に離乳したて、もしくは親猫がいなくなってしまったり、
車に引かれたりしてしまって、子猫だけ取り残されてしまったような状態だったりですとか、
あとはどこか具合が悪い猫、子供に捕まるぐらいですからね、
そういった猫ちゃんを次々家に連れて帰ってきては、
ベランダで段ボールに入れてね、
この辺は私がこの配信をするきっかけになった、
ラベちゃんとちょっと似てるなって思いながらクスッとしたんですけれども、
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でもやっぱり子供のやることなんで、家にはすぐばれますよね。
親も動物が、うちの親は父も母も好きなんですよね。
好きだからこそ、家では一応飼えないということを言って、
その代わり、新しい飼い主さんが見つかるまでだったら、
お家に置いていてもいいよ、そんなふうに約束をして、
その父親さんを張り紙をしたり、声をかけたりして、探したりして、
そんな感じで2、3匹、うちで一時預かりをしたことがありましたね。
そしてある時を境に私は、自主的な猫の保護活動をやめることになったんです。
それはどういうきっかけだったかというと、
もうやめようこの活動はと思ったことがあったんです。
それはどういう理由だったかというと、
ある時、拾った猫ちゃん、家に連れて帰ってきた猫ちゃん、
まだ子猫ちゃんだったと思います。
その子が、いろんなものをあげても何も食べないんです。
弱っているのに何も食べない。どうしたんだろう、何がおかしいんだろうと思って、
母親にお願いして、2人で動物病院に連れて行きました。
今でこそ動物病院はね、私の住む地域に乱立しているんですけれども、
当時はその一軒ぐらいしかなくて、
その地域のお金持ちのワンちゃんたち、猫ちゃんたちを相手にする、
すごく資金の高い動物病院だったんですよね。
うちの母親に言わせると、そういう感じでした。
私はよくわからなかったですけどね。
そこに連れて行ったら、獣医さんに、
この子はあなたの猫ですかと聞かれました。
私は家では飼えない、母親に言われているので、
この子は新しい飼い主さんが見つかるまで、
家で保護しようということになっています、ということで伝えました。
その獣医さんが次に言ったことがね、
私の子供心に非常に強く印象に残ったんですよね。
それはね、この子はもうご飯が食べられない病気ですと。
だからこのまま弱って死んでいくか、
もしくはここで命を絶つ薬を使ってね、
注射をしてお別れをするか、どちらかになりますと言われたんです。
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それはそれは子供心にショックでした。
そこで私は、当時小学2年生の私はね、言いました。
治す方法はないんですかって、獣医さんでしょって。
それが多分私が獣医さんにかかった初めてだったと思います。
そこで言われた言葉はね、でもこの子はあなたの子じゃないでしょ、
君の子じゃないんでしょ、じゃあ放っておきなさい。
いずれ物が食べられなくて死んでしまうから、
なんだらこの病院に置いていってもいいよと。
そしてね、茫然としている私に最後の言葉をかけたのが、
次拾うんだったら、次買うんだったら、
もうちょっとマシな子にしなさいと言ったんです。
もうちょっとマシな子にしなさいって。
病院からの帰り道、私と母は泣きながら帰りました。
ショックでよく覚えていなかったんですけど、
その子猫はその病院に置いてきたのかな。
ちょっとよく覚えてないんですよね。
ただ、私の中でずっと疑問になっていたこと、
母に帰り際にね、ずっと何度も繰り返し
こう言ってたのだけ覚えてます。
マシな子って何?マシな命って何?って。
それを聞いて、母も泣いていたことを思い出します。
マシな命って何でしょうね。
その従委さんが悪い人だと、そういうふうに言いたいわけじゃないです。
私にはその方の思想は理解できなかった。
たとえお手上げだとしても、この子は寿命が尽きているとしても、
まだ10歳にも満たない女の子にかける言葉が、
マシな子を迎えなさいって大人としてどうかなって今でも思ってしまいますね。
その従委さんのことで覚えているのは、
そのセリフと、そのセリフを私に向かって言ったときに、
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うすら笑いを浮かべていたことです。
それからね、きっと私はなんだか偉そうな人とか、
権威を傘に着る人とか、そういう人間がちょっと苦手なんですよね。
まあ苦手の人の方が多いのかな。
奇麗事なのかもしれないし、
たぶん私が平和で幸せで恵まれているから、
甘ちょろい考えの持ち主なんだろうと、そんなふうにも思います。
現実はもっと厳しい。野生の世界はもっと厳しい。
これもある種の自然淘汰だった。今なら納得できます。
それでも増し残って、増し残ってなんだろうって思ってしまうんですよね。
悲しいことですが、動物を扱う人々の中には、
動物を物としか見ていないかったり、数字としか見ていなかったり、
お金を運んでくるものとしか見ていない、
そういった人たちも一部います。
これは人間でもそうですよね。対人間でもそう。
それが商売なんだと言われることもあるかもしれないけれど、
でもね、やっぱり私は甘ちゃんだから、なかなか奇麗事から抜け出せないですね。
はい、ということで、なんだか最後は猫の話ではなくて、
私の話になってしまって恐縮なんですけれども、
ハッシュタグ私の猫暮らし、共通のサムネとハッシュタグをつけて、
3月9日から15日まで100人募集中ということですので、
よかったら皆さんも企画にご参加してみませんか。
皆さんの猫とのエピソードも聞きたいと思っています。
最後にサムネは去年の3月に沖縄に行ったときの奥島と言われるね、
猫島と別名言われる島、肉続きの島に行ったときの子どもたちと、
そこの地域猫ちゃんの様子です。
それでは最後まで聞いていただきありがとうございました。