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こんにちは。横浜で15年以上、犬の保育園N1クラブを運営している、なおちゃん先生と申します。
今回は、壮大なる私の自己回想記録、
動物好き少女がドッグトレーナーになるまで🐶秘密基地誕生秘話、第22回目をお届けします。
こちらは、私がドッグトレーナーになるまでを第1部。
そして、N1クラブワンコの秘密基地を誕生させるまでが第2部。
そして、このワンコの秘密基地を運営して、
17年、こちらが第3部。
という、第3部作におけて、壮大な自己紹介をしていく企画となっています。
週に1回、週末の配信となっています。
前回は、私の大好きなあるお客様、
永久欠番の会員ナンバー1番のお客様についてお話をさせていただきました。
コメントでもね、すごくいいお話で、うるうるしてしまいました。
というようなね、お声をいただいたりして、とても嬉しかったです。
私は、決して器用な人間でも、有能な人間でもありません。
だからこそ、こうやって本当に応援してくださって支えてくださる方がいること、
これ以外の財産は他にないと思っています。
応援していただけること、それが何よりも私の強みになりますし、
応援してくださる方のために、自分自身の持てる力を尽くしたい。
ただそれだけだなぁと感じています。
さて今回は、何の話にしようかなと思ったんですが、
私のワンコの秘密基地を彩った、一緒に働いてきてくれたスタッフたち、人たちのお話をしていこうと思います。
2009年11月に店舗をオープンして、すぐに私は、
あ、この人数じゃやっていけないな、ということになりました。
ここもね、すごく計画が甘かったなというところではあるんですけれども、
私が代表取締役、母が取締役、父が監査役という形でスタートした事業でした。
それと同時にですね、ある一人のスタッフをすぐに雇うことになりました。
このスタッフが今ではですね、その道では日本で第一人者となるドッグトレーナーさんとなっている私の後輩ちゃんであり、
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私自身がね、自分の後輩として、私のお世話になっていたイギリス人師匠を紹介して、彼女の元に送り込んだ。
そのね、気骨も、その壮大な夢も、やる気も買って、この子なら大丈夫だろうと思って、師匠の元に送り届けた人物でありました。
彼女は今はね、少し離れた場所で、自分の事業としてドッグトレーナー。
かなりね、特殊なワンちゃんたちのトレーニングをしています。
そしてね、イギリス人でもなかなか持っていないというあるワンちゃんの資格を持ってその競技に従事している。
日本では本当に第一人者の素晴らしいドッグトレーナーさんになっています。
彼女との出会いというのは、実は彼女が私のクライアントさんであった。
そしてね、ワンちゃんの愛犬さんのご相談で一番最初にお家に出向くことになったんですけれども、
それだけではなくてね、彼女自身が将来ドッグトレーナーの勉強をしたいということで、私に話を聞きたいという予防からご縁が繋がったものでした。
この彼女はとても特殊なケースだったと思います。
そして私がそういう風にさせてもらったように、イギリスに行ってまた帰ってきて、私の施設でバイトをして、資金が貯まったらまた何ヶ月かイギリスに行くというような、
そういった働き方を私の店舗ではしていました。
普通の企業だったら数ヶ月休みますみたいなことって絶対言えないと思うんですけれども、
私自身がやはり同じ師匠の元に住み込んで、ビザが切れる頃に帰ってちょっと働いたりして、また戻ってっていうことをやっていた経験があったので、
私も経験してきたことですし、またね、イギリスの現状っていうのをキープインタッチでね、私が知る機会でもありましたので、
ぜひね、戻ってきたい時に戻ってきて働いてほしいという形で、彼女のことは採用をしていました。
そしてね、その他にも何人も一緒に私の施設で働いてくれたスタッフたちがいました。
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そのほとんどはですね、どんなふうに私が採用したかというと、
基本的には私は採用情報募集っていうものをホームページに載せたり、例えばスタッフ募集のビラを巻いたり貼ったりということはしていませんでした。
それよりも、やはり善と有望なというかね、そういう夢を持っている若者を協力したいなというところもありましたし、
また、そういう子たちの現場研修の場として、専門学校ですね。
その頃にはもうですね、動物の専門学校、ドクトレーナーを目指す人たちのための専門学校っていうのが増えてきていたので、
そういった専門学校から、まずはインターン生を受け入れてくれませんか、研修生を受け入れてくれませんか、実習、研修の場に学生を受け入れてくれませんかというオファーっていうのが、私がN1クラブを運営して、
2、3年以内には、どこからともなく電話がかかってきたり、メールで問い合わせが来たりしていたんですね。
ここは、とても一種の駆け引きかなと思うところなんですけど、
学校さんからそういったオファーが来て、研修生を受け入れるっていう時には、別にお給料をその方々に、研修生たち、学生さんたちに払うわけではないんですね、インターン生なので。
もし、未経験でもやってみたいという気概のあるアルバイトさんが来た場合には、同じゼロから物事を教えなくてはいけない。
それには時間もかかるし、手間も割かれるわけですよね。だけれども、お金もお支払いしなきゃいけない、もちろんですけどね。
同じゼロベースなのであれば、学生さんでね、社会人経験だったりとか、実際の現場で経験がないとしても、犬の知識というのは学校で学んでいるっていう子たち。
そして将来ドックトレーナーになりたいと思っている子たち。そして、学校から来ているので、お給料をお支払いしなくてもいいという研修生たちを、まず受け入れてみようという形になったわけです。
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これは皆さんはね、アルバイトをしたり、どこかに雇われたりとかね、契約社員だったりということはしてこられたことがあると思うんですけれども、私もね、ずっとそうでした。
だけども、自分が採用する側になった時に、やっぱり人事の人とか、きちんと教育者っていう制度がない、私みたいな本当に代表が全部やっているようなところっていうのは、
何にもわからない人が一人来た時に、その人につけっきりで教えていかないといけないというのは、非常に自分の仕事だったりとか、
あんちゃんのお世話だったりとかね、そういったものに本来使えるべき、営業活動でもそうですし、本来自分のために使えるべき仕事の時間というものを割いて、手取り足取り教えていく必要があるわけですよ。
それはね、非常に難しいところだなというふうに思いました。
それでも中には、とても気骨のある子がいて、インターンで学校から私のN1クラブに働きにちょっとだけ来てね、1週間とか2週間とか来て、
そして現場で学びながら少し働いて、学校が終わる、そのインターン期間が終わる頃に、私に評価表みたいなのを書いたりするので、それを書くときに、
卒業したら、ぜひN1クラブで働きたいです。働かせていただけますか?っていうような子っていうのが本当に何人もいたんですよね。
そして中には、募集はかけていないんだけれども、N1クラブさんで働かせていただけませんか?ということで、直に問い合わせをしてきてくださった方というのも何名かいらっしゃいました。
本当にインターンとか研修生とか、そういった子たちっていうのは、数え切れないほどいらっしゃいました。
専門学校とも、大体3つぐらいの、3つか4つぐらいの専門学校さんと、契約書を交わすわけではないんですけれども、
毎年このぐらいの時期になったら、インターンの子たちが、あそこの学校から何週間何人ぐらい来るんだよな、みたいなのっていうのがありましたし、
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こちらもね、そのつもりでいたりとか、毎年春と秋とかに、研修生何名、今年は受け入れていただけますか?よろしくお願いします、みたいな人事課の先生がいらして、ご挨拶いただいたりとかっていうことももちろんありました。
その中でね、本当にたくさんの学生たちを見てきて、私がね、必ずその研修生の子たちに伝えることがあります。
それは、特にね、家で働かせてくださいっていう子たちには、面と向かってお話したことです。
それは何かっていうと、あなたは人と接することが好きですか?って聞きます。
なぜかというと、動物の専門学校っていうのは、大体がね、専門学校なので、高校を卒業して行くところ、もちろん社会人になってからまた入り直すパターンっていうのもあるんですけれども、
多くはね、高校を卒業して専門学校に行くのに、動物の専門学校、そして独トレーナー化を選びましたっていう子が多かったんですよね。
だから、非常に若い子たちですよね。
そういう子たちは、動物の専門家になりたい、ペット産業に関わる仕事がしたい、犬に関わる仕事がしたい、独トレーナーになりたいという夢を持ってね、いらっしゃるんですけれども、
その中の、割と半分くらいだったかな、の子たちというのは、やりたいことがなかったから、動物の専門学校を選びました。
とか、もっと端的に言ってしまえば、人と接することは苦手です。人とコミュニケーションをとることは苦手です。
だけど、動物は好きです。動物は言葉を使ってコミュニケーションをとらなくても癒してくれるし、なついてくれるし、だから動物の専門家になりたいです、というような子たちというのが一定数いたんですよね。
なので、私は、どんな子たちにも必ず言う言葉としては、この仕事は犬が好きであるということは、もう大前提の前提。人が生きていく上でね、心臓が動いているのと同じくらいの前提条件。
だけど、その上で必要なことが一つあるとしたら、人が好きであること。犬が好きなことは当たり前。それよりも、それと同じくらい、もしくはそれ以上、人が好きじゃないとやっていけない仕事だよ。
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あなたは人が好きですか?お話を必ずしていました。
中には、私と目を合わせることができない、そんな学生さんもいたんですよね。犬たちには話しかけてしているけれども、人とは会って話すことができない、そういった子たちも一定数いました。
これは今だから、こういう場だって言っていいのかわからないですけれども、動物の専門学校に入ることは、どんな人でもできるわけですよ。動物が好きで興味があって勉強したいというのであればね。
ただ、その中からドックトレーナーとして職に就ける、動物の専門家としてそれだけで生活を支えていける、それも何年も続くっていうのは、当時から本当に少ないですということを言われていました。
それは動物の専門学校の人事課の方にもよく言われたことです。
どうしてなんだろうと考えたんですけれども、理由はここにあったのかということに同時に気がつきました。
もちろん、動物が好きで、そして人も好きで、人とコミュニケーションができる、すなわちお客様ときちんとコミュニケーションをとることができるという子たちもたくさんいました。
私が積極的に採用させていただいたのは、犬に対してどれくらい知識や経験があるか、それは関係ないんですね。
それじゃなくて、いかに人と通わせてコミュニケーションがとれるかどうか、まだ18個の子たちですから、それがパーフェクトにできなくてもいいんですよ。
ただ、私はお客様とワンちゃんのために自分の力を使いたいです、という思いのある子、そういった子たちを積極的に採用していました。
そうじゃないと、やっぱりこの仕事って続かないんですよね。
もし犬が好きで、犬に何かを教えることが好きで、その教えた犬がきちんと成果を、いろんな成果を見せてくれる。
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何かのコンペティションで金賞を取るとか、世界大会でチャンピオンになるとか、
そういった難しいトリックを何十個もできるとか、そういったことをしたいのであれば、自分のワンちゃんを飼って、自分で自分のワンちゃんに教えてください、ということも私は伝えていました。
ドッグトレーナーがするべきことっていうのは、人と犬との架け橋であって、犬を操縦する技術を身につけるだけじゃないんですよね。
私は少なくともそう思っています。
自分がどれだけお客様のワンちゃんに物を教えることができても、問題解決ができても、一緒に十何年を過ごしていくのは飼い主さんとワンちゃんなんです。
なので私たちは主役であってはいけないんですよね。
あくまでも後ろから支える。
飼い主さんとワンちゃんの幸せを後ろから支える。
そういった縁の下の力持ちである。
そのために飼い主さんと積極的にコミュニケーションを取る。
ワンちゃんと積極的にコミュニケーションを取って両者の架け橋になる。
それが私たちの仕事。
そういうふうに応募してきてくれたね。
スタッフたちには伝えていて、
それに対してある一定の理解ができていそうだな、そこに対して伸びしろがありそうだなという子たちを合計で、
私はそうですね、短期長期ありましたけれども、計10名ぐらいは採用をしてきました。
ほとんどが動物の専門学校出身ということはありましたし、
あとは同じ学校卒業とか、ただ社会人の子もいましたし、
短期的のヘルプという感じで、
お助けたいということで、私の昔の仲間だったりとか、
本当におこがましいことなんですけれども、
私の大先輩のCさん、覚えていらっしゃる方いらっしゃるかな、
Cさんにね、すいません、ちょっとどうしても人が足りなくてとか言って、
泣きついてね、いいよとか言ってね、Cさんが来てくださったりすることもありました。
ただ、私がそういったオファーというかね、そういった希望があったにもかかわらず採用しなかった、
積極的に採用しなかった人たちっていうのは、キャリアのあるその道何年というね、
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キャリアのある大ベテランのドクトレーナーさんです。
なぜ私がそういう方を積極的に採用せずに、
まだ世間にも出ていない年若い専門学校卒の子たちを採用したのかというと、
やはりこのN1クラブ、そして私、N1クラブは私の分身なので、
私のやり方を素直に受け取ってくれる、そういった子たちを採用することによって、
このN1クラブの雰囲気が統一されるなというふうな感覚があったんです。
素晴らしいキャリアの優秀なドクトレーナーさんだったりとか、
以前ね、どことこでドクトレーナーを何年やっていました。
お客様このぐらい持っていました。
こういった資格でこういったチャンピオンシップ、こういった賞を取ったことがあります。
そういった方もね、応募されてきたことはあります。
ただ定調にお断りをしていました。
それはやはり、私のやり方っていうものがこのN1クラブのカラーを作っていたので、
キャリアの長い方っていうのは、どうしても独自路線が強かったりすることがあるので、
それをこのN1クラブで出していただきたくはないなというふうに思ったんですよね。
すごくおこがましい話なんですけれども、
それも一つね、今考えるとブランドを守るということになったのかなと思います。
すぐ、私のね、尊敬する事業家でもある父の格言の一つが、
すぐ使える人間はすぐいなくなるっていうものがあります。
これはね、事業家として多くの人間を採用してきた、
父だからこその言葉だろうなとも思うんですけれども、
結局即戦力になる人間っていうのは、何かしらのことがあってすぐいなくなってしまうことが多いという話なんですね。
だから人というのは使えるようになるまで時間がかかるものだと、
だからこそ育てていくものだというふうに教えられていたんですよね。
ただ大誤算だったのは、自分自身もすごく未熟だったということです。
私自身がものすごく人間的に未熟な時期に、それをやらなくてはならないということになったわけです。
自分自身が人間的にも未熟でしたし、経営ということに対しても全くド素人。
そして人を育てるということに対しても初体験でした。
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さらにそこにね、結婚妊娠出産っていうものが入ってくるので、
私自身はね、本当にパンク寸前でしたね。
人事に詳しい人間を入れるわけでもなかったし、
お客様のこと、経営のこと、広報のこと、営業のこと、人事のこと、スタッフの教育のこと、犬のこと、
全てを自分でやらなくてはならないという重圧でね、
30代前半は本当に自分でどうやって日々生きていたのかが思い出せないぐらいの目まぐるしい日々だったと思います。
トップがね、これだけ未熟者なので、やはり現場は問題はいろいろ起きました。
それでも本当にスタッフの子たちっていうのは、本当に頑張り屋さんで、けなげで、一生懸命の子たちが多かったんですね。
真面目でね、安月給で、本当にコキ使ってしまった私は、今で言ったらブラック企業だってね、訴えられてもしょうがないかもしれないです。
だからこそ、この体制っていうのはきっと長く続かないのかもしれないなっていうのは心のどこかで薄々は気がついていたんですよね。
それでも自分に何ができることがないだろうかと思って、少しでもね、働いてくれる子たちの方に報いたいなという気持ちがあって、
で、はっきり言って私の当時の手取りって代表取締役と言いながら、本当にパートの年収、パート3の年収とそんなに変わらなかったと思います。
それは自分の役員報酬をあげるよりも、スタッフに1円でも多くね、一般企業と同じぐらいのお給料をあげてあげたい。
それが、たとえボーナス的なね、商用的なもので、一時的なものであったとしても、利益が出たらそちらに還元してあげたいなという気持ちがあったんですよね。
でも今考えると、やっぱりそういうね、無理は続かないんですよね。
だからこそ10年間やってきたけれども、その中ですごく良い痛い苦い経験でもありましたけれども、
あの時期があったからこそ、きっと今やろうと思っている新事業の方にその経験を生かしていけるんじゃないかなという風に思っています。
N1クラブを通り過ぎてくれた本当にたくさんのね、スタッフの子たち、その中には長いお付き合いになった子もいるし、本当に数ヶ月の子もいました。
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みんな本当にご縁があって、私の人生、N1クラブのその歴史に登場してくれた、稀有な人々だったと思います。
唯一の心残りというか欠点、後悔があるとしたら、それは私自身が非常に未熟な状態で皆さんを雇用するというところに至ってしまったことです。
この場を持って、あの時は言えなかった謝罪をしたいと思います。
そして改めて心からの感謝を、私の脳裏にはあの子もあの子もあの子もあの子もあの子の顔も浮かんでいます。
今どこで何をしているのかわからない子もいます。
そしてね、嬉しいことに、私のところで培った拙い、私のところで積んでくれた経験を生かして独立して独トレーナーとして頑張っている子もいます。
彼女たちのね、あの人生の中においてN1クラブでの経験が苦しくも大変だったこともあったと思いますけれども、何かしら人生の役に至っていたらとても嬉しいなと思います。
はい、ということで今回はここまで。
今回はね、動物好き少女が独トレーナーになるまで、第3部のN1クラブを続けて17年の間に通り過ぎたスタッフたちのお話をさせていただきました。
最後まで聞いていただきありがとうございました。また来週お耳にかかりましょう。