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こんにちは、横浜で15年以上犬の保育園の先生を行っている、なおちゃん先生と申します。
さて、お待たせいたしました。
108日間世界一周の船旅、ベトナムダナンへの寄港の後、船は南シナ海を南下し、一路シンガポールへ向かいます。
私たちは41人のアンコールワットと遺跡群のツアーに乗り、ダナンから一度同じベトナムのホーチミンへ1時間ほどのフライト、そこからさらに飛行機でカンボジアのシェムリアップに向かいました。
シェムリアップはアンコールワット、世界遺産ですね、の観光の玄関口となります。
20年前のカンボジアは、まだ国土の半分の人間が死んだ、と言われる悲劇の内戦が終わってから8年しか経っていませんでした。
ベトナムに比べると、町には建物がなく、道路も未放送、車も人も少なく、料理もシンプルで、かなり寒酸とした寂しい印象でした。
それでもシェムリアップはカンボジアではないと言われるほど、元王家の秘書地でもあり、世界的観光地のお膝元の街としてにぎわい、宿泊したホテルも街並みにそぐわないぐらい立派なものだったと、当時の日記にも書き記しています。
ですが、そのホテルから周辺のまばらな商店のあるエリア以外は歩かないようにと、ガイドさんから強く言われていました。
どこに地雷が埋まっているかわからないからと、その当時はまだ地雷の撤去が済んでおらず、観光客が訪れるエリア以外はまだ地雷が埋まっている可能性も少なくなかったんです。
カンボジア内戦は1970年に始まり、1993年に終戦しました。
この内戦については、ご興味のある方は調べていただきたいのですが、歴史上に残る悲惨な内戦でした。
内戦というのは、同胞の人間同士が戦うわけです。
この内戦が終わった後、素晴らしいクメールの遺産や歴史的遺物はほとんどが消え失せたと言われます。
いろいろな伝統的な品物の引き継ぎも引き継ぎ手も失われて、多くの文化が消え去ったと言われています。
それでも、アンコールワットを拠点に観光業から国を復興しようとするカンボジアの方々の生きる、立ち上がる意思の素晴らしさを感じていました。
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朝5時半に起床してから、移動に移動を重ね、シェムリアップのホテルに到着したのは午後2時頃でした。
2歩時をして少し休んでから、夕暮れのアンコール遺跡へ出発しました。
アンコール観光のハイライトは夕暮れと早朝です。
昼間は暑くて向いていないんです。
ホテルから専用バスで15分ほどの場所にあるアンコールワットへと向かいました。
さて、ここからは当時の日記から回想録を読んでいきたいと思います。
もちろん、20歳前後の子娘が描いたものですから、少し修正は加えています。
はじめに堀が見えてきた。水は少なかったけれど、その眺めは涼しげで美しい。
ピクニックをしている地元の人たちもたくさん。
そこからしばらくすると堀の中央の森の奥に三角形に見えるような建物群が、アンコールワットだ。
寺院は普通東向きに建てられているらしいけれど、ここでは例外的に西向き。
これは裁縫浄土の信仰に基づいているという。
さがんでできた橋を渡って中に入る。
大きな広い建物内では回廊が続き、細かい彫刻がびっしりと施されている。
第一回廊・第二回廊では、ヒンドゥ教の聖典ラーマーヤナから始まり、マハーバーラタのいくつかの物語が続く。
壁一面の細かいレリーフ。
いっついいっつい細かく、表情も豊かで、人はもちろん、動物たちも生き生きと描かれている。
当初は金箔が張られていたというから壮観だったに違いないけれど、今は時間の流れとともに黒炭、苔虫、
それが森林にひっそりと人知らず佇んできた、この遺跡の悠久の時を思わせ、神秘的な雰囲気を醸し出している。
時刻は午後三時過ぎ。
立っているだけでも汗が吹き出してくる。
じとっとした湿った空気が空気をも妨げるようで息苦しい。
それでも石の回廊を通り抜ける風はだんだんと涼しくなっていくのを感じた。
太陽が傾いていき、寺院のあちこちに美しい明暗を作り出していく。
一人で来たら迷子になりそうなどこまでも続く石の回廊と何重もある門。
四方に伸びる石の廊下。
ふっと振り返ったらそこに何かがいそうな緊張感のある静寂。
06:00
あの曲り角の先に、門の先に、影の中に、息づく何かがそっとこちらを見ているような感覚がしてしまうが不思議と恐怖は感じない。
南国の気質のせいだろうか、それともそれが精霊だからかな。
湿度の高い湿った風。
ところどころにある仏像に備えられた閃光の香りと煙がほんのりと漂ってくる。
このままこの神秘的な雰囲気の遺跡を心ゆくまで一人で探索してみたい。
目を閉じて当時の面影に思いを馳せてみたい。
と思っているとツアーのガイドさんに呼ばれてふっと我に帰った。
中央に入り、塔の上に登ることになった。
崩れかかった階段は少し怖かったけれど、登ってみると素晴らしい眺めで、すでに暮れかかっている太陽は柔らかく寺院を照らし、ゆうすずみの風が気持ちがいい。
こうした塔がいくつもアンコールワット内にはあり、私たちは時間の許す限り様々な塔に登ることになった。
二度目に登った塔はアンコールワットの中心に位置し、私たちが入ってきた西門の正面がよく見える。
夜のライトアップに備えてみんなで座って待っていた。
外側に出ると夕日がよく見えた。
沈んでいく夕日を眺めながら一番高いところに座る。
夕日と見渡す限りはジャングルの森の影。
遮るものは何もない。ただただ美しく静かだ。
確かにここには神様がいる気がする。
12世紀の昔からずっと変わらないんだろうな、この景色は。
当時はお坊さんのほか庶民から貴族までこのアンコールワットを訪れたということだから、
誰にでもわかるようにヒンドゥ教の二大聖典、ラーマーヤナ・マーヴァーラタのリリーフを彫ったんだろう。
この壮大な建築物を銘じた当時の王、スリヤバルマン2世の勝利の様子もリリーフに書かれている。
自分を神様と同じようにその異形を並べて彫らせているのは、どの時代のどの権力者にもよくあることだ。
文化も言語も時代も違うのに、人は自らの異形を、孤児したがる生き物であることは歴史が証明してくれる。
今はカンボジアは定座部仏教の国で、アンコールワットも当時はヒンドゥ教の寺院として建てられていたが、後に仏教寺院になっている。
タイで見るようなオレンジの装衣をまとった僧侶たちが、地元の参拝客の人々がちらほらと見えた。
09:03
ゆっくりと眺めていたかったけれど、団体旅行の難点は時間になると無情にも出発することだ。
その日はホテルに帰って夕飯をとり、シャワーを浴びてゆっくりと休んだ。
次の日は早く、朝4時20分に起きて5時にはバスに乗り、アンコールワットの西門を目指した。
藍色の空を割って、赤い太陽の光が早くも広がっていた。
朝日が昇るのは想像以上に早い。ゆっくり見えていても、2、3分経つと周りの光の色が変わっていってしまう。
一瞬の色の変化も見逃さないようにと、たくさんの人たちが朝日に染まる第三回廊の中央塔の方角をじっと見つめている。
朝日はシンボルである第三回廊の三つの塔の左の方角から上っていく。
雲が多くて太陽そのものの姿は見えないけれども、日の光が作り出す陰から陽への分刻みの天然のグラデーションは素晴らしい。
日本の古典には日の出前から日の出までを表す言葉や色の名前が多くあるけれども、それも追いつかないぐらいだ。
自然の色彩は鮮やかで神秘的で偉大だ。
人間はどんな天才でも自然以上の芸術家にはなれないと身をもって知らされる光景でした。
夕闇に飲み込まれ漆黒に飲まれていく姿と、その闇の中から光の中へとはっきりと浮かび上がってくる姿は、どちらの姿もアンコールワッドは素晴らしい。
朝は特に人が多すぎるのが難点だけれど、人種も年齢も違う多くの人たちがみんなこの神秘的なショーに感動し威風している中、大声で騒ぐような人たちはいなかった。
静かな感動とざわめきの中でアンコールワッドは光の世界に完全に姿を現した。
それが合図で一度ホテルへ戻り、朝食をとって8時に集合。アンコールワッドの後に先導された街、アンコールトムとタプロムへ。
ここで私はこの旅行の中でも記憶に残る二つの出会いをすることになります。
一つは苦く胸が苦しくなるような衝撃的な出会い。
一つは甘酸っぱく少し刺激的な出会いでした。
ということで本日はここまで。また来週を楽しみにお待ちください。
次回はアンコールトムとタプロム。お送りします。