イベント告知と過去の仕事シリーズの紹介
昨日はですね、出版記念トークセッションというふうに銘打ちましてですね、リアルなイベントを行わせていただきました。
そのアフタートークはですね、今日の20時30分からですね、じゅりーさんのチャンネルで振り返りということで行いたいと思います。
なかなか面白い回でしたね。今まで公開していないような話とかですね、ゲストハウスにまつわる話というかですね、我々の過去というかですね、なかなかヘンテゴリなものをお見せしたりですね、笑いの絶えない回だったかなというふうに思います。
詳しくはですね、トークセッションの振り返りトークのところでお話しできればというふうに思います。今夜20時30分ですので、ぜひ遊びに来てください。じゅりーさんのチャンネルでございます。
昨日もですね、いろんな方から言われたんですが、もっとですね、私の仕事の話を聞きたいというですね、本当にそんなニーズあるのかみたいなところはあるんですが、そういう仕事返力を聞きたいみたいな話がですね、ありましたんで、今までですね、1995年に私は何をしていたかみたいな。
1995年の私とですね、2000年の私みたいなものですね。これを2回シリーズというかですね、話しておりますので、概要欄にですね、リンクも貼らせていただきますので、ぜひぜひ私の仕事に興味がある方がいらっしゃいましたらですね、そちらの方も併せてお聞きしていただければというふうに思いますが、
今日の話はですね、その1995年とですね、2000年の間のぐらいのですね、お話でして、タイトルにもつけましたが、初めて老害に遭遇した話ということをですね、ちょっと話をしてみたいなというふうに思います。
株式公開を目指す企業への転職と経営企画室への異動
そのですね、とある私業、資格業といいますかね、とある資格仕業、侍業でですね、事務所にいまして、ゆくゆくはですね、それで独立しようとしたいというふうに思っていたものですから、そのためにはですね、一般企業の総務とかですね、管理部門とか、そういったものをですね、業務をですね、一旦知っておくべき、
知っておいたほうがいいだろうというふうに思いましてですね、一般企業に転職をするわけです。その家族経営の編手工事業からですね、一般企業に転職するんですが、なかなかここもひどいひどいブラック企業だったんですが、そのですね、管理部門に入りまして、そこがですね、
株式公開をするっていう話になってですね、株式公開何年もチャレンジしてるって言えばいいのかな、何年もチャレンジしてるんですが、なかなか成功しないという感じでして、業績はそこそこだったので、その業績、確か過去3年間の業績とかそういうところを見られるんじゃないかな、確かそんな記憶があるんですが、その業績の波にうまく乗っていかないとですね、
株式公開ってなかなかできないので、タイミングを図る必要もあるんですが、業績もそれなりにいってないといけないというところですね。
なかなかこう、あとは証券会社、引き受け証券会社がですね、この企業なら公開してもいいみたいな、お墨付きがないとですね、公開できないみたいな、これ当時店頭公開って言ってましたかね、それを目指していた中でですね、
管理部門に一旦は配属されたんですが、その株式を公開する部門ですね、経営企画室みたいなものが出来上がってですね、経営企画室長、経営企画室と言ってですね、経営企画室長がいるんですが、経営企画室なのにその室長しかいないという状況でですね、
手足が必要だみたいになってですね、私がその役割を担うことになってですね、総務管理部門から一旦その経営企画室に移ることになるんですね。
その経営企画室、室長はですね、取締役会をやったりですね、取締役に関する一切の事項とですね、経営理と協力してですね、経営理からのデータをですね、株式公開に向けて証券会社のやり取りの中で業績をどう見せるかみたいなものをですね、
やっていく必要があってですね。で、そこの経営理がですね、また憂鬱が引かないおっさんがやっていて、経営企画室長と全く交わろうというかですね、協力的にやろうとしないんです。
毎回バチバチやっていてですね。でですね、当時その経営部、経営部の部長以下何名かがですね、扱ってたソフトがですね、市太郎なんです。で、経営企画室長ですね、私の上司である経営企画室長は市太郎を使えなくてですね、ワード使いなんですね。
こっからですね、もうすでに書類が整ってないというか、データが一致してないんですよ。で、それでそれをベースに急に思い出しましたけど、一の部、二の部っていうですね、これ何なんですかね、これ、この会社の業績を示す、プロフィールを示すですね、分厚い雑誌みたいのを作んなきゃいけないんですが、
これをですね、市太郎のデータをですね、ワードに移し替えていくっていうですね、そういう仕事をですね、私が担うことになってですね、一の部と二の部を作っていく役割をですね、担うことになって、これが本当にめちゃくちゃ大変でして、
監査役の必要性と初遭遇
これで以降ですね、連日徹夜をすることになるんですね、この作成にあたってですね、というのがありましてですね、そういう業務がですね、ありまして、今回はその話じゃないんですね。
あとですね、公開会社、公開企業の体としてですね、きちんとした組織運営がなされているかみたいなところでですね、監査役を置かなきゃいけない、監査役界、監査役を置かなきゃいけないっていう決まりになっていたんですね、当時ね、確か。
監査役っていうのはですね、取締役、社長以下、代表取締役、社長以下の取締役を監査するっていうですね、非常に重要なポジションだみたいに当時言われてましたけれども、これって今でもそうなんですかね、そういうふうに監査役って存在しますけど、これって私、今何これ必要なのかとかってずっと思っていてですね、すごい疑問がありますね。
だいたいですね、企業経営していく中で取締役が一番偉いわけで、その社長以下ですね、社長がいたり会長がいたりしますけれども、代表取締役をですね、監査役が監督するなんてことがですね、ありえんのみたいな、そんなことあんのみたいなのがですね、まだに疑問でして、そういうふうに体としてはなってるらしいんですが、
これは本当に機能してる企業なんか一体あるんだろうかというふうに思いますが、そういうですね、企業というところは代表取締役を監督する監査役が必要というふうに、公開企業はそういうのが必要というのが当時の定義でした。
今どうか知らないですけど、今そうだったとしても、本当に監査役が監査して企業が成り立つということが本当にあり得るのかというのは、まったく未だに疑問ではあります。
そんなふうになっている企業があってですね、取締役が暴走しないように監査役がしっかり監査してですね、企業が正常に回っているなんていうことをですね、聞いたことがないので、あったらそういう事例を教えてほしいというぐらいです。
老害との具体的なやり取り
監査役を置かなきゃいけないという時にですね、監査役を置かなきゃいけないからしょうがないから採用しようみたいな話になってですね、やってきたのがですね、爺でして、当時60歳ぐらいだったと思うんですよね。
その人は元山市証券の人でしてですね、口癖のようにですね、何かあればですね、山市ではそんなことはなかったです。山市ではって、常に山市山市言っててですね、そんな企業潰れだろうとかって思ったりもしましてですね、そんなに偉いのかよとかって思いました。
で、まあ暇なんですね、その人もね、やることがないわけで、ただですね、監査役も一人だったのかな、だから経営企画室に机を置いてですね、なので私たちの部屋にいるんですよね、その暇なおっさんがですね、爺さんが。
それでですね、まあおとなしくしていればいいものをですね、その監査役の使命感みたいなのが燃えていてですね、とにかく取締役を監査しなきゃいけないとかなんとかって言い始めてですね、そんなことできるわけねえだろうとかって思いながらですね、まあいろいろですね、あの資料を見せてくれとか、この資料を見せてくれとかですね。
そんなもんPCに入ってますからって言ってもですね、まあろくに使えないわけですよね。なのでごとあるごとにですね、そのまあ社長も当然、社長も経営企画室長も忙しいので、私に必ずこう何か雑務を押し付けてくるというかですね、いろんなことを聞いてくるわけですよね。
その1の部とか2の部の話もですね、これはこういう書き方でいいんだろうかとかですね。
この決算書類はこれで合っているのかとかですね。そんなことを私に聞いてきてですね、ほんとごとあるごとに邪魔をするわけですよね。
やれあの書類が欲しいとかあのデータが欲しいとかですね、プリントアウトしてくれたのなんだのってね、取締役会の議事録を見せろとか見たいとか言ってですね、全部PCに入ってますって言うんですけどね。
本当にもう全然PCが使えないもんですからね。全部、ごとあるごとに全部私に聞いてくるんですよね。
あれには参りましたよね。
1日の業務の15%ぐらいはですね、その彼のお盛りをしなきゃいけないっていうですね。
本当にもう連日徹夜で家に帰れないんですね。そんな奴らをお盛りもしなきゃいけないっていうですね。
いやーあれは本当に大変でしたね。
老害経験と将来への懸念
それはですね、仕事で初めて出会った老害ですね。
あれには参りました。
えっと、まあなんかそんな風に思い出したんですね。
まあその当時のですね、監査役のジジイの年齢に近づいてきているわけですね、我々がですね。
まあその老害の年齢に自分が近づきつつある我々が近づくあるっていうかね、しかも大量にいるんですね、我々ですね。
これがどんな老害になっていくかっていうんですかね、本当に。
本当に恐ろしい社会がやってくるんじゃないかというふうに思いましてですね、ちょっと話をしてみました。
はい、そんな感じです。
今夜ですね、20時30分にお待ちしております。ではまた。