「何を話せばいいんだろ?」をお聞きくださりありがとうございます!この番組はパーソナリティ、アイヴィンイクコが、毎回「何を話せばいいんだろ?」と思いながら収録をスタートして何かしら話をする、アイヴィンただただ日本語を話すことを楽しみにしている番組です。将来、おばあちゃんになった自分へのエンタメとして運営されている節もあります。
今回は、初めて犬の散歩をしながら収録をしました。アメリカに引っ越して来て丸14年になり引っ越しのこととか思い出しながら話しました途中犬が吠えたり人とすれ違ったり、ほっこり日常も感じてもらえるかな?未来の自分が懐かしけるように編集最小限にしました。
サムネ: 犬たち
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🟠note: 踊る氣功師はコロラド暮らし
https://note.com/ikukoqigongdance
🟠ポッドキャスト: 愛と宇宙にひらくラジオ
https://open.spotify.com/show/4yy9Lsej4Sv4hvgf5Wzdfv?si=tVFBe0xKTxqwm8ZJ6bimTw
🟠私の氣功教室 MYQ Breathing Method
https://www.myqbreathingmethod.com/ja
🟠X
https://x.com/iva_colorado?s=21&t=xfjEFjAhoFXnb3yKPa6CAA
感想
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00:00
皆様、おはこんばんは。 何を話せばいいんだろう?パーソナリティのアイビンイクコです。
今は8月の2日、朝ちょうど7時を回ったところなんですけれども、初めてのお散歩収録をしております。
犬のお散歩をしています。家をちょうどね、出発したところで、ちょっと収録をね、初めてしてみようかなぁと思いました。
よくね、私のお友達のモンさんがね、お散歩収録をされていて、彼女は結構スタンドFMのライブ機能をね、使いながらお散歩して収録をしてるんですけれども、私が住んでいるところ、すごくですね、
電波がよろしくなく、本当はね、スタンドFMのそのライブ機能をね、使ってお話をするとBGMも付けられますし、
まあ音の良し悪しっていうのはちょっとわからないんですけど、あんまり良くないかもしれないんだけれども、
コメントもいただいたりとかしたら、結構楽しくね、お話ができるかなって思うんですけれども、
なんせ田舎でですね、以前にもね、ちょっとやってみたことがあるんですけれども、途中でね、音声が途切れちゃったりとかしていて、
なんか話が途中5分ぐらい飛んでいたりっていうことがね、あったりしたので、収録をして、後でそのままキラキラ星のBGMをつけて配信をするっていう形にしようかなというふうに思っています。
車のね、収録でもね、そういう感じでね、いつもやっています。
昨日8月1日は、私と家族みんながアメリカに引っ越した14周年記念になりました。
なんでもうね、アメリカに引っ越して丸14年がね、経ったっていうことなんですけれども、早いですね。
あっという間の、振り返ってみれば14年。
それでも、あっという間なんだけれども、長かったようにも感じます。
なんかそういうものなんだよね。不思議ですよね。
でもやっぱり、あっという間だったかな。
いいこともあれば、悪いこと、悪いことっていうのは別にそうなかったかなっていうふうに思うんだけれども、まあ大変だったことっていうのはね、やっぱりありますよね。
皆さんもそうだかなっていうふうにね、思いますけれども。
まあ私たちが引っ越してきた時っていうのは、2012年の8月1日なんだけれども、その時はね、あの引っ越しが決まって、まあ引っ越しが決まるっていうのはもっと前の時点でね、もうアメリカに引っ越しましょうっていうのは決まっていたんだけれども、
でもその前に、それを決まって、いつ引っ越しをするっていうふうに分かった時点で、まだね、事情を認診してなかったんですよ。
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引っ越すことが決まって、えーどうだったかな、引っ越すことを決めた後に事情を認診したんですけれども、まあその時点ではね、いつ引っ越しをするっていうのを決めてなかったんですよ。
まああのターゲットはね、決めてました。あのターゲットは、来年度の学校の、あのアメリカでの学校が始まるタイミング、その前に引っ越しをして、子供たちが新年度始まる時に学校に行けるようにっていう、そういうねターゲットを決めていたんだけれども、認診したことが分かって、そしてその、どうだったんだっけ、そう。
で、えーと、引っ越しっていうのを新年度のタイミングでっていうのを決めていたんだけれども、その出産予定日っていうのがね、5月の終わりだったのかな。
そしてあのアメリカの夏休みっていうのが、まあ6月、7月、で8月終わり、後半から学校が始まるっていう感じだったので、引っ越す場所もコロラドっていうのは決めていて、コロラドの中でね、どこに引っ越しをするかっていうのは、
まだ決めていませんでした。で、えーと、どうしてね、コロラドを選んだのかっていうと、うちの夫はミシガン州というところね、えーと、皆さんがチリで習ったアメリカゴダイコのあの湖に囲まれたね、左手の手袋の形をしている州なんですけれども、
ミシガンの出身なんですけれども、ミシガンで生まれ育った夫は、ミシガンはね、冬がやっぱすごく過酷なんですね。もちろんね、雪はありますし、冬のアクティビティっていうとね、スケートとかそういったものはあるんだけど、山とかはなくて、で、夫はね、あのスノーボードをやるんですよ。
で、スノーボードをやるので、山があるところがね、いいっていうことと、あの以前にもコロラドに会ったことがあって、あのコロラドには何度もね、来て、スノーボードをやったり、夏は夏で馬に乗ったり、なんかそういったアクティビティをね、したことがあったのと、あとあの、私の夫は妻婚なので、
私とはね、妻婚だったので、最初のあの結婚の時に、子供がね、2人いてね、その話をお前にしたことがあるんですが、そういう子供たちがね、コロラドに住んでいた、その当時ね、っていうのもあって、まあのコロラドがね、いいかなって言って、コロラドに引っ越すことにしました。で、私自身はね、どういう心境だったのかっていうと、まああの、彼もね、長年日本に住んで、日本に暮らして、
いました。日本で生活をしていましたので、まあアメリカに帰る、今回のこの引っ越しっていうのは、まあ家族にとって、まあより自然に触れて、子供たちの子育てがしやすい環境で、っていうこともあったし、だけれども一番は、まあ夫がアーリーリタイアメントをして、っていうことだったので、まあ彼自身がね、私はあのダンスができれば、
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いいやぐらいだったんですよね、当時ね、あのバレーができればいいってこともあって、で、私自身も10、
19歳、そうですね、10、いくつだったかな、もう20歳になってたのかな、の時に、あの縁があってコロラドバレーの方にね、あの少しいた時もあったので、コロラドに縁があって、じゃあ、あの
老後を充実して過ごせそうな、で、あと子育てをする上で、あの子供たちにも、あの四季を通じて、
アクティビティがいろいろあるコロラドに引っ越そう、っていうことをね、決めました。で、コロラドのどこに引っ越すかっていうことは決めてなかったんだけれども、
自助の妊娠がわかって、すぐくらいがちょうどね、2011年の冬で、その冬に家探しのために、コロラドに1回ね、行ってみるっていうのをやって、コロラドの中、首都のデンバー、州都ね、州都のデンバー、
州都のデンバーの少し郊外、えーとボルダー、今住んでいるのがボルダー、それから、えーと山の中のね、えーと町、この間あのサマーフェスティバルっていうのに行ったんですけれども、
えーとそのことはノートに書いて、たぶん、ポッドゲスでも話さなかったのかな、なんかそのフェス、サマーフェスティバルに行った、エヴァグリーンという場所、それから、えーと、今住んでいるところから、クロムガト3時間ぐらい離れているんですけれども、
コロラドスプリングスっていうところで、えーと、よくね、あの、フィギュアスケートの大会などがね、行われたりとかする場所なんだけれども、そこをね、見に行って、お家をね、探しに行きました。
あ、ちょっと犬たちのお友達が前から歩いてきました。ちょっとおしゃべりするかな?と思いますけれども、そうそう、なんかそんな感じでね、お家を探して、今住んでいるお家を決めて、それでね、あの、いったん日本に帰り、で、その時はね、もう私のビザとかをね、申請とかもしてたのかなーと思いますね。
なんか懐かしいな。かわいいワンちゃんいます。
はい、グッドモーニング!
というわけで、私、今お友達とバイバイしてきました。戻ってきました。そうなんですよね。そんな感じで、あの、まあ、引っ越しをね、決めて、今のお家を決めて、そして私のビザが無事にね、届いて、多分ね、んー、引っ越ししようかって決めた時点では、多分2011年の、まあ、夏ぐらいかな。
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夏ぐらいだったかなーと思うんですよね。それで、多分、その時点で、もうビザの申請はどうだったのかなー。
ビザの話ね、また、もう14年前のことだから、今とはね、ルールがすごく変わっているかもしれないし、その14年の、14年前の時点よりも、今の方がね、多分、時間がかかったりとかするかもしれないんだけど、ビザの話をまたどこかでね、できたらいいなというふうにね、思ったりもしていますけれども。
そうなんですよ。そんなわけで、いろいろなことがね、順調に進んで、私たちが引っ越す時にはね、赤ちゃんがいるっていうことで、出産予定が5月の終わりだったんだけれども、6月の2日だったかなー。
4日ぐらい遅れて、生まれてきましたね、次女が。そして、生後だいたい丸2ヶ月。えっと、彼女は、6月の2日生まれだったので、生後2ヶ月でですね、飛行機に。
はい、テンマン、ストップ!
6月の、テミー、ストップ!
プードルのお友達にね、会いました。
そうそう、そんなわけでね、あの、生後2ヶ月の娘をね、連れて、アメリカに引っ越してきました。で、どうしてこの話になったのかっていうとね、大変なこともあったよねっていう話で、
まあそうですね、引っ越してきてすぐは、んー、なんかいろいろなことを、引っ越してきた当日のこととか思い出しますね。
で、あの、空港にね、その当時は、えっと、デンバーと成田をつなぐ直行便っていうのはまだね、就航していなくて、ロサンゼルスでね、引っ越しをし、あの、引っ越しっていうか入国?アメリカに入国をしたんですけれども、で、それから、
えー、3、4時間のトランジットがあって、そして、デンバー入りしました。で、デンバーに入った時に空港で、引っ越しだから大荷物を持っていて、で、その写真とかこの間のノートにね、あと載せたんですけれども、当時ね、
まあ、ストップ。
えっと、そう、事情がまだ2ヶ月でね、引っ越してきて、やっぱり引っ越し、引っ越してくる前に、私たちはインテリアデザイナーの人を雇ってですね、大方?すぐに住めるように、大方の家具とかをね、もう、注文とかして、お家に揃えてたんですよね。
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で、引っ越しの荷物も、8月の1日に引っ越しを見込んで、えっと、出産前に必要最低限を残して、もうね、アメリカに送っていたんです。だから、私たちが引っ越す時には、自分たちの荷物っていうのはもう、家に既に入っていて、そのインテリアデザイナーの人がね、ヘルプしてくれて、で、家をもうすぐ住める状態にしてくれてたんですよね。
それで、なので、まあ、キッチンとかも整っていましたし、もちろんね、自分たちで結局リアレンジしたっていうのはあるけれども、とりあえずサービスアパートメントに入るような感じで、もうすでにね、住めるような状態になっていたんだよね。
あ、そうそうそうそう。で、話そうと思ったのは、デンバーの空港にね、引っ越しで入ってきた時に、あの、お迎えにいるはずだった、なんていうの、大きいリムジンタクシーみたいなね、そういうのを来てもらう工夫になってたのに、その人たちがいな、その人がいなくて、わらわらしたっていうのはあったんで、結局ちょっと違うところでね、待ってたみたいで、まあ、大丈夫だったんだけど、
そう、到着したのが、まあ、夜もう暗くなってる時で、それで車に乗ってドライブですけど、真っ暗ですからね、アメリカの、なんていうの、道、日本みたいにさ、街灯がほとんどないし、
Come this way. This side? Good morning. Have agood day. Thank you. No. Come.
そう、で、真っ暗で、家の状態もわかんなくて、あ、家っていうかね、あの、ドライブしてる空港から家までの道の外の景色とかも全然見えなくて、一生懸命ね、こう見てて、高速降りたところなんか特にね、あの外一生懸命見てたけど、あんまりよくわかんなくて、あんまり覚えてないですよ、真っ暗っていうのだけ覚えてて、
それで、家に到着して、とりあえず寝ようみたいな感じで、何時くらいだったのかな、なんかちゃんと覚えてないな、真夜中近かったのかな、それでお家に入って、で、翌朝ですね、翌朝のことよく覚えてますね、朝5時過ぎくらいなんとなくふっすらと明るくなってきて、
で、外の景色がわーって見えて、初めてこう、家の中のこと、初めてっていうか、まあもちろん電気とかつけてね、あの、見たと思うけど、あんまりよく覚えてないですね、そこらへんは、ねえ、まあそれぞれ子供たちの部屋とかももう整えられてる状態で、そのインテリアデザイナーの人がね、たぶんね、ウェルカムみたいな感じで、もう整えてくれてて、
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そうそう、なんかそれを、たぶんもう絶対見てるけど、もうあんまり全然覚え、記憶にはなくて、でも次の日の朝だんだん明るくなってきて、しっかり明るくなって、あのー、家の中の感じ、で、外の感じ、なんかその、その時の感じっていうのはよく覚えてますね、
そして、えーと、夫のね、両親が、引っ越しのお手伝いということでね、前日にコロラド入りしていて、ホテルにね、その時泊まっていたんですけれども、あの、来てくれてね、ノックノックノックて、外の玄関ノックノックして、ドアを開けて、わーって、なんか、ウェルカムトゥドゥUSAみたいな感じで、
そう、あの時のドアを開けて、お父さんとお母さんが、ニコニコして、あのー、ハグしてくれた、あの時の感じ、あの時のことを覚えてますね、うーん、なんか、そうだね、14年前引っ越してきた時のこと?思い出?
で、まあ、いろいろありますよね、で、ちょうど1年前、8月の2日だと、8月1日、8月の2日だから、この今ぐらいの時間ですよね、14年前ちょうどお母さんとお父さんが来て、朝が始まる、コロラドでの生活が始まったっていう感じでした。
うーん、子供たちも小さかったですしね、まあ、次女がまだ生後2ヶ月ってことで、やっぱり2、3時間おきに授乳したりとかしてね、まあ大変だったよね、飛行機で、赤ちゃん連れで飛行機っていうのは慣れてて、うちの子供たちも結構飛行機慣れているわけじゃないけど、おりこさんしてたよね。
あんまり大変だったのは、やっぱり荷物が多かったのと、ロサンゼルスでのトランジット3、4時間待たなきゃいけないっていうの、それがちょっと大変だった記憶はあるけど、引っ越し自体はね、よかったです。
私あの背中にね、バイオリンを背負ってて、バイオリンもずっと弾いてないけど、弾いていたんですよね。で、バイオリンを背負っていて、前に赤ちゃんを抱っこして、それで荷物を持って、みたいな感じでベビーカーを押して、まあベビーカーにね、荷物を押したり、入れて押すみたいな感じだったけど、うーん。
で、次女が2年生に上がる学年だったし、長男はプリスクール、4歳の、まだ3歳、ん?まだ3歳だったね。あ、違う。4歳になってすぐだったのかな。そうなってすぐでしたね。
18:07
で、長女はまだ7歳で、その9月に8歳になるっていう時でしたよね。やっぱりなんか、すごく引っ越しで忙しいっていうか、やらなきゃいけないこともあったし、新しい生活が始まって、初めてのアメリカでの学校の生活が始まって、それから、次女はまだ2ヶ月だったから、
お世話もね、それなりにあるじゃないですか。巡遊もちろんありますし、なんかそういうのがね、なんていうんだろう、結構良かったかな。良かったかな。忙しくて、なんかホームシックとかになる暇がなかった、みたいなのはね、ありますね。
で、ホームシックになる暇がなかったから、なんか寂しいとかもそんなには感じずにいられた。でもやっぱりね、ありました。寂しいなーって思うこと。
で、夫はさ、アーリーリタイヤメントだったので、しばらくはお家にいてね、家のことすぐいろいろやってくれてたけど、子供たちは学校に行っちゃって、慣れない生活。最初の数ヶ月は、私も車の免許がなかったので、運転できなかったんですよね。だから自由に移動するみたいなのがなくて。
なんだろうね、一番大変だったことは、お友達とかもいなくてね。
なんかそう、友達もいなかったし、人と知り合う機会っていうのがなかったんですよね、最初の方ね。
それがちょっと寂しかったかな、どうでしょう。なんか大変だったの、そういうところ、最初の方。
あとはもう、車を持って自分で運転できるようになったら、移動とかも自由だったし。
あとね、産後のヨガ、赤ちゃん連れてっていいヨガとかに行って、お友達を作ったりとか。
日本人のコミュニティっていうのが少しあって、そういうのにも参加したんですけど、それはあんまりはできなかったかな。
あとは当時ブログを書いていて、そのブログを通じて連絡をくれた人がいて。
それで日本人のお友達が何人かで来て、今でもね、うっすらと。濃くはないですけど、うっすらと今もつながっているし。
うーん、そうね、そんな感じだったかな。
私あんまりホームシックっていうのはなかったけれども、でもちょっとなんか精神的なアップダウンはね、産後っていうのもあったので。
21:00
グッドモーニング!
ところどころね、お散歩で人に会うたびに中断しておりますけれども。
一番大変だったのは、やっぱりそのあんまりホルモンの影響でとか、そういうことにとらわれる方ではなかったけれども、
今思い返せばね、そうだったのかなみたいなことはね、しばらくありましたね。
うーん、でもほんと14年間、アメリカに引っ越して後悔したことっていうのはないかな、今のところ。
今のところはなくて、コロナの時にやっぱりちょっと分断みたいなのがあって、6年間日本に帰れなかったし、
6年間帰れる時もあったと思うんですけど、タイミングがね、合わなくて、結局その前後6年間は日本に帰らず、
あ、前からちっちゃいワンちゃんたちが来た。
そうね、その時に、
そうね、日本にそれだけ長く帰れなかった時は、やっぱりちょっと日本が恋しくなったみたいなのはありましたけど、
でもやっぱりテクノロジーにだいぶ助けられましたよね。
いつでもLINEとかで家族としゃべりもできたし、ビデオチャットもね、できるし、お友達ともね、やりとりはできて、
SNSもね、お互いに近況がわかるっていうのがやっぱり絆じゃないですけど、
実際になんとなく近くにいる感覚っていうのが感じられて、
だからやっぱりそういうのを考えると、それ以前の海外移住とかの人たちってやっぱりすごかったなっていうふうにね、
強いなっていうふうに思いますよね。
なんかそんな感じで、14年間子供が2ヶ月だった子が14歳に今なり、
2年生だった子が大学の最終学年になり、
そしてね、プリスクールに行ってた子がこれから大学に進学になり、
というわけで大きくなってね、子供たちがもう育ってしまって、
今住んでるお家がすごい大きくて、私は個人的にはサイズガンしたいなとかも思ってはいるんですけれども、
今住んでる近所がすごくいいところで静かで、家の前に湖もあって、
みんなご近所さんもね、スプリンクラーの水が、ご近所さんたちもいい人たちが多くて、
なのでね、そこが引っ越したくない理由の一つにはなってますね。
サイバーフッドの中でもうちょっとちっちゃいお家を見つけるっていうのもいいんですけれども、
24:02
今のロケーションがすごくいいんですよね。
家の前に家がないじゃない?景色もいいし、うちの子たちが結婚するかどうかわかんないし、
孫とかね、孫とかいたら、今のお家だったらあったらいいのかなとかも思いつつ、
でもまぁ、そんなにビジターさんが来るわけでもないし、ちょっと遠いし田舎だし、
日本からお客さんが遊びに来たのって、私のお友達だけど、ほんと数人だけで、
これ14年住んでて、私の両親が一回来て、それから一人友達が一回来て、
もう一人お友達が来て、彼女はね、仕事で一人の子は来て、1ヶ月ぐらい滞在したんですけれども、
子どもたちの小学校に研修できてて、大学の教授なんですよ。
大学の教授で、幼稚園から小学校にトランスファーする時の子どもたちの教育みたいなのを研究している人で、
その研究のために、うちの子どもたちの小学校に来て、ちょっと働いたりとか見学したりとかされていたんですよね。
なので彼女が来てくれて、もうそのぐらい?2人?2人ぐらいしか来てない。
夫のお友達も、やっぱり遠いのと飛行機代が高い。
もうちょっとなんとかならないかなというより、やっぱりコロラドと日本の飛行機代って20万ぐらいかかるんですよね。
で、20万、飛行機代だけ出して来てくれれば、うちに泊まればいいし、私はご飯も作るし、
だから、まあちょっと外食した時のお金、あとお土産のお金とかね、そのぐらいでお金は済むんですけれども、
宿泊代いらないしさ。で、2週間とかね、滞在してもらったらね、楽しいし、私嬉しいし。
で、2週間の滞在、20万で2週間の滞在って考えると悪くないかなって思うけど、
でもやっぱりなんかちょっと、なんて言うんでしょうね、旅行で観光で来る場所ではそんなにない。
でも自然がすごくあって、リトリート的な気持ちで癒されるために来るにはすごくいい場所ですね。
というわけでね、まあ興味がある人は遊びに来てもらえたら楽しいなって思うんですけどね。
うーん、そうなんですよね。お客さんがもっと来てくれたらね、いいんですけどね。
27:01
お客さん用のお部屋もね、ありますし、我が家に。なんですよ。
自然もいっぱいあるし。ハイキングとかね、好きだったら。
あっ、ハイキング好きのね、お友達の弟っていう子がね、来たことありますね。
うーん、そうそう。数日うちに泊まって、それからまたアメリカの中をね、旅行するみたいな感じで。
でもハイキングとか行きましたね。懐かしいな。
子供たちは小さい時だったから結構前ですね。
そういうのはね、ありました。
そう、なかなかね、走る人、走ったりとかする人はいいと思います。
ちょっとコーチトレーニングになるし、実際にね、世界中のアスリートの人たちがね、オフシーズンに。
あとシーズンが始まるちょっと前とかに、木でトレーニングをして行く場所でもありますので。
走る人たちにはね、とてもいいと思います。
うーん、あと自然が好きな人とか、そういうなんか先住民の暮らしに興味があるとか、そういう人にもいいですね。
うーん、あのニューヨークで刺激的なね、観光をするみたいなのはね、ないけれども、また違う意味でゆったりと過ごす。
日本とはやっぱ違う、ゆったりと過ごすっていうのがね、できるので、いいかなーって思います。
特に都会暮らしの人たちにはね、いいかなと思う。
朝は爽やかですしね。
本当はね、今日も6時半に出発してお散歩する予定で7時になっちゃいましたけど、7時はいいです。
今ちょっと暑くなってきましたけど、歩いてることもあってね、暑くなってきましたけれども、でもね、すごく爽やか。
あの高原にいるような、高原にいるようなこの爽やかさっていうのをね、私たちも引っ越しが8月だったから、
そうですね、その日の朝の爽やかさっていうのをね、よく覚えてますね。
でもね、午後になるとね、めちゃめちゃ暑いんですよ、やっぱり。
で、標高がちょっと高いから、なんていうか、日差しがすごい強い。
平地の紫外線が4倍って言われています。
で、あのオーブンの中でジリジリ焼かれてるような、そういうちょっと痛いような暑さですね。
レーザー光線を浴びてるような感じ。
日本の夏と、東京の夏とはね、ちょっと違いますね。湿気がないので、そんな感じです。
Good morning!
いろいろなね、ご近所さんに会いますね。
犬を連れてる人、犬を連れてない人、みんなね、朝やっぱり気持ちいいので、お散歩される方が多いです。
うーん、静かでね、いいとこなんですよ。
こうやって歩いててもね、そんなに人に会わないですよね。
いっぱいの人が歩いてるったって会わないですよね。
あと、ランニングのね、グループの人たちとすれ違いましたけど、
30:03
その人たちはちょっと、私はあの遊歩道を歩いていて、
その人たちは道路の方を走っていたので、
ま、目で挨拶ぐらいでね。
うーん、気持ちがいい。
はい、お散歩ですが、もうすぐ終わりに近づいています。
犬たちも暑そうです。
暑くなってくるよね、歩いてるとね。
歩いてると暑くなってくるし、出た時よりも日差しが強くなって暑くなってきています。
でも、草のところにはね、モーニングデューが、朝露がついていて、
トンボが飛んだりして、鳥が鳴いていたり、
ゴルフ場のところに住んでいるので、
あのゴルフ場のところにスプリンクラーが出てね、
ああいうのを見るとちょっと涼しげな感じもしますし、
スプリンクラーがついているお家もね、結構多かったですね。
うーん、我が家はね、夜にスプリンクラーがね、作動しています。
で、その夜の時間と自分のシャワーの時間が被ると、
ちょっと吸い圧がね、弱くて、
あ、スプリンクラーと被ってしまったってね、思うんですけれども、
いつもね、忘れてしまって、シャワーの時間が被ってしまうということがね、よくあります。
ちょっと、坂のところを歩いたら、息が切れてしまいましたけれども、
ね、犬たちの声も入っているのかな?どうなんでしょう。
マイクをつけてね、おしゃべりしながらお散歩、なんか楽しかったです。
楽しかったです。
そう、なんかその、引っ越し14年でね、その記事を書いたのと、
その次の日っていうか、昨日なんですけど、
昨晩ね、やっぱり親元を離れて、家族から離れて暮らす上での、
やっぱり親の親身目には会えないかな?みたいな覚悟。
みたいなものをね、やっぱり持っているよ、みたいな話をね、
この間、記事にも書いたんですけれども、
まあ、なんかよくよく考えてみると、日本でもそうかもしれませんよね。
まあ、日本国内でね、北海道と沖縄で離れて暮らしているとかだとやっぱり、
すぐすぐにはね、駆けつけることってできない。
とはいうえ、コロラドと日本よりは早く駆けつけられるかな?とかね。
でもまあ、私たちは生きている限りね、
いつ何があるかどうかっていうこともね、わからないですから、
毎日を大切に生きていこうぜっていう話をね、ちょっと記事にしたりもしました。
はあ、それで8月に入ってね、あともう2週間ちょっとで学校が始まります。
私の息子もニューヨークにね、旅立ちます。
なんか新しい新年度が始まると、私自身もね、
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ジャイロトニックのトレーナーの資格を取って新しい仕事ね、始まっていますので、
まあまたね、これから次の新年度も元気に過ごしていけたらいいなというふうに思います。
じゃあね、お家に着いたのでこの辺で終わりにしたいと思います。
ありがとうございました。うだうだとね、うだうだと話してしまいましたね。
略はいつもないんですけれども、ありがとうございます。
ではでは、皆さんまた次回お耳にかかれることを楽しみにしております。
バイバーイ。
33:38
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