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2025年は「こなすのではなく味わう」ための脱皮の年
2025-01-12 22:47

2025年は「こなすのではなく味わう」ための脱皮の年

今年2025年、皆さんは何を大切にしていきたいですか?

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もみじに自分の話を聴いてほしいな、
内省を深めて、自己理解を深めたいな、
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みなさんこんばんは、内省るうむ🇫🇷のお時間です。
このチャンネルは、息をするように内省している私、もみじが、今自分の内側にある思いを言葉に出してみようという試みで発信しております。
今日はですね、今年2025年意識していきたいことっていうのについて話してみようと思います。
いろいろね、ジャーナリングやってるんですっていう話は、これまで何回かしてきたんですけれども、
年末年始はですね、私のジャーナリングノートは特に、いつにも増してボリューミーでして、
1週間ぐらい、ああでもない、こうでもないっていうね、それぐらいかかっても仕上がらないんじゃないかっていうぐらいのボリューミーなジャーナリングを地道にいろいろやってきました。
今年2015年、自分はどういうふうな時間の過ごし方をしていきたいのかとか、ここを大事にしたいなとかっていうこともね、かなり時間をかけて考えてたんですね。
その中で、あ、今年はこれだなっていうのが、だんだん書きながら自分でも見えてくるっていうのがあり、
それが、こなすんじゃなくて、味わうことを大事にする。こなすのではなく、味わうを大事にしたいっていうことですね。
あとね、それがもう一つ目なんだけども、2つ目もありまして、脱皮、爬虫類、蛇ちゃんとかね、皮むけるっていうか、皮がバッと皮剥がすみたいなのがありますよね。
その2つがね、ジャーナリングをやってて、ずーっと出てくる、私から出てくる言葉だったんですよね。
この2つが自分の中のテーマなんだなっていうのを書きながらね、やっぱり感じるんですよね。
ずーっと書いてると、本当に自分が思ってるものばっかりに、やっぱり話自然になってくるんですよ。意識しなくても。
不意を見返したら、私またこの話してる、また私ここでこの表現してる、みたいなのがね、おのずと見えてくるっていうね、ジャーナリングの面白いところだなって思うんですがね。
このこなすんじゃなくて、味わいたいっていう思いと、脱皮、この言葉に惹かれる自分、なんかこれって重なる部分あるよなぁなんてね、思いながら見てました。
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どちらもね、この変化とか、よりよく生きるっていう、そういうメッセージきっとあるんじゃないのかなって思うんですね。
このね、この2つって何か繋がるものがあるって最初は思ってて、そんな話もね、ちょっと知り合いに、
あ、こんなふうなの考えてるんだよね。その時にこの2つがね、結構繰り返してくるんだよね。重なるよね、みたいなことを言った時に、
私の話を一通り聞いてくれたその人が、重なるっていうか、それ循環してるんじゃないって言われたんですよ。
で、え?と思って、循環?循環?みたいな、自分の中で反数して考えてた時に、もう一つのイメージが出てきました。
なんかその、味わうっていう点がまず一つ。で、こなすっていうのがもう一つ。で、3つ目が脱皮っていう、なんかこう三角形みたいな感じで点が3つあって、
その点を、じゃあもう味わうからこなす、こなすから脱皮、脱皮から味わうみたいなやつをぐるぐるぐるぐる回る、循環していくみたいなね。
で、イメージが自分の中にできた時に、これだ、見つけたわ、私、みたいな気持ちになりましてね。
いやー、なんか、いい、いい、なんだろう、すっきりした、もうすでに。
でもね、概念見つけて終わりじゃないから、これで1年過ごすんだよっていうね、ちょっと自分への突っ込みもあるんですけれども。
で、こう、そう、このね、2つ重なるなーなんてぐらいにこう、なんとなく考えてるのが、いやいやいや、重なるとかじゃなくて、これ3つが循環してるやん。
こなす、味わうっていうところをすごく味わいたいっていう気持ちが一番にあるんだけど、その味わうものをあれもこれもAもBもCもDもみたいな風に量が増えてきたりとかするとね、
あるいは時間が経ったりとかすると、最初はすごく大事にしたいこととかね、好きなこととかだったはずが、だんだんこなすになっちゃうってことないですか?
うんと、好きで始めた、じゃあなんか習い事だったとしましょう、例えばね。最初はもう本当にワクワクする、楽しいみたいな気持ちだったんだけど、
なんかじゃあそれでも仕事もめっちゃ忙しくなって、あんまりプライベートの時間取れなくなって、でも今日もお稽古の時間だとかって、例えばなったとしたら、
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だんだんその好きなことをやってる時の時間とか感覚、味わうっていうよりも、もうこのタスクをこなすみたいなね。
意識がどうやって効率的に順調に問題なく滞りなくこなして次行くかみたいな感覚になっちゃうことって、なんかないですかね皆さんは?
私時々あるんです。これね、物事もそうだし、あともう一つ思い出したのが、私お酒がねものすごく好きで、食べ物もしょっぱいものとか辛いものが大好きっていうね、もう本当酒飲みの思考を持ってるんですよね。
でフランスに来た時に、まあワインがね本当にいろいろたくさん美味しいものがあって、時はもう毎日、まあおっとっとだけど1日1本、毎日毎日みたいなとか、もう多い時はもうそれ以上ですよね。
もうお酒を飲まない日がないみたいな感じだったんですよ。すごい美味しい。ただ私はなんかタバコ吸わないとか、まあじゃあ糖分、甘いものはもともと好きじゃないのでやらないとか、コーヒー飲まないとか、なんだろうね。
比較的食生活は健康的な方ではあるんですね。なんだけどお酒ぐらいいいやんみたいなね。お酒ぐらい一つぐらい、なんか体によろしくないことをしても別にいいやんみたいな感じで、お酒はあの私の中での好きなものリストの中でかなり上位を占めてたはずなのに、なんかね、ある日あれ?みたいな。
私、今このワインいつもみたいにね、こうやっていただいてるけど、味わう、ワインを楽しむっていうよりは、なんかこう惰性で飲んでいるっていうか、なんかこれって味わうっていうの違うなっていうのを感じた瞬間があったんですよね。
で、その時に、まあお酒って別に体に良いものをもたらすって基本的にないわけじゃないですか。あくまでも試行品。体に良くないけれども、でもそこで得られる精神的な喜びみたいなのがすごいあるから飲むっていうのね。
そのつもりで飲んできてたはずなのに、なんかもうそこに味わうんじゃなくて、なんかこなすとかなんか惰性みたいなのが入ってきたら、何のためにわざわざ体に悪いものを、そんなね、惰性でっておかしいやんって思って。
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思った時に、あ、なんかもう十分お酒は楽しんで十分飲んだんだな、もういいやって思ったんですよね。そこからね、私お酒飲むのもうやめちゃったんですよ。
だから今はもうほとんど口にしないんですよね。年に何回か、まあじゃあちょっとイベント事があった時の最初の乾杯だったりとか、
すっごい暑い日になんか冷たいビール飲みたみたいなんとか、たまーにありますけど、本当にね年に数えるぐらいしかもうアルコールって飲まなくなっちゃった。
あれはね、味わうからこなすフェーズに入り、こなすから脱皮のフェーズに入りみたいなやつだったなーっていうのをちょっと思い出します。
たまたま今は今回は味覚っていうところだからあれなんですけど、それって味覚だけじゃなくって、例えばじゃあ人間関係。
最初はこの人との関係性っていうのは、その味わうというかもうすごくこう、その時一瞬一瞬の時間を大切にしていたものが、いつの間にかこなすになっていないだろうか。
で、そこから続けていく中でなんかもう関係性は、まああるんだけど中身がなんかスカスカになっちゃっている。
そういうのはもう、何だろうな、別に喧嘩する必要はないんですけれども、それぞれのフェーズに入った。
カップル、パートナー関係とかだったらお別れするとかね、友人関係でもなんとなく疎遠になるみたいな。
そういうのがきっと脱皮のフェーズなのかなとかね。
まあお仕事とか、自分がやってる何か作業とかそうだな。
最初はこんな気持ちで始めたことなんだけど、何かいつの間にかこなす感覚っていうのがメインになってきちゃって。
でももうこの作業は辞めようとか手放そうとか、お断りしようとかっていうのが脱皮みたいな。
そんなようなイメージですよね。
私は多分もっと味わうってことに全集中したい。
自分の時間だったりとかエネルギーだったりとかね、そういうのってやっぱり有限じゃないですか。
それを味わうっていうことに全振りしたいんだな。
そのためには脱皮をしなきゃいけない。
そういう気持ちになってるんですね。
私ね、味わうっていうことも何かしらの関係で徐々にこなすになってしまうことって、
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これってちょっと残念な気もするんだけど、悪いことっていうふうには決して捉えてないんです。
これって時間で止まることがないっていうのと同じように何か物事って常に変化していく。
その間で味わうからこなすに変わってしまうのはちょっと寂しさとか悲しさあるんだけれども、
そこは止められないもの。
必ず全てのものは時間とともに変化をしていく。
そしたらそこをちゃんと受け入れる、その変化してしまったものだっていうことをね、
ちゃんと受け入れることで初めて脱皮っていうプロセスまでいけるんだろうな。
だからこのこなすっていうところは残念だけどやっぱり必要なプロセスなんだろうな。
で言ったら、味わう、こなす、脱皮、味わう、こなす、脱皮をぐるぐるぐるぐる回る循環っていう言葉がね、
めちゃめちゃしっくりくるなーなんていうのをね、考えたここ1,2週間ですね。
かなりちょっと関連的な話になったので、どこまでこうリスナーの皆さんに伝わったかなーっていう気持ちはあるんですけれども、
なんか忙しくなったりとかね、
あと去年すごく感じたのが1日の時間の費やし方。
それが日程調整リンクとか使ってやったらまあ綺麗に1日のスケジュールが隙間なく埋まっていくわけですよ。
優秀なAIでね、AIとかシステムにおかげでね。
ありがたいっちゃありがたいんですが、1日の時間を私はどれだけ今日はの1日の中で味わうという瞬間を持てたのかってなったら、
なんかめっちゃ今日忙しかったんだけど、なんか味わった感覚ないみたいな日結構あったんですよね。
で時々そういう時があるって言うんだったらもういいんですけれども、
そういうのが結構続いた時期、あの時はね、なんか心がなんか冷えしていくというか、
カラッカラになっていくっていうか、これよろしくないなってすごい思ったんですよね。
あ、まずいまずいって思って、本当に時々短期的にあるのはまあしょうがないとして、
こういうのはずっと続けるって、なんかどんどん違う方向に行ってしまうというかね、
本来自分が行きたいところに行けない、むしろは遠ざかってしまうっていうね、ちょっと危機感も感じたんですよね。
今年はそういうこなすことで時間とか自分のエネルギーとかを消費してしまうのではなくて、
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味わうっていう瞬間をどれだけこう、たくさん?数じゃないんですね。どっちかっていうと深さかな?
味わうという時間をどれだけ深く堪能できるのか、みたいなところが今年の私のテーマなのかな。
そのためにはもう不要になったもの、もう十分だなと感じるもの、卒業だなって思うものは手放す。
手放すっていうのがね難しいんですけどね、必要なんだろうなーっていうのを強く感じるですね。
そうそう、そういえば余談なんですけれど、私この脱皮っていう言葉ね、たまたまなんです。
でて、自分の中で浮かんだ時にその話をちらっと知り合いにしたら、
ああそうだね今年蛇年だしねって言われて、え?そうなん?って思ったんですよ。
恥ずかしながらですね、私今年が蛇年だということを全然気づいてなくてですね。
日本にいるとね、やっぱり年明けた時に多分いろんなところに図だったりとかね、絵とか見る機会とかあるんでしょうけど、
こっちに全然そういうのないんで。
そうだったんだ、今年蛇年だったんだっていうのもね、なんかこれ何かの縁だなみたいなものを感じてます。
で、これもまたね余談なんですが、私脱皮脱皮言っときながら、本当の脱皮って何なのか全然知らないなって思ったから、ちょっとね調べてみたんですよね。
ところでこんな自分脱皮言ってるけど、脱皮のこと何も知らない、どういうことなんだろう、どんな感じなん?みたいなね。
でね、脱皮って私ね、あのまあ蛇さんがするっていうのは知ってたんですけれど、そのね一生に1,2回ぐらいのイメージを勝手に持ってたんですね。
蛇の一生の中でそのぐらいかな、みたいな子供から大人になるみたいなね。
なんかサナギが蝶になるみたいな、そんなような感じをイメージしてたんですね。
でもそうじゃなくて、2,3ヶ月に1回脱皮するって聞いてびっくりしちゃって、そんなに頻繁にするんだって。
若い蛇ちゃんはもっと早く1,2ヶ月とかに1回脱皮をするし、皮膚の新人体者みたいなものらしくってね。
年をおめした蛇さんは半年に1回とかだんだん感覚が長くなっていくらしいんですよね。
めちゃめちゃ面白いと思って。
私ね、その瞬間に感じたのが、え、羨ましいって思ったんですよ。
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羨ましいと思った自分に一生私大丈夫かなって、自分に対してちょっと不安になったんですけど。
脱皮するって羨ましいって思って。
何が羨ましいんだろう?ちょっとね、そこね、自分で突っ込んでいったら多分、
なんだろうな、新しく脱ぎ捨てて新しくなる感じが、
まあ視覚化されるわけですよね。
たぶん、今の私の日常で脱皮みたいなことって言ったら、別にカラネ、蛇ちゃんみたいにガラッと、
カラが抜け殻ができるわけじゃないじゃないですか、人間は。
で、日本では年末に大掃除とか、あとはここ数年ね、
数年というか最近になって断捨離みたいなので、
あとはまあじゃあ引っ越しとかかな、そういうのもなんかそんな近い感じってあるのかな。
でもあれって、自分たちがやったアクションによって結果感じられるものみたいなもんじゃないですか。
でも蛇さんの脱皮っていうのは、もう自分のボディ、体からごそっとカラが残ってね、
しかも見える状態で可視化されて自分の体生まれ変わるみたいな感じ。
なんかもう心身ともに脱皮って感じがね、めっちゃ羨ましいと思うんですよ。
大丈夫かな、こんなに羨ましいと思う私。ちょっと微妙に心配な気持ちはあるんですが。
すごい良いので、私は年末の掃除もそんなうまくできなかったし、今回も。
断捨離もうまくいってないし、なんかこうニューボーンみたいな、
そういうの経験したいのにできないみたいなジレンマがある中、
蛇さんは体ごとスパーンとできるんだって思ったらね、
なんて素敵なんだろうって思ったっていうちょっと余談もあります。
もう一つさらにちょっと余談続きで申し訳ないんですが、
あの鹿の動物のね、あの鹿さん。
鹿さんのあの角も1年に1回生え変わるって皆さんご存知でしたか?私全く知らなくて。
びっくりしました。
結構あのオスジカの立派な角、結構すごい枝分かれして長いあのすごい角。
ずっとなんじゃないの?みたいな。
あんな大きくなるまでにね、1年どれだけ時間かけて、どれだけのスピードで育ってるんでしょうかね、鹿の角って。
すごい不思議ですよね。髪の毛伸びるよりも早いスピードであの角は形成されてるってことですよね。
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あれがなんか1年に1回ポロッと生え変わるみたいな。
その乳歯から永久歯が生え変わるみたいなイメージですけど、ポロッて取れるんでしょうかね、あんな感じで。
そっかぁ、鹿さんもある意味脱皮なのかな?みたいなのをね、ちょっと私の妄想が広がるそんなエピソードでした。
ねえ、皆さんは脱皮に憧れる気持ちありますか?なんかこう私のこの気持ちわかってくれる人いるんだろうか?
ねえ、そう、そんな感じでね。
まあ今年はこなすんじゃなくって、味わう、そして脱皮、この3つを循環させていくことで、
この味わうにできるだけフォーカスした2025年という1年を過ごせたらいいな。
こんな風に私は思っておりますというお話でした。
皆さんは今年1年こんな風に過ごしたいなとか、これ大事にしていきたいんだよねっていうの、どんなものがあるでしょうか。
よかったらぜひそういったお話も聞かせてください。
それでは今日も最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。
またこちらでお会いできるの楽しみにしております。
それではナイスルームアットバリ、今日はここでおしまいとなります。
おやすみなさい。
22:47

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