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5/087 クルト・ネフ氏の生誕100周年記念展
2026-06-07 22:26

5/087 クルト・ネフ氏の生誕100周年記念展

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スイス・ネフ社の創設者であり、積み木ネフスピールのデザイナーでもあるクルト・ネフ氏の生誕100周年を記念するミニ展示を開いています。

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サマリー

このエピソードでは、積み木「ネフスピール」のデザイナーであり、スイスのネフ社創設者であるクルト・ネフ氏の生誕100周年を記念した展示について語られています。ネフ氏は、家具職人やインテリアデザイナーとしての経験を経て、おもちゃの世界へ転身しました。彼の革新的なデザイン哲学、特にパッケージにデザイナー名を明記する姿勢は、後の多くのメーカーに影響を与え、ネフ社を世界的な積木メーカーへと成長させました。

オープニングと展示会の告知
6月4日、木曜日です。ながらcastを始めます。 今日はね、曇ってるし、ちょっと雨もポツポツぐらいかな。
路面濡れてますけどもね、まあ割と明るい曇りで。 乾き始めてるとこもあるな。
今ね、ちょっとだけポツポツしてたんで傘させたんですが、それほどでもないですね。
台風が来ましてすっきりしたかと思いきや、まだなんとなくもやっとしてる、そんな天気ですね。
やっぱ低気圧の影響なのか、なんとなくちょっと体がだるいような気がします。
まだ木曜日でしょ。
まだ2日目なんでね、頑張っていこうかなと思います。
では、ながらcastスタートです。
この番組は、自分大好きな62歳、私、ササユキの声のブログ、声の日記です。
通勤途中に歩きながら収録してますので、息がハァハァ上がったり、周りの雑音、騒音、風切音などが入ったりしますが、何卒ご容赦ください。
昨日は台風でね、ちょっと大変な日だったんですけども、
店内で定期的に展示コーナーを変えていくんですけどね。
次回というか今やる分が、私が担当しているので、昨日はね、結構その展示コーナーに物を並べたりしておりました。
クルトネフっていうね、おもちゃデザイナーであり、おもちゃメーカーの創業者、スイスのネフ社っていうメーカーの創業者でもある方なんですけども、
その方がね、生誕100年、もう亡くなっている方なんですけどね、その100年を記念して展示をしてみようということで、私が発案して準備をして、今週の土曜日から始めようかなと思っております。
まあね、現行品もまだ結構あって、すごい人ですよね、今でも作られているおもちゃがあるっていうの。
さらに廃盤品もたくさんあるので、そんなものも並べて、あとは記念品的なものも並べようと思っています。
すいません、さっきのところちょっとね、小走りになりながら録音したので、若干ノイズ多めでごめんなさい。
クルト・ネフとネフスピール
さて、クルトネフさんの話今日はしていこうと思うんですけども、今回の展示品、さっき言ったような内容で、主に彼のデビュー作でもあるネフスピールって、自分の名前つけたネフって苗字ですよね。
スピールってドイツ語で遊びとかゲームとか、そういう意味なんですね。
だからネフゲーム、ネフおもちゃ、おもちゃじゃない、ネフ遊びみたいな、本当に何だろう、あまりひねった名前じゃないものが、彼の代表作でもあるんですね。
それのいろんなバリエーションを今回はお見せしようかなと思っていて、いろんなお店、うちも含めて特注品がよく作られているので、そのあたりを見せていこうと思っています。
で、うちの元スタッフで、ネフの伝道師、エヴァンジュリストとも言える、デザイナーでもあるんだけど、相沢康夫っていう人のコレクションもお借りして、結構見ごたえがある。
ネフスピールのいろいろっていうのが見ることができて、さらに廃盤品も結構古ね、ネフっていう会社も歴史があるんですけども、70年代、80年代、90年代あたりでもかなりいろんなものを作っていて、
ネフさん自身もデザイナーとしていろんな作品を作っていたわけですね。
メーカーとしては結構近代的な工場で、よく木の製品っていうと手作りでいいですよねって言われるとステロタイプな反応をされることも多いんですけども、そういうものもありますけども、
例えばネフ社みたいなところはもう完全に工場で生産されている木製品では、木を使ってはいますけども工程そのものは工業化されているっていう、品質管理もされているっていうものなので、かなりクオリティの高いものなんですね。
そのクオリティの高さ、あとデザイン性の高さ、これはいわゆる美的な意味での、衣装的な意味でのデザインだけではなくて、遊びっていう機能を体現するというか、実現するためにどういったデザインをするかっていう機能的な部分でのデザインっていうのもあります。
そういった機能を含めてですけどもね、もうやっぱり頭一つってものじゃなくて二つ三つ飛び抜けている存在、世界一のおもちゃメーカー、積木メーカーっていうふうに我々はずっと呼んでいた会社なんですね。
その創業者であるクルトネフさんが今回の展示のテーマなんですね。
ちょっと私も盛り上がっているわけです。
ネフ社の品質とデザイン哲学
このネフ社の地位を作り上げたこのクルトネフさんなんですけども、すごく特徴的なことの一つとしては、パッケージにデザイナーの名前がちゃんと明記してあるんですね。
これがですね、今はどうか分かんないけども、結構昔からそれをやっていて、僕がネフをした2000年前後、2000年より前ぐらいかな、の段階では本当に全然そういう会社はなかったように思うので、
非常にそこがね、デザイナー及びデザインに対するリスペクト、デザインの価値っていうのをちゃんと分かっている人なんだっていう、そういう会社なんだっていうのはね、結構痺れたんですよね。
なんでかなって考えた時に、これは直接聞いたかどうか忘れちゃったんだけど、このクルトネフさん、ネフさんって呼んでるんですけども、もともと家具の職人の勉強をして、その後インテリアデザイナーの勉強をして、
スイスのバーゼルの大手の家具メーカーにインテリアデザイナーとして入社、そして家具のデザインを任されるっていう形でキャリアを積んできたんですね。
その後、結婚後、その会社を3年ほど、入社して3年ぐらいで辞めて、妻と2人で家具と工芸品の会社を作ってお店を出すんですね。
そこで扱っていたものが、デンマークとかの北欧ですよね、デザインの家具とか、食器、カトラリーなんかのね、写真が彼の電気本の中に掲載されているんですけども、
そういった要はセンスの良いものを扱っていたんですね。
そういった家具の流れからいくと、当然なんですけども、デザイナーっていう存在が出てくるわけですね。
そういうところから、誰がデザインしたのかっていうことをちゃんと意識するし、顧客にもわかるようにそれを出していくっていうスタンスがごく自然に生まれたんじゃないかなと思います。
そして自分自身もデザイナーであるっていうことも一役買っているんじゃないかと思うんですね。
ネフスピール誕生と事業転換
彼は自分で家具屋さんをやっているときに、お客さんのために作ったちょっとしたおもちゃがすごく好評だったんですね。
それが今も作られているネフスピールっていう積木なんですけども、それが非常に評判が良くて、それをきっかけに家具を売るっていう仕事からおもちゃを作るっていう方向にシフトチェンジするわけですね。
その転機となったネフスピールはさっき言ったように今も作られて売られていて、さらに言えば今もよく売れる積木、つまりベストセラーの一つなんですね。
ロングセラーかつベストセラーっていう奇跡的な積木なんですけども、リボン型みたいな形をした5センチ角の立方体なんですけども、それが16個入った積木です。
これをきっかけにおもちゃを作る。
さらに言うと、自分でもデザインするけども、他のデザイナーの作品も製品化していくんですね。
特にペア・クラセンという天才的なデザイナー、彼はデザイナーでもないし、おもちゃデザイナーでもないし、数学者でもないし、でも全てでもあって哲学者でもあるようなそんな人なんですけども、
彼が作ったおもちゃ、特に積木ですね、に出会って、自分、NEFさんはデザイナーであるよりも良い経営者になろうというふうに決心したと言われています。
それほどクラセンの作るものがすごかったということだと思うんですけどね。
そういう流れの中で、NEF社はクオリティも非常に素晴らしい、製品の、カタログも綺麗なんですよね、本当にオシャレなカタログで。
だからそこで商品化してほしいっていうデザイナーたちが集まってきて、彼らが図面を送ったり試作品を送ったりするんでしょうね。
その中からこれはいけるっていうものを選んでNEF社は商品化していくみたいな流れができていく。
その中で本当に美しくて品質の良いおもちゃを作る。
NEF社のブランド力も上がっていくみたいな時代が続くんですね。
クルト・ネフの功績とネフ社の歴史
はい、そんなわけで今日は偉大なおもちゃ職人であり、デザイナーであり、おもちゃメーカーの経営者でもあったクルッド・ネフさんのことを話してきました。
改めて年表みたいなものを振り返ってみると、50年代後半にそういうショップを開いて、おもちゃに軸足を移して、自社工場でガラガラなんかを作り始めるんですね。赤ちゃん向けの積み木だけじゃなくて。
その10年後ぐらいには近代的な生産工場を作ってそこに移転します。
クラーセンなんかとの出会いもあって、いろんなデザイナーとコラボレーションしながらね、すごい商品を作っていくっていう流れなんですけど。
それが67年とかなんですよね、1900。
その先見性っていうのはすごいなと思うんですね。
これ、さっき言ったデザイナーの名前をパッケージに必ず印刷してるし、カタログにも明記されています。
僕らが見た頃には、商品の中には必ず僕らがパターン表って呼んでるものがあって、その積み木でこんな風に遊べるよっていうようなね、写真もいろいろ載ってたりする、そういう印刷物も入っていて。
もちろんそこにもデザイナーの名前が入っていてっていうことで、デザイナーフレンドリーって言っていいのか、デザイナー志向のね、おもちゃメーカーだったなってまあつくづく思うんですね。
それがまあ、そのブランド力を築き上げた一つの大きな要因だなっていうふうに思います。
実際それができる会社、もしくはできている会社ってほぼ皆無だと思うんですね。
特に木製玩具の話をしていますけどね。
そのラインナップのほぼ全部がデザイナーによってデザインされているっていう意味なんですけどね。
ある意味社内デザイナーがほぼいなかったとも言えるんですよね。
今はハイコヒリックっていうね、あの人がチーフデザイナーをやって、彼自身がデザイナーなので、彼の作品ももちろん商品のラインナップには入っていますけど、
他の新作っていうのもやっぱり本当に新しいデザイナーが発掘されたりということでね、
常にそういうデザイナーとコラボレーションしていくっていう姿勢が変わらないんですよね。
おもちゃメーカーの場合、インハウスのデザイナー、社内デザイナーが作って、多くの場合は名前がクレジットされないようなものが多い。
そういうおもちゃメーカーが大半だと思うんですね。
デザイナー重視の姿勢と他社比較
唯一、クルトネフさんと非常に親しい関係にあったドイツのジーナっていう会社は、ネフ社の姿勢を受け継いでいる数少ない会社だと思うんですけどね。
そこのカタログにも製品にもデザイナーの名前っていうのはしっかり載っていますね。
ただそれはなんだろう、ネフ社とはやっぱり方向性が違うんでね、一緒くたに論じるのは危険だと思うんですが、
そのデザイナー優先というか、重視する姿勢っていうものがブランド力の強化につながっているかっていうと、そこまでではない。
そういうデザイナーを獲得できていない、そういう作品をまだ作りきれていないっていうところは苦しいなって感じはするんですよね。
ネフ社の姿勢に学んだとしても同じようにはなれないっていう仕方ない話ですけどね。
そうやって考えると、50年代から自社生産、60年代には近代的な工場を作って、
ネフ社の経営とクルト・ネフの晩年
80年代になって、ネフさんも年をとってっていう理由かどうかわからないんですけども、ネフ社を一旦手放すんだよね。
他の人に経営は任せて、自分はそれでもデザイナーとしていろんなおもちゃを出して、
ただその後もう一度ネフ社を買い戻して、80歳になって自伝的な本も出された後、亡くなるんですけどね、80歳で。
今年はそれから20年経った、生きていれば100歳の歳でね、そんなことを思いつつ、ネフさんの偉業に思いを馳せたいなと思っております。
今日はここまでです。最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。ではまたね。チュース。
22:26

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