ノーベル平和賞
2024-12-12 13:00

ノーベル平和賞

毎日新聞客員編集委員 元村有希子
Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:28
この時間は、Zoom Up、毎週木曜日は科学です。
先日、ノーベル平和賞を受賞しました、飛覧橋代表の田中テルミさんのスピーチ。
これもね、注目されましたけども、今日はそのノーベル平和賞にZoom Upしていきます。
毎日新聞客員編集委員の元村有希子さんです。元村さん、おはようございます。
おはようございます。
先日、ノーベル平和賞の受賞式が、ノルウェーで行われましたね。
いつもだったら、ストックホルムからという、ストックホルム発のニュースなんですけど、今回もノルウェー発一色でしたね。
日本はそうなりましたよね。平和賞だったからね。
平和賞だけ、ノルウェーが授与すると決まってるんですね。
これも、創設者のノーベルが遺言したからということなんですけれども、
私、科学記者として、スウェーデンストックホルムも、それからノルウェーのオスロも、両方受賞式に参加しています。
いつ受賞されましたっけ?
私じゃないんですよ、残念ながらね。
すごいな、現場の雰囲気を体感できるって貴重な経験ですよね。
ストックホルムは2002年、それからオスロの平和賞は2007年にお邪魔しました。
両者を比べると、ストックホルムでスウェーデンで開かれる他のその他の賞の方が、なんと煌びやかな雰囲気があったり、
人々の服装もすごく清掃だったり、規模も大きかったりするので、
オスロはどっちかというと、ノルウェーの平和賞は、わりとこじんまりと温かい雰囲気を感じました。
田中さんたちが受け取ったメダルが記録されてますけど、症状ももらってたでしょ?
はい、もらってましたね。
症状の左側にイラストが描かれていたのを見ました?
何かなと思って見てましたけど、ちょっと何なのか。
絵の具が散りばめられているようなね。
はい、ありました。
症状はね、毎年変わるんですよ。
そうなんですかね。
デザインが。
北欧のアーティストが頼まれて、受賞者が決まる前に描くんですよ。
03:02
ちなみに今年はですね、デンマーク生まれのノルウェー人が、自由・選択・創造力をテーマに描いたと。
自由・選択・創造力。
この後、非断響の受賞が決まるんですけども。
でもね、自由・選択・創造力って、このキーワード結構、核兵器排説の運動にも似通うなと思いながら。
リンクするところがありますね。
ありますよね。
あれは抽象画ということで、皆さん写真を見ることがあったら、
この非断響の活動とのイメージを重ね合わせてみてもらいたいんですけど。
やっぱり田中さんのスピーチ、結構私も感銘を受けました。
冒頭と結びに、核兵器と人類は共存できない、共存させてはならない、と繰り返しておられましたね。
こういうふうに気持ちを込めておっしゃるのは、今やっぱり相当核の危機というのが迫っているからなんですね。
核兵器生まれたのは、ご存知の通り1945年なんですけれども、戦後も核弾頭は爆発的に増えておりまして、
最盛期には6万発あったんですよ、地球上に。
それを冷戦が終わって減らしていこうという機運は高まったんですが、今なお1万2千発存在しています。
田中さんのスピーチでは、直ちに発射できる核弾頭が4千発ある。
ということが紹介されていましたね。
つまり広島長崎の2発だけでもあれだけ、
瞬時に20万人とかいう人が亡くなるぐらいの威力なのに4千発ですからね。
恐ろしいですよ、考えた中でね。
そうなんですよね。
ロシアとかイスラエルが核兵器を使うぞ使うぞと脅しをしているということを、
私たち今目の当たりにしていますし、その他にも核抑止論というのが大手を振っているんですね。
核抑止論って説明できますか?
そう言われると、その核の脅威によって相手を抑え込むっていうことですかね。
そういうことですね。
持っているぞと見せつけることによって相手に使用させないと。
06:05
そういう考え方なんですけど、でもやっぱりロシアとかイスラエルが使うぞって言ってるってことは、
核抑止論が発端してるんだというのが非断経の皆さんの主張であります。
日本もやはり唯一の戦争被爆国でありながら、核抑止論に乗っかっているわけですよね。
重に守られているわけですもんね。
核抑止論、つまりアメリカの核の傘の下に日本はいるということもあるんですけれど、
広島が地元と言っていた岸田文夫前首相も、核抑止論はこれは崩せないと言っていますし、
今の石場さんも核抑止論を基本堅持しているということの中で、
核兵器廃絶という機運が一番その先頭に立たなければいけない。
戦争被爆国でもこの有様というのは本当に悔しいという思いが私はあります。
平和賞というのは多分に政治的な色彩を帯びるんですが、
今回、わりとパレスチナ問題で与えられるんじゃないかと言われている中で、
非断境に脚を当てたというのは、私はそういう核抑止論は限界だよということを、
平和賞委員会が今すぐ言いたかったんじゃないかと、私は解釈しているんですよ。
そうですよね、きっと。
この内幕は50年後まで明らかにされないんですが、
ただ田中さんもスピーチで言っていたように、
直接の体験を世界に発信できる人というのは年々減っているわけですよね。
つまり被爆者の高齢化という問題がありまして、平均年齢が85歳を超えています。
被爆者、直接の体験者、10年先には数人になっているかもしれないと田中さんはスピーチで言っていましたね。
そう考えると、今すぐちゃんと世界が被爆者の訴えに耳を傾け、
09:03
そして行動するべきだというメッセージを、この平和賞で発しているんじゃないかと、私は強く感じました。
田中さんたち3人がステージに上がりましたけれども、
こちらの受賞式の観客の方には結構たくさんの関係者の人たちが見守っていましたよね。
あの方たちは慈悲徳行なんですよね。
自分のお金で。
そうなんですよ。
被弾協のメンバーは3人だけ面倒を見てもらえるんですけど、
あとの人たちは基本ポケットマネーとかなんとか苦面しなきゃいけないということで、
日本でもクラウドファンディングで1000万円。
1000万円の目標額はその日のうちに達成しまして、
最終的に今4000万円以上集まっているんですね。
その費用をもとでに20人、30人近い方がオスロに向かいました。
今も現地でいろんな語り部活動とかを展開しています。
この世界がオスロに注目しているこのタイミング、絶好のタイミングなので、
ここでやっぱり直接いろんな話を聞いた人が世界に発信するという大きなうねりを広げていかれることを本当に心から希望しますし、
今週末時計っていってね、核兵器の脅威を週末まで何分って表示する時計があるんですけど、
仮想的な時計なんですけど、
これ残り90秒なんですよ。
過去最短ですかね。
これを1秒でも巻き戻すっていうことを本当に地球全体で考えないと、
明日あなたが被害者になり、あなたが加害者になるかもしれないって田中さんがおっしゃったスピーチの重みというのは、
聞いている一人一人がかみしめたいと思います。
新聞などでもその前文が載っていたりもしますし、その後についてもいろいろと記事も載ってますので、ぜひ目を通してほしいですね。
そうですね。科学が支える文明の脆さということについても考えてもらいたいと思います。
わかりました。本村さんありがとうございました。
ありがとうございました。
毎日新聞客員編集委員の本村幸子さんでした。
13:00

コメント

スクロール