00:03
こんばんは、Moです。おはようございます。こんにちは、皆さん元気ですか?
いやー、こうやってね、夜なのにマイクに向かうというのはですね、ほんとちょっと元気が出てきたというか、なんか少し画面を見たりとかしても平気みたいになってきたのかと思うんだけれども、いつも聞いていただいてありがとうございます。
ちょっとね、忘れたくないんだけど、一応始めから言っておくと、
今日はね、生きるための表現手引きっていう渡辺幸太郎さんの本の出版イベントっていうのかな、それで深井さんとお二人がトークショーというかイベントをされていて、それをね、久しぶりにリア体で見ることができて、
お二人のリア体を見た、リア体で見たのはね、ほんと久しぶりかなと思って、前回ね、見たのは、荒木さんの多分、本の出版イベントで3人でね、お話しされてたのを見たかなと思うんだけど、
やっぱりね、最近ちょっといろいろ思うのは、お二人とかのお話の影響をめちゃくちゃ私も受けているので、
第3者の人が、私の話をずっと聞いてくださっている人とかがいたとして、それね、孟さん、あの、それ、幸太郎さん言ってたよね、とか、
あの、え、それ、この前幻会議で深井さんが言ってたことだよね、とかって思われる方もいると思うんだけど、自分としては、もうなんていうのかな、自分で言語化できないことを、お二人とかが言語化してくださっているから、それを真似しちゃうんですよね。
なんていうのかな、その感覚と言おうか、その言ってらっしゃることとかが、すごい納得できちゃったりとかすると、ついつい真似しちゃう、真似しちゃうというか、勝手にそういうふうにしちゃって、で、次に人に話しちゃうみたいなことがあるんですけど、だからなんていうのかな、後でわからなくなっちゃうの、誰が言ってたかとかね。
でも、その思いというか、なんかそっちなんじゃないかな、みたいなことを、今これで話してるから難しいんだけど、頭の中とか、頭の中とか、なんかこう感情とか、心の中で、なんかこう感じたこととかをちょうどいい感じで、私の言語能力的に受け取るときに、なんかその言ってらっしゃることと似てることかも、みたいなことを。
受け取って、そうするとその言葉を真似しちゃうわけなんですけど、次の日ぐらいからとか、表現したいからね、やっぱり自分が思っていることを表現したいから。
そう、だけど、そういうのっていうのの表現するとかさ、そういうこととかも、ほんと言語化お化け軍団ですね、あの辺はね、小太郎さんとか深井さんとかのお話を聞いて、いやーわかるわかる、みたいな。
03:15
でもよく考えるとね、それ私だけじゃなくて、あのコテンラジオとか調査を対戦理論とか、本当にああいう系のね、あの言語化お化け軍団の方たちがやってるポッドキャストを聞いてらっしゃる方と、逆にそう話すとね、逆というか話すでしょ、聞いてる方ね、リスナー。
みんなね、なんかね、自分が考えてることと同じこと言ってたとか言うわけ。
あ、なんだ私だけじゃないのか、とか思ったりとかして、面白くない?
だから結局、ああいう番組、同じ番組を聞くってことは、その中で言ってることにめちゃくちゃ共感する人が多いわけで、
自分ではなかなか話す機会がなくても、その言語化されてることをめちゃくちゃ自分もそう思ってたって思う人が多いんだなっていうのが、なんかわかったりとかして、
っていうことは、いろんなことを経験してきても、なんか同じことを思えてるというか、だから悪い人はいない、自分にとってね、悪い人はいないよねっていうのが最近だんだんわかってきたんですけど、
それで、だからとにかく言葉を使うのを真似しちゃったりするんですけど、そんなことは置いておいて、
今日言いたかったことは、SNSからちょっとやっぱり離れてみたり、いつもそう思ってたんです。
SNSからは離れる時間とか必要だし、だからその間は置いておく、電話を置いておくとか、
そういうのもよくやってたんですけど、その中で、ただ置くだけではなくて、
すごいなるべく気をつけてたことは、
今もそうなんですけど、素の自分ってなんだろうって言っても、味の素の素を私はちょっと使ってるんですけど、
社会的なこととか関係なくなった時の自分というか、
誰にも強制されてない自分とか、
最低限のこと、社会的に最低限なことしかしない自分みたいのは、
本当はそれはそうだったとしたらどうなんだろうみたいな、
なんでそんなゲームができるかというと、今本当に私仕事もしてないし、やることといったら、
子どもたちの世話と、あとはうちの主人の世話と、おうちのこととかなんですよね。
でもそういうことはなんとなく、
06:01
今のところは、なんとなく問題なく毎日が過ぎているとは思うんですけど、
そういうことぐらいしかないんですよね。
わざわざ外に出たりとかなるべくしないようにして、
社会的に自分の責任があるようなことをなるべく減らしてみてるんですよね。
なんでかというと、前だったらやっぱり子どもの親として、
いろんな係をやってみなきゃいけないかなとかやってみたりだとか、
もちろん仕事をしてた時とかは仕事を必ずしなきゃいけない人間関係とかもあって、
そういう人間関係をすべて断ち去って、
素の自分だったらどうするのかなみたいな、
本当は何が私はしたいんだろうみたいなこと、
ちょっと実験してるみたいな感じなんですよね。
ずっとそれは結構ここ数年のこと、なるべくやろう、そうにしようと。
こうしなければならないと思うからやるっていうことをなるべく減らしてるんですよね。
それがね、わかるのが難しい。
なんでかというと、何か朝から人から聞いたりとかすると、
こうにしなきゃとか、今口で言っちゃうと2秒ぐらいかかっちゃうんですけど、
人間って子どものこととか家族のこともそうですし、
他の知り合いの人のこととかもパッと自分でリアクションで、
こうしなきゃって思っちゃうことっていっぱいあるんですよね。
結構ね、家族のことの中で言うと、
例えばなんか、
主人が帰ってきたら、
主人のご飯作らなきゃいけないっていうか、
ご飯作るのはまだやってるけど、
それをいつ出すかとか聞かなきゃいけないとか、
例えば思っちゃうとするじゃないですか。
実は今はもうゲームの中盤なんで、
しなきゃいけないとかって思わないようにしてるんですけど、
そういうの全部やめてみてるんですよね。
だからとにかくちょっとわかりにくいかもしれないけど。
それでだから、
あ、主人が帰ってきました。
反応で昔は多分やらなきゃいけないとかって思う前に、
体が動いちゃったりとか、
あ、帰ってきた!
緊張みたいなリアクションとして。
緊張っていうか、
緊張って言うとちょっと嫌な感じなんですけど、
当たり前なんですよね。
誰かが帰ってきたら、
何か必要なことあるかなとか、帰ってきたなとかって思うじゃないですか。
お帰りなさいとかって言うじゃないですか。
そのお帰りなさいってかって言うことも、
09:00
自分の中では普通に言えることと、
例えば私が何か他のことをしてた時だったとしたら、
めちゃくちゃちょっと、
無視したいじゃないですか、本当は。
だけどその手を止めて、
手を止めて、
わざわざ言うんじゃないですか。
あ、お帰りなさいみたいな。
そうすると、お帰りなさいだけでやめたいのに本当は。
だけど向こうが、
自分が聞きたいから、
今日はどうだったの、なんとかなの、どうなのとかって、
いろいろ言ってきた時に、
私はやりたいことがあったはずなのに、
そっちに気を取られて、
気を取られていうか、
気持ちはそっちの始めにあってたことにあるのに、
彼から話されると、
なんかちょっと本当にこう、
ちょっと違うんだよね、私のやりたいことはみたいなことになって。
うわ、これ嫌だなぁ、みたいになったりとか、
例えばするとするじゃないですか。
で、そういうこととか、
ちっちゃいことなんですけど、
あの、今言ってるから、私は、
あ、本当はあっちやりたいけど、
帰ってきた時は少し余裕を持って、
何分ぐらいかはあの人が話すから、
話し聞いてやろう、みたいな感じで。
帰ってきたら話したいんだろうな、
みたいな感じで受け取るのと、
ああ、また帰ってきた、
これなんかもう、私がこっちやってるのに、
もうなんか邪魔くさいな、みたいな思うのと、
それをなんか邪魔くさいなって思ってるっていうことを、
まずは確認を、
なんていうのかな、
自分で分かる。
それが素の自分だから、
なんかうわうわうわって、
だけどそれを分からないで、
意識的に、
あ、私イラついてる、とか思わないで、
で、旦那にの話を聞き続けるとかいうことをすると、
それが1回ぐらいならいいんですけど、
それが例えば毎日毎日毎日だったりとかすると、
なんかこう、
でもリアクションとして帰ってきたら、
うんうんそうだねって言ってあげてる自分がいるから、
その部分がどんどんアキュメレートって言っちゃうけど、
重なってきて、
なんか蓄積されて、
それがすごいなんかストレスになったりとかする。
だからじゃあ素の自分は何ですかって言うと、
素の自分はちょっとムカつく自分がいるんですけど、
ムカつくけどムカつくって言ったって、
でもまあ考えてみればムカつくのおかしくない?みたいな、
なんかそんな別にずっと一人でいて、
帰ってきた人に、
帰ってきたんだねって言って挨拶するのは当たり前なんだけど、
その素の自分をちゃんと認めてあげるというか、
そういう自分いるねっていうのを、
これいろんな人いると思うんですよ。
ここでムカつかない人いると思うんですよ、
多分普通に、
全然帰ってきても平気。
でも私は何かやってると、
12:01
それを邪魔されたくないみたいな、
せっかく集中して何かやってるのにみたいな、
っていうのもあるなみたいなことが分かってくるんですけど、
その素の自分はもう集中しちゃうみたいな、
それを邪魔されたくないみたいなことを思ったりとかして、
その素の自分が分かると、
無理やり社会的なことですよね、
社会的というのはね、
私が最近気に入ってて使ってるんだけど、
人間関係って全部社会的だなと思っていて、
一人じゃ生きていけないので、
自分と他の人とつながりを持ってね、
やっていかなきゃいけないことなんで、
それを社会的って言ってるんですけど、
だからうちの子供に対しても、
旦那に対してもみんなね、
社会的な行動だと思うようになっているんですけど、
最近は。
そうすると、
素の自分っていうのは実はこうなんです。
それを色々突き詰めていくと、
これはちゃんと旦那に話しとかなきゃいけないということが出てきたりとか、
息子にもちゃんと話しとかなきゃいけないことが出てきたりとか、
なんか自分が結構無理してたこととかが分かってくるんですよ。
でもまずは、
素の自分ってなんだろうっていう疑問がないと、
問いがないと、
そこに行きつかないんですよね。
なんだかしれないけど、
いろんなことに惑わされている自分みたいになっちゃって。
で、皆さんも、
これ聞いてくださっている方ね、
上手くやっている方はいいんですよ、別に。
でもね、上手くやってても実は、
ちっちゃいところで、
なんかこう、
え、違う、素の自分じゃないんだけどリアクションだけでやっちゃってるみたいなことがあって、
そのリアクションみたいなことだけが自然にやっちゃってるものなので、
ストレスになっていることに気づかないとかってあるんじゃないかなって思ってて。
そう、だからね、
素の自分を探したいなって思ってるんですよ。
でね、
今日のなんでそれを説明したかったかっていうと、
あの、この今日ね、
生きるための表現手引きで、
ちょっと読んでくださっている方いるかわからないんですけど、
実はね、そこに出てくる、
なんかこう、
小太郎さんがね、
こう、社会人になっている方たちが、
何か自分の表現活動をしようとするときに、
躊躇してしまう。
で、そういうことを乗り越えるの。
まあ乗り越えるというか、そういうこともあるよね、みたいなことと、
まあそれを乗り越えること、みたいなことを、
あの、ワークショップでやったんですけど、
そのワークショップに私も出てて、実は。
で、だから、
多分なんだけど、
私自分が、
なんかアンケートで出した言葉を忘れちゃったんだけど、
1個ぐらいは多分、
私のかな、これって思うのがあったりとかして、
忘れちゃってる自分も自分なんですけど、
でもだから、
中で半分ぐらいかな、
多分、あのそのワークショップで習ったこととかが出てくる本なんですよね。
15:03
それで、
まあ、
結構小太郎さんのワークショップは、
結構、
参加させていただいているので、
その中で、
こういう、
なんかこう、
表現活動ができる人とできない人がいるっていうような、
そういう、
なんか、
私たちが思っている潜入感みたいな、
なんか、
そういうのは取っ払って、
みんなもしかしたら全員が、
なんかこう、
表現者なんじゃないかみたいな、
そういうコンセプトのことをおっしゃっていたことがあって、
もうその、
そういうことを聞いた瞬間に、
ああ、
そうか。
なんかもう、
私たちの毎日のこの生活の中でいることっていうのは、
一人一人の、
まあ、
表現活動なんだなって思った時に、
あの、
ああ、
そうか。
じゃあ、
私が表現活動を、
今、
このね、
今話していることさえも、
何かしらの、
インプットがあったりとかして、
まあ、
これもね、
なんかスピリチュアルとかが、
あの、
なんていうの、
えっと、
すごい詳しい方とかね、
いや、
そんなの当たり前よみたいなことを言ったりとか、
するかもしれないんですけど、
なんかね、
この、
インプットされたりとかすると、
こうやってなんかこう、
出したくなるみたいな衝動があるんですけど、
私は。
で、
それがおしゃべりであるわけですけど、
その、
このおしゃべりが、
なんか表現活動ですみたいなことって、
なんか誰にも言われてこなかったし、
これが、
みんなが、
ちっちゃい時に、
なんか無償に、
なんか、
なんか、
お絵かきをしたくなった私のあれ、
あれが好きだった、
今思い出したのは、
あの、
ロボコン。
ロボコンとか書くの好きだったしね、
あれね、
なんか簡単に書けそうな気がして、
あとは、
でもね、
とにかく絵とか下手だったので、
でも、
ついつい書いちゃうみたいなのってあったけど、
私とかもだから、
大人になって、
その、
ついついやっちゃうことっていうのが、
例えば表現活動だって言われた時に、
例えばじゃないんですけど、
表現活動って言われた時に、
うわぁ、
なんかすごいこと言われてるなと思って、
で、
じゃあ私にとって表現活動ってなんだろうって思ったら、
やっぱり喋ってることとかめちゃくちゃこれ、
表現してるのかな、
自分を表現してるってことじゃないんだよね、
とかってだんだん思ってきたんですよ。
素になることを考えてたら。
それで、
その表現活動と素になることってすごく重要だな、
なんか重要じゃないですか、
あの、
すごく関係があるんじゃないかと思って、
それでだから、
本当にじゃあ、
あ、
深井さんとかはご自身のこと多分よくご存じなので、
例えばなんか、
ミュージックが好きで、
とか、
なんかロックが好きで、
とか、
っておっしゃってたけど、
でもやっぱり、
ま、
彼とかはまだ40歳代だよね、
まだ前半で、
多分渡辺小太郎さんもそのぐらいで、
同じ年だったかな、
あの二人。
ま、
そうだよね、
だからやっぱり、
なんかこう、
あと10年経ったらとか、
また20年経ったらとか、
18:00
また違うことをおっしゃると思うんだけど、
でも、
なんか、
私みたいなおばちゃんになってから、
あの、
なんか、
あ、
毎日やってることって、
別になんか、
こう、
お金にならないですよ。
そうそうそう、
それ重要なんだよね。
なんでそれが、
今度お金にならないことが出てくるかっていうと、
今最近ね、
読んでるのが、
資本主義と生きていくっていうね、
あのやっぱり古典関係の、
歴史調査チームのさ、
しながらさんね、
哲学部門、
えっと、
カテゴリーの、
え、
ちょっと待って、
だから、
ポッドキャスト哲学カテゴリーで、
今ずっと1位を取っている、
楽しい、
日本一楽しい哲学なのかな、
ラジオ、
っていう田野哲っていうのをやってらっしゃる、
しながらさんの本を読んでるって、
やっぱりさ、
なんかもう、
その表現活動とかが、
なんかこう、
自然にできなく、
自然っていうのは、
もう元に持ってるものとしてできなくなるのは、
もちろんなんだけど、
ほとんどの時間を、
あの、
この、
えっと、
経済活動に、
費やされなきゃいけない、
エネルギーも、
そっちに行かなきゃいけない、
だから私がさっき言ったように、
なんで私がそのままでいられるのかっていうと、
そこに、
なんかこう、
労力を費やさなくていいから、
今そういう実験ができてるっていうことなんですよね、
だからね、
いやー、
本当にね、
難しいなって思ってます、
思います、
そのね、
あの、
生きるための表現を、
表現手引きを読んで、
表現をしてみたいと思ってもね、
結構ね、
時間かかるんですよね、
自分が本当に、
こう、
自分の、
自分のこの体とか、
自分のと、
自分から出てくるものを表現するって、
どうせ表現するなら、
ちゃんとやりたいじゃないですか、
多分、
いろんな人、
だから、
あ、私はこんなミュージシャンじゃないし、
私は、
なんか書く人じゃないし、
とかって思うわけじゃないですか、
なんか、
それに長けてる人、
それがすごい上手な人がやればいいじゃんって思っちゃうし、
逆に好きすぎて、
あの、
これ、
深井さんが言ってたことと、
言ってたから、
ちょっと真似しちゃうっていうか、
すごいそうだよなと思うのは、
本当に好きだから余計に、
なんか失礼のないようにみたいな、
自分がやっちゃうなんて、
失礼すぎるみたいに思っちゃったりとか、
そういうのって、
なんか、
大人になったらね、
なんかこう、
理性っていうのかな、
そういうのがね、
あの、
がむしゃらにやってるわけ、
やる、
やるぐらいのことだったら、
それは、
後で理由がついてる方がいいよね、
がむしゃらにやったからこうです、
みたいなこと、
なんかこう、
人に見せた、
見せることないんだけど、
見せた時に、
あの、
なんかそれ、
なんか、
失礼じゃない、
みたいなこと言われるといけないから、
じゃあ失礼だ、
失礼とかって、
あの、
思われるぐらいだったら、
まあ経済的に、
こういうことで、
あの、
お金のためにやってるんです、
みたいなことだったら、
いいじゃん、
みたいな理由になっちゃうかな、
とかって思っていて、
うん、
だから、
それはね、
だから、
21:00
あの、
難しいなって、
なかなかね、
表現しようと思っても、
だから、
今もうこうやってしゃべってるのも、
これが表現活動です、
とか言ったところで、
まあお金にもなりませんし、
あの、
本当に暇つぶしの、
えっと、
趣味です、
って言って私は言っちゃってて、
で、
で、
SNSをね、
少しやめて離れた時に、
手持ちぶさたなんですよ、
手がこう動かないからこうね、
あの、
SNS見たりとかしないからね、
指が動かない、
指が動かない、
だから、
じゃあ折り紙でもやってみようって言って、
折り紙一生懸命やってて、
まあ、
これ前回話したんですけど、
あの、
折り紙をね、
やってるって言ったらね、
やっぱりね、
娘とかに、
何やってんのママ、
みたいな、
それ、
本当お金になんないよね、
とか言って、
突っ込まれて、
お金にならないね、
でも、
お金になるようなことをするとすると、
すごく責任があるし、
もしかしたら、
なんかね、
家のことをやってたりとかするような時に、
それを、
まあ、
やらないで、
あの、
やらなくな、
やらないで、
やらなくなっちゃうのが、
ママの、
こういうなんかね、
キャパだから、
仕方ないとか言って、
またいい加減なことを言ったんですけど、
まあ、
相当いい加減ですけど、
でも、
今実験中で、
素のままでいる時に、
こう、
なんかこう、
耳から何かを入れたい、
とか、
何か聞いていたい時に、
手持ちぶさだったら、
何かをしている、
それが、
SNSじゃない方、
なければ、
別に全然それで構わないんでしょ、
自分は、
私は、
あと、
その、
デジタルデトックスって言ったんですけど、
SNSから離れていて、
何も問題がなかった。
自分の生活の中で。
一個も問題がない。
あの、
問題があるとしたら、
ニュースとかを見てないかったら、
あの、
ちょっと、
世の中のことわかんないかなって、
でも、
私は問題がなかった。
なんでかって言うと、
うちの主人がテレビつけるから、
テレビを、
なんかこう、
ちょっと、
ね、
通りすがりに聞いたりとかしたりとか、
まあ、
大体なんか問題があるような、
大きな事件があったりとかすると、
主人に聞いたりとかすればいいので、
あとはもう、
本当に一個も問題がなくて、
びっくりするぐらい、
うわ、
ほんといらないスマホ、
みたいな感じでした。
スマホがなければ、
なければっていうか、
なくても生きていけるんだな、
私は。
いろんな便利なことがあるから、
ついついやっぱり使っちゃうし、
楽しいしね、
エンターテインメントとして。
だけど、
何も生活に問題がなかったので、
それはね、
声を大きくして言いたいというか、
本当に仕事でどうしても使わない場合、
つければいけない場合は、
人とのコミュニケーションとかも、
それがすごく必要なことかもしれないんだけど、
本当に、
なんか、
素の人間は、
SNSはいらないです。
それ以外のことがたくさんあるので、
でも、
24:00
有効に使っていくってことは、
もう本当に私は知ってる方なので、
あの、
してる方だと思うので、
使えるものは使うというか、
あの、
本当に、
えっと、
なんか、
使いようですよね。
物扱いようということで、
っていうふうに思っています。
そういうことで、
えっと、
それを今日はちょっと話してみたいと思ったので、
残しておきたいと思います。
表現活動とかをしようとすると、
本当に自分のなんか、
なんか生きがいとかができてきて、
例えば今日、
あの、
この、
えっと、
私がやってるスタンデーFMとかも、
えっと、
本当にね、
ぼちぼち、
何十人かの方とかが聞いてくださってるんですけど、
あの、
なんていうのかな、
ポッドキャストとか始めたときは、
やっぱりたくさんの人が聞いてもらった方がいいのかなと思ったんですけど、
実際その人たちの顔が見えるわけじゃないので、
逆にちょっと気持ち悪いなと思ってきて、
どんな人が聞いてるんだろうって。
で、
あの、
時々、
こうなんかね、
あの、
前のポッドキャストの時とかは、
えー、
いろんな、
えっと、
機会にね、
なんか何回、
何回配信しましたみたいなときに、
えっと、
リスナーさんとコミュニケーション取るみたいなことで、
あ、
こういう方が聞いてくれてるんだっていうのが分かったりして、
して、
よかったんですけど、
あの、
今ね、
他の、
あの、
人たちと一人じゃないやつですね、
を見てると、
誰が聞いてるんだろうってね、
怖いですよね、
これがまたなんか、
なんとなく、
だから、
だからやっぱり、
言えることと言えないこととかがあったりとかするし、
これもそうですよね、
これもだから誰が聞いてるんだとは思うんだけど、
でも、
だいたい分かるので、
そんなにたくさんいるわけじゃないから、
それがすごく本当に、
あの居心地がいいんですよね。
それであとは、
まあちょっとした、
これをわざわざ配信するっていうことは、
まあちょっとした、
なんかこう、
これからの出会いとか、
なんかご縁とかにつながるんじゃないかっていう、
そういうなんていうのかな、
希望っぽいものですね、
そういうのがあるので、
なんかこう、
ちょっとした、
なんていうのかな、
種まきみたいな感じで、
ここでやってるんですけど、
これが、
なんか、
何千人とか何万人になってほしいなんて、
ちょっともう本当に心の底から思ってなくて、
でもそれなのに何で私は配信するんだろうって思ったのは、
だからさっき今言ったように、
種まきなんですよね、
なんかこう、
つまんないじゃないですか、
一人の中にこうやってなんかこう、
フィルターバブルみたいに自分の中にずっと、
なんかこう、
いるのって、
で、
誰かが聞いてくれると思うから、
こうやってなんか、
あの、
話す、
わざわざ話すみたいなこともあるので、
それで、
えっと、
そうだな、
えっと、
わざわざ話、
話すって言っても、
なんか話したいから話すんですけど、
その話したいっていうその気持ちも、
なんで出てくるのかなって思うんだけど、
まあ今ね、
やっぱりね、
子供たちとはまだ、
27:00
なんていうのかな、
こう、
時間が合わないんですよね、
やっぱり子供ちょっと、
学校行ってたりとかするし、
それでなんか、
なんか本当に嫌なんですよ、
私がなんかこうやってベラベラ喋ってるのが、
で、
相手のこう時間とかを、
搾取してるみたいで、
で、
だから、
あの、
そういうふうに今言うと、
だから自分も搾取されてないと思ってるのかもしれないんですけど、
だから、
本当に、
アポイントを取って、
あの、
この時間に一緒に喋ろうみたいな感じで決めてるのが、
一番すごい好きなんですよね、
うん、
だから、
あの、
そうだな、
本当に、
今思ったけど、
そう、
そうなのよ、
うん、
だから電話とかも、
あの、
自分が話せるような体系、
体、
体型、
えっと、
体調じゃない、
体調じゃない、
えっと、
体勢でない時は、
あの、
取らないんですよね、
私、電話、
そういえば、
だからそういうの考えると、
まあ、
あの、
そうだね、
えっと、
友達と喋るのめちゃくちゃ好きなんだけど、
こう、
アポイントとか取って、
この、
この時間は、
絶対喋るみたいな感じの時じゃないと、
そうだな、
喋んないな、
今気づいたな、
だから、
だから人の、
なんか時間を搾取するみたいなのが嫌なので、
こうやってベラベラ喋りたい時に喋って、
で、
聞いてくださった方が、
なんか、
受け取ってもらって、
その、
まあ、
実際に会ったりとかすることも多くなっているので、
あの、
聞いてくださってる方と会ったりとか、
別に、
あの、
個人的に話すみたいなこともあるので、
そういう時に、
なんかこう、
あの、
あの話良かったですよとか、
あの話で、
なんか、
気づ、
気づきがあって、
なんか、
大丈夫、
あとは、
まあ、
私のこと心配してくれて大丈夫なんですかとか、
なんか、
言ってくださったりとかして、
それでなんか、
こう、
人間関係ができたりとかするのが、
そうだよね、
面白いっていうか、
そうですね、
そういう風に説明すれば、
納得できるか、
どうか、
それにしても、
ベラベラ喋りすぎかな、
とも思ったりします。
でも、
えっと、
今日もありが、
あの、
最後まで聞いてくださっている方、
ありがとうございます。
いらっしゃってくれてるのかな、
あ、
ありがとうございます。
あー、
ににこちゃん、
久しぶりです。
久しぶりです。
あ、
やったえ、
ほんと、
え、
やったえ、
え、
お久しぶりです。
えっと、
デジタルデトックス、
私も少しずつ試してみようかな、
今回も勉強になりました。
うっそ、
勉強になるようなことじゃないと思うんだけど、
でもね、
ほんとね、
なんかね、
あの、
なんか、
素の自分が、
分かってくると、
めちゃくちゃ楽しいんですよ、
一人でいても。
それで、
あのね、
そうなれないのは、
やっぱり、
働いたりとかして、
なんか、
この自分がやってることが、
やっぱり、
こう収入につながらなきゃいけないっていうのはしょうがないからでも 今日ねあの渡辺幸太郎さんと
あの深井さんが言ってたことなんだけどやっぱりそれが例えば なんていうのが自分の仕事っていうものが商品だったとしても
30:04
売るものだったとしてもそこにその やってる方の人がこれがなんかこう表現物ですと
作品ですと言ってしまえばそれは作品になるんじゃないかみたいなことを これは深井さんがおっしゃってたのかなーって思っていて
あの言っていていやーもうねめっちゃそうだと思っても自分が出したものが なんかこれ結構私自分の表現なんですみたいな
仕事でも猫やらなければいけないことだったとしてもそのやらなければいけないことに 対するアプローチって多分いろんな人が全員違うと思うんだよね
だからなんか結構私がこう気楽でずっといられるのってなんか任された仕事とかも なんかなんか自分なりに解釈をしてなんかまああの仕事なんだけど
こういうふうになんかプレゼンしたら プレゼンというかまぁ結果を残したら面白いかなとか自分も楽しみながらやるっていうのは
なんか思い出すとまあ嫌々ながらやってたこともの方が多い気がするけどでもその中でも まあなんかなんか他の人と同じようにやりたくないなみたいなことはなんかあったなー
と思ってそうするとなんかそういうそういうなんかあの ちょっと遊び心みたいなことを入れとくとそれをこうなんか
こういうふうにやりましたよって言った時になんか あのボスとかが
なんかそうだなぁなんかボスが面白かって聞いてくれるあなたはこういうことやった時に なんかそんな風に思ってやってたんだみたいな
思いがあるからさなんかこのやりと言われたことをやりました だけどその時にこうにあったらいいかなと思ったんですよねとかこれ面白かったんですよね
みたいなことを付け加えるとボスが喜ぶみたいなことを知ったりとかね そういうのはありますよねだからそういうのも例えばだから小太郎さんのあの
の生きるための表現定理的に言うともしかしたらそれも自分の表現方法であって自分 としてのねなんかこう
アウトプットだからだからそれがまあ作品にはならないけど まあ作品なんか作るような私なんかあのちょっとそういう会社もないのでそういうんじゃないんだ
けどそれもなんかアートだと自分がね出してるこっち分地とか言うね リベラルアーツっていうけどリベラルでも何でもないけどアートですっていうこと
にしとくと なんかめちゃくちゃ
いいあるありがちになりありがちというかありっぽくあるっぽく聞こえないみたいな それ全員にそうなんじゃないかなって
思ってたりするんですよねそれが何か出たものがなんか収入にならないととか なんかこうねえっと
高校高額収入に a なんていうのそんでねっ えっと法収入にならないととかもうなんかいろいろいろんなものが高くないと
みたいな感じになるけどだけどそうじゃなくて いいじゃんねえと思ったりとかするんですよね
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そうだね家事とか工夫も屋根もほんと家事とかはねぇ 本当にやだやらなくていいならやらやりたくないけどでもなんかたっぷり食べたいとか
食べるものとかも実はやっぱりもう十分
こうなんていうのが食べていることさえもなんかこう 一部だから自分のねっていうふうに考えると
いやでもそれにしてもちょっとね家事はやだな本当に洗濯とかもねほんと でも臭くなるしね洗濯物をね例えばあの巣に戻った時に例えばじゃあ
洗濯物はしないでいたらどうなるんだろうとかを考えたわけ それであの3日ぐらいやっぱり
違う理屈で言えばわかるんだよ臭くなったりとか綺麗にしなきゃいけないってでも 実際に3日ぐらい着てみて
うわ本当に臭くてあの我慢ができなくなって そうしたらやっぱり
やっぱり置きっぱなしとかって本当に実際にやったことないけどほら洗濯するのって当たり前だから やるじゃない
けどあの実際に本気に臭くなるまでなんかこう着続けたのなんか 出かけることもないからと思ってしたら臭くてもう本当に困って
あやっぱりえっと洗わないで臭い人っていうのも多分世の中にいるんだけど 私はやっぱり臭いのはダメなんだなと思った後はあのやっぱり
ねそのままにしておいたらこっちちょっと湿気が強いから暑いのかなぁとか思ったら 暑いからあの
えっと カビ生えちゃったりとかして
したらちょっと困るしとかやっぱ洗濯 すごいみたいな
って思ったりしたんですよねだからなんか本当にこれも本当に必要なのみたいなこと いっぱいあると思うんでなんかあの本当に
すいませんね猫ちゃん体験は強いですねとか言われる いや体験ていうか当たり前のことなんだけど嫌だなぁと思ったら本当にやらないで
おくっていうのって必要だなぁと 無責任だけど思います本当にやらないでおく
あの メールとかの返信とかもどのぐらいまでやらなかったら困るのかとか
結構まあこれ最近やってることじゃないですけど結構そういうのこう なんかそうだねあのやったことがあって
あのだいたい問題ないですねそんなにはちょっと怒られるとか 逆にでも普段真面目にやってるから多分他のことでメールとかを返さないと
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大丈夫とか言われたりとかして大事なんか あの面倒くさくて送ってないだけだったとかそういうこともあったりするのでなんか
やっぱりバランスなのかなぁと思ってやめてもいいことっていっぱいあるんじゃない かなぁとか
いろいろ考えたりするんですけどとにかく素の自分って何かっていうことをなんかこう そうこの愛
周りに合わせたりとかしてやったりとか社会に 社会人ですからっていうことでやってることとかいっぱいあると思うのでそういうのを
取っ払ってみる実験をしてその実験の中で自分がうわこれ一番実はこれが好きだった みたいなことがあったりするとそれをこそこそ
宝物のようにして何個も何個も持ってたりすると なんか周りの
目とか全く気にならなくなってあの 分からないこういうのはからない人には分かってもらわなくてもいいもんねみたいになって
sns とか必要まあ sns も私は好きだからやるけど あの無視する記事記事とかに翻弄されて中流れてくる
変な投稿に翻弄されたりとかしないというかそういうのあるので とにかく自分は巣に戻ってみたらどうかなって思ったりしています
ということで今日はちょっと調子よくしゃべってしまいましたが 最後まで聞いていただいてありがとうございました
あとからも聞いたかぼちぼち聞いていただく方がいてなんか面白いなと思って あの
聞いてくださってて嬉しいです本当にでも本当あのちょっとさっきの まとめると本当にあのそのいけるための表現てべきということで表現したいとか自分の
巣のことがわかってくると誰に聞いてもらいたくもないんだけど本当に聞いて もらいたくないんじゃなくてあの聞いてもらってるもらってないとかっていうことが本当に
全然関係なくなってその代わりこうやって聞いてくださる方がもう1人でもいるって もう本当に心から嬉しくてなんかやっぱりこう文明
文明すごいみたいな思ったりとかしちゃいますだからはい あのおすすめは巣の自分に戻ってみる時
のちょっと実験でやってみてくださいってことですじゃあまた にこちゃん今度またなんかあのいい映画とか見たりしたんだったらちょっとそういうのの話とか
しましょうもしよかったら 宜しくお願いしますじゃあまたねまた今日はありがとうございました
バイブいい ぜひです楽しかったですありがとうございますありがとうございますまたね明日もいい1日ににこちゃんもありがとう