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【コラボ感想】水泳と青春
2026-09-11 28:38

【コラボ感想】水泳と青春

【BGM:青を見ていた】
https://stand.fm/episodes/6aa109932d9d8cbfe0d744c6

【コラボ 部活と青春トークwithソラにゃん🐱】
https://stand.fm/episodes/6aa0e20897f94e229c025224

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00:08
おっすおっす、おはようございます。 こんにちは、こんばんは。 里山暮らしの案内人のもおちゃんでございます。 9月11日金曜日、いかがお過ごしでしょうか? さてさて、先日、ソラにゃんとのコラボ配信、聞いていただけましたでしょうか?
部活と青春について語ろうっていう、そんな夢のようなタイトルでお送りさせていただきましたけれども、今ですね、バックで流れているBGM、頭痛が痛いみたいな話をしてますけども、バックグラウンドミュージック、これソラにゃんが作ってくれた曲なんですよ。
青を見ていたっていう曲なんですよね。 これを流しながらコラボ配信させていただけたんですよ。 これ最高に爽やかでね、もう僕はね、商品名言っちゃいますけど、アクエリアスのCM、またビタミンマッチのCMに採用したいって思うくらい爽やかですね。
ちょっとね、これね、歌詞を読ませてください。
青を見ていた。
あの日、あの時、どこまでも広がる青を見ていた。
青い香りがする芝生の上で、両手広げて体を伸ばす。ずっと縮こまっていた。体と心がしわりと溶ける。地球の天井みたいな、どこまでも広がる青を見つめていた。
あるか無きかの世界の中に、静かに包まれる、そして翼が生えるんだ。何かを掴める気がする。空を飛ぶように、風に乗るように、青を追いかけていた。
明日のことは、明日の自分に任せよう。そしてただ、目の前にどこまでも広がる青を見ていた。
作詞はソラニャンです。
ソラニャンどうもありがとうございます。
いやーいいですね。
ソラニャンが野球部だったんですよね。
そしてモーちゃんが水泳部だったということもあって、前半はなんか野球部のソラニャンの経験、そして後半はモーちゃんのプール、水泳に寄せて書いてくださったようです。
これも今日はね、僕の水泳部の時代のお話をちょっとしたいなと思って、長くならないように、いくらでも語れちゃうのでしたいなと思っているんですけど、
モーちゃん自身はね、なんかすごく水の世界が好きだったんですよね。
ただ、その水泳部を選んだっていうのは、ちょっとなんか捕らわれもあったような気も今振り返るとしています。
03:09
というのは、僕は2歳からずっとベビースイミングをやってたみたいなんです。
それがちょっと引っ越しとかもあって終わっちゃうんですけど、多分5歳ぐらいの時かなと思うんですけど、
僕は奈良にいるんですね、その時。奈良県のスイミングスクールに通うんですよ。
家からすぐそばにあったスイミングスクールだったので、これはもう最高な場所だったんですけど。
僕はそこで週に2回泳ぐんですね。泳ぎまくるんですね。
その後、小学校の高学年ぐらいになってくると、選手コースっていうものの道が開けてきて、
一応クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、そしてバタフライと4種目泳げたところで選手コースというのに行くことができるんです。
選手コースはですね、週4回練習があるんですよ。やばいよね。
これまで週2回で楽しいって言ってたのが、いきなり週4回になるんですよ。
けど、僕はそこでやっていきたいなって思ったんです。
なぜならばですね、小学校の高学年になった時の猛ちゃんですね。
小学校高学年って言っても3年生とか4年生の猛ちゃんはですね、何を思ったのかというと、
その時に憧れの女の子が水泳得意だったんですよね。
その女の子が選手コースやってるって言うんで、僕は幼心ながらに、
僕も選手コースに行くもんなんだって思ってですね、追いかけたんだったと思います。
選手コースに行くと大会にも出させてもらえるようになるんですよね。
どこの大会だったかって覚えてないんですけど、車に乗って結構長い時間かけて
行ったこともないプールに行って泳いだような気がします。
最初は確か50mクロールとか自由型って言うんですけど、水泳の世界では自由型。
自由型って知ってますか?クロール以外のもの泳いでもいいんですよ。
床に足さえつかなければ。クロールでもいいしバタフライでもいいし平泳ぎでもいいし、
どんな泳ぎだっていいんですよ。一番早いのが一応クロールだから、
クロールをみんな泳いでるだけで、自由型と言われます。
そういうことになってるんですけど、それを確か泳いだような気がします。
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僕一生懸命泳いでですね、入賞はしなかったかなと思うんですけど、
緊張しながらすごく広い、すごく大きなプールで泳いだなっていうのが実感としてありました。
それでその後、僕は奈良県から長野に引っ越すことになるんですよね。
長野に引っ越してからはバスで通うことになるんです。
そのスイミングスクールがやっているバスがあって、
そのバスに乗って水泳に通うというちょっと遠いところになっちゃうんですけど、
そこでも僕は週に2回水泳を続けてきました。
結構バス使うぐらい遠いところっていうと帰りが遅くなるんですよね。
確か覚えているのが、学校が終わった後だから4時半とかそれぐらいのバスに乗って行くんですよ。
多分バスで30分ぐらいかけて行って、5時でしょ?
そこから準備とか色々して、5時半ぐらいからレッスンがスタートするんですよね。
5時半から6時半ぐらいまでレッスンをして、バスに乗って帰る。
帰りは多分7時半とか8時とかになってました。
長野県の冬の夜ってめちゃくちゃ寒くてね。
そこまで行くとプールに行くの嫌だなって思うような気持ちが、面倒だなって思う気持ちがそこで初めて芽生えたように思います。
今日プールだよ大変だよみたいな、そんなのがあったような気がしますけど、
今思うと通わせてくれていた両親には感謝ですね。
それでその次長野県から東京にまた引っ越すんですよね。
東京に引っ越したら、今度は歩いて15分ぐらいしたところにプールがあって、そこで泳ぐことになります。
ただ、小学校6年生で始めた時かな、週1とかになっちゃったのかなと思いますね。
次はちょっと楽にしたいな、でも辞めるのはもったいないなって思ったりもしてたんですね。
うちの家族みんな水泳をやってたんですよ。
弟もやってたんですよね。弟は途中でサッカーの道に行くんですよね。
だから4種目泳げるようになった時点でサッカーの道に行って水泳をスパッと辞めてしまったんですね。
それを見ていて、別にそれはそれでいいんですけど、僕はせっかく通わせてくれた父や母がいるのに、
09:00
途中で辞めていいものなのかなっていうことを幼心ながらに思って、
それで一応水泳は続けようということにしました。
それで中学校に入ったら部活動も始まるので、
そしたらその兼ね合いでスイミングスクールどうするかってことを考えようかって思ったんですよね。
そしたら小学校6年生の時に僕は衝撃的だったんですけど、めっちゃ可愛い女の子がいたんですよね。
またそんな話かいって。
あのね、ちょっとギャルっぽい女の子でした。
小学校の中で一人だけ髪を染めていましたけど、
その女の子がめっちゃ可愛く見えてですね、今でも可愛いなと思っているんですけど。
もうなんかそうですね、その子が水泳やってたんですよ。
そのスイミングスクールに通ってたんですよね。
いやー、なんかさ、その子に追いつきたいと思うじゃんっていうのは、
僕はまだ入ってきてばっかりだったのでスイミングスクールに。
選手コースとかに一気に行けなかったんですよ。
彼女はやっぱり選手コースでやってたりしてたんですよね。
ただ、僕は男子なので、その子とのレース、ガチンコ勝負とかってなった時には、
それは同じぐらいの実力というかレベルにはなるんですけど、スピードで言ったらね。
でも僕は男子なので、ちょっとそれは違いますよね。
だからそんなところはあったんですけど、彼女と同じプールに入っていられると。
それはちょっと変態チックな話もしてしまうかもしれませんけど、そうではなくて決してね。
彼女も頑張っているこの水泳、僕も続けようって思ったことがありました。
だけどクラスも違うし、何かあまり話すことができなくて。
みんな小学校5年間一緒に過ごしてきているのに、僕は6年生から入ってきている人だからさ。
長くなるね、この話。ちょっと話をしようかな。
どうやったらお近づきになれるかなっていうのをすごい考えてたんですよね。
でもなんか僕その時、ドキドキするっていうことは怖いっていうこととすごく表裏一体で。
嫌われないだろうかとか、話してもいいんだろうかみたいなことをすごいやってさ。
気になっていることを多分これついぞ誰にも言えなかったんですよね。
本当に誰にも言わずに、僕はずっと胸に秘めたまま言っていましたね。
12:04
可愛いと思ったんだよな。
ある時ですね、僕学校でね。
ねえねえ、もーちゃんこっちこっちって言って、手を引かれたことがあったんですよ。
ちょっとこっち来てよみたいな。
これ別に何か呼ばれたわけでもなく、告白とかそんなことでもなかったんですけど。
急になんか気になっている女の子が僕の手を引いてくれた。
給食の時間中だったかなと思うんですけどね。
なんかその時のね、僕のクラスに入ってきてさ。
彼女的には同じスイミングスクールに通う仲間だって思ってくれたんだろうなと思うんですけど。
僕はお近づきにどうやったらなれるかなってずっと思ってたのでね。
こっちこっちみたいな風にして、手を引っ張ってくれたんですよね。
その時のね、手の感触っていうのがね、今でも忘れられないですね。
ずっとそれからもドキドキしちゃって、ドキドキしちゃって、みたいなことがですね、僕の中に。
僕の小学校ライフでした。
それからですね、中学校に入るんですけど。
中学校はですね、僕は公式テニス部に入るんですよね。
公式テニス部がある学校ってすごく少なくて、大体が男式なんですよ、中学校っていうのは。
公式でテニスができるっていうのはなくて、ちょうどその時ね、テニスの王子様っていう漫画がね、流行ってた時期だったんですよね。
スイストサーブとか、スネークとかね、バギードロップショットってやつですね。
ツバメ返し、ヒグマ落としみたいな。
ムーンボレーみたいな。
そういうのが流行っててですね。
で、いいなと思って。
母もですね、テニスをやっていたっていう経験があったので、僕もじゃあしようかなって思って、テニスを始めることになるんですね。
でも、水泳部っていうのはまた別にあるんですよ。
だから、水泳部の人たちに負けないぞっていう思いで、僕はずっと水泳は続けていました。
週1回です。
部活も始まったから、週1回で水泳を続けていくんですね。
部活動をやっていると、オフの日っていうのがね、確か毎週水曜日とかそんな感じだったので、水曜日だけスイミングに行ってみたいな、そんな感じでやってたような気がしますけれども。
そうやって、土曜日だけ行ったのかな。
なんかそんな感じでですね、僕は中学校生活3年間過ごしていったような感じがします。
中学校に入ったら中学校に入ったでですね、僕、後輩を好きになるんですね。
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その後輩っていうのはさ、僕の友人の妹なんですよね。
その友人はまたテニス部なのでね、友人との負けるかっていうライバル意識もあったりとか。
いろいろそんなこともありましたね。
ただ水泳はずっと続けていくと。
で、高校ですよ。
高校を選びとなった時に、僕は勉強がしたいとか、何かを学びたいということはなかったんですけれども、漠然とやっぱり青春じゃないですか。
部活動をやりたいと思ってたんですね。部活動をやるもんだと思ってたんですよね。
でね、一応今まで水泳もやってきたし、中学校の時は水泳部には入らなかったから、今度は水泳一本にしてそれを道をやっていこうかなと思ったんですよ。
そこにはやっぱり水泳を続けていかなきゃいけないよなっていう思いはちょっとありました。
あったんですよね。
でも僕にできるのは水泳だけだしっていうような思いもありました。
テニスもやってたんですけど、やってて思ったのがそんなに抜群な才能があったわけじゃなくて。
試合でも勝てなくはないけど、なんかね、テニスってすごいですよ。
メンタルがめちゃくちゃ大事で、ちょっとでもメンタルがぶれるとラケットの角度が数ミリずれるんですよね。
テニスだけで球の運ばれ方が全然変わってきたりとかして、僕緊張するんですよね。
ドキドキしてドキドキして、全部ただ球を打ち返すだけ。
なんとか走ることができたので、確実に相手のコートに返して、相手がミスするのを待つみたいな。
全然攻めることができない。
そんなテニスをずっとやってたので、僕がテニスをずっとやり続けるっていうイメージがつかなかったんですよね。
僕はそれが水泳一本になっていきます。
水泳部に入ったらまた気になる子が出てきてですね。
それで水泳で一緒に泳いでいる女の子。
これは空にゃんの配信を聴いていただけたらと思うんですけど、ずっと女の子に負けるもんかと思って、ずっとずっとやり続けていったような感じがしますね。
僕にとって水泳プールという場所は何なのかっていうと、今思うと四角い箱で25mプールだと1日に何十往復?多い時100往復ぐらいするよね。
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すごい話ですよね。
多分僕、泳いだ距離でいうと、地球一周どころじゃ済まないと思うんですよね。
それぐらい多分泳いでると思うんですけど、ずっと水の底を見つめ続けるような感じでした。
青春でしたね。
その女の子はですね、なかなか僕に振り向いてもらえなくてですね。
大学に入ってからも、高校卒業してからもその子のことを思いを馳せていたりとかしてたんですけどもね。
そんな感じがありました。
でも最後、振り向いてもらえるとこまでまだあったんですけども、お付き合いにはいたらなかったという感じですけども。
何の話してるんだ?恋愛の話になっちゃってる。
僕にとってその水泳っていうのは、プールっていう場所はですね、全部を泳いでくる場所みたいな感覚があったんですよね。
スイミングスクールとかだとなかなかイメージしづらいことなんです。
誰かが必ず泳いでて、水しぶき立ってるし波も立ってるので。
なんですけど、大会、試合の時のプールってすごいですよ。
波がないんですよね。しんと静まり返ってるんですよね。
水がもう泣きなんですよね。泣いてるんですよね。
何の一点の曇りもない、その透き通った水。
水泳の試合の場所っていうのはですね、選手たちがパフォーマンスを発揮しやすいように水温の管理が徹底されてて、
たしかに16度前後になってるんじゃないかなと思います。
15度起きるとちょっと冷たすぎるよねとか。
16度はヒヤッとするんだけど、それくらいの温度感の時が一番パフォーマンスが発揮できるみたいな感じで。
すごく洗練されたような感じがするんですけど。
今僕は元気です。元気です。
飛び込み台の上に立ちます。水はしんと静まり返ってます。
その時僕は何を思うのか。これから泳ぐのは200mパタフライ。
僕はこの水の中に全てを置いてくる。
よし、行こう。っていうようなことを唱えながら行くんです。
今伝えたように200mパタフライ終わった後、立てなくなってしまうくらいヘロヘロなんですよ。
これは50mでもそう、100mでもそう。
もう距離に関わらず、時間に関わらず、ここ終わった時には僕は立てなくなってしまうくらいその未来が決まってるんですね。
21:07
やばくない?
このプールから上がった時には、僕はもうヘロヘロで歩くのもやっとっていうくらいになっているっていう未来が必ずその先にあるっていうことを想像しながら泳ぐんですよ。
やば!この後僕は疲れるんだなーみたいなことを思いながらやってました。
すごいよね。
それだけ僕はこの水の中に全てを注ぎ込むっていう意識で毎回やってました。
1日に何レースか泳ぐんですよ。
例えば200mパタフライを泳いだ時、その日は50mパタフライと抱き合わせで泳いだりとかするんですよね。
50mパタフライで勝っちゃうと、50mパタフライの決勝とかに行くんですよ。
200mパタフライで勝っちゃうと200m決勝とかがあるんですよ。
そうするとまたもう1本泳がないといけないんですよね。
すごいでしょ?すごい世界だよね。
そうすると1日に4本泳いだりします。
さらにそこにリレーっていうのもあるんですよ。
水泳は個人種目のように思われますが、リレーっていうのがあって4人1組で泳ぎます。
リレーにもいろんな種類があるんですけど、1つはみんな自由型で泳ぐというリレーです。
これ400mフリーリレー、自由型リレーみたいな風に言うと400mを4人で割るから1人100mずつ。
800mのリレーだと1人200mずつみたいなことがあったり、
あとメドレーリレーっていう風になると、個人メドレーっていうのは聞いたことありますか?
個人メドレーっていうのは1人でバタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、クロールを泳ぎ通すというものですけど、
これがメドレーリレーになると、1人1人が分担をしてバタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、クロールをそれぞれが泳いでいくということになるんですね。
これもリレーをやるとかってなると、これはなかなか決勝とかっていうこともあるんですけど、
僕がやってたレースでは団体種目はみんな1回こっきりっていう感じだったんで、
そうすると1日に5レースぐらいやるんですよね。5レースってすごいですよ。
そうすると1回泳ぐでしょ、次のレースまでちょっと時間があるんですよ。
あーって疲れた後で休んでりゃいいんだけど、次のレースまでに体力の回復をしつつも体をほぐさなきゃいけない。
24:01
僕は1つ1つのレース全力でやったので寝ちゃうんですよね。
仮眠を取る。これが5分でも10分でもいいから仮眠を取る。そうするとスキッとするんですよね。
でも寝ると体が全部緩み切っちゃうんですよね。なのでやっぱり寝すぎは良くない。
その後やっぱりちゃんとウォーミングアップして、ストレッチではなくウォーミングアップをしてですね。
そして次のレースに備えるみたいな。かなりタフです。1日に何レースもやって何回も自分の全てをこのプールの中に置いてくるみたいなことをすると。
もう結構ハードですよね。ほんとすごいよね。
こういうのを今までやってきましたよ。すごい。よくやってきたね。
僕はこの部活の中で副部長を務めたりしていて泳ぎすぎてですね、勉強全くしなくて大学受験は浪人をすることになりました。
大学に入ったらですね、もう教営っていうものはもういいかなって思ったんですよ。
だって1年間浪人をした時点でもうそこのブランクを取り返すっていうのは難しいってことは本気でやった高校の水泳のことを思うと分かったんですよね。
やれば取り戻すことはできたんでしょうけどね。
僕はバンドサークルに入ります。
僕は高校時代からバンド始めてたのでバンドサークルに入って楽器の腕を磨くんですけど、それとともにやっぱりなんか水が恋しくなって自分自身でライフセービング始めたりとか、
あとアタミでライフセーブバーをやってたんですけど、やったりとか、
自分でクラブチームを見つけて水泳やり続けたりとかっていうことはしていましたね。
結局僕はね、もうなんか父や母の顔料を伺って続けていた水泳だったんですけど、
いつの間にか自分の人生にはなくてはならないものだったんだ、水っていうのはっていうのを思うようになりました。
今僕ね、ライフセービング1年に1回続けてるんですよ。
今年もやりますし、川遊びの時のアシスタントみたいなのもやるし、
あと何よりも水源地の管理っていって、水の管理っていうのもインフラを整えるのも僕の仕事になっているし、
水とはやっぱり縁が深かったんだなっていうのを思ったんですけども、
今思ったのは、僕はちょっと今まで苦しみながら水と付き合ってきたけど、
これからはちょっとのびのびと水と付き合おうって思えるようになったっていうようなところでしょうかね。
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いくらでも語れますね。ダイビングの経験とかもね、あったりとかもしますし、
あと僕、いろんな方に水泳を教えると言ったらちょっと強すぎるんですけども、言葉がね。
でもなんかそんなこともさせていただいたりもしてきまして、
自分がずっとやってきたことで、それが仕事になるんだ、それが喜ばれることになるんだって思わせてくれたのも、
実はこの水泳というものだったなっていうのは感じていますかね。
はい、ということでちょっと今日長くなってしまいましたけども、最後まで聞いてくれてありがとうございました。
もーちゃんの水泳と青春みたいなお話をさせていただきましたけれどもね、
今度ソラニアンと話す時には、この青春シリーズに勝手に僕がしてしまったような感覚がありますけども、
恋愛と青春っていう話ですから、ちょっと今ダイジェスト、予告みたいな感じで僕の恋愛模様みたいなのを伝えてきましたけれども、
これからもソラニアンとの青春シリーズ聞いていただいていただけたら嬉しいなって思っております。
ということで今日はこの辺にしたいと思います。
あなたとあなたを大切な人に森のお世話のご家族が訪れますように。
それではまたね。
28:38

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