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#5 【1-2】“ココ”は誰が作ったのか?|シャネル、名前がブランドになる瞬間
2026-05-05 23:20

#5 【1-2】“ココ”は誰が作ったのか?|シャネル、名前がブランドになる瞬間

第2話は、シャネルが“ココ”になる瞬間。


修道院を出たガブリエル・シャネルは、フランス中部の地方都市ムーランへ。

昼は針子、夜はキャバレー。


二つの顔を持ちながら生きる中で、

彼女は“ある感覚”を体験します。


それは──

人は、自分で自分を決めるのではなく

「どう呼ばれるか」で形づくられていく、ということ。


舞台の上で観客に呼ばれた名前、“ココ”。


それは彼女自身が選んだ名前ではなく、

他人の視線・欲望・記憶の中から生まれた名前でした。


そしてこの経験こそが、後のシャネルのブランド戦略の原型となっていきます。


・なぜ彼女は針子とキャバレーを両立していたのか?

・“ココ”という名前はどのように生まれたのか?

・人が“ブランド”になるとはどういうことなのか?


さらに後半では、

彼女の人生を大きく動かす2人の男性、

エティエンヌ・バルザンとアーサー・“ボーイ”・カペルとの関係にも触れていきます。


「理想を現実に変換し始めた段階」


シャネルというブランドが始まる、その直前の物語です。



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『物と価値のリベラルアーツ』


ブランドやモノの価値を、

価格ではなく「歴史・哲学・背景」から読み解く番組。


“なぜそれは高いのか?”ではなく

“なぜそれに価値を感じてしまうのか?”


その構造を解き明かしていきます。



🔜次回予告


次回はついに、

シャネルが“ブランド”として動き出します。


一般人から“存在そのものが価値になる人間”へ。


その転換点を見ていきます。

感想

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00:08
はい、本日も始まりました。物と価値のリベラルアーツ、パーソナリティーのきのです。 シャネル2回目。前回はね、ガブリエルシャネルの幼少期のお話だったわけなんですけども、
修道院での辛い生活の中、ロマンス小説が原点となって、 変身に対しての強い思いが生まれていたというお話でした。
はい、そこから感性や価値観、意志がね、養われていき、 現実を物語で上書きできると信じた少女だったっていうお話だったわけなんですけども、
今回はついにシャネルが動き出します。 はい、では早速いってみましょう。
はい、1901年。 ガブリエルシャネルが18歳の頃ですね、大童人の修道院を出ることになります。
そして修道院の紹介でムーランという地方都市に出て、 仕立て屋として働くことになりました。
彼女は後にこの時のことを自由を手に入れたと語っているわけなんですけども、
ピカーディっていうね、電気作家がおられるんですけども、 ピカーディの調査では自由な世界というよりは生き残らなければいけない世界だったっていうふうに述べています。
僕の個人的にはね、結構修道院との対比で、その自由っていうものを感じたんじゃないかなっていうふうに思うんですよね。
結局はもう縛られてどうしようもないっていう状況から、 まあその過酷な状況ではあるのだけども、
その中で自分がどうにかすればなんとかできる環境っていうふうにシャネル自身思ったんじゃないのかなっていうふうに思うわけなんですよね。
はい。
で、ちなみにこのムーランという町なんですけども、フランス中部の地方都市で、当時は軍の中屯地があり、若い男性が多い町だったって言われてますね。
結構ね、軍人だったりね、貴族みたいな方だったりも結構おられたみたいな町で、
結構ね、文化的にはね、パリほど洗練されているっていう町ではないんですけども、
まあ、上昇するためというかね、ステップアップしていくには入り口として適したような場所だったんじゃないかなっていうふうに言われています。
なので状況した時みたいなイメージでいてもらったらいいんじゃないかなっていうふうに思っています。
まあ、現実にはね、当時のフランスではね、選択肢が全然なくて、
女性が自立する道っていうのはね、ほぼ存在しなかったっていうふうにピカーディ自身が言ってるんですけども、
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これね、背景を見てみると、ちょうどね、フランスっていうのが第三共和制のフランスの社会構造だった時期なんですよね。
なので、女性の選択肢としては、まあ、過政府であったりとか、
まあ、近代化し始めている頃の工場労働ですよね。であったりとか、こちら、あのシャネルがやってたハリコさんですよね。
裁縫をして日々稼いでいくって、これ1日12時間労働とかだったらしいんですけども、
そういったところの生活で、もしくは愛人っていうところなんですよね。はい、結構ここ重要なんですけども、
つまり、まあ、労働か男性に選ばれるかの二択に近い社会イメージっていうところだったかと想像できますよね。
はい、そして彼女は昼はハリコ、夜はカフェ、カフェって言ってますけども、カフェ、あのコンセールっていうカフェなんですけども、
それ実際にはね、キャバレーみたいなところだったんですよね。で、そこで歌うようになり、生活が始まっていきます。
はい、これ結構かなり重要なポイントなんですけども、全く別の形でダブルワークしてるんですよね。はい。
つまりは、結構ね、ハリコの給料っていうのが少なくて、まあ収入のためっていう風にも読み取れるように感じるんですけども、
まあ僕はね、ちょっと2つ理由があると思ってて、それぞれね、はい。
ハリコをやってた理由っていうのが、やっぱ服飾スキル向上っていうところ。で、そこで服飾で上流階級への道をもしかしたら知っていたんじゃないかなーっていうことですよね。
まあデザイナーだったりとかそういったところの仕事があるっていうのを、当時にある程度わかっていたんじゃないかなーって思うんですよね。
まあもしくはそのイメージができていたっていうところですよね。
はい、服を作ったら作る人ですよね。それで上流階級の人に選ばれる人になれば、まあ自分もそういった地に入れるんじゃないかみたいなところですよね。
で、キャバレーで働いた理由っていうのが名前を得るためですね。名前っていうのはね、例えば今で言うとね、あの
源氏名みたいなところですよね。 まあそしたらあの
ここシャネルなるんですけども、個人として知られることができるっていうことが、あの大きなポイントだったんじゃないかなーっていうふうに思います。
で、もう一つが上流階級とつながりを作るためっていうところですよね。
シャネル自身がですね、やっぱりその 個人の出身ですよね。修道院って言ってますけど、そういうところの出身なので、どうしてもね
あの上流階級の人とかとの接点が全くなかった状況だったんじゃないかなっていうふうに思います。
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で、それを作るきっかけとして唯一の接点だったのがこのキャバレーだったんではないかなーっていうふうに思いますね。
で、1話で話したように彼女っていうのはロマンス小説の影響で結構その変身するだったりとか
なり上がったりすることにすごい夢を抱いてた人だったんですよね。 なので
そのためのプロセスとして、まあ最適だと考えていたんではないかなーっていうふうに僕は思います。
はい。 で、ここから運命は動き出すわけなんですけども、
ガブリエルシャネルはカフェコンセールでココっていう相性で呼ばれることになります。 これがね、ココシャネルの由来になってくるんですけども、この相性はもう自分でつけたわけではなくて
そのキャバレーに来てた観客だったりとか軍人だったり男性たちの視線の中でね、発生した呼び名だったわけなんですけども、
まあガブリエルシャネルこの時期にですね、名前とは自分の内側から生まれるわけでなく 他人の視線、噂、欲望、記憶によって作られるものでもある
っていうようなことを語っています。 というふうに後にブランドを考えていくことにつながることをかなり早い段階で体感したい
ね、体感していたのではないかなーっていうふうに考察できますね。 またその由来として彼女が歌っていた歌ですよね
ココリコーってこれあの日本の感覚で言うとコケコッコーですよね あの鶏の鳴く声みたいな感じなんですけども
とまあもう一つあのトロカゼロでココを見たのは誰っていうこれフランス語なんでなかなか 読めないんですけども
まあその曲のココ、ココを見たのは誰のココっていうところがまあ由来だったんじゃないかな っていうふうにされているんですよね
であの彼女が舞台に立つと観客はね あのコッコーと鶏の鳴き声を真似で声援を送ったっていうふうにも言われています
はい ただこれ結構重要なのはこれあの確定史実っていうのも有力説になるんですよね
シャネルの公式もあの噂によるとっていうような慎重な表現を使っているので まあ曲名由来である可能性は高いんですけども断定はちょっとしない方がいいんじゃないかな
っていうところなんですよね でしかしその一方でまあ後年の解説ではねココがあのココってつまり愛人とか
囲われた女性っていうのを連想させたっていうふうにも言われています はいなのでね
あのそのココっていう呼び名は可愛い感じの呼び名ではあるんですけども ちょっと少し危うい呼び名だったわけなんですよね
で彼女自身もそのことさえもちょっとブランドのストーリーの背景として持っていたように 僕は思うんですよね
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なんというかその なんて言うんですかね可愛いだけじゃないみたいな
あのちょっと深みのある感じですよね まあそうやってすることによってちょっと厚みだったりとかバックストーリーの重みだったり
そういったところにも寄与しているのではないかなというふうに僕は考えています はいでその歌手としてなんですけども資料上ね
あの彼女は本格的な歌手として成功したわけではないんですね はい舞台の仕事を得ようとはしていたみたいなんですけども
歌唱力自身自体には限界があってその本格的な舞台は舞台でのキャリアっていうのはね 難しいって悟ったっていうふうに言われてますね
はいなので その
まあ下手だったっていうふうに言ったらアレなんですけども僕はねなんかね 実際そんなに下手じゃなかったんじゃないかなというふうに思うんですよね
というのも彼女修道院出身なんですよ ということはね賛美歌とかを結構歌ってたりしたと思うんですよね
なのである程度の 上手さはあったんじゃないかなーっていうふうに思ってて
ただねその歌手としてできるほどではなかったっていうだけなんじゃないかな というのとあとシャネル自身がそのなんて言うんですかね
そこのシャネルが思い描く 歌手のトップみたいなところですよね
あそこのイメージと自分がかけ離れていたからなんじゃないかなっていうふうに僕は ちょっと思うんですよね
でもあの 印象としてココっていう風にあだ名がつくぐらいだったので彼女は歌の才能で
あの知名度があったっていうよりは印象で知名度があったっていうところ なので
あの普段やらねしてた仕事張子さんとしてやってた あのガブリエルシャネルっていうのはねほぼね
あの世間的には匿名の労働者なわけですよね でも舞台上では個々として観客に呼ばれる存在になるわけなんですよ
で現代で考えてもらうとわかりやすいかもしれないんですけども 例えばねあのミュージシャンを目指している人が普段普通に仕事職場で働いている
っていうようなイメージでいていただけるといいのかなっていうふうに思います だから会社員としての自分っていうのとミュージシャンとしての自分がいるみたいな
ようなイメージだったんじゃないかなっていうふうに思います でここで起きた変化っていうのはすごく大きくて
技術で評価される人間から印象で記憶される人間っていうのが あのイメージできてくるんじゃないかなっていうふうに思います
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でこの時代のシャネルムーラン時代のシャネルですよね は後のブランド戦略の原型というのはここで体験しているように思うんですよね
なので その
自分の名を売るっていう感覚っていうのがやっぱここで培われていったんじゃないかな っていうふうに思います
僕もね結構音楽活動とかをしてたことがあるのでなんとなくイメージしすごくし やすいんですけどもやっぱりねその
会社で活動している時っていうのは自分の名を売りますっていうよりは実績とか だったりとかっていうところでもねこの
シャネルはね張り子っていう仕事なのでほぼその 技術とかっていうところで見られはしたとしても多分ね
あの本人として見てもらうことっていうのはなかなか難しい環境だったんじゃないかなー っていうふうに思うんですよね
でもあのその音楽的な活動だったとしたら自分の名前 要はねよく聞く名前だけでも覚えて帰ってくださいっていうアレですよね
っていう意識っていうのがやっぱりそのブランドを作っていく上ではね 本当に重要な
あの考え方になってくるんじゃないかなっていうふうに思うわけなんですよね それをねこの時代に感じているっていうところがポイントなんじゃないかなーっていうふうに
思います はいなのでその
人はね自分が何者かを自分だけでは決められないっていうふうにシャネルはあの 名言とかでもちょっと似たようなことを語っているんですけども
やっぱりその他人がどう呼ぶかだったりとかどう記憶するかだったりとか どう欲望するかだったりとかでそういった関係性の中でまあ人っていうのは
ブランド化していく まあ人格みたいなものですよね
っていうのはブランド化していくっていうね他の人がその本人のイメージだったりを決めて いるんだよ
っていうブランドも一緒なんだよっていうところをまあその後々にまあそういったような ことを言っているっていうところですね
でこの感覚はすごく重要なんですけども それをねあの裏付けるかのようにシャネルは後に自分の過去をね
何度も語り直すんですよね あのお父さんに愛されていた話っていうことを話したりとか
個人ではなく修道院っていう表現であの常に言っていたっていうことであったりとか まあその貧困の出地だったりとかねそういうところをすごくぼかしたり
あの言っていたりするんですよね つまり彼女はね自分の人生のをまあその事実そのものではなくて
他人にどう見えるかっていうね関係性をすごく意識していたんじゃないかなっていう ふうに思われます
はい そのね最初のね訓練場が本当にあのムーランの舞台だったと考えるとすごくエモいです
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よね はいここから張りこと舞台の世界から一変していきます
そんな彼女がブランドを作るまでのきっかけを作った2人の男性がいます エティエンヌバルザンとアーサーボーイカペル
時系列的にはバルザンカペルっていう形で並ぶんですけども 彼女のストーリーにおいて全く違った役割で関わってくるんですよね
はいまずバルザンですけども彼の邸宅 ロワイヤ流っていうところに囲われることになるんですけども
文系的によく言われているのが結構彼はね 典型的な上流階級の男性だったっていう感じで言われています
はいで軍人であり裕福な男性 馬術だったり競馬だった上流階級文化の人間
シャネルを囲って生活を支援していたっていうふうに言われているんですけども そう聞くとねあのバルザンはシャネルを特別扱いしていたように見えるんですけども
実は彼の生活っていうのはまあ邸宅に複数の女性が出入りしていたり まあそれぞれあの役割があって社交する時とか
装飾的な面だったりとか 癒し求めていたりとかで女性はまあパートナーではなくもう環境の一部みたいな扱い
だったっていうふうに言われてますね であのこれ結構ひどいんですけども深い思想がない流される女性関係も軽いっていう感じで
消費されておりあの 金持ちの愛人っていうふうに考えると現代でも結構イメージしやすいと思います
はい つまりその支援っていうよりは所有に近い関係だったっていうことなんですよね
あのお金とかを与えてくれるんですけども期間限定の保証なし みたいな感じの状況ねシャネル自身本当に理解していたんだと思います
はい その中ねあの観察に振っているエピソードもあるんです
その情報受付のバルザンに対してダンスをして 乗馬していたりとか上流階級の女性の服装や生活の窮屈さを
まあこの時に目の当たりにしたっていう記述もあることから まあシャネル自身ね上流階級の生活を知るためになっていたんじゃないかな
愛人関係にねなっていたんじゃないかなっていうふうに思います はい
一方でなんですけどもアーサーボーイカペルはなんですけども まあ後にねあの有名なカールラガーフェルドもボーイシャネルっていう形でねこの
ボーイシャネルのボーイっていうのがねこのアーサーボーイカペルの ところから取ってきているらしいんですけども
まあそういうのを作る ことなどしてまあそのココシャネルっていう人物だけでなくブランドとしても
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まあ彼のことをね原点として捉えているっていうふうに考えられる人物なんです よね
で彼はねあのイギリス人の実業家でシャネルの人生でも結構ね最も重要な男性とも 言われています
で経済的にもまあ精神的にも支援したっていうふうに言われてますね はいこれ1910年にその帽子屋さんを出すんですけどもそのお店を出すきっかけを
作ってそのあのお店を出す資金のねあの 投資も行ってくれてたっていう人なんですよね
はいなんでバックや服よりも結構ね彼との出会いだったりっていうのが先だったんです けども
まあ実際ねそのシャネルのブランドを作ったっていうよりはまあそのシャネルが 自分自身の考え方だったりとかそのシャネルというブランドにするための
あの自分の精神だったり考え方のあり方みたいなものをね 作るために必要だった関係だったんじゃないかなというふうに考えられますね
はい であのカペル自身がどんな人物だったかっていうとね
まあのさっき言ったのにイギリス人のあの実業家で ポロ文化っていうねスポーツだったりとか機能性とかが好きな
人だったっていうところですねであとね洗練された音服職感覚を持つっていうところで おしゃれだったんですよね
はいで知的でビジネスセンスがある社交会の人間っていうね あのバルダンとはかなり違う好評化をあのいろんな各種でされているんですけども
端的に言うと結構ねお金を出してくれた愛人なので あの本当に気持ちの問題なんじゃねえかなっていうふうにも捉えられるんですけども
あの実際のね彼の行動としてもかなりそのバルダンとは違う 共同してるんですよね
はいシャネルに対してこの一番違うのが投資をしているっていう部分ですね これがねさっきも言ったように1910年
パリ看板通り21番地っていうところにね シャネルモードっていう帽子専門店を出すんですよね
これだって帽子専門店なのかって言うとね当時はね あの服飾のお店を出すハードルよりもその帽子を出す
あの帽子でお店を出すハードルが結構低かったからっていうふうに言われています ねはいで
まあそのバルザンはお金を出してくれてはいたんですけども 彼女に対して投資をするっていうことはなかったんですよね
あのなのであのイメージとしてはあの ひどい言い方で言うとそういう夜の飲み屋のお姉ちゃんにいろんな高級バッグを送って
あげるだったりとか あのマンション買ってあげようかとかっていうおっちゃんみたいな感じのイメージですよね
はいでもカペルはビジネスとして対等な目線で投資してくれたっていうところですね なのでシャネルがこういうことをしたいっていうふうに言ってることに対して
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であればあのこの金額ちょっとあの融資しますよ みたいな感じであの対応してくれていたっていうところでね
対等な目線でねあのビジネスマンとしてあの付き合ってくれていたっていう感じなんですよね で後々ねこれシャネルしっかり返しているのでこの投資してもらった金額っていうのはね
なのでやっぱりあのシャネル自身もやっぱりビジネスとして対等に付き合うっていう姿勢を 持っていたっていうことなんですよね
はいなのでアーサーボイカペルは恋愛関係っていうのはあるんですけども シャネルのファッションセンスだったりとかビジネスセンスっていうところにすごく可能性を感じて
いた人だったんじゃないかなっていうふうに思います はい
で これが後々のシャネルをここからね展開していくことになっていくんですけども
今日実はこの辺りにしておきましょうかねというところでいかがでしたかっていうところですね こうしてシャネルが事業を始めることがまあできたわけなんですけども
一言で言うとまあ理想現実に変換し始めた段階っていうところになってきます はい
で もう次回の話からはもう彼女はねあの一般人ではなくなってきます
はいあの本当にねあのみんなのイメージするシャネルのあの人物というね経営者の シャネルっていう感じになってくるんですけども
あの次回はブランドとしてのシャネルの歴史っていうものを見ていきたいと思います この辺はねあのファッション
ファッション誌みたいなところにもちょっと出てくる ものにもなってくるのでまぁそういったところのね文脈もねちょっとさらいつつ
あの作っていければなと思いますので引き続きよろしくお願い致します はい
ではまた
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