収録休止の言い訳と習慣化の重要性
みなさん、こんにちは。お元気でしょうか。
私は、元気だったり、元気なかったり、っていう感じなんですけれども、
あの、多分これを最後に収録したのが、7月だったか、8月だったか、8月ってことはないな。
1月か6月なんですけれども、あの、ちょっと行進が空いちゃいましたね。
あの時はもうなんか、毎日でもやってやるぜ、ぐらいの勢いだったかと思うんですけれども、
気づいたら時間が経ってしまっていて、で、というのもですね、朝あの頃は散歩してたんですよ、ちゃんと。
起きたら、このぐらいかな、20分ぐらい?30分ぐらい散歩をしていまして、で、散歩の最中に撮るっていう、
そういう、まあ、ラジオというか、ポッドキャストなわけですね、これは。
で、あの、そういうふうにやっていたわけなんですけれども、
あの、まあでもちょっとその結局、歩くという習慣がなくなってしまって、
で、すいません、さっきからガチャガチャしちゃって。
あの、結果、ポッドキャストの方も収録しないまま来ていたという言い訳でございます。
なんでしょうね、本当は、ついに歩かないでいたら、体調が、
昨日は行き告げのマッサージ屋さんに駆け込むという。
起きてしまったので、これはもう歩かねばならないと思い、
でさ、もう何も考えずに、何も考えずにやるっていうのがやっぱり大事なんですね、これだって。
歯磨きと一緒で、昨日の夜私歯磨いたかなと思って、
あの、歯ブラシチェックしたら濡れてたんで、
あ、歯磨いたんだって思ったんですけど、
そんな感じでですね、たぶん、それをやったかやらないかわからないくらいの勢いでですね、
やっちゃって、それを習慣とするっていうのが、たぶん大事なんだろうなという気がしております。
で、だからですね、今私は起きてすぐ、もう顔も現わずに、
ただ寝癖がひどいので、帽子だけしてね、外に飛び出したわけです。
気候の変化と体の不調
まあでもなんつーの、ようやく外を歩けるような気候になってきたっていうのもありますね。
ちょっと涼しいんですよ、もう25度くらい。
これで涼しいって言ってるのもおかしいですけどね、本来は。
25度なんて暑いですから、本当は。
昔の夏だったらね。
そんな夏があったことを知ってる人ってあんまりいない、いない気もしますけど、
ですね、暑いんですけど、まあでもだいぶ相対的にね、涼しく感じるという強化のものですね。
で、なんかあの、でもなんか昨日のマッサージのごみかいしか若干右側のお尻が痛くてですね、
歩きにくいなぁと思っておりますけれども。
仕事のプレッシャーと長期視点の欠如
あのー、最近、なんかやっぱ怒涛のように、7月からの3ヶ月の案件がスタートしてて、
789って来てるんですけど、3ヶ月契約って言われると、頼む方は楽だと思うんですけど、
頼まれる方は、なんか俺結構、なんか心的が負荷があるなと思って、
あのー、これで終わってしまうかもしれないから、なんか頑張って満足してもらわなきゃ。
みたいな謎の力が入っちゃって、力が入ってるだけで、やるべきことをちゃんと入れてるかって言われたら、
うーん、それは受け取り手の方の次第なんですけれども、なんかあのー、
乗り方に力が入ってしまって、で、うーん、体がガチガチになっているなぁという感覚があります。
まあ多分この、結構気負いすぎちゃっていて、パフォーマンスが悪くなっているっていうことなのかなという気がするんですけど、
いつもと違う道を通ると人がいっぱいいて、そう、それで、これどうしたらいいんだろうって思ったんですけど、
まあなんか、昨日、生態的なことをされながら考えたのは、
これで多分私に長期的なビジョンというか、
なんかこんな風になるために今のこのことをしているみたいなものがあんまりないから、
なんか焦っちゃう。目の前の人にどうしても契約を伝えたら終わりだとか、
あのー、このまま、なんていうの、なんとかこの契約を保持しなくてはみたいな、
なんかそういう多分力学が働くような気がしていて、
なんかもうちょっとそこから、こう、距離を保つって言ったらおかしいけど、なんて言うんでしょうね、
うまく乗りこなしていくためにはですね、多分すごい遠くの星をちゃんと見て、
私はあの星の方向に進んでいるんだ。
まあだから、ちゃんと南に進んでいるんだとかね、ちゃんと東に進んでいるんだとかね、
そういったことがね、分かっているということが大変重要なんじゃないかなという気がしております。
キャリアにおける目標設定の重要性
やっぱりそれがないとね、変に焦っちゃうし、逆に言うと焦るべきところで焦らないというか、
適切でない努力みたいなものをしてしまうところがあって、
で、それをね、分かんないんですね、目の前のことだけやっていると。
このことっていうのは長期的に考えたら、どういう自分のキャリアと言いますか、
経験の糧になっているのかっていうのが、自分で腹を打ちしていないと、
なんか中途半端な仕事になってしまうっていうのが、もっとちゃんと早く気づけよって思うんですが、
最近気づいたことです。
別にそれがなくてもできる場合もあると思うんですよ。
例えば、伝統工芸みたいな家にもし自分が生まれてやっていたらですね、
あんまりそんなことも思わなかったかもしれない。
でもその中でどうするかっていうのは考えざるを得なかったでしょうけど、
私がやっているのって今結構、なんかない仕事を作っているところが、
世の中にない仕事を作り出しているところがあるから、
そうすると人々は、なぜそんなことをやっているんですか、みたいなのがまず来るわけですよ。
それにやっぱり答えられないと不審?
答えないんですっていう強い意思みたいなのがあればいいんですけど、
そうでない場合は何か皆さん求めるわけですよね。
ビジョンみたいなものとか。
じゃああなたどうしたいんですか、みたいな。
そこがやっぱりないと変って、今大概的な話をしましたけど、
大概的な話だけではなくて、さっきほど言ったように、
自分がどう意思決定するか、自分が何をするかみたいなときも考えるときも、
やっぱり遠くの目標がないと判断できないなということを最近ようやく気づいた。
たぶんこのフリーランス産業をとりあえず立ち上げるというところが今までのフェーズだったので、
それをようやくちょっと俯瞰してというか、
ちょっとこれロスペーカーみたいなことを考えられるフェーズに来たということかなと思っております。
今後の展望と自己探求
なのでね、今日からしばらくは自分で結局何したいんだっけとか、
どうしていきたいんだっけみたいな話を考えていきたいと思います。
ではでは。