イベントの紹介
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パッチマンガアーティストを歌い始める
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はい、おめでとうございまーす。
スパークさん、お疲れ様でしたー。
ということでですね、昨夜、
えっと、
えっと、なんだっけ、
中村アップ5回ということでですね、
えぇ、
スタトモン界隈のごくごく一部ではございますが、
あのー、ラップを披露するというね、
えぇ、昨年の生津ラップの第2弾みたいなこと、なんでしょうか、うん。
ということで、披露されておりまして、
えぇ、
ね、私のスタトモンの方々、
大活躍という感じでございましたねー。
いやー、おめでとうございます。素晴らしいです。
えぇ、牽引しました、えぇ、スパークお母さん、お疲れ様でしたー。
素晴らしいイベントだったと思いますよー。
はい、でねー、
生津ラップっていうのを去年、まずやりましてね、
で、私も生津ラップ参加したんですけども、
今回ちょっとね、いろいろ、
諸事情、忙しいとかなんとかの事情がありまして、
えぇ、今回は危機戦に回らせていただきました。
スチャダラパーの影響
はい、ということで、耳どくラジオ、行くぜー!
プルルル、トゥトゥー!
はい、で、ちょっとね、今日は、
改めてですね、
僕、あ、宮剣、あの、ラップ好きなんだよっていう話をね、
えぇ、時々してましたけど、最近してなかったんで、
これを機にまた、させていただきたいなぁと思いまして、
あのー、思い起こせば、
えっと、思い起こせばじゃないな、なんだろう、
振り返れば、違うね、えっと、もう30年前ですね、
えぇ、僕は10代、高校生の頃です。
19、20歳とかの頃に、んー、ハマっていたのが、
えぇ、スチャダラパーというラップグループでございます。
皆さん、ご存知でしょうか?
えっとね、たぶん、やっぱ、世代的に微妙に、
まぁ、知ってる、聞いたことあると、
あ、今夜はブギーバックっていうね、
人が多いと思うんですけど、で、
結構、このスタイル風とか、NFT界隈とかですね、
あの、ラップ、ヒップホップ好きって人多いんですが、
この後の、スチャダラパーの後の世代がね、好きって人が多いのかなぁっていう印象を受けております。
で、それこそね、中村真さんとかね、デンキグルーブ大好きなんですけどね、
あの、デングルーとかはスチャダラパーと同じ世代ではあるんですけど、
んーとね、なんか、えっと、
そうね、僕はね、このスチャダラパーのやっぱ凄さをね、語りたい。
これはいつでも語りたい、本当は。
うん、なんだけど、えっとね、
これね、このハウスミュージック、ヒップホップっていうものがね、ですね、
鹿児島にない。
これね、やっぱ、東進部だけなんだよなぁ、どうしても、その、なんだろうなぁ、えっと、
クラブ、ディスコ、ディスコって言わないでね、クラブとかね、
ライブハウス、バス園のライブハウスみたいなところがね、なんか文化の中心ってところがあって、
鹿児島ではですね、ライブハウス、そういうライブハウス時代がまず少ない。
現代に至ってはね、ほとんどないですね、あの、
やっぱりこの、バンドとか、そういう、えっと、
何ですか、インディーズミュージックみたいなのが、
もう今やだいぶ下火になっているっていうのがあるんで、
当時それが熱かった頃に、えっとね、鹿児島の天文館とかにもね、ライブバーとか、
結構あったと思うんですけど、うん、それもね、やっぱライブバー、ロックとかね、音楽とかね、
そっちが多くて、それこそホントね、ヒップホップなんかやってるところなかったんですよね。
そして、当時そして私自身が高校生だったので、
うーん、なかなかそういうところに行けない。
しかもですね、住んでるところもね、結構遠かったんですよね、そういう、
いわゆる市街、えっと、観楽街みたいなところからね、
あの、電車でね、やっぱね、30分くらいかけて行かないといけない。
当時、えっと、チャリしか持ってないんで、チャリでね、50分くらいかけて、
しかも夜に出ていけないんでね。
そういう関係もありまして、憧れはあったものの、全くそういうシーンに触れることがなく、
うーん、その後のヒップホップはね、ま、都心部がどんどんどんどん進化してね、
メジャーになっていくという流れに、僕は全く乗れなかったっていうところがあって、
うん、
なんですよ。だから、やっぱり今を知らない、あるいはその、流行りだした頃を知らないので、
ヒップホップとかについて、正直もう僕は語れないんですね。
ただ、その先駆けたるスターラッパーは、結構追ってたので、あの鹿児島でできる範囲でね。
なのでね、憧れてたんですよ、あの、
ラッパーに、ラッパーに憧れても、ラッパーを伸ばす素要が、
あの、措置が鹿児島に全くなかったっていう風に僕は思っておりますね。
うん、で、
えーとね、
何がすごいかっていう話をやっぱりしたいなと思って、
えーと、日本にそもそものヒップホップみたいなのが入ってきたのは、1990年代と言われております。
で、当時は、まあアメリカから入ってきて、当時その、それに憧、持ってきた人、あるいは憧れた人たちっていうのは、
いかに、あのアメリカ人みたいな、あの黒人みたいにかっこいいラップをやるかっていうのを一生懸命やってたんですね。
で、このヒップホップ文化のもう根底にあるのが、不良文化、
悪、マッチョ、薬物、みたいなね、
そこがあるので、どうしてもアングラでしかない、
でもそれに憧れる不良たちが、
あんな風にかっこいい黒人みたいなラップをやりたいぜーって言うんで、結構英語とかをガンガン取り入れた、取り入れた、
ラップみたいなの、ラップみたいなのをやってたんだけど、当時はやっぱり、あの、いやいや、日本人じゃね?っていうのがあって、
それをやってる人たちが結構こう、嘲笑の対象になってたんですよね。
で、その状況を打ち破ったのが、スチャダラバーと言われております。
電気グループなんかもそうですね。あの結局どういう、どう、何したかっていうと、日本語に合う日本語のラップ、日本のラップっていうものを、要は作り上げたのが、
この辺りのグループなんですよね。で、やっぱ特にスチャダラバーですね。スチャダラバーはその不良文化、
ちょっとヤバい奴らっていう、ラップの、ヒップアップの、ヒップアップの世界の中に、いわゆるこう、漫画、アニメ、ゲームとかのサブカルチャー、
そして、本人たちがお笑いが好きっていうのがあって、お笑い文化、特に当時からももう一昔前の、
グループサウンズ、グループサウンズのちょっとこう、コメディグループサウンズみたいなのが昭和の頃に流行ってて、
で、それがスチャダラバーは1990年代で好きだったんですよね。だから1960年代のこのグループサウンズの、
ちょっとコメディタッチの植木ひとしとかね、ドリフターズとかもそうですけど、その辺りが好きで、っていうのがあって、それをラップに組み込んでいったっていうのが、
まあ革命的だったんですよね。 だから、日本語という言葉自体が、あんまカッコつけてもしょうがねえだろうっていうんで、
むしろお笑いとか面白に振った方がいいっていうので、おもろラップなんてね、スチャダラバーは言ってましたけど、そっちに振っていくべきだっていうね。
コートで自分たち好きなものを取り入れて、やったんですよ。でですね、これね、まず注目を浴びた楽曲っていうのがあるんで、これをね、ちょっと概要欄に貼っておきます。
スチャダラバーのテーマ、パート1っていうのがあります。 これはね、僕ね知らなかったんですよ。このパート1の存在を。なぜかというとですね、
ラップとサブカルチャー
この曲は、スチャダラバーのことを、自分たちのことを歌いてるんだけども、使ってる、まあ言えばヒップホップってあのね、レコード版をね、
いろんな曲をミキシングして流すんですけど、 そうそう、ミキシングとかするんですよね。ターンテーブルとかでね。
いろんな機材で。このスチャダラバーのテーマ、パート1はですね、 完全に太陽に吠えるのテーマソングをそのまんまバックグラウンドミュージックに流してます。
でまだこれねかっこいいんでねぜひ聴いてほしいんですけど、 概要欄に貼っておくんですけど、これがね、これで衝撃を与えたんですね。
当時のそこのその界隈にね。 で歌詞はちょっとコミカル。でも、そして選んでる曲は、あのいわゆるこう
向こうのアメリカから持ってきたかっこいい音楽とかではなく、 太陽に吠えるのテーマっていうね。
だけどこれがめちゃくちゃハマってるっていうのを見せつけた。 でスチャダラバーはここにありみたいな感じで、それから注目を集めていくんですが
太陽に吠えるのテーマをそのまま使ってるんで、 これ円盤にできないんですよね。
だからライブ映像です。YouTubeで貼って、YouTube概要欄に貼ったのも。 なので当然当時鹿児島にいる僕なんかはそんなの聞けるわけもなくですね。
スチャダバーが最初にアルバムを出した時にスチャダバーのテーマから始まるんですけど、これがパート2ということになってます。
これはだから音源を使えるものをミキシングしたバージョンになってて、太陽に吠えるのテーマじゃないんですね。
だから僕はこれを知ってたんですよ。 最近になってYouTubeっていうものが出始めてから、このパート1っていう存在を知って、
これめちゃくちゃかっこいいじゃんっていうね。 そんな感じですね。それからそういうのにこだわって、ゲームとかの日常の出来事とかを歌詞に取り入れて曲を作ってて。
ゲームボーイっていう曲があるんですけれども、この曲がスーファミ版のゼルダの伝説
神々のトライフォースっていうゲームのCM曲に使われた。 これが全国に要は流れた最初だと思います。
だからこそ僕がそれで知ったんですね。スチャダバーの存在を。なんだこの音楽っていうね。 ラップなんだこれみたいなね。本当にそんな感じです。これラップって言うんだみたいな。そんな時代なんですね。
でそれから僕自身は、その頃にもうすでに2枚目かな3枚目かなアルバム2枚目だったか出てて。タワーリングナンセンスっていうアルバムがね。
それを買って、買ったかな借りたかな。もう擦り切れるほど聞いてましたね。それこそ。
でその後、あのそれこそあの婚約ギバックとかね。出てどんどんどんどんメチャになっていくんですが、なんかやっぱ楽曲そのものがマニアックすぎて
スチャダラパーの影響
スチャダバーのアルバム曲っていうのは本当にラップなんで、ラップしか入ってないですよほとんどの曲が。 これ本当は当たり前なんですけど
結局大沢賢治とのコラボは、歌パートがあるじゃないですか。 歌パートがあるから聞きやすいんですよね。
で当時ねちょうど同じ頃にテレビでちょっとメジャーになったのがあの イーストエンドプラスユリっていうね。
あのだよねーってやつですね。 あのだよねーってやつを思い出してください。あれ本当のラップで、あの歌のパートはないです。
ラップパートしかないんですよ。 であれがね出たの結構すごかったんですよね。歌なしでもこのメジャーでミュージックステーションみたいなのに出たりするんだみたいなね。
だけど歌が入っている方がやっぱり一般層には受け入れられるのかなっていうのがあってその後に、その後のやつを僕も本当やっぱ知らなくて
なんだろうリップスライムとかですか?知らないな。 あんま知らないな。あとあとなんだろう、ケミストリーとかすか?
ちょっとわかんないな。 まあ歌、いい歌があってで間にラップ入ってくるみたいなね。
あ、そうそうMCATとかもいましたね。 MCATも歌とのコラボでラップ入れてますもんね。
でも歌と歌が入ってラップ入っていることで結構本当に一般層に受け入れられてきたかなって思います。
でそれからねやっぱラップミュージックっていうものがメジャー化していったかな。でもそれがメジャー化する前にまずその
なんだろう要は不良とかやばい奴っていうのをイメージを変えたのがスチャダラパー。
スチャダラパーはお笑いとかそっちの面白の方にずっと振っていくんですけど そのメジャーになる手段の一つでやっぱ曲
音楽とのセット歌とのセットっていうのが本当の一般メジャーにどんどんどんどん浸透して 広まっていった
ここは爽やかな音楽歌とともにっていうのでやっぱ不良文化とのこの決別というかね いうのでメジャーに一旦メジャーになって
一旦メジャーになったらやっぱもともとのこの不良文化っていうのをもっとどんどん 進めていこうという人たちがいて今は
今のヒップホップとかラップって言うとやっぱちょっと悪のイメージあると思うんですけど だからそれこそなんだっけ
えっと なんだ
えっとなんだ出てこない バトルするやつ
なんて言いましたっけえっと忘れちゃったああいうこう罵りあったりするとかも 絶対最初は受け入れられなかったはずなんだけども
一旦メジャーに上がってメジャーからコラップっていうのに入った人が本当はこういうのも あるんだって言ってねその
罵りあったりするバトルみたいなやつとかもまあそれもだからどんどん広がって言って みたいな感じで日本のラップ
ヒップホップ文化が広がっていた広がっていったその根底はその不良音楽のイメージ を払拭したスチャダラパーの貢献ありきというふうに私は思っております
イベントの体験
ただ当時はそれ以上に僕はそこに系統できる文化がなかったというのが非常に残念なところ だったんだよなーっていう話です
はいということでタイトルは多分釣りタイトルになってますね 中村プーなんちゃらと言いながら中身はスチャダラパーのことを厚く語るっていう
回になっております まあね僕はでそんな感じですねスチャラパー的なちょっとお笑い後掛け合いですね
兄と坊主の掛け合いと そしてその日常的なこの内容テーマっていうのが
まあスチャダラらしいなぁと思ったんで去年生津ラップをやった時にはまさにそういう ノリのものを作っております
でこの後につけておきますのでまた聞いてほしい そういう部分そういうことなんだということで聞いてほしいと思いますだから今風のね
やっぱちょっとかっこいいのとは違うんですけれども これはこれで僕なりのこだわりがあってスチャダラっぽいラップを生津ラップを作ったので
そこをちょっと聞いてもらえたらなぁと思っております はいそんなこんなで長く喋りましたねやっぱりまだまだまだまだ喋りたいけどもこれ
ぐらいにしときましょうではまた お会いしましょう
パッチマンガーアーティストイラスト講師三宅園でした じゃねチェスト
テステスマイクチェックマイクチェック ああいえおいしさハートにビビンバきたよ南の果てから参上しました
初間並みの三宅園ですイラストレーター名乗ってますけど 書くのは1日30分そんで時々歌などを歌ってますけど何
今回はラップ生津ラップって何 まあいいかとりあえず黙っていたらちょっとカッコが悪いよねだから今日は
バッチリ関東弁でラップやらせてもらってます なんだちょっと待たんやたまにはおいにも飾らせんねえ
突然急になにちょっとちょっとおじさんあんた誰 多いか多いはか多いな
日田山建造5アンサー 立ち上がりの登場ジャスはおやこすみしたんしも多いけ
いうかさあ おじさんだ
耳どくラジオで何回かギャーって滑ったキャラでしょ 何言ってんのかわからんつってボツになった企画じゃん
なんてよ滑ったチーコフレーサーなない後で言葉がわからんとよ だからあまりが強すぎて他県の人は誰もわからないのよ
今回僕は伝わるように関東弁でラップをしてるんだから わからん言葉で邪魔をしないでくれないけ
ハーナンチワイガー言葉が関東弁まっこて笑ってくれないなぁ イントネーションがおかしだわろ
ワイガタどっからと聞いてん辛いも標準語やどがなぁ イントネーションもできてるがねまあ
歯磨きとは言えないけどさ関西とかなら違和感ないはず いや私関西やけどどっちも何言ってるかわからへんで
イェーイ それが生クラブイェイポンバイイェイ生クラブイェイポンマヘン何が生クラブ
ハンマヘン ハンマヘンの生クラブイェーイ
ヨーヨーワッターワッターナモスターナマチャナランおいでオイラコスワスルチャナラン
集中したクラゲンラップに対して生ずんラップをしてみろかよ テーバーはもっさりちゃったおざっとしとっちおもったぎーな
チンガラやられてツタンのワイドンだったな おじさんさっきからナマニがひどい言ってるがね
ナマニもナンモスそもそもよ ナマオッチョとかヨクヨウジャとか聞いとオッシがわかおっとかい
言われてみれば 確かに
それが生ずんラップイェイポンバイイェイ生クラブイェイポンマヘン何が生ずんラップ
ナマニラップナマニラップ 確かに
イェイイェイイェイイェイ ライフ始めて配信続けて個性を求めてナマニ配信
それがみどくラジオだしそれもあってかおかげさま フォロワー増えてフォローも増えて気づけば聞く耳足りなくて
でもスタトも増えてライブも増えてなんだか直接会う人増えて オフタイ中継ライブも聞いて楽しい時間も共有できて
イベントあります 初めて会うのに初めてじゃないそんな不思議な初体験
だけど結局さなんというかさ だいたいイベントあるのは都心部じゃん
東京横浜大阪名古屋つってオフ会あるのはだいたい関東 一緒に飲みに行けるとオフ会やりまーす
場所はいつものあのお店で
おのれ関東
プルーブルートパーパーパーパーパパーパパパパパパパパ パパーいっ
ねえメタバースってまだ