熊本地震と個人的な経験
とある組織の人身運搬業、miyakenneでございます。
えっと、今はですね、ちょっとフェリーで移動中でございます。ので、フェリーのエンジン音が、こう言うてますけど、どうでしょうか。
まあ、あのね、できるだけしゃべりが近い方がいいと思って、
えっと、もしもしスタイルで今収録を開始しておりますので、うまくいけば、えっと、
フェリーのエンジン音は、あの、
なんだろう、えっと、フィルターの外に消されてるかなぁなんて思っております。
えっとね、先日熊本のところで地震がありまして、
さらにその先週、先週かな、私は熊本に旅行に行ってたんでね、
タイミング的には、私個人のことを言えば、
よかったと、まあよかったなんてことはね、使うべきじゃないんでしょうけれども、
ただ一つ心残りなのは、えっと、熊本に行って、まあプールがメインだったんですけど、
次の日の予定は実は決めてなくて、で、結果的には阿蘇山、阿蘇の山の方に行ったんですけど、
えっと、街の方の熊本城に行くか、阿蘇山に行くか、ちょっと迷ってたんですよね。
長男が最近、歴史に興味を持ち始めてたので、
お城、本物のお城、本物のお城がね、残ってますからね、一部ね。
あの、天守はないんですけど、あの、なんて言ったかな、
宇尾見谷倉、宇尾見じゃなかった、なんて言ったかな、なんとか谷倉っていうのが、
当時のものが残ってたりするんですよ、熊本城って。
なので、もちろん石垣もありますしね、見せてあげたいなと思ったけどね、
その時思ったのが、絶対暑いよなと思って、
なので、まあちょっとでも涼しそうな山の方、阿蘇山の方に行ったんですけれども、
このね、地震が起きたらね、10年前でしたかね、前の地震は、
あの、阿蘇、阿蘇じゃなかった、熊本城石垣が崩れてね、しばらく入れなくなったりして、
やっと復帰して、やっとというか、まあ結構前に復帰してね、
めちゃくちゃ観光客とか多いという噂は聞いてましたけど、
これでまたしばらく入れないなって思ったら、
そっち行っとくべきだったって思っておりますが、
ただね、まあそんなところじゃないんですよね、
結構日に日がなって続々と被害状況が上がってくる中で、
なかなかね、死亡者も多くなってきちゃって、
これやっぱ大変だな、震度7はやばいですね。
ちなみに当時、私は鹿児島市内の職場の、
運転手なのでね、車庫にいるんですけど、
車庫の屋根付き、屋根付き車庫というかシャッター付き車庫で、
建物自体は鉄筋コンクリートの2階建てなんですよ。
建物自体古いんだけども、鉄筋コンクリートの建物の、
しかもいたところが1階ということで揺れは感じましたが、
そこまで怖いような感じはしませんでしたね。
ただ中の車もだいぶ揺れてましたけども、
車庫に事務所がちゃんとあってね、
机とかクーラーの効く場所とか、
あと、紙椅子とか使ってないけど、
シャワー室とかもあるぐらいの設備があるんでね、
そこの事務所にいるときに、
ちょうど運転手3人とも揃っているときに、
地震が起きましてね、警報が先になりましたね。
警報が、ぽーぽーぽーぽーぽーぽーぽーぽーぽー、
地震ですってやつね。
わ、地震だ、警報だった。
それから鹿児島では20秒後ぐらいに揺れが起き始めて、
横揺れでしたね。
時間にしたら揺れているのは30秒ぐらいでしたが、
結構ね、強い揺れは感じましたよ。
横揺れだから、ゆっさゆっさゆっさゆっさってね。
1回なのでね、本当にゆっさゆっさって感じでしたけど、
で、どこだろうって言って、
ちょっとしていいか、熊本らしいっすよーっつって。
で、鹿児島は震度5強だったらしいですよ、みたいな感じで、
あれ、さっきの震度5なの?っていう感じ。
だから、どこにいるかによりますよね、地震って。
本当に、今回いた場所は結構頑丈なところで、
しかも1回だったので、
そこまで恐怖は感じなかったんですけど、
それこそ10年前、熊本で地震があった時に、
吉井がね、結構鹿児島を来てて、震度4とか来てた時は、
自宅ね、自宅マンション2階なんですけど、
2階で揺れるのはやっぱ怖かったですね。
震度4、その時は震度4だったけど。
あとは、その時のバス運転手だったので、
職場のちょっと古い掘った手小屋みたいな休憩所は、
ガタガタガタガタガタって揺れてね、大丈夫かなって気がしたぐらいで。
今回は、そんなに揺れちゃい恐怖は感じなかったですが、
ただ、震源が熊本であんなに揺れたってことは、
って言ってたらもうすぐ震度7っていうことでね。
って感じでした。
鹿児島での地震体験と揺れの比較
だから鹿児島市内揺れたんですけど、
揺れた時間は1分にも満たない何十秒かって感じだったので、
特に被害報告は出てなかったかなって気がします。
我々の身辺の周りも全然なんともない感じでしたね。
ちょっと騒然とはしてましたけど。
だったんですが、ここ3日経ってかな、
被害がいろいろ出てるのは分かってきてですね、
我々の仕事もちょっと影響は出てますね。
ここからちょっと本題なんですけど、
鹿児島は陸の孤島
本題に先に結論を言うと、
鹿児島ってやっぱり陸の孤島だな、
うわー、ナビが喋った。
ナビが喋った音声がスタイフに載ってるか分かんないけど。
陸の孤島だなっていうのを感じたっていう話ですね。
今回の熊本の地震で、
熊本の高速道路が今通行止めになってます。
そして新幹線が止まっております。
この2台大動脈が止まったことによって、
国道3号線っていうのが福岡から鹿児島まで繋がってるんですけど、
みんな国道に流れ込むみたいなことが起きておりまして、
国道3号線、だいぶ熊本の方は混んでいるようです。
そこしかないのかっていうと、
これがね、そこしかないんですわ。鹿児島は。
鹿児島の平地部分、町のすぐ上の方は、
霧島連山といって霧島という高い山があります。
霧島を中心としてぐるっと囲むように山が連なっておりまして、
霧島を抜けるあたりが海老野っていうところがありまして、
海老野の先が角島とかいろいろあって、
人吉っていうね、これまた人吉は熊本ですね。
山の中になるんですけど、とにかく山間部、深い山間部が続くんですよ。
内陸部分はね。
なので国道3号線っていうのは海岸線を迂回して、ほぼに海岸線を回るルートになっています。
そしてこの深い山を通っているルートが一本ですね。
大きいのが一本。大きいといっても対面通行のようなところですから。
しかもね、今チラッと出た角島っていうところがあって、
これ角島ループ橋とか角島トンネルとかね、ぜひ検索してみてください。
マップでいいんで。
すごいところです。表現力よね。
そこがね、かつてのメイン道路なんですよ。
山間部を通るメイン道路がそこなんですよね。角島峠というところですね。
その山間部を抜けるのは角島、海岸線をぐるっと回って、
アクネ仙台、原発の仙台ですね。
そして八津城なんて聞いたことありますかね。
八津城明の出身地でしたかね。確か。
そして熊本って入っていくんですよ。
なので、角島から北に抜けるルートって海岸線しかないんですよね。
山越えはとんでもない過酷な山越えになっているんです。
だから江戸時代の参勤交代なんかも全部この海岸周りですね。
山は越えられないんですよ。
だから山の中にはシーバン村とか有名なところで、
これは平家の落武者の隠れ里みたいな有名なところがあるんですけど、
そんな感じなんですよ。
ほんと隠れ里になるようなとんでもない山なんですよね。
九州の中心部は。
今言ったように霧島だの角島だの抜けたら今度は阿蘇ですからね。
阿蘇の外林山が山になっていて、
そして九十っていう外林山の山があって、
それを抜けたらやっと福岡の平家に入れるかなという。
そんな感じで。
メインは本当に海岸線しか人が行き来できるところが九州ってないんです。
もちろん宮崎川っていうルートもあるんですけど、
宮崎川はそれはそれで遠間になるんでね。
なので鹿児島は本当にルートがないんだなって改めて思い知らされましたね。
インフラ整備の歴史と現状
ちなみに角島峠というとんでもない峠道を
突っ切るトンネルっていうのは2か所ぐらいすごく過酷だったんです。
だから国土売増計画じゃない、何か忘れた。
高度経済成長の時期に全国に高速道路網を敷くっていう時に、
最後まで残ったのがこの海老の角島あたりなんですよ。
人吉海老の角島あたりで。
ここが結局山越えられないっていうので
トンネルを掘らないといけないんだけど、
このトンネルを掘るのができなかったんですね。
そして例のシールド工法というトンネル掘削技術が確立して
やっとここ掘れるようになったんですよ。
なので鹿児島から山を抜けるための高速道路が整備されたのが
平成に入ってからかもしれない。
僕は子供の頃はまだ高速に抜けてなませんでしたからね。
だから高速道路でつながったのもここ40年ぐらいの話なんですよ。
シールド工法で6キロという長さのトンネルが2箇所掘られて
やっとつながったんですよね。
今回は高速が通れないのでそこが分断されているわけですね。
そして新幹線ですよ。新幹線が全線開通したのが
震災の時だから2012年、12、3年前です。
12、3年前にやっと新幹線通ったんですよね。
10年前ぐらいですね。10年ちょい前ですね。
新幹線は比較的山合と海岸線と両方通るようなルートなんですけど
人が住んでいるのが海岸線なんでね。
なんですけどこれもトンネル技術で通れるようになったということで
開通したのが10年前です。
これで福岡まで新幹線に乗れば2時間かからないんだったかな。
2時間ぐらいだったかな。着けるようになったんですよね。
だからかつては40年前は僕が子供の頃は福岡まで行くのに
特急電車で4時間5時間、車で5、6時間でしたね。
高速道路が通るようになって車で3時間ちょいで福岡まで行けるようになりました。
新幹線が通ることによって2時間ぐらいで行けるようになりました。
それが10年前です。最終的にそこまで整備が進んだのはね。
10年前ですよ。江戸時代とかさ、やっぱり鹿児島
地震による仕事への影響
薩摩藩がいかに分担されていたかっていうのが改めてよくわかるなって思いますね。
今回熊本の地震で高速道路と新幹線が使えなくなったことによって
かえって飛行機の方が鹿児島に来れるっていう状態になっております。
私はいろんな人を送る仕事を今してるんですけど
これでまた予定が狂ってますね。
明日中央駅に新幹線で来るお客さんを迎えに行って
また中央駅に送るっていう仕事が明日入ってたんですが
これが送り先が空港に変わりました。
新幹線通れないから。
来るのは来れるらしいんですけど、どこから来るのか分からないけど
中央駅に迎えに行って、自分の職場というか組織所のところに連れてきて
会議やら何やらがあってまた送るっていうのが
もう一回中央駅に送って新幹線で返す予定が
空港に送って飛行機で返すということになりましたね。
ということで、影響出てきているじゃんと。
そんな感じでございました。
鹿児島湾の地理的特徴と移動
県内をね、逆に言えば県から外に出ない限りは
あまり被害が出ていないので鹿児島県内は。
なので他の仕事は今のところ通常通り。
今日もですね予定通りにフェリーで大墨の方に渡っております。
ちなみによくねフェリーでこうやって渡るんですけど
このね鹿児島湾、金港湾って言いますけど
この湾を渡って鹿野谷方面大墨によく渡ってるんですが
これねイメージそういえばと思ったのが
鹿児島湾ってちょうど東京湾と同じような感じみたいなんですよ。
なのでこのね鹿児島湾を渡って金谷大墨に行くっていうのは
おそらく横浜から千葉に行くような
そんなような距離感というか感じなのかなって思ってますんで
そういうふうにちょっと想像してもらったら
いいんじゃないかななんて思っております。
地震への備えと結び
はい、なので喋ってる間にいよいよ港に着いたので
そろそろ降りる準備をしてまた走っていきたいと思います。
いやー現地で被災された方は大変だと思います。
やっぱ縦揺れえげつないですね映像で見ましたけど
僕らは横揺れしかなかったけど
縦揺れねあのなんか水色の水がバッタンバッタン上に飛ぶ映像を見て
縦揺れってそんなに揺れるの?
そりゃ家も倒れるわって思いましたね。
我々地震に慣れてないので怖いですね。
というお話でした。
はい、じゃあ終わりたいと思います。
備えあれば憂いなしとはいえ
いつどこで災害特に地震は起きるか分からないので
日頃から気をつけておきましょうという話で終わります。
ではまたお会いしましょう。
三宅縄でした。バイバイチェスト。