1. みやほんや
  2. 113終戦記念日
113終戦記念日
2026-08-15 59:12

113終戦記念日

黒い絵の具

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

このエピソードでは、パーソナリティが8月15日の終戦記念日にまつわる様々な出来事や考察を語ります。まず、下妻市の梨の直売所を訪れた体験が語られ、以前から気になっていた梨を、現金不足というハプニングに見舞われながらも購入した喜びと、来年への反省が述べられます。この梨への思いは、最近出会った梨農家さんとの交流がきっかけで深まったといいます。 次に、香川でのうどん屋巡りの失敗談を例に挙げ、自身の旅行計画の無計画さを反省。マジライブラリーで聞いた「あえて調べすぎない」という旅のスタイルと比較し、自分はただの無計画であると自覚します。そして、終戦記念日というテーマに移り、マジライブラリーで設けられた戦争関連のコーナーに触発され、戦争を「黒い絵の具」に例えてその強烈な影響力を表現します。 小学校教員時代の経験から、戦争教材が国語の授業で言葉と向き合うことを難しくさせるという考察を述べ、「暮らしの手帳」が戦時中の暮らしを特集した記録が、多くの人の手を通じて自身の目に触れたという継承の物語に感動を覚えます。最後に、自宅にある戦争関連本を寄贈することへの葛藤を語りつつ、自身の誕生日や時間の感覚に触れ、日々の生活を真摯に送ることの重要性を再確認して締めくくります。

下妻の梨と夏の贅沢
あ、あ。 撮れてるのかな、これは。大丈夫かな。
えー、やってみましょうか。はい。
えーと、車を運転しています。
下妻市の、今日は、梨の直売所に来ています。
下妻の、梨の直売所は、下妻の道の駅のすぐ近くにあり、僕は、この直売所の前を、前の職場から、今の職場、あー、前の職場の時に住んでいた築生市のアパートから、今の職場ね、筑波市の職場に、しばらく通ってたので、1年以上、あのー、
前の職場は築生市で、えー、築生市から築生市に行ってたんだけど、近かったんだけど、10分もかからないくらい。
で、えー、転勤になって、筑波市の事業所に転勤になったので、でも30分から40分の間、35分とか、着いていれば本当に30分くらいか、みたいな感じのところだったので、わざわざ引っ越しはしなかったんですね。
引っ越しはしなかったんだけど、いや引っ越しはしなかったから、それなりに通勤してたんですけど、その時に車で毎日毎日通っていたのが、この下妻の梨の直売所なんですよ。
で、朝早いから、まあ早いと言っても、極端に早いわけじゃないけど、まあ全然、あのー、梨の直売所って9時くらいから始まるんだけど、9時とかにはもう仕事が始まってるから、9時に通ることはないわけです。
下妻の梨の直売所がやってる時に通るってことは、まああまりないの。
で、直売所やってるよっていうのは、なんか見てたんですよ。
見てたんだけども、あのー、で、全然茨城の人じゃない、茨城の人、茨城の人か、茨城の人じゃない人か、茨城じゃない人、今住んでるのは茨城だけどもともと茨城じゃない人で、転勤で、みたいな知り合いがいた時に、
その人も、あの下妻の直売所で買う梨が美味しかったって話をなんか途中で聞いたりしてて、
ね、頭の片隅にあったんだけど、あのー、ないわけ。
でね、こないだ、俺あの、今更後出しじゃんけんで申し訳ないけど、梨好きなの。リンゴより梨が好きなの。
で、こないだトップフックスさんで、まさかの梨農家さんとお会いしたんですよ。
あのー、お顔は知らなかったけど声は知っている梨農家さんがいらっしゃって、で、あ、と思ったんだけど、
あのー、もうなんていうのかな、あ、あのー、お土産で梨を持ってきていただいてたやつっていうのをちょっといただけて、
もうすごい嬉しかったんだけど、えー、梨、まあこの人から梨を買いたいって思った時にはもう、もうね完売状態だったの。
直接は聞かなかったんだけど恥ずかしくて。
で、さあ、なんか、おい、こういうとこあんだよな、なんか逃した魚は大きいみたいな、絵に描いたような逃した魚は大きいみたいなことがあって、
別にさ、毎年絶対梨食べてるとかってわけじゃなくて、梨の直売所も通ってて、全然、あのー、そこずっと素通りしてたくせに。
何、1年以上、2年弱。でー、お盆の時もやってる梨の直売所。
でも、なんかすごい予定があるわけじゃなかったんだけど、予定があるわけじゃなかったんだけど忙しかったのよ、あのー、お盆。
で、今日も別に忙しいわけじゃないんだけど忙しくしようと思ってて、で、明日から僕は仕事になっちゃうので、ここだと思って、
あのー、贅沢に梨をね、買ってしまいましたね。8月15日ですね。
なんなら、あのー、現金をちゃんと持っていなくて、あのー、それでは足りなくて、
そのー、ほんとに、あのね、なんていうのかな、これ、伝え方が難しいんだよな。
あのー、金額は具体的なことは言いませんけど、あのー、どうなんでしょう、成人男性として、しかも40代男性として、
あのー、持っているべき金額が財布の中になかったので、あのね、言い訳すると、やっぱりね、あのー、現金じゃないところも増えてるじゃないですか。
だから、あのー、ね、あのー、現金をあんまり持ってない時もあるんですよ。
で、でもなんか、あんまり財布の中とかよく見ずに、でもまあそれなりにあるかと思ってなんか行ったら、
あのー、なんか、もらった券とかなんかそういうのしか入ってなくて、現金がそんなに入ってなくて、なんかギリギリなところで梨買えなくて、
えーっと思って。で、なんなら、あのー、あ、まあいいや、これ。
で、結局、まあ、あのー、近くのコンビニ、近くと言っても、まだ5分ぐらい走らないといけないんだけど、
あのー、コンビニ行って、あのー、ATMで降ろしてね、えー、やっと買えた、買えました。
買ってなかったらこんなに大変にどうすんだろう。いや、なので食べられないわけじゃないと。
でもまあいいかな。なんか微妙なあれなのよ。梨の直売所で買ったからすごいいいじゃん。なんかその梨。
まあいいんだし、美味しいし、美味しいしってまだ食べてないけど、これから食べるけど、あの美味しいけど、
あのー、こうなっちゃうとさ、やっぱりあのー、トスタンやってる、この梨を買えばよかったって、あのー、改めて強く思いました。
来年は、まあそういう、そんな、あのー、そういう贅沢が通るのかわからないけど、来年はちょっと気をつけようと思いました。
旅の計画性と「つんどく」の哲学
ほんとわかんないもんだよね。いや、わかんないもんじゃないんだけど、香川の丼とかもそう。
あのー、棚オーナーの青戸内大さんがね、あのインスタで香川に帰られてっていうインスタあげてらっしゃいましたけど、香川、香川でいいんだよね、うどんですよ。
学生の時代に、あのー、岡山で学会があったんですよ。で、内地留学してる先生たちと、これもう言ったっけこの話。
言ったか、もう個人的に何かに話したか、ノートに書いたかも忘れたけど、まあとにかく学会があって、内地留学の先生たちという。
で、自分の担当教官ね、指導教官の先生はちょっといろいろ仕事もあって忙しいから、その日の夜に飛行機とかで来る、みたいな。
飛行機だったか新幹線だかは忘れたけど、とにかく後からお急ぎでやってくる。
で、僕らはちょっと余裕もあるから、せっかくだから前の日に行って、何なら前の日に行って香川のうどんでも食べよう、狭野球うどんでも食べよう、っていう、あのー、観光気分で。観光気分でって本当に呑気なもんだけどね。
まあでもあの、研究費とかを使ったわけじゃないですよ。ちゃんと自分のお金で行ってるんですよ。
でさ、途中楽しかったわけで、いろいろお話して。
もう一人同級生の陰性がいたんだけど、その子は一緒じゃなくて、学生でね、俺とナイチーランドの先生たちが一緒にさ、付き合ってくれてさ、若造を連れてきてくれて、連れてきてくれて、一緒にいたんだけど。
だったんだけど、だったんだけど、あのー、よく調べてなかったのよ。いや調べたつもりだったのよ、調べたつもりだったんだけど、なんか行けばなんとかなるだろう、昼ぐらいに着けばなんとかなるだろうみたいな。
街で行ったら、結構さ、着く想定がさ、昼過ぎだったのよ。夜とかでも食べればいいかも、なんかおやつぐらいの感じの、おやつじゃないけど、なんかちょっと思って、すげー閉まるの早いのよ、うどん屋さんたち。結果的にも。
うどん屋さんたち、すーごい閉まるの早くて、でまあなんていうのかな、せっかく来たのに、なんかチェーン店までは行かないけど、なんか大手のみたいなところじゃないとやってない感じで、まあタクシーの運転手さんに教えてもらって行ったんだけどね。
なんかその、あれですよ、なんでこんな話してんの。だからなんかもたもたしてるなって話、いつも、僕は。もたもたしてるんですよ、せっかくその土地に行くのにさ、せっかくその土地に行くのに。
結局ね、ギリギリまで調べていかないんだよね。
ノートで、つんどくのお本読むおんなぁにっていうイベントをマジライバルでやったよって話をしてて、あれですね。
その中で、のんびりさんっていうね、行く前にこの土地の本とかを持ってたり買ったりするんだけど、そこはさらっと眺めるだけで、本当にじっくり読むのは行った後だと。
行った後、行く前にすごいすぐすぐまで読んじゃって、こういうところがあってみたいなところをはっきり読み込んで行っちゃった、それから行ったらそれをなぞるためになっちゃうから、それはつまんないから。
行った後にむしろよく読むんですっていう。だからそこまでの間、僕はつんどくになっちゃうんですって。
だから僕はつんどくになるにははっきりした理由があってっていうお話をされてて。
それもマジライバルのスタッフさんが間に入って質問とかも挟んでくれたので聞けたことがある。
それはさ、ちゃんとそういう意図を持って、あんまり調べすぎないっていうことじゃない。
でも俺のはそうじゃなくて、完全に無計画。信念も何もなくて、何も分かっていかない。
これね、極端な人だから、調べていくときはめっちゃ調べちゃう。しおり作りますかぐらいの勢いで。
これね、実際そこまでやったことないんだけど、めちゃくちゃ分かるエピソードがあって。
うちの父親、母親としばらく前に、今はどうなんだろう。最近の動向は分かりませんけど。
めちゃくちゃ細かい旅のスケジュールを作って、しおりみたいなのも作って行った時があった。
半ばあきれた母親がそれ見せてくれたりとかして。
これ何て言ったらいいのかな。
何て言ったらいいのかな。
俺両面あるんだけど、行き上がりばかりで何か見ればいいじゃんっていう、俺もいるんだけど、
隅々まで調べて、これも見て、あれも見て、これも見て、でもこれとこれはこういうことでつながってるから、これを見たほうが良くてみたいなこともめちゃくちゃ調べて、プレゼンもして、
さらにこういうルートで、こういう状態でこうなってるんだっていうのも完璧に、自分の中では完璧に用意してて。
父親がそこまでだったかどうかは分からないけど、っていうのもすごい分かるんですよ。
今の話の中で言ったら、のんびりさんの愛に対して、ちゃんとそれなりにある程度考えつつ、でも余白を十分に残したいった上での旅に対して、僕は全く何も考えてないっていう。
分かりやすい話で良かったのに、なんかめちゃくちゃ考えちゃう気持ちもあって、かつ全然調べていかない自分もいてみたいな、中途半端な人間なのね。
終戦記念日と「黒い絵の具」としての戦争
そうなんですけど、今回はなしも、なしがあることは知っている。あそこで売っていいことも知っている。
その後に、個人としても、なし農家さんも知っている。そういうことがあるのも知っている。
下妻はなしが有名なのも知っている。何なら前の職場で畜生地の石状町のなしもよく食べさせてもらった。
なんだけど、近所にあるなしの直売所のことは全然調べていかないで行くのね。
で、ポッドキャストとか聞いてるなし農家さんのことも全然ボケっとしてるから、なんかああと思ったときにはもうなくなっちゃったよね、そのなしは。
でもまあここまで来たらさ、なしと関わらない夏にするのも、いや関わってんのよ。
中田さんのなしを食べさせてもらったから。
でも、悔しいじゃない。悔しいじゃないって言うのも嘘なんだよな。
悔しいじゃないって言うのは今言ったけど、別に悔しいなって思って過ごしてたら、この休みの最終日までなしと関わらないことないじゃない。
直売所は昨日もやってたよ。その前もやってたよ。
つかみどりがもうだいぶ前の段階でなくなってるくらい人気だよ、想定よりも。その辺の詳しい事情は知らないけど、っていうのはインスタで追ってた。
インスタ出してくれてたし。
下妻の人たちはみんな親切さ。
昨日お会いしたあの荒川さんとかみたいに、すごいさ、いろいろ発信してくれた素敵なところ、いろいろ知ってる人いるから、すごいんだよ。
思い出した、唐羽雄さんだっけ。ガパオンのところも行きたいんで。
でもやっぱ辛かったな、荒川さんも。
もう一度だけ営業になっちゃったから行けなくなってきて、やっぱもう残事だった。
昨日来る話できたことと、また新たなお知り合いのサイトに座ってもらった。
名人もまた活躍。
おばさんも来てくれて、一緒にいろいろ話してた。
おばさんもお土産持ってきたりして、いろいろあるので、一緒にさ。
今度は車2台で。
一昨日はおばさんの車乗せてもらったけど、昨日はちゃんと車2台で連なって、マジでライブラリーカーとか移動して。
そしたらもう荒川さんとかいらっしゃって。
あ、そうだね。
ナオミさんもいらっしゃって。
荒川さんのお子さんにもメッセージ渡せて。
いいな、やっぱいいな。いいんだね。
お名前は?って聞かれて。
この場合のお名前ってなんて言えばいいんだろうって。
ちょっと迷ったんだけど。
ミアっていうのか、宮本っていうのか、オルネウマでいうのか。
宮本屋って名刺だから、宮本屋って言えばいいのかな。
なんか迷ったけど、宮本です。
里美さんもいらっしゃるかな。
ゆうかのストーリーをあげたり、ポッドキャストをあげたり。
でもよかったね。いろいろお話ができて。
娘さんと普通に来てたね。里美さんで。
それのことを全然意識せず。
自分の親と二人きりだよ。絶対行けないからって。
普通に言っちゃってたけど。そんな話題を出しちゃったけど。
普通に来てたね。すごいね。
いい家族だ。いい家族だ。
そういうことをしないのが悪い家族なわけではないけど。
ちゃんと家で実家の、忙しくしちゃってる分、
実家でお盆らしいお盆をしてないね。
めちゃくちゃ昨日、その実家のことを喋ってた。
家族がどうでいいか。
家族がいないところでめちゃくちゃ喋ってたけど。
あれだな。またちょっと。
一応やが、もうなんか、見た目上パッと見なんともなさそうだったけど。
なんともないわけじゃないんだけど。
妹の旦那さんと父親と自分とっていう会がね。
ちょっと前に、3ヶ月前ですか。ありましたから。
そろそろ、夏ぐらいにどうかみたいなのもあったんだけど。
もうちょいずらしたほうがいいかと思って延期したんだけど。
延期したって、俺の中で勝手に延期しただけだよって誰にも話してないんだけど。
その分、家族とそんなに、チラッと帰って。
お盆っぽくなくいつものようにフラッと帰って、すぐ出かけちゃってね。
その分、全然2ヶ月前、3ヶ月前とかには知らなかった。
おばさんと3日間ずっと一緒にいるっていうね。
そういう3日間ですね。
えーなんだ、だらだら喋っちゃったまた。
出汁の話とか、お盆の話をしちゃったんですけど。
あのー、8月15日。
これなんかね、このワード出すのなんか、ワードとして出すのちょっと微妙なんだけど。
一応触れとこうと思って。
えーと、終戦記念日ですね、8月15日。
あの街ライブラリーでも色々話したりイベントしたりしたの。
すごい良かったんだけど、それはそれで良かったんだけど。
朝、終戦記念日の、明日が終戦記念日だから、それのコーナーを整えてるっていう。
何してるんですか?って何の気なしに聞いたら。
ちょっとその前から気になったんだけど、何やってるのかなと思うんです。
なんか、気になってる時間をちょっと置いといて。
ちょっと時間が経って、何してるのかなーってやっぱり気になったんだけど。
終戦記念日で、明日が終戦記念日なんだよ、今日はね。
で、ちょっと気になったんだけど。
あのー、何て言うのかな、みたいなことに触れるのってめちゃくちゃエネルギーがいるわけ。
伝え方が難しくて、全部ただの悪いことだけで思ってるつもりはないんだけど。
だからといって、美化する気持ちもなければ、基本的にはない方がいいっていう考え方なんだけど。
戦争ね、争い。
イメージとしては、黒い絵の具なんですよ。
あえて言うなら。
黒い絵の具っていうのは、黒だから黒が悪いみたいなことでもない。
ただの色としての黒。
黒に付きまとうイメージとかそういうことじゃなくて、色としての黒を考えてほしいんだけど。
なんかさ、黒い絵の具ってさ、白い絵の具と違って、
そこにパレットにある色に黒を一滴垂らすだけでも台無しにしちゃうじゃない。
台無しにしちゃうじゃないって言っといて悪いイメージじゃないんですけどって説得力ないと思うけど、
でもそれが近い。
全部黒くなっちゃうじゃん。
これね、小学校の教員だったでしょ、昔。
で、行くわけですよ。
教育実習に行くんだけど、
そこが夏休み前ぐらいの教育実習だったんでね。
でもとにかく暑い時期だった。
で、一つの花っていう戦争教材が僕が担当する授業、教育実習だったんですよ。
その時に教務主任の先生がいてさ、研究主任っていうのがあれば、
研究主任の先生、もうだいぶ前に、定年を前に先生辞めちゃった人なんだけど、
その人すごい面白い人で授業もめちゃくちゃ面白かったんだけどね。
その人が言ってたの。
あ、戦争教材はなあ、戦争教材はつまんない。
この言い方もまた難しいな。
これ俺、否定的なニュアンスで撮っちゃう人がいたらそういうつもりじゃなく言ってるんだけど、
戦争教材つまんないからなあ、っていうことを言ってて、
なんかそうだなと思う。
それはね、分かんない。
彼の意図がどうだったかは、はっきり伝えられることは伝えることはできないと思うけど、
黒い絵の具なのよ、戦争教材って。
何でもかんでも戦争の題材ってことになっちゃって、
言葉と向き合うっていうことに向き合えなくなる。
あるいは、あえて言うなら。
国語の時間っていうのは、言葉を通して世界を見るための時間じゃないですか。
で、戦争っていうのの題材が強すぎて、
言葉じゃなくて、戦争っていうものを通して見るようになって、
そこに言葉と向き合えなかったりするのよ。
いや、いいんだよ、別に。
それほど強い題材を持って、
題材の中での作品をみんなで読むって、
当然それはそれで意味あることだと思うんだけど、
フラットな漢字っていうのはちょっと難しい。
教材の持ってき方だと思うけどね。
戦争教材なんて呼び方がいけないのかもしれないけど。
でも、戦争だし相手もあってのことってさ、それぞれあるから、
難しいのよ、扱い方が。取り合い方が。
今まさにこれ言ってる俺もそうだけどさ、
どういう風に見たらいいのかってそれぞれあるじゃん。
題材が強すぎて、もういろんな情報があるからさ、
そういう自分の何かも下敷きにして見るから。
台無しにするって言い方が正しいかどうかあれとして、
黒の絵の具をいってきたらだけでも、
もう全体の雰囲気がそれになっちゃう。
黒の雰囲気になっちゃう。
白はぼやかすぎる。
ともすればきついものをもう少しマイルドにしたりとかあるじゃん。
違う色同士だったら混ぜ合わさって違う色になるじゃん。
でも黒は強すぎるじゃん、ちょっと。
うまく使えばいいし、分かんない。
俺は美術家じゃないし、全然。
昨日も言いましたけど美術の3だったからね。
2だった。
波以下だった。
「暮らしの手帳」と記録の継承
小学2年生の三角形を除いては。
2人は友達っていうアーノルド・ローベルさんのやつは、
結局町ライブラリーさんではダブってたので、
こうかこうか寄贈してなかったので、
逆パターンで、今までトコボックスで
しばらく置いたけど、
一旦ちょっと抜けるかみたいなのを寄贈するパターンが多かったんだけど。
それじゃない寄贈のパターンもあるんだけど。
トコボックスと町ライブラリーの、
そういう一方方向、一直線の方だという。
逆に今度、寄贈できなかったから、
せっかくだからこれで結構ね、
自分で言うのも難題なんだけど、
用意したのが割と綺麗めなコミックになる。
っていうのもあって、
寄贈をきました。
音のない音楽会っていう。
音を銘打ってるのに。
せっかくだからと思って、
面提しちゃいました。
そんな友達のあの中身はなかったかな。
音に関することはないわけじゃないと思う。
あの本の中ではそうではなかった。
テーマにちょっとそぐってないんだけど。
それはそれでということで、
置きました。
やっぱり改めて見ると素敵だなって思って。
さとぴさんもちらっと見てください。
何でしたっけ。
戦争の話です。
いまだによくわかりません。
僕のイメージね、僕のイメージ。
もっと昔、
要は平成になりたてか平成になる前ぐらいの、
僕も昭和の末、昭和58年の生まれなんでね。
それぐらいの子供ぐらいの時には、
もっとわかりやすく、
戦争反対。
戦争はしてはいけない。
もっとわかりやすくそうだったと思うんですよ。
なんかこれを、
なんかちょっと、
なったと思うの。
で、
なんか今は、
その時ほどわかりやすくはない感じになってると思う。
で、
わかりやすくなってないこと自体、
俺の勝手な感じ方だしね。
前は、
前に比べてちょっとなんかもっとぼちゃっとしてるなっていうイメージ。
で、それについていいも悪いも言いませんけど、
あのー、なんか、
終戦記念、あのーちゃんと、
ちゃんと捉えましょう。
明日は終戦記念日なのでっていうのに、
あのーストレートに向き合っている人の姿をたまたま昨日見て、
まあ職務上でそうなのかもしれません。
どういうことなのかわかりませんけど、
あ、なんかそうだなと思って。
そういうめんどくさいとかさ、評価が分かれそうとかちょっとなんか、
どうなんだろう。
なんかね、触れ方が難しいみたいなのからさ、
目を背けちゃうってところがあるから。
なんかありがとうって思ったんですよ。
ちょっとね、いろいろ一段落した時に、
もうこのタイミングじゃないと、
今年のその、あのー、
今年とかじゃなくて別に、
あのー記念日だけ思えばいいわけじゃないけど、
なんか、終戦のことを考えないし、触れないし、
戦争のことも考えてないな。
全然自分も体験してないからそうなんだけどね。
で、なんか触れてますみたいなのも嫌なのよ。
なんか考えてますみたいな。
まあいいや、だからわざわざこんなところで言うのは微妙なんだけど、
でもなんか、
あのー、そういうことは関係なしに、
関係あるかないか知らないけど、
ちゃんとあのー、
無視しないで向き合っている職部というのか、
お仕事のところを、
しかも文化的にね、
なんかすごいいいなと思ったんですよ。
あの、いらたく言うと。
で、見たんですよ、棚を。
そしたらね、
あのー、一番目を引いたのが、
暮らしの手帳っていう雑誌ありますよね。
暮らしの手帳が、
なんか戦争の時の暮らしの、
手帳だか記録だかみたいな、
特集が、だいぶ前に、
僕が生まれる前ですね、
1970何年か、
に、
あのー、
やったことあるらしくて、
特集、雑誌の中での特集だったのかなと。
で、見たんですよ。
あの、で、もうその、
エネルギーがいるから、じっくりは見なかった。
いや、あのね、
頭からお尻まで見たわけじゃなくて、
そのうちの、
あのー、
そのうちの1ページに書いてある手記、
2,3人の手記っていうか記録みたいなのを、
読んだんだな、やっぱり。
で、編集工期みたいなところをチラッと見た。
そしたら、雑誌としてこれ、
えー、
こういう特集をしたかった。
戦時中の暮らしみたいなこと。
暮らしの手帳って言いません?
なんかもう、
全然読んでないし勝手もないけど、
なんかそういうイメージじゃないじゃない?
でもなんかその、
え、そう?
はいはい、でも、
戦時中の暮らし、
こそ、なんか、
大事じゃない?
戦争時に暮らししてなかった人はいないからね。
でもなんか争い事だけの話じゃないじゃない?
防弾が飛び交うなんたらかんたらじゃなくて、
その中で暮らしもあったわけ、やっぱり。
で、それを取り上げようって、
特集しようって言った編集者がいて、
実際やったわけだ。
で、
それは、あのー、
記録に残しておこうっていう気持ちがあったらしくて、
記録に広い人に触れてもらいたい。
で、その暮らしの手帳っていうのが、
すごい結構発行部数も多い雑誌だから、
そこの中でこの特集っていうのをやってみようと。
やって、僕の目に触れてもらおうと。
で、
で実際触れたと。
で、たくさん売れたんだって。
たくさん売れたんだって。
今やったらどうなのかね。
今やったらどうなのかね。
サインを評価、
単純なジックじゃない、
っていうことを前提にだけど、
売れるかな?
暮らしの手帳で、
戦時の暮らしの特集をしたとき、
売れるかな?
まあ売れたらしいので当時は。
通常よりもすごい。
で、
記録、
残したい。
記録の目に触れてほしいから雑誌選んだけれども、
雑誌だから、
なんか長くは残る、
長く残るっていう形はちょっと難しい。
だから、
なんか、
想定をちゃんとした別冊っていうか、
なんか、それとして、
作りました。
っていうことが、
演習根拠に入って、
つまりはその、作りました。
立派な丈夫に残るものとして、
あの、作りましたよ。
で、作ったものが、
だから何ですか?
70年、
50年ぐらい、
50年以上の時を経て、
目に触れたわけですよ。
戦争のことから目を背けたい、
僕みたいな人間の目に触れたわけですよ。
だから、
もう何段階にもなってるわけ。
その時からでは。
まあ、いろんなことがあって、
で、そこに寄稿してる人、
だから、
作者さん、作者さんじゃないんだ。
一般の人よ、だから。
生活をしてた人よ、当時。
で、その人が、
もう、原稿寄せてくれたわけだよ。
で、原稿寄せてくれて、
あの、当然それを、
あの、掲載したわけだ。
わかんない、どういうふうな形だったか知んないけど、
その細かい流れはわかんないけど、
とにかく載せたと。
で、雑誌でやって、
で、
目に触れたんだけど、
あの、
長くは残らない、雑誌という形だと。
だから、
もっと丈夫なものにして、
別に出そうっていうのをさらにやって、
それを出したの。
で、いくらそういったものを、
丈夫なものを出そうが、
それを、
それが大事じゃなかったら、
それが保存してなかったら、
あの、当然残ってないわけだけど、
なぜか残ったの。
なぜか残っていたものを、
町ライブラリに寄贈したわけだ。
で、
その町ライブラリも実はそこの直接、
あの、
ゆうてきたかしわの町ライブラリさ、
まだできたばっかりだからさ、
他の町ライブラリから、
あの、譲り受けたものとかもあるわけなんだけど、
そのうちの一つなんですよ。
で、
あ、それはもう、あの、
町ライブラリのその本ってさ、
ついてるでしょ、あれが。
あの、カードが。
それ見ればわかるんだけどね。
いろんなことがあって、
そこはありましたと。
で、そのあった、
その、
そんなこともあって、
町ライブラリ、
どっかの町ライブラリに来られたところが、
またそこから、
きたかしわの町ライブラリに、
あの、移ってきて、
で、それを、
わかんないよ、
あれを飾ってねって言われたのか、
スタッフさんが独自に考えたのか、
その辺はわかりませんが、
8月15日っていう日を大事にして、
えー、
いつもの通りお客さんを案内したり、
いつもの日なのよ、
今年の8月、
14日、15日だって、
終戦記念日とは別に、
通常の生活の流れがあるわけだから、
当然初めて8月14、15日に、
初めてやってくるお客さんもいるわけだから、
当然いつものように、
初めての人たちに、
あの、丁寧に案内をしてあげてるわけです。
スタッフさんたちは。
で、その中で、
自分たちだからっていうことで、
あのー、
そのコーナーを整えてあげてるわけで、
その営みをしてくれたからこそ、
最後の最後のバトンを、
自分に繋いでくれて、
えー、
それを見せてくれたわけですよ。
いまだに、あのー、
やられちゃうから、
借りてはないし、
全然中途半端な感じなんだけど、
それでも、
なんか、
あのー、
人間が、
思えばいい、考えればいいって問題じゃないけど、
考えたりするわけですよね。
それが、
あのー、素晴らしい。
戦争関連本の寄贈と日常への思い
そんなことよりも、
自分の実家のボーンで、
もっと楽しく過ごせばいいじゃない、
っていうのもありです。
あと、明日からの仕事、
ちゃんとやれよっていうのもありです。
昨日、いろんな人と話したんだけど、
これは、
なんか、
難しすぎて、
なんか、微妙だし、
微妙だしっていう、
俺の腫れ者に触るような扱い方が
いけないのかもしれないけど、
なんか微妙だと思っちゃったから、
話題自体が微妙なんじゃなくてさ、
なんか、伝わり方が難しい。
なんか言わなかったんだけど、
あのー、
まあ、言っちゃいました。
でー、これも迷ったんですけど、
あのー、
あのね、
これはね、あのー、
ちょっと、
まあ、いろんな経察で、
あのー、買って、
読みたい気持ちはあるんだけど、
なんかもう、なんか、
やっぱり棚に眠ってるっていう、
でもそこにあることはずっと知ってるっていうのが、
あのー、
戦争に関連した本がやっぱあるわけだと。
で、これは、
うんとね、
まあ、言い訳かどうかは分かんないんだけど、
あのー、
まあ、つんどくなんだけど、
うーんと、なんかね、
ただ読まないでおいたんじゃないんだよ。
って、
まあ、同じなんだけどね、つんどくなんかみんな。
まあ、いろいろ言い訳はあるんです。
あのー、この本なりに。
で、別にあのー、ね、
昨日、あのー、
話しましたけど、
あの本の収集か収集じゃないかみたいな話も
しようとしましたけど、
あのー、手元にあればいいっていう話じゃなくて、
まあ、これはこれで、
これはまたあるのかな。
あのー、
まあ、別な言い訳の理由で
なんかつんであったんですよ。
で、それー、
あのー、
スーパー戦隊図鑑とかと同じでさ、
あのー、
戦隊図鑑はつんどくだったわけではないか。
まあ、
でもなんか、
自分の棚にずっと置いてあるよりはっていうことを
思ったので、
あのー、
これはもう改めて
寄贈しようと。
あのー、僕、
そんなクライスターじゃない、
そんな歴史的なクライスターの本じゃなくて、
全然普通の本。
流通してる本だと。
あのー、映画とかでもなったんじゃないかな、
これは。
まあ、そういうあれだった。
まあ、そんな感じだったんですけど、
まあ、でも、
ただ置いておくよりはいいんじゃないかなーって思って、
ただ、うーん、
すごい難しくて。
例えば、まあ、追加では置けないことになったと思うけど、
桜川の、
あのー、
芽吹きの棚に置いても、
トクボックスの自分の棚、
自分で借りてる棚に置いても、
黒の絵の具になっちゃう。
うーん、
こういう考えよくないのかなー、
わかんないんだけど、
なんか黒の絵の具になっちゃう。
で、別に黒の絵の具嫌いなわけじゃないけど、
黒の絵の具だけが好きなわけじゃないから。
あの、名詞だな。
名詞だよ。
名詞、
サニーさんに作ってもらった、
小島さんに作ってもらった名詞の、
僕の本の色は、
ホログラム加工になってるでしょ?
色んな、色の見え方になる。
あれも、
黒が混じっちゃったら、
なんかちょっとやっぱ違う。
わかんないんだよな。
なんか、
自分が、
置いた石から、
もう一人歩きしちゃう、
そうな感じがするんだよな。
なんかちょっと、
しちゃいました。
なので、
うーん、
でも、どうせだったら、
8月15日とかあって、
まとまってるそういうところに、
行くのもいいか?
ちょっと思ったりもしましたね。
そんなこんなで、
なんかもう、
これは寄贈しようと、
思ってますね。
なんか、言っててなんか微妙だな。
なんか、あれだな。
なんか聞き方によっては、
前向きじゃない寄贈?
みたいな感じに聞こえる。
でもまあ、
たまたまね、
昔、
違う仕事をしてた時は、
お盆休みとかじゃなかったんですけどね。
そこそこブックオフは、
今が書き入れ時だから、
ブックオフでフリータアルバイトしてた時には、
むしろ忙しく働いてたんですけどね。
なんか今は、
休みね。
子供の時の夏休みって、
必ずこの8月中のこの辺休みだよね。
必然的に、
俺8月21日が誕生日なんですけど、
友達とも会えない中での誕生日。
必然的になってたんだけどね。
なってたんだけど、
あのー、
全然関係ないけど、
あのー、
ばあちゃん家のお祭りがさ、
実家と家がね、
当時の実家、
つくば未来市の今の実家だよね。
母方のおばあちゃん家の家が近かったので、
よく行ってたんですけど、
そこが8月21日が、
今はもう土日とかに寄せてると思うけど、
昔8月21日がお祭りだったんですよ。
で、ばあちゃん家から、
本当に歩いて1分とかのところの、
あのー、
スペースでお祭りやってて、
俺は子供ながらに、
もう俺のための祭りだと思ってたから、
全然違うんだけど、
俺のための、毎年ね、
楽しかった、お祭りに行くのが。
1回ね、大雨で中止になったことがあって、
クソ!と思った。
本当にマジで、台無しだと思った。
中止になっちゃったと思ってて、
もうすごい雨だった。
空が緑色になるくらいの、
すごい雨だった。
柏も来た?柏っていうか千葉も。
昨日もなのかな。
一昨日すごい雨で、
小林さんに計らず出させてもらっちゃいましたけど、
お祭りなんですよ。
8月21日で43になっちゃう。
あー、
戦後50年って、
なんか言われてる時に、
50年前なんだ、
って思ったけど、
その時は50年とか、
すごい長いと思うんですけど、
もうなんか、
だんだん見えてくるよね。
43年前に生まれたんです。
43年ってもう、
めちゃくちゃ昔の話じゃん。
めちゃくちゃ昔の話だわ。
この感覚だったんだろうな。
そして、
これよりもっと上の感覚のことを
みんな思ってんだろうな。
逆にそういう感覚が分かんない。
ただ、
えー、50年ってすごい長いなっていう、
あの時と同じように考えてる若者が
やっぱりいるんだろうな。
戦争とか50年とかするわけなくて、
時間の感覚としてだけの話ね。
考えじゃんけど。
そんなのもう、
今日が終わるともう明日からまた仕事なんだけどね。
上で言うのもあれだけどさ。
とりあえず、目も背けるんだけど、
なんとも戦争とか経験してないんだけど。
とりあえず、
今ちゃんと、
しっかり自分の
暮らし、生活を
しっかりやるっていうこと
だろうな、とりあえずな。
全然やってないよね。
生活、暮らし。
やってないことはない。
やってなかったら死んじゃうから。
やってるんだけど。
真摯にやってんのに真摯にやってる。
真摯に生活してるってそういう感じじゃないよね。
普通に、
まあ普通にそもそも生活をするとか
なんて言ったらいいんだろうね。
意識的なもんじゃなくて、
でも、普通にやってることが
ちゃんと真摯にやってることに
振り返ったときになったらいいよね。
そのときは分かんない。
いくらそのときに
私は一生懸命毎日生活しています
って言ったところで、
なんか変だしね。
あとで振り返ったときに
あったときに一生懸命やってたな、
やってたと今のところ思えるな
ぐらいのことは
あったらいい、考えられるような
生活を送っていれたらいいですね。
もう一生死がつかなくなって
終わりにしますね。
仕事が憂鬱だな、
43歳になるのが憂鬱だな
っていうこととかも
いろんなことが混ざり合ってますね。
でもまあ、
そうは言っても
いろいろ前向きなこと楽しいことはありますし、
今日これからもおそらく待ってるので
頑張ります。
皆さんも頑張ってください。
頑張らなくていいですけど、
普通に生活をしてください。
おつかれさまでした。
59:12

コメント

スクロール