漱石と科学
詩と建築
ゲームと美術
感想
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サマリー
今回のエピソードでは、「距離」というテーマを中心に、一見関連性のない分野間の繋がりがもたらす面白さや重要性について語られています。まず、夏目漱石の文学と物理学の意外な接点を探る「漱石と温かな化学」という本を例に挙げ、学生時代の自身の懐疑的な視点から、後にその異分野融合の面白さに気づいた経験が語られます。この変化は、単一分野に閉じこもらず、多様な視点を持つことの価値を示唆しています。 次に、「詩と建築」というテーマの書籍や、芥川賞を受賞した建築を題材にした小説「東京都同情党」が紹介され、文学と建築という異なる表現形式が交錯する健全な営みと、それを評価する文学賞の信頼性について考察が深まります。さらに、最近訪れた宇都宮の「ゲームと美術」展覧会では、「信長の野望」を題材としながらも、あえて「ゲームと美術」という広いタイトルを冠した主催者の意図に感銘を受け、ここにも分野間の「距離」を意識した新たな試みを見出しています。 物理的な移動距離もまた、発想力に比例するという考えに触れつつ、千葉、栃木、茨城を跨ぐ自身の移動体験も「距離」の概念と結びつけられます。幼少期の図工の授業での成功体験や、絵本「お手紙」を通じた読み聞かせの重要性など、多岐にわたる話題が展開されますが、これら全てが「距離があることの素敵さ」という中心テーマに収斂しています。異なるものが結びつくことで生まれる新たな発見や想像力の広がりが、このエピソードの核となっています。
導入と「距離」のテーマ
えーと、久しぶりに携帯で撮ってるので、これ撮れてるかどうか。また失敗するんだよな、こういう時ってな。失敗したら、もう幻です。もうやり直す気力もない、別に。
しばらく運転するので、その間、あのー、ボットキャストです。
あのー、あれだよね。全然もう、すごい前の話なんだけど、あのー、ナオミさんも同じような、あ、運転しながらやってる、と思って。
じゃあやっぱりこれやっていいんだ。別に誰もやらなかったらやっちゃいけないわけじゃないけど、あのー、やっていいんだなと思いました。やっていいってことに思おうと思いました。
えーとね、えー、別に何か話す話題があるわけじゃないんだけど、思ってんのが、距離の話なんですよ。
町ライブラリーと本の貸し借り
あのー、これから町ライブラリーに行こうと思うんだけど、えー、あ、わかんない、今日やってんのかな、ちゃんと。
まあ、わかんない。あのー、大丈夫かなっていうお見舞いの気持ちもあって行くんですけど、その割には、ごめんなさい、手ぶらで行く。
あ、失敗しました。ペットボトルを、あのー、家のお見捨て場に置こうと思ったのに、置くの忘れて、そのまま乗せてきちゃった。
えーと、置いといて、えーとね、町ライブラリーさ、やっぱりさ、まあ、なんだかんだで、たくさん行っちゃってるんだけど、やっぱりちょっと、あのー、
すごい近くにあるわけじゃないから、近くにないとさ、いつ本を借りたときに返しに行けるか心配になっちゃうじゃない。
で、明らかに休みのときじゃないといけないから。で、町ライブラリーは、そんなのあったっけ?
多分ポストとかなかった気がするから、ちゃんと空いてるときに返しに行かなくちゃいけなくて、ちゃんと行けるときにって思うと、
あのね、で俺、基本的には、あのー、やっぱり、金円はしっかり、あのー、守りたいといえば守りたいから、借りられないんですよ。
でも、あのー、何回か借りたことはあって、まあ今後も何回かは借りるんだろうと思うんだけど、あのー、一番初めに借りたのが、
漱石と科学:異分野の繋がり
あのー、これ言ったかな?
漱石と温かな化学っていう本なんですよ。
あー、なんか言った気がする。ノートにも書いたかもしれない。
あのー、漱石ってね、夏目漱石さんね。
あのー、文学者、文学者というか、文筆家、何あれ。
何あの人。
まああの、ぼっちゃんとか、我輩は猫であるとかを書いた人。
で、あのー、いや普通はそういうふうな紹介だと思うんだけど、
あのー、夏目漱石を研究している人と学生の時に親しくしていて、
でー、大学の授業でも何回か出てきて、夏目漱石さんっていうのはめちゃくちゃ頭のいい人なんだなって思うわけよ。
試しに、あのー、今、なんかで、なんかで見れると思うし、青空文庫とかでも見れるね、きっと。
でー、あの、ちくまとか、あのー、何、岩波とか、横断社学術文庫とかいろんなのであるから、
あのー、漱石の講演とかエッセイ、エッセイっていうのがあれば、エッセイじゃないか、随筆っていうか、
まあ、講演で喋ったやつがおすすめかな。漱石文明論集とか。
えーっと、私の個人主義、うん、私の個人主義とかがあれは、横断社学術文庫かな、書かれててんのかな。
あのー、ちょっと一回、なんかでちょっと見てみてください。
めちゃくちゃ頭いいですよ、あの人。めちゃくちゃ頭いいっていうか、頭いいっていう表現があれだな。
頭いいって、いろんなことをしっかり考えられる人なのよ。
道楽と職業とか、あのー、定義となんとかとか、なんかね、いろいろなんかあんだけど、
あの、どれもね、めちゃくちゃ面白いですよ。で、面白いし、ちょっと、いいとはいえさ、ちょっとだけ昔の言葉だから、
なんか最初見た目、うーっと思うかもしれないけど、やっぱ公演とかを元にしてるのがすごい多いから、
すごいね、なんか調子がいいの。なんつったらいいのかな。文体が、あのー、読みやすい。
読みやすいっていうのは、あのー、目で追いやすいっていうことじゃなくて、なんか音としてわかりやすい。
と思う、僕はね。あのー、だからすごい頭のいい人なんだと思う。
で、夏目漱石を褒めたいわけじゃなくて、褒めたいんですよ。素晴らしい人だなって。
僕全然、何も読んでないんですよ。全然そんな、心をちょっと読んだとか、あのー、それぐらいなんだけど、
別にさ、草枕とか後陣とかそういうやつ読んでないから、あのー、全然わかんないけど、すごい人だなーって思ってるんですよ。
で、あのー、で、その漱石さん、だから、いわゆる文系の人ですよね。
で、文系の最たる人じゃないですか。夏目漱石なんて言ったら。
誰でも、あのー、すぐパッと思いつく、あー、なんか有名な人だなーみたいな感じだと思うんだけど、
それと、えーっとー、武田虎彦さんだっけ?物理学者さんがいて、その人たちが仲良かったんですって。
で、漱石の文学の中に出てくる椿が落ちるところの運動を大真面目に研究してる、真面目に物理的に考えたっていう人がいて、
そういうこととかが載ってる本が、漱石と温かな化学っていう本なんですよ。
異分野への視点の変化
で、俺たまたまそれ見っけて、でね、それ見た瞬間に、これもう一度絶対話したと思うんだけど、話したかノートに書いたか。
あのー、大学の時に、その大学の教授がね、指導教官じゃなくて、
あのー、同じ学科だけど、授業は受けてるよっていう、すごい良い先生なんだけど。
まあ、ていうかみんな良い先生だけどね。
あのー、その先生の授業受けた時に、なんか言ってたの、そのこと。
あのー、漱石の文学のこと、本当に物理的に何が落ちたかみたいな研究してる奴がいるんだっていうのを聞いた時に、
で、学生の時代の俺は、はあ?と思ったのね。
何それ?くだらないことやってんな?何の意味があんのそれ?みたいな。
そこの先に何があんのかも分かんないし、なんか文学を理系的に解釈しようとすんじゃないよ!みたいな風に、なんかそんな気持ちがあったのよ。
でも、あのー、その漱石と新たな科学をね、町ライブラリーで見た時に、
あ、あれだ!と思って、あ、面白いな!ってその時は思ったのよ。
要は、なんか、なんか違う分野のことを無理やり違う分野でやろうとするんじゃないよ!っていう、なんかそういう単純な気持ちがもっとあったの、多分学生の時は。
でも、いや、同じ分野のことを同じ分野だけで語ろうとすんなよ!って今思ってんのよ、ちょっと。
逆のベクトルっていうのかな?何でそんな、なんか、きっかけがそうなったわけ、何があったかよく分かんないんだけど、
で、それはね、昔から言われてたのよ俺。学生の時から、なんか、教育の分野だけからは教育は語れないよ!みたいなことを言ってるのを、なんかはっきり印象に残ってるし、
なんかそれはそうだな、とかって思った覚えはあるのよ。
あと俺はなんか一つのことにバーって通常しちゃうから、もっといろんな視野を広く持った方がいいみたいなことを、なんか何人かの人に言われたことある。今もそうかもしんないけど。
で、それが印象に残ってるってことは、俺の中に視野は広げないといけない、他の分野からこそ見なくちゃいけないんだっていう気持ちは、
多分そうしなくちゃいけないんだなーっていう気持ち自体はあったんだと思う。覚えてるし、自覚してるってことはね。
でも、たぶん同じような時期に、大学院の授業だったと思うから、同じような時期に理系的に研究してる人がいてっていうのを話し聞いたときは、「はぁー?」と思ったのよ。
なんか、否定的な、あんまり好意的な感じには捉えなかったのね。
あそこから20年弱経ったときには、なんか肯定的な、むしろ面白いと思って、ここでこれと出会うか。
だからもうあんまり借りていくのに気が進まないなと思ってたけど、その本発見したからもう借りちゃったのよ。
詩と建築、そして文学賞の信頼
で、そういうことって、もう無限にあるなーと思ってて。
最近で言うとね、東海村の棚オーナーさんが茨城本町の特物さんというところで、僕そこに棚を借りてるんですけど、
列は同じか、僕も一番上だから。
一番左向かって一番左上の棚オーナーさんがね、東海村の方なんだけど、
そこの初日にね、本を開くときにたまたま居合わせたので、早速本買わせてもらっちゃったんだけど、
そのタイトルが、使徒建築、逆だったっけ?今運転中でちょっとタイトルをちゃんと見てないですけど、
使徒建築、とにかくね、それだったのよ。
まだちゃんと全部読んでないんだけど。ツンドコな話をしてるのにね、全然まだちゃんと読んでないんだけど。
最近はそれよ。うわ!と思って。はいはいはいはい、と思って。
建築を組み立てるのと、詩とか言葉を組み立てるってことが、なんかね、似てるらしいのよ。
似てるって言い方は、俺はその感覚味わったことないから。
家を建てようとしたことないし、建築してようとしたことないから。
まず図工とか嫌だから。
何か物を組み立てるっていう、プラモデルさえ満足にあんまりやったことないから。
何回かはあるけど。でも上手くできなかったから、プラモデル。
プラモデルと建築全然違うだろうけどね。パーツが組み上がっちゃってるタッチはね。
ブロック遊びは好きだったね。全然関係ないけど。
小さい頃ブロック遊びは好きだったね。レゴブロックとかじゃなくて、もっとでっかいブロックがあって、色があってさ、何かいろんなパーツがあんだけど。
それを組み合わせて、何かいろんな物を作るのは好きだった。
で、合体したり分離させたり、そういうのを作ってね、わざわざね。
で、何の話だっけ?
あ、そう。で、来たと思ったのよ。
わあ、面白いぞこれはと。距離が一目で分かるじゃない。
言葉と詩とかだったら、はいはいはい、別にそれもいいんだけど、詩と建築と来たわけだよ。
で、読んでる時はそこまでふんと思わなかったんだけど、
東京都同情党っていう、もう僕の信頼する読書家の一人ね、
全然さ、俺芥川賞とか直樹賞とかの作家をちゃんと追ったりしてないんで、
なんか色々人に勧められたり、たまたまあなたに出てきたりして初めて読んだりするような感じなんだけど、
あのー、もうインザメガチャーチもそうだね、もともとその人に勧められたから。
あのー、で、東京都同情党っていう本が建築なのよ。
なんかね、オリンピックの時の建築の問題とか色々あったけど、それをなんか下敷きにしたような話で、
あのね、これもう何がとか説明つかないんだけど、面白いのですごくその本。
で、その中にもAIとか建築とか、建築と言葉とかが、詞だったかのが忘れたけど、
建築と言葉を紡ぐっていうことが、あのー、なんか重なって、交わってるのよ。
交わってるところがあんだな。
で、なんかすごいなと思って、芥川賞を取る。
芥川賞、どうなのかな、もう僕の考えが浅ましいのかもしれないけど、
あのー、建築と文学が交わってるような気がする、そういうことも書かれてるような本で、
なんかさ、めちゃくちゃ乱暴なこと言うとさ、なんか邪道な感じしない?
文学作品ですって言うとさ、日常を書いてとか、美しい文章が書かれて、みたいな感じするじゃない?
で、そこに建築があって言うと、なんかさ、王道ではなさそうだな、みたいな感じしない?
それだけ聞くとよ。
でも、それが芥川賞を取ってるのよ。
ってことは、芥川賞を選考する人も、これは優れた文学だ、賞を与えるべきだっていうふうに思っていて、
王道とか邪道とかよくわかんないけど、自分で話し出しといて乱暴だけど、
でも、なんかとにかく賞を取るべきだって思ったっていうことなんだと思うんだよ。
なんかそれがさ、すごいいいことじゃない?いいことってざっくりしてるけど、健全じゃないかなって思うのよ。
あ、これちゃんと認められるんだ、みたいな。
認められてないといけないってわけじゃないし、賞を取っちゃった時点で認められたことになっちゃうことがどうなんだ、みたいな話もあると思うんだけど、
なんかさ、でも賞だってバカじゃないから。
賞だってバカじゃないから。だってちょっと前にあったじゃない?
俺は言うかわかんないけど、その時だけ何冊か読んでたからさ、
こんなに面白い本でも賞取らないんだとかって思った時もあるから、わかんないけど、
あのー、別にさ、適当にやってて権威がどうだとか、
あのー、なんか遊びで選んでるわけじゃないじゃん、賞も。
で、もう賞、該当なしとかしちゃったら、その売り上げにも関わってくる、本屋さんの売り上げにも関わってくるってこともわかってるけど、
それでも該当なしっていうふうにする勇気も持ち合わせてる人たちが選んでるわけじゃん。
いや、勇気ではなくて、そういうことと関係ないんだろうけど、勇気ではなくて。
それ、なんか、だから比較的信頼を置いてるんです。
あのー、賞を、あのー、文学賞みたいなものを、あのー、好まないっていう考え方もあると思うし、
それはそれで、そうだな、そうでしょうって思うこともあるんだけど、
あのー、なんていうか、なんか偉いな?偉いなって何?
なんか、なんか健全な営みなんじゃないか?っていう感じなんですよ。
で、実際、面白いしね。いや、面白かったり面白くなかったりはあるよ、それは。
あの、会によって。それはあるでしょうし、人の好みもあるからさ。
で、自分がその、どういうタイミングで読むかとかのもあるじゃん。
だから、なんとも言えないけど、あのー、やっぱ比較的さ、やっぱ面白いじゃない?
で、あーそうね。びっくりしたよ、俺は。あのー、若林さん。
俺、若林、踊りの若林さんのことが、若い頃からずっと好きだったから、
あのー、聖典っていう小説、まあノートとかでもちょっと先行で公開したりして、
もう途中で読むのやめたのよ、もうあのー、
これマジで出版するやつだと思ったから、あのー、やめたの。
で、出版されてからちゃんと買って読んだの。で、買って読んで、
で、さあ、なんか、それこそ、あのー、トクブックスとかに出品したいとこだけど、
あの、やっぱ手放したくなくて、なんか2冊買うのもまた違うなと思って、
で、多分、あれだね、その時まで僕が棚をちゃんとやれていれば、
トクブックスもちゃんとやっていれば、あのー、文庫本が出た時に、
やっとハードカバーを出品したりするんじゃないのかな、分かんないけど。
あ、何の話だっけ、えっと、そう、だから文学省は信頼してるよって話。
「飛行」にみる距離の概念
えーと、何だっけ、あ、そうそうそうそう、で、東京都道場都っていう本があって、
えー、そこに建築都道場が、あのー、工作するところがあって、
それもあったから余計に、うわ、いくっていう本を置くんだ。
で、その方が、今はまだ置いてあるかな、今日もちょっと夜にトクブックスさんに行こうかなと思ってるんですけど、
あのー、サンテグジュペリ、パイロットだったな、あの人ね。
で、なんか、その本、あ、飛行機がお好きなんだって。
この間奥さんにもお話伺ったんだけど。
で、あのー、いや、もう飛行機だけですごいよ。
もう、あのさ、えー、これ全然もう違う話だけど、飛行、飛行だわけよ、飛行。
飛行してるということは、我々は日常的には飛行はしないじゃないですか。
だって、歩いてるでしょ。地に足をつけているでしょ。
だから、もう飛行っていう時点で日常じゃないわけよ。
もう距離があるわけ、明らかに。
だって、地面に立ってる時点で地面ともう、設置している、地面との距離はゼロなわけだけど、
飛行してるって時点で、何センチなのか何メートルなのか何キロメートルなのか、
あのー、宇宙なのかわからないけど、
もう、あのー、その時点で我々の日常と距離があるわけよ、飛行っていう時点で。
で、飛行だから浮遊じゃないのよ。
あのー、飛行だから飛んでいるし、行ってるのよ。
だからもうそこにもう距離が、もうそこに距離が表現されているわけ、飛行という言葉の中に。
だって飛んでる日だけでも地面と距離があるでしょ。
で、行だから移動してるわけじゃん。
移動してる時点で移動イコール距離だから。
移動かける、距離かける時間で道のりだったでしょ。
ミソジ。速さ、道のり、時間。
あ、何?ミハジなの?今は。よくわかんないけど。
算数の時間に急になりましたけど。
道のりですよ。距離ですね。道のりは距離。
速さですね。時間ですね。分だったり秒だったり時間だったりしますけど。
ありましたね。分速は時速でいくらだとか。
そういう算数の問題あったじゃないですか。
秒速を時速に直すとね、秒がまず60かけて分になって、その60分が時間だから。
要は60×60。算数600倍すれば時速になるみたいなのやったじゃないですか。
何の話でしょう。飛行の話です。
だからもう飛行と言ってる時点で飛んでるし、移動してるからもうイコール距離があるのよ。
で、距離があるのがいいよねっていう話だから今してるのは。
もう素晴らしい。何だっけ?何で飛行の話だ?
3.50倍だよ。
建築と飛行の話。飛行の話は一気に2冊買うのはやめようと思ってるから。
1冊ちゃんと読んでから次に行こうと思ってるから。
たまにズルしちゃうんだけど。だから次買ってないんですけどね。
そういう状態なんですよ。
距離があるなっていうのをそこでも見たよって話。
一番最近で言うとそこがそう。
あ、一番最近じゃないや。ごめんなさい。それは2番目でした。
ゲームと美術:信長の野望展
で、何でこの話しようと思ったかっていうと、
昨日僕、急遽ね。
急遽。これお隣の。
同じく一番上の棚なんですけど。
特ブックスさんでのね。
隣のクモブックスさんのコマさんと
宇都宮のゲームと美術。
美術とゲームだっけ?どっちだっけ?
もう分かんねえんだよこれ。
ゲームと美術か美術とゲームか。
宇都宮の栃木県立美術館。
なんか栃木の県立美術館とか最近うちの家族とかも行ってるんだよね。
で、なんか俺この間栃木の人フェスに行ったときにさ、
ゲームと美術。その講演だよ。信長の野望だよ。
要は。信長の野望展みたいなもんだよ。
でも信長の野望展とはしなかったタイトルを。
信長の野望展じゃないんだよ。ゲームと美術なんだよ。
美術とゲームだっけ?どっちか分かりず忘れたけど。
なんかもうこの時点ですごいね。まず。
でも、まじで信長の野望なのよ。
講演って他にもいろいろやってるじゃん。
俺もめちゃくちゃ三国無双とかやってるけど。
三国無双とか三国志とか戦国無双戦国志。
戦国だから信長の野望かだからな。
対抗立志伝っていうのもあったりするんだよ。
他にもいろいろあるんだけど。
日本だけじゃなくて、中国だけじゃなくて、
遥かなる時の中でとか大航海時代。
俺大航海時代って全然やったことないんだけど。
もう作られたりしてるからね。講演さんって。
すごいのよ。だから。
それで信長の野望にピッタリ絞ってるのに、
どうなのかな。信長の野望が一番ふさわしかったのかな。
どうなんだろう。
コバさんは図6譜とか買ってたからちゃんとそこに書いてあるのかもしれない。
信長の野望に絞ってるんだけど、信長の野望展ではないのよ。
なんかさ、本気さを感じるわけ。
信長の野望展にすればよくない?
信長の野望とコラボして、新作はこれだって言って、
もっと代々的にあれすればいいじゃない。
講演展とも信長の野望展ともしないで、
ゲームと美術っていうことで、内実はそうなのよ。
信長の野望のほぼグラフィックとかゲームの編成とか
そういうことの展覧会なのよ。
展覧会だったのよ。実際見た上ではね。
で、チラシも明らかに信長の野望なのよ。
どうなんだろうね。俺はぱっと見で信長の野望だなって思ったけど、
それはそうか。
それこそコバさんが、津村キッコさんっていう人が
の本をすごい勧めた時に、うわ、知らなかった。読んだことなかった。
っていう感じの反応を俺も含めてね。
意外に知られてないんだなって思ったって話を講演展してくれたんだけど、
信長の野望もそうかもね。
俺は普通に知ってて、一部だけどね。一部のシリーズはプレイしたこともあって。
津村キッコさんっていう会社のゲーム、結構やってるから他の子のやつでも。
で、コバさんなんか本当に信長の野望とかも分かんない。
お話した限りでもかなりたくさんやってらっしゃって。
だからどっちかっていうと、ぱっと見、あ、これ信長の野望の絵だって分かる。
人は分かるかもしれないけど、どれくらいの割合がそうなのかは分かんない。
ただ、どうなのかな。どういう人が。
でも結構昨日、老若男女いたよね。
家族連れとか、カップルでどっちかに興味があってとかってことも含めてなんだろうけど。
結構いろんな人いたよ。
だから距離を。ゲームと美術っていうことの距離。
しかも、マジでゲームと美術っていう点にしたのね、と思って。
物理的な移動と「距離」
まんまつちょっと信長の野望やりたくなったけどね。
昨日さ、だから千葉、町ライブラリーで千葉行って、急遽宇都宮だから栃木だよね。
そもそも茨城の家から下妻から移動してるわけだから、三軒を跨いだわけだよ。
三軒を跨いだわけ。
三軒を跨いだっていうのが距離だな、いろんな。
素晴らしいな。素晴らしいな。
俺もともと津久場未来っていうか、
どうでもいいよね。ごめんなさいね。
自分のためだけにやってるんですけど。
俺もともと千葉生まれなんですよ。
阿部子生まれね。
阿部子生まれで、今は津久場未来市で育って、旧稲町ってところでずっと暮らしてて。
5年くらい水戸に住んでて。
牛区に住んだり畜生市に住んだりしましたけど、
今は下妻に住んでるんですよ。茨城ですね。
茨城の中でも県南じゃなくて県西方向。
水戸に近いとも言えないね。
県南ではなく県西だね、どっちかっていうと。
畜生市なんかほとんど、もうほぼ完全な県西だけど。
でも県西は逆に水戸より大山に近いところだった。
本当に栃木に近いっていう感じもあるところ。
なんだけど、今下妻にいて。
中央とまでは言わないけど、ちょっと南西寄りというのかな。
埼玉にもちょっと近づくぐらい。
ところで下妻から出発して、結果的に出身地の阿部子をちょっとだけ通り抜けて、
昨日は電車で行ったのでまさに阿部子駅通りました。
阿部子駅から閣邸に乗り換えて、北鹿島に行ったけど。
今日は車で行ってますけどね。
町ライブラリーから美術館へ、そして図工の思い出
今は茉莉屋。
今は茉莉屋の、今、利根川を渡る橋に、このまままっすぐ行けば利根川の橋だよっていうところに、
今その道に入ったよっていうところ。
ちょっと話したけど。
そこに行って、いろいろ用事があったのね。
別に直接行かないといけない用事でもなかったんだけど。
トークブックスも休みだし、お盆だし、のんびりしてるし。
ちょっと一つ、読書か作業、ノートか書こうかなと思って。
そしたらその作業がちょうど、やるべき作業が一つだけあったから、
その作業が終わったところぐらいで、コバさんがゲームとビルズのインスタをあげてくれて、
あ、マジで俺気になってるやつだこれって思って。
俺の興味はちょっと薄いよ。
うわ、なんか面白いことやってるな。
でも栃木のジームフェス見た時からずっと気になってるからさ。
あいつかは行こう。また宇都宮は来るだろうし、ちょっと行こうって思ってたの。
でもコバさんがあげたから、あれ?と思って。
これコバさんも興味あるんだな。
興味あるってなったら一緒に行く流れかな。
薄い。多分後で話すんだけど。
お互い薄くそう思ってる。
でもね、分かんない。
俺の場合はだけど、はっきり誘って断られたり予定がつかなかったり、
相手に気遣わせたりするの嫌だから、はっきりとは誘わないんだけど、
薄く行くかなとか思いながら行ったり。
でもまさにビンゴだったんだよ。
まさにそうだったんだよ。
で、見に行って。
いい賛議多い。
何だろうね、俺美術館さ、たまに行くし、
この間最後に行ったのでも人と一緒に行ったよな。
自分単体ですごく美術館とかにあんまり行けない人なんだよ。
いや、行くのよ。行ったこともあるのよ。
行ったこともあるし、全然つまらないって思う人じゃないんだけど、
やっぱり美術的なセンスがないんだろうな。
小学2年生の三学期を除いて必ず、
2って要は波ね。1,2,3段階の2。
2年生の三学期だけ帽子を作ろうっていう授業があって、
それを塩水場に作って、
カブトみたいな、カブトじゃないんだけど、
そういう形にして、どんなサイズでも被れるようにしましたっていうのの独創性を、
当時の、もう名前忘れちゃったんだけど、美術だけ見に来てくれた。
小学2年生の頃は田所先生が谷野先生だったんだけど、
美術の時間とか音楽の時間は、
テルーツ先生じゃなくて、三学期は違う先生だったんだよ。
でもその先生だけが唯一、3を付けてくれたの、俺に。
立派なもんだよ、それだけ覚えてるの。
で、俺美的なセンスとかはなくて、
アイディアとかそういったので勝負するしかない。
っていうか、そっちにいつも逃げちゃうところがあるんだけど、
その傾向はその時から始まったの。
お弁当箱を作ろうみたいな授業の時も、
自分がいつも使わせてもらっている弁当箱に、
箸入れが内蔵されている弁当箱だったのよ。
それを真似して、蓋状というか筒状にして、
箸が入るよっていうギミックを作って、
ギミックなのみの工作の時間とかで、
何とかお茶を濁してたのよ、いつも。
展示の時もちゃんと蓋を開けてさ、
ちゃんと箸入れが内蔵されているんだぜっていうのが
ちゃんとわかるようにして、
自分も展覧会だから他の人見ながら、
みんなの作品を見るじゃない。
でもたまに自分のところに戻ってきて、
そうするとご丁寧に、自分の弁当箱を見たやつに
ちゃんと閉める人がいるのね。
わざと開けているのにさ。
多分悪気があって閉めたわけじゃなくて、
本当に開いているから見終わった後は
ちゃんと閉めなくちゃ。
手を触れないでくださいとか
やっておけばよかったのかな。
わざわざそれ開けて。
開けてさ、閉まってる閉まってるって言って、
これは開けるところが開いている、
これがあるところがすごいことだから、
これだと伝わらないからって開けてさ。
開けるのを見てた人が、
うわすごいっていうのを聞くのがまた面白くてさ。
どんな話だっけ。
だから図工のセンスがなくて、
そういうことをやったよ。
図工での成功体験と喜び
2年生の、小学2年生の3学期の図画工作ね。
図画工作だけは3だったんですよ。
めちゃくちゃ嬉しかったそれが。
めちゃくちゃ嬉しかったのは、
分かんない。実際はどうか分かんないよ。
実際はどうか分かんない。
基本的には授業態度は一応真面目にしてたから、
1はつかないんだけど、
2以上にはなるのよ。
だから語教科とか普通のお勉強が3で、
それ以外が2っていうのがほぼ典型的にそうだったのよ。
ところが、
帽子、あの帽子を3学期は帽子作ったんだよ。
帽子を作ってさ、
その時にああいう帽子にしたの。
なんて言うんだろうねあれ。
ああいう帽子にしたんだよ。
語彙もなければ、
センスもないからうまくちゃんと表現できないけど、
ちゃんと工夫したの。
ポチキスかなんかで止めて。
それを先生がこれはすごいねって言ってくれてさ、
だから俺の中では、
あれ、そのアイディアを作って、
俺はそれはパクったわけじゃなくて、
でもちょうど格好としてもいい感じになったからたまたま。
これはちょうどいいじゃんと思って、
なんか手応えがあったのだから。
それを見せて先生もすごくこれはすごくいいねって喜んでくれて、
で3だったから、
お情けでもらいましたみたいな感じじゃなくて、
今回は俺ちゃんと3取ったみたいな風に思ったのよ心残り。
それが最初で最後の3なんだけど。
でも嬉しかったんだよな。
嬉しかったのよ。
町ライブラリーのイベントと書店でのアルバイト経験
これもう全然関係ない話。
距離とか全然関係ないんだけど、
今日街ライブラリーに行く時に、
もともとはまたイベントがありますよと。
イベントがあって、
あるからどうですかと。
これも知ってる人がやるイベントなので。
っていうのもあって、
それはもちろんちょっと気になりながら行くんだけど、
でも天候のこととかが昨日あったから、
今日やるのかどうかはよくわかんないけど。
そこでね、子供の時に大好きだった本っていうのが、
テーマになってるのかな。
持ってく本なのかな。
小池の下妻の武功夫、
武功夫今20%オフセール中ですお坊の間は。
16日までですかね。
過去にバイトした者として宣伝します。
武功夫は今20%オフのウルトラセール中です。
本が全瓶20%オフになります。
ぜひご利用ください。
あの、俺ね、
武功夫でバイトしてる時はアナウンスが好きだったの。
本日も武功夫森屋松前大展をご利用いただきまして、
誠にありがとうございます。
番号札5番、番号札5番でお待ちのお客様、
計算が終了いたしました。
どうも、お迎えくださいませ。
っていうのが好きだったんだけど。
あれ好きだったのよ。
あとヤマビ子つーのがあってさ、
いらっしゃいませ、こんにちは、と言ったら
いらっしゃいませ、こんにちは、って言わなくちゃいけないの。
みんなでね。
で、あの、ありがとうございましたって聞こえてきたら
ありがとうございましたー?って言わなくちゃいけないの。
言わなくちゃいけないっていうか、
でもそれがあれでさ、
あっまぁいいや、この話長くなるわ。
いろんな話は思い浮かんできちゃったから。
バイトの話になっちゃう。
絵本「お手紙」と読み聞かせの力
で、
何の話だったか忘れちゃった。
何の話だったか忘れちゃった。
そうそうそうそう。
この間トクブックスさんでお便りのコーナーがあって。
ポッドキャストでね。
お便りが俺の中ではそのコーナーまたいいの作ったなーって思ってさ。
トクブックスも。
いいコーナー作ったじゃない。
お店行ったら書いて。
トクブックスへのポッドキャストへのお便り。
あれ書いてください。
ぜひ。どんなことでもいいと思いますから。
そこの僕も書いたんですけど。
そこにカエル君とカマ君という名前でお便りを書いたんですよ。
内容としては大したことなくて読まれなくていいやって思うで書いたんだけど。
小学2年生。これも小学2年生よ。
小学2年生の時にお手紙っていう話が教科書に載ってるの。
それはね、二人は友達っていうアーノルド・ローベルさんという人のシリーズの本があって。
その中のうちの一つなんだけど。
そのうちの一つのお手紙が入ってるのを、なんとなく昨日子供の時に大好きだった本ということで。
昨日売っててさ、ブックオフに。
あ、ブックオフにって言っちゃったな。
ごめんなさいね。ブックオフで分かった中古の本を偽造しようとしてすいません。
それを持ってて、子供の時に大好きな本って言ったらこれかな。
いろいろあるんだよ。
消防自動車のジプターとかが本当は良かったんだけど。
小2だから絵本っていう感じとちょっと違うかもしれないなと思って。
それだったんだけど。
でも、お手紙って話があって。
好きなんだよな。お手紙で読書会やろうかな本当に。
マジで。
お手紙で読書会やろうかなマジで。
本当に。
まあまあまあいいや。それはまた別の話になっちゃうから。
まあいいや。今全然違うことを考えちゃいました。
まあいいや。
それを持ってて。
待つっていうことが大事なんでね。
お手紙って話を読んでもらえたらいいね。
ただ、子供のうちに成功体験を積み上げることって大事だみたいなことをよく言われると思うんですけど。
良いことか悪いことかわからないんだけど。
やっぱり頑張ったり成功した、報われたっていう体験を元にしていくと頑張る人になるじゃないですか。
報われるかどうかとかもわからないのに頑張ったらいいんだよっていうことだけが伝わっちゃうっていうのも危険な感じはするけど。
でも、どうせ関係ないぜっていう子たちを育てるよりは前向きになった方がいいんじゃないのかなっていう感じはあって。
でもそれはわからないな。
でもちゃんと考えていかないと、しなやかにやっていかないと、報われるなら頑張る、報われないなら頑張らないみたいなことに。
そういうことでもない気がするんだけど。
これはあれだな。
全然また違う話しますけど。
あれですね。
さとぴーさん、この間の受験の話を。
これはもう完全に僕が話したいだけなんですけど。
受験の話の続きをちょっとしたいですね。
でもあれ、途中から俺の話にしちゃったから。
さとぴーさんが聞きたい話だったかどうかわかりませんけど。
ちょっとまた近いうちに話しましょう。
で、何ですか。
報われる報われないの話のところにお手紙っていうお話もちょっと関わってる気がして。
それがちょっと考えさせられるところがあるんだよ。
なんかね、通常では考えられない動きをするの。
あの人たち。
カエルくんのほうが。
なんだけど、なんだけど。
なんかそれがね。
だからちょっと読書館にしたいんだよな、あれ。
あれよくみんなで読んでみたいんだ。
でね、まあいいや。
その話はいいや。
で、それが読み聞かせしてくれたの。
カエルくんとガマくんの2人は友達っていうシリーズがお手紙だけじゃないから。
違う話があって、タドコロ先生がね。
時間ある時とか朝の時間とかちょっとの隙間な時間とかに読み聞かせしてくれて。
とっても大好きだった。
で、すごくね。
で、もう内容とか全然覚えてないんだけど。
全然たくさん読んだ教科書でお勉強したお手紙以外、内容とか全然覚えてないんだけど。
楽しかった。
いつもいつもその、読んでくれるのを心待ちにしていたのよ、本当に。
クラスみんなで。
それを覚えてんだよ。
内容を覚えてないくせに。
で、何回か繰り返してるから聞いて。
読み聞かせしてくれた。
楽しかったんだよな、だからな。
この間、絵本の力っていう本を買って読んだんですけど。
河谷駿さんと子供の友の人、松岡さんだったかな。
誰だっけ、誰だっけ。
もう一方。
忘れちゃった。
面白い本だったんですけど。
絵本は読み聞かせ前提のものだから、自分で読む用のものじゃないんだみたいなことが書いてあって。
えーと思ったの。
今や本ってつんどくがとかなんとか言ってるのって、自分で読む前提じゃん。
誰かに読んでも、それは絵本じゃないからね、そりゃそうなんだけど。
読み聞かせしてもらって完成する、その想定の本なんだって話をしてて。
あれを読んだらまた違うんだっていうふうな話が書いてあって。
はっきり分かんなかったんだけど、でもそうなんだって思って。
やっぱり、読み聞かせってすごいよね。
読書ってさ、もちろんそこに本がないといけない時点で間接的には著者と読者っていう二者が存在するけれども、
読み聞かせっていうのはさ、著者が話者であった場合を除いては、三者必ず存在するというか、絵本だからほぼ読み聞かせ。
あんま読み聞かせじゃない、絵本じゃない場合もあるか。
絵本だったと仮定すると、絵本って絵と文、だいたい分かれてるよね。
作、誰誰、絵、誰誰みたいな。
作者、お話の作者、言葉の作者、絵の作者、話者、お話をする人、そして読み手。
そうね。
場合によっては聞き手がたくさんいるかもしれない。
幼稚園とか、保育園とか、小学校とか、地域の仲立ちのお母さんとか、とにかく子供会とか、そういうので読まれたらまた違うかもわからない。
四者いるのがすごいね。一人で完結しないじゃない。
本を読んでるっていう、その行動も読み聞かせって時点で絶対一人でできないもんね。
自分で読んで自分で聞くってできない。
大学の授業の時に全然違う話になりますけど、さっき話した人とは全然違う教授がいてさ、
音読をして、ゼミ生、俺そのゼミ生じゃなかったんだけど、大学院の時にゲストで受講させてもらった時があって、
ゼミ生の授業で一回りする。
段落読みみたいなことをして、文章について考える時間があったんだけど、
読んでる時もよかったんだけど、でも音読すると頭に入ってこないなって話になって、
それは絵本じゃない話だけどね。やめたんだけど。
自分で読むことをしてる時に、その読んでることが頭に入ってくるって感じじゃない場合もあるんだろうな。
夏目漱石はそれでいくと偉いよな。
夏目漱石は読んで音読して、でもあれはもしかすると読み聞かせしてもいいかもしれないな。
公演だから。読む感じじゃん。
自分で読んで自分で理解するのがどうかは分からないけど、
人に読んであげるっていうのはやりやすいかもしれないな。
「距離」がもたらす美しさと新たな発見
まあまあまあまあ。なんだろうね。あちこちしちゃった。
元々だから距離があることって素敵だよねっていう話。
だから今日距離がある街ライブラリーにまた来て、
多分夜クスとか行って、距離の移動も大事だよね。
僕の会社の偉い人が、移動した距離は想像・発想力に比例するみたいなことを言ってて、
うーんと思ったけど。
でもまあ、行き慣れたところばかりじゃなくていろんな違うところに行くのがいいんでしょうけど。
そういうことは旅する人とかにはかなわないけどね。
それこそのんびりさん今、山形、もう今どうなんだろう。
昨日は山形行ってらっしゃったんだけど。
そういう旅する人の移動距離にはかないませんけど。
物理的な距離に限らず、思想的なこととか内容的なことも、
距離っていうのがあることって大事だな。
なんかもう一目瞭然でこれとこれは関係あるでしょって分かることだけじゃなくて、
なんでこれとこれが関係するのっていうのが結びつくことって素敵だよねという話でした。
だから創石と科学ね。文系理系みたいなこと。
首都建築ね。これも文系理系みたいなことか。東京都土壌都の話をしながら。
あとゲームと美術な。
ゲームと美術、これはもう言ってもらうのがいいと思うからそんなに詳しく話さなかったけど。
すごいと思うよ。
ゲームと美術っていうことで、
ゲームと音楽とかは今までもあったよね。杉山光一さんとかしかり。
ゲームと美術っていう観点で信長の野望。
一番最近の信長の野望って、若い時と年取った時で絵分かれてるんだよね。
そういうらしいんだけど。まだやってないというかこれからもやるかわからないんだけど。
考えちゃうね。いろいろ。
織田市とかさ。織田城があったりとか。
っていうのが最近さ。ほうじょうとか。
つくば市のはずれで働いてるからそういうのもちょっと気になってきちゃったし。
改めて今の信長の野望やったら面白いんじゃないかな。
茨城とか千葉とか栃木とか。
宇都宮市と佐竹市とほうじょう市とかもあったら面白そうってことを考えましたね。
はい。今6号に入るところです。やっと6号に。
あび子の寝戸ですね。
寝戸、昨日なんかそういえばニュースに出てたね。大丈夫だったかな。
でも今んとこ大丈夫そうですね。
もう間もなく町ライブラリーにやっていれば到着ですので。
はい。この辺にしたいと思います。ありがとうございました。
56:26
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