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97下妻と守谷を移動します
2026-06-24 45:12

97下妻と守谷を移動します

なぜ平日に読書会するのか

感想

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サマリー

今回のエピソードでは、まず献血が半年間できないという個人的な事情から始まり、今年の献血50回達成が困難になったことを語ります。この献血の予定変更が、元々計画していた千原木コーヒーでの豆の受け取りや、筑波市でのセカンドキャリア研修への参加といった一連のスケジュールに影響を与えたことが明かされます。 話はそこから、有給休暇の取得や仕事の調整における「自己決定権」という哲学的なテーマへと展開し、最終的な選択は常に自分にあるという考えを強調します。また、朝のランニングルーティンと、同じ場所で走る見知らぬ人との間に無意識に形成された「習慣」について深く考察し、習慣がずれることでその存在を意識する面白さを語ります。この習慣の考察は、青人代々さんの著書「愛なき世界」に触れ、反復作業への苦手意識と習慣への憧れへと繋がります。 エピソードの後半では、自身が主催する読書会をあえて平日の午前中に設定した理由について語られます。これは、土日に集中しがちな社会の活動を「平準化」したいという思いと、世の中の主流の動きから外れた人々を応援したいという個人的な信念に基づいています。最終的に、下妻から守谷への移動中に、取り留めのない思考を巡らせながら目的地に到着する様子が描かれています。

献血と予定変更
移動中ですね。
24と25をお休みになっていて、
もともとお休みだったと思うんだけど、振り替えとかじゃなくて。
今日は、
まだ誰にも言ってないんですけど、
言うのも嫌なんだけど、
別に重大なことじゃないんですけど、
半年、半年献血できないんだって。
半年過ぎるとまたできるらしいんだけど、半年できないんだって。
だから今年のうちに50回ってちょっと厳しくなってきましたね。
献血って自分のためにやることじゃないから、
50回いかなくて残念とか、
自分でせっせとやってるのがいけなくて残念とか、
言うのはちょっと違うっていうのは十分承知なんですけど、
なんだ、できないのかっていうね。
多分なんだけど、自業自得なのよ、俺。
でもまあいいわ、これ。
言うのも恥ずかしいからわかんない。
今度直接会った機会があったら話します、俺は。
そういう方がいらっしゃったら話します。
これもあれですね。キャパを超えてるということですよ。
キャパっていろんな意味でね。
あちこち手を出しすぎるなよっていうことでもあるわな、きっと。
まあそうです。
しょうがねえな。しょうがない。
なんで急にそんな話したかっていうと、
この24日のお休みはまず10時に
筑波の献血ルームで献血をする予定だったんですよ。
で、それがなくなりました。
献血ルームで献血をして、
千原木コーヒーとセカンドキャリア研修
もともと予定では献血ルームで献血をして、
時間がかかる場合は午前中いっぱいかかっちゃうから、
昼過ぎとかに水木野広場さんの千原木コーヒーさんに行って、
今度千原木の会っていうのをやるから、
北赤島の町ライブラリーで千原木の会っていうのをやるから、
その千原木の会に置かせてもらうっていう要請をいただいたので、
千原木コーヒーっていう森屋の水木野に拠点を置いているお店の千原木コーヒーさんの豆を、
これまた街ライブラリーさんのスタッフさんのご協力もいただいて、
豆を引いてということも今回イベントについては少しだけお手伝いをいただきまして、
それをやりましょうと。
それをやるから、その豆を仕入れるというか、受け取りに行くんですね。
お金はお払いしてて、それ以外に色々あるんだけどとにかく受け取りに行きます。
で、町ライブラリーに行こうかという、
その辺をどうしようかと思っていたんだけど、走行しているうちに、
筑波市でセカンドキャリアなんたらかんたらっていう面白い集まり?研修場?よくわからないけど、
なんかあって、たまたまお休みだから行けるじゃんと思ったのが、
それが6時だから6時半、夜なんですよ。
たぶん仕事している人に配慮してくれたんだろうね。
で、俺、去年、筑波市のそういうやつに、何か一昨年か?登録したときに、
のき波、休み、平日、土日か、土日にそういうことがあって、土日はほとんど行けなかったから、
今ね、なんだかんだ言って、土日にお休み、有休とかをたくさん使っちゃってますけど、
ちょっとね、まだそういう、今もそんなに有休バリバリ使うのは、
この論争になるとまた違うことに首突っ込むからめんどくさいわ。
まあいいや、とにかくね、そんなね、とにかく土日にいっぱい仕事があるじゃんって今もあるんだけど、
今は多少、それでもちょっとね、いろいろ協力いただいたりしてますけど、
多少に調整が効くんだけど、ちょっとね、まだまだ調整が、もっと今よりもしにくいような状態で、
っていうのも全部俺のある意味、自分のさじ加減なんだけどさ、
その感じ方とか、今は大丈夫、今は大丈夫じゃないとかってのも結局自分のさじ加減なんだけど、
有休と自己決定権
さじ加減って僕がすごく偉くて権力持ってるとかそういうことじゃなくて、
僕の機能持ちようということね。
決定権があるかないかなんていう話をする必要は一切なくて、
決定権はいつも自分にあるんですよ。有休を使うか使わないかなんてことは。
決定権が誰か他の人にあることは絶対にない。
それはなんて言ったらいいのかな。今全然ごめんなさい、違う話してます。
有休を使うとか、いつ休むとか、どういう仕事をするとか、この仕事は調整ができるとかできないとかっていうのは、
もうこれは自分の今しめのためにも言うし、
もしマジで自分で調整、実質的には自分にはその権利がない、
確かに建前上はあるけど実質的にはないって思っている全ての人に、私にも向けて言いますけど、
あなたです。休むか休まないかを決めるのは。決定権がないって決めるのもあなたですけど、
それはあなたが決めたから、ここは休めないっていうのはあなたが決めるんです。私が決めるんです。
どんなに他の事情があったとしても、どんなに家族の事情が、どんなに仕事の事情が、
どんなに乗っ引きならない事情があったとしても、それを乗っ引きならないからずらせないっていう、
これをずらせないことだ、これはずらす、ずらさないっていうのをやるのは絶対に自分です、最終的には。
少なくともそう思っておかないと、自分の人生が自分のものじゃなくなっていく。
場合によっては別に人の手を借りてもいいわけだ。人の手を借りるのを俺は、
俺はだけど、俺は人の手を借りるのはあまり良しとしない人間だから、
なし屑子的に借りちゃっているみたいなこともあって、それはごめんなさいなんだけど。
でもそういうあれだから、でも場合によっては選択肢としてはあるわけだよね。
人に頼んで、ここちょっと変わってほしいとか、
ちょっとここ一人じゃできないからここ一緒に手伝ってほしいとか、
この仕事はこっちでやるからこっちにあれしてほしいとか、
お子さんの面倒を誰々さんに見てもらってその間に私がこっちに行くとか、
逆に誰々さんのお子さんの面倒を私が見ておくからなんたらかんたらとかね、
分かんないけど、いろんなことがあるから分かんないけど、
とにかくさ、全部のことはさ、俺は知らないよ。
俺以外じゃないから。何が待っているのか何が思っているのかは皆さんの中に何があって、
何がこういう事情で絶対にこれはそうは言っても私はこれはっていうのは分かりません。
分かりませんけど、そういう選択をするとかっていうのは最終的には全部自分だということ。
自分だっていうふうに思っておいて、いや絶対自分じゃない。
なんでそれなのに私が決めたことになってんのっていうふうになったとしても、
形状自分が決めたってなっちゃってるんだとしたらそれはもう自分が決めたんだから。
ってことになっちゃうので、決定は自分だって思っておきましょう。
なんでこんな話をしてるんだ。分かんないですね。
超無責任なこと言ってる。
だからね、そうよ、健全そのほうが自分の苦しいかもしれない、ある意味では苦しいかもしれないけれども、
全てのことは自分のコントロール下にあるっていうふうに思っておいたほうがいいんじゃないかと思います。
朝のルーティンと習慣の意識
何の話だっけ、何の話してたっけ。
だから私は今水木野の下妻の自宅から森屋の水木野という場所に向かっています。
今国道294を走ってますね。
今あの、なんつーんだこれは。石原の辺り。
ここまでにやったことは、まず朝寝坊しました。なんか久しぶりに寝坊した。
いつも朝5時に一応アラームがセットしたってそのちょい前くらいに起きるんですけど、
今日なんか普通に起きたら6時過ぎてた。
確かに昨日ちょっとね、いや昨日別に特別遅くはなかったんだけど、帰りがいつもより1時間遅かった。
ちょっといろいろあって、いろいろあって、自分の家とは逆方向に一回出て、
それからいろいろ、いろんな仕事があって、済まして、
その関係で一回自分の家のすぐ近くを通るんだけど、
また会社に戻って、それから買い物して帰ってみたいな。
なんかね、うわ俺なんかこれなんか工夫すれば何単か省略できたんじゃないか、これはみたいなね。
なんかそういうのがあって、なんかね謎の一時間が、謎じゃないんだけど、謎じゃないんだけど、
それもそうだわ。その仕事とかそういったことをいろいろ調整しなかったのは俺だから、
まさにそれは別にそういうふうに強いられたとかじゃなくて、俺の選択でそうなってるんですけど、
なんかもうちょっと工夫のしがいがあったんじゃないかみたいな。
お金と時間の無駄だったんではみたいな。会社的にもね。
まあまあ、その仕事、まあいいや。
まああって、ちょっとなんかね、精神的に少し疲れた1時間分の、きっかり1時間分のエネルギーと、
物理的なエネルギーと心のエネルギーを、大したことじゃないね、1時間分だから。
でもまあそれがどう見るかだよね、人によって。
まあでもとにかくそれをね、なんかこれ無駄に消費したなって感じを持ったまま帰宅したから、なんか疲れてた。
で、わずかに残ってた、青人代々さんの本ね。
愛、愛なき世界だったか、なんだっけ。
いつもタイトルをちゃんとアレしてるんですけど。
情がね、本当に数ページだけ残ってて。
それ読み終わって、情を終えて、電源に少しだけ入って、すぐ寝ちゃったんですけど。
青人代々さんのインスタにこの本置きましたっていうインスタを流してくれたのに、
ごめん、それもう買っちゃったみたいな、ちょっとごめんなさいと思いました。
逆に他の棚オーナーさんに申し訳ないけど、まだ読んでない棚オーナーさんの本があるのに、ちょっとそっち読んじゃってる。
でも、もう買ってすぐに情を読み終わって芸に入ってる。
芸もほどなく読み終わるだろう、っていうところがあったのは、
ちゃんと読みますんで、すいません、許してくださいっていう。
でも、他の人の読んでないんかいってことになるから、それもごめんなさい、ちゃんと読みますんで。
で、なんだ話してたっけ?
それをね、昨日寝坊したんですよ。
寝坊してまして、寝坊したんだけど、休みだしね、時間に縛りがあるわけではない。
今行ってる水木のコーヒーさんも絶対何時とかって決まってるわけじゃないからね。
ただ商品の受取りをするだけですからね。
で、きっかりだから1時間くらい朝のスタートが遅くなっちゃったんだけど、
そのまま朝走りに行ったんですよ。
これもね、あんま話したことないと思うんだけど、
最初は朝6時くらいに走ってたのよ。だいたい最初は。
今まだ蓄積市に住んでたときな。
だから3ヶ月とか4ヶ月くらい前の話。
それがちょっとずつちょっとずつ早まって、
下妻に引っ越してきたところから、
5時に起きるっていうのはあんま変わんない。
もともと5時半とかだったのが5時15分になって、
5時15分だったのが5時くらいになって、
今ちょっとそれ以上早くはならない。
たまに弾みで早くなるときあるけど、
だいたいそんな感じ。
これから遅くなることあってもこれ以上早くちょっとどうだろうな、
分かんない。また違う転換があったら分かんないっていう状態でして、
今だからね、もともとは6時くらい、
6時から7時の間に走ってたのが、
今5時半から6時半、
しかも5時過ぎから5時半前、
5時20分くらいまでは自転車で佐沼に向かっていて、
6時過ぎ、6時10分とかぐらいから20分から30分とかそれくらいの間は、
また佐沼から自分の家に自転車で戻る時間ね。
だから実質やっぱ5時20分、5時半とかぐらいから、
6時過ぎぐらいを走ってるんですよ。
それが1時間くらい、もともと、
もともとの築星市に住んでた時の時間からはちょっとずれてるのよ。
1時間くらい。
もともとその一番最初に走ってた時っていうのがあるんだけど、
これ結構最初からそうだったんだけど、
最初は築星市から車で佐沼に行って、
佐沼に車を止めて走って、
そのまま家に戻らずに職場で着替えて仕事をするっていう、
そういうのを1ヶ月ちょっとぐらいやってたんですよ。
もうちょっとかな、わかんないけど。
その時は自分の車で行くわけじゃない?
そうするとさ、自分の車と全く同じ車種、色?の車が止まってるんですよ。
わ、すご!と思って。
その車あったりなかったりするんだけど、お互いね。
俺はその時はほぼ毎日だったけど、雨だろうと毎日だったけど、
行ったりなかったりするんだけど、あの車あるなと思ってたの。
で、どうやらこの人らしいなっていうのも何となく分かった。
向こうも分かってんだよね。分かんないけど。
でも別にあえてそんな話はしないよね。
未だにそうなんだけど。
でさ、1回桜祭りで、下妻市でね、桜祭りってのがあるから、三沼の。
で、あのー、何だろうね。
駐車場がいつも使ってる駐車場ね。下妻の図書館の方にある。
あ、三三三沼のところの駐車場ですね。
あそこが使えないですよーっていう日があって、
当然その日も走るわけだから、基本的に今は走ってるからね。
で、あのー、えーとね、三沼の野球場。
何?三沼サンビーチじゃないけど、野球場あるじゃない。
あっちの方の駐車場にその日一日は止めたんですよ。
その日一日は止めたんだが、
あのー、なんとその日一日、どっちが先だったかな。
もう忘れちゃったけど、俺が先に止めてたんだったかな。
確かそう、えーとね、
なんか走って戻ってきてみたら、またその車あったんですよ。
あの違う場所なのに。だから俺と全く同じ動きなんだろうね。
俺と同じ動きっていうか、俺から見たらそうだけど、
その人の車はすでにあったから、
俺がもう習慣を始める時からあったから、
多分その人が先に始めてる習慣なんですよ。
で、えー、で、当然その方も毎日走るから、
で、駐車場がいつも使ってるとこは使えないから、
そっちに止めたっていうことなんだろうなと思って。
だから、なんていうのかな、えーとね、
うわ、すごい偶然っていう感じというよりは、
まあ、そりゃそうかみたいな、
まあ、確かにこうなるわっていう、なんかそういう感じよ。
で、それから、それがだから6時台、
6時から7時に走ってたぐらいの時の話ですよ。
で、それから早まるわけね、下妻に引っ越して。
で、下妻に引っ越して早まった上に、
俺は車で行かなくなるのよ。
車で行かなくなるから、時間もずれるし、
時間もずれるからさ、
あのー、6時とかだったのが5時半とか、
5時20分とか、それぐらい。
場合によってはもうちょっと早いみたいな。
特に自転車で行ってて、
で、自転車で行くからね。
で、当然お互い何も話さないから分かんないわけ。
お互いの車がないと、ああ、あの車あるって思わないわ。
ああ、分かんない、向こう側持ってきたら分かんないけど。
だから、あのー、多分、で、時間も取れたから、
多分こっちが走り終わって向こうが来るみたいな感じの時もあったんじゃないかな。
分かんない。あのー、その辺全然分かんないんだ。
何度も言うけど、全くお互い話してないからね。
あの、挨拶ぐらいはしたことあると思う。
でもそれはお互いの意識の中で、
あの人だと思って意識してるかどうかがちょっと曖昧なとこだけど。
で、えーとね、で、つまり、
あのーさ、おい、これほんとダメだね。
こういう細かいこととかがさ、全部気になって全部言いたくなるじゃない。
で、だから、何が言いたいかが途中でよく分かんなくなる。
何が言いたいかっていうと、1時間もともと早かったでしょ。
で、1時間、あのー、早くなったでしょ。
で、今日また1時間寝坊したでしょ。
元の時間になったよってこと。
だから、元の時間になったから、今までもちょっと時間ずれたりすることはあって、
別に今日だけじゃないんだけど、やっぱり1時間ずれると、やっぱりあの車あるのよ。
で、あのー、ちょうど、あ、1時間前このタイミングだったわ。
俺が走り終わるときにその人走り始めるかどうかみたいな感じのところでのことが多かったから。
あ、あー、この感じだったなーって思ったよって話。
で、いまだに全然その人とは何も話してない。
どこのどこの、どういう方なのかも全然知りません。
ただ、あのー、走ってるなっていうだけ。
でもあのー、習慣ってさ、
あの、俺こういうの好きなんだよ。
あのー、習慣を感じるとき。
わかる?あのー、習慣を感じるのがすごい好きなの。
で、習慣ってさ、マジで自然に習慣になっちゃうと、習慣だとさえ思わなくなるじゃん。
まずそれは素晴らしいことだと思うのね。
それを、それがもうすごい、あのー、尊いことだと思ってて、すごいいいなと思うんだけど、
で、尊いっていう状態であることに、尊い状態であればあるほど気づかないんだよ。
だって、それが当たり前になってるから。
で、あのー、当たり前が危険だっていう方向での当たり前もあるんだけど、
こういう習慣の当たり前になっててっていうのは、
んー、まあいろいろパターンあると思うんだけど、俺は結構好きなの、それ。
あのー、なんていうのかな、パッと言ったらわかんないんだけど、
うーん、なんだろうな。
あのね、今まさにそのことか、今まさにそのことを言ってんだけど、
だからさ、お互いにさ、だいたい同じ時間に毎朝走ってるわけよ。
で、そのうち、だからそれは、あのー、でもそれが、
いや、もっと、もっとそんな、これさ、今話してる話だって、
なんか全然数ヶ月、2、3ヶ月とかの話だからさ、
全然それよりももっとっていうのは当然あると思うんだけど、
たとえ、このわずかその数ヶ月の間でも、
習慣があって、なんかお互いどうやらそういう習慣を持ってるようだなっていうのがあってさ。
で、えー、ずれると気づくわけよ。
お互いにそんな、あのー、当たり前になってるから、
そんないちいちあれもしないわけ。だから話もしないわけ。
まあまあ、話ししないのはわかんないけど、えー、習慣になってるわけよ。
でもずれると、いつもとその習慣がずらされると、あ、って思うわけよ。
だからさっき駐車場が違うところになっても、また同じ車同士でっていうのが、
おー、そりゃそうか。習慣だからね。っていうときに習慣になってることを意識するのよ。
で、今日も、えーと、習慣がさ、俺の方が習慣じゃねえんだよな、これは。
ごめんなさい。時間をずらしてるから、俺が定期的な、固定的な習慣じゃなくて、
ちょっとずつちょっとずつ変化させちゃってるんだけど、
でも、変化させてることがまた戻って、
ふと、あるとき前のタイミングに戻った、周期に戻ったときに、あ、そうだった。
で、これはさ、なんか、習慣同士、
辞典と後典みたいな。
辞典と後典みたいな話よ。
同じ周期でぐるぐる回るじゃない。で、同じ周期でその周りを回ってるじゃない。
どっちがどっちとかよく分かんないけど、なんかその辞典と後典っぽいなと思ったわけ。
なんかもう、えーと、違う2つの運動がなんか習慣でたまに、みたいな。
あのー、なんかさ、そういうのがいいよね。
習慣と「愛なき世界」
その、捨てる人がどうとか、ということじゃなくて、なんか、そういう、そういう運動?
人間ってその、人間ってなんか、習慣じゃなく動けるはずじゃん。
いろんな、あの、バラバラに動いちゃうはずじゃん。
規則正しい生活をすることもできるけど、不規則な生活を送ることもできるし、
で、それはどっちがいいか分からんじゃん。
なんだけど、あのー、いやーこれね、またもう無理矢理繋がれてますけど、
あのね、青人大来さんの本がね、愛なき世界?ごめん、いまだにタイトルちゃんと分かってないんだけど。
今、愛なき世界です。間違いありません。はい。
今信号待ちなので、あのバックの中を見ました。はい。
愛なき世界って、植物。
俺ね、三浦詩音さんの話をちゃんと読んでないんで、三浦詩音さんって多分植物めっちゃ好きな人なんだよね、きっと。
分かんないけど。なんかそういう話も、なんか他にもあった気がする。
で、なんかさ、立系植物なんだけど、基礎研究なんだけど、
あの、立系の方なんだけど、なんかさ、なんか、俺苦手なんだけど、コツコツやるとか、
あのー、しっかりそれを、あのー、なんつーのかな、準備して論理を構築して、
この、こういう理論が、理論上はこういう風になるはずだ。
で、それを確かめるために、ちゃんとそれを、あのー、一つ一つ当たって、しらみつぶしにやって、
研究していく、確かめていく、実験で検証結果がそういうことが得られるかどうか確かめていくっていうのを、
もう考えただけで俺絶対やりたくないなって思うのよ。
もう、同じことの繰り返し。おい、マジでな。
これはほんとごめん。俺の仕事ね、マジで同じことの繰り返しが大事な仕事なのよ、一部、あえて言えば。
だからほんと、ほんとごめんと思うんだけど、自分で仕事してて。
もうなんとかその、あのー、同じことの繰り返しをなんとか減らせないかっていうことだけで仕事したらあれだけど、
最近その動きもなんかな、いろいろ自分の仕事のアレが変わってなんかアレしちゃってるけどな。
これまた別の話になった。
あのね、だからこそなんだけど、いつもしっかりちゃんと同じ動きをちゃんとするルーティーンみたいなものだよね。
もうすぐ崩すから。すぐできないから俺そういうの。ほんとに。たまにやるんだけど。
だから習慣好きとか言っちゃうんだよね。自分が習慣つくの苦手だから。
まあな、これもういろいろあるわ。これについてまつわることはいろいろあるわ。
なんだっけ、なんだ話してたんだっけ。朝ね、朝だから走ったよって話だよね。
朝走ったって話だから、それが1時間ずれたと。
1時間ずれたから習慣にしていたことが意識されてこういうことがあったっていうのが、
今まであんまり言わなかったんだけど、それを今言っちゃったということだね。
まあそうですね。そういうことがあって、とにかく走りましたと。
平日読書会の意図
走って戻ってきました。戻ってきて水城の千原飛行機さん、もう今降りすぎてるんで全然やってらっしゃるんですけど、
あと10分?15分ぐらい?20分ぐらいかな。かかるんですけど。
本当はね、9時ぐらいにもう行こうと思ったんだけど、
明日僕、徳福さんで読書会をやるんですよ。
もうね、ふらふらした読書会なのになんかちょっと、いや、何なんだその読書会はみたいな。ちゃんと言わないからさ。
でもその告知を、もう明日で、今日徳福さんお休みだからあれなんだけど、
一応チラシとかはこの間置いたか。一応最後のということで、一応インスタの告知をまた上げました。
毎回毎回微妙に、なんか全然違うチラシなんだけど。違うインスタなんだけど。
まあ、いいです。でも今回は今回でちょっと気に入ってます。
多分、それ作ったから今こんな話してんだろうね。
習慣の話。全然、コーヒーの背景にすればいいのに牛乳の背景にしちゃってね。
毎日一杯の牛乳みたいな感じで、おいしい読書しましょうみたいな。
なんか思いついたら気に入っちゃってさ、ちょっとAIの力借りてやりましたけどね。
それをやってるうちにちょっと楽しくなっちゃって。
やってるうちにやってさ、すぐ出発すればよかったんだけどさ、
そしたら、俺明日は明日でドックンブックスで読書会するんだけど、
いろいろあるわけ。
今日というかね、全然これもまた関係ない話なんですけど、
職場の人が26日にちょっとチャレンジをすることがありまして、
何人かの方がね。
それのことをちゃんとあれしてないわと思って。
その人たちは行くときには俺は、
今日明日とお休みになっちゃうから、
あ、しまった、ちゃんと頑張ってって言わなかったな。
もうそれも勝手な話で人の情勢について頑張ったって言わなかった。
俺のことが気になってるだけでしょ。だから。
その人たちのことじゃなくて、究極的には悲しいことに。
なんかちょっと、ちょっとそれで、
ああ、こういうことすればよかったみたいなことを考えてることがちょっとあって。
それから、
そう、しばらくの回転を27日でやるからっていうのもあって、
なんだっけ、何の話したんだっけ。
いろいろやることが多すぎてよくわからなくなっちゃった。
何の話したんだっけ。
今とにかく僕はコーヒーを取りに行ってるんですけど、
コーヒー取りに行ってて、
コーヒー取りに行ってて俺何したんだっけ。
めっちゃわかんなくなっちゃった。
えーと、
なんかやるべきことが2つ3つだったのが、
なんかさらにいろんなことをイメージしたら忘れちゃった。
わかんなくなっちゃった。
まあとにかく職場にも行かなくなっちゃった。
どうしようかな。今日の動きを迷ってんだね。
今日の動きをどうしようか迷ってます。
ああ、そっか。それは全然違うことを思い出したわ。
だからあれだね。
チラシを作ってたんだね。
読書会のね。読書会のチラシを作っててそれをやりました。
インスタにあげましたと。
見てくださいと。
もう土日にやったってあんまり人も来ないのにおかしいな話なんだけど、
平日の午前中。
平日に午前中に人を集めるって難しいことなんだよね。ある意味ではね。
でもそこが分散すると土日とかさ、そういうとこに人がたくさん来すぎちゃっても
キャッパを越える状態では、瞬間的に何とか対応できることはあっても難しかったりするわけじゃね。
それをなだらかに平潤化って言っていいのかな。
場合によってはつまらない言葉になっちゃうけど、平潤化。
なだらかに。山をさ、なるべくなだらかにしてっていうことがもしできるとしたらいいことだなと思う。
無理になだらかにする必要はないのよ。
自然と分散していったらいいなみたいなこともあるのと、
仕事上もさ、そういうところに人をどうやって集めようかみたいなことを考えちゃってるのもあるし、
人をさ、逆にいろんなところに呼んでくるって仕事もするからさ。
土日に何かをするっていうことが、何て言ったらいいんだろう。
最悪感とはちょっと違うけど。
土日が忙しいっていう文化を、
そうだよね、みんなで一斉に休むっていうことがいいよねって思うところもあれば、
けって思ってるところもあって。
みんなで同じ日に休みやがってって。
学校の先生辞めてからは大体土日祝日関係のないような仕事をしてますから。
世の中の動きと異なる道
その割には、でまた戻るんだけど、
今瞬間的に急に戻りたくなったけど、
世の中と合わせようとすると、ある意味世の中と合わせようとすると、
急に土日休まなくちゃいけなくなるんだよ。
なんかさ、分かるんだよ。いいんだけど。
いいし、俺もそれをいいと思ってる部分もあるんだけど、一方でめちゃくちゃムカつくんだよ。
なんで土日休みな文化になってんだよって。
いつ休もうか、いつやるかは勝手だろっていう気持ちもめちゃくちゃあったりするのときに、
今その表。今この瞬間はそっち。
っていうのがあって、なんかね、なんか土日に、
あんのよ、土日は俺だって不定期だから土日に休むこともあんのよ。
別に有休使わなくたって、土日に休みなときもあるのよ。
そういうときを使って読書会とかそれこそやったっていいんだけどさ、
なんか嫌だったんだよ。
嫌だったんだよ。
あとね、あとね、俺そういうこと言う資格もないしね、
実際にそういう話したり仕事の中でそういう話になったら、
もっと冷たい言葉を言っちゃうことも十々あるだろうと思うんだけど、
あえて今この瞬間は、この瞬間だけじゃないんだけど、
思ってることあるから言うんだけど、
あのね、あのね、世の中の動きと違う動きをしてる人、
俺多分これ老人をしてるときとかに思ってることだと思う、多分。
あんときにすぐ、あんときの、あのなんつーんだろ、
老人ってそもそもさ、昔の老人じゃなくて受験に失敗する老人だから、
そもそもある程度家庭の協力があってとかっていうことじゃないとできない状態だっていう時点ですでに、
もうなんかわがまま言うなよっていうのがまず乗っかると思うんだけど、
もうあえてそれも無視します。あえてそれも無視するんですけど、
あの習慣の話だ、習慣の話につながる。
いつも学校に行って、平日学校に行って土日に休んでっていうのが
ずーっと続くわけだ。義務教育の9年間。
そして高校に入った後の3年間も含めて12年間。
なんならその前の幼稚園や保育園。
続いてて、急に老人をしてすると、
学校という、予備校は通うんだけどな、予備校は通うんだけど、
でも、みんなが学校に行っているっていう時に
不登校とかそういうことも考えずにやります。
急に外れた感じになって、世の中の動きって
そういうことばかりじゃないじゃん。
学校に通うことばかりが世の中の動きじゃないじゃんって思うんだけど、
今は思うよ。今は思うけど、
その時は取り残された感じになるわけよ。
取り残された感じになって初めて、
そういう習慣だったんだってことに気づいて、
こんな言語化されたことじゃないよ。
そんな言語化されたことじゃなくて、
ずっとやってた動きから外れたことになってんだっていう状態になるわよ、自分が。
だから、すんごいごめん、うまく言えないんだけど、
これも完全にひとりよがりなんだよ。
今言ってることって本当にすごい完全にひとりよがりのわがままなことだから、
本当にごめんなんだけど、
でも、あえて言うなら、外れたとか、
その多くのことに外れた人を負けるなって思ってるの、基本的に。
それを任すとか、それに対して寛容じゃない態度とかも、
俺は一方ですごい取るんだよ。
仕事上、そういう仕事に加担することもあるし、
むしろそれを推進することもあるから、こんなこと言う資格がないんだけど、
だけど、外れたって言っちゃいけないの。
外れてないから、そもそも。
でも、外れたって思うのは大事だと思ってて、
この道だって思ってるからこそ外れたって思えるわけじゃん。
でも、その上で外れてないぞって思ってほしいわけよ。
外れてないし、だから外れたって思わせない、
何かを提供する人だったらいいなって思うの。
だから俺はある意味、全然その花は開かないけど、
俺と一緒に働いた人はもしかしたら何のこと言ってるかは、
でも今は分かんないな。
最近その動きしてないから。
瞬間的に俺、
瞬間的にさ、
基本的にはそっちにむしろ厳しい態度を取るんだけど、
瞬間的にさ、
それを多くの動きじゃない動きを応援することを急にやったりするでしょ。
俺はそこがあるんだと思う。
だからごめんなさい。
めちゃくちゃ本当にどうでもいい話なんですけど、
全然逆の動きもするし、
いや矛盾したこと言ってるこいつっていうのも俺自身が思うから、
思うんだけど、
だから土日にイベントをしたくない。
乱暴な言い方すると、別にやったっていいんだよ。
やったっていいし、土日のイベントが嫌いだって言ってんじゃない?
だけど俺がどうせやるんだったら、
そういうことを企画する。
だったらもっとちゃんとやれよって思うんだけどさ、
だったらもっとちゃんとやれよって思うんだけどさ、
そういう状態で、だから僕はわざわざ木曜日の、
木曜日の午前中、
しかも朝早くでもなくて、
10時から12時っていうね、
そういう時間にやりたいなと思ってやっています。
誰も来なくても読書会ですから、
僕が読書すればいいんだって思っていて、
それをごめん、ちゃんとやってよ、
人集める動きもちゃんとして、
何が言いたいのかわかんないじゃない?って、
思われるだろうし、
それこそ借りたスペースじゃなくて、
自分で勝手にやりなさいよってことかもわかんないんだけど、
わがままを言って、
そういうふうにさせてもらっています。
こういうことです。
何の話だろうね。
言わないとわかんないもんだね、自分でもね。
行ってる間に水城の十字路に来ましたね。
水城の十字路に来ましたんで、
もうあとわずかです。
もうあと3分で、
もう着くでしょ、直線距離で行ったらもうほんと、
目の前の建物がなければもう見えちゃうぐらい。
全部に。
取り留めのない話を、
無駄に熱量のある取り留めのない話を聞いていただきありがとうございました。
聞かれているかどうかはわかりませんけどね。
お疲れ様でした。
45:12

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