導入とコテンラジオ資本主義シリーズとの出会い
今朝、4回収録に失敗しました。 This morning, I failed to record 4times.
日の鳥とSDGsという名前であげてあるのが、 It's called Hinotori and SDGs.
結構めちゃくちゃなんですけど、 It's always a mess.
雑だな。雑なんだけど、いつも。雑だな。雑なんだけど、いつも。
と思ったので、ちょっともう一回補足しようと思ったのと、 I thought I'd tryagain.
今日、僕、水戸に出張だったので、一人で。 Today, I went to Mito alone.
道中ね、本当は明日の朝聞こうと思ってた、 道中ね、本当は明日の朝聞こうと思ってた、
古典ラジオさんの資本主義の4回目のシリーズの4回目を、 もう昼間に聞けちゃったんですよ。
それも聞けたし、改めてなぞる形にはなっちゃうんですけど、 補足しておこうと思いましたということです。
資本主義と自己の仕事・活動への洞察
朝、何の話をしたかというと、資本主義の話をしたんですね、でっかく言うと。
資本主義のことをちらっとこの間、読書会、 トクブックスでの読書会のときにちらっと、
なんで急にそんなことを自分でも言っちゃったのかわかんないんだけど、 ちょっと話に出しちゃって。
そしたらそれを後で、三沢さんが、 資本主義だったら歴史から勉強するといいですよって言って、
古典ラジオさんを教えてくれて。
古典ラジオさん、いろいろ本当にあると思うんだけど、 一旦その資本主義のところを聞いてみたと。
1回目から面白かったんだけど、それが2回目、3回目ときて、 3回目がポスト資本主義だったのかな。
整理した上でのポスト資本主義。
でやっぱり、その3回目が今日の今朝だよね。 今朝聞いたときが、
なんかなんつーのかな。 資本主義のこととかっていうのもあるんだけど、
自分の今やっている仕事を見つめ直してるなっていうか、 あんときってこういう意味があったんだ。
今はこう思ってたけど、実はそれってこういうことだったのかな とかっていうのをめっちゃあって、そういうことが。
で、それは個人書店とか、トクブックスさんがあるということとか、 それに惹かれることとかっていうことも、
こういうことの中でのことだったのか、みたいなのがめちゃくちゃあって。
とりあえずもう慌てて、なんか今思ったことを記録しておかねばと思って、
今朝いろいろやったら、ちょっと慌てすぎて、いろいろ失敗しちゃって、
なんか5回目みたいなことになって。 時間的な物理的な制約もあるからさ。
遅刻しちゃうからね、本当の仕事に。
そういうことがあったんだけど、
ちょっと駆け足だったり、駆けてたりいろいろして、
あれも話そう、これも話そう、みたいなことが言えない状態で上げちゃったんだけど、
とにかくそうなっちゃうぐらいすごい良かったんだね。
3回目の時点ですでに。1回目2回目でも良かったんだけど、 3回目がちょっとめちゃくちゃいろんなことと繋がりすぎた。
で、それもびっくりしたんだけど、4回目を昼間に聞くんですよ。
そしたら、これを上げたのの目的をいくつか話してくれてるわけ、コテンラジオさんが。
で、まさに今、この資本主義からその次の段階に、なんかこれままじゃいけなくて、
これ、でもみんな否定はしてなくて、学者さんも、資本主義そのものを完全に否定したとか、
全く良くないものです、みたいなことをずっと言ってるわけじゃなくてっていうのも、
改めてそうなんだなって思ったのよ。確かにそうだよなって。
なんか悪者のようにしちゃってごめんね、みたいな感じよ。
別に全部が全部悪者と思ってたわけじゃないけど、
でもなんか、うまくいかないことを全部資本主義のせいにしてた、みたいな嫌いはあったなと思って。
今だけじゃなくてさ。で、それを、でもみんなそれは感じてたと、多くの人が。
で、感じてるから、その人たちのためにも、1回体系的にその資本主義っていうのがどうなってっていうのを整理しておけば、
この後の行動がもっと洗練されるんじゃないかって傲慢にも思ってるみたいなことをおっしゃってて。
あ、だから、だからこんなにいろいろ自分がやってることとか自分の仕事とかといろいろ結びつく、
あれはどうだなって考えたんだ。むしろそれが狙いでやってくれたんだ。
で、多分そういったことを感じ取ってくれたり、いろんなことがあってわかんない、もっと俺の預かり知らないことがあるかもしれないけど、
あ、それでさんたくさんも教えてくれたんだ。多分。って思って、めっちゃありが、なんか全員めっちゃありがてえなと思って。
過去の職場経験と「先取り」の考察
すごいね。で、うんと、具体的なことは言いにくいんだけど、
仕事のことがさ、たぶん2回目3回目4回目の時にはめちゃくちゃ言ったんだけど、5回目ではそんなに触れなかったから、
一旦それについて言っとくんですけど、あのね、3回目のコテンラディオさんの中で、
未来のことを先取りしちゃいすぎだ、みたいな考え方を言ってる人がいたんですよ。その紹介されてる考え方の中に。
で、あの、すごいレベルは違うんだけど、うんとね、過去にめちゃくちゃ僕それで、今の職場でって言っちゃったあれだけど、
今の職場ではなくて転勤する前、本当の一番最初の、今の会社で一番最初に働いてるとき、めちゃくちゃね、
それでね、もう偉い人たちと喧嘩ばかりしてたの、いつも。
あの、今あるものを売って、物があるものを売る仕事じゃないんだけど、
まあ、あえて売るっていう表現をしますけど、それやって、それがいっぱいになっちゃったら、次はここで予約できるから、それを早めに買ってくれれば売ります、みたいなやり方を、
多少はもうわかるけど、あんまりやりすぎるのは、あの、それは借金してんのと同じだから、健全じゃない、どっかでちゃんと線を引くべき、みたいなことを言うのと、
でもそれで、もっとそういう商品が作れるのに、商品ではないんだけどね、作れるのに、なんでそれやらないのか、みたいな、すごい単純化しちゃってますけど、
あの、悪いことではないんですよ、悪いことだというか、悪いことだというか、いや、ちょっと限界があるよって思ったから、
うーんと、一従業員のくせに、あのー、なんか素直に従わなかったんだけど、でも素直に、それは当時の、そのー、同僚というか上司とか、
飛び抜けて偉い人じゃなくてその、直属の上司みたいな方ね、が、あの、そんな抵抗しても仕方ないんだからさって言ったときに、
めちゃくちゃ、その人は当然何の悪気もないのよ、かばってくれたっていうか、まあまあみたいな感じで言ってくれただけだけど、めちゃくちゃ俺それにキレちゃって、何ですかそれ、みたいな。
あのー、抵抗、今の僕のこの行動は抵抗だと捉えられてるんですかって、抵抗じゃないですよと。
抵抗じゃなくて、安に自分たちの仕事が大事で、それをお客さんに認めてほしいからこそ、それはこう無茶なことはせずに、しっかり堅実にやった方がいいよ、絶対その方がいいはずっていう、その、あのむしろ、あのー、
何、何つうんだろう、ちょっとおこがましい言い方でうまい言葉思いつかないけど、会社のためを思って、大事だから言ってるんで、抵抗では全然ないです、それを抵抗って捉えられちゃうんですかこれは、みたいな。
キレちゃって、もうね、厄介だよね、中間管理職の人たちにとって本当に、上の顔は立てなくちゃいけない、なんか小難しいことっていうかなんか正論みたいなこと言って、納得しないやついるみたいな、でまあまあって言ってるのにそれについてもキレてくるみたいな。
まあ、あのー、ありがたいことですよ、こないだその人とね、それこそアビコでご飯食べましたけど、あのー、ありがたいこと本当にね、あのー、それでも仲良くしてくれるってあれじゃないけどちゃんと、あのー、もともとさ予定がさ、流れちゃいそうだったのにさ、でも久しぶりに会いたいし、みんなともなんつって、
もうほら、お互いに移動してるから、あの職場も離れちゃったんですけど、でもそれをさ、あのー、せっかくだからって言って、時間とか自分もすごい調整してくれてさ、場所も調整してくれて、いやー、ありがたいなーって思いますね。
で、まあそういうことがあったり、あとその当時から、あのー、あのね、売上げの計算の仕方が悪いだろうみたいなことをこれ生意気にも言ってたんですよ。
あのー、先、あのー、サービスが何回かに分けて提供されるわけ、僕たちのお商売は。何回にもね。なんだけど、あのー、最初に契約が成立したっていうときに、契約ってほど大げさじゃないんだけど、やりますっていうことを決めたときに、全部の売上げが立つっていう、ほぼすべての売上げが立つっていう計算の仕方だったのよ。
だから、あのー、入ってもらったら、あと別にいいじゃんみたいな、そのサービスを提供できようができなかろうが、すごい横たわりに言うとよ、あのー、別にいいじゃん。もう入って、売上げも立ったんだから。
で、そういうことになっちゃうから、健全じゃないんじゃない?これは、本当にそのサービスをやって成立しましたってなったときに、そのときそのときで少しずつ売上げを立てていくべきで、あのー、まだやってないけどお金もらったからその分全部その日に売上げっていう風にしない方がいいんじゃない?っていうことを言ってたんですよ。
その方が健全だよ、きっとっていう話をしてて、で、実際に今度そうなるんですよ。ただ、あの、別に僕が言ったからじゃなくて、違う流れだと思うんですけど。で、ただ、ただね、あのー、なんかね、良かったのかなって思ってきたのちょっと。
なんかそれやると、別に僕はそれが良かったと思ったし、それにする方がいろいろ見えやすくなるっていう気持ちも当然あるし、むしろそうし向け、売上げの計算方法はともかくそういうことを大事にしてしっかり仕事をした方がいいっていうことを触れ回ってきた人間だから、いろいろ転勤しながら、いろんな事業所で。
それに加担してるっていうか、そういう人間なんだけど、なんかね、売上げの計算方法変わるってなったら、より、あのー、なんか、それに走る傾向が自分も含めて、なんかより顕著になったなって。当然それを目指してるんだから当たり前なんだよ。当然それを目指してのことなんだから当たり前なんだけど、なんかね、なんか目先のことを気にしすぎるというか、
なんか、日々の売上げを、毎日の売上げを立てていくことに向かいすぎるような感じが、なんか逆にしてきちゃったの。なんかだんだんそれは現実的になって、いろんなみんなの話を聞いてると。
良かったのかな?ってちょっと思ってるところがあったの、最近。でも、これもまたちょっとまた分かんないんだけど、今後のそれこそ、あれにもよって分かんないんだけど、やっぱ今日のさ、その資本主義のさっきの話を聞くと、先取りってやっぱり、あのー、良くないんじゃない?
常に常に未来へのリスクをずっと背負い続けた形になるんじゃない?っていう話をしてて、やっぱそれはそうだよなーって思うわけよ。
あのー、で、まあ目先のことになっちゃうのかもしれないけど、ある意味これは農業的な、農業って言っていいのかな?なんか収穫してそれが売れたっていうかさ、なんかものが、実態があるじゃん。作物とかって。もちろんそこまでにかかるまでに、そこに行くまでにはいろんな、あのー、当然種まきから栽培からいろいろあるんですけど。
やったことないけどね。でもそうじゃないですか。だからなんか、そういうことに近づいていった方がもしかしたら健全なのかもしれない。って今日また思って。
むしろその目先のことにっていう言い方をしちゃうと、なんか嫌な感じするけど、しっかり目の前のできることをしっかりやっていくっていうことを思考しやすい方法になるのかなーって思って、またちょっとよくわかんなくなったっていう。ちょっとよく考えなくちゃいかんなって思ってる状態ですね。
なんかね、なんかいろいろこれ、仕事のことを考えてたり、話を聞いてると、なんかね、なんか売り上げとかそういうのが大事じゃないって言いながらも結局それが大事な動きになっちゃう。
なんかそう思うときあんだよね。自分もそうだろうし。なんかそれへんは改めてよく考えなくちゃいけないなと思ったな。
わかんない。これは今日みたいな話を聞いたのもあるし、いろいろあって、ちょっと立場が違うって、昇進したとか上に行ったとかそういうことじゃなくて、質的に違うようになったっていうことがあって、それのせいかなっていうのもあると思うんだけど。
なんか、その上でどうやって資本主義だったり、その次のものだったりと関わっていくんだろうってことをちょっと気にしています。また考えていきます。
社会変化のメカニズムと個人の役割
というのが一つ。めっちゃダラダラ言っちゃってるけど。
OK。資本主義はここまでです。お疲れ様でした。次のやつはこれです。何とか主義です。って言って、そういうのが先に決まって社会が変わるんじゃなくて、もうどんどん実態として変わっていって、変わってって気づいたら、ああ、これになってたねっていう風にして、歴史的には社会って変わっていってるんだって。
だから、例えば、さっき悪者にしちゃったって言ったけど、資本主義けしからん!倒してやる!倒した!だから次はこれにするんだ!っていう社会なんじゃなくて、あれ、気づけばこんなことになってるね、みたいな。
思えばこんなことになってるね。で、あちこちで、ちょっとこれのままだよくないよ、こういう風にした方がいいんじゃないっていうのがどんどんやられてきて、それで実質的にそれが変わっていってっていう風に変わってるんだって。
だから、誰かが音頭取ってくれるわけじゃないのよ、たぶん。こういう風に変わりました、はい、あなたもお願いします。じゃなくて、あえて強いて言うなら、俺ら一人一人が頑張るんだよ、つまりは。
自分がこういう風に変わるってことになってるから変わろうじゃなくて、なんかどうすんだ、これ。こういう風にした方がいいんじゃないかっていうのを、一人ずつちょっとずつ頑張るんだと思うんだよ。
で、あんまり引きつけちゃうとおこがましい感じがするんだけど、あるやり方を、2つ前の転勤先、もともとの今の会社で一番最初に働いてたところで、システムみたいな、ある仕組みみたいなものを作って、僕は出てきたんだけど。
これは朝も言ったかな。それが改良されて、その残された人間たち。あとは、もしくは新たに仲間になった人間たちがそれを改良して、それを元にして、やっているっていうところをこの間見たのよ。目の当たりにしたの。
で、噂には何とか聞いてて、でもそのせいで、会社でその事業所だけじゃなくて、全体的に標準的に言うとシステムがうまく、そこだけはうまく使えないみたいな話を聞いてて、ごめんねと思ってたの。変なこと中途半端にやっちゃったせいで、と思ってたんだけど、実際にその事業所のあれをチラッと見せてもらったら、めっちゃちゃんとしてんのよ。
自分たちができる範囲のことで、めっちゃちゃんと考えられてんの。労力もしっかりカットして、かつ間違いにくい形にして、自分たちでしっかり運用できるようにして。それが確かに、自分の考えてることとかやってたことが元になってて、それが使われた上でちゃんとそうなってんのよ。思った以上に俺らちゃんとしてたのよ。
だからそれは、会社でこういうのを入れようと思ってるってところに、うまくそこが、ちょっとここについては、それ入れちゃうと不便になられちゃうみたいな感じがあって、なんかそれがね、申し訳ないけど、でもよくやったねみんな。僕も含めてよくやったからだよねっていう気持ちもあって。
なんかいいなと思ったの。もともとその会社に入るときに、僕地元の会社に入るときにね、いろいろなことがあって、うまくいかなくて、地元の会社で改めて勤めましょうってなって。
そこで、ただそこの勤めましょうってなったときに僕は知らなかったんだけど、買収されるとこだったのよ。地元でずっとやってきたところがそのままやってるんじゃなくて、その会社が違う、もっといろんな母体が、全国的なというほどじゃないんだけど、違うもっと大きなものに買収される。
で、買収するから、ローカルな俗人的なシステムじゃなくて、ちゃんとそれを標準的に社会的にも今の標準に直していきましょうね、それでやって頑張っていきましょうっていうことを期待して自分も雇ってもらったところがあるし、そうしたの実際に。
なんだけど、やっぱり元々のことって古き良きじゃないけど大事なところってあるから、それはやっぱり残さなくちゃいけないところも実はあるっていうところも、俺の想像以上にそっちもそれなりにちゃんとやった感じなのよ。
でもそれだと結局どこかで対立が起きちゃって、それもあって一旦リセット。はい、じゃあもう君はこの技術を使ってそっちに行ってくださいみたいな感じになったと僕は理解してるんですけど。
左遷ではないけど、見方によっては左遷と捉えてもいいんじゃないか、言い過ぎかな。これ会社のことだからあんまりあれだな。そんなそこまでマイナスイメージで捉えてるわけじゃないんですけど、だからといって全部キレイごとではないよなっていう感じ。何のフォローになってないかもしれないけど。
でもそれでもその後頑張ったんだなみたいな感じのことがあって。
国語教育研究と文学作品の読解
この話何で入れたんだろう。よくわかんなくなっちゃった。
っていうこと。
これは前も言ったかな。国語教育で国語っていう授業で文学っていう文学作品というものの読むことの意味はなんだみたいな研究をしたわけ、大きく言うと。
大した研究じゃないんだけど中身を見るとね。
で、その中に、その研究の中に、何だったかな。ちょっと文献を引っ張り出してくる元気は言わないんだけど、菅井さんっていう研究者さんがいて。
で、あのね、なんていう名前だったかな。とにかくね、なんか文学作品があるんだけど、その文学作品には何が書いてあるんだろう、どういうことが書いてあるんだろうっていうものを見つけていこうっていうのが大事みたいなこと言ってるわけだよね。
ほんとね、もっと難しいこと言ってんだよ。網膜、富士山を見るでしょ。で、網膜、富士山を見るんだけど、見た時に我々はその富士山を直接は見れないんだって。
富士山の光を反射した光、富士山が見えるのは光が反射して、その光がこちらの目に届くからだよね。
で、それはその光を直接感知することはできなくて、網膜を通して目にレンズのような形で映って、それを脳が感知させて富士山だなって認識しているだけであって、富士山そのものを見てるわけではないでしょ、みたいな話をしてたのよ。
なんでそんな話してんだよって思うけど、だから僕たちは例えば大きな株っていう作品を見た時に、大きな株ってものを捉えられないわけよ。
インクのシミ、インクね、その文字を認識してそれを見て、でもその文字自体は捉えられないわけさ。
その文字を見て、それが目にレンズとして映って、それを認識して、そこでいろいろ考えてってやってるわけだから、本当の生の大きな株っていうのは結局捉えられないものだと。
でも、絶対それはそこにある。直接は見れないけど、直接はわかんないけど、でも確率にそこにある、富士山がそこにあるように。
富士山そのものは僕たちが捉えられなかったとしても、でも富士山は絶対そこにあるじゃない。
だから頑張ってそのあるはずの富士山をしっかり認識しましょうよっていうことを文学作品でやりましょう、そういうことなんじゃないですか、みたいなことを言ってたのよ。
脱資本主義的活動と「違いを伴った反復」
で、僧侶のことを久しぶりに思い出して、僕たちが仕事したり趣味のことやったり、それこそトクボックスで棚を借りて、シェア型書店の棚を借りて一生懸命設置と本を入れ替えたりした。
それこそ陣作ったりさ、陣部っていうので陣作ったりいろいろするのってさ、
簡単に言うと資本主義の、資本のためじゃないじゃない。お金のためはわかんない。お金のためでもいいんだけど、お金を稼ぐためにそういうことをしようでもいい。別にそれは間違ったことじゃないし、結果的にそうなったらそれは素晴らしいことだし、いいんだけど。
でも多分あんまりお金儲けをしたいからってことでやるにしては、ちょっと効率とか確率論的にも良くないと思うんだよ。あんま効率的なことじゃないと思うんだよ。
結果、それが自分の好きなことで、それで資本も手に入れられたらいいねってのは当然あるけどさ。
だけどそれをみんなやるのは好きなことだからだと思うんですよ。良いことだ、これは。いいことだ。いいことかどうか最悪わかんなくても僕はそれはとても楽しいことだと思っているっていう状態だから一生懸命やるんだと思うんですよ。
もしくは一生懸命みんなでやるっていうこと自体が楽しくて、そこで人と関わるのが楽しくてっていう状態だからやるんだろうと思ってるのね。
この時点で、脱資本主義的な動きだなって思ったの、森さんに言うと。
でももちろん資本主義を悪者にしてヘラヘラしてるわけではいかないから、当然それを言うことをするにはコストもかかるわけだから、それをどうしていくんだって問題はやっぱり依然としてあって。
そういうことをしながらそれがちゃんと続いていけたらいいよねっていうのはある。
ただ、これは朝も言ったと思うんだけど、続いていけたらいいんだけど、持続していけたらいいんだけど、持続することが目的ではないのよ。
完全な持続するシステム作っちゃったら、これ朝も言ったけど、完全にこういうことやればこういうふうになります、こうなったらこうなります、AIにも頼んでこういうふうにしました。
だから自動的にこうなりますっていうことをやっちゃって、それが何も手を加えずに回るんだったらそれはさ、つまんないのよ。
これはトークブックスさんの社会型棚書店で朝も言いましたけど、面白いから、いろんなことがあるからそれをするんで、棚を、本を置いてそれを自動的に誰かが消費して読んで、それ勝手にまた自分でシステムを使って自動的に補充されてみたいなことを構築するだけだったら別にやってる意味はないんですよ。
そうじゃなくて、棚を入れ替えることとか、それを誰かが買ってくれたとか、それをまた違う誰かが買ってくれたとか、読んでくれたとか、何が起こるかわかんない中で、そういうことが持続じゃなくて、ずっと同じことが繰り返されるわけじゃなくて、ちょっとだけ違ったことがいろいろ反復して、違いを伴った反復というのも国語教育の中で出てきたんだけど、
というのがある中で循環をするから、面白くて良いことなんだと思うんですよ。
で、ああでもない、こうでもない、でも正解はきっとあるはずだっていうことを信じることがとても重要だと思ってて、
何かが決められてるから、はいこれが正解です、基本主義の次はこれです、はいみなさん頑張ってくださいじゃなくて、これが楽しいんじゃない?正解かどうかわかんないけど、でもこれ楽しいから私はやる。
っていうことをみんなでやった結果、その中に何か続けられるものとか得るものとかがあって、いつの間にか充実しているとか、大げさに言えばそこまでうまくいかないだけで社会が変わっているとか、そういうことになるのが良いことなわけで、それを目指してるんだろうな。
目指してないんだけど、目指してないんだけど、そういうことに繋がっていくんだろうなっていうことを思ってる。結局もうよくわからないまとまらない話になっちゃった。何をどう並べてるのか。
全ての経験の繋がりと今後の展望
ただその、うまく言えないんだけど、結局ポロッといった資本主義ってなんだろうみたいな、大丈夫なのかな、幸せになりたいみたいなことが歴史学んだらいいからこういうの聞いたらいいよってたくさんに教えてもらって、それを見て勉強したり聞いて、まだ全然だよ、ただ聞いただけだからさ。
この後ちょっと、それこそさ、鎌倉資本主義って何なんだろうとかさ、里山資本主義って何とか、そういうことをさ、それこそ場合によっては本読んだりして、もっと知ってみたいなっていうのはあるけど、それを考えてたら、結局自分のやってる仕事とか、過去に自分がそれなりに一応頑張ってさ。
頑張ってないよ、全然。大学とか大学院の時の研究って結局なんか、頑張ってないんだけど、全然何の成果もない。そもそも僕は教員をすぐさっさと辞めちゃってますからね。なんだけど、なんかそういうことと関わる、関わってるのかどうかがちょっと今の説明ではよくわかりませんけど、なんか僕は関わってるような気がしたんですよ。
だから、これは結局いつも思うんだけど、全部やってることは無駄じゃないな。今後も無駄じゃなくなっていくだろうし、そうしなくちゃいけない、そう頑張らなくちゃいけないなっていうふうに思っています。
なので、せっせとトクブックスさんで支援型書店はもっと頑張りますし、ジンを作るのも頑張りますし、もっかいジンの障害は印刷っていうか冊子印刷がちゃんとできないことなんですけど、それをどうしようかなっていうことがぶち当たりながらも内容ももっと充実させようって思ってますし、
今度のジン部ではまたいろんな進捗が持ち寄られるだろうから、それはそれで楽しみだなって思うし、別に進捗がなくて行き詰まってたらそれはそれでみんなで考えればいい話だし、それも含めて楽しみだなって思ってるので、
資本主義だ、ポスト資本主義だっていうのもあるし、あるけどそれは結局究極的には今頑張ることと繋がっていくんだなっていうことを思いました。
よくわかんない着地。全然何の補足もやってない。手応え的には一番ないわ、これ。36分も使って。お疲れ様でした。明日行けば僕はまたお休みなので頑張りたいと思います。