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90質量保存の法則
2026-06-16 35:03

90質量保存の法則

ワールドカップとか、アカデミー賞とか、○○大賞って一年中やってないか?

感想

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サマリー

話し手は、ワールドカップやWBCといった主要なイベントの開催時期を最近全く把握していないと語る。その原因は、下妻への引っ越しを機にテレビやYouTubeの視聴が激減し、その時間を他の活動に充てるようになったためだという。この現象を「質量保存の法則」に例え、限られた時間の中で新しいことに集中すると、世間の一般的な情報への関心が薄れると説明する。アカデミー賞や文学賞についても同様に「年中やっている」という感覚で、開催時期を意識していないと述べ、身近な人との交流と遠い人との交流における変化の認識の違いを例に挙げている。最後に、茨城県内の地域間人口動態や茨城大学の学生へのエールを送り、自身の関心の解像度の変化について考察する。

主要イベントへの関心の低下
めっちゃどうでもいいことを話すんですけど、 今、ワールドカップやってるんですよね。
で、俺、恥ずかしくてあんまり言ってないんですけど、
ワールドカップいつやってるとか、最近やったとか、日本が決勝ラウンドに出場したとか、
最近全く分かってないんですよ。 で、同じように、WBCとかも分かってないのね。野球の方。
えーと、うん、分かってないの。
で、あの、昔はもうちょっと分かってたはずなんですよ。
浪人してた時の年に、日韓共同開催のワールド… あ、どっちだっけ?日韓共同開催だったかな?
のワールドカップ? やってたような気がします。あれ、日韓共済だったから知ってたのかな?
でもなんかね、その時には、あの、まあどこでワールドカップやってるなーとか、
あのー、もうちょっとちゃんと分かってたと思う。
テレビ・メディア離れとその背景
で、最近なんだけど、これ本当に最近で、かつ本当に最近、
しもつマニコしてきてからの、もう如実にさらにその、あれが加速してるんだけど、
あのー、テレビ見なくなったのね。
あのー、テレビを見てないと、今まで共通の話題とされていたものとかを、
あのー、今まで共通の話題とされていたとき、結構多くの人がね、
テレビって多くの人が反省を持つものを当然取り上げるじゃないですか。
それを、見ないで生活しちゃってるんだよね。
で、思えば、過去にテレビ私見ないんですよねって言ってる人たちはそうだったなと思って。
まあワールドカップはどうかは分かんないけど、あのー、そうだったなと思ったの。
昔あのー、モリアでブックオフでバイトしてたときに、店長、当時の店長ね。
3番目の店長か。その俺が働いてたときの。
3番目の店長が、全然なんか世の中のニュースを知らなくて、
あのー、
なんかエリアマネージャーみたいな人が来たときに、あのー、当時まだ実家だったからさ。
あのー、普通にテレビとかは毎朝見てるわけですよ。ニュースだとかなんか帰ってきたら何たらね。
で、それも多分、なんつーのかな。
これ、微妙なとこだと思うんだけど、
あのー、なんか世の中に、あ、あれか。
あのー、あれだ。
あのー、なんかすごいね、あのー、泣き、大泣きして喚く議員さんみたいなのが話題になってるニュースがあって、
そのことがなんかをなんか話題にしたんだよね。
で、そのときに、あのー、あ、こういうのありましたねって話してたら、俺らが話してたら、
その店長が全然、まあ店長っつっても若い人だった、若い人だったから、
当時俺30ぐらいだったと思うけど、それよりもうちょい若い人だったから、
あのー、あ、そう、学校の先生辞めて、フリーター状態のときですよね、だから。
そのときの話で、で、なんだテレビとかテレビを見ないから、
キラッと話題出たかどうか知んないけど、そんなみんな知ってるようなことも知らなくちゃダメだぞみたいなことをなんか言われてて、
っていうのをなんか覚えてんだよ。
で、なんか今、
で、その当時のそれとはまたちょっと、なんか若干ちょっと違う気もするけど、
なんか今、おいテレビ見ない、見てないから世の中のニュースとか疎くなっちゃったなって、
あのー、ちょっと思ってて、で、YouTubeはちょっと見てたんだけど、今も見てんだけど、
でもなんか見る頻度も減っちゃったのよ。
なんかね、テレビ見ないでYouTube見るようになりました、
だったんだけど、そのちょっと前は。
今は、まあ見るんだけど、テレビも見なければYouTubeも見なくなっちゃいましたっていう感じなのよ。
時間配分と質量保存の法則
あのー、もう明らかで、あの違うことに時間使ってんだよね。
あのー、違うことに時間使ってんの。
それこそトークボックスの方どうしよう、陣を作ろう、運動をしよう、
えー、町ライブラリーで北橋は、北橋の町ライブラリーで、あのー、地ばらきの帰ってのやろう、
えー、人と会おう、あのー、食事に行こう、飲み会をしよう、飲み会って言ってもそんな飲み会じゃないんだけど、
ていうこと、他の時間に使っちゃってて、
あのー、今までそこの時間に当てられてきたであろう、
あ、今まさにこのポッドキャストみたいなのやってんのもそうなんだけど、
この時間絶対その、だからテレビとかニュースとか目覚ましテレビとか見てる時間だったんだよ、絶対。
で、1日10分、15分さ、出勤前とか学校行く前とかにさ、テレビ見てればさ、
だいたいなんかわかんじゃん、その日何々があったとか、どういうニュースがあったみたいな。
うーん、でそれが、なんか、
別にその見てた時もそれが重要と思ってたわけじゃなかったよ。
だせ、というか習慣で見てた、習慣っていうのが大事だよね、やっぱりね。
習慣で見てただけなんだけど、今それがなくなっちゃってるから、
あのー、なんかよくできたもんだなと思って。
やっぱ、あのー、
質量保存の法則ってあるじゃないですか、あのー、
例えば水があります、液体になっても気体になっても、
体積とかそういったものは増えたり減ったりするかもしれないけど、質量って重さね。
質量というものは結局絶対一定ですよ、どういう状態、状態変化があったとしても絶対一定ですよっていうのがあって、
なんか、俺それ、なんか、
納得できる物理法則としても、で、その物理法則だけじゃなくて、いろんなものに活用できる法則だなって思ってて、
あのー、だから変な錬金術とかはなくて、質量っていうのは絶対固定なんだよ。
そこを飛び越えることはできないんだよっていう、だけど状態変化はできる。
あのー、形を変えたり体積が変わったり、見た目上は全然すごいなんか変わったりはできるけど、でも大元の質量、大元って言っていいかわかんないけど、質量っていう観点で見るとそれは絶対固定なんだよっていう、
そういう法則だと思うんだけど、もっと理系の物理の人とかがあらすればもっと、
いや、これはその質量法則の法則ってのはこういうもんでっていうのはもっと、あのー、
深い視点で言ってくれる人いると思うんですけど、今のところ僕はそういうふうに理解してて、
あのー、
なんか、いいな。
なんか、工夫の違いがある上で、工夫をしなくちゃいけない固定さがある。しっかり固定されてるものもある。
法則だなって。で、なんつーのかな。
ほんとに全てのものが固定だったらもうつまんないんだけど、質量っていうのは固定だけど、なんかそれは変われるからっていうのがいいなと思ってて。
で、それなんだけど、だから僕がやる行動としても、いろいろ形は変えたりこういうことはできるんだけど、でもやっぱり相対としてできることには限りがあって、
理解できたり見知ったりすることっていうのとかっていうのはやっぱり限りがあるっていう状態なんだと思っていて、
で、いろいろなことに興味持っていろいろ伸ばすんだけど、結果、
今まで普通に、なんていうのかな、常識とは言わないけど、言っちゃえばテレビ離れとかそういうことなのかもしれない、それに通じるのかもしれないけど、
そういうことがおろそかになる。おろそか、うとくなっていく。
その分、人と会ったりお話したりとかっていうことをしてるんだけど、運動もしてたりさ、いろいろするんだけど、その分なんか違うことが、
今までそこに向いてたものが向かなくなっていくっていう状態だなって思ってて。
年中開催される賞の感覚
で、それでなんだけど、一番最初の方に行ったんだっけ、それもあってワールドカップがいつやってるとかっていうのがわかんなくなったなーと思って、昔もうちょっとわかってたのになーと思って。
でさ、でなんだけど、あのー、俺ね、高校生の時に日記をつけてて、今目の前にあるけどわざわざどこに書いてあるのかとか見られないからさ、
デジタルデータじゃないし、パラパラ巡っていつ書いたかとかも覚えてないから、日記が3冊、4冊ぐらいあるから、見つけようとも思わないんだけど、書いたことがあるんだよ。
あのね、日記を基本的には書いて、ほんとにつまんない。ただの会ったことの羅列。誰とこういうこと話した、誰とこういうこと話した。
で、書かなくてもいいようなこととか、なんか全…羅列だからほんとに。ほんとにつまんないのよ。
なんだけど、書くこととかがちょっと好きだったんだね、やっぱりね。
会ったことじゃなくて、その日考えたこととか思ったこととかを考えるっていうのをたまにやってんのよ。
特別エッセイって俺は勝手に読んでたんだけど。で、その中の中に、アカデミー賞って1年中やってるよねっていうことを書いてたの、確か。
なんかアカデミー賞にノミネートされました。
えー、アカデミー賞が発表されました。とかなんとかっていうのが、あれって1年中やってんの?なんかいつやってんのか知らないけど、なんかずっとやってねえか?っていうことを書いてて、あのー、
いまだにそれちょっとわかるのよ。いまだにアカデミー賞がいつやってるとか全然わかんないんですけど、なんかさ、アカデミー賞ってそれ発表されるときの問題じゃないじゃん。
ノミネートされました。とか、あのー、何?あのー、受賞作がこれでした。とか、何年前の受賞作がこれです。とか、あとアカデミー賞作品、アカデミー賞を受賞した監督とか俳優とか、アカデミー賞俳優とかアカデミー賞監督みたいなので宣伝されたりとか、
っていうのもなんかいろいろあるから、だからずーっとアカデミー賞やってんなーっていう印象だったのよ。で、アカデミー賞だけじゃないじゃん、なんか。なんか、カンヌ国際映画祭とか、あのー、何?グラミー賞とか、なんか映画の賞がいろいろあるから、映画をすごく興味を持って見てない僕としては、なんか年中映画の賞やってんじゃん。まあ、なんか別に全然悪いことじゃないんですけど、
あのー、いつやってるとかわかんない。その賞とかあんまりすごい気にしてない。で、実はこれすっごい本当、これ本当にごめんなさいなんだけど、こんなにさ、とくぼっくすさんで本がとかなかんとか言ってて、昨日のポッドキャスト、とくぼっくすさんのとまれ際本の中っていうポッドキャストでも、自分もそれに言及してるんだけど、その上で言うからめっちゃ恥ずかしいんだけど、
上ね、本の賞とかっていうのがいつやってるとかっていうのが全然頓着してないのよ。芥川賞、直樹賞、本屋大賞、山本なんとかかんとか賞、修吾朗賞?なんかわかんないけど。あれが年に何回やってんのかもわかんないし、あのー、いつやってんのかもなんか意識してないし、
っていう状態なの。で、ただなんか大賞取ったなって。こない、最近話題になってて、自分も読んでるインザメガチャーチっていう本が大賞取ったから、今年、今回の本屋大賞っていうのは、あ、なんかすごい印象深いものだなって思ってるけど、基本、こんなに本好きとかかんとか言っときながら、あのー、あんまり頓着してないのよ。
でも、でもやっぱり、で基本的にやっぱり芥川賞とか直樹賞とかそういう賞取ってる作品って、やっぱ基本的に間違いないわやっぱり。あとノミネートされてる作品ね。
前回の直樹賞とか芥川賞とかなかったんだっけ?外人賞がなかったんだっけ?なんか全然いいじゃんみたいな風には、これで大賞あげればよかったじゃんみたいなのあったけど、あのー、全然俺、そういう賞が何かもわかってないからどういう選考基準とかも全然わかんないし、何が取ったとかも全然覚えてないんだけど。
なんかね、だから、本の賞も年中やってるねっていう感覚なんです。本当に申し訳ないこれは。ただ、やっぱそれが基準で、読んだりしたら間違いないものに当たるんだなっていう感覚はあるんだけど、いつやってるとかっていうのを正直わかってません。
今回直樹賞に僕の大好きな若林さん、僕の大好きなと言ってもめちゃくちゃ昔のように何でもかんでも追ってるっていう状態はもう遥か昔に終わってしまったので、大好きだなって思ってるだけなんだけど主に。
だけど、青天っていう作品は読んで、なんならノートに投稿されてる時代から読んで、ちょこっと読んで、でもこれ出版するんだなと思ったから途中であえて読まないようにしたんだけど、それが直樹賞候補になったっていうので、いつもよりちょっと意識してるっていうだけで、疎いのよ、そういうあれに。
で、その賞もそうだし、だからワールドカップもいつやってるのかサッカーとかよくわかってないから。野球もちょっと前あれだったけど、それでももう野球が俺一番詳しかったのは小学生ぐらいの頃で、もうその後全然わかんないのよ。
中学生ぐらいの時に隣に住んでる同級生がめっちゃ中日ファンで詳しかったから、その余波もあって、プレー野球とかの動向はなんとなくわかったけどさ、もう全然わかんないのよ。
大谷さんがすごい二刀流だっていうことはさすがにわかるけど、大谷がいつ活躍しててとかどういうことになっててとかっていうのも、めちゃくちゃみんなさ、詳しい人はさ、っていうか普通に日常的に、詳しいとかそういう感覚じゃなくて日常的に追ってる人っていうのはめっちゃいるんだけど、その人の話を聞いて、あ、そんな感じになってんだ、今、みたいな感じなのよ。
変化の認識と知識の深さ・広さ
だからWBCとかなんとかがどうだったらっていうのもわかんなければ、あのワールドカップもわかんなければ、年中やってんなっていう感覚なのよ。で、年中やってんなっていう感覚が何かに似てるなと思ったんだけど、これはね、これも年中やってるなっていう感覚がそれを揶揄している。
ご苦労さんみたいなことで聞こえちゃってたら、これから言うこともそういうふうに聞こえるかもしれないから、そういう意図じゃなくて、そういうふうに思ってますよ、そういう感じで僕は何か疎く過ごしちゃってますっていうような状態を言ってるだけなんですけど。
うわ、疎くっていうわけでもないんだけど。だから別にそれをマイナスなこととも捉えてなければプラスのこととも捉えてないですよっていう状態なんですけど。
これ何かに似てるなと思ったら、毎日会ってる家族、自分が子供の頃に毎日会ってる家族、父親とか母親とか、別に毎日会う会わないとかなんとかいうことで、これひぶれちゃうとめんどくさいことになるのかな。
とにかくいつも一緒にいる人たちです。いつも一緒にいる人たちに、朝起きて、大きくなったねって言われることってないじゃないですか。
ところが毎日は会ってないじいちゃんばあちゃんとか、じいちゃんばあちゃんと毎日過ごしてる人もいると思いますよ。
毎日じゃなくてたまに会う親戚、たまに会う知り合い、たまに会う友達に会ったときには、
あ、いかくなったなーとか、わけやねーなー、要はもう時が経つのは早いもんだなーみたいな、わけやねーなーとか、関西の方の知り合いって大きなったなーみたいなことを言われたりっていうのはあるじゃないですか。
最近で言うとこれもうよく僕話しますけど、前の職場ね、今の職場の人たちは当然毎日のように会うけど、前の職場そんな離れてないんだけど、30分弱20分ぐらい車を走らせれば行けるところにあるんですけど、毎日じゃなくてほとんど会わないじゃないですか、そこまで離れてても。
特に引っ越しちゃったしね、俺も下妻に。畜生子だからその職場は。その人たちに会うとめちゃくちゃ、えー、痩せたね、大丈夫?仕事そんなに大変なの?みたいなこと言われるわけ。
毎日時を過ごしてないから、運動してるとかそういうこともいちいち報告することもなければ、話題に出てくることもない、世間話題することもないから、急にわかりやすく言うと、なんかちょっと痩せちゃったんじゃない?みたいな感じの。
逆にあれだね、2、3年前はそんなに仕事が楽なのか、ずいぶん太ったなって言われてたよ、よく考えたら。それの感覚と似てるなと思ったの。年中やってるなーとか、よくわかんないけどたまに見たらそんなことになってんだ今っていうのが、
毎日は会わない、たまに会う人に言われる大きくなったなとか、今こんなことになってんのかっていうのの、あれに似てるなって思ったの。俺も逆にそうだしね、久しぶりに会う人とか、なんかあったらそういうふうに言っちゃうもんねきっと。
だからなんて言うのかな、急にパーンってくると変化って気づきやすくなるけど、毎日のようだと、毎日会ってると気づかなかったりするもんだんだなっていうのも思ったりして。
それが良いこと悪いこと、良い悪いとかじゃないんだけど、なんかそういうもんだったりするな。で、それが何に対して自分が毎日接していて、なんか変化に実は気づきにくいほど毎日接していてみたいなこと。
で、たぶん質量保存の法則で、たぶん人それぞれ違っていて、それも変化して、で、全部のことに毎日接している人っていないと思うんですよ。同じ、接していてもその密度とかも違うだろうしね。それぞれいろんなことに向いてんだなって言ってて。
でね、これまた全然これも関係ない、近所の方にあると思うんだけど、おとといね、証拠にもなくイベントがあるっていう時に、なんか職場の人を本屋さん特務区さんに連れて行った時に、あ、そう、その隣のメンズクラブでラーメン食ってて、そこの時に話した時で一番印象深かったのは、中小企業診断士っていう資格があるんだって。
なんとなく知ってはいた、聞いたことあるなって感じだったけど。それってさ、中小企業診断士だから、あの、どこの、どういう企業とかじゃないのよ。印刷業とか製造業とか、なんかサービス業とかそういうんじゃなくて、中小企業の診断士だから、分野とか関係なくて、全部いろんなことを浅く広く勉強するんだって。広く浅く。
このことに特化してずっと詳しくやってとかじゃなくて、中小企業診断士だから、で、広く浅くいろんなことについて勉強できるような感じのことをするんだって。あのー、それす、なんか、すげーなーって思ってて。
もちろんそれは、あの、細かく言えば違うんだと思いますよ。深くやってとか、それもキリがないと思いますけど、なんか、いろんな分野のことを、もちろん詳しく、そこまで専門的なことまでじゃないんだけど、いろんな分野のことを広く知ってるっていうのってすごいなーと思ってて。
だからそこに共通することとか、だいたいここはどういう場面でも、こういうのの指標は有効ですよ、みたいなことも、なんか勉強したりするんだろうね。なんかそれを話し聞いててさ、めっちゃすげーなーと思った。すげーなーと思った。でも全部は深くないからさ。
あの、あれだね、「胃の中の河津、大海を知らず。」っていうことわざがあって、その続きで、「しかしその深きを知る。」みたいな風に、っていうことわざなんだって言ってね。あのー、俺もよくは知らんけど、よくは知らないけど、なんかそういう風に言ってて。で、それをしみじみ、僕が献血を一番最初に誘ってくれた人がそれなんか言ってました。言ってたのを覚えてるんですけど。
あのー、なんかそれと似てるなと思って。でも多分、知ってることの総量、あえて総量で示すとすると、胃の中の河津も大海を知ってる何者かも、多分総量を知ると深さで知っている河津も、広さ、大海を知っている何者かも、総量で言うと実は同じなのかもしれないなと思って。
で、でもそれはバランスだから。深さ知ってるか広さ知ってるかの二択じゃなくて、どういうバランスでやるかとか。あとは深さも知らないし広さも知らないけど高さは知ってますみたいな人もいるかもしれないし。
なんかそういうような、きりがないけど、いろいろな方策があるけど、なんかやっぱりだから物理的に一人ではいろいろできないんだなって思いますね。だけどなんかいろいろな視点はあるんだなって思いますね。
茨城県内の地域と大学への思い
まあ今日はね、今日はもうかき飛ばしではないので少しゆっくりいきますけど、月火水木金の火曜日ね。今週については僕土日休みの月火水木金がお仕事なんで、もうそれこそ標準的かどうかはわかりませんけど、いわゆる一般的なカレンダーでいう形でね、この月曜日からは生活をしてますんでね。日曜日は休みだったのか。日曜日は休みだったとはいえいろいろあったんだけどな。
まあそうね、昨日、昨日触れなかったけど、これもう完全な俺の勘違いっていうか、深い意味はないのだろうなって思う、もうほぼわかってるんですけど、めっちゃ嬉しいこと一つありまして、言いませんけど。
夕方、夜ぐらいかな。めちゃくちゃ嬉しいことがありましたね。でもこれ勝手に俺がめちゃくちゃ嬉しがってるだけで、たぶんたいした深い意味はないと思います。たぶん勘違いか下手した間違いとかの可能性もありますね。
でもまあそれもあったので、今週一週間また頑張ろうと思ってます。
下妻はちょっと大変だけどな。ちょっと今、大変かどうかはわかんない。大変だっていうことに取り立てて言うほどのことではなくてっていうこともあるのかもしれないけど、なんか大変だね。頑張りましょう。
と言いつつ、昨日も言いましたけど、僕はお隣の市に出張だったりね。明日は県、隣のところかも、県庁にはいかないですけど、そっち方向に出張なのでね。
水戸な、水戸と筑波な、岸雲、岸雲って勝手に僕はあえてそう言いましたけどね。
トクブックスさんの紹介されてる記事、もうしばらく前からニュースになってたんだけど、トクブックスさんの紹介されてる朝日新聞の地方面の記事ね。その裏が、水戸市の人口、筑波市が抜いたよっていうね、そういうことの記事なんですよね。
でもそれあれだったね、さすがと思ったんだけど、ギリのお父さん、それをもともと俺に持ってきてくれたギリのお父さんは、なんかその話になったときに、あ、それもうトクブックスのその紙面の裏に書いてあるって。
俺それさ、紙面で実はさ、デジタル紙面のやつアプリで見てたから、内容はなんとなく見てたんですけど、もうパッとお父さん言ってたから、やっぱりよくご覧になったんだなと思って。そもそもたぶんうちの父親も母親もたぶん、最初から、結構その前からニュースになってるからなんか知ってたと思うし。
なんかね、大学ね、もう別に隠したわけじゃないから、茨城大学ってとこに僕通ってましたけど、水戸にあるんですよね。で、たまに言われるのよ、誰々さん茨大の出身なんですってみたいな、茨大つながりめっちゃ多いねみたいな。
で、そう、やっぱりさ、なんかあるのよ、シンパシー的な。たださ、職場でね、職場でたまに茨大のとかなんとかって言ってて、その人、違う職場の人からこれ教えてもらったんだけど、なんかね、最近本当の現役の茨大生がなんかもう、あ、もう茨井ではダメです、もう全部取られちゃって。
取られちゃって、あのー、筑波だとかそういうとこに取られちゃって、元気がありませんみたいなこと言ってるって。んー、いやわかんない、どういう文脈で言ったのか、謙遜で言ったのか、本気でそう思ってんのか、どういうことかわかんないんだけど、あのー、で、今実際僕、筑波市、職場は筑波市ですからね。
で、いろんなことで言った、確かに大学は水戸だったけど、その後やっぱり地元は県南なんで、県南方向、それこそ筑波大とかそういったところに近いところで仕事をしてきましたから、んーと、そこのね、そこの人口がちょっと例外的にちょっと増えてて、水戸の方が少し、県奥の方が少し落ち込んでてみたいなのは知ってましたけど。
んーとね、これ、あのー、直接そういう風に聞いたわけじゃないから、あのー、言うのも前なんだけど、もし本当に、もし本当に、あのー、例えば岩台の今の学生が、なんかどっかに取られちゃって元気がないって、マジで思ってるんだったら、絶対に違うよ。
絶対に違うから。で、もし本当に、俺勝手に何の根拠もなく絶対に違うって今あえて強く言いますけど、あのー、そんな、ごめん、あのこれ本当に俺おじさんだなと思うんだけど、そんなこと言うな。そんなことを言うな。
大丈夫だ。大丈夫だから、そんなことは言うな。あのー、俺たちが頑張るんだよ。自分がどこにいるかは知らないけど、自分がその場にいるところで頑張るんだよ。で、自分が元気だったら、その場所は元気なんだよ。
くだらない。本当に俺おじさんだな。何の根拠もなく、その人間も知らないで、そんなこと言われるまでもないのかもしれない。でも、自分が生き生きしてたり、その場でやってることっていうのが必ずあるはずで、本当にマジでないんだったら、今その場でもできること、その元気になれる何かは絶対にあるから、一緒に元気になりましょう。
で、本当にそれでも元気じゃなくて、あのー、本気で、いや何とかしてくれともそもそも思わないかもしれないけど、それでも何とかしてくれも思わなくて、しかもどうでもいい、あ、どうでもよくはないだろうけど、元気がないなー。元気がないなーって自覚はあって別に元気出さなくてもいいって思ってるような感じだったとしたら、俺が行って元気にするから、なんか。
ちょっと大それたこと言ってるけど、あのー、んーっていう気持ちがあるから、クソって思う。クソって思うから、思うなよ、お前には関係ねえだろって話なんだけど、マジでね、ちょっと今度大学戻るか、行こうかな、先生に、先生にちょっともう久しぶりに会おうかな。
去年の4月か?去年の4月に会ったっきりなんだけどね。一緒にうなぎ食べたんですよ、水戸で。で、ジンフェスさ、水戸でやるからさ。ジンフェス水戸でやるんすよ。何でジンフェス水戸でやってくれんだろうな。ジンフェス筑波とかじゃないんだよ、ジンフェス水戸だよね。いやそれ面白いわ。水戸でやるのがいいね、確かにね。
いや筑波でやっても、あのチューラでやってもどこでやってもいいんだけど、水戸でやるのいいね。宇都宮でやるからな。宇都宮の7月4日はいけ、どうしようかな、どう、どう、どうなろうかな。まあまあまあまあまあ。
うんとね、だからちょっと頑張ろう。いや、先生元気出してってちょっと思ったんだよな、ちょっと前に。いや元気じゃないわけじゃないんだけど、なんかもう頑張ってよ先生みたいな。なんかわかんない。頑張ってないわけじゃないんだけど、それちゃんと言ってないからまああんま言うのもあれなんだけど、なんか、なんか言われてみればそんなこと思ったんだけど。
なんか、くっそ。人口多いとか、人口だけの問題じゃねえかな、あの人間ってのは。人口が多いからそっちが勢いがあるとか。まあ結果の問題としてそれはあるかもしれないけど、面白いぞ、その元気がないところで頑張るっていうのが、逆転の目があることにやるのが面白いぞって思うよね。
いやでもこれはだから、わかってないで言ってることだよな。まあはい。もうね、のんびり過ぎちゃいましたけど。まあだから、あのー、すごい自分がすごい注目してることの解像度っていうのは、あのーめっちゃ高いから、なんかいつやってるとか、えーこんなことなってんだ今とか思わないぐらい集中してるけど、そうじゃない離れたところとか全然意識してないところってのは、年中これやってるね。
みたいな方に思っちゃう。おーすごいね、ナイス、こんなことなってたんだね、みたいなことを思うっていうこと。で、こっちに行っちゃってるので、今もう仕事としてもこっちにね、県南、茨城の中で言えば県南方向で千葉らきの会なんてやるなって言ってるぐらいだからね。そうなんだけど、で、県北の方、水戸の方、ずっと昔は住んでたのに、むしろ水戸に住んでて、水戸も大好きつもりなんだけど。
そっちの解像度が落ちてきてんだろうな。なんか、同時にはできないけどさ、同時に両方には住めないじゃん、分身できないから。でも住んでるからこそなんかっていうのはあるじゃん。でも同時に住めないからっていうのもあるんだけど、なんかな。
いや、みんなで頑張って幸せだと思いますけどね、そもそもね、みんなで充実した人生を送りましょうと思いますね。すでにそんなこと言われるまでもないんだと思うんだけど、なんかね、勝手な心配をしてますね。
下妻に住みながら、筑波に出張に行ったり水戸に出張に行ったりするっていう話でした。タイトルは質量保存の法則っていうのにもすることを決めてるんですけどね、話す前から。今日も一日頑張りましょう。おはようございました。
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