ポッドキャストを休止した理由
一年前のある日、僕はポッドキャストの録音ボタンを押せなくなりました。 理由はめっちゃシンプルです。
僕が今日一本更新製片買ったとしても、誰も困らへん。 そう気づいてしまったからです。
世の中には面白い番組がいくらでもある。 僕より話が上手い人も、僕より聞かれてる人も、いくらでもおる。
まだ何者にもなっていない僕が一人消えたとしても、 世界は普通に明日がやってくる。
実際そうなりました。 僕が止まっても、この世界は1ミリも止まらなかった。
それは思っていたよりきつく感じました。 今日は今の自分が天井やったとしても、それでも上を目指していいのか、
そういう話をします。
「未定で結構。」という番組
あなただけのゲートも豆腐手ウルフです。 この番組未定で結構は、恋愛、家族、孤独、将来のこと、
生きていく中でまだ答えの出ていないことや、名前のないモヤモヤを少しずつ言葉にしていくポッドキャストです。
うまくまとまってなくて大丈夫。結論が出ていなくても大丈夫。 未定のままで結構です。
クリエイターの葛藤と現実
今日も朝からキッチン下で唐揚げを揚げていました。 油が跳ねる音、換気扇の熱風、エプロンに染み付く匂い。
その合間に頭の中では次のポッドキャストの言葉を探している。 誰にも頼まれてないのに。
我ながら結構滑稽やと思います。 でもその滑稽さの中でしか今の僕は生きていない。
ポッドキャストとかライブ配信って、ほんまに理不尽なものです。 一本作るのにその日話すことに何時間も悩む。
この言い方やったら伝わるか?ここは削るべきか? もっと正直に言うべきか?
撮って聞き返して編集をしてようやく出した一本が驚くほど何も起こさないということがある。
かと思えばほとんど考えずに口をついた一言を あの言葉ずっと覚えてます。なんて言われたりする。
いやそっちだ! こっち3日悩んだ回普通にスルーズされてるんですけど。
でも多分それが届けるということなんですよね。 作った側の頑張りと受け取る側の心が動くかどうかは別の話。
僕が3日かけたから3日分感動してくださいという理屈は通らない。 当たり前です。
でもね作ってる側に居ると時々それを忘れるんです。 こんなに頑張っているのに。
こんなに考えたいのに。 1年前の僕はどこかでそんな風に考えてたんやと思います。
今は若干少し違いますね。届いていないなら今の僕では届かない。 悔しいですけどそれが今の結果なんです。
自分の中では100点でも誰にも届かへんかったら 100点やのにって拗ねてるだけでは何も変わらないんですよ。
だったら考えるしかない。何が足りへんねん。 何を変えたらええん。何を捨てなあかんねん。
自分がずっと正しいと信じてきたやり方自体が実はもう通用せえへんのかもしれへん。
支えとなった人々との出会い
ポッドキャストを休んでいた頃、わざわざ時間を作って 私のキッチンカーに会いに来てくれた人たちが何人かいました。
その時僕はその人たちにちょっとだけ救われたんです。 僕のことを待ってくれてる人ってほんまにおるんやって。
でもね、綺麗な話にしたくないんですね。 一人でも待ってくれてる人がいればそれで十分。
僕はそんな立派なことを思える人間じゃないんですよ。
もちろん一人の人に届いたという事実は嬉しい。 でももっと届かせたい。10人にも100人にも1000人にも届けたい。
僕は未だに何者かになりたいっていう欲が抑えられないんです。 それが承認欲求なのか野心なのかただの意地なのか
自分でもそれはまだわかりません。 でも
まだ上に行きたいと思ってるしその思いはごまかしたくない。 適当な言葉ではぐらかしたくない。
ただその当時会いに来てくれた人たちを見て一つだけ僕の思い込みが壊れました。
僕の代わりなんていくらでもいる。
これはね世の中全体で見れば多分正しいんです。 僕の代わりなんていくらでもいるんですよ。
僕がポッドキャストを辞めたとしても別のおもろい番組なんていくらでもあるんですよ。
でもその人が
その日その人の生きている自分の時間人生の自分の時間命を使って会いに来た相手は他の誰でもない僕なんですよ。
その瞬間だけは僕じゃないと成立しなかったダメだったんです。 まだ何者でもないこと何者にもなっていないことっていうのと誰にも必要とされていない
ということはイコールではなかったんです。 それは今でもかなり大事な記憶です。
壁を乗り越えるための決意
でもねそこから先はまた難しいんです。 僕は実際戻ってきました。またマイクの前に座りました。
順調に伸びました。めでたしめでたし。やったら今日こんな話してないんですよ。今も壁はあります。もっと聞かれたいもっと聞いてほしいのに届かない。
ここを越えたいって思える場所がある。
しかも今の僕は昔みたいにこんなに頑張ってんのにみたいな風には思わなくなりました。
今の数字が今の自分の実力今居る場所が今自分の高さそれは認めるしかない。
でもそれを認めることとじゃあ僕の限界はここですと決めることは全然ちゃうと思うんです。
今の僕が天井に頭をぶつけているなら知りたいのはここが天井なんですね天井があったんですねっていうことじゃない。
その天井のさらに上にはほんまに何も存在していないのかということそれがほんまに何もないかどうかということを知りたいですね。
それを知るためにはもっと面白くなるしかない。もっと届け方を考えるしかない。
今まで大事にしていたものを1回壊す必要だってあるのかもしれない。
それは怖いですよ。だってかえって失敗したら今まで積み上げたものまでもしかしたら間違いだったんじゃないかっていう気がしてしまうから。
でも今のやり方で届いていないのに今の自分を守り続ける方が僕は今ちょっと怖いんです。
結果が出る前の戦い
多分一番きついのって壁にぶつかったその瞬間じゃなくて何年経っても景色が変わってないと感じる時なんですね。
世の中の成功なんて後から見るとすんごく短いんですよ。
3度目の挑戦で合格しました。
10年続けてようやく売れました。
その一行だけ見れば全部綺麗な物語です。
でもその間には何も起きなかった夜っていうのが何百日もあるんです。
誰にも褒められへん。数字も変わらへん。
昨日と同じ場所で今日も同じことをやる。
その最中には自分が成功へ向かっている途中なのかただ同じ場所をぐるぐる回っているだけなのかそれは誰にもわからないんです。
僕はそれが一番怖いです。
結果が出てからならあの時間には意味があったんですって言えるよ。
でも僕らが生きているのは結果が出る前の今日なんですよね。
諦めきれない思い
だから誰にも褒められへん戦いって誰かに勝つということより
昨日も何も起きてないけど今日もほんまにやるって自分に聞かれることなんかもしれません。
そして僕は今その問いにまだやると答えたい。
多分これってポッドキャストだけの話じゃないんです。
何度受けても受からない試験がある人。
何年働いても行きたい場所に行かれへん人。
一生懸命作ってるのに誰にも見てもらわれへん人。
もうこの年痩しって自分で自分に蓋をしてる人。
大人になってから本気になると思ってなんかちょっとこっぱずかしいんですよね。
若い頃なら夢がありますって済んだことが年齢を重ねれば重ねるほど現実見た方がいいんちゃうとかって言われたり
そういう声が実際に自分の中からでも聞こえてくる。
でも現実を見ることと自分で可能性を閉じることは同じじゃないはずですよ。
遅いのかもしれへん。間に合わへんのかもしれへん。
ほんまに向いてないのかもしれへん。
努力しても届かへん場所っていうのは実際にあります。多分あります。
だから僕は諦めへんかったら必ず夢は叶うなんて言えないです正直。
叶わない夢があることくらい大人ならもう知ってると思います皆さん。
だって頑張った人全員が報われるなら世の中はこんなに残酷じゃないでしょっていう話なんよ。
でもねまだ胸が動くならまだ少し悔しいと思うのなら
まだあそこまで行きたいって気持ちが残ってるなら
その気持ちを年齢や今の数字だけで処分するのは僕はまだまだ早いと思いたい。
自分より先に自分の可能性に罰をつける必要はあるんでしょうか。
再びマイクの前に立つ理由
僕は1年前録音ボタンを押せなくなって一度ポッドキャストを辞めました。
だからね辞めることが悪いなんて一言も思わないです。全く思わないです。
休んでもいいし逃げてもいいし別の道を探してみてもいい。
でも僕の場合は辞めた後もポッドキャストのことをちょこちょこ考えていました。
誰かの番組を聞けば悔しかった。
僕やったらこんな風に話すのにこうするのにそんな風に思ったりもしました。
自分の中にまだ言葉が残っていた。
つまり僕は全然終わってなかったんですよね。ただ止まってただけやった。
だったらもう一回押すしかなかったんです。録音ボタンを。
今も成功する保証なんて全くありません。
この番組は今が天井でこの先大きくならないかもしれへん。
何年後かに雨が天井やったなっていう風に笑ってるかもしれへん。
それでも僕は今の数字だけを見て未来の僕まで同じ高さに固定したくないんです。
今の実力がここなら次の実力を作ればいい。
今のやり方で届かへんやったらやり方を変えればいい。
間違えてんやったらまた考えたらいい。
転んだんやったら格好悪く立ち上がったらいい。
それでも届かへんやったらその時初めてここまでやったなって言えばいい。
でも僕はまだそこまで行ってないです。
まだ負けたわけじゃない。まだ途中です。
リスナーへのメッセージ
キッチンカーの油は今日も同じ温度で揚げ物を待っています。
明日も多分僕は同じようなことをするんでしょう。
唐揚げを揚げてライブ配信をつけて合間に台本を書いて
ウーロン茶を飲みながら今日もまだ何者でもない自分をちょっとだけ皮肉めいて笑う。
でも笑いながらもやめません。
もし今これを聞いているあなたにももう無理かもって思いながら
本間はまだ終わらせたくないものがあるなら
今日人生を変えなくていい。会社を辞めなくていい。
退勤をかけなくていい。夢を追い続けますなんて宣言しなくてもいい。
ただ自分で自分の可能性に今日罰をつけないでほしい。
明日でもいい。来週でもいい。
もう一度だけ自分にとってのあなたにとっての録音ボタンを押してみる。
それは録音ボタンじゃなくて応募ボタンかもしれへん。
机に座ることかもしれへん。
久しぶりに道具を出すことかもしれへん。
誰かにもう一回やってみたいって声に出して言うことなのかもしれへん。
その先に何があるかはわからないです。僕にもわからないです。
でもまだ終わっていないものを終わったことにしなくてもいい。
今の自分が天井ならその天井の上を一度くらい見に行ってもいい。
破れるかどうかはその後考えればいい。
最後に
だってこの番組は未定で結構ですから。
最後に一つだけあなたには今もう終わりにしようと思いながら
本間はまだ諦めきれていないものがありますか?