#15 自分のこと、もっといい人だと思ってた。
2026-08-18 15:36

#15 自分のこと、もっといい人だと思ってた。

TikTokLIVEを始めてから、
「自分ってこういう人」が、少しずつ崩れてきました。


思ったより負けず嫌い。
思ったより人を疑う。

でも、知らなかった優しい自分にも出会った。


「本当の自分」って、本当にひとりなんでしょうか。


🎙️『未定で結構。』EP.15
「自分のこと、もっといい人だと思ってた。」

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サマリー

このポッドキャストのエピソードでは、TikTokライブを始めたことで、話し手が自身の自己認識が大きく変わった経験を語っています。争い事が嫌いで人を信じたいと思っていた自己イメージとは裏腹に、負けず嫌いで人を疑う自分、そして逆に、思った以上に人のことを覚えていたり、人を頼ることができたりする優しい自分を発見しました。これらの新しい側面は、置かれた環境によって引き出される「自分」の多様性を示しており、固定的な自己像ではなく、補足されていく自己説明として捉えることで、未知の自分に出会うことを楽しみにしています。

自己認識の変化のきっかけ
僕、自分のことを争い事が嫌いな人間って思ってたんですよ。
揉めるくらいなら、その人と物理的に距離を取ればいい。
ネットでの出会いなんて特にそう。
気にらへんことがあっても、わざわざ相手のところまで行って言い返すなんてナンセンスやと思ってた。
まあ、大人やねんし、わざわざそんなことせえへんやろって思ってたんです。
でも、この間行きました。
しかも、一人じゃない。
あれ、なんやったん?って思った相手のところへ直接行って、
さらに、そこでやんわり文句を言った僕に対して何か言及した人がおると知って、
わざわざその後そっちにも行きました。
自ら赴きました。
超元気やん。
帰れよ。
自分の配信に。
その時、ふと思ったんです。
僕が今まで36年間くらい使ってきた、
僕ってこういう人間ですっていう自己紹介。
あれね、けっこう間違ってるんちゃうかなと思ったんです。
TikTokライブと自己イメージの崩壊
ハオー!あなただけのゲイとも豆腐ってウルフです。
この番組、未定で結構は、恋愛、家族、孤独、将来のこと、
生きていく中でまだ答えの出ていないことや名前のないもやもやを
少しずつ言葉にしていくポッドキャストです。
うまくまとまってなくて大丈夫。
結論が出てなくても大丈夫。
未定のままで結構はです。
TikTokライブを始めてから自分について信じていたことが、
けっこうな勢いでひっくり返ってます。
というのも、僕自身は自分のことをもっといい人間やと思ってました。
人のために動くことができる。
争い事は嫌い。
なるべく人のことは信じる。
誰に対してもできるだけ平等に正しく接する。
少なくともそういう人間でありたいと願ってたし、
そういう方向に向かって、
努力できる人間やと自分のことを思ってたんです。
でも、配信を始めてから思ってたよりも勝ちたがるし、
思ってたよりも人のことを疑ってるし、
まあいいかで流されへんことも多い。
善意だけでは動かれへん自分もおった。
ほんで、好みのタイプのリスナーさんがやってくると露骨に機嫌が良くなる。
この最後のやつマジで直したい。
急に声にアレを出すな。
全員同じテンションでやってください。
ライブ配信の特性と本音の露出
そもそも僕はライブを始めるときに
ある程度キャラクターを作るつもりやったんです。
というのは普段より明るく喋る。
ふざける。ちょっときつめのことも言う。
トフテウルフとか普段の自分とは少し違う
人前に出るような僕を作る。
キャラクターって普通は
ほんまの自分を少し隠すためのもの。
隠れみのみたいなものやと思うじゃないですか。
でもね、ライブって不思議なんですよ。
隠れないんですよ。むしろ出てくるんですよ。
ポッドキャストって一回考えることができるんですよね。
今こうやって喋ってることも
その前に一回考えて言葉を選んで
台本を書くことができる。
自分の感情を一度テーブルの上に置いて眺められる。
これは出したほうがいいかな、それとも
自分の中にしまっとこうかなということができる。
でもライブってそうはいかないんですよ。
突然コラボ申請が来るし、知らない人が入室するし
予想外のコメントがやってくることもあるから
嬉しいことも起きるし、腹が立つことも起きるし
へこむことだってある。
全部その場の脊髄で考えるんですよ。脊髄反射。
だから考えて作った僕のキャラより先に
反応してしまった僕が出てくるんですよ。
それが最近すごく面白いなと思うんですよ。
負けず嫌いな自分との対峙
例えば、もともと僕が持ってた性質として
負けず嫌いっていうのがあるんです。
でも、負けず嫌いでありながら、僕は競争そのものが
そんなに好きじゃないと思ってるんですね。
競争するっていうことは誰かが勝つし
勝つってことは誰かが負けてるんですよ。
僕が競争そのものが嫌いっていうのは
自分が負けるのが嫌やから嫌いなんです。
でも、TikTokライブにはリーグっていう制度があり
毎日順位が発表され、バトルっていう制度もある。
目指すべき上もある。
そういったものを全部目の前に置かれたら
普通に上へ行きたいと思ったし、
そのために争わなあかんやったら
争い事をやるのもやぶさかではないと思う自分がおるんですよ。
負ければ悔しいし、やるなら勝ちたい。
もちろんそこにはライブが大きくなっていけば
僕の未定で結構っていうポッドキャストを知ってもらえる
きっかけになるかもしれへんし、
自分がやってる唐揚げ屋さんの仕事にも
実は何かをつなげたいという意志を持ってやってるから
それはTikTokライブの方でしっかりお話ししてるんですけど
唐揚げの仕事にもつなげたいっていうのがあってやってるんです。
だからそういったすべて今やってきたこと
種をまいてきたことの比量としてやってる
その先を期待してる部分っていうのがあるんです。
でもそういった前提を
全部取っ払ったとしてもそれだけじゃ説明できへんくらい
僕負けるの大嫌いだったんですね。
つまりTikTokに負けず嫌いにされたとか
負けず嫌いっていう要素を
増幅させてもらったというよりかは
負けず嫌いだから競う場所に
あえて立たなかった自分がおったから
争わなかっただけなんですよね。
人を疑う自分への気づき
人を疑うっていう自分を発見したときもそうでした。
TikTokライブを始めて
今までなら知り合わなかったような人
地方の人とか女性とか
僕の人生で関わらへんかったよな
っていうような人ともたくさん出会ってるんですね。
もちろんそういった中で配信者同士で
仲良くなることもあります。
とある配信者さんと実際にお会いすること
っていうのもすごく多くてですね。
その方とはその1日の中でかなり長い時間
いろんな話をしたことがありました。
それは正直にめっちゃ楽しかったんです。
相手の方から別れ際に最後にもう少しだけ
一緒にいようというお誘いを受けたんですよ。
もうその時点で僕終電逃してるんですよ。
夜中の1時半です。
翌日僕は仕事もあったんでそこは断って帰ったんですよ。
その後です。別に彼から明確に何か
アクション起こされたわけじゃないし
露骨に冷たくされたとかそういうわけでもないんですけど
もしかするとほんまに何も変わってないのかもしれへん。
僕は単純に考えすぎてるだけかもしれへん。
でもですね、なんとなく僕と彼の間には
小さな違和感が残ったんです。
そこでその時僕は
なんでこの人は僕に近づいたんやろう
って考えたんです。
自分でもちょっとその発想に驚きました。
なんでって前やったら仲良くしてくれるんやったら
仲良くしてたらええやんぐらいだと思うんですよ。
でも今はこの人は何を求めてるんやろう
僕に何を期待してるんやろう
この関係はお互いに同じものを見てるんやろうかって
そんなことを考え始めてるんですね。
もっと素直に他人のことを信じられる人間やと思ってたのに
これは少し寂しい発見でした。
場所を守るための境界線
それから誰のことでも受け入れられる自分
みたいなのもちょっと違いました。
ライブ配信って
自分一人で作っていく場所ではないんですよね。
そこに来てくれる人たち全体でその場の空気ができていく。
だから誰かが明確に悪いことを
しているわけではないけれども
どうしてもその場所の空気と合わへん人とか
一人だけ違う距離感を求めてくるとか
そういうことがあると僕は自分が思ってた以上に
この場所を守るっていう行動を取るんですよね。
昔の僕やったら
そういった人がおったとしても上手いこと我慢したりとか
フォローする人間やと思ってたんですよ。
自分のことを栄養に思ってたんですよ。
でもいざ守りたい場所ができてしまったら
その時僕はちゃんと一線を引く人間やったと思ったんですよ。
これが果たして優しさなのか
それとも冷たさなのかまだよく分かってないです。
ただ僕は
誰にでも同じように優しくできますだけでは
もう自分を説明できない人間なんや
っていうことだけはしっかり分かりました。
意外な優しさと思いやり
ここまでだけ聞くとTikTokライブを始めて
嫌な自分ばっかり見つけたみたいに聞こえるんですけど
てか僕も最初の何回か途中までは
そんな風に思ってたんです。
もっと僕って清く正しい人間やと思ってたのになーって
思ってたんです。
でもライブが見せてくれたのは
そういう自分だけじゃありませんでした。
例えば僕一度来てくれた人通り過ぎていった人のことを
思ってた以上にめちゃくちゃ覚えてるんですよ。
常連さんについては
誕生日とか年齢とか住んでる場所とか
そういうプロフィール情報を聞いてはすぐ忘れるんですね。
覚えとけっていう話。そこは覚えとけっていう話。
でもごめんなさい忘れます。申し訳ない。
でも一度コメントをしてくれた人
一瞬だけ顔を出してくれた人
ほとんど何も言わずにそのまま通り過ぎていった人
そういう人たちがしばらく経ってまた見かけると
この人前に来てくれたなーって意外と分かるんです。
これ自分では結構驚きました。
だって僕もっと人に無関心な人間やと
自分のことを思ってたからですね。
でもちゃんと見てるんですよ。
名前しか知らない人のことまでちゃんと見て覚えてるんですよね。
ほんでもっと意外だったのが
人を頼ることの発見
人を頼ることの自分がおったことにも
びっくりしました。
僕普段何かを誰かに頼むのが
あんまり得意じゃありません。
頼めばいいことでも自分でやるかってなるんです。
ポッドキャストなんてその最たる例で
テーマを考えるのも自分
喋るのも自分、編集するのも自分
公開するのも自分
全部基本的に一人で完結してるんですよ。
でもライブ配信では僕普通に
その場に来てくれてるみんなのことを頼ってるんです。
コメントが止まったら
みんな解けた?とかよく言ってるし
ちょっと喋ってや、反応してとかよく言ってるし
他の配信者さんとバトルになれば
みんなに助けてって
みんなの力を貸して頼むねって本気で言ってるし
何かあれば
この人たちやったら大丈夫やろっていう
絶対的な信頼もなぜか受けている。
こういうの普段やったら遠慮してしまうのに
僕はなぜか画面の向こうにいるその人たちのことを
ちゃんと頼もしいと思っていて
信頼してるんです。
これも僕がライブ配信っていうのを始めなかったら
多分出会わなかった自分じゃないかなと思うんです。
多様な「自分」の受容
そこで最近
僕のお腹の考え方が少し変化しました。
僕はライブを通して
本物の自分を発見したのではないのかもしれない。
だって
ポッドキャストで喋っている僕も本物やし
仕事をしている時にプロ接客している僕も僕です。
一人で居る時の僕も
ライブで無気になっている時の僕も
誰かを疑っている時の僕も
人を覚えている時の僕も
誰かを頼っている時の僕も全部僕なんですよね。
全部が全部確かに僕なんです。
多分僕が
間違えていた、履き違えていたのは
本物の自分はこうあるべきとか
こういう人です、これが僕ですっていう存在を
一人しかないみたいな風に思っていたことだと思うんですよね。
人って何て言うかね
人って置かれた場所によって出てくる自分が違うんです。
恋愛をせえへんかったら出てけえへん自分もおるし
部下を持つことで初めて
こんにちはする自分もおるし
誰かを失わへんと出てけえへん自分もおる。
競争せんかったら負けず嫌いな自分には会わへんし
守りたい場所がなければ一線を引く自分にも出会わない。
誰かを頼らなければ成立しない場所へ行かなければ
人を信頼できる自分にも出会わない。
環境って
人を別人にするというより
今まで出番のなかった自分を無理やり
舞台に上げる表舞台に立たせるものなのかもしれません。
変化し続ける自己説明
だから
僕ってこういう人間ですっていう
取扱説明書みたいなものって
ほんまはかなり暫定的な説明なんかもしれないですね。
僕は争い事が
嫌いです。ただし
言われっぱなしはもっと嫌いらしいです。
僕は人を信じたいです。
ただし疑うことも覚えました。
僕は一人でも
大丈夫です。ただし
意外と人を頼ることもできます。
僕は誰にとっても公平です。
ただし
好みのタイプが来ると露骨に黄色が変わります。
もう最後のやつだけどほんまにどうにかして。
でもそうやって
例外が増えていく度に
自分の説明書が壊れていくというよりも
少しずつページが増えている。補足内容が増えている。
そんな感じが今はしています。
新たな自分との出会い
僕はもっと自分のことを
清く正しい人間やとそんな風に思ってました。
でもそこは結構違ったみたいです。
でも同時に
思ってるより人のことを見てるし
思ってるより人のことも頼れるし
思ってたより一つの場所を大切にする人間でもありました。
だから
知らなかった嫌な自分が出てきたことだけを
失敗みたいに扱う必要はないのかなという風に思っています。
見たくなかった自分もおった。
でも会えてよかった自分もおった。
そのどっちもが僕でした。
これからまた今まで置かれたことのない場所
環境に行けば僕の知らない僕が出てくるんでしょう。
できれば次は
人格的に非常に優れた
穏やかで包容力のある僕に登場していただきたいところなんですけれども
多分そういうのは選べないんでしょうね。
それも含めて
まだ知らへん自分に出会うのは少し楽しみです。
そんな自分がいるのも
とってもいいと思いませんか?
だってね、この番組は見てて結構ですから。
最後に一つだけ。
あなたにも何かを始めたり
誰かと出会ったりして初めて
あ、自分ってこんな人やねんや
って知ったことはありますか?
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