#14「また来るね」を、まだ待っている│さよならを言わない別れには、終わった日付がない。
2026-08-11 14:09

#14「また来るね」を、まだ待っている│さよならを言わない別れには、終わった日付がない。

昨日までいた人が、今日からいなくなる。
でも最後の日だったなんて、こっちは知らなかった。

もし、いつか戻ってきたら。
言いたいのはたった二言。

「おかえり。ありがとう」


あなたにも、久しぶりだけど戻ってみたい場所はありますか?

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サマリー

このポッドキャストでは、突然いなくなった人との別れについて語られています。特に、さよならを言わずに去っていった人々との関係性や、彼らの席をいつまで空けておくべきかという問いに向き合います。配信者である語り手は、ライブ配信を通じて繋がった人々が突然いなくなる経験をし、その寂しさと共に、彼らがいつか戻ってきた時に「おかえり」「ありがとう」と伝えたいという思いを語ります。居場所とは、常にそこにいることではなく、一度離れても温かく迎え入れてくれる場所かもしれないと結論づけています。

さよならを言わない別れ
人って、ちゃんとさよならを言ってから、自分の人生からおらへんくなるとは限らへんのですよね。
昨日まで普通に話しとった。 くだらないことで笑ってた。
また明日も多分会えると思ってた。 でも、その明日が来ない。
喧嘩したわけでもない。 嫌い!って言われたわけでもない。
最後の会話が最後になるとも知らなかった。 だからこっちにはわからないんです。
いつからその人がいない人になったのか。 さよならを言わない別れには、終わった日付がない。
だからなのかもしれません。 僕は今でも時々、もう会わないかもしれない人を待っています。
ハロー!あなただけの芸人も東風亭ウルフです。 この番組未定で結構は、恋愛、家族、孤独、将来のこと。
生きていく中でまだ答えの出ていないことや名前のないモヤモヤを少しずつ言葉にしていくポッドキャストです。
うまくまとまってなくて大丈夫。結論が出てなくても大丈夫。 未定のままで結構です。
今日は、いなくなった人の席をいつまで空けていていいんだろう。 そんな話をしてみたいと思います。
ライブ配信での繋がりと喪失
僕は今年の5月17日からTikTokでライブ配信をしています。
スマホやPC画面の向こう側にいる人たちとリアルタイムでコメントを通して話すようなライブ配信ですね。
毎日のようにやっていると不思議なことが起きます。
それは最初は知らない人だったはずなのに、この人今日も来てくれた。が、今日もおる。になっていつの間にかその人がおることがその日の風景の一部になっていくんです。
毎日の当たり前と変わっていくんです。
ライブ配信をつけ始めるとその瞬間に入室してくれる人がいました。
真面目な話もしたし、本当にどうでもいいしょうもない話もたくさんしました。
だから何を話したかなんてちくいちはもう全部は覚えていないです。
でも一緒にたくさん話してたくさん笑ったことは覚えています。
画面越しやったけどちゃんとそこにその人の温度を感じることができました。
配信を始めて1ヶ月ぐらいしたときに僕は初めて大きなイベントに参加しました。
ライブ配信では配信者同士で順位を競ったり応援を集めたりするようなイベントが定期的にあります。
なので僕もその期間めちゃくちゃ必死になってました。
でね、そのイベントが終わった後、毎日のように来てくれていた何人かがぱったり来なくなりました。
最初は忙しいんかなくらいに思ってました。
でも気になって探しに行ったんです。
そしたらね、名前が変わってたりアイコンが変わってたりして、
そこで、あー多分これは僕と少し距離取りたいねなというふうに思いました。
その時僕はこんなふうに思いました。
あーこの人たちと僕の人生は多分もう交わることはないんやろうな。
で、その日の夜も僕はいつも通り配信をつけました。
誰々さんいらっしゃい!
普通に昨日までそこにおった人が今日はおらへん。
でも配信は続けなあかん。
人生って容赦ないよね。
欠席者がおったとしても夜のホームルームっていうのは始まるんです。
もちろん僕はその去っていった人たちを責めたいとかそういうわけではありません。
むしろ離れる理由、去っていく理由なんていくらでもあると思ってます。
生活が変わったんかもしれへん。
他に楽しいことができたんかもしれへん。
単純にTikTokを見てないんかもしれへん。
あるいは僕の配信が好きじゃなくなったのかもしれません。
その可能性だって当然あります。
変化と自然な別れ
だって僕自身この3ヶ月弱でめちゃくちゃ変わったなと思うんです。
最初は事務所から何か言われるたびに
へーそういうもんなんや。
納得いかへんけどな。
とかって思ってました。
でもちょっとイベント出た後とか出るとき、出終わったときとか
その辺ぐらいのイベントやってるときぐらいだったかな。
いや事務所の言ってることも一理あるわって。
分かるわっていう時期が来ましたし。
ほんで今はやっぱりそれ違うんじゃない?
事務所の言ってることおかしくない?って思うこともめちゃくちゃ増えました。
ほっといてやって思ってます。
だからこの3ヶ月弱の間で思想が何回か政権交代してるんです。
配信のやり方も変わったし。
画面の内容も変わったし。
配信で気をつけることも変わったし。
背景の照明とか色々変わってったよね。
何を大切にしたいのかっていうのも少しずつ変わっています。
だから以前の僕のことを好きで応援してくれてた人が
今の僕を好きとは限らへんのは当然なんです。
それは寂しいけれど多分めちゃくちゃ自然なことでもあると思うんです。
人間関係って片方だけが同じ場所に立ち続けてるわけじゃないんで。
もうそれは仕方ないんです。
戻ってきてほしいという願い
それでも僕は毎回配信をつけた直後に少しだけ考えます。
ライブをつけた瞬間、配信を始めた瞬間って
まだ誰も入ってきてない、入室していない
ほんの少しだけ短い時間があります。
コメントもない、名前も並んでない。
僕だけが画面の前におる。
その数秒間でふと思うことがあります。
突然今日戻ってきてくれたりせえへんかな。
名前を変えて、アイコンも変えて
僕が気づかへん姿になって
また遊びに来てくれてたりせえへんかな。
配信の世界ではアカウントを作り直したり
名前を変えたりすることをたまに転生なんて言ったりします。
だからもしかしたらもう転生して
僕の目の前におるんかもしれません。
それやったらそれで教えてほしいけどね。
普通に気づきたいやん。
実は僕でしたって言ってほしい。
でもね、僕が気づかれへんかったとしても
その人がまたどこかで笑ってて
もしかしたら僕の配信がもう一度
その人にとって楽しい場所になってたら
それはそれで悪くないのかもな
っていう風にも思ったりもします。
「おかえり」「ありがとう」の言葉
そしてね、もしほんまにね
ある日突然懐かしい名前がコメント欄に出てきたら
僕はなんて言うんかなって考えます。
でもね、たぶんね
おかえりっていうのと
ありがとうっていうのを伝えるんやと思います。
どこ行ったんよーとか言いたくない。
ずっと待ってましたともたぶん言わへん。
その人がおらへんかった間は
その人の人生があったはずやから
その人の僕と関われへんかった間の人生に
何があったかを説明してほしいとは思わないです。
理由を聞く権利も僕にはないと思ってます。
ただ、時間が経てば経つほど
一度離れた場所には戻りにくくなることがあると思います。
今さら行っていいんかな?
どんな顔して会いに行けばいいんかな?って。
だからね、僕はね
戻ってきてくれたならそれだけでいいと思うんです。
おかえりって。
ほんで戻ってくる勇気を出してくれてありがとうって。
それだけで十分やと思います。
居場所の意味
TikTokライブを始めてから
居場所って何やろうってよく考えるようになりました。
ずっと居続ける場所なんでしょうか?
毎日顔を出す場所なんでしょうか?
いつも同じ人が居る場所なんでしょうか?
僕は全部少しずつ違う気がしてます。
例えば、しばらく行ってなかった喫茶店。
昔よく通ってたお店。
久しぶりに会うお友達。
しばらく開いてなかったグループチャット。
そこへ久しぶりに戻った時に
なんでずっとけいへんかったん?
じゃなくて
おお!久しぶりやん!って言ってもらえる。
それだけで帰ってきた感じがすることがあります。
もしかしたら居場所って
ずっと居なければならない場所じゃなくて
一度離れても温かく迎え入れてくれる
戻ってきていい場所なんかもなっていう風に思います。
新しい繋がりと過去の繋がり
僕のTikTokライブの配信には
ありがたいことに
毎日少しずつ新しい人が見に来てくれます。
定着する人、その1回限りの人
まあいろいろいます。
だから今はね
また昔とは当時とは違う人たちと
またくだらないことで毎日笑ってます。
それはね、ほんまにめちゃくちゃ嬉しい。
でも新しい人が増えたからといって
前よく遊びに来てくれてた人の
場所が埋まったっていう感じは全くしないんです。
これってちょっと変じゃない?
だって人数だけ考えれば
1人減って1人増えたらプラスマイナスゼロやん。
でも人間関係って
そういう在庫管理のシステムとは違うんですよね。
補充じゃないんですよ。
新しく出会った人には
新しく出会った人の場所がある、椅子がある。
昔来てくれてた人には
昔来てくれてた人の場所や椅子があるんです。
誰かが来たから
誰かが不要になりましたってことではないんです。
だから僕は
僕の枠、配信が
もっともっと大きくなって
もっともっともっとたくさんの人が笑ってる場所になったとしても
昔そこに来てくれてた人たちの席っていうのは
ずーっと空席のまま残しておきたいと思ってます。
それはね、ずーっと待つっていう意味じゃないんですよ。
圧をかけたいわけじゃないんですよ。
その人が戻ってくるまで
僕の中のその時間を止めてる
人生を止めてるってわけでもないんです。
新しくやってきた人の出会いももちろん大切にする。
僕が作っていく場所だってどんどん変わっていく。
そうやって僕自身も少しずつ変わっていく。
でも
あなたがここにいた時間まで
なかったことにはしたくない。
それだけなんやと思います。
寂しさと再会の希望
ここまで帰って来られる素敵な居場所を作りたいですみたいな
めちゃくちゃ立派な話をしたんですけど
正直に言うと僕
まだ彼らがいないっていう現実が普通に寂しいんやと思います。
戻ってきてほしいなって思う理由も
自分じゃ完全にはわからないんです。
今の僕を見てほしいっていう感じでもない。
成長した自分を認めてほしいとかでもない。
多分また一緒に話したい。
またくだらないことで笑いたい。
それだけなんじゃないかなって思うんです。
オンラインやった。画面越しやった。
実際に会ったこともない。
でもその人の人生の中に一瞬でも僕が登場した。
僕の人生の中にもその人はちゃんと登場してくれた。
だったらいなくなったからといって
すぐ忘れられるようなものじゃないんですよ。
僕はもう帰ってけえへんかもしれへん。
画面の向こう側の人たちを今でもずっと覚えてます。
いつまで待ってていいのかはわからないです。
席をずっと空けておくっていうことが正解なのか正しいのか
それもわかんないです。
もしかしたら帰りを待つという言葉自体が違うのかもしれません。
ただこれからも僕は新しく来てくれた人たちと笑って
場所を少しずつ作り変えて
僕自身も少しずつ変化していく。
その中で昔僕のとこに来てくれた人のこともたまに思い出す。
そのくらいでいいのかもしれません。
再びの「おかえり」と問いかけ
ほんでもしある日
ほんまに懐かしい名前の人が画面上に現れてくれたら
僕はきっと二言だけ言うでしょう。
おかえり。ありがとう。
その先の関係がどうなるかはまたその時考えればいい。
だってこの番組は見てて結構ですから。
最後に皆さんにも一つだけ聞かせてください。
あなたには今久しぶりやけど戻ってみたい居場所、友人
そんな人たちはいますか?
次回予告
14:09

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