ずいぶん久しぶりで、もともとどんな感じで話していたかということも含めて思い出しながらとか、
ちょっとゆっくりめ、だらだらめに話していこうかなというふうに思っています。
まだ午前4時30分、4時半なので、本当に頭も回っていないし、一番感じているのは口が回っていないということですね。
最近の朝の目覚めは、早い時は2時とか2時半くらいに目が覚めちゃって、
年のせいかなと思っていますけどね。
それだけじゃなくて、いろいろメンタルもいろいろとあって、というのはあるかなとは思っていますが、
ただ、睡眠時間は6時間前後を維持しているので、大丈夫ですね。
本当は8時間寝たいんですけど、そういう、ここ最近はとれないでいます。
どこから話そうかな。
仕事のことから話しておこうか。
仕事のことを先に話して、次にプライベートと、最後にギターの話をするみたいな収録環境も含めて話していこうかなと思います。
楽しいことを後回しにするという感じですね。
仕事の方、あ、そうそう、ちなみに今BGMでギターの音が入っていると思うんですけれど、
このギターは僕が弾いているもので、今さっき弾いて録ったものです。
その辺は最後の方でいろいろ話していこうかなと思います。
仕事ですね。
とにかくいろんなことが今あって、もちろん言える範囲で話していこうと思うんですけれど、
職場のトラブルがずっと、ここで語っている通り、数ヶ月落ち着いていなくて、
私もそのど真ん中ではないけれど、ちょっと脇の方でフォローしているという感じです。
うちの職場、本当にこれから大丈夫なのかなという状況で、ずっと数ヶ月の同じことです、内容としてはね。
場合によってはね、自分もいろいろ考えないとならない時期に来ているというふうには思っています。
自分自身が直接被害を今は受けているわけではないのかなと思ってはいるんですけれど、
被害を受けているというよりはもう受けている、だいぶ受けているかもしれないね。
そのためにだいぶ仕事もプライベートも使って、いろいろ諸々を調べてアドバイスしたりとか協力したりとかしているので、
全てはね、職場のため、これからのことのためというふうに思ってやっている部分なんですが、
場合によってはそれがね、恨みに出てしまうこともあるわけですね。
仕事ってそういうことって往々にしてあると思うんですけれど、
そういった恨みに出て自分自身が被害を受けた段階でね、今後の道は考えなきゃなとか思っています。
なんかさ、今年ってうちの職場に限らずなんだけどさ、そういうニュースが多いなあ、そういう系のことですって、
だいたいご想像にお任せしますけれども、うちでもそういったことが起きていて、
どうしたらよいんだろうって毎日悩み苦しんでいます。
でもね、そういった中でも仕事上で良かったなと思うのは、
そういった中で学びはたくさんありますね。
人って、人間ってこういう場合の時にこの人はこういうふうに動くんだな、こういう性格の人はこうなんだなとか、
逆に動かないんだなとか、表向きはこうでも実はこうなんだなとか、
逆に表向きはあんまり良くないけど実はこうなんだなとか、
あとは元々うまくいってなかった、僕とね、うまく、あんまり極端に悪いってわけじゃないんだけど、
人間関係が悪かったわけじゃないんだけど、今までちょっと距離を置いてた人が実はこんなに一緒になれば協力してくれるんだなとかね、
そういうたくさんの、たくさんのそういうのって、一言、一言ってか、日本語で言えば人間関係っていうのかね、
そういう社会勉強もね、この年になって本当にたくさんさせてもらっています。
絶対今後の人生にとっても役に立つなと思うね。
自分がそういう意味では、人の取りまとめ役、リーダーっていうのはあんまり好きじゃないっていうか、
たくさんの人の意見を聞いて取りまとめてバランスを取ったり、一つにまとめていくっていう、
それぞれの動き方を把握して、こうだな、この人はこうだからこうだな、みたいに思いながら指示をしていくとか、
アドバイスしていくとか、そういう学びが今年はすごく本当に多いです。
これからの人生で役に立つかは、自分がどういうふうに生きていくかでだいぶ違うんだろうけども、
学んでいます。あえて後ろのギターの音を聞かせるみたいな沈黙を入れて。
そういう学びは本当にできているということです。
8月、9月ぐらいまではね、もうしんどいなって思いながらずっとやってたんだけども、
ここ1ヶ月ちょいは、すごくいいかって気持ちになってきてるんだよね。
なぜかというと、みんな同じ考えを持っている人が多いっていうこともあるし、
いざとなったときは、逃げればいいかって思ってたりすることもあるし、
あとは、正しいことをやっているっていう意思、思いっていうのもあるしね。
別にそれがすごく強い思いでいるっていうわけじゃなくて、
なんか、なったらどうにかできる、なるだろうなっていう感覚とか、
周りの人たちから、僕が周りにアドバイスするのもあるけど、
周りの人に相談して、周りからもらえるアドバイスとかも聞きながら、
大丈夫かもしれないっていう安心感が今はあります。
9月ぐらいまではね、なんかにこだわっていたところもあるので、
そういうこだわりは全部なくして、結局なるようになるってことなんだよね。
分かったというか、そう思うようにしたら、気分もちも楽になってきました。
自分がこうだって、こうだねって思っている理想形そのものになっていけばいいんだけど、
まあほとんどそう、うまくいかないんだよ。
うまくいかないので、理想形にはなってないけれども、
全く違う理想というか、形になるかもしれないけれども、
それは、そのコミュニティで今できる、
作り上げられる形の最善なのかな、ベストプラクティスなのかなって思ったりもするんだよね。
だから、自分がここまで持っていきたいって言っても、
そのここにいる人たちとか、いろんな諸々のもので、
いや、こっちの形の方になるしかないねっていうのはやっぱりある。
なので、それは自分で無理やりやる必要はないかなって今は思えるようになりました。
ここ1ヶ月近くはそのふうに思っている。
仕事の詳しいことを聞きたい方は、ぜひ個人的にコンタクトを取りに来てください。
もらい風邪があって妻も1週間、なかなか食べなかったりみたいな感じでそれをいうことがあって、あんまり出かけたっていうのは多くはないかなって思います。
ただその間に、いつものだいたいルーティーンなんだけど、きみつの山の方に行ってハイキングに行ったり、船橋にあるアンデルセン公園に行ったりとか、
あと特別なことってあったかな?なんかあったような気がするけど、ちょっと思い出せないね今ね。
出かけたりとかしております。あ、リンゴ狩りとかね。これは実家の方にね、墓参りに行った時とか、その前後とかでリンゴ狩りをね、実家の親と行ったりとかしております。
これも子供はずいぶん楽しんでましたね。
それぐらいかな?まあ重だったところでね、休みの過ごし方を言うとそのぐらいかな。
ちょっと一息入れて、コーヒーを飲もう。
ちょっとメモを開いてみよう。これ9月のメモだね。
9月に子供がね、学校から帰ってきて、近所のお友達、同じ学校に通っているお友達と遊ぼうって言ってたらしいんだけど、
じゃあ、公園で待ち合わせしようねって言って、お別れって。
そして公園に行ったら、お友達がいなかったんだって。
だいたいね、家からその公園まで10分弱、10分ほどかかるのかなと思うんですけれど、
その公園まで一人で探しに行って、友達がいないなって言って戻ってきて、
また公園に見に行ってみたいなことを2億、3億くらいしたのかな。
僕が仕事している間なので、後で聞いたんだけど。
そのくらい友達を一生懸命探してね。
結局、お友達は自分の家にいたのかな、みたいな話なんですけど、
その話を聞いたときに思ったのはね、
弟を作らなくて申し訳なかったなって正直思ったね。
今から無理ですからね。
一人っ子の孤独というか、さがというか、
一人っ子だとそういう寂しさがあるかもしれないし、
もっと友達とたくさん遊んでほしいなっていうのもありながら、
親としては申し訳なかったかな、とかって思うわけです。
でも、その友達を探しに行くって一生懸命探してる、
その優しさみたいな思いっていうか、
友達を大切にする思いって、
子供が、我が子が持っていてよかったなって思いましたね。
これは僕が出かけたときの話なんですけど、
これいつのメモだ?
9月23日のメモ。
これを話すと長いな。
半休を取って、
品川の方まで行ってたんですよね。
目的は都内の楽器屋さんに寄り道して、
品川じゃないや、横浜だ。
そう、半休を取って横浜まで行ったんですよ、一人で。
どうしても弾きたかったギターがあって、
そこの横浜の黒沢楽器っていうところにあるところで
弾いてきたんですけれど、
その帰りですね。
横浜で、
私が電車に乗るときは、
駅員の誘導を頼んで乗り込むんですけれども、
帰りきはどこだったかな?品川だったか?
いや、やっぱり横浜かな?
で、その帰りは、
帰りきはどこだったか?品川だったか?
いや、やっぱり横浜かな?
で、乗ったときに、駅員が誘導してくれて、
快速のトイレがある脇のところで、
ここで立っててくださいね、みたいな。
では、失礼します、みたいな感じで離れて降りて行って、
僕はそこに立ってたわけです。
トイレの脇って吊り革がなくて、
不安定なままずっと立ってて、
席空いて譲ってくれないかな?とかって思ってたんだけど、
目が見えないと席が空いたかどうかって分かんないんですよ。
音だけで。
だからといってあちこちうるつくわけにもいかないでしょ?
人にぶつかったりとかするから。
あと、ぶつかって失礼になることもあるからね。
ありますからね。
やたらに歩けないわけですが、
その時に結局空いてる雰囲気は感じるんだけど、
トイレの脇に立たされてる。
立たされてる。
だからちょっと座席まで距離もあるし、
なんか分かんないんですよ、音だけでは。
でもなんか動きにくいな、みたいなところがあって、
どうしよう、感じで。
まあ嫌って気になったんだけどね。
それでもう日本に近くなった。
1時間以上ずっと立ってました。
さすがにつらいなと思ってたら、
おばさんが近寄ってきて、
席座ります、空いてますよ、みたいな感じで、
ああ、ありがたいです、みたいな。
連れてってくれて座れたっていう具合だったんですよね。
これはつらかったね。
なんで、
そのおばさんには感謝、感謝ですが。
なんていうか、多分他の人たちも、
この人単に立ってるだけで、
ほら、座りたくない場合もあるでしょ。
見えない人だぐらいは分かると思うんだけど、
大丈夫そうだな、みたいな。
感覚で声をかけてないんだろうなと思うんですけど、
別に悪気があって、空いてる席に案内しないとかじゃなくて、
他人に興味がない、関心がないっていうのもあるかもしれないけど、
だったと思うんですよね。
なんで、たまたまそこでずっと僕は立ちっぱなしだったんだ、
と思うんだけど、
そもそも論でいうと、やっぱり益陰が悪いね、それは。
きちんとやっぱり、
座席のほうまで誘導すべきだよね。
座席のほうに誘導して、
誰かが座ってるようだったら、ここが吊り革ですって言って、
ここで離れて行ってほしかったなって、
後でずいぶん悔いが残りましたね。
で、そのトイレの脇っていうのがまた穴場すぎて、
だったと思うね。
そもそも論なんだけど、
やっぱり見えない人間の立場で言えば、
席が空いたら空いてますよ、
座りますかって教えてほしいし、
そこまで空いてたら連れてってくれたらすごく嬉しいですね。
それがね、
まあ、
この人大丈夫そうかなって思っても、
こういう状況で、
声をかけてくれるっていうのはすごくありがたい、
大切なことかなって思ってます。
これがね、例えば、
アメリカとか行きますと、
もう次から次に人が声かけてくるから、