合格発表の風景の変化
こんにちは。岐阜県の工業高校で教員をしているすみです。この番組、未来をつなぐものづくりでは、日本の製造業を支える企業の技術や、そこで働く人たちの思い、そして工業高校の教育の魅力をお届けしていきます。
今週は合格発表がありました。皆さん、高校の合格発表どうでしたか? 自分の高校の合格発表のことを思い出してみてください。どんな光景が思い浮かんできますか?
例えば、番号が掲示される場所の前で、友達ともしくは保護者と一緒にドキドキしながら待って、掲示された瞬間に駆け寄って自分の番号を探す。そして番号を見つけたら喜ぶ。やった! もしくは泣ければがっくりと落ち込む。
そんなような風景というものが思い浮かんだんじゃないでしょうか。 しかし今年度からはその光景はなくなりました。なぜならばウェブのみの発表になって掲示をするということが今年からなくなったんですよね。
ですから今思い浮かべたような光景というのは見られないんですよ。 まあそこにちょっと寂しい気持ちもありますけれども、合格しなかった生徒への配慮といえば最大の配慮になるかもしれません。
そんなことを思いながら今回はこの合格発表の掲示について考えてみていきたいと思います。
個人的な合格発表の思い出
私自身が合格発表で今思い浮かぶのは自分自身の高校の合格発表よりも息子の高校の発表なんですよね。
私も自分の高校の職員として合格発表の準備等をしなければいけないので息子の高校の合格発表につき添うということはできないんです。
ですから一緒に喜ぶとかそんなことはできないんですけども、その時は喜び合うという予想はしてなくてですね、落ちた時に慰めてあげなきゃいけないかなっていうふうに思ってたんですよね。
なぜなら息子は中学3年生の夏までクラブチームで野球をやってましたので、このまま野球を続けるのかなっていうふうにも思ってたんですが、
そうではなく美術の道に行きたいというふうに言い出したので、そしたらそこからそのために何ができるかっていうところで絵画教室に通ったり、
もちろん語教科の点数も取らなきゃいけないのでそういった塾にも行ったり、ですから取り組み始めとしてはかなり遅い段階から取り組み始めたという状況なんですよね。
なので定員もオーバーしている中でなかなかこれは難しいなと正直思ってました。
そして不合格だった時にこれからだぞという話をしなきゃいけないな、してあげたいなというふうに思ってたところなんですね。
そしたらLINEで満面の笑みの合格者よという写真が送られてきて、ほっとしたというのが思い出に残っています。
合格発表の場の意義
合格発表の場というのは一生懸命やってきた勉強が報われたっていう、そんな喜びが爆発している生徒たちを見ると非常に嬉しいですよね。
その傍ら残念だった生徒もいるんですけども、そういった生徒たちが肩を落として保護者と一緒に帰っていく、そういう現実も目の当たりにする場でもあるんですよね。
こういう場が今年度からなくなったというところで合格も不合格もウェブで確認するということになっています。
これみんなどんなふうに確認したのかなというふうにちょっと想像膨らますんですけどね。
まず自分のスマホでみんな確認するんですかね。それとも一つのスマホを家族で囲んでみるんですかね。
それとも塾でみんなと一緒の場で確認するんですかね。いろんなことを想像するんですけども、ただ喜びというのも自分一人だけよりも
いろんな人と大勢とそれを喜びを分かち合った方が記憶に残るらしいんですよね。そしてその喜びも増幅されるらしいんです。
ですから都道府県によってはだんだんとオンラインでウェブだけの発表にしつつあるんですけども、中にはまた戻そうという動きがある県もあるらしいですよね。
そういった場を奪ってはいけないという話なんでしょう。 ただ残念ながら不合格になった生徒はやっぱり辛いですよね。
ただその辛い中でも保護者がそばにいたりとかすることで気持ちを保てる、持ち直せるということも考えられます。
ですからウェブで自分の携帯だけで落ちたって思ってる子がいたら一声かけてあげたいなっていうふうに思うんですよね。
もし合格発表の場であれば、合格した生徒も不合格だった生徒の様子を見れば自分がどのような立ち振る舞いをした方がいいのか、
もしくはどんな言葉や声かけをすればいいのか、そんなことをちょっと考えますよね。
そういうことを考える場っていうことで言うと、そういう機会が一つ減ったという意味でもあるんです。
ですからこの経験がどこかで生かされるってことがなくなっちゃうわけです。
大人に求められる態度
たまに生徒本人よりも保護者の方がお祭り騒いしちゃってるっていう光景も見るんですよね。
これもでもある意味経験の欠如とかじゃないかなと思うんですよね。
不合格だった生徒がいるかもしれないとか、そんなことが想像できれば、もう自分の子供のことだけで大騒ぎなんていうのは大人だったらちょっと控えなきゃいけないなっていうふうに思うはずなんです。
少年野球見ててもたまに思うことあるんですよね。
外野に飛んでったボールを子供がトンネルしちゃった。
それを一生懸命後ろを向き走って追っかけてる。
その光景の傍ら、走れ走れ回れ回れと打った子供に大騒ぎで声かけている保護者がいる。
そういう光景って珍しくないんですよ。
本当は大人だったらどうあるべきなのかっていうところですね。
いろんな経験を踏まえて態度として示すべきなんでしょうけど、なかなかできる親も少なくなってきてるっていうのもありますよ。
ですから私も高校野球の指導者やっていた時に、相手のエラーで点数が入ったりとか、
もしくは勝った負けたで一騎一遊しない。拍手して喜ばない。
そういうことではなくて、全力でやったことに心から拍手を送りましょうっていう話もしたことがあります。
一生懸命ボールを追ったけど取れなかった。いいプレーじゃないかって褒めれるような大人になってほしいんですよね。
一生懸命走ったけどダメだった。いいんですよね。
一生懸命全力を尽くすっていうことは大事ですから。
そういったことに心から応援できる大人になるためにも、いろんな人の気持ちを汲み取れる場っていうのは必要だと思うんですよね。
その場の一つが合格発表という場なのかもしれません。
共感性の低下とSNS
合格した生徒もいるし、残酷ながらも不合格で帰らざるを得ない、そんな生徒もいるわけですから。
先日WBCがありましたけど負けちゃいましたね。
これも岩田監督は誹謗中傷を浴びるんじゃないかなというふうに思いますが、これはプロだからそういったことあってもしょうがない部分もありますけども、
これでも行き過ぎた誹謗中傷があったりとか、もしくは一般の人でも最近SNSで姿形が見えないからって何でもかんでも言いたいこと言ってるっていう書き込んでる方って多くなっているような気がするんですよね。
これってやっぱり共感性が欠如してるんじゃないかなっていうふうに思う一面でもあると思うんです。
これ誹謗中傷する人が悪いっていうこともあるんですけども、でもこれって誰でも陥りやすい。
もっと言うとこれからこういった場が少なくなってければなっていくほど、気づきにくくなっていくっていうことでもあるので、ちょっと注意したいなっていうふうに思うところです。
感情を共有する場の重要性
今日お話ししたかったのは、感情っていうのを体で他人と一緒に爆発させる、喜び合うとか悲しみ合うとか、そういった場っていうのが少しずつ減ってきてるんじゃないかなっていうことなんです。
それが共感の力や他者への創造力にじわじわと影響を与えてるんじゃないかなって感じるんです。
合格発表の掲示がなくなったってことが悪いって言ってるわけではないんです。
でも何かが変わった時に便利になったなっていうだけで終わらずに、何かを失ったかもしれないなっていうことを少し考えてみるのも大事なことじゃないかなというふうに思うんです。
ぜひ今日合格した人は、より多くの人に合格したよと伝えて一緒に喜びましょう。
そしてもし不合格だった生徒も、不合格だったよということをたくさんの人に伝えて、これからのことをいっぱい話を聞いてもらったり話をしてもらいましょう。
そして喜びはより増大しますし、落ち込みは和らぐと思いますよ。
そして何かいいことがあったらやっぱりすぐ褒めてあげられるような、そんな環境になるといいなっていうふうに思ってます。
今日は合格発表の掲示がなくなったっていうことから少し掘り下げて話をしてみました。
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ではまた来週お会いしましょう。さようなら。