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【参考リンク】
Art Hotelてまり庵:https://temari.hotel-aimer.com
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「民泊事業に興味はある、でも法律申請や物件探しに集客などな どややこしいことだらけで何もわからない、、、」
そんな風に感じているそこのアナタ!この番組では「ゼロからでも始められる」をモットーに、基礎知識から専門分野、また民泊経験者が実際に体験した話を分かりやすく発信していきます。
パーソナリティは「五つ星民泊ホスト・民泊先生」てつろーと、「民泊知識ゼロ、でも興味はある」ユウキの二人でお送りします!
【パーソナリティ】
てつろー(五つ星ホスト・民泊先生)
https://www.airbnb.jp/users/show/31484416
ユウキ (@animesensei)
感想
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00:00
ゼロからの民泊ガイドラジオみんなじいらじい。 この番組では、5つ星民泊ホストのてつろーと
民泊に興味はあるけど、どこから始めていいのかすらわからないユウキの2人が実践的な民泊知識をシェアし、またリアルな民泊事情や実際の経験談を面白く共有していきます。
今日のテーマは、ゲストをお招きしまして、のと大震災の時に民泊ができたこと、社会貢献、こんなふうなことについて取材をさせていただきたいと思います。
はい、お願いします。今ゲストっておっしゃいましたけど、今日あれですね、対面収録なんですよね。
対面ですよね。しかも今日は東京じゃないんですよね。
あ、そうです。ちょっとまあでもじゃあせっかくなんで早速もうお呼びしましょうか。 今日のゲストのMihoさん、おはようございます。
おはようございます。よろしくお願いします。
いやー、今日はありがとうございます。
ここは今どこにいますか、僕らは、Mihoさん。
えっと、金沢市にあるアートホテルテマリアンっていう。
アートホテルですよね。今、我々のアートホテルテマリアンさんの机と椅子をお借りして収録してるんですけど、後ろの壁紙がとてもきれいなお花が描いてある。
いきなりアートで、ちょっと隣の部屋を見ると金箔が壁にまぶしてある。
金沢ですよ、金箔。
なんて言いましたっけ、こういうアートのことを。
ステンシルアートですね。
ステンシルアート。
アートホテルですね。
これいいなあ。
でもこのアートホテルテマリアンってすごく地区風な物件って伺ったんですけど。
いわゆる長屋、町屋ですね。
町屋、長屋で、地区こちらは80年くらいなんですけど、一応貸切の宿ということで、皆さんにご利用いただいてます。
地区80年とおっしゃいますけれども、80年前って清掃してませんでした、日本は。
直後くらいですね。昭和25年とか26年とか、建築基準法保存法ができる前の建物になるので。
すごい古民家のリノベーション。
しましたね。
今、いろいろ1階も2階も見せていただきましたけど、とても地区80年の家と思えないくらいしっかりしてる。
そうですね、結構この時代の建物の方が柱がしっかりしていて、直しても十分使える素材のものは純国産なので、昔の習性材と違ってやっぱり持ちがいいんですよね。
どこの床とかさっき何て言ってましたっけ?
これは赤松ですね、無垢ですね。
全然そんな古いものに思えない。
そうですね、ここは塗装し直したりはしたんですけれども、保存状態も良かったので、県力園にも近い場所にたまたま見つけたので。
03:03
場所がいいね、ここね。
アートホテルテマリアン、後でホームページにもリンク載せていただけるんですね。
サンパブからということであれらしいですね。
ぜひ長期滞在をリストアの方にしていただければと思います。
お待ちしてます。
美穂さんは主に石川で旅館業をされているってことですか?
そうですね、今は東京と金沢行ったり来たり2拠点で宿泊と、あとは賃貸業を主に。
賃貸っていうのは都内の方で?
そうですね、古いアパートの面倒を見ながら実家のある金沢に長屋を購入して、
金沢のいいところをいろんな方に紹介したいなっていう思いが昔からあったので、
今回コロナ直前にオープンして、コロナの波を乗り越え。
コロナ直前、2019年からオープンされたんですか?
そうなんですよ、今年実は5周年になります。
それは随分な時期にオープンしちゃいましたね。
インバウンド絶好調で、僕もちなみに浅草にミンパオープンしたのが2019年で、
これからだという時に恐ろしい目に遭いましたけど。
あれをなんとか、こちらの宿泊をやっているゲストハウス仲間と連絡を取り合いながら、
GoToキャンペーンとかいろいろみんなで頑張って、
インバウンドが戻ってきたって思ったら、今年のお正月の地震という。
今日はその話を本当にゆっくり聞きたいと思います。
まさかのっていう。
今回今日ここに来るきっかけになったというのは、
もともとどういうお話をもらっていましたっけ?
もともとミホさんと杉並みのミートアップがあるんですよね。
そうですね。
その前に、どこかのミートアップでお会いして、
ちょっとお食事しましょうということになって、一旦お食事をしたんですよ。
まさにのとの地震、もう少し後で、
ミホさんが運営されているテマリアンでも、
本当に被災者の方々を受け入れる中で、
すごく今のとが避難所にたくさんの人がいて、
その人たちが本当に健康を害していたりするんだけれども、
行き場がなくて困っているという人がたくさんいて大変なんですよという話を聞いたのが、
ちょうど今年の1月か2月だったかと思います。
そうですね。
その時に出会ってすぐにそのお話を聞いてから、
ずっとしたらミホさんにラジオに出てくださいというオファーをさせていただいて、
まだ落ち着いている状況ではないんですよ。
そうですよ。
ずっと断られて、やっと半年経って今日実現しました。
06:00
そうだったな。
今はもうこんなことで余裕というか大丈夫ですか?
今でも結構そういった方々のご利用はあるんですか?
まだ、うちはもう皆さん地元の方に戻られたんですけど、
野戸仲間の中ではまだ行き先が決まらないという被災者の方もまだ残っていて。
あれ、今収録8月で7ヶ月経っているのに、まだ帰れないんですか?
そうなんですよ。
確かにNHKとかで見たんですけど、被災して金沢に来る。
そうすると仕事がここにある。
学校に帰ろうにも、たとえば鈴のほうとかだとまだ全然戻っていないみたいなところで、
金沢にすっかり、仕事係にのとにあるとしても、
すっかり生活が金沢にできちゃったという人が多いって言いますけど、
そんな感じなんですか?
そうですね。
あとは、みなし賃貸とか、後でお話できると思うんですけれども、
賃貸物件の方に思い切って移られたという方もいらっしゃるし、
復興をどのようにっていう具体的な計画がまだ出来上がっていないので、
戻ってもお店を再開できないとか、
いろんな事情があってまだ戻られていないという方もいらっしゃるので、
これが本当にすべて解決できるまでに、
元の復興も含めて長い時間がかかるんだろうなっていうことを、
東北の震災の時でもそうだったと思うんですけど、熊本の時も、
これで終わりですっていうのは、
たぶんそんなすっきりいく問題ではないんだろうなっていうのは感じますね。
いろいろ話を聞いていて。
みなし賃貸ですみません。
僕あんまり銅鑼さんとかミンパ君とか詳しくなくて、
教えてほしいんですけど、どういうことですか?
災害適応法の中に、
一時的に国の方でお部屋を借り上げるっていう制度が、
それはもうできているんですね。
2年間の限定ですけど、マックス2年までは、
家賃を補助していただけるということで、
全額。
上限はあります。
ただ、その間に生活の再建を行ってくださいねっていう制度がありまして、
その中には仮設住宅も含まれるっていうことになっているはずなので、
仮設住宅も含め、
普通の空いている賃貸物件、空き家とかも、
登録をすれば補助が受けられるっていう制度はあるんですね。
ただ、普通に賃貸の物件とかだと、
箱だけしか用意がないので、
寝れない?布団がない?
極端な話。
1点は見たけど、布団がない?
09:01
極端な話、そういう。
キッチンとかシャワーとか。
そうですね。
いろいろ、じゃあ布団どうするの?とか、
代物家電一式ついているところもあれば、
急遽、空き家をそのまま賃貸に借りますっていう場合だと、
本当は箱しかないので。
あんまり親切なのように見えて、
そんなに親切ではない制度に聞こえます。
ではないっていう制度なので、
そこに入るまでの一時的な避難場所っていうので、
うちのような宿ですね。
そこが今回使われたっていう経緯を、
例えば今があるっていう感じなんですけれども。
使われたっておっしゃいましたけれども、
一時避難所というか橋渡しとして皆さんの手張り屋、
使われたっておっしゃいましたけど、
それなんか自治体から要請があったんですか?
まず最初に震災があったときに、
私は東京にいたんですね。
実は帰ってきてお正月を東京で迎えたら、
その日に、
1月1日ですもんね。
地震があって、
手張り屋にも海外のゲストが泊まっていたので、
お!被災しちゃったんだ!
これは今面白い話で、
面白いって言いたくない。
大変不謹慎なんですけど、
南海トラフ地震の話とかも先週ありましたけれども、
今、日本のいろんな地域がこれから、
明らかに地震害を活発化している日本で、
このラジオのリスナーもいずれは当事者になる、
被災者になるかもしれないし、
同時に自分の施設が宿泊しているお客さんがいて、
その人が被災者になるかもしれない。
僕自身も今すごくドキッとしていて、
今、金沢にいるんですけど、
東京にお客さんいるんですよ。
今の美穂さんは逆パターンなんです。
だから、そんなときにどうなったのかっていう話が、
お客さんが金沢に行って、美穂さんは東京にいて、
被災しちゃったということですよね。
管理をお願いしている方はいらっしゃるので、
そのやりとりですよね。
私も中に入って思ったのは、
日本の新幹線がいかに優秀かっていうのを実感しまして、
というのは、1日に地震があって、
3日の午後にはもう北陸新幹線は動いたんですね。
私は4日の朝一で金沢に戻ったんですけれども、
お正月の間、宿泊していたゲストは、
次のゲストもどうせ入ってこれないっていうのもあって、
うちの方で2日ほど遠泊をする形で、
お気がありませんかっていうような、
金沢は割と被災が小さかったので、
やりとりをして、電気もついているし、大丈夫です。
12:02
よかったですね、あえて。
被災したゲストは不安だったけど、
みなさんすぐ帰れたわけですね、2日ぶりは。
そうですね。入り替わる形で、
ゲストも新幹線に乗れたということで、
よかったんですけれども、
すごいびっくりしましたね。
当然のように、キャンセルが相次ぎ、
コロナの時にその感覚を味わっているので、
あ、キャンセルですね、みたいな感じで、
もうどうしようもないので、
他のゲストハウス仲間と連絡を取り合って、
どうしますかみたいな、
開けといても仕方がないんだから、
おそらく野党から、
みなさん被災して家に住めなくなった方が、
金沢をめがけて出てくるはずだから、
じゃあその準備にしましょうかということで、
動き始めた。
自治体からは何の相談もなく、
宿泊事業者の仲間が自主的に話し合いをして、
自主的に受け入れようという話し合いをしたということなんですか?
そうですね。
やっぱりそういう宿泊を主にしていらっしゃる、
大手のホテルさんと違って、
小さい宿とかは情報共有を常に取り合っていないと、
安定した運営にはつながらない。
地方は特にそういう感覚が強いので、
有志の方がみなさんあちこちに出かけて、
いろんな情報を集めてくださって、
受け入れしましょうよということで、
私も3日目4日の日に、
とりあえずテマリアンに直行して、
建物の痛み具合をチェックして、
宿泊できるねということで、
SNSに被災された方に無償で宿を提供いたします。
朝9時半くらいにアップしたところ、
すぐメッセージで宿泊できますかということで、
連絡がワーッと届いて、
最初に来たお客さんはどんな状況だったんですか?
お客さんというか被災者ですよね?
被災者の方なんですけど、
生まれたばかりの、たしかまだ何ヶ月だったかな?
3ヶ月くらいの赤ちゃんを連れた若いご夫婦。
そんな赤ちゃんがずっと体育館に連れられたんですか?
それがですね、いわゆる最初の避難所っていうのは、
体育館だったり小学校だったり、
そこからうちの場合は二次避難所で、
その間に1.5時があって、公民館の一時避難。
1.5時ここに金沢、それが金沢にできて、
15:04
最初の避難所からその1.5時にピストン輸送されて、
宿泊施設に振り分けられるっていう段取りというかができたのは、
もう10日以上経ってからなんですね。
私たちはもう3日目くらいから、
早い施設はもう翌日くらいから、
皆さんいらしてくださいっていうことで、
SNSでも拡散されていたので、
うちに最初に問い合わせがあったご家族は、
とにかく気のみ、気のまま車に乗って、
鈴から金沢に向けて出てきたと。
鈴から金沢の道が寸断されている状況で、
ずいぶん時間をかけたんでしょうね。
大きな震災のときは、
車って正直本当に移動には全くというか、
こうやってたどり着けた人もいるんですけど、
あんまり役に立たないなって思ったのは、
道にやっぱり倒壊した建物とか、
電信柱とかが横たわるので、
出てすぐパンクしたと。
スペアがあったので、
なんとか金沢までは出てこれたんだけど、
それも結局2日半かけて出てきているわけです。
鈴から金沢まで2日半?
そう、途中車中泊しながら。
一部屋だけでも、
うち一棟橋なんですよって言っても、
わからないんですよね。
民泊とか、例えば旅館とか、
一棟貸切なんです。
貸別層みたいなって言っても、
イメージがわかなくて、
いわゆる温泉旅館とか、
大きなホテルとかはわかると思うんですけど、
金沢市内にペンションとか、
そういうイメージでもないし、
とりあえず来てくださいっていうことで、
来てもらったら、
あ、家ですねって言う。
そうです、普通の小さい長屋なんですよって言うので、
だから一組しかお泊めできないので、
これでよかったらっていうことで、
木造なので寒いですし、
駐車場はあるけどね、
みたいな感じだったんですけど、
ものすごい喜ばれて、
キッチンがあるとか、
布団で寝られるとか、
泣けてきます?聞いてるだけで。
そう私ね、本当に、
あ、まさにこういう被災するってこんなことなんだなっていうのを、
その時も実感して、
赤ちゃんも何日も狭い空間にいたので、
到着するなり、
山の上にうんちが出て、
すいませんって待ってたんですけど、
18:03
全然ほっとしたんだねとかって言ってて、
隣も今お掃除するんでっていう話をしてたら、
友達の家族も今こっちに向かってるんですけど、
連絡してもいいですか?っていうことで、
向かってるけど泊まり先がないけど向かっちゃってる。
そうなんですよ、皆さんもそんな感じで。
悲惨な状況ですよ。とにかく逃げるしかない。
そうなんですよ、避難所でずっとちっちゃな赤ん坊と一緒にいて、
衛生状況もあれでしょうし、一切つまらないし、
大変な状況だったんですね。
若い方はそうやってすぐ移動できるんですよね。
もう一棟はつばき屋っていう宿泊施設をやってるんですけれども、
そちらにいらした家族は4人でお子さんが2人。
お父様は送ってきてすぐのとに戻って復興に当たらなきゃならないということで、
もうバラバラ状態で、不安しかないですよね。
想像する際に鳥肌が立つような壮絶な、
そののとに戻るお父さん、会えなくなるわけじゃないですか。
そうもう不安だし、
小学生のお子さんだから、
本当に来た当初は、
ねえねえお二階もあるとか、
お風呂もあるよとか言って、
アトラクション的に喜んでたんですけど、
たぶんほんの何日か前に、
あの大きな揺れを体感してるので、
恐らくトラウマにもなってるはずだし、
でももう気持ちがハイになってて、
なんていうのかな、
子供らしい子、
なんていうんですか、
なんとかもありよとか言いながら、
親御さんを気遣って元気な感じっていう、
いや本当にリアルなんだけどって思って、
すごいびっくりしたのが最初の印象だったんですけど、
どれくらいそういう肩を止めていたんですかそれぞれ。
結局4月の中頃まで変わる変わる、
6組くらいですね。
みなさん無料ですか?
そうですそうです。
すごい思い切った決断をされましたね。
高熱比分くらい赤字かみたいな、
くらいの感じであんまり深く考えてなくて。
でも国がその後、県かな、
その後動いて二次避難の施設を、
当然その自治体がお金を出していたわけじゃないですか。
でもみなさんたちは、いいよ、お金いらないよって決断したっていうのは、
すごく違いがありますよね。
そこで先ほどのみなし賃貸の話に戻るんですけど、
被災しました、稼ず住宅作りますよの間に何もないんですよ。
21:00
さっき言ったみたいな、
一時避難場所は当然用意してあります。
でもその1.5時と2時っていうのは後でできたフレーズで、
最初の避難所からみなし賃貸までの間の制度が、
これは石川県だけとは限らないと思うんですけれども、
なくて、みんなどんどんどんどん、
ものすごい数の人が金沢めがけて出てくるので、
あふれちゃうというので、
ホテルも開放したいんだけれども、
うちみたいに小さい施設は、
それこそ小熱日分くらいで済むんですけど、
大きなホテルはそういうわけにいかないんで、
ただそこからホテルに受け入れるっていうまでの間に、
10日間くらい時間がかかったんですね。
行政と観光施設だったりっていうやり取り、
どういうふうに割り振るかっていうのも含めて、
その協議に何日かかかったっていう。
途中でその1月の後半くらいから、
宿泊を受け入れて宿泊施設には、
宿泊費に相当する補助金を出しますっていうのが決まったんですけど、
ただそれまでの間に問い合わせがものすごくて、
電話番号も公表していたので、
そしたら怖くて電話取れなくなっちゃったんですよ。
そんなに問い合わせが来て、
聞こえてくださいって。
SNSに出している建物が古いゴミ箱とか町屋なので、
ぱっと見普通の旅館に見えちゃって、
説明をしてあるんだけれども、
またぎきしてここに連絡すると、
お部屋があるみたいっていう情報も拡散されちゃったんですよ。
それで電話たくさんかかってきて、
一部屋だけでもっていう話になって、
すいません貸し切り宿なんです。
って言ってもやっぱりイメージがわからないので、
そうなんですよ。
どうしてもダメなんです。
その貸し切りなのでっていうのを、
どうやって説明したらいいのかわからなくて、
夜中とかも電話あるんですよね。
ちょっと聞いたんですけど、
本当に怖くて電話が出られなくなって、
夜眠れなくなったんですよ。
こっちのメンタルが来ちゃって、
どうしようっていうことになって、
そこでまたいろんなゲストハウスのオーナーの皆さんと、
ここのお部屋空いてるみたいだよとか、
金沢はちょっと無理なんだけど、
加賀の方の民泊とか受け入れてくれるみたいだから、
そこのホストさんと連絡取り合おうよっていうことで、
24:00
グループがどんどん出来上がって、
うちはちょっともう無理なんですけど、
ここが今空いてるみたいなんで、
連絡してみてはどうですかっていうやり取りをしつつ、
輪が広がっていって、
被災者の方をどんどん自分たちで、
周りに触れるようになってきたっていうか。
次週へ続きます。
ご静聴ありがとうございました。
24:46
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